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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき永夜抄 その十一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/17 02:09







 ~side アリス~



 突然。それは本当に突然に訪れた。


 咲夜の求めに応じ、私達は張り巡らされた結界を抜け、今回の異変の首謀者の屋敷内へと侵入した。
 長い廊下を翔けながら、一刻一秒も早くレミリア達に追いつかんと咲夜が加速し、霊夢と魔理沙が続く。
 そんな彼女達の背後を固めるように、私と妖夢が後衛を務める。先行馬鹿の三人では務められないであろう、予想外の
敵襲や事変に対応し、事あらば三人を先に向かわせて私と妖夢でこの場を食い止める為に。
 レミリア…もとい、紅魔館の連中が通った道に最早余力のある敵が残っているとは思えないけれど、万が一ということもある。
 そういうことも考え、私と妖夢はもしもに備えていた。どんな状況の変化にも対応する為に、咲夜の力となる為に。

 けれど、そんな私達に訪れたのはそんな心構えさえあっけなく吹き飛ばしてくれる出来事。
 屋敷の奥へと向かっていた私達…いいえ、この幻想郷全体を包み込むかのように、『それ』は放たれた。

「――あ」

 幻想郷中を塗りつぶすように、押し殺すように染み広がっていく『それ』に、顕著に反応したのは魔理沙。
 飛行を止め、肺の中の空気を全て吐き、口元を必死に抑えている。その状態では、最早彼女得意の飛行すらままならない。
 必死に奥歯を噛み締め、全身の震えが思考に回らないように打ち消そうとする姿。それはいつもの明るく陽気な魔理沙らしさが微塵も残っていなかった。
 どうしてこのメンバーの中で、魔理沙が一番反応が顕著だったのか。その理由は考えずとも分かる。
 この中で、魔理沙が誰よりも『人間』だった。この中で、魔理沙が誰よりも『経験』が少なかった。ただ、それだけ。

「な…なんですか、これ」

 続いて妖夢が恐怖に駆られながらも声を発する。一体誰に訊ねかけたのか…多分、その対象なんて、ない。
 理解出来なかった。この中で誰より死を知る、死と密接に関わる彼女ですら、これほどの『それ』を経験したことが無かった。
 故に、知らない。故に、理解できない。だから妖夢は知ろうとする。教えを請う。誰でもいいから教えてほしいと。その気持ち、私には十分過ぎる程に分かる。
 私だって、妖夢と同じ立場だったらここまで冷静に思考が回らなかった筈。私と妖夢の差は、幼い頃の経験だけ。

「…嘘。何よこれ…こんなの規格外過ぎる。一、二…三。冗談でしょ…?
こんなの私、知らないわよ…スペルカード制定のときだって、こんな奴ら幻想郷に居なかった。
紫でも藍でも天魔でも無い…こんな禍々しい奴等、私は知らないわよ…ちょっと咲夜、アンタ何か知らないの?こんな…」
「…どうして。何が…」
「ちょ、ちょっと咲夜!?」

 驚きこそするものの、霊夢は冷静に思考するレベルにはあるみたい。流石は博麗の巫女、かしら。
 ただ、霊夢の隣に立つ咲夜がおかしい。様子がおかしいというか、驚愕を通り越して呆然自失といった状況。
 魔理沙のように『それ』に充てられた訳でも、妖夢のように『それ』の大きさに驚いている訳でもないみたい。だけど、咲夜は
何かが信じられないという状況で、上手く自分を律しきれていない状態。

 魔理沙を、妖夢を、霊夢を、咲夜を、そして私を乱す『それ』の正体。それは恐ろしく強大かつ純粋な『殺意』。
 幻想郷を覆いつくすように、この世の全てを囲むように展開される、おぞましい程の『殺意』。それが、私達の思考を激しく乱していた。

 こんなものを肌で感じるのは一体いつ以来だろうか。少なくとも私があちらから幻想郷に移住してからは経験したことなんてない。
 こんな常軌を逸したものを放てる存在なんて、私は片手で数える程しか知らない。
 経験から言えば、私の母に花妖怪。憶測から言えば、隙間妖怪に亡霊姫。だが、この殺気がその四人のうちの誰かとは微塵も考えられない。
 一体誰がこんな重厚な殺気を振り撒いているのか。何の為に、何の理由で。否、今考えるべきはそうじゃない。
 今考えるべきは行動。次の一手、私達はどうするべきか。この恐ろしいまでの殺意が放たれているのは、間違いなく私達が向かう先――異変の首謀者の居場所。
 どうする。どうする。どうする。落ち着け。落ち着いて考えろ。どんなときでも冷静に、それが魔法使いの…いいえ、私の役割。
 私達はまず選択しなければいけない。向かうか、引くか。この先、異変の首謀者の元が殺意の発生源であるならば、間違いなくそこで
『何か』が起こったということ。そして、何かを起こす引き金となりうる要因は二つ。『異変の首謀者』か『紅魔館組』、恐らくこの
どちらかに何かが起こった。もしくは両方に、か。どちらにせよ、常軌を逸した状況に在るのは間違いない。
 その中に私達が向かう?この状況で?少なくとも魔理沙は無理。妖夢と咲夜も怪しい。霊夢はまだこれを『異変』の一部と捉えているか
どうかで話が変わる。残る私は…駄目だ。今の私は一つの答えしか出せない。

 私の導く答えは『脱出』。どんな風に考えても、私に行動は起こせない。魔理沙を、妖夢を…霊夢を、咲夜を、あの場所に連れていくなんて出来ない。
 見ずとも分かる。触れずとも分かる。私達の目的地に広がってるのは濃厚な死の世界。西行妖や伊吹萃香のときとは比較にならない、
言葉通り一人の命を容易く消し去ることすら厭わない無慈悲な空間。そんな光景が、間違いなく終着点には存在する。
 だから私は選択する。異変解決よりも、仲間の命を…そして、自分の命を、選択する。友と我が身の可愛さの為、私は決断を下す。
 …仕方ないわ。格好悪いけれど、私のプライドが許すことではないけれど、それでも仕方ないと割り切る。
 きっとこのメンバーだと、私以外の誰も言いだせないだろうから。馬鹿みたいに前向きで、勇を必死に振おうとするこのお馬鹿達じゃ…ね。

