飛ぶぜぇ~超飛ぶぜぇ~。トランク一つだけで夜間飛行へFlying in the sky高く羽ばたけ大空を何処までもたぜぇ~。
うふ、うふふ、夜風を切り裂き響く風音が心地良い、実にグッドだわ。移り変わる幻想郷の光景も実に壮観、見なさい!森がゴミのようよ!
かつて古人は言いました、飛べない豚はただの豚であると。然り。
かつて古人は言いました、飛べない翼に意味はあるのでしょうかと。実に然り。
空を飛べない吸血鬼、空を飛べない蝙蝠翼、そんな幻想なんて殺(ブレイカー)されてしまえ。そんなものは化物語夢物語、そんなものはとうに過去の話。
何故なら私は飛んでいる!今、この幻想郷を五分以上!地表から三十メートル以上もの高度を維持して!私は今、夜空を駆けているのだから!
「ククク…ククククク…うふ、うふふ…」
「レミィ、ちょっと気持ち悪い」
「き、気持ち悪っ!?よ、嫁入り前の乙女に向ってそんなこと言うなっ!!」
私と並行して空を飛んでいたパチェの辛辣な一言に、私は慌てて我を取り戻して声を荒げる。パチェの奴、本当に遠慮も何も無いわね…
まあ、確かに少しばかり浮かれすぎたかもしれない。だけど、解かってほしい。私の長年の夢だった五分以上の飛行、これが
思っても見ない形で叶えられたのよ?それを喜ばずして何時喜ぶというの?明日?いいえ、明日って今さ!私は今喜ばずして未来を喜べないないわ!
…まあ、パチェは私が『実は五分以上飛べません』ってこと知らないから、伝えたくても伝えられないんだけど。ああ、壊れる程想っても
三分の一も伝わらないのね。いや、実際問題の情報伝達率はゼロなんだけど。伝えられる訳がないんだけど。
現在、私達はフランを追って幻想郷の夜空を滑空中。勿論、私は美鈴に抱っこされてないけどね。抱っこされてないけどね!(大事なので二回言ったわ)
まずは今までの流れなんだけど、私が門の前まで夜食を持ってきて美鈴相手にオペレーション・モグモグハンターズを実行しようとしたら、
なんか美鈴(と何故か門のところに一緒に居たパチェ)に謝られた。特に美鈴はそれはもう土下座する勢い(というかしてた)で謝ってきた。
いや、いきなり謝罪されても困るというか、そもそも私は人に謝られると、逆にこっちが謝りたくなるのよね…思わず美鈴に土下座返ししようかと
考え出したとき、私の視線は萃香の視線とぶつかって。そのとき、萃香が実に良い笑顔を浮かべていたもんだから、私は瞬時に二人の謝罪の理由を理解したわ。
恐らく、萃香の奇跡の説得により、この二人は私がレミリアだということをやっと分かってくれたんだわ。そして、さっき私をフランだと勘違いして
扱ったことに謝罪している、と。す、萃香、貴女って人は!ごめんなさい、貴女の事、説得とかそういう役目は似合わないとか勝手に思い込んでたわ。
今日から貴女の事をネゴシエーター・萃香と心の中で尊敬させて頂くわ。私に用があるときはいつでも『ビッグレミリア・ショータイム』と呼んで頂戴。
夜食は無駄になったけれど、これはこれで結果オーライだわ。二人もこんなに心から謝罪してくれているのだし、私はここで根に持つような女じゃない。
というか、そもそも二人を怒ったりするつもりなんてないし。悪いのは二人を騙したフランだもの。フランったら、帰ってきたらお説教よ!できないけど!できないけどね!
