暗闇の空に浮かぶは、妖しき淡光を放つ薄黄の輝玉。
其は古より人妖数多の存在を虜にしてきた闇夜の主。人も獣も妖しも、その誰もを平等に包み照らし、そして見下す。
その宝玉を、少女は一人縁側から見上げていた。その瞳に映し出されるは他の全てを排した光景。
少女は言葉を発さない。少女は息を乱さない。風のない水面に浮かぶ水葉のように、彼女はただ静けさに身を委ねて独り空を。
少女と夜月、二者が描き出す光景は一体いつから始まったのだろうか。それは一分前かもしれない。それは宇宙が生まれたときかもしれない。
刹那と悠久。そのどちらをも感じさせるほどに、少女にとって月は傍に在ることが当然だった。彼女は月の傍に在り、月は彼女の傍に在る。
例えるなら月こそがこの世に存在するもう一人の自分自身。空に浮かぶ己が自身を、彼女は唯一人眺め続ける。その行動に理由などない。
これまでそうして生きてきたから。それが生きる意味だから。例え、その月が鏡に映し出された偽りの月だとしても。
「輝夜、そろそろ部屋に戻って。お客様が敷地内に足を入れたみたいだから」
「――そう。永琳の敷いた結界を破る者が現れたの。やはり水も流れ続けなければ腐るものなのかしら」
少女の後ろに現れるは、彼女が懐に隠し持つ一振りの宝剣(じゅうしゃ)。
突然現れた気配にも、少女は微動だにすることはない。何ひとつ慌てることなく、言葉を素っ気なく返すだけ。
そんな少女に、銀の髪を持つ女性は、笑みを零して口を開く。
「流れが止まれど永遠は永遠。これだけのことをやっているんだもの、あの程度の低級結界を破る者が現れることは想定内よ。
むしろ予想以上に時間を稼いでくれたわね。私達が望む卯の刻まで残り六刻…因幡達の力は不要だったかしら」
「分かって言ってるでしょう?お客様は月の頭脳様にこう仰ってるのよ。『お前如き三時間あれば十分だ』って」
「あら、嬉しい評価をしてくれるわね。私をそんな風に扱ってくれる人なんてどれ程振りかしら」
「懐古主義も程々に。不要なお遊びは身を滅ぼすわよ?」
「私達が滅びを語るのもおかしな話だわ。そして貴女に戯れを説教されるとは思いもよらず」
「怒るに決まってるわ。古来より戯れごとはお姫様の特権だもの。お遊びは私のモノ、貴女は淡々と自分の仕事をこなしなさい」
「仰せの通りに。それで輝夜、部屋には?」
「すぐに戻るわ。だからもう少しだけ」
少女の返答に、女性は仕方ないとばかりに息をひとつつき、その場から存在を消した。
人の気配が一つ消え去った後にも、少女は会話前と何ひとつ変わることなく夜空を見上げ続ける。空に浮かび輝く月を。
「…滑稽ね。私達の用意した偽月にすら叢雲が寄り添うというのに」
少女の呟きは誰の耳にも届かない。夜風に乗った己が言葉を周囲に溶け込ませ、少女は飽きることなく独り夜空を見上げ続ける。
それはまるで終わりなき喜劇のように。それはまるで終わりなき悲劇のように。唯何処までも、何処までもただ独り――
「ストップです、お嬢様。それ以上は進んではいけません」
「へ?ちょ、ちょっと待っ…」
美鈴の言葉に慌てる私。急に止まれて言われても、空飛んでるの私じゃなくてちび萃香だからそんなの無理。
…なんて思ってたら、美鈴の言葉通り、ちび萃香はぴたりと空中に静止してくれた。ううん、なんて高性能。一家に一台ちび萃香の時代が
幻想郷に訪れそうね。もしそんな日が来たら、お菓子作りの完成品運びお手伝い用に一台買いたいなあ…なんて。
「いきなり止まれだなんて、どうしたのよ美鈴。何かフランの手かがりでも見つけたの?」
「フランお嬢様というか…情報の一つであるに違いはないんですけれど。
この先の竹林、何か違和感を覚えませんか?空気が歪というか、実際の光景なのに模写された絵のように感じるというか」
「この先の竹林…」
美鈴の指さす方向を私は目を瞬かせてじっと見つめる。
そこに広がってるのは先ほどと何ひとつ変わらない竹林が広がってるだけで。…あかん、全然違和感とか感じない。
何この間違い探し。昔のウォーリー探しだってこんなに難易度高くないわよ。でも、『何も感じないですNE!』なんて胸張って
言うと私完全に無能ですって自白するようなものじゃない。かといって知ったかぶってしらを切り通すのも…ど、どうしよう…
なんて返せばいいのか悩んでた私だったけれど、私が口を開く前に隣から救いの手が。
「…結界が張ってあるわね。それも誤認魔法の一種が。何も知らずにこの結果以上に入ると、
結界内部に建物があろうと何ひとつ違和感を覚えずに通過してしまうような内容みたい」
