~side フランドール~
人里から離れ、私達は闇と月明かりに彩られた竹林上空を飛翔する。
夜空に浮かぶ歪な欠けた月。この異変の元凶、主犯を探して竹林まで出向いてみたが、恐らくここが『アタリ』だろう。
他所と比較し、妖精達の『淀み』が異常過ぎる。咲夜ならまだしも、妖気を完全にまき散らしている私相手にも怯えず襲いかかってくる様子に、
私は心の中で確信を抱く。ここに異変の基点が存在すると。大魔術を行使している愚者が存在していると。妖精を一匹残らず撃ち落としながら、私は咲夜に問いかける。
「さて、この愉しき喜劇も終わりが近いみたいだけれど…異変を引き起こした奴は一体どんな奴だろうね」
「そうですね…正直なところ、人間だろうが妖怪だろうが相応の強者なのは間違いないかと」
「へえ?私が手塩にかけて鍛えたお前がそんな弱口を叩くの?そう思う理由は?
もし情けない理由だったりしたら、しばらくぶりに鋼を打ち据え直さないといけないからね」
「空の月を覆い隠す…これがどれだけの大魔術なのか、妖術魔術に関して素人の私にだってそれくらいは分かりますから。
質量を持つ偽月にて空間を侵食する、これを一人の人間、妖怪がやっていると考えるとなると」
「九十点、合格ね。そう、今回の相手は咲夜、貴女じゃどうにもならない相手だよ。そこを理解してるならそれでいいわ。
貴女の役割はあくまで母を護ること。それ以外のことで命を落とすのは決して許さない。なればこそ、相手との戦力差を読み、
勝てぬと悟れば早々に逃げの一手を打ちなさい。間違っても伊吹萃香のときのような愚行は繰り返してくれるなよ?」
「…しっかりと肝に銘じておきますわ」
「フフッ、そう悔しそうな顔をしない。今は勝てなくとも、研鑽を重ねて未来で勝てばいいのよ。今回の相手にも、伊吹萃香にもね。
お前には生まれながらにその才能が許されている。そして今はその時間さえも許された。人の身でありながら我らの同族で在るお前にはね」
「…そうですね。今は敵いませんが、必ずや」
「そう、それで良い。博麗も伊吹も所詮は踏み台、幾人もの妖怪を超越し、自身の母を護る一振りの最強を目指せばいい。そう――この私すらも超える程の」
私の言葉に、咲夜は未だ上手く消化しきれずにいるのかこくりと首を頷かせるだけ。本当、母親に似たのか変なところで強情なのは変わらない。
恐らくは、現段階での自身の力の無さを歯痒く思っているのだろうけれど、たかだか十数年しか生きていないことを考えれば
上等過ぎる程の力を咲夜は持っている。それなのに、この愚姪は更なる高みを目指そうとする。母を護る為、母の力となる為に。
その想いに、私は思わず可愛い姪を優しく抱きしめたくなる衝動を必死で噛み殺す。甘やかすのはあくまで母様の役割。私はどこまでも厳しく咲夜に接することが仕事。
咲夜をしっかり鍛え上げる。パチェも、美鈴も、そして私をも凌駕するような高みに辿り着ける、咲夜にはその可能性が在るのだから。
どこまでも強く在れ。そしていつまでもお姉様の傍に在れ。美鈴と共に、お姉様を護る最強の刃で在り続けなさい。
お姉様を護ること。お姉様の笑顔を絶やさないこと。遵守しなさい、それこそが、そう遠くない未来――私の亡き未来にお前に課せられた役割なのだから。
だから私は咲夜を甘やかさない。きっと最期のそのときも、私は咲夜に厳しく接し続けるだろう。だって咲夜は道具だから。
お姉様の命を護る、お姉様の未来を護る為に無くてはならない重要な道具。お姉様の幸せの為に、咲夜に価値を付与し続ける。
そして冥府へと旅立った際に、私は西行寺の亡霊にでも笑って自慢してやる。咲夜は道具である以上に――私にとって、可愛い自慢の姪娘であったと。
「――お嬢様、どうやら来客のようですが…如何いたしました?」
「ん…ああ、悪い。少し考え事をしてたわ。さて、我が道を邪魔するは一体どちら様かしら。
黒幕自ら出て来てくれるなら、これほど早い話も無い。巨悪もたまには自ら居城から外出するのも有りかもね」