そんな訳で、私は謝る二人に笑って言ってやったのよ。偉そうに言ってやったのよ。いや、だって二人(主に美鈴)があまりに申し訳無さそうだったから。
『何を謝る必要があるのかしら。貴女達は『レミリア』の言いつけを何があろうと堅く守ろうとした、それだけじゃない。
そのことを咎めることなんて私はしないわよ。むしろ、貴女達の心と想いに賞賛と謝意を述べたいくらいだよ。
美鈴、これからも私の為に貴女のその揺らぎ無い実直な想いを貫いて欲しい。私にとって貴女はこれ以上ない誇りだ。
パチェ、これからも私の傍で膨大な智慧と毅然たる決断を奮って欲しい。私にとって貴女は唯一無二の心友だ。
私が貴女達を咎めることがあるとすれば唯一つ、私の許可無く勝手に命を落とすときだけよ。主の許可無く私の傍から去れるとは思わないで頂戴。
美鈴、パチェ、貴女達の生はいつまでも私と共に在る。だからこそ、私は誇るわ。私の傍に貴女達のような気高き珠玉の運命が集ってくれたことを、
私は誰よりも誇らしく、そして嬉しく思う。だからもう頭をいい加減に上げて頂戴。早くしないと折角のスープが冷めてしまうじゃないの』
こんな偉そうなことを真顔で言ってやったのよ。手にトレイを持って。お握りとスープの詰め合わせを持って。話してる途中に
『コンソメスープよりもコーンスープの方が良かったかしら』とか話と微塵も関係無い事思ったりして。
…まあ、偉そうなことを言いながら、結局言葉を要約すると『怒ってないから勘弁してくだしあ。あと偉そうなこと言っちゃってるけど私を見捨てないでくだしあ』
ってことなんだけど。しかも自分の傍から去るなとか言っておきながら、私以前思いっきり逃げようとしたし(※紅霧異変参照)
そういう訳で、私はゼンゼンオコッテナインダヨー、グリーンダヨーって意志を伝えたんだけど、なんか美鈴がいきなり涙零しだすわ
パチェは『こいつは全くもう』みたいな視線向けてくるし、萃香はニヤニヤ笑いながら『これ以上私を惚れさせないでくれよ。どうにかなっちゃいそうだから』なんて
私的超危険ワードを炸裂してくれるし。おおおお友達で!萃香と私はいつまでもフレンドリーでブレンディーな関係で!私達ずっと友達よね!?
そんなお話があり、私は本当はレミリアだって二人は理解してくれた。あと、フランの捕獲にも協力してくれるとのこと。フランとの夜の幻想郷
耐久鬼ごっこに参戦してくれるとのこと。キタ━━ヽ(≧∀≦) |ズ|バ|ッ|と|三|振|毎|度|あ|り|っ|!|(≧∀≦)ノ━━!!!!! わ、我が世の春がきた!!
最初に美鈴とパチェの協力を諦めていただけに、この二枚のカードは大きい、非常に大きいわ。私一人がお荷物かつ粗大ゴミでも萃香に加え
美鈴とパチェならフランを捕まえられる。三人ならフランに並べる。三人ならフランを超せる。呂布と趙雲と孔明が初期戦力とかチート過ぎるでしょう!
そんな大興奮を心の中で抑えつつ、私達四人はフランを追っかける為に幻想郷の夜空に旅立ったのよ。勿論、美鈴が夜食を食べ終えてから。
そこで話は最初に戻るという訳。美鈴が居るのだから、いつものように私は美鈴に適当な理由を言って抱きかかえて貰おうと(五分以上飛べないから)
思っていたら、萃香が私にそっと近づいてきて、耳元で囁いたのよ。『長時間、空を飛べないんだろ?だったら私が力を貸してやるよ』って。
最初は萃香の言ってる言葉が理解出来なかったんだけど、美鈴とパチェが会話してる隙を見計らい、萃香は瞬時に三体の自分の分身をその場に生みだしたわ。そうね、
サイズ的には手のひらサイズのちび萃香。アリスの人形よりも小さいくらいの大きさ。その三匹のちび萃香が、私の両足の下と背中の三点を
支え、私を軽々と夜空に持ち上げたのよ。いや、本当にびっくりした。だって、こんな小さいのに、私の身体を軽々と浮遊させるとか。
驚き眼を見開く私に、飛行し近づいてきた萃香は楽しげに笑うだけ。私の長年の夢だった長時間&高高度維持飛行を萃香は難なく叶えてくれたというのに。
