「結論から言うと、無理だね」
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こ、これが固有結界、『無限の終製(アンリミテッド・オワタ・ワークス)』だというの?なんて出鱈目…じゃない!無理て!無理て!
困惑して思わず泣きそうになる私に、萃香は軽く笑いながら…って、笑うなあ!こっちは必死なのに!メチャクチャ必死なのに!
「まあ、とりあえず順を追って話そうか。レミリアの話をまとめると、つまるところ、
『レミリアの妹をとっ捕まえる為に力を貸して欲しい』ってことだろ?」
「そ、そうよ!美鈴もパチェも誰一人外に出たのが私じゃなくてフランだって気付かないし…ううう…私とフランを間違えるって…
アンタ達は私と一体何年の付き合いだって言うのよ…馬鹿美鈴、馬鹿パチェ…と、とにかくフランを止めたいのよ!
けど、私だけじゃフランを止められる訳が無くて…弱いし空飛べないし…でも萃香なら止められるでしょ?貴女、メチャクチャ強いじゃない」
「そうだねえ。少なくともアンタの妹程度の小娘に負ける気はしないね。殺し合いなら、十回やって十回私が勝つだろうさ」
「こ、殺し合いって…そんな物騒な話じゃなくて、私は貴女にフランを止めて欲しいだけなんだってば!
いいえ、止めるまでいかなくても、私をフランのところまで連れていってくれればそれでいいの!あとは私がフランと咲夜を説得するから!」
私が本当に怖いのは、フランじゃなくて、フランのところまで辿り着くまでの道程。
…や、だって夜の幻想郷を一人で飛ぶとか無理。私が五分しか空を飛べない以前に、夜の幻想郷は妖怪達がわらわらと蠢いているのよ。
そんな連中相手にミジンコ並の実力しかない私がどうこう出来る訳が無い。フランに会う前に私の人生の灯が間違いなく消え果てる。
本当なら美鈴、もしくはパチェにあの手この手で適当に言い訳を見繕って、護衛してもらうのが普通なんだけど…あの二人、フランの言いつけを
私の言いつけだと勘違いして梃子でも動きそうにないし。だからこそ萃香の力が必要なのよ!萃香君、たなびたいことがあるんだ。
「アンタの妹…フランドールだっけ?アレのところまで連れていくのは何の問題も無いよ。他ならぬレミリアの為だ、アンタに
群がる脆弱な有象無象共は私が喜んで全てを排してやる。だけど、それはこの館の外からフランドールまでの道のりの話さね」
「…何が問題なの?それだけで私の希望は叶っているっていうか…あ、あと空飛べないから私を抱きかかえて欲しいくらい」
「馬鹿だねえ、大問題が一つ残ってるじゃないか。この館から外に出る為には、何処を通らなきゃいけないのか忘れたのかい?
他ならぬ『レミリア』の命令を受けてるんだ。あれがそう簡単に私を外に出してくれるとは考えられないけどねえ」
萃香の言葉に、一瞬何を言ってるのかよく理解出来なかったけれど、私は一つの考えにすぐ辿り着く。
…そうだった。この館はお父様が残した結界が張ってあって、出入り口は唯の一つしか許されていない。そして、そこを護る最強の門番が
ウチには存在してるんだった。つまるところ、この館から外出する為には…
「…美鈴の護る門を何とかして抜かなきゃいけない。そういうことね」
「その通り。最初はこの館の結界をぶち抜くか、霧散化させるか…そう考えていたんだけど、それは時間が掛り過ぎる。
どこぞの魔女が入念に今なお結界を重ね掛けしてくれてるみたいだよ。結界を抜こうとすりゃ、明日の朝日が拝めるね」
「そ、それじゃ手遅れよ!朝なんてフランが一暴れ終わって帰ってくる頃じゃない!