「残念ながら、黒幕はお預けのようですわ。黒には違いありませんけれど」
「ええ、実に残念ね。あれは…確か霧雨魔理沙、だったかしら。もう一人は初見ね」
「ご存知でしたか。霧雨魔理沙と魂魄妖夢、妖夢は白玉楼の庭師を務めています」
「へえ…西行寺の。成程、お前に似てよく鍛えられてるね。あの若さで将来有望じゃない。
さて、魔理沙は一度図書館で会った事があるわ。猫を被って接したからね、博麗とは違って面倒事にはならないでしょう。やり過ごすよ」
「分かりました。では、そのように」
向こうも私達を見つけたのか、私達の方へ速度を上げて飛行してくる。
見ず知らずの妖怪なら弾幕勝負で力を見せつけても良いのだけれど、相手は何度も紅魔館に入り浸ってはお姉様と遊んでいる人間だ。近距離で眺められると私が
お姉様ではないことくらいすぐに見分けてしまうだろう。また、ワーハクタクのときのように、あとでお姉様の知人であることを知るということもない。
そして、霧雨魔理沙は博麗霊夢と違い、私に対して喧嘩腰ということはない。ならば、私は猫を被り、適当にあしらって去ってもらうのがベストだろう。
あとは半人半霊の出方しだいだけれど…さて、どうなることやら。
「動くと撃つ!間違えた、撃つと動く…って、じょじょ冗談だって!冗談だからその物騒なナイフを下ろせって!」
「TPOを弁える、社会の常識でしょう。こんな場所でそのような笑えない冗談をされてもね」
「はあ…本当、冗談が通じない奴だな。という訳でこんばんは、だ」
「お久しぶりです、咲夜さん。魚釣りのとき以来でしょうか」
「ええ、久しぶりね魔理沙、妖夢。魔理沙は毎日のように入り浸ってるから久しぶりという訳でもないけれど」
「失礼な、三日に二日くらいだろ?訂正を要求するぜ。私はそんなに厄介になってるつもりはない」
「その三日に二日も昼食と夕食を用意させられる身にもなってみたら?まあ、お嬢様が喜んで下さってるから何も言わないけれど」
「そうそう、ご主人様の友人兼自分の友人は大切にしないとな」
軽口を叩き合っている魔理沙と咲夜だけれど、ふと私は視線を感じ、そちらの方へ視線を向ける。
その視線の主は半人半霊――確か、魂魄妖夢と言ったかしら。少女はじっと私の方を見つめながら、小さく首を傾げている。
「…魂魄妖夢、どうかしたかしら?私の方を見てはしきりに首を傾げているけれど」
「へ?あ、い、いえ…その、なんというか、れ、レミリアさん…じゃない、ですよね?どちら様なのかなって…」
「へえ、そう思う理由は?」
「へ?いえ、その、えっと…羽も勿論違うんですが、その…し、失礼ながら妖気の量がレミリアさんとは桁違いなので…
あ!で、でも私は別にレミリアさんが弱いと言ってるんじゃありませんよ!?レミリアさんは私が知る中で誰より最強です!あ、えっと、勿論
実力とかでは紫様や幽々子様に叶わないかもしれませんが、その、心の在り方と申しますか、存在が最強と申しますか、私の中での理想像と申しますか、えっと…」
「――クッ」
魂魄妖夢の容量を得ない説明に、私は笑う事を我慢出来なかった。夜空に響く程に腹を抱えて笑ってしまって。
嗚呼おかしい。本当、お姉様は面白い娘ばかりを惹きつける。咲夜然りこの娘然り、どうしてこうも人妖に愛されるのだろう。
この娘は咲夜と同じだ。お姉様を語る言葉、その目の輝き、どれをとっても昔の咲夜と瓜二つ。お伽話の英雄を語る少女の目そのもの。
そんな少女の目に偽りの模倣など通じる筈も無い。だからこそ私は笑って正体を晒す。まさか魔理沙では無く、この少女に見破られるとは思わなかったけれど。
「魂魄妖夢、だったかしら。よく見抜いたわね。貴女の言う通り、私はレミリア・スカーレットじゃないわ」
「ん…って、あああ!よく見たら本当にレミリアじゃない!お前、レミリアの妹のフラン・スカーレットじゃないか!」
「フランドール、ね。フランドール・スカーレット。よろしくね、魂魄妖夢。そしてお久しぶりですわ、霧雨魔理沙。