くうう…す、萃香、貴女って本当に良い女過ぎるでしょう!萃香が男だったら正直結婚申し込んでた。親御さんへの挨拶いって息子さんを私に下さいって土下座してた。
そういう訳で、私は現在、こうして五分どころか数十分もの飛行に至っているわ。うふ、うふふ!これが空!私の恋焦がれた一人の空!空を飛ぶ翼を求め欲した
私の辿り着いた世界!ああ…もう思い残すことなんてないわ…白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ…お待たせ、美鳥。もう一人の私…
余談なのだけれど、私自分の意志で飛行して無いから。高さ、速度、左右移動全て萃香のコントロールだから。
いや、当り前じゃないの。空を飛んでいるのは私じゃなくて、あくまで三人のちび萃香。私はこの娘達に乗ってるだけだし。
つまり三点支持されて飛んでるだけなのよ。だから足の裏と背中が結構地味に痛い。ふ…これが空を裂く翼を持つ者の代償という訳ね。邪気眼を持たぬ
者には分からないでしょうけれど…加えて言うと、その三点しか支持されてないから、私の飛行形態は常に仁王立ち。腕なんてやることないから
組んでるし。つまり、私は直立不動で羅漢像のように男立ちで飛行してるのよ。私が紅魔館当主、江田島レミリアよ!美鈴とパチェは解説役でお願い。
「…ところでレミィ、さっきから気になってたんだけど、貴女なんで仁王立ちして飛行してるのよ?」
「背中の傷は剣士の恥よ、パチェ。私の後ろ姿に、あるいはその吸血鬼人生に一切の”逃げ傷”は不要」
「いや、貴女剣士でもなんでもないし…」
「お嬢様、ご立派です…武人の一人として紅美鈴、心より感動いたしました」
「ああ、実に立派な在り方だ。その在り方は実に美しく、そして誇り高く在る。流石はレミリアと褒めてやりたいところだ」
「…馬鹿ばっか」
あれ、パチェの奴ノリが悪いわね…美鈴と萃香はギャグだと分かって反応してくれたのに。…わ、分かってくれてるわよね?特に萃香。
まあ誤魔化すことは出来たみたいだし、別に良いか。私は軽く息を吐き、再びフランを求めて夜間飛行を続ける。しかし、フランの奴、
一体何処にいるのかしら。私は捜索全てを三人に任せてるから…というか、ちび萃香の上に乗ってるだけの私じゃ何の力にもなれないから、
何とか三人にはフランを見つけて欲しいんだけど…はあ、早くフラン見つけて帰りたいわ。私、夜の外の世界(レミリアにとって外の世界=館の外)って
あまり好きじゃないのよ。こんな暗い中、空なんてとんでたらいつ恐ろしい妖怪に見つかるか。三人が強いのは知ってるけれど、万が一、億が一という
ことだってある。だからこそ、少しでも危険の無い内にフランと咲夜を見つけてお家に帰りた…
「ちょっと待った~!」
「ふぎゃあああああああああああ!!!!」
「ぴぎゃっ!!!!」
突然背後から声を掛けられ、思わず絶叫する私。わ、私の背後に立つなっ!まず正面に立って用件は訊くものでしょう!?スイス銀行にお金振り込みなさいよ畜生!
私の声に反応し、三人は間をおかずに私と背後の人物の間に割り込む。な、なんて優秀な…レミリア大感激。だから今の私の失態は忘れて頂戴、永久に。
三人の背中からゆっくりと私は声をかけた相手の姿を覗きこむ。そこに居たのは、ぷんすか顔を膨らます…えっと、鳥の妖怪?そんな感じの女の子。
「ちょっとちょっと!急に大声なんて出さないでよ!びっくりして心臓が止まっちゃうかと思ったじゃない!」
「それはこっちの台詞よ!こんな夜中にふらふらと…ふん、餓鬼が夜遊びか?」
「勿論、夜遊びよ。良い子の昼間はおねむの時間。夜は人狩りサービスタイムよ。
…って、何よ、人間が一人でも居るかと思ったらみんな人外じゃない。ちぇ、つまんない」
私達の前で悔しそうに悪態をつく妖怪ちゃん。どうやら人間さんに用があったみたいね。ふん、用が無いなら帰れ帰れ!ことりはくうきよめ!