そんな事になれば幻想郷中にまた私の汚名が響き渡って霊夢が成敗に…あ、あわわわ!駄目駄目駄目!却下却下大却下!」
「だろ?だから私達がフランドールを追うにゃ、門を抜くしか方法が無い。そこで問題になるのがさっきも言った通り、あの門番だ。
レミリアの話を聞く限り、あの門番は私達に道を譲るつもりは更々無いんだろ?」
「ないわね…美鈴、ああ見えて仕事になると凄く優秀だから。私の命令となると、多分何があっても門を護り通す気がする…」
「つまるところ、門を通るにゃアレの考えを変えさせるか実力行使しか無い訳だ。
そして後者の選択肢を選ぶとなると、私がアレを打倒しないといけないんだけど、私はアレを瞬殺出来る自信が無い」
…あの、萃香ってさっきからなんで殺すだの瞬殺だの物騒な言葉を使ってくれてるんだろう。
あれかしら。やっぱり分かり切ってたことだけど、萃香って根っからのバトルジャンキーなのかしら。魔装術とか使うのかしら。
だったら私も文殊の一つでも…いや、そうじゃなくて、何で萃香は美鈴を十秒KO狙い宣言してるのよ。そんなタイムレコード更新しろなんて誰が…
いや、そもそもなんで戦う前提?確かに美鈴をなんとかしないと門から出られないんだろうけれど、美鈴と戦うなんて問題外。美鈴が痛い思いするのは駄目だ。
「アレを倒す頃にゃ、これまた朝日が上っちゃうだろうね。だから私は無理だって言ってるんだよ」
「いや、無理も何も美鈴を傷つける選択肢なんて最初から存在しないわよ。
フランは自業自得だから拳骨一つくらいはって思うけど…とにかく、美鈴に暴力は絶対駄目よ。他の方法を考えないと」
「ふふ、アンタならそういうだろうねえ。うん、実にレミリアらしくて好ましいことだよ」
「そう?よく分からないけれど褒められてるのよね?とりあえずありがとう」
なんか褒められちゃったので素直に受け取っておく。とにかく、なんとか美鈴を出し抜く方法を考えないと。
うーん…美鈴、美鈴ねえ…ご飯の時間になると、門前から離れるし、夜食を作ってあげるとか。その間にあばよ、とっつぁーんって感じで。
これなら美鈴もハッピー、私もハッピー、万事解決じゃないかしら。おおお!何だか光が見えてきたわ!これは早速料理をする必要があるわね!
夜食に甘いモノ…っていうのは少し違う気がするから、お菓子じゃなくて普通のごはんね。ふふん、こう見えて私は実に家庭的な女の子。
お菓子作りほどではないけれど、普通の料理だってそこそこ良いモノ持ってるのよ?咲夜にはもう勝てないけど。あの娘、成長具合がチート過ぎるのよね…
夜食、夜食ねえ…あまり重くなくて、胃に溜まらないモノが良いかしら。OK、OK、その辺りから攻めていくとしましょうか。
名付けて作戦名『オペレーション・モグモグハンターズ』よ。それじゃ早速ミッションスタートね。
「それじゃ、少しばかり私は門番と話をしてくるよ。レミリアの邪魔をするなってね。
それで駄目だったら、その時はその時だ。方法を選ぶこと無く、強行突破させて貰おうじゃないか」
「…へ?あ、えっと、美鈴とお話するってこと?あれ、夜食は?モグモグハンターズは?」
「ま、そんなに長い時間は掛らないから少し待っててよ。それじゃ」
別れの言葉だけを残し、萃香はベッドの上から霧散していた。美鈴のところに行ったのよね、多分。
ううん、でも萃香がお話しても無理のような気がするのよね。美鈴、完全に私の事をフランだと思ってるし…私の邪魔するなとか言われても当然ハテナだろうし。
…あ、もしかしてこれって萃香の気遣いなのかしら。オペレーション・モグモグハンターズの為の時間稼ぎは私に任せろー!バリバリ!みたいな。
なんてこと、自ら時間稼ぎなんて縁の下の力モッチーを買って出てくれるなんて…萃香、貴女って人は。良い女過ぎるじゃないの。
ならば、私の為すべき事は唯一つね。美鈴の気を引く為の料理を、私の全身全霊全てを賭して作ってみせる。ふふっ、血が滾るわね、
瞳を閉じればあの暗黒料理会の連中と料理対決という名の死闘を演じ続けた日々を思い出すわ。(※そのような事実はございません)
「いくぞ門番王――小腹の空き具合は十分か?」
私がパチェの図書館から料理本を拝借して以来、鍛えに鍛えた料理とお菓子作りの腕前、しかとその舌に焼き付けなさいな。
紅魔館の主、その名が偽りでないことを教えて差し上げましょう。退屈な時間を漫画と小説とお菓子作りに情熱を費やし続けた凡人が
辿り着いた世界を知るが良い。最弱の私故に辿り着けた私故の戦場、世界一料理とお菓子作りが上手な吸血鬼の名は伊達じゃないのよ!
