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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき永夜抄 その九
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/11 00:18






 ~side 咲夜~




 本当、呆れる。いいえ、呆れるどころの話じゃない。
 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。私は軽く額に手を当てて息を吐く。

「貴女達も貴女達よ。飼い主ならちゃんと手綱を握っておきなさい」
「誰が飼い主よ、誰が。それに私は春雪異変で学んだのよ、他人の喧嘩の仲裁ほど無駄骨はないってね」
「私達が横槍を入れると余計こじれそうだし…あ、あはは」
「全く…本当にどうしようもない」

 アリスと妖夢から視線を外し、私は偽りの月が座する夜空を見上げる。
 暗き闇夜を彩るは馬鹿と阿呆の乱れ打つ弾幕。アリス達から話を聞くに、二人はゆうに三十分は弾幕勝負を続けているらしい。本当、笑ってしまう。
 フラン様からの命を受け、結界の外に出てすぐ出会ったアリス達に話を聞けばコレ。溜息の一つでもつきたくなるというものだ。
 軽く首を振り、私は思考を切り替えて再度視線を夜空に向ける。互いに何やら大声を張り上げながら己が主張をぶつけ合う馬鹿霊夢と馬鹿魔理沙。
 フラン様の命を実行する為にも、まずはあの馬鹿達を止めないといけないんだけれど…仕方ないわね。

「アリス、妖夢、貴女達に先ほど事情を話した通りよ。二人を止めさせてもらうわ」
「ええ、何の異論も無いわ。貴女の話に耳を傾ければ、二人の争う理由もなくなるでしょうし」
「右に同じ。必要なら私達も協力するけれど」

 妖夢の言葉に、私は笑って不要の意思を告げる。他人の手など必要なものか。
 頭に血が昇った馬鹿を止める為にアリス達の手を煩わせるまでもない。私一人でお釣りがくる。
 軽く呼吸を整え、そして跳躍。二人の間、その空域まで翔けあがりながら、私は二人目掛けて弾幕を放つ。
 否、正確には二人ではなく互いを狙い放った弾幕を狙って、だ。私の放ったナイフ群は二人の弾幕を打ち消し合い、二人の注意をこちらに向けることに成功する。

「ちょっとアリス!何邪魔してんのよ!?…って、馬鹿メイド?」
「おおう妖夢、ナイスアシスト、助かっ…あれ、咲夜?」

 私の入れた横槍に、二人はそれぞれ180度異なる反応を見せる。霊夢はさも不快そうに、そして魔理沙は少し安堵の声を。
 けれど、横槍を入れたのが互いのパートナーではなく私だと分かると、両者ともに頭に疑問符を浮かべている。
 どうやらこの場に私が存在することに、まだ現状把握が追いつかないといった状況か。けれど、私はそんな二人の落ち着きをのんびり待つつもりはない。
 心底呆れるようにワザとらしく溜息をつき、私は二人に言葉を紡ぐ。

「そこまでよ、二人とも。この勝負、私が預かるわ。
…とはいっても、こんな馬鹿で無意味な消化試合を今宵中に返還するつもりなんて毛頭ないのだけれど」
「おいおい、そりゃ困る。借りたものはちゃんと返さないと泥棒の始まりだぜ?」
「パチュリー様が愚痴ってたわね。魔理沙に貸した本の返還が滞ってきてるって」
「アーアーキコエナーイ」
「そろそろ美鈴を嗾けようかと悩まれていたわよ?なんなら私が取り立てても…」
「ちょ!?返す、ちゃんと返すって!明日…は、無理だけど明後日!明後日までには頑張るから!」

 八卦炉をしまい、箒の上でヘコヘコと頭を下げ始める魔理沙。こちらはどうやら弾幕勝負を続けるつもりは無いらしい。
 …むしろ、弾幕勝負を遮られて喜んでる感があるわね。変ね、二人の話だと魔理沙もかなり頭に血が昇って喧嘩腰に弾幕勝負を始めたって
話だった筈だけど。弾幕勝負の最中に怒りが冷えて落ち着いたのか、はたまた最初から魔理沙はそこまで弾幕勝負を続けるつもりはなかったのか。
 そんな魔理沙とは対照的なのは霊夢。私達の会話を遮るように、怒り浸透とばかりに声を荒げる。

「何漫才なんかおっぱじめてんのよ、馬鹿魔理沙。そんなの放っておいてさっさとかかってきなさいよ」
「え゛…あ、いや、悪い霊夢、ちょっと私、おなかの調子が…」
「逃げられると思う?喧嘩を売っておいて『やっぱ無し』が私に通用すると?」
「凄く…思わないです…あー、もう、負け負け。私の負け。ごめんなさい、ギブアップ、霊夢の勝ちでいいよ。
全ての事情を知ってそうな咲夜(やつ)が来たんだ、意地張る理由もないしな。どっちがレミリアの為だったのかはコイツに訊けば分かるだろうし」
「…そうかしら。コイツが病気なくらいレミリアの為に生きてることは知ってるけれど、私は咲夜とフランドールの繋がりを知らないわ。
もしコイツがレミリア以上にフランドールについているなら、コイツの言葉に何の意味があるのやら」

 やはり問題なのは霊夢の方ね。二人に聞いた話だと、霊夢はフラン様を疑ってる。母様を利用していると思っている。
 その判断は無理からぬこと。霊夢と魔理沙は完全に見てきたフラン様の姿が異なる。フラン様の話だと、魔理沙は猫を被った
フラン様だけと接し、霊夢は素顔のフラン様と接し、そして一度弾幕勝負と殺し合いに発展している。
 霊夢は怒っている。母様の為に、本気で怒ってくれている。だからこそ止まらない、止まれない。自分の信じる一を遵守し、母様の為に動こうとしている。
 そんな愚直で馬鹿な霊夢に心から呆れる。そして同時に、心から羨ましく思う。その母様への在り方、想いの所在。真っ直ぐな姿。
 …それは、私には出来なかったこと。私はただ、フラン様に反対こそしたものの、結局行動に移すことが出来なかった。

 嫌な感じが収まらない今回の異変、私はどうしても母様を参加させたくなかった。例えそれが、母様の姿を偽ったフラン様であっても、
今回ばかりは止めておくべきだと。それは唯の勘だと言ってしまえばそれまで、けれど妙に色濃く感じる不安。私はそれを感じていた。
 けれど、結局私はフラン様に押し切られた。そして今、結果として母様は自分の意思でこの異変に参加なされている。
 それは、母様の意思に沿う行為。私達の行動が正当化された証。だけど、私はそれでも、それでも思ってしまう。今回の異変は今からでも参加を取りやめるべきだと。
 でも、それは母様の心に沿わない。母様はフラン様の為に、この異変への参加を決めてしまった。ならば私は母様の為に、想いに沿う。
 そのような考えが頭を回っていたからかもしれない。私が霊夢に、母様の為に怒り感情をぶつける霊夢に嫉妬を感じてしまったのは。