美鈴達が居るせいか、いつもより強気な自分がいたり。勿論口に出したりはしないけれど。もう私凄く小物化してる。慣れていくのね…自分でも分かる…
とにかく私達は忙しいの。お馬鹿な妹をさっさと捕まえないといけないの。だから他の妖怪はさっさとご退場願うわ。という訳で帰りなさい。
「人間なんて一人もいないでしょう。分かったらさっさと自分の巣にでも帰りな」
「ふん、私に命令する気?夜に飛ぶ鳥を恐れた事がないの?
私がその気になれば大した妖気も持たないアンタ達なんてボッコボコなんだから。雑魚は雑魚らしく命乞いでもしてみなさいよ」
「「「へえ」」」
あ、終わった。はい終わった、小鳥の命ここで終わった。おきのどくですが ことりのいのちは きえてしまいました。
私はともかく、他の三人を雑魚扱いしたのは拙過ぎる。萃香は妖気を普段幻想郷中にまき散らして妖気をワザと抑えてるだけだし、美鈴は
自分の妖気を操り普段は低く抑えているだけ。パチェは妖気なんて在る訳が無い、だって魔女だし。魔力は小鳥には感知出来る筈も無く。
その三人を相手に雑魚発言って…可哀そう過ぎる。この能天気な女の子の未来が悲惨過ぎて言葉が出ない。萃香にぼこられた私より不幸過ぎる。
「何よ?文句があるんだったら相手してあげるわよ?私が本当の闇夜の恐怖を教えてあげる」
「「「闇夜の恐怖、ねえ…」」」
さようなら、名も知らぬ小鳥ちゃん。恐れを知らない戦士のように振舞うしかない小鳥ちゃん。
恨むなら己の迂闊さを恨んで頂戴。少なくとも私は自分の迂闊さを五百回くらいは呪ったから。貴女は良い妖怪だったけれど、その蛮勇さがいけないのよ。
…萃香と美鈴とパチェのふるぼっことか、鬼畜過ぎる。ことりちゃんがかわいそうです…
~side 慧音~
「がっ…!」
一糸乱れぬ弾幕の波が私の身体を無慈悲に撃ちつける。回避行動も防御すらも出来ず、私は勢いに逆らうことなく地面に叩きつけられる。
全身を巡る痛みと衝撃から、彼女の放った弾幕がそこらの連中が放つ弾幕とは全く異なる性質を帯びている事が改めて理解出来た。
成程、この弾幕はお遊び用に頭を捻って考えた弾幕じゃない。恐らくは殺し合い用の魔弾を無理矢理弾幕ごっこ用に作り替えた代物なのだろう。
一撃当たれば、命を断つとはいかずとも、人を行動不能に追いやるには実に充分過ぎる威力。スペルカードルールを鵜呑みに受け入れていないのだろう。
倒れ伏す私の前に、私を容易に撃ち落とした少女は、クスリと妖艶な笑みを零して私を嗤う。
「何、もうお終い?私に喧嘩を売っておきながら、その様?