「…ここまでよ、四人とも。この屋敷から脱出するわ」
「はあ!?ちょ、ちょっとアリス、アンタ何を…」
「何もどうもないわ。この事態は最早異変なんて言葉じゃ終わらない、私達だけじゃ手に余る事態になっている。
他の誰でもない霊夢、貴女なら今の状況を理解出来るでしょう?貴女、これほど濃厚な殺意を放つ妖怪と対峙したことがある?」
「…ない、けど」
「だったら問答は終わりよ。少なくとも五人じゃ『あれ』をどうすることも出来ない。
分かったら手を貸して。私達はギリギリ堪えられてるけれど、魔理沙はもう限界よ。下手をすれば中てられ過ぎて毒が回るわ」
「!?ま、魔理沙っ」

 私の言葉でようやく魔理沙の異変に気付けたのか、霊夢と妖夢は慌てて魔理沙の方へ振り向く。
 肩で呼吸をする魔理沙を急いで妖夢が身体を支え、何とか倒れないようにする。…本当、拙いわね。

「人外の殺意や悪意、それは圧縮され過ぎると人間には毒となる。『呪い』なんて言葉、聞いたことくらいあるでしょう?
貴女のように先天的に対妖怪に優れた血筋の人間なら耐えられるかもしれないけれど、魔理沙はそうじゃないわ。
魔理沙はこれまで妖怪と血生臭い殺し合いを繰り返してきた訳でもない。そんな未経験の相手に、この『殺意』、耐えられる訳がないでしょう」
「…だったら、魔理沙を貴女達に」
「私達に任せて自分はあの場所へ向かう、なんて言うつもりなら、この場で霊夢を止めさせて貰うわ。
悪いけれど、貴女の言い分も主張も聞き入れるつもりはない。無理矢理殴ってでも止めさせて貰う」
「…アンタ、私のパートナーよね?」
「パートナーだからこそ、よ。見ず知らずの赤の他人なら幾らでも向かわせてあげる。
だけど霊夢、貴女は行かせない。大切なパートナーを無駄死にさせる程、私は冷血でも馬鹿でもないもの。
…霊夢、貴女は理解出来るでしょう?この先の『殺意達』には勝てないと。一匹ならまだしも、それが複数…私達じゃ、どうにもならないのよ」

 正直、一匹ならば私だって考えた。魔理沙が駄目でも、こっちは四人。霊夢と咲夜と妖夢、それに私なら勝算は導けたかもしれない。
 だけど、それが複数になると不可能以外答えを導き出せない。荒れ狂う殺意の塊を一対一に限りなく近い状況に持ち込まれ、一体私達に
何が出来る?本気すら出していない伊吹萃香にすらあしらわれた私達に、一体どうして対処など出来る?
 悔しい。悔しい。だけど、その感情を噛み殺す。一番優先すべきは誇りなんかじゃないから。
 だから霊夢、理解して頂戴。貴女が異変を解決しなければという使命は分かる。だけど、これはもう『そんな世界』じゃない。
 この殺意の塊は、間違いなく個対個で当たるべきじゃない。この個に対しては群で当たらなければ解決なんて出来はしない。
 ごっこでも、バトルでも、戦いでもない。この『殺意』と与するなら私達は覚悟を決めて『戦争』しなければ絶対に勝ち目はない。
 すぐに結界外に出て、八雲紫に助勢を求める。あれに借りを作るのは霊夢にとって癪かもしれないけれど、今はそんなことを
気にしている場合なんかじゃない。少なくとも、八雲紫は断らない筈。だって、これは間違いなく幻想郷中を包む『災厄』なのだから。
 私の説得、その言葉に、霊夢は顔を顰めながらも考える。何とか必死に自身を納得させようと努めている。
 霊夢とは対照的に妖夢は一刻も早い脱出を望んでいる。当然だ、妖夢は何より一秒でも早く助けたいのだ。他の誰でもない、魔理沙を。
 そんな妖夢の視線を受け、霊夢は数十秒程悩んで、必死に答えを出した。それは、自身を押し殺す霊夢の望まぬ答え。

「…帰るわよ。戻って、紫の馬鹿に話をするわ。
そのときに魔理沙も家で寝かせる。私は知らないけれど、アリス、アンタは妖怪の毒気を抜く魔法くらい知ってるんでしょう」
「…ええ、勿論。すぐには抜けないけれど、一晩かけて絶対に完治させてみせる。
霊夢、貴女の冷静な判断に感謝するわ。納得は出来ないでしょうけれど…今はこれが最善」
「感謝なんかしないで。礼を言われると自分自身を殴りたくなる。この状況で元凶をぶっ飛ばせない自分自身を」

 怒り、悔しさ、様々な感情を押し留め、霊夢は私に擦れるように言葉を紡ぐ。
 …それでも、感謝するわ。霊夢の性格上、私の提案は絶対に呑めない内容だった筈なのに。それでも霊夢は自分を押し殺してくれた。
 自分の実力を真っ直ぐに見つめ、周囲の状況を理解し、そして判断を下してくれた。優先順位をしっかりつけてくれた。
 そんな霊夢だから、私は彼女を支えたくなる。そんな霊夢だからこそ、私は霊夢の歩く道を知りたくなる。
 だけど、本人に礼を言ってもさっきみたいに不機嫌になるだけだから、今度は心の中だけで。ありがとう、霊夢。

「…咲夜、悪いけれど、そういう訳よ。ここは一度全員引き返して…」
「駄目よ…私は引き返せない。私だけは、引き返せない」
「はあ!?アンタ、さっきのアリスの話を聞いてたの!?この先に何が待ってるか知ってるでしょう!?
廊下の先にはヤバい連中がいるのよ!私達じゃ手が出せない、とびきりヤバい連中が!くそっ、言ってて情けなくて涙が出そうよ畜生!
とにかく、私達が進もうとしてる場所はもう普通じゃないの!私達の目的地には、レミリアを追っかける先には…!」