「霊夢、友達にそういう目を向けるの、よくないぜ。
私は悪友だからそういう冗談は受け入れるけどさ。お前の親友だろ、咲夜は」
「誰が親友だっ!私の親友はれっ…」
「親友は?ねえねえ、親友は?『れ』?『れ』何?」
「っ…何でもないわよ」
「霊夢の知人で『れ』から始まる親友ねえ…『れ』『れ』『れ』、誰だろうなあ~」
「~~~!!!」

 顔を俯けてプルプルと震える霊夢に、魔理沙は心から面白おかしいとばかりに霊夢の周囲をくるくる回り出す。
 …前言撤回。やっぱり『こんなの』を少しでも羨ましいなんて思わない。魔理沙に弄られ真剣な話をこれ以上ないほどに
吹き飛ばしてくれるこの馬鹿には。正確には馬鹿『達』なのだけど、私は霊夢が嫌いだから複数形にはしないことにした。
 ガーッと吠え、魔理沙に術符を投げつけている霊夢に私は心底溜息をつきながら再度言葉を紡ぎ直す。

「それで、いつになったら私の話を真剣に聞いてくれるのかしら、楽園の怠惰な巫女さん」
「文句なら場を引っ掻き回そうとするこの馬鹿に言いなさいよ!」
「失礼な。私はいつだって真剣だ。真剣で私に話しなさい、ってな。それで咲夜、お前が私達に話ってのは」
「ええ、一つ提案を貴女達に伝えにきたのよ。後ろの二人には既に話を通してある。後は貴女達の答え次第ね」

 そう告げる私の後ろには、アリスと妖夢の姿がある。
 どうやら弾幕勝負が終わったのを見計らって、私達の元へやってきたらしい。パートナーに断りなく話を受けたことに
少しばかり霊夢と魔理沙は表情に不満の色をみせたものの口にはしない。黙って私の言葉の続きを待っている。
 軽く息を吸って、私は二人に口を開く。

「私が貴女達に持ってきた話は『取引』」
「…取引?」
「ええ、そうよ。貴女達の目的はこの異変の解決、それに間違いはないわね?」
「それがどうしたのよ。何、邪魔でもするつもり?」
「邪魔どころか手助けに来たと言ったら貴女は信じるかしら、博麗霊夢」
「信じると思う?十六夜咲夜」
「…あのさ、イチャつくの、その辺でやめないか?仲良いのは分かるけど、話進まないしさ」
「「良くないわよ!!」」

 魔理沙の軽口に私と霊夢は息を揃えて怒鳴りつける。他の誰でもない霊夢と異口同音だなんて忌々しい。
 けれど、魔理沙の言うことも至極まっとうな意見なので、私は話を進めることにする。本当、霊夢と会話するとロクなことが無いわね。

「話を戻すわよ。貴女達が目指すのは異変の解決、そして現在、貴女達は異変の首謀者の所在を掴むところまで辿り着いていない。
そして、それを探る方法も見当すらついていない。ここまでの話に相違はないわね?」
「否定はしないけど、それだけを聞くと私達もの凄く無能だなあ」
「…うっさいわね。そんなもんすぐに見つけるわよ」
「魔理沙を弾幕勝負で沈めた後で?」
「魔理沙を弾幕勝負で沈めた後で」
「ちょ!?私降参しただろ!?負けましたって認めただろ!?止めろよ敗者に鞭打つような真似はっ!
大体なんでそういうときだけお前ら呼吸ぴったりなんだよ!この性悪コンビ!」
「それで?もったいぶらずにさっさと『取引』の内容を言いなさいよクソメイド」
「言われなくとも言うわよ外道巫女」
「あー、無視ですかそうですか。いいよ畜生、今度からプロフィール訊かれたら
嫌いなモノに話を聞かない巫女とメイドって言ってやる。後悔しても遅いからな、私は本気だからな」

 睨んでくる霊夢といじける魔理沙に、私は一枚のカードを提示する。
 それは『取引』という名を借りただけの一方的な依頼。二人が断らないのを知った上での取引だ。

「私から提示するものは『情報』。貴女達が欲してやまない今回の異変の首謀者、その居場所。
もし私の条件を呑んでくれたなら、貴女達をその場所に連れていくことを約束するわ」
「…異変の、首謀者?」
「ええ、そう。私達は既に異変の首謀者の居場所を突き止めている。
その場所は貴女達では見つけられない。いいえ、仮に見つけられたとしても貴女達では『結界』を突破出来ない。
この竹林全体にかけられている結界は非常に強固な代物で、解呪をする頃には日が昇るわね」
「結界…通りで妖しい気配がここいらでブツ切りになってると思ったら。
でも、変な話ね。その結界をアンタは一体どうやって見つけ、潜り抜けたのかしら?私達に不可能なことを、どうやってアンタは成し遂げた?」
「発見は私の力。結界はフランお嬢様の力とだけ言っておくわ。
空間掌握と万物破壊、貴女達四人の誰かがこの二つの力を持っているのなら、私の『取引』を受けることなく異変の首謀者の元へ
辿り着けることを約束するわ。もしくは…そうね、美鈴のようなフランお嬢様の生み出した結界の破壊点を探ることの出来る、
他人とは一線を画する程に気配探知に長けた人物が要れば」

 私の問いかけに霊夢も魔理沙も少し思考する様子を見せた後に二者それぞれの反応を示す。
 魔理沙はお手上げとばかりに苦笑し、霊夢はだからどうしたとばかりに私を一層睨みつける。
 どんなに睨まれても、私の語る話は事実。この四人では、少なくとも今宵中には結界の中に侵入することなど出来はしない筈だ。
 私はおろか、フラン様にすら読み取れなかった異質かつ巨大な竹林の魔術。結界内全ての人妖にあの屋敷の存在を感知できないように
する仕組み。その結界に侵入出来たのは前述した通り、私とフラン様の力のおかげだった。
 結界の存在を探知するのは私の役目。私は時間、すなわち空間制御に長けた能力者で空間の違和感に対し鼻が利く。
 だからこそ、竹林に満ち足りた空間の異変、この術式にはすぐに反応することが出来た。ただし、私はそこまで。私の力では
探知こそ出来るけれど内部に侵入するには至らない。私が操れるのは私の手をつけた空間だけ。そこに他者の汚染した空間は含まれない。
 結界内に侵入する為にはフラン様の力が必須だった。フラン様の持つ『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、その力が。
 フラン様は結界に人一人が入れる程の小さな破壊点を生じさせ、結界の効力を失わせないままに結界を容易にすり抜けた。
 結界を破るには力技で捻じ伏せるか術式を読み取り解呪するか術者を倒すか等、いくつか方法はあるけれど、フラン様の取った行動はそのどれもを無視している。
 この舞台を壊さない為に、他者に邪魔されない為に、結界を利用する為に、フラン様は敢えて結界を残した。その結界が今こうして
役に立っている。フラン様の最小限の破壊が、私達の手札を増やすことにつながったのだ。
 フラン様の力が無い今、霊夢達に取れる手段なんてほぼ存在しない。自力で時間をかけて結界を破壊するか、この広い竹林の中でフラン様の生み出した結界の
破壊点を探し当てるか。前者を選べば夜が明ける、後者を選べば宝籤以上の部の悪い賭け。