ククク、無様、実に無様で滑稽だよワーハクタク。歴史を紐解き後ろ見ることしか出来ないくせに、自分の座位を履き違えたのかい。
愚か、実に愚か過ぎる。私は人里になど用は無い。そこに住まう人間になど微塵も興味など抱かない。それなのにお前は一人で勝手な
想像に走り、人里を歴史に隠し、無謀にも私に牙をつき立てようとした。嗚呼、全く持って愚昧、実に度し難い浅慮さよな」
その少女の言葉に、私は何一つ反論しない。私は自分の取った行動が彼女の言うように無意味なモノだとは思っていないのだから。
唯でさえ歪な月、そして幾人もの意志の感じられる夜を止める術。そんな異変の中で人里に訪れた二人の人物、それを知って人里の
護りを担っている私が行動に何も移さない訳が無い。人里を隠し、出迎えた来訪者を一目見て、私は自分の直感を信じて良かったと確信する。
人里の外に現れた少女――それはとびっきりに凶悪な威圧感と妖気を放っていて。常人なら傍に立つことすら許される濃密な気配だった。
壊れている。その少女は壊れている。私の中で酷く警告が鳴り響き、私は二言三言言葉を交わした後、その少女にスペルカードを叩きつけた。
だが、結果はこの様。敗北は見て明らかなれど、私はその蛮勇による行動によって二つの大切な情報を得る事が出来た。
一つは目の前の少女が人里の人間に危害を加える事はないということ。勝手に勘違いし、試した点については謝罪したいと思う。
だが、もう一つ。私が手に入れた情報、それに関しては見過ごせない。それは私にとって何より謎めいた情報で。
「はあ…つまらないわね。咲夜、行くわよ。無駄に時間を消費してしまったじゃない、どうしてくれるのよ」
「お嬢様、私の用件はまだ済んでおりませんが。人里の人間…この場合は目の前の彼女ですが、
この異変の犯人について何か知ってるなら情報提供を頼もうと…」
「コイツがする訳ないだろう?さっきから私の事を射殺さんばかりに睨みつけてくれている。
そしてコイツは死のうとも人里の連中を私達の前に現すつもりは無い。だから、時間の無駄だと言ったんだ。ほら、さっさと行くよ。
ワーハクタク、今宵私に喧嘩を売った事は見逃してあげる。せいぜい恐怖に震えて人里に引き籠ることね」
「はあ…それでは失礼いたしました。良い夜を」
少女についていたメイドが一礼し、二人とも私に背を向ける。
飛び立とうとする二人に対し、私は最後の気力を振り絞り、言葉を紡ぐ。それは私の知った何より大切な情報。
その情報の正誤を確かめる為に、私は彼女に挑みかかったのだ。他の誰でも無い、この少女に――
「――お前は一体誰だ?『レミリア』の姿を偽り、暗き空を翔け…この歪な夜に一体何を為そうとしている?」
そう、私の目の前から飛び立とうとする吸血鬼の少女…彼女は決して私の知人である『レミリア・スカーレット』足り得ない。
目の前の少女、彼女の姿は私の知人であるレミリアと瓜二つで。だが、知人だからこそ分かる事がある。彼女がレミリアである筈が無いと。
何故ならレミリアは私の事を知らぬ筈が無い。私の事をワーハクタクなどと呼ぶ筈が無い。そして何より、あの心優しい吸血鬼がこんな
禍々しい妖気を放つ筈が無いのだ。私の知る、人里の茶屋で共にお茶を啜っては和菓子談議に花を咲かせるような奇天烈な吸血鬼が
本物のレミリア・スカーレットならば、今目の前に居る少女は…
「…咲夜、どういうこと?」
「恐らくは美鈴かと。少なくとも私が母様と一緒に人里に行ったときに、彼女と母様が会話しているのを見た事がありませんので。
申し訳ありません…母様の人里での知人関係の情報は美鈴と共有し確認し合うべきでした」
「全くだよ…減点一。しっかりしてくれないと困るわね。今夜のレミリア・スカーレットはあくまで私。
劇の主役を演じているところに、舞台を指さされ『これは作り話だ』なんて言われては興醒めもいいところ。
完全で瀟洒、その看板は偽りなのかしら…っと、ああ、そうだ」
メイドに対して言葉を紡ぎながら、得体の知れぬ吸血鬼は私にゆっくりと視線を向ける。
その視線に、私は思わず呼吸すら忘れる。それは何処までも愉悦に満ち、そして何処までも冷酷で。
私の知るレミリアと同じ顔、同じ造形。それなのに、表情一つでこうも空気が変わるのか。私の知るレミリアは、それは野に咲く花のように
優しげな笑みを零していたが、今私の目の前に在る少女のそれは――
