嵐のような萃香無双事件(別名私と咲夜がフルボッコにされ事件)が終了して一週間。
あの一日が夢だったかのように、私の生活は穏やかな日常を取り戻すことに成功していた。具体的に言うとウチでの宴会がピタリと止まったりしてる。
まあ、最近は本当に宴会宴会また宴会と、ガンバリストならぬヒキコモリストとして金メダルを狙える逸材である私には
少しばかり大変な日程だったから、これは良い機会だとばかりに私はここ数日本当に腐りに腐った堕落の毎日を送っている。
ここ最近で私、理解したのよ。幾らパチェが妬ましいからといって、無理にリア充ぶったって良いことなんて何一つないんだって。
所詮私は月見草、日陰でしか生きられない(実際に生きられません。死にます)駄目駄目女。なればこそ、その現実を受け入れることこそが
新しい第一歩の始まりなんだと思う訳よ。そう、私は輝かしい未来の為に、今の自分を受け入れたの。後ろ向き過ぎる?いいえ、これは立派な前向き思考なのよ。
さて、必死な自己肯定もこれくらいにして。
あの騒動から私の生活で変わったものと言えば、紅魔館の住人が一人増えたことくらい。その人物は勿論、萃香。
私の引き留めを受け入れた萃香は、その日からこの館で過ごして貰ってる。ただ、萃香が居る場所は専ら私の部屋。
折角萃香に一室良い部屋を与えたのに、当の萃香がその部屋に居る事は殆どない。大抵、私が自分の部屋で漫画を読んだり
横になってる横で、酒を飲んだり眠ったりしてる。まるで部屋の同居人…というより、むしろネコか何かを飼ったみたいな感覚がする。
でも、萃香は私の生活に何の文句を言う訳でも無し。それどころか、暇なときは雑談の相手にもなってくれる。私が本当は弱いことも
唯一知っている為、こちらが無駄に仮面を被ったり気取ったりする必要も無いから、本当に楽で良いのよね。
以前、ダラダラしてばかりの私を見ても、萃香があまりに何も言わないモノだから、私に小言とか言ったりしないのかって訊いたら、
萃香は笑って『言う必要なんてないだろう?レミリアがレミリアらしく自分の心に沿って生きる限り、私は何も言わないさ』なんて
男らしい答えが返ってきたのよね…ごめんなさい、萃香、私が自分の心に沿って生きたら吸血鬼人生終わっちゃう。堕落的な意味で。
まあ、そんな感じで私の生活は以前同様+萃香って感じ。あまり変わらないかな。
あと、変わったところは…そういえば一つだけあったわ。最近、咲夜がちょっとだけ様子がおかしかった時期があった。ものの二日くらいだったけれど。
なんていうか、思いつめてるっていうか、少し落ち込んでるっていうか…とにかく、ちょっとした違和感があったのよね。
常人なら気付けないだろうけれど、私は誰よりも咲夜を見てきたからね。お母さんだからね。そんなの一発で気付くのよ。
けど、咲夜が私相手に悩みを吐露したりする訳がない。あの娘、私の前では凄く大人ぶるっていうか、完璧であろうとするっていうか…
とにかくそういうところがあるから、私相手に相談なんてする訳がないのよね…それとなく何かあるなら話しなさいって言ってみたんだけど
全部空振り。で、しょうがないから、強行突破の実力行使。夜、咲夜の部屋で咲夜が仕事終えて就寝にくるまでずっと一人で待ってた。
部屋に入るなり、何故か私が居たことに驚く咲夜に対し、久しぶりのお母さんモードになって咲夜と二人でOHANASHIタイム。
困惑する咲夜に、私は『何か辛いことや苦しい事があるなら相談して欲しい』『私が駄目でも、貴女には美鈴だってパチェだってフランだって居る。
一人で何でも抱え込もうとするのは止めなさい』『どんな小さな悩みでも、それが咲夜の悩みなら下らないなんて一蹴することは絶対にないんだから』
とか、まあ、今思い出すとそれはもう羞恥で枕に顔を埋めたくなるような台詞のオンパレード。もしこれで咲夜に悩みが何もなかったら軽く死ねる勘違いレベル。
けれど、なんとか私は勘違い女になることはなく。私の言葉を聞いた咲夜は、今まで溜め込んでいたモノを吐きだすように泣きだした。
私の胸の中で何度も何度も謝ってた。『ごめんなさい。役に立てなくてごめんなさい。母様を護れなくてごめんなさい』って。
咲夜の独白を聞き、私はようやく理解した。咲夜が悩んでいたのは萃香と私が限界バトルぶつけあって燃え尽きて最高になった時のことだった。
…いや、そこで何で咲夜が謝るのか私には理解出来なくて。むしろ咲夜、萃香相手にタイマン張ったんでしょ?私を護ろうとしてくれたんでしょ?