「さあ、どうするの?時間の無駄と知りながら、結界の捜索と破壊なんていう骨折り作業に向かう?」
「そこまで説明されて向かうなんてどれだけ私達はマゾなんだよ。普通に咲夜に情報を貰うことを選ぶよ私は」
「そう、それじゃ魔理沙は取引に応じてくれるのね。霊夢、貴女はどうするの?」
「私をそこの馬鹿魔法使いと一緒にするな。アンタはまだ大事なコトを話してないじゃない」
「馬鹿魔法使い…もう今夜の霊夢は何でもありだな。友達は失ってから初めて大切さが分かるんだからな」
「大事なコト?必要な情報は与えたつもりだけど」
「ふざけんな。私達はまだ教えてもらってないわよ。アンタが私達に『情報』をくれるとして、その見返りにアンタは何を要求するのよ?」

 要求。霊夢に言われて、私はそういえば、と二人にまだ条件を提示していなかったことを思い出す。
 そうなるのも仕方のないことだと私は思う。なんせアリスと妖夢のときにすんなりと話が通り過ぎたため、そこに気を入れなくても
構わないと思いこんでしまったから。馬鹿だなと軽く自嘲しながら、私は二人に改めて口を開く。

「そうだったわね、謝罪するわ。私が貴女達に要求する見返りは唯一つ。
『今回の異変の首謀者を貴女達が必ず倒すこと』。ただそれだけよ」
「…は?」
「…え?」

 私の要求に二人はポカンとした表情を浮かべる。
 …アリスと妖夢の時よりも酷い反応ね。そんなに意外かしら。私の要求は。

「聞こえなかったかしら?それならもう一度言い直すけれど」
「き、聞こえたけど…アンタ、正気?」
「…そこで『本気』ではなく『正気』という言葉に悪意をヒシヒシと感じるわね。勿論正気よ。
私は責任を持って貴女達を異変の首謀者の元へ連れて行ってあげる。代わりに貴女達は責任を持って首謀者を倒す。
互いの要望に沿った良い取引なのではないかと私は思うのだけれど。さて、二人とも、返答は?」
「い、いや、返答なら迷わずYESだけどさ…なんていうか、その、いいのか?」
「いいのか、とは?」
「だって、お前とフランドールも異変解決を望んでたじゃないか。そしてお前達は犯人の居場所を突き止めた。
なのに、そこまで辿り着きながらお前は私達に異変解決を譲ると言ってる。これっておかしいだろ?」
「おかしいと感じるのは貴女の価値観。私達の得る益と魔理沙の考える益は異なっている、ただそれだけでしょう。
私達の目的は異変解決ではないわ。私達の目的はいつだって唯一つ…そう、絶対不変、唯一つ」

 そこまで言葉を続け、私は自身の爪が掌に食い込んでいることに気付く。どうやら知らぬ内に拳に力を入れていたらしい。
 軽く被りを振って脳裏に浮かんだ母様の顔を打ち消す。今私のすべきことは惨めに愚痴を零すことじゃない筈。
 それにフラン様は判断を私に委ねている。だからこそ私に命令ではなくお願いという形を取った。ならば私は迷うことなく行動に移すだけ。
 母様をどうするのか、その決定権をフラン様は他の誰でもない私に託してくれた。ならば私は母様の為になる行動を少しでも心がけなければいけない。
 今回の計画、フラン様はどうやら固執するつもりはない様子。ならば私は私なりに精いっぱい母様の為に策を弄するだけだ。
 紅魔館だけじゃない。霊夢も、魔理沙も、アリスも、妖夢も。その背後に居る八雲も、西行寺も。
 この幻想郷に存在する全ての力を利用してでも、母様の背中を支えてみせる。それが私、十六夜咲夜の役目なのだから。

「…問答も飽きたわ。私を追及したところで得られるのは時間の浪費という現実だけ。
さあ、選びなさい。私との取引を受け、異変解決に協力するか…私の手を払い、独力で異変解決に臨むのか。
後ろの二人から承諾は貰っているけれど、決めるのはあくまで貴女達。NOといえば、アリスと妖夢の手も借りないわ」
「…どうして?」
「それが二人の条件だからよ。アリスも妖夢も私の取引に応じる心はあるけれど、あくまで決定はパートナーとして行うとね。
最終決定はつまるところ貴女達二人の意志にかかってる。さあ、二人の答えを――」
「――乗るわ」

 私の言葉を遮るように返答を返したのは博麗霊夢。正直なところ、少しだけ予想外だった。
 魔理沙はともかく、霊夢は私の誘いを断るだろうと思っていたから。他の誰でもない、私の誘いだけは。
 そんな私に気付いたのか、驚く私に霊夢は少し眉をひそめて不満そうに言葉を紡ぐ。

「何よ、その顔。私が協力するのがそんなに意外かしら」
「…ええ、正直意外ね。私としては魔理沙の力を借りれれば御の字だと思っていたわ。何の血迷い?」
「あぁ?せめて心の迷いっていえクソメイド。協力してもらう気あんの?」
「あるわ。だから理由を訊きたいのよ。博麗霊夢が十六夜咲夜の手を取るなんて夢物語を決意した理由を」

 好奇心本位で訊ねる私に、霊夢は少しばかり考える仕草を見せ、やがて大きく息を吐いてゆっくりと口を開く。

「正直、私はレミリアを取り巻く紅魔館の連中をこれっぽっちも信用してないし、してやるつもりもない。
レミリアを一番大切だとのたまいながら、そのレミリアの意志は全部無視。これじゃ伊吹萃香や紫の奴と何一つ変わりゃしない。
現に今回の件だってレミリアに内密に進めて、当のレミリアは困惑し慌てふためいて妹を探しまわって危険な目にあってる。
本当、馬鹿じゃない?レミリアを危険な目にあわせたくないとか言いながら、レミリアをこんな夜に連れ出して。
なんの皮算用があったかも聞く気にならないし、理解するつもりも毛頭ないわ。アンタ達揃いも揃って役立たずよ」
「…返す言葉もないわね。そんな紅魔館の一員である私も当然信用できないのではなくて?」
「ええ、出来ないわ。アンタなんてその筆頭よ。紅魔館のことなんて関係無しに信用できないわ。
なんせ十六夜咲夜は紅魔館云々の前に一個人として私は嫌いだもの。他人は見下すわ冷血人間だわレミリア以外目に入らないわ
口を開けば雑言しか吐かないわ性格は思いっきりねじ曲がってるわ人の癇にガンガン障ってくるわ…」
「お、おい霊夢…」
「嫌い。私は十六夜咲夜が大っ嫌い。多分…いいえ、間違いなくこの幻想郷一ムカつくクソ女よ。私にとって一生相容れない存在と言っても良いくらい」