つれないですわね、初対面の魂魄妖夢が貴女より先に私の正体を見破ってしまうだなんて」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「あ~…ごめん。全部咲夜の奴が悪い。咲夜が私に漫才なんか強要するから」
「してません。私は過去に一度も漫才なんてしたことありません」
「え、してるじゃないか。いつも霊夢と」
「っ、分かったわ、霧雨魔理沙。貴女はここで日の出まで眠ってなさい」
「じょ、冗談だってば!ジョーク!いっつあじょーく!」
ワイワイと再び騒ぐ二人を見ながら、私は呆れるように息をつく。…まあ、咲夜も気の許せる友人を手に入れたということかしらね。
ずっと紅魔館で育ってきたから、同年代の友人がいないことをお姉様や美鈴は度々心配していたのだけれど。一安心といっていいのやら。
「…っと、咲夜とこんなアホ話してる場合じゃなくて。
お前達もこの月の異変を解決しに来たのか…の、前に、なんでフランドールはレミリアの格好なんてしてるんだ?
私みたいにレミリアと親しい奴じゃなければ、間違いなく見間違うぞ、それ」
「お嬢様と親しくても貴女は普通に間違ったけれど。気付いたのは妖夢だし」
「うるさいな…とにかく、何でだ?」
「ここに居るは貴女の言う通り、私と咲夜はこの歪な月の異変を解決しに来たのよ。
お姉様の格好をしている理由は至極簡単なことよ。そっちの方が面白いじゃない」
私の適当な理由に、魔理沙と妖夢は唖然とする。当然だ、私だってそんな答えを返されたら言葉を失うか呆れるかしかない。
けれど、どうやら魔理沙には感触の良い理由だったらしい。突如大笑いをしたかと思うと、私の肩を叩きながら笑みを零して言葉を紡ぐ。
「いやあ、初対面の印象からどんな奴か掴み損ねてたんだけど、なかなかどうして面白いなお前も!
異変に挑むのはレミリアじゃなくて、レミリアの格好をした妹。事件後にはレミリアがなぜか異変に参加したことになってる。
加えて言えば、レミリアが異変の危険に微塵も晒されること無く、だ。どっちの案かは知らないけれど、お前達も面白いことするなあ」
「どっちの、とは?」
「んあ?勿論、レミリアかフランドールか、だろ?この異変も、レミリアが自発的に参加してるんだろ?」
「…そうね」
咲夜の少し言い淀む言葉は魔理沙の耳には入らなかったらしい。本当、ポーカーフェイスは得手のくせにお姉様のことになると。
魔理沙の言葉に私は心の中で嘲笑する。お姉様が自発的に異変に参加などする訳がない。また、させる訳が無い。
お姉様は何も知らず、ただ紅魔館で過ごしてくれれば良い。よしんば、計画がずれ、異変に向ったとしても、美鈴とパチェで危険の全てを排せばいい。
何も知らず、何も心病まず、全てを私に任せてくれれば良い。お姉様の未来の礎は全て私が築き上げてみせるから。
今より先の未来に、お姉様が私の描いた道を歩いてくれれば、それで良い。…それで良い、筈なんだ。
「私達がいるのはそういう理由。魔理沙に妖夢、貴女達は」
「勿論同じ理由だぜ?私は眠ってて気付かなかったんだが、妖夢がウチに来て『異変解決に助力して欲しい』って言ってきてな」
「幽々子様に本物の満月を取り戻すよう命じられまして…この偽りの月は妖怪にとって死活問題ですからね。
冥界に混乱をもたらす前に、顕界にて問題を解決してしまえ、と。その解決の為に、魔理沙に助力をお願いしました。幽々子様が彼女なら力になってくれる、と」
「いやいや、私も少しばかり幽々子の事を見直したぜ。同じ魔法使いでもアリスではなく、私を頼る着眼点、賞賛に値するよ。
そんな訳で、私と妖夢は幽々子のお願いを解決する為に異変巡りの最中って訳だ。まあ、異変に参加すれば面白いことが多々起こりそうだしな」
「…魔理沙、貴女絶対面白がってるでしょ」
「まさか。私はいつだって真剣実直がモットーさ。なあ妖夢?」
「ふぇ?あ、えっと…そう、かなあ」