「…というか、他の吸血鬼が料理やお菓子作りなんてしないだろうから、私が世界一ってだけなんだけどね。しかも自称だし」
何となしに一人突っ込みをしながら、私は厨房の方へと足を向ける。
しかし美鈴の喜びそうな夜食かあ…おにぎりとか美鈴かなり好きなんだけど、それじゃ料理のし甲斐がねえ…具無しおにぎりが好物とか美鈴マジ小物。例えるなら首位打者取ったのに小物。
そんな美鈴の為に、おにぎり+何かでメニューをまとめましょう。ふふん、言われたことしかできない人間を三流、言われたことを上手にできてる人間で、ようやく二流。
美鈴に頼まれるまでもなく、食べたいであろうものを予期して用意する私は既に立派な一流なのよ。
~side 美鈴~
「――お前の気の構成は既に把握してるんだ。初対面ならいざ知らず、今の私相手に霧散して気配を消すなんて芸当が出来ると思うな」
館に背を向け、偽りに身を興じる月を眺めながら、私は言葉を紡ぐ。
常人なら感知出来ないであろう気配の歪み、気持ち悪さ。その異変を感知したが故の私の言葉に、私の背後では予想通りの人物が人の姿を形成していく。
「お見事!…なんてね。星熊の口癖だ、実力を認める相手には人妖構わず口にしたもんさ。無論、アンタにもね」
「…奴の名前は口にするな。フランお嬢様ならまだしも、アレに負けた事実は一秒たりとも記憶に留めたくはない」
「だが現実だ。星熊にお前は勝てなかった、まあ、今のお前ならもっと面白い結果にはなると思うんだけどねえ」
「喧嘩を売りに来たのか――伊吹萃香」
「そう逸るなよ――紅美鈴」
振り向き、私は視線の先の人物、伊吹萃香を強く意思を込めて睨みつける。無論、こんな脅しなど奴には何一つ意味を為さないだろうけれど。
当然のように私に苛立ちには意を介さず、伊吹萃香は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「傍観に徹させて貰っていたけど、なかなかどうして喜劇を用意してくれる。もっとも、舞台からレミリアを除したことは減点だけど」
「…お前か、お嬢様を目覚めさせたのは」
「馬鹿かお前は。私はただレミリアを介抱しただけだよ。なんせ家族と想い愛する連中に睡眠薬なんてふざけたモノを盛られたんだ。
後日、レミリアがそんな事実を知って傷つき悲しむ事が嫌だっただけだよ。だからレミリアの体内の睡眠薬を全て意味を為さぬ要素まで霧散させて貰っただけさ。
その結果、レミリアに睡眠剤の効果は意味を為さず、目覚めてしまった…それだけのことさね」
伊吹萃香の言葉に、私は口を閉ざす。奴の言葉に僅かながら怒りが込められていたからだ。
それは間違いなくお嬢様の為の怒り。お嬢様の想いを踏み躙る私達への憤り。なればこそ、私は何も言えない。言い返せない。