 そこまで毒を吐き、霊夢は言葉を止める。
 次にどんな毒を吐くのやら…そんなことを考えながら霊夢を眺めていると、霊夢は私から目を逸らし何も無い方向を見つめて
言葉を続けた。ただ、それは先ほどまでの怒りの込められた言葉などではなく、本当に不器用な想いが込められた言葉で。

「ただ…ただ、その、アンタの持ってるレミリアを誰より好きだって気持ち…世界の誰よりもレミリアを想っている心。
十六夜咲夜が母親のことを本当に護りたいと思ってる気持ちだけは…それだけは、信じてやってもいい。
アンタがこれまでの異変でどれだけ必死に…それこそ形振り構わずレミリアを護ろうとしてきたかは知ってるからね。…それが私のアンタに手を貸す理由よ」

 分かったか、クソメイド。そう言葉を結んで霊夢は話を切り上げる。ただ、顔は一向に私の方を向けようとはしない。
 霊夢に告げられた言葉が上手く飲み込めず、呆然としている私だが、時計の針は魔理沙の笑い声によって再び進められることになる。
 少女らしく活発な笑い声を零しながら、魔理沙は霊夢の首に腕を回して口を開く。

「まっ、そういうことで咲夜、今宵の異変の最終目的地まで案内頼むぜ?
なんせこの素直になれないツンデレ巫女が初めて勇気を出したんだ。より早くより安全により楽しくエスコートしてくれよ?」
「だ、誰がツンデレ巫女だっ!私は異変を解決したいから仕方なくっ」
「はいはい、そういうことにしといてやるさ。それで、アリス、妖夢、私達の結論はコレだけど構わないか?」
「ええ、私に異論はないわ。元より咲夜の取引には応じることがベストの選択だと考えていたしね」
「そうだね。私も同意見。早くレミリアさんに追いつかないとね」

 魔理沙の問いかけに、アリスも妖夢も笑って同意する。そんな面々に、私は軽く息を吐いて小さく言葉を漏らしてしまう。
 このどうしようもなく馬鹿なほどに『お人好し』な連中に、一言だけ。私の言葉が耳に入ったのか、アリスもまた苦笑を零しながら私に声をかける。

「そうね、咲夜の言う通りかもね。霊夢も魔理沙も妖夢もどうしようもないくらいの『お人好し』だわ。
メリット、デメリット…正直なところ、そんなものは度外視してる。連中はただ純粋に『十六夜咲夜』の手を取りたいのよ。
他の誰でもなくレミリアを護る為に、母親を護る為に行動を起こしている貴女の手をね」
「…私は紅魔館で育ってきた。私が信じるのは母様、そしてあの館に生きる家族だけ…それは昔も今も変わらない。
永遠にそれだけは不変…そう思っていたんだけれど、ね」
「過小評価ね。私達の知る十六夜咲夜はそんな矮小な存在じゃ終わらないわ。
家族以外をも信じ、可能な限り腕を広げてみる生き方も悪くないんじゃないかしら?どうしようもないくらいお人好し、そんな『仲間』を信じてみても、ね」
「…そう、ね。それも、悪くないのかもしれない。勿論、博麗霊夢以外、の条件付きで」
「…最後の最後まで貴女達は素直じゃないわね。本当は互いを誰より認め合ってるくせに」

 アリスの最後の言葉を無視し、私は大声で騒ぎ合う『仲間達』を見つめながら一人思う。私は本当は誰より恵まれているのかもしれない、と。
 捨て子として紅魔館に、母様に拾われ、実の父も母も知らない私だけれど、振り返ってみれば私の歩いてきた道は誰に対しても胸を張れる。
 愛しい母が、家族が。そして今、私は『利用すべき駒』ではなく『頼れる仲間』を手にしてる。家族以外に心を許せる人がいる。
 仲間達の力を得て、私は心を次なる行動へと切り替える。私が目指すはフラン様達より先にこの異変を解決してしまうこと。
 無論、そうしろとフラン様に命じられた訳ではない。これはあくまで私の判断。私の判断でフラン様達を出し抜く。
 そのような行動を起こす決意を私にさせたのは、先ほどの別れ際に話したフラン様との会話。誰にも聞かれないように二人で内密に交わした短い言葉。
 私は瞳を閉じ、フラン様がさきほど私に告げた言葉を思い出す。

『私達とは別行動を取り、博麗霊夢達と接触なさい。あの小娘達をどうするかは咲夜、お前に全て委ねるわ。
必要だと思うなら、あれ等の背後を含めて力を借りれば良い。不要だと思うなら排除しても構わない。なんなら、私の言葉を拒み、
博麗霊夢達を無視してこのまま私達と行動を共にするのもいい。八雲や西行寺の力を借りない限り、小娘達が結界内に入り込めるとは思わないしね。
いっそのこと、博麗霊夢達の力を借りてお姉様を無理矢理異変に担ぎ出している私達を倒し、お姉様を救い出すのもいいかもしれないわね?
私達は強く言えないけれど、あの暴力巫女や貴女の言葉ならお姉様だってウンと言わざるを得ないでしょうし』
『フラン様…お戯れを』
『戯れか…そうね、戯れだ。本当、遊びが過ぎる。本当なら力づくでもお姉様を館に縛りつけないといけない筈なのにね。
…駄目だね。一度気付くともう止まらない。今更後悔することも後ろを振り返ることも許されないのに。
咲夜、私は怖いんだよ…怖くて、怖くて仕方ないんだ。お姉様の命が危険に曝されることは勿論だけど、
今はそれ以上に――あの男と自分が同じだと、誰かに糾弾されるのが怖い。お姉様の翼を奪い、お姉様をあの地下牢に押し込め、お姉様の瞳から光を奪った
あの男と今の私は一体何が違う?同じだと…お前はあの男と同じ実姉(レミリア)を玩ぶ血が確かに流れていると、誰かに突き付けられるのが何より怖い』
『ふ、フラン様?』
『…咲夜、お願い。私のことなど考えなくていい。私達の計画などもう頭に入れずとも構わない。
貴女と美鈴だけは、他の一切を除してお姉様のことだけを考えて行動して。その上で博麗霊夢達と接触なさい。
…安心なさい。私が裏で策を弄するのはこれが最後。明日からお姉様に待つのは平穏で温かな未来だけ。
これから十年、百年…この幻想郷が続く限り、お姉様と美鈴とパチュリーと…そして咲夜、貴女の幸福な未来は続いていく筈だから』