「へえ、そこまで詳細に分かるものなんですか?」
「結界は魔力や巫力といった力の構成式によって成り立つ。力は違えど、発生に至る道程は同じ。
ならば力の成分を排して構成式だけ読み取れば、その術式の目的や効用は大凡読み取れるものよ。実に容易だわ」
「ただし、パチュリー様に限る…という前置きが必要ですね、それは。常人には不可能ですよそれ」
「時間をかければ誰だって出来ることよ。まあ、そんなことはどうでもいいわ。
美鈴、この結界が途切れた場所を探して。フランドールと咲夜なら、この結界に気付き打破してる筈」
「空間を支配し、結界を破壊する…成程、あの二人なら得意とする分野ですね。少々お待ちを」
私に代わって回答するパチェに答える美鈴。…なんか最近、常に二人の会話から置いてけぼり食らってる気がする。
別にいいけどね、私は難しいことちんぷんかんぷんだし。何よりこんな会話に付いていったら頭がパンクしそうだし。
私が求めるのは結果。どんな道を辿れども、二人がフランを探し出すことができればゲームクリアなのよ。私はその結果
フランを紅魔館につれてかえることが出来れば良いの。フフン、ここに来る途中に霊夢に会うことが出来たから私の心には
幾らかの余裕があるのよ。なんせ霊夢がフランと会っても、それが偽レミリアだって分かってるから私がフルボッコされることはないし。
霊夢には『お願いだから怒るにしてもぼこるにしても優しくしてあげて。後は私が責任もって反省させるから』って伝えてるから
フランもあまり酷いことはされないだろうし。ここで私がフランを見つけるもよし、霊夢達が見つけるもよし、理想形のこの形だっ…!
十重二十重…いずれに転ぼうと対処できる万全の形…!今ここまで網が張れれば安心、まず間違いないわ…!
さっきの霊夢との遭遇は私の寿命をほんの少し縮めたに過ぎない…今度こそフランを捕まえる…!より強力な形で…!
そしてフランに説教して早くおうちに帰るのよ!私は家でごろごろしたいの!もうこんな危険な夜空を飛びまわるとかマジ勘弁!
そんなことを一人思ってたら、美鈴がパチェと会話しながら、私とは反対方向を指さしてる。具体的に言うと結界(?)の左側あたり。
「…間違いないわね。レミィ、見つけたわ。フランドール達が破壊して侵入した結界部位」
「へ、へえ…つまりそこを抜ければフラン達に追いつける訳ね」
「そういうことですね。それで、どうします?」
「答えの分かり切った質問なんて不要よ。さっさとあのお馬鹿を連れ戻しに行くわよ、二人とも」
私の言葉に頷き、二人は結界を抜ける為に翔け出す。少し遅れて私も追尾。
少し進んだところで、二人の姿が竹林から消失。そのことに驚く間もなく私もロスト。それで…まあ、結界を抜けるとそこはご立派な日本庭園でした。
「え、えええええ!?な、何よこれ!?こんな大きな建物いつの間に…」
「凄いですねえ…西行寺のお姫様のところにも全然負けていませんよ。こんな立派なモノがあるとは流石に予想できませんでした」
「これだけの建物を隠し通せる結界術式…か。八雲紫や西行寺幽々子、伊吹萃香にも劣らず厄介な奴に会えそうね」
「と、とりあえずフランを探すわよ!というかそれ以外しなくていいわ!間違ってもあの屋敷に近づかなくていいから!」
パチェの言葉に、私は必死にノータッチを叫びながらフラン捜索を訴える。
じょ、冗談じゃないわよ。あの屋敷がどこの何方様のお家かは知らないけれど、紫や幽々子、萃香レベルの奴が居るかもしれないですって?
私はフランと咲夜を探しに来ただけ!妹と娘を連れ戻しにきただけなのよ!?その用件だけを済ませにきたのに、どうして自分から危険な
パンドラボックスに手をぶちこまにゃならんのよ!否!断じて否!私はあの屋敷に近づかない!ToLoveるは不要なのよ!
拳を握りしめて力説する(心の中だけで)私だけれど、そんな私の気合は全くの徒労に終わることになる。
「あ、フランお嬢様。それに咲夜も」
「へ?」
美鈴の指さすその方向には、こちらに向かってくる二つの人影が。え、あれ、なんで?
予想外にあっけなく、これまでの苦労はなんだったんだってくらい簡単に見つかった私の目的人物は、私達の傍まで飛翔し続ける。
え、何これ、どっきり?なんでいきなりフラン?ドラクエでいうとマイラの村に竜王がいるとかそんなレベル。なんで竜王温泉入ってくつろいでんだよみたいな。
とにかく訳がわからない。こ、こんな簡単に見つかるとかライブでドアな元社長でも想定外すぎるでしょ?