「――お前、もういいよ。劇の進行を邪魔する人間なんて不要だもの。そのまま朝まで無様に地を這ってなよ」
――それは、どこまでも冷たく凍てつく氷で出来た蒼い薔薇。
私を包むは、少女の掌から放たれた強大な魔弾。それが意識を失う前に私が覚えている最後の光景だった。
小鳥さん…もとい、夜雀の妖怪こと、ミスティア・ローレライが萃香達に喧嘩を売ってから二十分。
あの三人が相手ならミスティアはとっくの昔にフライドチキンにでもされたんじゃないか…そう思っていた時期が私にもありました。
「へえ~、貴女屋台開いてるのね。良いなあ、自分の城を持ってるなんて素敵じゃない」
「そう?えへへ、ありがと。レミリアが店に来たらサービスしてあげるから、是非とも来てよ」
「それは嬉しいわね。でも良いわね、自分の手料理を客に振舞う場所があるって。
私も料理やお菓子作りが好きで、家ではよく作っては家族に振舞っているんだけど…やっぱりお客とは違うからねえ」
「何?レミリアは自分の店が欲しいの?」
「欲しいっていうか…まあ、夢よね。自分の店を持って自分の作ったモノが食べたいという人達に自分の作ったモノを振舞い喜んでもらう。
それって本当に何気ないことだけど、とっても幸せなことだと思うのよ。少なくとも私にはお金なんかより余程値打ちのあるものに思えるわ」
「あ~、それは同感ね。私も作ったヤツメウナギをお客さんに食べて貰って『美味しい』って言って貰えると、思わずガッツポーズ取っちゃうし」
「あ、分かる分かる。私もよくやるもの」
私が今、雑談に興じているのは先程まで私達に散々喧嘩を売っていたミスティア。
…いや、多分何で?って思ってると思う。私も何でさっきまで意気揚々と喧嘩売ってた相手と意気投合してお話してるのか不思議なんだけど、
まあ、その原因は考え直せば間違いなくあの三人のせいな訳で…
「だ~か~ら!あんな夜雀くらい私が適当にあしらってやるって言ってるじゃないか!
とにかく魔弾を当てりゃこっちの勝ちなんだろ、弾幕ごっこって。余裕だって、楽勝だって!」
「信用出来る訳ないでしょ!?さっきも同じ台詞言ってたでしょうが!
パチュリー様に『試しに弾幕撃ってみろ』って言われ、その結果があの半径二十メートルはあろうかというクレーターじゃない!
あんなの当たったら夜雀なんか一発で死ぬわよ!アンタは弾幕ごっこで死人を出す気なの!?博麗の巫女のルールをまた破るつもりな訳!?」
「あーもー、次は大丈夫だって。夜雀が生き残れる程度には加減するって。ようは逃げられない弱い弾幕を張ればいいんだろ?」
「貴女、もう一度基礎からスペルカードルールを勉強し直したら?逃げ場のない弾幕張ってどうするのよ」
「アレも駄目コレも駄目って器の小さい連中だねえ!じゃあどうしろって言うのさ!」
「「だから私がやるからお前(貴女)は引っこんでろって言ってんのよ!」」
…あの三人、未だに口論続けてるし。しかも内容が『誰がミスティアの弾幕勝負の相手を務めるか』。三人が三人とも私がする私がするで
会議は紛糾、喧々囂々。肝心の相手であるミスティアは口論中に萃香が放った魔弾一発で完全白旗上げてるというのに。
萃香の放った魔弾は草原に着弾し、見事なまでにどでかいクレーターを作ってくれちゃってるし。何あの威力、ビッグバン・インパクト?
それを見て萃香の実力を知ったミスティアはもう見てるこっちが可哀そうになるくらいプルプル震えちゃってたし。分かるわあ、その気持ち。
私も萃香に連行されて鬼退治を持ちかけられたときは正直死にたくなったしねえ。あまりにミスティアが他人事とは思えなかったから、震えるミスティアを
傍に呼んで慰めてあげてたって訳。そして雑談に興じてたらまあ、気付けばミスティアと意気投合したっていうか。実はこの娘、面白くて良い娘だったのよね。
しかも料理が好きで屋台を持ってるらしいし。こういう料理好きな妖怪は大変貴重、お互い趣味も合ってこうして楽しく会話しているというお話。
…でも、ちょっといい加減そろそろ拙いかも。フラン追っかけないと朝になっちゃうし…というか、そもそもミスティアがいなくなれば
口論も収まるんじゃないかしら。ミスティアだって身の危険が無くなる訳だし。よし、ミスティアに教えてあげよう。
「ミスティア、今夜のところは帰った方がいいわ。萃香の実力、見たでしょう?