 私にそんな言葉を告げ、優しく微笑んだフラン様。その笑顔は、私が初めてみるフラン様の表情で。
 いつもの自信と威厳に満ち溢れ、他を威圧するようなフラン様の姿はそこにはなく、在ったのは全てを諦念したかのような寂しい笑顔。
 その表情に、私は心が酷くざわつくのを感じた。嫌な予感とでもいうのだろうか。フラン様の笑顔が、私の胸を、心を動揺させる。
 いけない、と。このままではいけない、と。何かが、という訳ではない。何が、という訳でもない。
 ただ、私の中の何かがけたたましく警告を鳴り響かせて止まらないのだ。このままでは何もかもが手遅れになってしまうと。
 その予感は結界内に入り、あの屋敷を見たとき同様に強く膨らんで。否、嫌な予感は異変に参加する当初から強く感じていた。
 これまでの紅霧異変や春雪異変、そして伊吹萃香の件。そのどれにも感じなかった、強く妖しく、そして酷く全身がざわつく気配。
 まるで私の中の知らない私が警告している。あの歪な月を見る度に身体が熱に浮かされたように自分のモノから離れていく、そんな錯覚を覚えてしまうことに恐怖する。

 拙い。この異変は拙い。それは異変自体が?それとも異変の首謀者が?分からない。分からない。
 憎い。この全てが憎い。異変が?首謀者が?偽りの月が?幻想郷を包む酷く懐かしい香りが?何を私は憎む?何を私は懐かしむ?
 殺したい。この歪な月を。逃げ出したい。この歪な永遠を。護りたい。私の家族を。葬って欲しい。私の家族に。
 分からない。何もかも。怖い。この歪な夜が。だからフラン様を何度もひきとめた。だからパチュリー様に直訴した。
 触れてはならぬと。この異変は参加してはいけないと。でも止められなかった。でも止まらなかった。だったら私は他の手を取るしかない。
 誰でもいい。誰の手でもいいから借りる。そうしないと、危ないから。そうしないと、終わらないから。
 フラン様では。パチュリー様では。美鈴では。私では。きっときっと止まらない。きっときっと終わらない。




 私達では…止められない。私達では…姫に勝てない。
 私達には――きっと『永遠』は止められない。





「――や、咲夜!」
「…え」

 誰かの声に、私は意識を覚醒させる。気付けば、私の目の前には霊夢がいて。
 また、そんな私達二人の周りには魔理沙や妖夢、それにさっきまで一緒に話していた筈のアリスも。おかしいわね…アリスと二人で会話していた筈なのに。

「何よ、いきなり大きな声を出して」
「いきなり、じゃないわよ!さっきからさっさと案内しろって言ってたでしょうが!」
「…そうだったかしら?悪いわね、少しボーっとしてたみたい」
「おいおい、大丈夫か?体調不良なら、場所だけ私達に教えてお前は休んでても…」
「冗談。お嬢様達が異変に向かっている中、一人休みを貰う従者が何処にいるのよ。行くわよ、四人とも」

 心配してくれる魔理沙の言葉を払い、私は軽く息を吸い直し、自身の心を引き締め直す。
 …私は一体何をボケっとしてるんだ。何を考えていたのかは知らないけれど、今は思考の海に潜りこんでる場合じゃない。
 この歪な夜にフラン様の違和感、そして何より母様が前線に立っている。行動を起こせど、今は思い悩む必要など少しも無い。
 四人の力を借り、異変解決への別カードは手に入れた。霊夢と妖夢、この二人の背後にはJOKERが二枚存在してる。
 正直、フラン様達だけでも母様は十分守りきれるのかもしれない。だけど私はみんなの力を借りることを躊躇しない。
 九割九分決まった安全を十割まで引き上げる。一パーセントたりとも油断はしない、慢心は許さない。
 母様を護る為ならば、どんな手だって使ってみせる。この歪な月を破る為には、それでもきっと十分とは言えないだろうから。























 好きとか嫌いとか最初に言い出したのはユーゼス・ゴッツォ。もしくは天狗。
 世の中の八割の物事はこの二人の仕業に出来るのよ。憎い。未来人と天狗が憎い。いつの日かどちらかに会ったら文句言ってやる。
 私がこんなにへっぽこぷーでヘリタコぷーちゃんなのはお前らのせいかって。かえる先生でてこいやっ!

「お嬢様、さっきからブツブツ言ってますけれど、どうかしましたか?いつもの発作ですか?」
「…ちょっと待ちなさい、美鈴。いつもの発作って何よいつもの発作って。
それじゃまるで私がいつも小声で独り言言ってるみたいじゃない」
「まるでも何も、実際言ってるじゃない。レミィ、もしかして自覚無かったの?」
「嘘っ!?いいい、言ってない!私そんなに独り言なんて言ってない!そうよね、フラン!」
「お姉様、言ってるから。独り言言ってる時のお姉様、気持ち悪いから嫌い」

 き、嫌いって…いや、それ以前に気持ち悪いって…まあ、別に良いんだけど。というか、フランの毒舌にも慣れてきてる自分が嫌過ぎる。
 最近はフランの言葉にもあまりショックを受けなくなってきてるのよね…別に私、Mな吸血鬼でもなんでもないんだけど。
 そんな雑談をしながら、私達は今回の異変の首謀者の居場所を捜索して飛行中なう。
 本当、この屋敷って無駄に広くて困る。何か錯覚の魔法かなんか使ってるみたいだけど、それにしても限度ってものがあるでしょうに。
 正直、紅魔館くらいかと思ってたわよ。館内で弾幕ごっこが出来るなんて。屋敷の掃除係の人は大変ね。あ、掃除係で思い出したんだけど…