そして、私達の前に現れ、軽くため息を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「御機嫌よう、お姉様。こんな時間に夜遊びとは感心しませんわ。おとなしく館に戻って夢の世界に戻っては如何?」
「な、な、な…!」
まるで鏡映しの自分――普段の私と同じ様相をしたフランの台詞に、私は思わず声を失う。
そんな私を気にすることも無く、フランは淡々と言葉を並べ立てていく。それは心の底から嘲るような声で。
「お姉様がここに居るってことは、美鈴もパチュリーも『その私』が偽物だって気付いたからだよね。面白くない、全然面白くない。
本当、お姉様って余計なことばかりしてくれるよね。人がせっかく好き勝手やって楽しんでたのに、横から平然と水を差す…本当、最低。
妖怪や半妖を虐めてこれから更に面白くなるところだったのに…それで、何しに来たの?」
「な、何しにって…そんなの好き勝手やってる貴女を連れ戻しに…」
「連れ戻す?はあ?なんで?どうして私が帰らなきゃいけないの?帰るなら一人で帰れば?」
「ひ、一人で帰るなら最初からこんなところまで貴女を追いかけてくる訳ないでしょ!?
一体なんの為に私や美鈴やパチェが東奔西走したと思って…!」
「誰がそんなこと望んだの?私はただ好き勝手に遊んでいたかったから抜けだしただけ。
お姉様の格好をしたのも、全ての責任をお姉様に後で押し付ける為。今から帰る?絶対嫌。帰るなら咲夜だけ連れて帰ってよ。
この娘、正直邪魔なんだよね。私がお姉様じゃないって気付いてさ、私が帰るつもりがないって分かったら、ずっとお目付役として残ってるんだもの」
フランの自分勝手大爆走な発言に、私の中でピシリと何か亀裂が入る音が。お、落ち着け…落ち着くのよレミリア…こんなのいつものフランの軽口じゃない…
誰より我儘で誰より人を小馬鹿にして誰より私を振り回すいつものフランじゃない。お姉様は怒らない。お姉様はびーくーる。
…大丈夫、大丈夫、大丈夫だから冷静に連れ戻すように説得を…
「分かった、分かったわ。貴女の言い分は館で全て聞くから。咲夜の話も合わせて、ね。だから、早く紅魔館に…」
「嫌。帰るならみんなで帰って。大体、紅魔館の住人みんなが揃いも揃って何してるの?みんな暇人なら帰って寝たら?正直鬱陶しいよ。
美鈴もパチュリーもお姉様も…揃いも揃って、気持ち悪い」
――ぶちん。どかーん、大きい、これは入るか、入るか、入ったー。レミリア選手、人生第一号の怒り有頂天だー。
駄目。無理。もう無理。この馬鹿娘、いい加減もう無理。そう思い至ったあとの私はそれはもう早かった。ブレーキ全壊フルスロットル。
両足の裏のちび萃香から飛び、自分の力でフランのすぐ傍まで飛行。その行動に美鈴やパチェや咲夜が驚いたような顔をしてたのが
横目で見えたのは覚えてる。でも正確にはよく覚えてない。だって私の視界にはお馬鹿な妹だけが映し出されていたから。
そんなフランも私に対し目を丸くして驚いている。けど、その表情はまた別のものへとすぐに変わることになる。なぜなら私がフランの
頭に力の限りで拳骨をぶちかましてあげたから。
「っ!?な、何よいきなり…」
「うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!この馬鹿フラン!馬鹿!馬鹿!大馬鹿フラン!
今日という今日は頭にきたわ!いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも勝手なことばかりして!!正座しなさい!」
「せ、正座って…ここ、空中…」
「いいから正座する!!いい、今日という今日ばかりは言わせてもらうわ!徹底的に言わせてもらうわ!」
「だ、だからお姉様、ここお空…」
困惑するフラン相手に、私は自分の怒りを抑えることが出来ない。出来るわけがない。
正直、そのときの私は自分の実力が蚊トンボ以下でフランが恐竜以上ということすら忘れていて。もう只管にフランに怒りをぶつけることしか考えられずに。
「謝りなさい!まずはみんなに迷惑かけたことと気持ち悪いって言ったことを謝りなさい!!あと正座しなさい!」
「いや、だから正座は…」
「反省は!?みんなとお姉様にごめんなさいは!?あと正座は!?」
「ご、ごめんなさい…正座は無理です、ごめんなさい」
「いつもいつも好き勝手して!やりたい放題やって!好き放題言って!みんなを散々振り回して!
主相続のときも庭に大穴あけたときも従者相手に暴れたときも紅霧異変のときもみんなみんな私のせいにして好き勝手して!それだけならまだいいわよ!
私が一人泥を被れば済むんだから!私が死んだあとで冥界で皆さんごめんなさいするから!全部私一人で済む問題だから!だけど、だけどね…!」
パチュリーや美鈴、咲夜に聞かれてはまずいことを口から垂れ流しているのは分かってる。でも今の私は止められない。止まらない。
だって、いい加減言いたいことがあったから。伝えたいことがあったから。このいつもいつも好き勝手ばかりするお姫様に。私とは違う
純粋な最強吸血鬼で怖いもの知らずのお姫様に、どうしても伝えないといけないことが――
「――こんな私の責任だけじゃ済まない場所で大暴れして、それでフランが誰かに殺されるようなことになったら、一体どうするのよ…」
「お…おねえ、さま…?」
「ずっと館の地下にいる貴女は知らないかもしれないけれど…幻想郷は私達なんかよりも遥かに強くて遥かに恐ろしい妖怪達がいっぱいいるのよ…
もし、そんな妖怪達の癇に障るような行動を貴女が知らずにとってしまったら、私じゃ…私じゃフランを守れないのよ…フランの命が危ないのよ?