 そこまで霊夢が怒鳴り上げたとき、私達は咲夜の真意に気付く。
 …そうだった。そうだったんだ。目前の死の気配のあまり、私は本当に一番大事なことを見失っていた。
 私達は一体どうしてここまで来た?それは勿論、異変の解決の為。だけど、『この場所に来ることが出来た』のはそんな目的を成し遂げる為じゃない。
 私達は追いかけていた筈だった。追いかけ追い抜き、その目的の人物より先んじて異変を解決しようとしてた筈だ。
 咲夜は…この一人の女の子は、いつだって一つの目的の為に行動している。その咲夜が今、私の意見を支持する筈も無かったんだ。


 だって、この廊下の先には咲夜の大切な人がいるから。
 咲夜の大切な母親――レミリア・スカーレットがこの『殺意』の先に存在するのだから。
 故に彼女は退けない。故に彼女は戻らない。母の為に、咲夜はどんな危険をも承知の上で突き進むだろう。


 咲夜の決意を感じ取り、私達は言葉を返せない。何も言葉を発せない。
 逃げる主張をした私は、最早自分の意見を押すことなんて出来ない。だって、それはあまりに酷な言葉だから。
 あの咲夜に、他ならぬ咲夜に見捨てろということ。レミリアを、母を捨てて保身に走れということ。そんな話に咲夜が頷く訳がない。
 いいえ、レミリアだけじゃない。門番も、パチュリーも、フランドールも、その全てを見捨てろと私は主張していたのだ。
 …なんて愚かな。本当、自分の考え無さが嫌になる。そんな選択を私は咲夜に突き付けてたのかと嘲笑の一つもしたくなる。
 残念だけれど、私にはもう最良の答えを導けない。何が良くて何が悪いのか、最早これは私の判断では下せないから。
 それは霊夢も妖夢も同じ。だけど、妖夢は必死に魔理沙を抱きしめている。その姿が酷く私の心を揺れ動かす。
 どうする。どうすればいい。そんな思考の海でおぼれかけている私達を、解放してくれたのは他ならぬ咲夜だった。
 先ほどまでの動揺や迷いはもう無い。確固たる意志を固めた咲夜は、私達に向き直り、優しく言葉を紡ぐ。

「…悪いわね、四人とも。ここまで付き合ってくれたことに心から感謝するわ。
だけど、それもここまで。ここから先は私一人で十分よ。貴女達は戻って不測の事態に備えて頂戴」
「ば、馬鹿っ!アンタ、一人で行くつもり!?性悪こじらせて頭まで沸かしてるんじゃないわよ!アンタ一人じゃ…」
「それでも…それでも、私は行くのよ、霊夢。
だって、私には母様が…いいえ、紅魔館の家族のみんなが全てだから。だから、何があろうと足を止めることは出来ない。
この憎悪の塊がどんなに危ないのかも十二分に分かってる。だけど、危険ならば尚更行かなければいけない。
だって私は――十六夜咲夜は、このときの為に生きてきたのだから。みんなを、母様を護る一振りの刃となる為に、この瞬間の為に」

 咲夜の決意に迷いはない。それは本当にどこまでも純粋な意志の現れ。
 …多分、それが咲夜の『命よりも優先されること』なんだと思う。誇りも矜持も何もかもかなぐり捨ててでも守るべきモノ。
 それだけが十六夜咲夜の、彼女のたった一つの絶対なんだ。その決意を、私達は汚せない。きっと、何を言っても咲夜は変わらない。

「霊夢、アリス、妖夢、魔理沙。最初に取引を持ちこんでおいて申し訳ないのだけれど…依頼内容の変更をお願いするわ。
依頼内容は『貴女達四人が誰一人欠けることなく脱出すること』。もし、この結界から出たらまずは…」
「――ざけんなっ!!さっきから聞いてりゃ、らしくないことをゴチャゴチャと!!
アンタは十六夜咲夜でしょ!?母親以外の人間なんて誰が死のうと構わない冷血メイドでしょ!?
なら使いなさいよ!お得意の手練手管で私達をレミリアの為の捨て駒にでも利用しなさいよ!」
「…そうね。多分…いいえ、間違いなく、母様の為なら私はそうすべきなんだと思う。
以前の私なら間違いなくそうしたでしょうけれど…だけど、ね」

 そこまで告げ、咲夜は詰め寄る霊夢に実に『らしくなく』微笑みかける。
 そして、小さく霊夢に何かを呟いた。それは私の距離からは聞きとれない程に小声。恐らく、当人同士にしか聞こえない声量だろう。
 その咲夜の呟きを耳に入れ、霊夢は一度大きく目を見開き、そして――徐に右手で咲夜の頬を引っ叩いた。
 突然の行動に、私も妖夢も驚くしか出来ない。一体この状況で何を馬鹿なことを…私も妖夢も非難の声を上げようとしたのだけれど、それは不要で。

「…『もしも』なんてないわ。アンタが死ぬのは他の奴なんかじゃなくて私が直々に殺すとき。レミリアを護るのはアンタの役目。
楽して逃げようとするなんて百年早いのよ、クソメイド。次に甘えた台詞言ったら、本気で泣かす」
「甘え…ね。確かに少しばかり情けなかったわね。本当、どうかしてた。
ええ、そうよ。その通りだわ。誰がお前なんかに渡してやるものか。母様を護るのは私の役割、それだけは誰にも譲れない」
「ちったあ目は覚めた?それとも、もう一発必要かしら、性悪冷血メイド」
「不要よ。次に手を出したら、その顔面を磨り潰してあげるわ、極貧単細胞巫女」

 二人は互いに不敵に笑いあい、じゃれあうように言葉を交わし合う。
 その光景に、私と妖夢は呆れるように息をつく。本当、意味が分からない。さっきまでは二人とも『らしくなかった』くせに。
 咲夜が放った一言が霊夢の何かに触れたのか。そして霊夢の行動が咲夜の心を動かしたのか。
 本当、人間というものは理解しがたい生き物だと痛感する。けれどまあ…そんな連中が嫌いになれないんだけど。
 そんな私達に、霊夢は少しばつが悪そうに笑いながら向き直り、言葉を紡ぐ。まあ、何を言いたいのかは大体理解してるけれど…ね。