それの何処に謝る必要があるのか。萃香に勝てなかったことを言いたいのなら、そりゃ無理よ。あれに勝てるのは紫とか幽々子とか文字通り
人間止めてアルティメット・シイングになってる連中くらいしか。咲夜がそんなのに仲間入りしたら母さん本気で泣く。そして出家する。
だから、咲夜が自分を責めるのはお門違いで。むしろ私が咲夜を護れなかったと言われても仕方ないくらいで。…いや、そもそも
私が咲夜以下どころが一般人以下の力しかない時点で、そんな論議をすることの方がおかしい訳で。
とにかく、咲夜は何一つ悪くない。咲夜が悲しむ理由も悔やむ理由も何一つ無い。でも、この娘は馬鹿に生真面目で優し過ぎるから、
こんなことにも心を痛めて悩んでしまう。本当、仕方の無い娘だと思う。仕方の無さ過ぎる程に真面目で優しい娘。一体誰に似たんだか。雀が鳳凰を生んじゃったのね。
そんな咲夜に、私は馬鹿ねと笑いながら、抱きしめ続けてあげた。そんなこと、気にすることなんて無かったのに。そんなこと、悩む必要なんて無かったのに。
咲夜が泣きやむまで、私は咲夜の頭を優しく撫で続けた。咲夜が気の済むまで、私は咲夜に微笑み続けた。
その日の夜は、久しぶりに咲夜と一緒のベッドで眠った。私の自慢の一人娘、その愛しさを改めて確認出来た夜だったわ。
次の日から、咲夜はいつも通りの咲夜で。元気に紅魔館で働く姿を眺めながら、私は咲夜の心の閊えが取れた事を理解した。
…あと、余談なんだけど、咲夜が私最弱に気付いちゃってるんじゃないかとちょっとだけ不安だった。あのとき咲夜は気絶していたけど、
私が萃香にズタボロにされてるときに目を覚ましたりしたかもしれないし。まあ、私の情けない姿なんて見たら、夢か何かと勘違いするでしょうけど。
結局、咲夜は私VS萃香(VSとか書くことすらおこがましい)自体を知らず。どうやって解決したのか訊かれたから…まあ…いつもみたいにうやむやにごにょごにょって。
…何か途中から話が逸れちゃってるけど、紅魔館の変化はこれくらいかしら。
相も変わらずパチェは本の虫で図書館に篭もりまくりだし、美鈴は門前で昼寝したり妖精の子らと遊んだりしてる。
フランは…そういえば最近会ってないけど、まあ、フランもどうせいつものように地下室でのんびりしてるでしょう。そのうち
私と顔を合わせたら『お姉様いい加減漫画趣味止めません?良い年齢した淑女が漫画って…はあ』なんて憎まれ口の一つでも叩くでしょうし。くききー!!
そういう訳で、誰も咎めないから、私は今こうして自堕落お気楽生活三昧って訳。リア充を目指す?ありゃ嘘だ。だがクズは見つかったようだぜ…はい、私です。
いいのよ、戦士には休息も必要なの。なんせ萃香にフルボッコにされ、身体の傷は癒えても心の傷はまだ時間が必要なの。よし、今良い言い訳だった。
そういう訳で、私は戦士としての休息を今、身体全体に与えているの。家の外になど行かぬ、向わぬ、飛びださぬ。帝王に外出の二文字は無いのよ。
…だから、私は家で引き籠りたいっつってんでしょうが、このダラズ。
そんな私の気持ちを数パーセントでも理解出来てくれたら…ああ、そんなの無理よね。だって相手、魔理沙だもんね。
「おっ、こりゃ結構大物が掛ったかもしれん。見てろよレミリア、今度は間違いなく湖の主をゲットだぜ!」
「どうせまた水草か何かに針が引っ掛かってるだけでしょ。貴女の浮き、全然動いてなかったじゃない」
「いやいや、きっと相手は浮きにすらも反応させないような熟練の…って、ああああ!?糸が切れた、この手の感覚は間違いなく糸が切れたって!」
隣で大騒ぎする魔理沙を横目に、私は自分の持っているピクリとも動かない竿の先を見つめ続けている。
さっきからワーワー言ってる魔理沙とは対照的に、釣りを初めて三十分は経とうと言うのに、私の釣り竿はピクリとも動きゃしない。
あれかしら、もしかしなくても私嫌われてるのかしら。魚にすら無視されるってどんなレベルよ私。何これ、軽く泣くわよ?泣いていいのコレ。
私は軽くため息をつき、空を見上げる。私と魔理沙の座っている場所は木陰ということもあり、直射日光こそ当たらないものの、
初夏の暑さは何一つだって和らいじゃいない訳で。何が言いたいのかというと、もう釣りなんか止めてお家に帰りたい。割と切実に。
そもそも、どうして私がこんなクソ暑い中釣りに興じているかというと、話は一時間前に遡る。私が自室でゴロゴロしてると、
部屋の窓が急に開かれて、そこから魔理沙がイントゥーザルーム。イントゥーザって何かカタカナで書くと格好良いわね。ゴルベーザみたいな。オンミョーザみたいな。
まあ、そんな唐突おてんば魔法少女は、私の顔を見るなり開口一番『遊ぼうぜ』。いや、まあ、魔理沙が遊びに来てくれたのは嬉しいんだけど、
その遊ぶ内容が外で魚釣り。紅魔館の湖で魚釣り。それも最近妖精達が噂してる湖の主とかいう眉唾物を釣り上げたいらしい。
その時点で私はやる気ゼロで魔理沙の誘いをお断りします( ゚ω゚ )だったんだけど、魔理沙が人の話なんか聞く訳も無く。
どうやら私が参加するのは確定事項で、どうせなら大人数でやった方が効率が良いとかで、霊夢とアリスと妖夢まで連れてきた。いやいやいや、
何でアンタ達来てるのよ。まさかそんなに魚釣りがしたいの?この暑い中?馬鹿なの?死ぬの?(←日光にやられて主に私が)
そこまでは流石に言えないけど、何で参加したのか理由を聞くと、それぞれこんな感じ。
霊夢『湖の主以外の魚をくれるって言ったから』 …霊夢、ご飯なら紅魔館に来てくれれば何時だって食べさせてあげるのに。
アリス『魔法で複製した糸の強度を確かめてみたいから』 …アリス、貴女本当にパチェと同類だわ。立派な魔法オタクよ。
妖夢『幽々子様が湖の主を食べてみたいと仰ったので』 …幽々子、貴女実はアホの子でしょう。それ以上に妖夢、貴女もアホの子でしょう。
もう全員が全員こんな理由で魚釣り大会に参加しようって言うんだから…この場で私が『私パス』なんて言える筈も無く。
流れ流れていつか消えゆくとしても、って感じで私は時の河のように流されて参加、そして今に至るって訳。
あと、始まる前に、魔理沙が『どうせなら、主釣りだけじゃなくて釣った魚の数でも勝負しようぜ。負けたチームは晩飯奢りな』とか
言いだして、チーム分けの結果、私・魔理沙チーム、霊夢・咲夜チーム、アリス・妖夢チームになったわね。
ちなみに咲夜が参加してるのは、私が無理矢理参加させた。最近咲夜も仕事ばかりだし、こういうリフレッシュも良いんじゃないかって。
…いや、まあ、単に魔理沙が『チーム分けするには人数足りないから美鈴か咲夜を貸してくれよ』って言われたというのもあるけど。
咲夜を誘う時に、暇そうに酒を飲んでた萃香も誘ってみたんだけど、『私は眺めて楽しんでるよ』と断られた。まあ、普通はそうよねえ。外暑いし。
そんな感じでいざ釣り大会が始まったものの、私達『レミマリチーム』はモノの見事に釣果ゼロ。チーム名の命名者は当然魔理沙。レミマリて。もっとこう、あるでしょう?