慧音にしたように、貴女がこれから好き勝手に他人を踏み躙っていって…その相手が貴女より強かったら、その相手が貴女より強い妖怪の知人だったら…
勿論、それ以外の相手だったら暴力を振って良い訳がない…だけど、私は何よりも貴女の命が失われることの方が怖いの…貴女を失うことが嫌なのよ…
私相手に我儘をいくら言っても構わない…私相手にどんな暴言を吐いたって構わない…だけど、お願いだから危険な行動だけはやめて。
もう嫌なのよ…貴女がまた死ぬような未来なんて、私は絶対に嫌なのよ…貴女を死なせたくないから私は…」
気付けば、私は年甲斐もなく涙を零していて。格好悪い。ああ、格好悪い。何これ。なんで泣いてるのよ私。こんな筈じゃなかったのに。
好き勝手するフランに対しガミガミと説教して怒りをぶつけ散らすだけのつもりだったのに、気付けばなぜか自分でもよく分からないことを
フランに懇願していて。もう自分の口が自分の口じゃないように言葉が溢れ出してきて。しかも涙止まらないし。やっぱ駄目だ。咲夜のことも
まともに怒鳴ったり手を上げたり出来なかった私が今更妹相手にSEKKYOUなんて出来る訳がなかったんだ。ああ、もう恥だ。赤っ恥祭りよ畜生。
なんで私が泣いてるのよ。なんでフランの死なんか怖がってるのよ。フランは私なんかとは違って何百倍も強い妖怪なんだ、好き勝手に
させればいいじゃない。紫相手だろうと幽々子相手だろうとフランなら渡り合える筈なのに。なんで、なんで私は…
そんな私に、フランを始めとして周囲のみんなは誰ひとり言葉を発さない。それもそうよね、自分でも何言ってるか訳分かんないのに、
それを聞かされた私以外のみんながどう反応を取ればいいというのか。やばい、何この微妙な空気。死にたい。何とか空気を変えないと…
目元を必死にごしごしと擦り、涙を拭った後に、茫然としたままのフランの頭に手を載せ、私はこほんと小さく咳払いをして言葉を紡ぐ。
「ま、まあ、とにかく分かったわね!?フランは頭の良い娘だからお姉様の言う言葉が分かったと思うわ!
ちょ、ちょっと他のみんなには分かりにくかったかもしれないけれど、これはあれ、スカーレット姉妹流のお話だったから気にしないで!」
私の言葉に、凍りついた時間がゆっくりと動き出す。みんな眉を顰めて私…じゃなくて何故かフランを見つめてる。あれ、なんで?
疑うというか探るというか、そんな感じの視線をみんなフランに…あれかな、私の言葉が訳分かんないからお前通訳しろよみたいな空気なのかな。
そんなの、言ってる私自身が分からないのにフランに通訳出来るわけがないじゃない。とにかく、早く帰る流れにしないと…
「そ、それでフランはもう気が済んだの?貴女は館に一緒に帰ってくれるのね?」
「…うん。お姉様がそうしたいなら、そうする」
私の言葉に、フランは力なくそう答えるだけ。あれ、何か嫌に素直。素直なフラン…なにそれ怖い。
もしかして、何か悪いものでも食べたのかしら…まさか私のSEKKYOUに心打たれた!?な、なんという…フフ、ふふふ、そういうこと。
どうやら私もとうとうその境地まで辿りつけたのね。自分を棚に上げて他人にびしばし偉そうなことを言って株を上げるOSEKKYOUを
マスターすることが出来たのね!あの主人公がレベル16くらいになるとベホイミと同時くらいに習得するというあのOSEKKYOUを!
これは良いものを身に付けてしまったわ。よし、帰ったら紫と幽々子をまとめてSEKKYOUしてみよう。いえ、今の私ならばOHANASHIだって夢じゃないわ。
私の高説に胸打たれたフランに微笑みながら、私は共にいた咲夜にも言葉をかける。
「咲夜も大変だったでしょう。フランが迷惑をかけたわね」
「あ…い、いえ、そんなことは…」
「帰ったら暖かいお茶でも淹れてあげるわ。身体も疲れてるでしょうしね。それじゃ、みんな、紅魔館に帰るよ」
「え、あ、あの、母様…じゃなくてレミリアお嬢様、異変はどうされるのですか?」
「…異変?何それ?」
私の紡いだ言葉に、その場の全員が目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。え…あれ、もしかして地雷踏んだ?