「まあ…そういうことで、悪いわね、アリス。アンタとの今夜のパートナーもここで終わりにして頂戴。
私はこの馬鹿に付き合ってやることにしたから。レミリア達の救出にコイツだけじゃ絶対失敗に終わりそうだからね」
「…霊夢、貴女って人は」
「…御免。でも、やっぱり駄目なのよね。自分でも馬鹿だって分かってるけどさ、それって『私』じゃ無い気がする。
いくらヤバい連中がいるからって、目の前の異変から逃げちゃうと、きっと私が私じゃなくなる。
ましてや向かう先にはレミリアがいるからね…放っておけないでしょ、アイツ。弱っちいくせに、泣き虫なくせに…馬鹿みたいに頑張り屋だから。
そういう訳で、アリスに妖夢、悪いんだけど死んだ魔理沙のことを…」
「おいおい…勝手に人を殺してくれるなよ、馬鹿霊夢…」

 霊夢の言葉を遮るように、絞り出すように声を出したのは魔理沙。
 妖夢に肩を支えられながらも、魔理沙は笑顔を無理矢理作って反論してみせる。顔色は…さっきより良くなってる。
 まだ本調子には程遠いみたいだけれど、大分中てられていた毒気が抜けているように思える。一体どうして…

「魔理沙、貴女まだ無理出来る状態じゃないでしょう?それをどうして…」
「ああ、まあ…正直騙し騙しだけど、なんとかなってる。毒気抜くのは私の魔法じゃ無理なんで、順応魔法で無理矢理身体に馴染ませた」
「馴染ませたって…な、何馬鹿なことをやってるのよ!?人間にとって呪いは毒なのよ!?それを貴女…」
「やはは…間違いなく明日から一週間は一人で飯も食えないだろうなあ。けど、それはレミリアにでも頼んで面倒見て貰うとするよ。
それに、今問題にすべきは私の身体なんかじゃないだろ?今考えるべきは、一人でも多くの力を、レミリア救出の為に役立てることだ。
残念だけど、他の連中を呼びに戻る時間の余裕も無いからな…だったら、この五人で頑張らないと、な」
「で、でも魔理沙…魔理沙は無理しちゃ…」
「へっ、お断りだ。さっきから人のことを戦力外戦力外と馬鹿にし過ぎだろ。
こんな状態でも、出来ることは沢山あるんだ。少なくとも、レミリアを担いで脱出するなら、私の『足』は必要不可欠な筈だ。
それに、レミリアを助けたいのは私だって同じだしな…萃香のときのレミリアを考えりゃ、こんなの負傷でも何でもないさ」

 だったら、頑張るしかないだろ。そう締めて魔理沙は笑う。その表情に最早恐怖の色は無い。
 …本当、魔理沙も十分人間止めてるわね。この短時間で呪いを修正し、恐怖の色すら打ち消してしまうなんて常人じゃ考えられない。
 あと十年か二十年も経てば、もしかしたら魔理沙は私達以上の魔法使いの高みに到達してしまうかもしれない。
 私もパチュリーも辿り着けない、人々が『奇跡』と呼ぶ不可能すら独自の発想を持って叶えてしまう、本当の『魔法使い』に。
 そんな無理を押し通して笑う魔理沙に呼応し、妖夢もまた決断するように言葉を紡ぐ。

「魔理沙がここまで意志を押し通している…だったら、私に逃げ帰る一手なんて存在しない。
咲夜、霊夢、私も貴女達と共に行くよ。確かにこの先に存在するモノは常識を覆す存在なのかもしれない。だけど、それでも負けられない。
友達を護る為にこの刀を振るえること、私は誇りに思う。貴女達の道を邪魔する者は、私が楼観剣で切り伏せる。白楼剣で切り潰す」
「おおー、妖夢が男前だー。キャー、妖夢ー!私だーッ!結婚してくれー!」
「ひっ!?ちょ、ちょっと魔理沙、いきなり抱きつかないでっ!!」

 真面目に話していた妖夢の全てを台無しにする魔理沙。前言撤回、やっぱり魔理沙に真の魔法使いは無理ね。アホだし。
 その馬鹿らしい、けれど実に『いつもの』光景に、私も霊夢も咲夜も思わず笑ってしまう。本当、馬鹿ばかりだ。
 …だけど、これが私達の本当の『らしさ』なのかもしれない。考え過ぎて、後手を打つよりも出たとこ勝負で乗り切る。
 魔法使いとして本当にらしくない。ブレインとしてやっちゃいけない。だけど、今はその蛮勇が必要な時なのかもしれないわ。
 そうじゃないと、きっと私達は辿り着けない。他人が指さして呆れるくらいの馬鹿じゃないと、あの場所には辿り着けない。
 恐怖を勘違いし、怯えを見逃し、お腹が痛くなるくらい笑っちゃうような、そんな無鉄砲。それが今の私達には必要なのかもしれない。

 軽く息をつき、私もまた覚悟を決める。
 危険。危険。そのことは十分承知している。だけど、その場所に咲夜だけを向かわせることなんて出来ない。
 だったら危険を五等分。誰か一人の肩に背負わせるのではなく、みんなで受け持つ。
 そして全てが終わった時に笑って言ってあげよう。これはツケだと。後でしっかり払ってもらうと。

「…本当、このお人好しは誰のお人好しが感染ったんだか。
この幻想郷にはお人好しが多過ぎて、誰が病原菌なのか特定し難いわ」
「何よアリス、何か言った?」
「…いいえ、なんでもないわ。それよりも目的地に向かいながら話し合いを並行して行うわよ。
私達の目的地にて想定されるシチュエーション。そのときに取るべき対応はいくらシミュレートしてもし足りないんだから」

 そう告げて、私は四人に自分の意志を示す。
 この先に在る純粋なまでの殺意。この原因が一体何なのかは私達には分からない。
 異変の首謀者達のものか、はたまた全く異なる何かか…だけど、そこで取るべき私達の行動は変わらない。
 何が何でも紅魔館組を…咲夜の家族を助けてみせる。それが私の、魔法使いの本分――『奇跡』を為すということなのだから。





