「美鈴、その娘まだ起きそうにないかしら?」
「そうですね。完全に気を失ってるみたいですし、すぐには無理かと」

 美鈴の返答に私は残念とばかりに溜息をつく。私が気にしているのは、美鈴が背中に負ぶっている少女――鈴仙・優曇華院・イナバのこと。
 先ほどまで美鈴とパチェの二人相手に弾幕勝負をしていた鈴仙だけれど、現在は美鈴の背中で夢の世界に突入中。突入中というか、
突入させたのは他ならぬ美鈴とパチェの二人なんだけどね。二人の大技(スペルカードっていうのかしら)が見事にコンボみたいに入ってたし。
 私のヘタレ説得により、美鈴とパチェという化物二人と弾幕勝負を強いられた鈴仙は、予想外過ぎる程に善戦したんだけれど、まあ
結果は当然のように敗北。当たり前よ、二対一の弾幕勝負とか最早弾幕勝負じゃないもの。虐めというか残虐ファイトというか…そんな感じだった。
 でまあ、鈴仙は気を失って負けちゃった訳だけど…うん、そのまま放置して先に進むとか無理。絶対無理。だから美鈴にお願いして鈴仙を一緒に連れてってるって訳。
 何で連れているのかって?いや、そんなの当たり前じゃない。だって、鈴仙を二対一で戦うように強いたのは他ならぬ私なのよ?そんな
卑怯技を使って放置とかしてみなさい。後日絶対恐ろしい報復が待ってるに違いないわ。きっと目を覚ました鈴仙はこう思うのよ。

『こっちが断れないのを知って二対一とかマジ鬼畜。よし、最終鬼畜フランドール殺す』

 そして鈴仙は紅魔館に乗り込んで、フランを襲うに違いないわ。で、フランもフランで好戦的だから喧嘩を買って…後はどちらが勝っても
泥沼劇場。美鈴やパチェ、そしてフラン曰く鈴仙もかなりの実力者らしいから、それは本当に拙過ぎる。血で血を洗う後日談に発展してしまいかねないわ。
 だからこそ、私は温厚に物事を進める為に鈴仙を連れて行っているのよ。鈴仙はこの館の主の部下でしょうから、私達がこのまま進めば
この娘か同僚に会うこともあるでしょう。そのとき、私は鈴仙を優しく引き渡すの。そしてこう言うのよ。『鈴仙も私の強敵(とも)だったわ』って。
 そして目覚めた鈴仙が同僚に私達から介抱されたことを訊いて少年ジャンプ式に恨みを持たない筈なのよ。争いは一時のものだったって。
 後日何故助けたと言う鈴仙に私は一言『人を助けるのに理由なんて必要かしら?』…完璧過ぎる。むしろ吸血鬼である私が人間に言われそうな台詞だけど
これで鈴仙も私を許し、将来私に魔法を教えてくれるに違いないわ。プラクテ・ビギ・ナル・キルゼムオール!魔法少女ならぬ魔法吸血鬼…あれ、以外とありじゃない?

「パチュリー様、またお嬢様が…」
「無視していいから。貴女のご主人様は不治の病を患ってるの、そう思いなさい」
「…二人とも、無駄口はそこまでよ。どうやらお客様のお出ましみたいね」
「客ですか?むしろ私達が客だと思うんですけれど」
「下らない上げ足とりはいいから行くよ。美鈴はここで待機、私とパチュリーで道を拓く」
「了解。フランドール、先行して。敵が固まってたら魔法で散らしてあげるから」

 …あれ、気付いたらフランとパチェが加速しちゃってる。え、何で?
 そこまで考え、私は自身の疑問の答えに辿り着く。また?また敵が出たの?どれだけ迎撃システム整ってるのよここは。
 もし鈴仙の同僚が居るんだったら、先ほど考えた『鈴仙ヤサイ人王子化計画』をそそくさと発動させるつもりだけど、また妖精やら
なんやらだったら…はあ、なんで今夜の妖精ってこんなに元気なの?というかフランとかに向かうとか無謀というか蛮勇というか。
 …少なくとも私には無理ね。あれ、もしかしなくても私の勇気って妖精以下?ああ、軽く死ねる。実力もハートも妖精以下の吸血鬼て。ちくせう。
 軽くため息をついて、私は美鈴の方を向き直し、雑談に興じる。早くフラン達帰ってこないかな。あと妖精さん達も逃げてくれないかな。
 そんな風に時間を潰していたら、先ほど飛び去って行ったフランとパチェが戻ってきた。しかも何か凄く難しい顔してる。どうかしたのかしら?
 私が疑問を口に出すより先に、美鈴が二人に問いかける。

「どうしたんですか、お二人とも。何かありました?」
「あったというか…正直、困惑してる」
「というと?」
「…見た方が早いわね。レミィ、美鈴、その娘を連れて一緒に来て頂戴」

 眉を顰めたパチェに私と美鈴をお互い首を傾げつつ、パチェの指摘通り鈴仙を連れて一緒に廊下の奥へと進んでいく。
 そして、廊下の途中から見えた光景に私は驚いてしまう。兎兎兎。右を見ても左を見ても兎がずらり。
 沢山の白兎が廊下の左右に整列し、見事な道を作ってくれている。え、これ何?何のイベント?サファリゾーン?私ボールなんて持ってないわよ?
 そんな兎の道もようやく終わりを迎え、廊下の終着点にある大襖の前に佇んでいる一人の少女…彼女の頭に生えてるウサ耳を見る限り、
どうも鈴仙のお仲間みたいね。そんな鈴仙より一回りほど幼い外見の少女が、これでもかってくらいに良い笑顔で大きな白旗を掲げてくれているではないか。
 …え、白旗?何ぞこれ?白旗って、白旗よね?ごめんなさいとか、降参ですとか、そういう意味のアレよね?
 困惑のあまり、私は他の三人を見るも、どうやら三人も同様の様子で首を振るばかり。ええっと…と、とりあえず接触していいのよね?
 私を最後尾にして、私達は白旗を振る兎少女の傍へと降り立っていく。うん、見れば見る程幼い。多分私と同じくらい…って誰が幼女か!
 困惑しつつも警戒を緩めない私達(レミリア以外の間違い)に、少女はニコニコとしたままで言葉を紡ぐ。

「どーも、お客様方。我らがご主人様の居城、『永遠亭』へようこそおいで下さいました」
「フン…下らない前書きはいいわ。お前は何?その白旗は降伏の意と捉えて構わないのかしら?」
「後者の質問には迷わずYESと答えましょう。私如きじゃ貴女達を止められるとは思いませんしー。
前者の質問には因幡てゐと答えましょう。因幡の白兎たあ私のことですよ。にししっ」
「…狸ね。フランドール、油断しないで。コイツ、貴女の数倍生きてる」

 いや、狸じゃないでしょ。どう見ても兎でしょ。何処をどう見たら狸なのよ。パチェのボケは反応に困る。
 突っ込みたい気持ちを抑え、私は因幡てゐとかいう兎の言葉に耳を傾ける。まあ、降伏宣言してるなら何もしてこないでしょうし。
 後は鈴仙渡して黒幕さんの居場所を訊いてサヨナラって感じかしら。流石にこの娘が黒幕ってことはないと思うんだけど…