ちょ、ちょっと…何よ、この空気…異変って何よ。私にとってはフランが大暴れしてたこと事態が異変で、もう解決しちゃってるんだけど…
そんな私を見ながら、美鈴やパチェがお互い首を振りあって『私はしてないですよ』『私もしてないわね』なんて言い合ってるし、それを
フランや咲夜が呆れるような目で見つめてるし…き、気まずい…何この教室で先生の文句友達同士で話してたら教室に先生が入ってきたみたいな
微妙過ぎる空気は…誰か説明しなさいよ。お互い目で『お前行けよ』みたいな空気やめなさいよ…あ、美鈴だ。今背中越しにジャンケンして美鈴が負けたの見えたわよクソッタレ。
「あの、レミリアお嬢様…フランお嬢様がここまで来た目的なんですけど…」
「…その空気だと、私に迷惑をかける為に好き勝手暴れてただけじゃないみたいね」
「あ、あはは…そうなんですよ。実は別の理由がありまして…」
「…で、その理由をどうして今までずっと私と行動してた貴女が知ってるのよ、美鈴」
「な、何ででしょう…」
私のじと目に声が尻すぼみになる美鈴。…もしかして、美鈴、貴女…推理物とか得意な娘なの?
なんだ…それなら最初からそう言ってくれればいいのに。きっとこれまでのヒントからフランの目的を読んだに違いないわ。
恐るべき紅美鈴、見た目は大人、頭脳も大人、その名は名門番美鈴。帰ったらバーローを何冊か貸してあげよう。
そんなことを考えていたら、美鈴からバトンを受け取ったらしく、パチェが軽く息をついて言葉を紡ぐ。
「フランドールの行動目的はレミィをからかう為じゃないわ。ましてや、自分勝手に他人を傷つける為じゃない」
「ちょ、ちょっとパチュリー…」
「フランは少し黙ってて。それでパチェ、この娘の目的は一体なんだったというの?」
私の問いかけに、パチェは口を閉ざしてゆっくりと天を指さした。
そこに在るのは夜空に浮かぶ大きな大きなお月さま。いつものように煌びやかに輝くまんまるな…いえ、ほんの少し欠けたお月さま。
…え?何、フランの目的って月?月に行きたいの?八時ちょうどのアポロ13号で行きたいの?見えないものをみようとして望遠鏡をかついでったの?
混乱する私の内心を察してくれたのか、パチェが説明するために再び口を開く。
「空に浮かぶ偽りの月――あれを消し去り本物の満月を取り戻すこと。
この幻想郷に起きた重大な異変を取り除くことこそ、フランドールの最たる目的よ」
「偽りの…月?」
パチェの言葉に、私は再度月を見上げる。そこにあるのはやっぱりいつもと変わらぬお月様で。
…え、嘘、あれ偽物なの?なんで?誰がわざわざそんなことを?というかその行動に何の意味が?
次々と湧き出てくる疑問を抑え、私は一番大切だと思われる疑問をパチェにぶつけてみる。異変といわれると紅霧や春雪を思い出す。
それらは確かに危ないもので、ずっと続くと他者の命まで脅かすようなものだった。となると、あの月も…ま、まさか…
「ちなみに、あの月を放置し続けると…」
「月は妖しにとってなくてはならない必要な素。あの月が仮に一週間と続くなら…幻想郷中の妖怪達が死に絶えるかもね」
「し、死に絶え…!?」
「そう、貴女もフランドールも美鈴もあの八雲紫でさえも分からない。それほどまでにあの偽月は危険なものなのよ。
故にフランドールは行動を移したの。この異変を解決する為に、ね」
パチェの言葉に私は頭を鈍器か何かで思いっきりぶっ叩かれたような錯覚に陥った。な、なんてこと…そんな、そんな馬鹿な…
私の知らないうちに、そんなヤバい代物が、状況が起こっていたなんて…あり得ない。ぶっちゃけあり得ない。
妖怪達を殺す危険な月。そんな冗談にしか思えないようなモノが幻想郷の月を覆っていたなんて…いえ、そんなことはどうでもいい。
いや、どうでもよくはないんだけど、私にとってはそちらよりも重要なことがある。
こんな危険な代物を、なんとフランは止めようとしていただなんて。そのことが私には何より衝撃だった。
これだけのことを引き起こしてるんだもの、この異変を引き起こした相手は間違いなく紫や幽々子レベル。そんな危険な相手を承知で
フランは異変を解決するために一人立ち上がったんだ。でも、そのことは決して口にしない。現に今、パチェの話を嫌そうに聞いている。
おそらく、フランは誰にも知られることなく一人で異変を解決しようとしたんだと思う。何故ならこんな危険なことに他のみんなをつきあわせたくなかったから。
それどころか、フランはみんなを突き放した。危険だと知ってるから、私達に悪態をついて帰らせようとした。自分は今から死地に向かうと
いうのに、フランは誰ひとり巻き込もうとせず、ただ一人で危険を知って尚…馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!この馬鹿フラン!貴女って人は!
