部屋の窓を開け、澄んだ空気を大きく肺に取り込んで深呼吸。ああ、お外の空気が本当に美味しくて仕方がない。
三日ぶりに自室の外の空気を吸って、私のテンションはもれなく経験値上昇中。健康ってこんなに素晴らしいことだったのね。
「その顔色を見るに、もう大丈夫なのかい?」
「ええ、身体の調子は何の問題も無いわ。迷惑を掛けたわね、萃香」
「礼を言われるようなことでもないさ。レミリアの体調が戻らなきゃ、喜劇の台本を進めようにも進められないからね」
窓際で感動を味わっている私に声をかけてきたのは、室内にぷかぷか浮かんでる少女こと伊吹萃香。
彼女と出会ったのは今から三日前、何故か勝手に私の部屋に居たこの娘と何故か話の流れでお酒を一緒に飲み交わしたことから始まる。
…まあ、その時の記憶が思いっきり抜け落ちちゃってる上に、翌日から私は強烈な風邪にかかっちゃったんだけど。もう気持ち悪いわ
頭は痛いわお腹は痛いわ。正直死ぬかと思った。パチェ曰く、絶対安静とのこと。そういう訳で、この三日間私はベッドの上で地獄を味わっていたの。
そんな中、常に私の傍に居てくれたのが、この萃香。咲夜が私の傍に一緒に居られないときに水が欲しかったりするでしょ、そんな
時に萃香に頼むと嫌な顔一つせずに持ってきてくれたりしたのよ。良い奴。本当に萃香は良い奴よ。こんな旧友が私に居たなんて知らなかった。
それと、萃香曰く彼女の姿は私以外には見えないみたい。咲夜やパチェが部屋に来ても、萃香には見向きもしないし。
これは余談なんだけど、症状が酷い状態の時に、パチェに萃香が萃香がって話してたら、何故か咲夜がスイカを持ってきたりしたのよね。いや要らないから。
比較的症状が収まってきた二日目なんかは、萃香が常に私の話し相手になってくれた。お子様なのに何故か大人ぶった話し方をしたり
する時もあるけれど、萃香はなかなかどうして面白い娘で。私の話に大笑いしたり自分のことのように憤ったりしてくれて、実に話し甲斐のある相手だわ。
そんな感じで、今となっては完全に打ち溶けちゃって。萃香のこと、咲夜達にも紹介したいんだけど、姿が見えない声も聞こえないんじゃあねえ…
多分、萃香はきっと『そういう』妖怪なんだと思う。昔から、たった一人の相手にしか認識して貰えない妖怪で。その相手が私で。
姿が見えないから紅魔館の門も通り抜けられたんだと思うわ。姿が唯一見える知人、レミリア・スカーレットを頼ってここまで来てくれたのよ。
うう…泣ける、泣けるじゃない。私、そういう話って駄目なのよ。フラダンスのラスコーとか見るだけで涙腺大崩壊しちゃう女の子なのよ。
そんな萃香に頼られちゃ、私は何も言えないじゃない。いつまでもウチに居てもいいのよ、そう言うと、萃香は驚いた顔を見せた後で笑ったっけ。本当、強い娘だと思う。
「そういえば、私のせいで結局昨日の宴会は中止になっちゃったわね…後で謝りにいかないと」
「謝罪なら昨日お見舞いに来た連中みんなに散々してたじゃない。昨日お見舞いに来た奴らで参加者全員なんでしょ。
私は必要ないと思うけどねえ。そもそも宴会を開けなかったことがレミリアにあるという考えもどうなんだか」
「それでも、よ。ただ傲慢に他人は私の都合に振り回されて当然、なんて考え方は他の妖怪達で共有すれば良い。
そんな生き方は興味が無いし、私は私の望む道を歩くだけ。そして、その道は必要があれば誰が相手だろうと謝罪はするし礼は言う。
それが私らしく誇らしく生きるということよ、萃香。まあ…確かに吸血鬼らしからぬ生き方かもしれないけれど…やっぱり変かしらね」
「いんや、素敵だね。信念を貫き通す生き様を笑ったりなんかするもんか。
レミリアはレミリアらしくありのままに己の道を歩けばいい。私はそんなレミリアの方が好きだよ」
「…ありがと」
子供って本当になんていうか…感情をストレートに出してくるわよね。そんな真直ぐに好きって言われると、正直返す言葉が無くなっちゃう。
結局のところ私は『霊夢達が怒ると怖いのでゴメンナサイをちゃんとします!』って言ってるだけで。そんな大層なことを言ってる訳じゃないんだけど…
まあ、それはさておき、皆のところに謝罪興行に出るとしましょうか。とりあえず、まずは咲夜を呼んで…
「メイドなら一時間くらい前に館から出て行ったよ」
「…私、咲夜を探してるって貴女に言ったかしら?」