「フン…私は外見に騙されてやるほど馬鹿じゃないんでね。さて、兎、降伏と言うのならお前の主の居場所を吐いて疾く消え失せるがいい。
まさかとは思うが、お前の主は大国主と言う訳ではあるまいね」
「真逆。私のご主人様はこの奥に。襖を開き、廊下を抜ければそこがご主人様…もとい、お師匠様の居場所ですとも」
「師匠ね…因幡の白兎を使役する物好きの顔を眺めてやるのも一興だわ。すぐに消し去ってやるけれど」
「お好きにどうぞ。さて、こうして私達因幡は無抵抗で道を譲ったのです。勿論その代価は頂けるので?」
「…狸が。美鈴」

 フランが美鈴に視線を向け、美鈴はコクリと頷き、背中にしょっていた鈴仙を妖怪兎達に引き渡す。
 …なーるほど。あの白旗は鈴仙が人質に取られてると思ったからか。…あれ?それって凄く拙くない?鈴仙目覚めたら私達悪役決定じゃない?
 あれ?あれれ?お、おかしいわね…こんな筈じゃ…そんなことを考えていたら、てゐという兎少女は私達の方へ向き直り、口を開く。

「最後に一つ質問に答えて頂けます?どうして鈴仙…ええと、この気絶した私のお仲間をここまで連れてきたんですか?
この娘、貴女達に向かっていったんでしょう?そして暴言だって吐いてる。その情報は回ってきてるから知ってます。
それなのにどうしてここまで連れてきてくれたんですか?まさか私達妖怪兎如きに人質、なんてつもりはさらさらないでしょうし」
「…その質問はここまで連れてくる結論を下した張本人に言って頂戴」

 面倒そうに告げ、パチェを始め、他の面々が私の方を向く。あ、え、いや、そんな急に話を振られても。
 ちょ、ちょっと待ちなさい。えっとさっきまで対鈴仙の同僚対策に用意していた回答が…なんだっけ、なんだっけ、えっと、えっと…た、確か…

「ひ、人を助けるのに理由なんて必要かしら?」
「――え?」
「え、あっ」

 そこまで言い切った後で、私は自分の台詞の過ちに気付く。これ同僚対策じゃなくて鈴仙に向ける言葉だったっ。
 間違った!思いっきり間違ってる!何この善人みたいな台詞!?いや、おかしいでしょ!?なんでぼこった本人(厳密には私じゃないけど)が
同僚相手に人助けを語ってるのよ!?やばいやばいやばいやばいやばい!!こ、ここからどうやって誤魔化すのよ!?いけるの!?
 …し、しょうがない。こういうときは無理やりにでも此方のペースに持ち込むしかない!無理な論法でも押し通せば道理が引っ込む筈よ!

「鈴仙は私達四人を相手にして、一人で立ち向かってきた…その姿は実に勇ある、そして心打たれる姿だったわ。
そんな者を傷ついたままで放置しろ、なんて出来る訳がないでしょう?故に助けた。無理に理由をつけるとしたら、そんなところよ」
「勇…ね。ねえ、リーダーさん、鈴仙は本当に勇ある姿だった?」
「勿論よ。私は鈴仙の姿に心奪われた。このレミ…フランドール・スカーレットは生涯鈴仙のあの雄姿を忘れないでしょうね。
誇りなさい、因幡てゐ。貴女の友は、誰にも誇れる勇ある者よ。もし、仮に鈴仙のことを貶す輩が存在したら、私が決して許さない。
もし、この後鈴仙が目を覚ましたら伝えておきなさい。『次は一人の友人として紅魔館で会いましょう、そのときは美味しい紅茶を準備して待ってるわ』、とね」

 早口で捲し立て、私は話を打ち切る。よし、よし、よし!大丈夫、これで大丈夫!相当予定はずれたけど、私の鈴仙敵化防止策は
成ってくれる…と、いいなあ。お願い鈴仙、美味しい紅茶ならいくらでも準備してあげるから、お願いだから『お前を殺す』なんて言ってこないで!
私は完全平和主義でもなんでもないから!百歩譲って『気持ち悪。二度と近づかないようにしよう』くらい思ってくれてもいいから!
 …でもまあ、鈴仙の姿が勇気ある格好良い姿だと感じたのは本当のこと。だって鈴仙、美鈴にもパチェにも一歩も引かずに戦ってた。
 そして鈴仙は本当に本当に強くて。あんなこと、私なんかじゃ絶対に出来ない。だから尊敬する。尊敬するけど…それ以上に敵になりたくない。
 そんな風に強く念じてると、因幡てゐはじっと私を見つめた後、楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる。な、何よコイツ…

「成程ねえ…鈴仙もあんな行動に出る訳だ。面白いねえ、実に面白い。ねえ、アンタ本当に吸血鬼?」
「は、いや、そうだけど…」
「ふーん…あははっ、良いね!そういうの、私は好きだよ。長年生きてきたけど、アンタみたいなのは初めてだもん」

 笑いながらパシパシと私の肩を叩く因幡てゐ。何、急にコイツキャラ変わり過ぎじゃない?しかもタメ語に変わってるし。いや、敬語とか
そんなの全然気にしないんだけどさ…正直感想言うわ。変な奴。
 眉を顰める私に、てゐは楽しげに笑いながら、私との会話をつづけていく。

「いやいや、降参降参。今度は『本当に』降参するよ。
もう私はアンタ達の邪魔は一切しないし、お師匠様へ続く道を阻害するつもりもない」
「『本当に』って…お前」
「ん?ああ、狙ってたよ。アンタ達が奥の廊下に入った直後に前後から挟んで数と罠で一網打尽にしてやろうとか考えてた。
でも、こんな面白い吸血鬼が居るんじゃそんなこと出来やしないよ。そんなことしちゃ面白くないもんね」
「…狸が」

 フランの舌打ち、怖っ!というかフラン、お願いだからモノに当たらないで。貴女の放った蹴りで壁が貫いちゃってるから。
 しかし、罠を張るつもりだったって…何この孔明。こんなちんちくりんなのが策士だったなんて…はわわとか言うのかしら。
 だったらウチの策士にもあわわって言わせてあげないと。ちょっとパチェ、話が…じゃなくて!