「あ、あの…お姉様…?パチュリーの言ってることはかなり歪曲してて…」
…いいえ、馬鹿なのは他の誰でもなく私自身だわ。実の妹を信じようとせず、普段の行動や慧音への行動に我を忘れ、物事の
本質を見ようともせずフランを好き勝手するだけの我儘娘だと勝手に決め付けた。そんな訳ないのに。そんな筈がないのに。
お馬鹿。お馬鹿よフランは…優し過ぎる、貴女はどこまで優しい娘なの。他人が傷つくのが嫌で、その為には自分が傷つくのを恐れずに。
人からどんな風に思われようと、蔑まれようと構わない。自分の命である一を切り捨て、みんなの笑顔である九を守る…それがフランの本当の望み。
そんな妹の気持ちを知らず、私はさっきまで何を言った?自分勝手にフランを罵り、怒鳴りつけ、挙句の果てにはその行動に自己満足して…本当に馬鹿だ。
私のすべきことはそんなことじゃなかったのに。私の為すべき役割はそんなことじゃなかったのに。
フランの気持ち。本当のフラン。それを知ってしまえば、私はもう自分を抑えつけることなんて出来ない。
気付けば私はフランに飛びつき抱きしめていた。自分一人を犠牲にしようとしたお馬鹿なフラン。大丈夫よ――今度は私がフランを守る番だから。
~side フランドール~
「フランっ!!」
「ちょ、ちょっとお姉様っ!?」
突如、私に抱きついてきたお姉様。そんな突然の事態に私は困惑動転することしか出来ない。
何故。何故。何故。どうしてこんな流れになってしまったのか。意味が分からない。なんでお姉様が私に抱きついてるの。
どれもこれも全部パチュリーの馬鹿のせいだ。パチュリーがあんな説明をするからお姉様が思いっきり勘違いしちゃってる。お姉様の
中で私がとんでもない聖人君子になっちゃってる。誤解、誤解過ぎる。私はお姉様以外の塵芥なんてどうでもいい。お姉様以外の連中なんて
どこで誰が死のうと構わない。それなのに、それなのにお姉様は…
「お、お姉様、落ち着いて!多分お姉様は誤解を…っ!」
「いいの!もう貴女は何も言わなくていいのよ!お姉様は分かってるから…全部分かってるから。
勿論、貴女を止めるつもりなんてないわ。貴女の誇り高き生き方を私なんかが邪魔することなんて出来ないもの」
「――っ!」
ぎゅっと私を包み込むように抱きしめるお姉様。っ、不味いっ、理性が感情に追いつかない。
このままお姉様に抱きしめられると、私は駄目になる。間違いなく駄目になる。今の私が壊れてしまう。
お姉様の温もり。お姉様の匂い。お姉様の優しさ。お姉様の鼓動。お姉様の存在。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
このままだと私は確実に壊れてしまう。とうの昔に捨て去った筈の私になってしまう。お姉様だけに縋り、お姉様無では生きられなかった弱い私に。
甘えたい。駄目だ。お話したい。駄目だ。手をつないで歩きたい。駄目だ。ご本を読んでほしい。駄目だ。一緒に眠りたい。駄目だ。
感情が流入する。記憶の奥底から封じていたモノが止めどなく逆流しそうになる。収まれ、収まれ収まれ収まれ――!!
「――安心して、フラン。誰が何と言おうと、私はいつでも貴女と共にあるから」
『――安心なさい、フラン。お父様が何を言おうと関係ないわ。貴女が望む限り、お姉様はいつまでも貴女の傍に居るから』
「――お、ねえ、さま」
「ふ、フラン?」
気付けば、私はお姉様を突き飛ばしていた。自分を抱きしめてくれる温もりを、自ら手放してしまった。
その光景を他人事のように眺めている自分自身。そして少し遅れて自分自身を納得させる。これでいい。そう、これでいいのだと。
荒くなった呼吸を整えながら、私はいつものように表情を作り、お姉様に言葉を紡ぎなおす。そう、いつものように不自然な笑顔で。
「あのね、お姉様。正直暑苦しいから」
「あ、暑苦しいって…と、とにかく私はフランの味方よ!貴女一人で死地になんて向かわせたりさせるもんですか!」
「…えっと、つまりどういうこと?」
「そんなの決まってるじゃない!フランだけじゃなくて、私達みんなも異変解決の力になるということよ!
貴女は一人じゃないわ。美鈴もパチェも咲夜も、そして私もいる!みんなで力を合わせてあの月をぶち壊して、そしてみんなの家である紅魔館に帰るのよ!