「ああ、そこは肯定して欲しかった。これで妖夢と続いた半年あまりの友情も終わりか…」
「短っ!というかそんなことで私との友情終わるの!?」
「…貴女達、漫才するか会話するかどちらかにしてくれないかしら。フランお嬢様が呆れてるから」
「そんなの決まってるだろ。勿論、漫才するぜ」
「はあ…ごめんなさい。魔理沙がこんなふうで本当にごめんなさい」
ペコペコと謝る妖夢に、私は笑いながら『構わないわ』と答える。本当、面白い連中ね。お姉様も退屈しない訳だわ。
このまま雑談に興じてみたい気持ちもあるけれど、残念ながら私達にそこまでの猶予は無い。もし、お姉様側に美鈴がついていたら、
恐らくこちらに向っているでしょうし…少し遊び過ぎたわね、悪い癖だわ。
私は視線で咲夜に命じ、この場を後にすることにする。咲夜は小さく頷き、二人に言葉を紡ぐ。
「それじゃ、私達は行くけれど…貴女達はどうする?
まさかとは思うけれど、私達の邪魔をするつもりはないでしょうね?」
「ああ、そりゃ無いな。お前達が解決するなら解決するで構わないし。だろ、妖夢」
「え、ええ…それはそうですが、面倒事を一方的に押し付けるのも…」
「大丈夫だって。咲夜とフランドールは元々、異変を解決するつもりで行動してたんだし。向こうにも協力して貰おうじゃないか。
私達は私達で独自に異変を解決する、その方向でいこうじゃないか。私達はもう少しこの辺りを探ってみる事にするよ」
「そうですね…ええと、咲夜さん、フランドールさん、お願い出来ますか?」
「構わないわ。魔理沙の言う通り、元よりこの異変は私達で解決しようとしてたのだから。それではお嬢様、参りましょう」
「そうね。それでは魔理沙に妖夢、ごきげんよう」
そう言い残し、二人から飛び去るつもりだったのだけれど、一つ疑問に思ったことに気付き、その場で羽を止める。
不思議そうな顔をする三人を余所に、私は魔理沙に対し、疑問の言葉を投げかける。
「最後に一つ質問なのだけれど…貴女は私が『この異変の首謀者』だとは考えなかったのかしら?」
「考える訳ないだろ?何言ってるんだお前は」
「あら、どうして?疑う理由なら山ほどあると思うのだけれど?」
「無い無い、一つも無い」
「…どうしてそんな風に言いきれるのかしら」
私の問いかけに、魔理沙は笑って断言した。
それはどこまでもストレートな想いの込められた言葉で。
「だってお前、レミリアのこと好きなんだろ?だから姉の為に色々頑張ってるんだろ?そしてレミリアもお前のこと大好きだし。
そんなお前がレミリアの困るような真似をする訳が無いじゃないか。それ以外に理由が必要か?」
「――ッ」
それは本当に不意打ちだった。そんな言葉が帰ってくるなんて思わなくて。
軽く息をつき、帽子を軽く被り直し、私は胸に渦巻く感情を必死に抑えながら言葉を紡ぐ。
その蠢く感情の正体は知らない。分からない。だから私は必死に声を発した。
「そうだね…私はお姉様が大好きだよ。それ以外の理由なんて…不要だわ」
「お嬢様…」
「…行くよ、咲夜」
かぶりを振って、私は咲夜の顔を見ること無く飛行を再開する。
ああ、その通りだ。霧雨魔理沙の言うとおりだわ。全てはお姉様の為に――それ以外の理由なんて、何も要らない。
――人生\(^o^)/。それ以外の言葉なんて、何も要らない。
人里を離れて竹林に向って飛行する(してるのはあくまでミニ萃香)私は、魂が抜けたように夜風に身を委ねていた。
本当にアホ。私のアホ。フラン以上に私のアホ。もう死ねばいいのに。私なんか死ねばいいのに。大馬鹿すぎる。
どうして私が今ここまで自分を責めているのか…その理由は勿論、先程までの慧音と妹紅とのやりとり。一連のやりとりで
慧音を襲ったのは完全に『レミリア・スカーレット』になった。私の狙い通り、犯人は完全に私となってしまった。
…うん、後悔は後に立たずっていうけどさ…でも言わせて欲しい。なんで私は自分を犯人だって言ったんだあああ!!!