「分かるよ、そんくらい。この三日間、レミリアだけを見続けたんだから。
この三日間でレミリアが顔を合わせて一番嬉しそうにしてたのが、十六夜咲夜だった。そして今の表情は、それを求めてる顔だもん」
「へえ…萃香って妙な特技を持ってるのね。実に羨ましい」
「そいつはありがと。数えるのも億劫なくらい鴉の上に立ち続ければこれくらいは身に付くもんさ。
何せ奴らは狡猾で腹黒い。それが奴らの処世術なんだろうが、どうしてもっと素直に真直ぐ生きられないかねえ」
ぶつぶつと愚痴を紡いでいる萃香。萃香ってば鴉を飼ってるのかしら。それも数えられないくらいの数を。
鴉ねえ…私だったら鴉よりもインコとかの方が飼いたいかなあ。ペット良いなあ…犬とか猫とか飼いたいなあ。
犬の散歩とか…あ、駄目だ。私が犬に引っ張られて地面引きまわしの刑に処されてる姿しか思い浮かばない。猫ね、うん、猫が良いわ。
…あ、猫も駄目だ。図書室にもぐりこんで本をバリバリやったりしたら、私がパチェに殺される。うう…ウチでペットは夢また夢ね。
犬か猫がいたらモフモフ出来るのになあ…モフモフしたいなあ…誰か犬か猫飼ってないかしら。犬猫駄目なら狐でも狸でも構わないから。
紫辺りモフモフを飼ってそうなイメージなんだけど。よし、今度会ったら聞いてみよう。うん。…あれ、何の話だっけ?ペット談議だっけ。
ああ、いや、違う違う。咲夜よ。咲夜が居ないって話よ。ううん、咲夜が居ないなら美鈴でも…まあ、いっか。咲夜が帰ってくるまで待っていよう、うん。
「おや、外出は中止するの?」
「咲夜が帰って来てからにするわ。門番の仕事がある美鈴を毎度毎度連れまわす訳にもいかないし」
「行先は博麗神社でしょ?だったら一人で行けばいいじゃないか」
「うぐ…い、色々とあるのよ。紅魔館の主の立場とかそんなのが色々…」
「ふうん。色々ねえ」
まさか『途中で妖怪に出くわしたりでもしたら一人じゃ対処出来ません』なんて言える筈も無く。
湖を飛んで超えるのはなんとか出来るんだけど、そこから先がねえ…咲夜と一緒ならのんびり歩いて行くし、美鈴が一緒なら
抱きかかえて運んで貰えるし。…そんな事情、言える訳ないものね。はあ…本当、慣れたこととはいえ、自分の最弱っぷりが嫌になるわね。
「それじゃ、今日の予定はメイドが帰ってくるまで無い訳だ」
「そうね。とりあえず咲夜が帰ってくるまではのんびり過ごすとするわ。また誰か館に来るかもしれないし」
「そうしてくれると助かるなあ。それじゃレミリア、しばらくの間、この部屋で待ってておくれよ。すぐに準備を終わらせるからさ」
「…は?準備?」
萃香の言葉に、私は思わず首を捻る。いや、だって今、話がかなり跳躍したような…ボソンジャンプ?
というか、萃香、私の部屋の窓から出ていこうとしてるし。いやいやいや、今私の予定を聞いてたのに、いきなりハローそしてグッドバイ?
「ちょ、ちょっと萃香、貴女何処かに行くの?」
「まあね。レミリアの体調が戻ったし、予定通り行動することにするよ。
さて、場所は…と。なんだ、博麗神社に居るのか。つくづくレミリアもタイミングが悪いねえ。それじゃ、また後でっ」
そう言い残し、萃香は窓の外へと消えて行った。いや、本当に『消えた』のよ。なんていうか、霧がサーって霧散する感じで。
変な特技といい、変な能力といい、萃香って本当に変わった妖怪よね。あれで妖力が私以下というのが信じられないくらい。
まあ、何の準備かは知らないけれど、すぐに戻ってくるでしょ。萃香が帰ってくるまで、神社に行くのは中止にしよう。
うん、萃香の姿って私しか見えないし、萃香が帰って来たときのこの部屋に誰も居ないような状態だったら寂しいものね。よし、
みんなのところに行くのは咲夜と萃香が帰って来てからにしよう。それまでは漫画でも読んで待つとしますか。爆走姉妹ラブ&ジョイ面白いわねえ。
~side 咲夜~
「つまるところ、今回の異変を発生させている犯人は紅魔館…それもレミリアに極めて近いところに居る。それで間違いはないのね、咲夜」
「その通りよ。加えて言えば、お嬢様にしか犯人は知覚出来ない。それが犯人の能力かは分からないけれど、実に厄介極まりない状況だわ」
博麗神社内の一室、霊夢の問いに私は頷き言葉を返す。
私の答えに、霊夢は再び考える仕草に戻るが、そんな霊夢に不満げに声を上げる人物が二人。