何故なら私達の行動と伊吹萃香の行動…そのどちらがお嬢様の想いに沿っているかなど、考える必要すら無いのだから。
「ま、その件についてはどうこう言うつもりはないけどね。私も自分の意志でレミリアを好き勝手振り回したんだし。
今回はそんな下らない議論をしに来たわけじゃなくて、私の考えをお前に伝えておこうと思ってね」
「考え…?」
「ああ、そうさ。私、伊吹萃香は勿論レミリアにつくよ。
レミリアの願いを叶えてあげたいからね、レミリアを何が何でも妹の下へ届けてみせる。レミリアの望みを叶えてみせる」
伊吹萃香の言葉から漏れた言葉――それを聞いて、私は間髪を入れずに拳を奔らせる。
けれど、私の行動は予測済みだったのか、伊吹萃香は何ら慌てることなく私の拳を容易く掌で受け止めてみせた。
「逸るな、私はそう言った筈だけどね。レミリアのことになると、本当にお前達は御し易い」
「…囀るな。お嬢様は今宵、一歩も館の外に出る事は無い。偽りの月をフランお嬢様が穿ち砕いて、それで終わりだ」
「鬼を前に砕月を語るか。偽月に踊らされ、喜劇を彩る一員に過ぎないひよっこ蝙蝠の分際で」
「私の前でフランお嬢様を愚弄するな。次はその首無いモノと思え」
「ただの買い言葉だよ、そう憤るなって。それよりもいい加減、拳から力を抜いて欲しいんだけどね。
私はお前と殴り合いをしにきた訳でもないし、そんな時間すら惜しい。お前の口から引き出したい言葉は唯一つ、お前『達』がどちらにつくか、だ。
返答次第では、ここでお前達の相手を受けてやっても良い。そんな滑稽劇に興じる趣味は微塵も無いが、レミリアの為ならば仕方が無い」
その言葉に、私は軽く舌打ちをして拳を引く。歴史に名を残す鬼だ、流石に気付かれていたか。
伊吹萃香の指摘に応じるように、気配封じの魔法を解いて、彼女の背後にパチュリー様が現れる。このレベル相手じゃ、不意打ちも意味を為さない。
「…お見事、貴女達風に言うとそうなるのかしらね」
「馬鹿にしてくれるなよ、妖術者。お前のような狡猾な人間をこれまで一体何人相手にしてきたと思ってるんだ。
しかしまあ、成程、確かに良手だ。お前達二人がかりでの足止めなら、私がレミリアを連れ出す頃には、大空に日輪を拝めるだろうさ」
「分かってるじゃない。私と美鈴に与えられた本当の役割は、レミィの足止めじゃなくて貴女の足止め。
行かせないよ、百鬼夜行。私達二人なら、お前に勝てないまでも、足止めなら充分可能だもの。精々心行くまで躍って貰うよ」
「その行動がレミリアの心に反してもかい?レミリアの望まぬ道であってもかい?
本当、つくづくお前達は度し難い。レミリアを一に謳っておきながら、誰よりレミリアの心を、想いを誰よりも裏切り続ける。
お前達は何の為にレミリアに仕えているんだ?主の望む道を共に行き、主の望む道を邪魔する輩を排する為に、その力はあるんじゃないのか?