 ~side 紫~



「…分身が消えた。フランドールの業火に巻き込まれた。分身とはいえ一撃で消滅とは、本当にとんでもない力だね」
「ええ、本当に恐ろしい程の力よ…恐らく単純な火力だけなら、私や貴女を上回る」

 萃香の問いに私は何一つ偽ることなく素直な感想を述べる。
 フランドールとレミリアの『カラクリ』。それは私のほぼ予想通りの内容だった。これでレミリアが無力な理由も
フランドールが恐ろしい程の力を有している理由も解明出来る。だけど、私が驚いているのはフランドールに対してだけじゃない。
 そのフランドールと共に暴れている魔法使いと紅竜の力。それはフランドールにこそ劣るものの、私達妖怪の中でも特上級と呼んでも
おかしくない実力だ。魔法使いは恐らく、歴史上でも三指に数えられる程の魔力。そして紅竜は龍という種族から言うまでも無い。
 …やられたわね。昔、紅魔館のことを化物の館などと冗談で言ったことがあるけれど、まさかここまでとはね。
 これだけの者達が一人の少女の為に集まっていたのね…本当、今ならフランドールが言っていた意味もよくわかる。
 紅魔館、悪魔の館――彼女達は個で在り群。あの館一つで戦争が出来るレベルだわ。隙間からの映像を覗きながら、私は高揚する気持ちを抑えつけて観察を続ける。
 私も萃香も幽々子も隙間の中に映し出されている殺し合いをただ黙って見つめ続ける。けれど、その光景を黙って見つめられない困ったさんが一人。

「お、おい…ちょっと待って!私には何がどうなってるのか…」
「何もクソもないよ。異変の元凶相手に、紅魔館の連中が三人がかりで殺しにかかってるだけさ」
「いや、そもそもどうやって覗いてるんだよ!そんな光景何処にも…」
「見たいなら貴女にも見せてあげるわよ?ただし、脳内に直接隙間の映像を叩きこむ形式だから、
妖怪じゃない貴女の脳は耐えられないかもしれないけれど…身体ではなく脳の情報量に自信はおあり?」
「い、いや…やめとく。なんか、脳は再生しても、後遺症とか記憶に残りそうだし…」

 私の問いかけに、白髪の少女は押し黙る。…へえ、どうやらこの娘も八意永琳と『同じ』なのかしら。
 私には月人には見えないけれど…幽々子の表情を見るに、間違いないわね。今は何の関係も無し、放置するだけなのだけれど。
 そして私は再び八意永琳と三人の殺し合い観賞へと戻る。魔法使いが放ったレーザーが八意永琳の左胸を貫き、そのまま紅竜の爪に五体を
引き裂かれて『また』ゲームセット。これで通算二十六度目の死ね。ただ、戻りが速い。死に際に放った魔矢が魔法使いの右肩を貫いてる。

「…巧いね。あいつ、相当殺し慣れてる。さっきからずっと自分の死を犠牲にして推し量ってる」
「そうね。だけど、果たして全てが計算通りに運んでくれるかしら?
フランドールを初めとした三人の力、八意永琳にとって全てが全て想定内とは思えないけれど」
「想定内だろ?だからこそ、最初にレミリアを消したんじゃないのかい?
他の四人の思考能力を全て奪い、自分の都合の良い時間稼ぎの駒…遊び相手にする為に」
「それはあくまで結果…紫はそう言いたいのね?」

 幽々子の問いに、私は微笑んで肯定の意を示す。
 八意永琳がレミリアに発動させた魔法陣…あれはレミリアに対して狙って発動させた訳では決してない筈。
 恐らく八意永琳が消そうとした目的の人物はフランドールの方。だからこそ、レミリアがフランドールを庇ったとき、驚愕の表情を
浮かべていた。あれが八意永琳の演技だとしたら、私は八意永琳を三ランクほど格下げして見直す必要がある。私直々に相手にするまでもないと。
 数分の会話で、きっと八意永琳は呼んだ筈。このメンツで、誰が一番強敵かつ立場が在り、消し去ってしまえば美味しい時間稼ぎが出来るのかを。
 一番の強者が消え、残された仲間が取る行動は怯え逃げ惑うか怒り狂い向かってくるか。前者ならばそれでいい。後者ならば時間稼ぎには都合が良い。
 集団というものは柱が消えれば脆いもの。その中で力とカリスマ、そして立場を持つ者が消えれば、後は瓦解するしかない。そう判断した上での
八意永琳の行動だった筈。だけど、消えたのは目的のフランドールではなく、レミリア。一番弱いと認識していた筈のレミリア。
 冷静を取り繕っているけれど、八意永琳の思考は大いにかき乱されただろう。なんせ、一番の弱者と思っていたレミリアが
唯一あの月の魔法を見破ったのだから。初見の相手、それも妖怪などには決して悟られる筈のない魔法を、レミリアが打ち破ってみせたのだから。

「けれど、結果としては八意永琳の勝ち。何故なら八意永琳の予定とは外れたけれど、狙い通りに物語は進行しているから。
八意永琳の想定外、それが功を奏してる。本当、世の中何が起こるか分からないわ。フランドールではなくレミリアが
彼女達の主であり精神的な柱であっただなんて、一体誰が見抜けるというのかしらね」
「よくも悪くも彼女は一流過ぎたわね。一流過ぎるが故に、レミリアを見抜き過ぎてしまった。
時間に余裕が在る時ならば、私達のようにレミリアから妖力を殆ど感じ取れないことを疑問に思ったのでしょうけれど」
「ハッ、レミリアの良さを見抜けないなんて三流もいいところだよ。まあ、血生臭いことに関しちゃ超一流をあげてもいいけど」
「本当、萃香のレミリア好きは最早病気の域ねえ」
「お、おい…あの、話に割り込んで悪いんだけど!」