いいわね、美鈴!パチェ!咲夜!家族の使命は自分の使命!ワンフォーオール、オールフォーワン、目指せ甲子園よ!」
目を輝かせ、過去に類をみないほどに大暴走を始めるお姉様。…駄目だ、こうなると止められる訳がない。脅したって帰らないだろう。
何より、ここに美鈴とパチュリーがいるってことは、美鈴がお姉様側についたってことだ。お姉様の望む道を美鈴が邪魔する訳がない。
そして咲夜は最初からお姉様の望む道を希望している。…お姉様一人紅魔館に帰れ、なんて通じないだろう。本当、パチェも余計なことを
してくれる。こんな展開にならない為のポジションでしょうに…美鈴か伊吹鬼辺りに感化でもされたか。
ため息をつく私の横目で、お姉様は咲夜に何故か妹自慢を始めてしまってる。…本当、勘弁してほしい。どうして本人が傍に居る
横で自慢話なんか始めるのか。それも自分の娘相手に…咲夜も咲夜だ。叔母の話なんか適当に聞き流してくれればいいのに。一体どうしてこんなことに…
「何やらお困りのようね、悪友」
「…ええ、とってもお困りよ、悪友。本当、余計なことばかりしてくれる…貴女、もしかしてお父様の残した最後の負の遺産?」
「感謝してほしいわね。私のおかげでお姉様は貴女に夢中よ」
「感謝なら互いの死後にいくらでもしてあげるわ。地獄の釜の中で咽び泣くまでね」
「それはどうも。冗談はさておき…ここまでくれば、レミィはこちら側に強く結びつけて居させた方がいいわ。
逆に変に追い返して、霊夢辺りと合流されては守れるものも守れなくなる。それなら貴女自身の手で守った方がいいでしょう?」
「失敗を成功に塗り替えて手柄にしようとする…狡い魔女だよパチュリーは」
「ありがとう、最高の褒め言葉よ。それで、悪の幹部の返答は如何に?無論、レミィをつれてそのまま共に帰宅するという手もあるけれど」
「…続行するわ。お姉様が今更異変解決せずに紅魔館に帰るものか。それにこの月が私達にとって危険なのは変わらないんだ。
少しでもお姉様の命を脅かす可能性があるものは、自分の手で潰した方が安心できる」
「そうね。そうしないとレミィの中の勇者(いもうと)様のイメージが崩れちゃうもの」
「…本気で殺すわよ。ったく…咲夜!」
私はため息をつき、咲夜を呼び寄せる。美鈴でもよかったのだけれど、今美鈴は咲夜と入れ替わるようにして
お姉様の話し相手を務めている。なら、手の空いてる咲夜を使うことにする。
私達の方に近づいてきた咲夜に、私は軽く息をつきながら言葉を紡ぎ直す。
「分かってると思うけれど、お姉様も来ることになったわ。ただ、お前には話したと思うけれど…」
「…この異変の首謀者は八雲紫と同等クラスの存在、ですね」
「そうよ。だからこそ、他の誰でもないお前に聞きたい。お前はお姉様をどうしたい?」
「…私が望むのは唯一つ。母様が望む道を」
「ふんっ…お前までそう言うなら、私は何も言わない。私一人で反対したところでどうにも出来ないからね。
お姉様は私が護る。お姉様には指一本触れさせない。これでいいわね?」
私の言葉に、咲夜は嬉しそうに頷く。
咲夜の考え、気持ちは把握した。ならば、お姉様を守るためにもう一役ほど舞台劇で担ってもらうことにする。
「それじゃ、咲夜。お前に一つ指示を与えるわ。無論、嫌なら断ってくれて構わない。
自分で考え、それがお姉様の為になる、お姉様の意に沿うと思うなら行動なさい」
全てはお姉様を守るために。全ては愛するお姉様のために。
こんな私にも再び同じ言葉を――私を死なせないと言ってくれたお姉様の未来のために、今度こそ私は。
~side 妖夢~
「フッ!!!」
吹き荒れる弾幕を私は両手の刀で一閃二閃と打ち払い、嵐の目へと翔けていく。
けれど、その中心となる人物は先ほどから私と付かず離れずの距離を保ち、後方へ下がり続けていく。まるで私を誘いこむように…否、
実際に誘いこんでいるのだろう。その証拠に私と魔理沙の距離はかなり広がっている。最初は二対二の弾幕勝負だったというのに。
あちら側の私を魔理沙から引き離そうという意図は最初から掴んでいた。けれど、私は敢えてそれに乗る。その誘い相手が霊夢だったなら
乗らなかっただろう。けれど、その私を誘いだした相手は…他の誰でもない、アリスなのだから。
「…さて、これくらい離れればお互い会話くらいは出来るかしらね」
「…そうね。これくらい離れれば、ね」
予想通りとも言おうか。弾幕を打ちやめて、彼女は私に笑みを向けて言葉を紡ぐ。
…戦闘継続の意思なし、か。あの冷静なアリスが霊夢や魔理沙の喧嘩に一枚乗った訳は、やっぱり私が目的だった。
お互い完全に言葉も想いも噛み合わないあの二人では、話を聞くことも出来ない、そう踏んだのだろう。
「最近の若者は頭に血が昇りやすくて駄目ね。まあ、若さをぶつけあうのは人間だけの特権とは言うけれど」
「互いに譲れぬものがあれば当然の帰結かと。特に魔理沙と霊夢は仲が良いからね。二人は昔からの付き合いなんでしょ?