レミリアが傷つくのが怖いなら、その分お前達が強く在ればいい。己が想いと命を賭して、どんな相手に対しても凛と相対し守り抜けば良い。
レミリアは私に対して強く在り続けたよ。娘を護る為に、どんなに叶わぬ相手にも唯強く強く在り続けた。自分の絶対を、理不尽相手に貫き通したんだ。
それをお前達は何をやっているんだ?レミリアの心を裏切ってでも、レミリアを危険な目にあわせたくなければ、館内に監禁でもすれば良い。
両足を圧し折ってでも、館の中に閉じ込めてしまえばいい。そんな覚悟も無いのなら――いい加減、中途半端な気持ちでレミリアの邪魔をするなっ!!迷惑なんだよ!!」
その一喝に、私とパチュリー様の表情が苦虫を噛み潰したように曇っていく。
私は伊吹萃香の言葉に苛立ちと悔しさを感じてしまう。何も知らないくせに。お嬢様がどれだけ私達にとって大切な存在なのか、何も知らないくせに。
私達にとって、お嬢様は絶対の存在。お嬢様が居るから、私達は生きる意味を見つけた。お嬢様が居るから、私達は私達は生きていられる。
そんなお嬢様を失う事、それがどれだけ恐ろしいことか、想像すらしたくない程に怖いかお前に分かるものか。お前がお嬢様に手を加えていたとき、
私達がどれだけ絶望したか分かるものか。お嬢様は、レミリアお嬢様は私達の太陽なんだ。それを、それをお前如きが――何故、誰よりもお嬢様を想い行動しているんだ。
何故つい先日知り合ったばかりのコイツが、お嬢様の心に沿っているんだ。何故コイツが、お嬢様の想いを誰よりも汲み取っているんだ。
お嬢様を護る為、お嬢様の未来の為、そんな蠱惑的な言葉でどんなに彩られても、それは決してお嬢様の想いに沿った行動なんかじゃない。結局、
それはお嬢様の意志を踏みにじり、無視し、私達がお嬢様をマリオネットのように背後で踊らせているだけに過ぎない。
フランお嬢様とパチュリー様が立てたこの計画、私とて何ら違和感を覚えなかった訳じゃない。けれど、お嬢様の為ならば仕方が無いという
言葉で自分を欺き続け、お嬢様の意志を無視するという汚い事実から目を逸らし続けていた。
最初から最後まで反対し続けたのは、お嬢様の娘である咲夜だけ。そう、思えば最初からお嬢様の本当の意味での味方は咲夜だけだった。
レミリアお嬢様の為だからという免罪符をもって、私は一体何度お嬢様の心を踏み躙ってきただろう。一体何度影でお嬢様を裏切ったのだろう。
「…へえ、流石はレミリアに一番仕えてきただけのことはある、か」
「…美鈴!?」
お嬢様は私に世界を与えてくれた。お嬢様は私に生きる意味を教えてくれた。お嬢様は私が共に生きることを許してくれた。
お嬢様が夜空を舞い続けたあの日の誓いを、私は今も忘れていない。忘れてなんかいない筈なのに。
『――誓いましょう。紅美鈴、我が全てを賭してレミリアお嬢様の為に生き、その心に沿い続けると』
嗚呼、馬鹿だ。本当に私は馬鹿だ。お嬢様を想うあまり、お嬢様を望むあまり、私は大事な事を見失ってしまっていた。
あの日の誓いを、お嬢様に誓った言葉を、私は裏切り続けている。私のすべきこと、お嬢様の為に為すべき事なんて最初から決まっていた筈なのに。
私に名を与えてくれたお嬢様。私に笑顔を向けてくれたお嬢様。愛している。咲夜も、パチュリー様も、フランお嬢様にだってその気持ちは負けていない。
お嬢様の為に――否、レミリアの為に生きると誓った。レミリアの笑顔の為に生きると誓った。それが紅美鈴の生きる『本当』の意味ではなかったか。
ならば、私がすべきことは、一体何だ。伊吹萃香の邪魔をして、お嬢様の足止めをすることなのか。レミリアを紅魔館という檻に閉じ込めることなのか。
気付いてしまえば、あとは簡単で。本当に、私は馬鹿だ。私のすべきことは、こんなことじゃない。こんなことじゃなかった筈だ。