うああああ…全部フランが悪いのに!フランのあんぽんたんが悪いのに!私何にも悪くないのに!私被害者なのに!けど、けど、なんか
フランが危ないかも…なんて考えたら、口と体が勝手に動いてて…あうあうあー!なんで私フランを庇ったのよおお!!フランが危険な訳ないじゃない!
フラン強いのよ!?フランは吸血鬼100パーセント中の100パーセントなのよ!?妹紅と戦っても余裕で生き残るに決まってるじゃない!
早まった…早まり過ぎた…もう正直過去の自分が自分じゃない。フランの危険という言葉に反応した私は別人なのよ!絶対私の中に
もう一人のレミリアとか居るに違いないわ!だって、あり得ないでしょう!?フランを庇った結果…庇った結果…絶対私人里出入り禁止よこれ…
「お、お嬢様?先程から百面相のように表情が切り変わってますけれど…」
「美鈴、放っておきなさい。今のレミィには何を言っても無駄よ。私達の声、多分何も聴こえてないわ」
人里が出入り禁止…それすなわち茶屋にも本屋にもいけないということ。つまり新しいスイーツも漫画も買えないということ。
馬鹿な…それでは私はこれから先一体何を楽しみに生きていけばいいというの…一体何を拠り所にして生きていけばいいの…
慧音をフルボッコにした私は人里一の危険人物間違い無し。そんな妖怪が人里に入れる訳も無く。
慧音にも嫌われた。妹紅にも嫌われる。茶屋の老夫婦にも嫌われる。本屋の若旦那にも嫌われる。みんなに嫌われる。
私悪くないのに。なんにも悪くないのに。みんなに嫌われる。…な、泣いてない!泣いてないわよ畜生!どうして私ばかりこんな目に…
「ちょ、ちょっとパチュリー様!?おおおお嬢様が泣いちゃってますけど!?」
「何も見なかった振りをしてさり気なく涙を拭ってあげて頂戴。私達の存在、完全に忘れてるから」
人里に出入り禁止だけならまだマシな方よ。幻想郷のルールでもある、人里に住む者に手を出してはいけないというルールすら
フランは破ってる(※人里外で戦ったので破ってません。レミリア勘違い)。つまり、ルール違反者として私は処分されるということ。
良くて霊夢か紫からの半殺し、最悪幻想郷からの追放…うううう、む、無理よ!一人じゃ何もできない私が幻想郷の外でどうやって
生きていけというの!?間違いなく野垂れ死にじゃない!誰か拾って…く、くれる訳ないじゃない!?私吸血鬼よ!?吸血鬼でも差別しない
人間なんて外の世界に居る訳ないじゃない!?いたら聖教会執行部門なんて存在しないわよ!私間違いなく死刑確定じゃない!