例えば魔法吸血鬼リリカルれみりゃとか、魔法吸血鬼レミま!とか。今の流行風に言うなら、とある魔法使いの吸血鬼とか。他にもほら…
…話を戻すわ。釣果ゼロなのは当然も当然。だって、私は魚釣りなんてするのが初めてだし。針に団子(?)みたいなの丸めてつけて湖に降ろす
くらいしかやってないし、そもそもいつ釣り上げるのか分からない以前に、魚が何故か食いつかない。見事なまでにチームのお荷物…そう思うでしょう?ところがどっこい、
実は我がチーム一番のお荷物は相方の魔理沙だったりする。魔理沙の奴、湖の主に狙いを絞ってるから、普通の魚じゃ食いつけないような馬鹿みたいに
どでかい釣り針と餌を使ってるのよ。針の予備を十個も持ってきた魔理沙の姿を見た時、私は呆れることも忘れてただただ笑うしかなかった。
あと、魔理沙が使ってるのは全長三十センチはあろうかというミミズちゃん。本当、お願いだから私にそれ近づけないで。あと女の子が
ミミズに触ってニヤニヤしないで。本当、なんていうか怖いしキモイ。そんな馬鹿でかいミミズなんか何処で手に入れたのよ。そのミミズ絶対Tウイルス感染してるわよ。
そういう訳で、魔理沙と自分の状況を冷静に分析して、私達の負けは確定ってところ。…まあ、いいけど、勝ちたいなんて思ってなかったし。
ああ…でも、相方が霊夢か咲夜なら、私が足を引っ張ってもあるいは…この際、アリスか妖夢でも…く、悔しく何かないんだからね!勝ちたくなんかないもん!
とまあ、早々に勝利を諦めた私は魔理沙の破天荒な釣りを眺めつつ、自身のピクリとも動かない釣竿を握ってる。本当、早く終わんないかな…
「…なあ、レミリア。一つ、質問良いか?」
大きな欠伸を一つして、居眠りでもしようかなと考え始めた頃、隣に座ってる魔理沙から改まったような声が掛けられる。
何?もしかして『真面目に釣る気あるのか?』でも言うつもり?そんなの初めからNOよ!私に釣りをさせたいなら、今すぐ私に英知を授けてみせろ!主に釣りの正しいやり方とか!
魔理沙の問いに私は声を返すことも無く小さく頷いて答えを返す。それを見て、魔理沙は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと再び口を開いた。
「お前、なんであの鬼と暮らそうと思ったんだ?」
「…は?」
…いや、正直自分でも魔の抜けた声を出してしまったことが分かった。それぐらい、魔理沙の問いは意図が掴めない問いだった。
鬼って…間違いなく萃香のことよね。何で魔理沙がそんな質問を?魔理沙の知りたい事が良く分からない私は、とりあえず訊かれたままに答えることにする。
「萃香のことが気に入ったから。一緒に居たいと思ったから。それだけだよ」
「っ…だから、それが何でっ!」
魔理沙の声に私は思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。鬼怖っ!いやいやいや、え、何この流れ?何で魔理沙怒鳴ってるの?
え、え、何、今私変なこと何一つ言ってないわよね?萃香は良い奴だし、好きなのも本当だし、だから一緒に居たいって思ったんだし。
いや、そりゃ萃香にはボコボコにされたけど…でも魔理沙がそんな事知ってる訳ないし…え、本当に意味が分からない。と、とりあえず…
「落ち着きなさい、魔理沙。はっきり言うけれど、感情が安定しない人間との会話は嫌いだわ。
言葉を幾ら重ねれど、話が通じない、相手は理解しようとすらしない。この世に、これ程腹の立つことも無い」
「ん…悪い、ちょっとらしく無かった」
「本当よ。それで、貴女は何を怒っているの?私が萃香と仲良くしてるのが気に食わないの?」
「いや、私はそんなに子供じゃない…と、思う」
…何この会話の流れ。何か知らない、何かは知らないけれど、何か物凄く嫌。メチャクチャ嫌。
落ち着け、落ち着くのよレミリア。オーケイ、私はどんなときでも冷静沈着、クールビューティーでトランシルバニアな吸血鬼、れみりゃ・バトリー。
とりあえず真虎咬…じゃない、深呼吸。そして秘密の呪文を十回繰り返すの。秘密の呪文は私に勇気を与えてくれる。せーのっ
私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル。
…よし、仕上げは上出来、制服のリボンも結び直した今日こそ言えそう。さあ踏み込めレミリア。嫌な空気を切り裂いて牙無き者の牙となるのよ。
「まあ、魔理沙が萃香を少なからず嫌っているのは理解したわ」
「嫌い…な訳じゃない。ただ、なんていうか、納得が出来ないっていうか…
分かってるんだけどな?本当は私なんかが口を挟むべきじゃないって。挟むべきは私じゃなく、咲夜や美鈴なんだって」
「…咲夜と美鈴?どうしてそこで二人が出てくるのか私には全く理解出来ないんだけど…」
「唯の例えだよ。私がするよりはってだけだ。けどなあ…レミリア、本当に良いのか?