 私達の会話に、先ほどの少女が再び割り込んでくる。
 一体何ごとかと視線を向ける私達に、少女は臆することなく訊ねかけてくる。それは彼女にとって大切なこと。

「あの…さっき、アンタ達の会話の中で、その、気になる内容があってね」
「何?別に意地悪するつもりもないから、訊いてみなさいな」
「そ、そう?それじゃ訊きたいんだけど…レミリアが『消えた』って、どういうことだ?」

 その少女の問いかけに、私はああ、と軽く納得する。
 どうやらこの少女にはレミリアと面識があるようだし、その点は確かに気になるかもしれないわね。
 そして私が答えを返す前に、先に萃香が口を開く。飄々とした様子で、何の躊躇も無く、ただ事実を口にする。

「どうもこうも言葉通りさ。レミリアが異変の首謀者に『殺された』。ただそれだけだよ」
「――こ、殺され、た?」
「ああ、殺された。敵の罠にかかって、魔法を発動されてそのままさ」
「っ、お、お前っ!!!!」

 淡々と他人事のように語る萃香に、少女が激昂して掴みかかる。
 襟首を掴み食らいかかる少女に、萃香は軽く首を捻るばかり。一体どうしたのだ、と。
 その仕草が更に少女を腹立たせたのか、怒りの感情を叩きつけるように声を荒げる。

「死んだんだろっ!?レミリアが死んだんだろ!?だったらなんで…なんでそんな風なんだよ!!」
「そんな風って何さ?」
「死んだんだぞ!?もう二度とレミリアは帰ってこないんだぞ!?
アンタ、レミリアの仲間なんだろ!友達なんだろ!それなのに何で何も言わないんだ!!」
「ん?…ああ、そういうことか。友として感想を言うと、レミリアのことは心から誇りに思うよ。
アイツは妹を護る為に、妹を庇ってその生涯を閉ざしたんだ。実に誇らしく、実に勇気ある、そして素晴らしい生き様だった。
本当…レミリアの奴、最期の最期まで私の心を奪っていっちゃったよ。私は永遠の友に心から敬意を払い続けるだろうね」
「っ!!!人が死ぬことを、誇りとか勇気とかふざけた言葉で誤魔化してるんじゃないっ!!!この冷血鬼がっ!!!」
「間違っちゃいないよ。だって私、鬼だしね」

 少女が全力で萃香に殴りかかるも、当然それが萃香に届くことはない。
 少女の繰り出した拳を難なく掌で受け止めながら、萃香は表情一つ変えることなく言葉を返す。
 その様子に私も幽々子も思わず笑ってしまう。本当、らしくないこと。表情を繕うなんて、さっきかららしくない真似をして。

「なあ、雲雀。お前は一体何が言いたいんだい?レミリアは死んだ、それは事実だ。私はそれをお前に告げただけだ」
「レミリアの死をっ!お前が肯定なんか、するなっ!友達の死を、他の誰でもないアンタが肯定なんかするんじゃないっ!」
「はあ…さっきから訳の分からないことをゴチャゴチャと。
遅かれ早かれ私達は死ぬ。妖怪として人々に忘れ去られ、存在意義を無くしたとき、私達は滅びる定めにあるんだ。
それがレミリアは少しばかり早かった。そしてレミリアは私達とは違い、誰に対しても誇れる、胸を張れる死に方をした。
それを私に否定しろと?レミリアの姿を、決意を、想いを否定しろと?――戯け。我らの在り方を無礼るのも大概にしろ、雛鳥が」

 問答は終わりとばかりに、萃香は少女の腹部を蹴りで薙ぎ払い、力に任せて跳躍させる。
 …あれ、かなり力を入れて蹴ってるわね。本当に萃香らしくないわ。最早萃香には自分の本心を隠すこともできないか。
 いいえ、本人は隠してるつもりもないんでしょうけどね。鬼は嘘を何より嫌う生き物、だから萃香の言葉は全て本心。
 萃香は本心からレミリアの死を誇っている。心から見事だと賞賛している。憧れだと強く惹かれている。だけど、だけどね…萃香。

「萃香、もうおよしなさい。貴女の在り方を否定したこの娘も悪いけれど、指摘を理解しようとしない貴女もみっともないわ」
「何だよみっともないって。私はただ小娘が訳の分からないことばかり言うから…」

 そう言って否定の言葉を紡ごうとする萃香に、私は笑って右手を差し出した。
 私の手はゆっくりと萃香に近づき、そして――萃香の頬を伝う涙をそっと拭った。

「鬼の目にも涙という言葉があるけれど、貴女のような妖怪にはあまり似合わない言葉よね」
「…あれ、何で涙なんか…こんなの、いつの間に」
「自分すら騙せない嘘に他人は騙せない…ましてや自分が嘘とすら認識できない嘘ではね。
…よかったわね、お嬢さん。どうやら萃香も悲しんでるみたいよ。レミリアの…大切な友人の死を、ね」

 私は小さく笑いながら、呆然としている少女に言葉を紡ぐ。
 しかし萃香、貴女は本当に感化されちゃっているわね。恐らく貴女や他の連中は否定するかもしれないけれど、私や幽々子は完全に認識してるわよ。
 貴女は最早山の人間ではなく、レミリア達の…いいえ、紅魔館の一員なんだって。
 滑稽ね。本当、滑稽だわ。だけど、萃香はそれでいいと私は思う。心を満たしてくれる勇者を探し続け、その果てに見つけた少女。
 少なくともその少女が生を終えるまでは、傍にいてもいいのではないかしら。
 そう――その少女、レミリアが『本当に』生を終えるまでは、ね。
 私は微笑みながら、幽々子の方を見る。萃香や私を見ながら、何も言わずに微笑む幽々子。…やっぱり幽々子は気付いているわね。本当、鋭いわ。