「貴女、本当にもう何もしないんでしょうね?このあと後ろから、なんて洒落にもならないわよ?」
「しないってば。鈴仙を届けてくれて、私に色々と話してくれたんだもん、そこまで礼儀知らずなことはしないよ。
ただ、そうだね…それだけというのも何だから」

 そこで言葉を切り、てゐはニコニコと笑いながら私の両手を包み込むように握り、小さく言葉を紡いでいく。
 そんなてゐの行動に美鈴が制止しようと行動しそうになるけれど、私が視線でそれを止める。あ、ちなみに美鈴が動く前に止めたからね。
 当たり前でしょう?美鈴が動く速度って目に見えない速度なのよ?私が動き始めて目で追える訳ないじゃない。ちなみに美鈴を止めた理由は
ほら…こんな小さい娘に暴力とかアレだし。というか、もう何もしないって言ってくれたから害になるようなことはしないでしょ。
 そして数秒ほど経ち、てゐは言葉を止めてゆっくりと顔を上げる。そこにあったのはニッコニコな笑顔。うん、良い笑顔ね。

「で?何かブツブツ言ってたけれど、何をしたの?お呪い?」
「ん~、似たようなものかな。大丈夫、害はないから。どちらかというと、益はあるかもよ?」
「益ねえ…私、あまり信心深くはないんだけどね。まあ、期待しないでおくわ」
「あ、失礼だね。信じる者は救われるよ?私の二つ名を馬鹿にしてもらっちゃ困るねえ。
ま、あんまり過度の期待をされるのもあれだし、気休め程度には、ね?」
「信じろだと気休めだの一体どっちなのよ?」
「さあて?人を騙すのが兎の本分だから、どっちかな?にししっ」

 笑うてゐに、私は心底大きな溜息をつく。疲れる。この娘と話していると、もんの凄く疲れる。
 とりあえず、用は終わりよね。鈴仙も渡したし、てゐも退いてくれるみたいだし。あとは奥の黒幕を倒して館に戻るだけ。
 奥の部屋へと進む為、私はてゐに別れの言葉を切り出す。

「それじゃ私達は行くけれど…危ないから奥に入ってきちゃ駄目よ。間違いなく戦闘になるだろうから」
「分かってますって。私の役目はもう終わり、後はお師匠様とアンタ達の問題だもん。
私は鈴仙を看病しながら今宵の結末を楽しみにさせてもらうよ。いや~、本当に楽しみだね」
「そう、ちなみに聞いておくけれど、そのお師匠って強いのかしら?」

 兎達を撤収させながら、スタスタと私達が飛んできた方向へ去っていくてゐに私は訊ねかける。
 私の問いかけに、てゐはピタリと足を止め、言葉を紡いだ後、今度こそ去って行った。
 てゐの残した言葉、その言葉の重さを私達が噛みしめている間に。



「――強いよ。お師匠様はこの幻想郷の誰よりも強い。あの八雲紫でさえもお師匠様には届かない。だって、お師匠様には負けが存在しないから。
だから覚悟して挑みなよ、『レミリア・スカーレット』。アンタが対峙する相手は天蓋の神々にも匹敵する立派な『化物』なんだから」



















 ~side フランドール~



 因幡てゐが去り、私達は彼女が塞いでいた大襖を開き、最後の廊下を歩んでいく。
 廊下の距離は二十メートルもない。この距離では空を飛ぶ必要もない。よって私達は一歩ずつ今宵の黒幕の元へと足を踏みしめていく。
 私達の前を進む美鈴とパチュリー。どうやら因幡てゐの最後の言葉が引っかかったようで、お姉様を庇うように先を歩いている。
 ――この幻想郷で誰よりも強い。その言葉の意味を額面通りに捉える程私達は馬鹿じゃない。八雲紫を超える存在など、一体どれだけ居るだろうか。
 そんな存在が、誰にも気づかれることなくこの幻想郷に存在している?そして異変を起こしている?ありえない。そのような危険人物は
間違いなく八雲紫が監視管理している筈。けれど、それを唯の虚報として断じる訳にもいかない。だから私はお姉様の傍に居る。
 何が起こってもお姉様だけはどうにでも出来るように。何があろうと、お姉様には一芥の埃もつけさせやしない。

 …そんな思考の中、私は隣を歩くお姉様の横顔を気付かれないように覗き込む。お姉様は傍から見ても分かるほどにガチガチで。今にも
口から魂が出そうなくらい固くなっていて。そんな姿に私は内心で苦笑する。きっと先ほど兎に言われた言葉が効いているのだろう。
 お姉様にとって八雲紫以上の化物なんて存在しないから、頭の中でとんでもないモノを想像して怖がってるんだろう。
 そんなことを想像し、思わず内心笑ってしまう。本当、お馬鹿なお姉様。でも、そんなお姉様が私は愛おしい。そんなお姉様が私は大好き。
 振り返ってみれば、いつもいつもお姉様に迷惑をかけ、振り回しっぱなしだったと思う。その度にお姉様は私の後始末に奔走してくれたっけ。
 本当、お姉様の為という免罪符で私はどれほど自分勝手を積み上げてきただろう。私はどれほどお姉様の心を裏切ってきたのだろう。
 でも、お姉様、安心して。これが最後だから。これが終われば、私はお姉様に何も迷惑をかけないから。
 残された時間は少ない。きっともう十年も満たないと思う。残された時間はお姉様に迷惑をかけずに…静かに地下室で眠り続けよう。
 一人地下室で眠り…そして幸せに満ちた夢を見よう。お姉様と美鈴、パチュリーに咲夜。それにお姉様を慕う博麗霊夢達。
 お姉様を中心に、どこまでもどこまでも広がる優しい世界。そんな光景を夢見て、私はサヨナラしよう。それはきっと、何より幸せなことだと思うから。

 もう一度大好きなお姉様の横顔を覗き、私は小さく瞳を閉じる。
 …うん、良い切っ掛けだ。今夜でお姉様に甘えるのは最後。お姉様の傍に居るのも最後。今夜の異変で、全部お別れ。
 最後だから。本当にこれで最後にするから。だから、最後くらい…少しくらい、いいよね。
 私はゆっくりと手を伸ばし、永い間求め続けていた掌の温もりを掴み取る。

「――フラン?」

 お姉様の言葉に聞こえない振りをして。私は一歩一歩、お姉様の温かさを噛み締めながら最後の道を歩んでいく。
 温かいお姉様。大好きなお姉様。お姉様、私は本当に果報者だった。お姉様のお陰で、大好きなお姉様の傍にずっと居られた。
 でも、この幸せはお姉様の犠牲の上に成り立った偽りの幸せだから。だから、十二時(タイムリミット)を迎えたら、魔法はおしまい。
 ガラスの靴は残さない。残させない。だけど、そんなものより大切なモノは沢山残せた筈だから。
 王子様は迎えに来ない。だけど、私は笑ってやる。最後の最後まで笑っててやる。王子様は迎えに来ないけど、それでも素敵なハッピーエンドだったって。






 お姉様が、大好き。

 その想いさえこの胸に在り続けるならば、私は世界中の誰よりも幸せなままで終わりを迎えられるだろうから。
 お姉様が大好きだという想いと、今この手の中に在る確かな温もりを忘れぬ限り――







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