私がここに存在する意味、私がこの世界に生きる意味、私は――レミリアの笑顔を誰より傍で護りたいんだ。その役割は、ぽっと出の鬼なんかに絶対に譲ってなんかやれないのだから。
「美鈴…貴女」
「…パチュリー様、申し訳ありません。伊吹萃香の言った言葉、その全てが正しいなどとは微塵も思っていません。
ですが…ですが、私達の行動がレミリアお嬢様の心に反している、それだけは揺ぎ無い事実です。
今更だとは思います。自分でも愚かしいとは思っています。ですが…ですが、もう私はお嬢様を裏切れない…」
「…本当、今更ね。ここまで手を貸しておきながら、最後の最後に掌を返すなんて」
「罵言は全て受け入れます。ですが…私はここでリタイアです。フランお嬢様からの処罰は全て後日受けるつもりです。
私の拳はお嬢様を護る為に存在している…私の命はお嬢様と共に在る。なればこそ、私はこの計画に最初から参加すべきでは無かったのかもしれません。
お嬢様に頭を下げ、許されるならば今度こそお嬢様の為に生きる私で在りたい…お嬢様の為に生きる、それが私の誰にも譲れない誓いなのですから」
勝手だと思う。今更だと思う。この罪はどれだけ頭を下げても許されないかもしれない。
だけど、それでも私は願う。お嬢様の為に生きたいと。お嬢様の心に沿いたいと。お嬢様の笑顔の為に在りたいと。
それがお嬢様の羽ばたきに魅せられた一人の妖怪の生きる意味。乾いた心に満たされた想いなのだから。
頭を下げる私に、パチュリー様は大きく息をつき、首を振って言葉を紡ぐ。その口から紡がれたのは、毒などでは無くて。
「仕方無いわね…美鈴、事情は後でフランドールにしっかり自分で話して頂戴。
お仕置きは覚悟してるみたいだし、最悪半殺し程度で済ませてくれるわよ」
「勿論、覚悟の上です」
「そう…なら話は早いわね。美鈴が『そう』決めたなら、私達が取るべき道は唯一つだわ。
偽月が地上から消え去るまでそうはかからない…その間、何に代えてもレミィは絶対に護り抜くよ。三人いれば何とかなるでしょう」
「…へ?え、でも、良いんですか?」
「良いも何もないでしょう。私一人で貴女と伊吹萃香を止められる訳が無い。ならば、レミィを護る側についた方が余程合理的だわ。
それに…正直なところ、貴女の『裏切り』は私達にとって遅過ぎたくらいだわ。何時の日か貴女がレミィの為に動く事くらい
フランドールは見抜いてたよ。貴女がレミィについたなら、サポートするように言われているしね」
「なんだいなんだい、全てはあの小悪魔の掌の上ってかい。にゃははっ、やるねえレミリアの妹も!」
「全くです…本当、フランお嬢様は…」
そう愚痴りながらも、私はフランお嬢様に感謝する。
フランお嬢様はきっと、私に接触した百数年余りも前からこの未来を予期していたんだろう。
私が選択を迫られた時、必ずレミリアお嬢様の傍につくと。だからこそ、私をレミリアお嬢様の傍に居続けることを認めていたんだろう。
逆に言えば、私は絶対に落とせないバトンを受け取ったということ。これから先、どのようなことが待ち受けていても、必ず全身全霊を
賭してレミリアお嬢様を護り抜かねばならない。その責任と喜びに思わず肌が奮え立つ。そうだ、それこそが私の望む未来、望む在り方だ。
感謝する。フランお嬢様に、パチュリー様に、そして私の全てを思い出させてくれた伊吹萃香に。
「さて、説得も無事に上手く行ったことだし。あとは紅美鈴、アンタが『アレ』を処理するだけさね」
「…『アレ』?」
伊吹萃香が笑って指をさす方向を見て、私とパチュリー様は互いに堪らず笑みを零してしまう。
その指の先に在るのは、私が追い求め続けた優しいお月様。私の敬愛すべき主、レミリア・スカーレットその人。
そんなお嬢様が意気揚々とトレイに乗せて運んできているおにぎりとスープを眺めながら、私は思うのだ。コレは実に遣り甲斐のある大仕事だと。