お互いが納得できないし相手が間違ってると思うから、正面からぶつかることだって辞さない…少し、羨ましいと思うよ。私にそういう人はいなかったから」
「元気が有り余ってるだけよ。まあ、私も少し羨ましいとは思うけれど。
…さて、互いにパートナーに怒られる前に情報交換といきましょうか。貴女達はフランドールと咲夜に会い、二人は異変解決に協力すると
言っていた、それは間違いないわね?」
「うん、何ひとつ相違無し。付け加えるなら、フランドールさんが魔理沙に『自分が異変の首謀者だと考えないのか』って尋ねたんだけど、
魔理沙が『お前がレミリアの困ることをする訳がない』って返したんだよね。そうしたら、フランドールさんが優しく笑ってた。
『私はお姉様が大好きだ』って。私は今日初めてフランドールさんに会ったんだけれど、彼女が異変を起こしてるとは考え難い」
私の言葉に、アリスは考える仕草をみせる。どうやら私の情報から色々と憶測を立てているみたい。
本当、こういうときアリスは凄いと思う。伊吹萃香のときもそうだったけれど、頭の回転が尋常じゃない。私達のなかでブレインというか
参謀というか、そういうポジションが本当に似合う人だと思う。
「しかし、そうなるとレミリア達がフランドールを探していたのは…レミリア達には内密だった?
自分をレミリアと偽ることでフランドールに何の意味が…レミリアの格好で異変を解決、そうなると得をするのは…レミリア?
でも、レミリアがそんなモノを望むとは…違う、何か一枚カードが足りない」
「あ、あの、アリス?出来れば私にも分かるように…」
「え、ああ、ごめんなさい。でも大した情報は私も無いわ。一つだけ言えるのは、異変の犯人がフランドールじゃないんじゃないかってことくらい」
「それは最初から私達が言ってたことじゃない…」
「あ~…ごめん、私達の勘違いだわ。申し訳ない」
頬をかいて謝るアリスに、私は軽く息をつく。結局誤解が誤解を生んだだけの顛末、か。
それが分かったならもう私達に戦う意味はない。私は身を翻して霊夢と魔理沙を止めに行こうとしたんだけれど…その私を止めたのは他ならぬアリスだった。
「まさかとは思うけれど、二人を止めるつもり?」
「え…そ、そうだけど…だってフランドールさんの疑いは晴れたんでしょ?だったら…」
「止まらないわよ。絶対に。賭けてもいい」
「な、なんで?」
「そんなの決まってるじゃない。あの二人にとって争う理由が犯人がフランドールかどうかなんて二の次でしかないからよ。
霊夢は自分勝手なフランドールの行動に困り果ててこの危険な夜に振り回されてる友達(レミリア)の姿を見てる。
魔理沙は姉の為に健気に行動を起こしている友達(フランドール)を馬鹿にされ、謝罪は無い。どちらにとってもブレーキにはなりえないのよ。
互いに譲れぬものがあるからぶつかりあう…さっき言ったばかりじゃない」
「そ、それはそうなんだけれど…」
「私はむしろ二人を見直したけどね。この歪な月の異変、誰を疑い犯人だと断じても決しておかしくはないわ。
私と妖夢が互いに二人のペアとして居ることで、『お前が犯人だ』と弾幕勝負をふっかけてきても良いくらい。
私は魔法使いでそんな術式があるかもしれないし、貴女の背後には西行寺幽々子が存在している」
「そんな理由で犯人だなんて…」
「二人はそうしなかった。それだけ私達を信じてくれているってことでしょ?ありがたいことね」
そこまで言われて、私は返す言葉なく二人の弾幕勝負の行方を遠くから見つめる。
互いの譲れぬものの為に、全力でぶつかりあう二人。そんな光景を私は自分自身を納得させるように眺め続ける。
これは二人にとって大切なことなのだと。第三者には下らぬ勝負、子供じみた勝負、無駄なことに思えても、二人にとってはきっと。
「さ、弾幕勝負は二人の出番。ならば私達の仕事は異変の犯人捜しよ。周囲におかしな場所がないか探しましょう」
「え、で、でもいいの?二人は弾幕勝負してて私達はパートナーなのに…」
「私は魔理沙から貴女を引き離した。近距離の貴女と遠距離の魔理沙では、相性が良過ぎるからそれだけで大手柄だわ。
そして貴女も霊夢から私を引き離した。サポート役に徹し、魔法知識を有する私は魔理沙にとって邪魔だった。
ほら、二人ともしっかり仕事してるじゃない。褒められはすれど、怒られる謂れはないわね」
「そんな無理やりな…本当、アリスも魔理沙達に毒されてきてるよ」
「失礼ね、一緒にしないで頂戴…と、前なら言ったんでしょうけれど、今はそれも悪くないかと思ってたり」
「あははっ、それはもう駄目かもしれないね、私『達』は」
「ええ、そうかもね」
互いに笑いあい、私達は再び異変の元凶を探るために、夜の竹林を翔ける。
ただ、ふと気になったことがあり、私はアリスに対して問いかける。
「それで、霊夢と魔理沙の決着がついて、霊夢が負けたらアリスはどうするの?」
「何を唐突に。そんなの決まってるじゃない」
私の問いに微笑んで、アリスはさも当たり前のように告げる。
その笑顔は同性でも見惚れるような、そんな笑顔。どこまでも綺麗で、そして格好良くて。
「二人まとめて蹴散らして霊夢の仇を取ってあげるわ。この私、アリス・マーガトロイドがね」
普段の冷静な姿の奥底に隠されたアリスという少女の本当の素顔。
私はこのとき初めて本当の彼女に触れた気がした。アリスという名のとても負けず嫌いで強い意志を持つ少女の素顔に。