どうしよう…うん、もし最悪そうなったら背中の羽を斬り落そう…死ぬほど痛いんだろうな…泣きたいくらい痛いんだろうな…
背中の羽さえなければ、外見だけは人間の子供だし…そうなったら、誰か拾ってくれるかな…拾ってくれるといいな…
もし運よく優しい家族に拾われたら、プライドも何もかも捨てて一人の女の子として生きていこう…もとからプライドなんて一ミリも持ってないけれど…
もしかしたら、今より命の危険に晒されない生活になるかもしれないし…ごめんね、咲夜、パチェ、美鈴、みんな…フラン、あんたは地獄で覚えてなさい畜生。
「パチュリー様…あの、お嬢様、遠い目をしてブツブツなんか謝りだしたんですけれど…」
「はあ…もう、しょうがないわね」
思い返せば碌な人生じゃなかったな…名門スカーレットの長女として生を受けながら、こんなだし…まあ昔の記憶は何故か全然覚えてないんだけど…
美鈴は…良い奴だったわね。フラン以外で一番長い付き合いだし、本当によく私に尽くしてくれたわ…ありがとね、美鈴。
パチェ…貴女は私の永遠の親友だわ。いじわるなときもあったけれど、私が必要としているときは必ず傍に居てくれて…
ああ、思い返すだけでパチェとの思い出の数々が。パチェの呆れる目、パチェの溜息、まるで私の目の前にいるかのように感じられるわ…
「いや、実際居るから。いい加減目を覚まして頂戴」
「ふぇ…って、ぱ、パチェ!?いやいやいや近い近い近いから!!」
気付いたら視線…というより鼻先3センチの距離にパチェが。あらやだ、パチェってやっぱり美少女よね…ってNOOOO!!!!私はノーマル!!
じたばたと慌てふためきかけた私に、パチェは自身の額を私の額に当て、諭すように言葉を紡ぐ。
「何をアレコレ考えてるのかは知らないけれど、落ち着いて。
レミィが高揚しているか、それとも不安に陥っているのか、それは私には分からないわ。レミィの心はレミィにしか分からない。
だから、私の言葉は見当違いかもしれないわ。いえ、間違いなく見当違いなんでしょう。だけど、それを理解して聞いて頂戴。
レミィの向う道、向う未来、それはすなわち私達の歩く未来。レミィの傍には私達は必ず一緒に居る。レミィの選ぶ道が私達の道なの」
「ぱ、パチェ…」
「私達は何があろうと必ず貴女の傍に居る。主人、親友、姉妹、親子…私達とレミィをつなぐ絆の形はみんなバラバラだけれど、
私達は誰一人として異なることなく胸に抱いている想いがある。それは私達がレミィのことを大好きだと言うこと。
私達はみな貴女の力となり、貴女の役に立つ為にここに在る。レミィと共に未来を歩む為に存在しているの。
不安になるなとは言わない。怖がるなとは言わない。けれど、忘れないで。貴女には常に私達がいるということを。
幻想郷を敵に回しても、世界を敵に回しても、この世の理に反しても、私達はレミィの傍にいるわ。それだけは覚えていて」
パチェの言葉に、私は言葉を返せない。唐突すぎる話…だけれど、それは私が欲していた言葉で。
そんな私の安心を読み取ったのか、パチェは額から顔を離し、軽く息をついて笑って言葉を発する。
「…なんてね。幼い人間の子供じゃあるまいし、他ならぬレミィが何かに怖がったり不安に感じたりすることはないと思うけれど」
「え、あ、も、勿論よ!私に怖いものなんてある訳ないじゃない!あ、あはははは!
嫌ねえ、パチェったらいきなり何訳の分からない事を言い出すのよ!?今の話じゃまるで私が何かに怯えて一人怖がってたみたいじゃない!
私は紅魔館の主よ!スカーレット・デビルなのよ!ほ、本当にパチェったら変な奴ねえ!あ、で、でも一応感謝はしてるかな、うん」
「フフッ、そうだったわね。私の親友は世界で最高の吸血鬼だものね。それじゃ、フランドールの捜索に戻りましょうか」
私から離れ、小さくウィンク一つするパチェ。気付けば、私の胸の中にあった不安や閊えは一切合財消えていて。
あれ…いや、本当にさっきまで不安どころか今にも首括りそうな勢いだったのに…ぱ、パチェの言葉のおかげで楽になってる!