「幽々子、貴女はどうして気付いたの?私のように『月の経験』が在った訳ではないでしょう?」
「ふふっ、簡単なことよ。私は何も気付いていないわ。ただ、信じてただけ。信じているから、私は悲しむ涙も必要無い。違って?」
「成程、そう来るのね。それなら貴女の言う通り、悲しむ必要なんてないわね。
淡い希望を真実だと抱き続ければ、妄想も現実の強さとなる。幽々子、貴女は本当に凄いわね」
「そんなことないわ。ただ、面倒事の現実よりも淡く彩る夢に生きたいだけ。
それに、例えレミリアが死んでいたとしても、あの娘は幻想郷管轄でしょう?だったらその魂、私達が冥界にて譲り受けるだけ」
「閻魔様に叱られるわよ?最悪、お説教じゃ済まないかも」
「それを済ませるようにするのが私の腕のみせどころじゃない。まあ、その心配は貴女の様子をみる限り不要みたいだけれど。
ちなみに事実を萃香とそこの女の子には?」
「勿論言わないわ。だってその方が後で面白いじゃない」
「知らないわよ?後で萃香に怒られても」
「怒られるだけで済めばいいわね。ま、どうせ私はもうすぐ冬眠するもの。面倒事は全部レミリアにお任せよ。
…さて、そろそろ私も動きましょうか。幻想郷の外への『転移』は確認出来なかった。となるとレミリアは必ず幻想郷の中にいる」

 私は瞳を閉じ、自分の世界に眼を生み出していく。
 それは世界を浸食するように。それは世界を塗りつぶしていくように。
 幻想郷は私の世界。幻想郷は私の胎内。その世界中に私は一つ一つ監視の目を生み出していく。世界中に隙間の目を作り、その光景を私の脳内へと叩きこんでいく。
 自身のくみ上げた式を展開し、自動更新状態に組み、私の世界を浸食し続ける。あとは無事レミリアが私の網に引っ掛かってくれるかどうか。

 八意永琳がレミリアに施した魔法陣。その正体を私は何か理解している。
 あの魔法陣の正体は強大な力によって対象を無理矢理強制転移させる大規模な軍事用術式魔法。かつて、私が月と戦争を行ったときに使われていた魔法の一種。
 あれの正体を私が知っているのは、一度経験しているから。だから年の若い妖怪達ではアレの正体を見抜けない。何故ならアレを経験して生きているのは
世界で私一人なのだから。だからこそ、フランドールにも魔法使いにも八意永琳の術式は破れなかったし、正体を見破れなかった。
 そして、あの強大な魔術故に誤解する。あれを対象者を消し去ってしまう魔法陣だと。


 …そう、あれは初見の相手には見破れない。何故なら初動術式も存在せず、アレは本当に一瞬で発動する。
 発動してしまえば最後、その魔法に捕まった者は世界の何処かに強制転移をされ追い出される。それを封じる手立てなど術式を解読する以外に存在しない。
 しかし、そんな難題をレミリアは成し遂げてしまった。まるで術式の存在を感知したかのように、レミリアはフランドールを庇ってみせた。
 結果、レミリアこそ魔法陣の餌食になったけれど、フランドールを助けることに成功している。だからこそ、八意永琳も驚愕の表情を浮かべていた。
 在りえないと。読まれる訳がないと。そんな存在しない未来を、レミリアは容易く掴み取ってしまった。
 そのことに私はどうしようもなく頬を緩ませる。アレは一体何?どうしてレミリアはフランドールを助けることが出来た?
 あの瞬間、一体レミリアの目には何が映っていた?レミリアは一体どんな力を持って未来を変えてみせた?
 未来予測能力?否、アレはそんな生易しいものではなかった。あれは文字通り、未来すら捻じ曲げてみせた。
 妹に迫りくる未来を…運命を変えてしまう程の力、そんなものをレミリアは有している?フランドールへの譲渡を終えてもなお、そんな奇跡を残している?

 分からない。私には分からない。だけど、私にはその分からないが何より楽しい。心躍る。
 本当、レミリアは面白い。私の描く想像図予想図未来絵図を悉く容易に破壊してくれる。見えない未来、それが私には楽しくて仕方がない。
 この幻想郷が出来て幾許かの時間が流れているが、今幻想郷の運命の中心は間違いなくレミリア。彼女がこの世界の運命を右に左に
揺れ動かしている。面白い、本当に面白い。この不安定で不確定な明るい世界が、私は楽しくて仕方がない。
 数えること三度。その全ての異変で今、レミリアは死ぬことなく永らえている。そしてこれが四度目。
 現在、レミリアの居場所は分からない。だけど、私が想定する未来にレミリアのいない幻想郷など最早考えられない。
 愉悦。ああ、楽しくて堪らない。私の友人は次は一体何をやってのけてくれるのだろう。
 愉悦。ああ、不安で仕方がない。私の友人は次は一体どうやって危機を乗り越えてくれるのだろう。
 妖怪として今を楽しみ悦ぶ心。人として友人の生を心配する心。相反する二面性、それが私や萃香、そして幽々子の抱く問題。
 だから私達は距離を取る。私と幽々子はレミリアに近づき過ぎない。近づき過ぎれば、きっと求め過ぎる。萃香のように試してみたくなる。
 レミリアがどれ程までに運命に抗えるのか。レミリアがどれ程までに私達を受け止めてくれるのか。
 だから私達は自重する。心に歯止めをかけ、観察するだけに留めておく。だって、私は妖怪だから。自分本位な妖怪だから、奪いたくなる。
 全てを理性で押し留め、私達は見守ることに徹していく。レミリアの描く未来、その観客としての役割に。

「…これで四十七回目の死。だけど、その代償は紅竜の右目。
本当、我慢比べね。八意永琳の精神が持つか、それとも三者の怨念が勝るか」
「あら、意外ね。紫は既にこの結末を予想しているものだと思っていたわ」
「予想はしているわ。でもそれは水面に揺蕩う草船の如し。どちらに転ぶかなんて誰にも運命は分からない。運命なんて流れは私達に紡げない。
だからこそ人々も神も妖怪も『それ』を奇跡と呼ぶのよ。『運命を紡ぐ力』、そんな代物を持つ者なんて未だかつで誰も存在しないのだから」
「ふふっ、ならばもしそんな馬鹿げた力を持つ者が存在したら?」