三人が口論を続けているうちに帰っちゃえば、あとは私がなんとか誤魔化してあげるから」
「…そうね、そうさせてもらうわ。ごめんねレミリア、面倒事押し付けちゃって。元はと言えば、私が喧嘩売ったから悪いのに」
「良いわよ、そんなの。この件はそうね…今度貴女の屋台に行くから、そのときにサービスして貰えればお釣りがくるわ」
「レミリア…うんっ!そのときは沢山サービスさせて貰うからね!それじゃレミリア、またねっ!
私はいつもこの辺りで夜に屋台開いてるから絶対に来てよ!約束だからねっ!」
「ええ、是非お邪魔させてもらうわ。それじゃミスティア、また会いましょう」
力強く私に手を振るミスティアに、私も笑って手を振り返す。本当、気持ちの良いくらい良い娘だわ。
私もあれくらいバイタリティに溢れていれば、自分のお店を持つ事が出来るのかしら…自分のお店、か。本当、ミスティアって凄いわ。
だけど、私だって負けてられない。何時の日か自分のお店、立派なケーキ屋さんを持ってミスティアと肩を並べるんだから。
そして人里で評判のお店となって、沢山のお客さんに支えられて、幻想郷一のケーキ屋さんに私の店は…
「ああもう!いい加減にしろ!火弾『地霊活性弾』!」
「いい加減にするのはそっちでしょ!彩符『彩光乱舞』!」
「ああもう二人ともうるさい!土符『レイジィトリリトン』!」
…って、えええええええ!?ななな、なんで三人ともスペルカード発動させてるの!?しかも味方同士で!?アホなの!?(そうだよアホだよ)
さ、幸いこっちには流れ弾は飛んでこなかったけど、一歩間違えば大怪我するところだったじゃない!馬鹿馬鹿馬鹿!私を殺す気なの!?
もう怒った!三人とも、今からお説教するわ!ちょっとこっちでOHANASHIするわよ!私のOSEKKYOUが火を噴くわよ!自分を棚に上げまくって
人生を悟った様な偉そうな言葉を並べたてて自分の正義を美化させて…
「きゃあああああああ!!!!!!」
「「「へ?」」」
「……え?」
突如響いてきた悲鳴に、三人は弾幕勝負をストップさせ、顔を見合わせる。
私も訊き覚えのある…というか、さっきまで聞いていた気がする声の悲鳴に、ゆっくりと頭をその方角に向ける。
その方角は確かミスティアが飛び去って行った方角で…その方角は三人の流れ弾が飛んでいた方角で…う、嘘…嘘でしょう…?そんな…そんな…
『ねえレミリア、私、いつの日か屋台じゃなくて本当のお店を持ちたいって考えてるんだ。
腰を落ち着けて、おっきなお店で沢山のお客さんを招いて…もし私の夢が叶ったら、レミリアもときどき手伝ってくれるかな?』
『名前を呼んで。初めはそれだけでいいの。“君”とか“あなた”とか、そういうのじゃなくて。
ちゃんと相手の目をみてはっきりと相手の名前を呼ぶの。私、ミスティア・ローレライ。ミスティアだよ』
『笑ってよ、レミリア…貴女はやっぱり笑ってる方が良い。からっぽなんて言ってごめんね…』
「あ…あああ…み…」
『――護るから…本当の、私の想いがレミリアを護るから――』
「柿崎(みすちー)ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「確認してきたけど、目を回して木に引っ掛かってたわよあの妖怪。
大した怪我はしてなかったけれど、とりあえず治癒魔法施しておいたからそのうち目を覚ますでしょ」
「そっか。そりゃ良かったよ。夜雀には悪いことしちゃったね。まあ喧嘩ふっかけてきた分、自業自得なところもあるけどさ」
「それじゃ、妹様の捜索を実行しましょうか…って、お嬢様、泣いてらっしゃるんですか?」
「ぐすっ…ミスティアが生きていてくれたのよ…こんなに嬉しい事は無いわ」
涙を拭い、私はフラン捜索続行の為に再び空を飛翔した(正確にはちび萃香が飛翔したの間違い)。
…さようなら、ミスティア。良い風が吹けば、また会う事もあるかもしれないわね…
私は貴女との再会をずっと待ってるから…だから、また会いましょう。貴女の還るべき場所はここにあるのだから…