あの鬼娘を信用して紅魔館に置いてたら、何か問題を起こすかも…」
「起こさないわよ。萃香はああ見えて頭の回転がすこぶる早い。そんな無意味なことに労力を割く程馬鹿じゃない。
それに問題を起こされたところで私が館の玉座に君臨してるのよ?それを高々小鬼一匹がどうこう出来るとでも?」
出来ます。むっちゃ出来ます。むしろ虐殺されます。萃香ジェノサイドです。
まあ、でも、最初の方に言ったことは本当。萃香が何か問題起こすような娘じゃないのは知ってるし、そもそも萃香が本当に
私に何かしようと思ったら既に行動を起こしてる。だって萃香が私達を殺すことなんて簡単なんだもん。萃香、紫クラスだし。
でも私は萃香がそんなことしないと知ってる。だからこそ、私は萃香と一緒に過ごしてる。まあ、そんな事情を魔理沙には流石に話せないけど。
…それにしても、まさか魔理沙がそんな心配をしてくれるなんて。魔理沙に咲夜の過保護でも感染したのかしら。
本当、魔理沙って何だかんだ言って良い奴だと思う。いつも好き勝手に行動して人を振り回してるように見えるけど、
その実、大事なことは絶対に忘れない。傲慢な吸血鬼(私は違うんだけど、一般論で)が相手でも、魔理沙は心配してくれる。私の身を案じてくれる。
そんな魔理沙の心遣いが私には何より嬉しかった。ありがとう、魔理沙。魔理沙相手に本当の事情を話せないのは心苦しいけれど、だけど
気持ちだけは大事に受け取っておくから。心の中で一礼し、私は魔理沙に言葉を返す。
「実に瑣末な事よ、霧雨魔理沙。私と萃香の事なんて、貴女の短い貴重な生の中で時間を費やすような問題じゃない」
「命短し行動せよ乙女、だろ。私の人生に無駄な時間なんて無い、私の思うがままに行動するのが私にとっての有意義な時間の使い方だ」
「はあ…この頑固者。それじゃ、貴女は私に何をどうしろって言うのよ。萃香を紅魔館から追い出せとでも?」
「いや、それじゃ私が悪者みたいじゃないか。もっと私の心が気持ちよくすっきり出来る爽やかな解決法を提示してくれ」
「ああ言えばこう言う。私が萃香は何もしないと言っても納得しないくせに。
それじゃ、紅魔館が萃香にどうこうされそうになったら助けて頂戴。なんせそんな下らない杞憂に頭を悩ませてくれる友人なんだ、
私の事を勿論助けてくれるんだろう?もしそんな状況になったら、私は甘んじてお姫様させてもらうとするわ」
馬鹿らしい、と鼻で笑って告げる私に魔理沙は少し考える仕草をみせる。
…まあ、もしも、本当にもしもだけど、私がそんな状況になったら迷わずヘルプして欲しい。咽び泣いて感謝するから。
でも、私=強い吸血鬼らしいから、誰もそんな行動とったりしないでしょうけど。してくれるのは紅魔館のみんなくらいかしらねえ。
そんなことを考えていたら、どうやら結論が出たらしく、魔理沙は楽しげに笑いながら口を開いた。
「うん、そうだな、そうすればいいんだ。嫌いでもない奴の腹を探るより、そっちの方がよっぽど私らしい。
という訳でレミリア、何か困った事があればいつでもお姉さんに相談にくるんだぜ?私がいつでもレミリアを護ってやるから」
「誰がお姉さんだ、小娘。私は貴女の二十倍以上生きてるのよ。お姉さんどころかお婆さんよ。年寄りは大切にしろと学ばなかった?」
「齢五百だっけ?その数値は補正係数を掛けないと使い物にならんだろ。0.02くらいか?ほら、私より年下じゃないか」
「…お前ね、人の年齢に変な係数を勝手に加えないで頂戴。誰が十歳児よ誰が」
「レミリア係数、格好良いだろ?今度アリスやパチュリー辺りと真面目に討論してみるか」
「するなっ!あと人の頭を撫でるなっ!」
わしわしと頭を撫でる魔理沙に、私は声を荒げながら手を突っぱねる。
あのね、確かに私は外見はちょっとアレよ。少し未成熟なところがあるかもしれないわよ。だけど、私は大人のレディなのよ?
加えて言えば一児の母なのよ?それを子供扱いって…はあ、魔理沙にはこの私から溢れ出る女性フェロモンが理解出来ないのかしら。
魔理沙もまだまだお子様ね。…でも、レミリア係数が補正としてかかるなら、私がボンキュッボンになるには、後4、5百年は…やめやめ。考えるのやめ。
でも、魔理沙の奴、なんだかスッキリしたみたいだし、まあ結果オーライかしら。うん、魔理沙はやっぱり思い悩んでるより
何も考えずに笑ってる方がいいわ。こっちも楽しいし。あとは、早くこの無意味な魚釣りをさっさと終わらせてくれないかなあ…
大体、私も長い事ここに住んでるけど、湖に主が居るなんて聞いた事ないし…大体主って何よ。くじらでも棲んでるの?ぷちぷちが大好きな白鯨でも。
そんなのどこぞのハイパー英雄か何かにでも任せれば良いじゃない。何で日光に弱い吸血鬼を魚釣りに連れだすかな…魔理沙、私を
デートに誘うならその選択はNGよ。そうね、もし私に良い人が出来たら、やっぱりデートは室内メインで程良く涼しい…
「レミリア、なんか竿が動いてるぞ?魚が食いついてるんじゃないか?」
「…へ?」
妄想世界に突入していた私に、魔理沙が横から声を掛けて我に返る。彼女の指摘通り、私の手に持っていた竿はビクンビクン動いてて。
そして、思いっきり腕にかかる巨大な力。今にも折れんばかりにしなる竿。え、嘘?魚ってこんなに重いの?ちょ、ちょっと待っ…何これ!?無理無理無理無理!!