 幽々子の問いかけに、私はクスリと微笑みながら迷わず答えを返してみせる。
 恐らくあの少女は、こんな私の答えが一番嫌いだろうから。

「決まってるじゃない。そんな人がいたら、指を指して思いっきり笑ってあげるわ。
――『貴女によく似合う、とってもメルヘンでロマンチックな能力ね』って」


























 夢を見ていた。

 それはまるで絵本の世界。お伽話を思い出しているかのように、おぼろげな世界。
 だけど、その内容を私は知っている気がする。知っている気がする。そんな気がする。



 物語の内容は、ごく普通の普通のお伽話。

 昔々、あるところ幼い二人の姉妹がいた。
 二人の姉妹はとても仲良しだった。姉は妹が可愛くて、いつも面倒を見ていて。妹はそんな姉が大好きで。
 それはどこにでもいるような、実に仲睦まじい姉妹のお話だった。


 だけど、その姉妹には一つだけ問題が存在して。
 それは、妹の身体が非常に病弱だったということ。とても身体が弱くて、妹は常にベッドの上で寝てばかりの生活だったこと。
 少女達の知る大人が言うには、妹は先天的な何かがどうこうが問題らしいのだけれど、私には難し過ぎてよく分からなかった。
 そんな妹だから、妹は常にお部屋に籠りっきり。だけど、姉はそんなことを少しも気にしない。
 いつも妹の元に遊びに行き、沢山沢山お話をしてあげた。ときには本を読んだりお花を運んできたり。
 そんな姉に妹はいつもいつも喜ぶ顔をみせていた。それはとても幸せに包まれた顔で、そんな妹の笑顔が姉は大好きだった。
 この笑顔を護りたい。この笑顔の為ならどんなことだって頑張れる。そんな風に姉はいつも思っていた。


 だけど、そんな二人の幸せな時間も刻一刻と終わりの時が近付いていた。

 身体の弱い妹が、突然体調を急激に悪化させたため。
 姉と一緒にお話ししているとき、妹は急に意識を失った。必死に助けを求める妹の姿が、姉の心に焼き付いて離れなかった。
 やがて一週間ほど経過し、妹が小康状態に戻るときには、姉は全ての事情を知ってしまった。

 妹の病気は、決して治らないのだと。
 妹に待つ運命は、死ぬことだけだと。

 妹の持つ病気は先天的な心と魔力の病気。
 強過ぎる妹の力が心の狂気と感応しあい、己が理性を蝕んでいく病。
 それは決して治癒など出来ない病気。治る手段など存在しない病気。もがき苦しみ、最後には発狂し…そして、死に至る病。

 そのことを知ったとき、姉は泣いた。涙が枯れ果てる程に泣いた。
 どうしてあの娘だけがこんな目にあうのか。どうしてあんな良い子がこんな酷い目にあうのか。
 その理不尽な現実が、姉にはどうしても納得出来なかった。
 そのどうしようもない未来が、姉にはどうしても受け入れることが出来なかった。

 だから、姉は助けを求めた。
 助けて、と。助けて、と。彼女の知る全ての人に助けを求めて回った。
 だけど、誰もが返す言葉は同じ。その言葉が帰ってくる度に、少女は心を傷つけた。


『優秀な後継ぎである貴女様が残るのならば、妹様は諦めても構わない』


 それは妖怪である彼らにとって普通の言葉。
 弱肉強食の世界で、強者だけが在る世界、その中ではごく普通の言葉だった。
 けれど、姉はその言葉を受け入れられなかった。その少女は、優し過ぎた。妖怪として生きるには、心が弱過ぎた。
 妹を切り捨てること、それを少女はよしと出来ない。
 妹を諦めること、それを少女は受け入れられない。
 故に姉は彷徨い続けた。妹を助ける方法を求め、少しでも多くの情報を求め続けた。
 その中で、少女は館中の妖怪達を頼り続けた。中にはまともな者もいた。けれどそれ以上に下種な輩が存在していた。
 そんな者達にも、少女は必死に助力を願い出た。ときには頭を下げ、ときには将来の地位を約束し、ときに見下され。
 妹を助ける為に、姉は必死に奔走した。その中で、一人の妖怪から姉は一つの秘術を教えてもらうことに成功する。

 その秘術を知ったとき、姉は歓喜した。これで妹が救えると、全てが解決すると。
 妹が元気になる。そうすれば、また妹の笑顔が見られる。一緒に幸せな時間を過ごすことが出来る。
 少女はそれだけに捕らわれた。益だけを考え、故に少女は犠牲として差し出すモノなど考えることも無い。
 そんなモノは些細なことだと。そんなモノは不要なモノだと。それを失っても、自分達に幸せに関係などないと。

 きっと、この館の誰もが歓迎してくれる。この館の誰もがこの未来を歓迎してくれる。
 今はちょっとだけ冷たい館の人たちも、きっと妹のことを私以上に大切にしてくれる。
 今は妹のことに見向きもしないお父様も、きっと私以上に妹を愛してくれる。

 少女は囚われる。少女は囚われる。
 幼さ故に、優しさ故に、甘さ故に、囚われる。
 幸せな未来を求め、優しい未来を求め、少女は実行する。一粒の希望が込められた、パンドラの箱を開けてしまう。



 物語はこれでお終い。だけど、それは絵本で言うならば、描かれたページの部分が終わっただけ。
 故に姉は知らない。これから先に待っていた、妹を待つ未来など。
 故に姉は知らない。彼女が望んだ未来が、幸福だけに彩られた世界などではなかったことを。







 幼いが故に、姉は最後まで知ることは出来なかった。

 大切な者の犠牲の上に成り立つ未来――それが唯の砂上の楼閣であったことを。


















 優しい未来を望み続けた少女。
 妹の幸せを望み続けた少女。


 その少女は、閉ざされた瞳をゆっくりと開いていく。
 夢の世界から現実の世界へ舞い戻る為、少女はゆっくりと意識を覚醒させてゆき、そして――



「…こんばんは。ようやく目を覚ましてくれたわね、眠り姫」



 ――夢の世界より舞い戻り、少女は新たな邂逅を果たす。
 闇の世界を偽りの月光が包む夜…そんな吸血姫と月姫の出会いを彩る舞台の上で。








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