な、なんというリリカル・マジック~素敵な魔法~…パチェ、貴女は魔法使いだわ!(実際魔法使いです)言葉一つでこんなに私の胸の閊えを
取ってくれるなんて…本当にありがとう、パチェ…ただ、情けない姿をあまり晒せないから、素直に正面から言えない私を許して…本当は
抱きついて涙流して感謝したいくらいなんだけれど、そんなことすると『あ、コイツマジびびってたの?うわあ…正直引くわ』ってなるかもしれないから…ごめんね。
パチェに勇気づけられ、気合いを入れ直す私。そうよ、何後ろ向きになってるのよ。まだ、まだ終わってない。まだ私の幻想郷ライフは終わっていないのよ。
とにかく早くフランを捕まえて説教する。そして後日人里に出向いて慧音に土下座する。石を投げられようと足で踏まれようと謝り倒す。
そして紫と霊夢にも土下座する。封魔針投げられようと隙間に落とされようと…そそそ、それが勘弁してくだしあ…と、とにかく謝り倒す!
なんとか許して貰って、意地でも人里倦怠ライフリターンズを取り戻す!私は諦め無い!あたしは勝ち(漫画と茶菓子)を諦め無いっ!!
「ふふっ、元気が出たみたいですね。流石は親友、ですかね」
「倒れそうになったら背中を支えてあげる…別に親友だからできること、という訳でもないわ。至極当たり前のことをしただけよ」
「ほら!二人ともヒソヒソ話なんてしてないでさっさとフランを探すわよ!」
背後の二人に声を出し、私は腕を組んで相変わらずの仁王立ち星間飛行を継続する。
ふふん、今の私は実に気分が良いわ。パチェに貰った勇気、この心は何があろうと決して折れないわ!絶対に絶対にフランを家に連れて帰る!
私の心に呼応したのか、両足と背中のミニ萃香が心なしか速度を上げたような気がする。ふはは!上等よ!さあ萃香、どんどん速度を上げて頂戴!
一陣の風となって、私はフランの下へと追いついてみせる!例え火の中水の中草の中森の中でもフランをGETしてみせる!海賊王に私はなる!
そんな私の爽快気分状態だったのだけれど、たった一人の少女との出会いが私の心に冷や水を思いっきりぶっかけてくれることになる。
「え…ちょ、きゃあっ!!」
「へ?って、ふぎゅっ!!!」
突如、竹林の向こうから人影が飛び出し、良い感じの速度を保っていた私と衝突してしまう。
向こうが横から飛び出してきたので、私はそいつの胸の中に顔からダイブ。うぐぐっ…い、痛い…くきー!どうせなら美鈴並みのエアバッグでも胸に搭載してなさいよ畜生!
強く鼻を打ったことと、パチェに貰った勇気が起因してか、私は事故を起こした相手に強気で言葉を投げかける。それが大失敗だとは知らずに。
「ちょっと!何処見て空飛んでるのよ!!少しは気をつけなさいよ!!」
「ああ!?それはこっちの台詞よ!!どこのクソ妖怪か知らないけれど、もう少し安全を考えて空飛びなさいよ!!しめるわよ!?」
私が睨みつけた相手、それは何処かで見覚えのある様相で。まとめられた黒髪に釣り上がった強気の瞳。そして何よりの紅白の巫女姿。
…まさか、とは言わないわ。だって、もうその人物なんて一人しかいないしね。心折れない?何があろうと?…嘘だよばーか!無理に決まってるでしょうが!!
「…って、アンタ、フランドール・スカーレット?
――へえ、そういうこと、アンタ、この間の喧嘩をここでリターンマッチしようってんだ?良い度胸じゃない?」
私に対し人を射殺さんばかりの視線をぶつけて下さるのは勿論この人、博麗霊夢。人類最強の死刑執行人。
…オワタ。本当に人生オワタ。なんか霊夢の後ろにアリスっぽい人が見えるけど、そんなんどうでもええねん。もう、ええねや。
ああ、月並みだけどこの台詞で我が人生を締めくくらせて貰うとしましょう。
美鈴、パチェ、咲夜、フラン――わりぃ、私死んだ。具体的に言うと多分八割殺しくらい。せ、せめて六割殺しくらいで許してくだちぃ…