これ魚じゃないでしょ!?絶対魚じゃないでしょ!?天狗!?天狗の仕業なの!?むしろ河童!?河童でしょこれ!?糸の先に絶対河童いるでしょこれ!?
竿に掛る力に驚き、私は慌てて踏ん張るものの、部屋で毎日引き籠り万歳な生活を送っている私如きに抵抗出来る筈も無く。
「あにゃああああああ!?」
「えええ!?ちょ、ちょっとレミリア、それは余りに大袈裟だろ!?なんで魚に引っ張り負けてるんだよ!?」
「し、知らないわよそんなのっ!?い、いや、私的には全力の3パーセントくらいしか出してないのよ!?
当り前でしょう!?私を誰だと思ってるの!?私はレミリア、レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして…えええええ!?」
「わっ、馬鹿っ!湖に落ちるって!!レミリア、竿から手を離…」
言うの遅いわよ、馬鹿。そして気付くの遅いわよ、私。今更竿から手を離したところで、私の足元に母なる大地は存在して無い訳で。
ああ、そういうこと。今回はそういうオチなんだ。ふーん、成程ね。まあ、痛い思いをする訳でも無し、別に良いかなって。
「…って、良い訳あるかああああ!!!!」
私は慌てて竿を手から離し、気を集中させ、身体を飛行に移す。いくら空を飛ぶのが下手な私とはいえ、湖にダイブトゥーブルーから回避するくらいは出来る。
必死に羽をパタパタさせて、私は身体をどんどん上昇させる。頑張れ頑張れ出来る出来る絶対出来る頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ…
「馬鹿っ!飛び過ぎだ!レミリア、高度下げろっ!」
「下げるかっ!誰が好き好んで湖にロケットダイブなんか…」
「そうじゃないって!日陰!木の日陰の範囲を越えるだろ!さっさと高度を…」
「ほ、ほわぁあああああああ!!!!!!?あああああづいいいいいいいいいい!!!!!!」
…魔理沙、貴女ってどうして一々警告が遅いのかしら。そして私、どうしてそんな当り前のことに気付かないのかしら。
直射日光を全身に受け、焼けるような熱さに身を悶えさせながら、飛行のコントロールを失い、私は真下に真っ逆さま。
私の足元には、当然のように先程まで必死に避けようとしてた母なる蒼の水面が待つ訳で。ああ、そう、やっぱり私こうなるんだ。
もう嫌。やっぱりアウトドアなんか嫌いだ。明日から何があろうと絶対部屋の中に引き籠ってやる。幻想郷一のラクトガールに私はなるっ…
って、私一ナノメートルも泳げないのよ!?何で湖にダイブするの素直に受け入れてるの!?だ、誰か助けてええええ!!
~side 霊夢~
無言。私と咲夜の間には釣り開始から今まで一つの会話も無く。
お互いただ黙々と魚を釣り続けるだけ。まあ、コイツと世間話でキャッキャと盛り上がろうなんて微塵も思わないけど。
今の時点で私が釣り上げた魚の数は3匹。咲夜が釣り上げた魚の数は…23匹。開始してもうすぐ三十分くらいになるかくらいなのに、
コイツは一分に一匹近いペースで淡々と釣り上げていく。…コイツ、なんでこんなに釣り上手いのよ。ていうか、コイツさっきから釣り針の先に餌付けてないし。
多分、魚が針の近くに来るのを察知して、針を魚の体に引掛けて瞬時に釣り上げてる。何だこの達人芸は、一体誰に仕込まれたのよこんなの。
溜息をつきながらも、まあ沢山釣ってくれるなら良いやと私は自分の釣りに集中する。釣り上げた湖の主以外の魚は私のモノになる約束だし、
コイツが頑張ってくれればくれる程、私の持ちかえる魚が多くなる。現時点で魚が三十匹近くか…人里の魚屋に売り付けたら良い額になりそうね。
そんなことを考えながら釣りを続けていたんだけど、そう言えば一つだけこの無愛想女に訊きたいことがあったのを思い出す。
「アンタ、良くあの鬼が紅魔館に棲みつくのを了承したわね」
その問いは、つい先日に大騒動を引き起こしてくれた伊吹萃香に関する話題。
あの酔っ払い鬼は、この幻想郷に一騒動を起こしただけではなく、少なくともコイツらにとって一番大事なモノを傷つけてくれた。
その張本人がレミリアの傍に居続けるのを認める事が、私には少し意外だった。まあ、私はレミリアがそうしたいのならそうすれば良いってスタンスだけど。
私の問いに、咲夜の奴は答えず、ただ淡々と魚を釣り上げている。…無視か、このクソ女。ふん、別に良いけどね。少し疑問に思ってただけだし。
私を無視する咲夜に舌打ちをし、こちらも釣りを続行する。早く四匹目のヒットこないかと意識を向け始めたとき、咲夜の口から言葉が零れる。
「お嬢様は伊吹萃香を好み、共に居ることを強く望んでいる。伊吹萃香を大切な友人だと笑って言っていた。
なればそこに私が異論を挟む必要なんて無い。お嬢様が伊吹萃香を友と言うのなら、伊吹萃香は私にとって大切な客人だわ」
「…ふうん、ご立派な意見だこと。アンタのことだから、レミリアをボコボコにした萃香のことを今すぐにでも殺してやるってなるかと思った」
「その行動がお嬢様にとって益があるのなら、私は迷わずそうするわ。お嬢様がその行動で喜ぶのなら、私は伊吹萃香を恨み殺してあげる。
だけど、お嬢様と伊吹萃香の一件は終わったこと。そして今、伊吹萃香はお嬢様の傍で力になることを宣言している。友と盟約を何より一とする最強の鬼が、よ。
ならば私達は伊吹萃香を利用する。それに、私は貴女の思うような心を伊吹萃香に抱いていないわ」
「恨んでないの?あんだけレミリアをボコボコにされたのに?」
「その件はお嬢様が既に手打ちにしたと訊いている、第三者の感情なんて必要ないでしょう。
それに、あのときの事で憎み恨む事象があるとしたら…それは、お嬢様を護る事が出来なかった私自身だわ」
声の調子が落ちたのを感じ、私は視線を咲夜の方へと向ける。
そこには、いつもの人を蔑み馬鹿にするようなクソメイドの姿は無く、少し自信を失ったような年相応の少女が居るだけ。
…何コイツ、こんな情けない十六夜咲夜なんて珍しい。写真にでも取って記念にしてやろうかってくらい珍しい。
「あのとき、私は伊吹萃香と一対一で切り結び、そして負けた。
私の敗北が、お嬢様の危険を呼んだ。私を人質にされたからこそ、お嬢様は逃げる事も助けを乞う事も出来なかった。
…情けなくて泣きそうになるわ。お嬢様を…母様を護る為だけに力を求めたのに、結局私の力は何の役にも立っていない。
それどころか、母様の足を引っ張る結果につながっている。私にもっと力があれば…そうすれば、今とは違う結果があった筈なのに」
「…呆れた。アンタ、どこまで自分様を持ち上げちゃってる訳?アンタが強ければ全部上手くいった、本気でそう思ってんの?」
「ええ、そう思っているわ。私に力があれば…全ての理不尽を跳ね返す程の、母様を護るだけの力があれば、必ず」
こ、コイツ本当にレミリアに関する事象になると頭のネジが平気で四、五本吹っ飛ぶわね…前から分かっていたことだけど、これは酷い。
成程、コイツはレミリアが不幸にあう場合、周囲を責めるんじゃなくて自分の無力さを責めるのか。無駄にお人好しなところだけ
親に似てまあ…本気で馬鹿じゃないの?しかも鬼を超える程度の力が無い自分が悪いとか、世間舐めてんのかと。
…むかつく。何か理由は分からないけど、コイツに対してイライラしてくる。だからまあ、余計な口出しをしてしまうんだと思う。
「アンタ、本気で馬鹿よね。しかも救いようの無いレベルの馬鹿」
「…なんですって」
「何よ、馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ。自分がレミリアの足を引っ張ってるだけ、なんて言ってる時点で話にならないわ。
力があれば?伊吹萃香に勝てない自分が悪い?そんなの言いだしたら限が無い、無意味なことって理解してる?」
「何を…」
「つーかね、レミリアの不幸理不尽全てを自分が背負ってるみたいな言い方が鼻につく。
紫にも言った台詞、アンタにも言わなきゃいけないのかしら?あんまりレミリアを馬鹿にするのもいい加減にしろってね。
レミリアの伊吹萃香に関する事象全ては結局のところレミリアが背負うモノでしょう。それを何?それが全部アンタの無力のせい?
そうやってレミリアがアンタに言った訳?私の不幸は全部お前が無力だからだって言った訳?こんな未来になったのはお前のせいだって言った訳?」
気付けば苛立ちを全部咲夜の奴にぶつけてしまっていて。…本当、らしくない。コイツがあまりにらしくないから、私まで伝染しちゃってる。
コイツはあのときのレミリアの叫びを聞いてないのか。レミリアのコイツへの想いを、勇気を伝聞していないのか。
あの臆病で小心者なレミリアが、持てる全ての勇気を振り絞って最強の鬼から咲夜を護り抜いた。どんな理不尽であっても、咲夜と一緒に歩く未来を
強く望んだアイツの叫びを咲夜は知らないのか。だからこそ頭に来る。レミリアが全てを賭して護った奴が、こんなウジウジ情けない台詞を吐いていることが苛立たしい。
だから私は言葉を強く、らしくもない台詞を吐く。本当、こんなの割に合わない。釣った魚を全部貰うだけじゃ物足りないくらいだ。
「しっかりしなさいよ、十六夜咲夜。レミリアがアンタに望んでることは、間違いなく『そんな』ことじゃないでしょ。
無意味な自責をするくらいなら、無理してでもレミリアの前で笑ってやりなさいよ。ニコニコしてあげなさいよ。そっちの方が百万倍アイツは喜ぶわ。
それに自分を弱いとか二度と言うな。他ならぬアンタが自分を卑下する姿は私にとって何より見てて不快なのよ」
「霊夢…」
「か、勘違いしないでよ!喧嘩相手のアンタがあまりに情けないと、張り合いがなくてしょうがないっつってんのよクソメイド。
くそっ、何で私がアンタの心配なんかしてやらないといけないのよ。うえ、気持ち悪っ…なんか本気で気分悪くなってきた」
「…フフッ、そうね。確かに貴女の言う通りかもしれないわ。少し、いえ、かなり私らしくなかったかもしれない。
それと心配なんて不要よ。正直、貴女にそんなことして貰うと、逆にこちらが吐き気を催しそうになるもの」
「ああん?何か言ったかしら、この弱虫メイド」
「何も言ってなくてよ、自堕落巫女」
…ったく、ようやくらしくなってきたわね。やっぱりコイツとは罵声が飛び交い合うくらいの関係が丁度良い。
少なくとも、お互いを励まし合ったりするような仲は死んでも御免だ。コイツはレミリアに千切れんばかりに尻尾を振ってるくらいが良いのよ。
他人を見下して母親史上主義でいつも人を小馬鹿にしてる、それが十六夜咲夜なんだから。まあ、それはそれでムカつくんだけどね。
それでも今みたいな無力自虐女よりはよっぽど良い。というか、さっきから全然当たりがこないわね…私の晩飯、早く釣れなさいよ。
「ほ、ほわぁあああああああ!!!!!!?あああああづいいいいいいいいいい!!!!!!」
「…はあ?」
突如、湖中に響き渡った声に、私は声の方向に視線を向ける。
そこには、湖の上に浮いたレミリアが何故か直射日光を受け、真っ逆さまに湖に飛び込む姿が。…何やってんの、アイツ。
折角日陰で魚を釣ってるのに、自分から空を飛んで日向に出るって…レミリアの考えることだけは本当に良く分からないわねえ。
「レミリアの奴、見事に湖に飛び込んでるけど、アンタ助けなくて良いの…って、もう居ないし!!」
隣に座っている咲夜に言葉をかけようとしても、既にそこは放置された釣竿が転がってるだけで。…もうレミリアの傍に飛び込んでるし。
その姿を呆れて見つめながら、私はそれでも思う。やっぱりアイツはあれくらいが丁度良いんだと。
そんなことを考えながら、私は自分の持つ釣り竿を地面に置き、咲夜が使っていた釣竿を手に取り直す。
半時間で三十匹近く釣れた釣竿だもの。きっと性能が良いに違いないわ。見せて貰おうかしら、紅魔館のメイドの釣竿の性能とやらを。
…って、咲夜の奴、釣り針に餌をつけてないんだった。駄目じゃない、コレ。私は溜息をつき、咲夜の釣竿を再び地面に投げ捨てるしか出来なかった。
~side アリス~
「…何やってるのよ、あいつ等は」
「レミリアさん、溺れてるみたいだけど…」
レミリアが引き起こしたハプニングに、私と妖夢は苦笑を浮かべながらも釣りを続行する。
あの娘の救出は咲夜か魔理沙が間違いなくするでしょうし、私達が駆け付ける必要も無い。このままのんびり釣りを続けることにする。
現在、釣果は妖夢が5匹、私が4匹。なかなか良いペースね。魔法で出来た糸の耐久性もバッチリだし、良いデータが得られそうだわ。
地面に根がかりしても、糸の魔力を消失させない限り切れる事は無かったし。魔法糸は人形を使用した戦闘にも使えそう。
釣竿を妖夢に預け、私は気付いた点をノートに書き連ねていく。その様子を妖夢は横から眺めながらも、釣りを並行して行ってくれている。
魂魄妖夢――この娘とはあまり話したことは無かったけど、話してみるとなかなかどうして良い娘で。私の周りには変な奴等しかいないから、
こういう普通の女の子の存在は割とありがたかったりする。本当、霊夢に魔理沙に咲夜に…どうして私の周りには落ち着きの無い奴が勢揃いなのかしらね。
そんなことを考えながらノートをまとめ終え、再び妖夢から釣竿を受け取って魚釣りを再開する。
ふと妖夢の方を眺めると、彼女の視線はレミリア達の方に釘付けになったままだ。正確に言うとレミリアに。現在、レミリアは
湖の中から救出され、木陰に寝かされている。どうやら騒動を訊きつけたのか、門番も駆けつけている。まあ、意識はあるみたいだし、大丈夫でしょ。
「レミリアが居るところ波乱有り。本当、賑やかなことこの上ないわねえ」
「あはは…まあ、それがレミリアさんだから。
そんなレミリアさんだから、みんなに慕われるんだと思う…例え戦う力が無くても、ね」
「…そう言えば、貴女はレミリアが『そういう存在』だって先日知ったのよね。紫に啖呵を切ってたときにそう言ってたけれど」
「あわわっ!お、お願いだからあの時のことは忘れて!紫様に許して貰えたとはいえ、本当に気まずい事この上無いんだから!
うう…紫様は白玉楼に遊びに来た際、その話を蒸し返して幽々子様とからかってくるし、この前は藍さんまで私に笑いながら…」
「良いじゃない。紫相手に自分の意志を貫く妖夢、格好良かったわよ」
「いいから忘れるっ!」
顔を真っ赤にしてがなり立てる妖夢に、私はハイハイと笑って流す。
成程ね、普段から魔理沙が妖夢は面白いと何度も繰り返して言っていた意味がよく分かる。この娘、反応が面白い。
まあ、私は魔理沙みたいに悪趣味じゃないから、あまり執拗にからかったりしないけれど。そんな私の笑みに、少しばかり居心地の悪い
想いをしながら、妖夢はコホンと咳払いを一つして言葉を紡ぐ。
「レミリアさんが実は何一つ戦う力を持たないことには本当に驚いたわ。
だって、私にとってレミリアさんは憧れの存在で、春雪異変のときからずっと私の目指すべき姿だったから」
「あらら、それはご愁傷様。幻滅した?」
「冗談でも怒るよ、アリス。レミリアさんが私にとって憧れであることに何一つ変わりは無いよ。
むしろ、今まで以上にその想いは強くなってる。戦う力が無いのに、レミリアさんは誰一人訳隔てなく優しく接してくれる。
私達のことを怯えもせず、大切な友だと言ってくれる。だからこそ、みんなに慕われるんだと思う。人間としてこれ以上尊敬出来る人は他に居ないよ」
「まあ、レミリアは人間じゃなくて吸血鬼な訳だけれども」
「もうっ、揚げ足取りなんてしなくて良いから」
「加えて言うなら、妖夢の尊敬対象に幽々子は入っていない、と」
「ちょ、だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!?幽々子様は勿論、尊敬の対象だけど、その、護るべき存在でもありご主人様であり…」
…ごめん、私って実は結構悪趣味みたい。妖夢をからかうのってこんなに面白いのね。
まあ、からかうのは本当にこれで終わりにしよう。うん、あんまりやり過ぎて嫌われるのもあれだし。
それに、この娘は本当にレミリアのことが好きなのねえ…私も好きは好きだけど、妖夢まではいかないかな。
私にとってのレミリアは憧れの対象でも何でもなく、人形劇に一喜一憂して笑ってくれる女の子。私の人形を大切にしてくれる女の子。
だからこそ、先日の伊吹萃香の件では、他の連中よりも幾らかは冷静で居られたんだと思う。霊夢も魔理沙も、私より何倍も
レミリアに入れ込んでいる。あの場での私の冷静さは、他の連中よりレミリアの付き合いが薄かったから。ただそれだけの理由だ。
…まあ、それでも私がレミリアのことを好ましく思うことに変わりはないんだけど。他の連中がレミリアのことを大好き過ぎるだけなのよねえ。
それだけレミリアが愛されキャラってことなんでしょうけど。
「でも、あのときは本当に大変だったわね…まさか四人がかりで勝てないなんて思わなかったわ」
「…そればかりは仕方無いよ。紫様は完全に防御と回避に徹していたし、
萃香様は…こういう言い方はしたくないけれど、生まれ持っているモノ自体が違うから」
「私は霊夢や魔理沙ほど頭が固くは無いから大丈夫よ。伊吹萃香は私達とは次元が違うことくらい理解してるから。
アレは…正直、二度と敵に回したくはないわね。何発入れても倒れないし、向こうは一発こっちに入れれば終わり。割に合わないわ」
「はあ…まだまだ先は遠いなあ。追いつく、とは言えないけれど、紫様達に少しでも近づけるように努力は欠かしていないつもりなんだけど…ね」
「何?妖夢はあの連中の仲間入りがしたいの?あと三千年は生きないと無理じゃない?」
「さ、三千年も!?」
目を丸くして驚く妖夢だけど、これぱかりは仕方無いと思う。なんせ生まれ持ったモノが文字通り違うのだから。
努力が全てを解決してくれる訳じゃないように、どんなに頑張っても決して超えられない壁は存在する。戦闘が本分じゃない私達に
古来より戦いを生業としてきた鬼に勝てる理由は何一つ存在しない。重ねてきた年月も、生まれ持つ力も、何一つ届かない。
…まあ、それを受け入れようとしないのが、霊夢であり、魔理沙であり、咲夜なんでしょうけれど。本当、あの三人は無茶苦茶だと思う。
だけど…少しだけ期待はある。今は勝てないけれど、霊夢達は…やめよう。そんなことを考えたって意味の無いことだし。
軽く息をつき、私は妖夢同様、レミリア達の方に視線を向ける。あ、何か魔理沙と咲夜が口論してる。門番は笑いながら二人の間に入ってるし。
本当、騒がしい連中だわ。だけどまあ…そんな連中だから、私が退屈しないのも確か。
「本当、春雪異変からの付き合いだけど…アイツ等は昔から変わらないわね。騒動の塊っていうか」
「私は嫌いじゃないなあ…レミリアさんや魔理沙達と一緒に居ると、本当に楽しいから」
「あら、奇遇ね。私も悪くないと思ってるわよ」
妖夢の言葉に私は笑って答える。だからこそ、私は自分の台詞の違和感に気付かなかった。気付けなかった。
レミリア達の姿を妖夢と二人で眺めていたが、ふと自分の持つ釣竿に大きな反応があり、私は慌てて釣竿を握り直す。
竿を引っ張るけれど、私の力ではビクともしなくて。え、嘘、何これ。…拙っ、持っていかれる!
「妖夢!一緒に竿を持って!私一人じゃ力負けしてる!」
「え、あ、うんっ!」
妖夢に指示し、私と妖夢は二人がかりで竿を持ち直す。それでも腕に掛る重さは変わらない。
魔理沙の話していた湖の主の話、冗談半分で聞いていたんだけど…まさか本当に居るのかも。私と妖夢は互いに頷き合い、
せーのと掛け声をかけて全力で引き上げる。幸い、二人がかりならこちらの方が力は上だ。糸も魔法糸を使っているから、
途中で切れたりする事は無い。あとは私達が全力で釣りあげるだけ。あと少し、もう少し…いける!私と妖夢は持てる力の全てを使って湖の主を釣りあげる。
私と妖夢が全力で釣り上げた針の先、そこに現れたのは――湖の主などではなく、帽子を被り、リュックを背負った一人の女の子。
「………」
「………」
「う~、くそ、針がリュックに引っ掛かって…って、げげっ、人間っ!?」
私と妖夢が釣り上げた女の子は、私達を見るなり慌てふためいて。見ているだけで可哀そうになるくらい動揺しちゃってて。
私は妖夢と瞳を交わし、意志の疎通を確認した後、魔法の糸に通していた魔力を消失させる。
魔法の糸で宙づり状態になっていた女の子は、そのまま再び湖の中へ。どぼんと激しい音がした後、私達は軽く息をつき、再びその場に腰を下ろす。
「さて、と。妖夢、魚釣りを続けましょうか」
「そうね。幽々子様の晩御飯の為にも、頑張らないと」
「あら、それなら沢山魚を釣らないとね。なんでも霊夢が普通の魚は持ちかえる予定らしいから」
「そ、それは駄目!幽々子様の分はちゃんと残してくれないと…」
笑みを浮かべ合い、私達は再び雑談に興じていく。
お互い、さっき釣りあげた少女の存在は見なかったことにして。だってそうでしょう?魚釣りをしてたら女の子が釣れました、なんて誰が信じるのよ。
そんな与太話を魔理沙達にして笑われるより、私は何も見なかったことにして常識という道を歩くことにする。それが都会派魔法使いの生き方よ。