「なんだよ…結局私は霊夢にボコられ損じゃないか。
レミリアのところに入り浸ってるからって犯人扱いされちゃ堪らないぜ」
「それを言うなら私もだわ。紅魔館によく足を運んでるから犯人と要らぬ疑いをかけられて」
「あーもう、うるさいわね!疑いは晴れたんだからいいじゃない!終わったことをグダグダ言うなっ」
犯人じゃないのかと疑われ、弾幕勝負まで発展してしまった二人の抗議に反論する霊夢。本当、無茶苦茶な巫女だと思う。
なんでも美鈴の話だと、霊夢はフラン様に疑いをかけ、一歩間違えれば殺し合いに発展しそうになったらしい。フラン様に
喧嘩を売るなんて正気の沙汰とは思えない。ネジが数本飛んでいる彼女だからこそ、出来る芸当なのかもしれないけれど。
霊夢に文句を言う事を諦めたのか、魔理沙は溜息をつきながら、私に向けて口を開く。
「しかし、レミリアの奴、風邪かと見舞いに行ってみれば、ただの二日酔いとはなあ…」
「ただの、なんて言えないわ。なんせお嬢様は『私達に気付かれることなく酒を飲まされた』のだから。
もしこれが酒ではなく毒物の類だったら…その答えに至ったとき、これは笑い話で済むようなものではないのよ」
「無い無い。どうせレミリアのことだ、また変な妖怪にでも気に入られて酒盛りにでもなったんだろう?
私は今回のことも放置してりゃ勝手に解決すると思うけどな。そのうちまたとんでもない妖怪を紹介されるかもしれないぜ?」
「自然解決じゃ異変を解決したことにならないのよ。この異変は絶対私が解決する。そして犯人を右ストレートでぶん殴る」
「その前に私が霊夢を一発殴る権利くらいあると思うんだけどなあ」
「やりたいならやりなさいよ。ただし五体満足で魔法の森に帰れると思うな」
「おうおう、やったろうじゃないかっ!さあ行けアリス!倒せ倒せ霊夢を倒せ!お前の空手を見せてやれ!」
「そこで何で私に振るのよっ!?しかも空手なんてしたことないわよっ!」
三馬鹿がぎゃあぎゃあと騒ぎ始め、その様子を見て私は一人離れて小さくため息をつく。いくら猫の手でも借りたいとはいえ、
人選を失敗したかしら…だけど、この三人は母様と親交があり、紅魔館を出入りしている人物。それも相応の実力者だ。
せめて猿の手くらいになるかと期待したんだけど…やっぱり一人で犯人を探そう。霊夢の無駄に鋭い勘を一ナノ程度は期待したんだけど。
しかし、これでは結局振り出しから何一つ進んでいないことになる。犯人が母様のすぐ傍に居るのは間違いない。それはパチュリー様や美鈴、フラン様も
共通して導いた一つの答え。だけど、そこから先が続かない。犯人の目的が全く持って掴めない。
犯人がやっていることといえば、母様を起点として『騒気』を集め、三日置きに宴会を開いていることくらい。つい先日、母様に
お酒を飲ませるなどというそれこそ不可解な行動に打って出ていたけれど…そもそも母様にはそいつの姿が見えているのかどうか。
この異変の首謀者、目的が明確になるまでは母様に私達の詮索を悟られる訳にはいかない。この異変が利用出来るかどうかを見極めて、
母様に相応しい物語を歩いて貰わなければならない…そうフラン様は仰っていたが、正直私はあまり同意出来ずにいた。
今回の件は母様にとって危険過ぎる。なんせ、私達には正体が掴めないモノが母様のすぐ傍に存在しているのだ。今でこそあちら側にその気は
ないようだけれど、僅かでも気が変われば、犯人は簡単に母様の命を手中に収めることが出来る。死神の鎌を母様の首にかけているも同然だ。
私達の手に負えないなら、八雲の妖怪でも白玉楼の亡霊にでも頭を下げて手伝って貰えば良い。彼女達なら今回の異変に関して少なくとも私達以上の何かを掴んでいるだろう。
あの二人と母様を結び付けたのは、こういう事態の為のモノでは無かったのか。それなのにフラン様は何故…そこまで考え、私は自分の考えを必死で否定する。
…何を馬鹿な。母様の身を誰よりも案じ思考し行動しているのは他ならぬフラン様ではないか。そのフラン様の行動に疑惑を持ち、つい最近知り合った
ばかりの妖怪達に縋ろうなどとはなんとも愚かしい考えだ。どうしてフラン様よりも八雲紫や西行寺幽々子を信じられよう。
余計なことを考えるな。私は母様の命を護る為に存在している、私はフラン様にとって『そういう』存在だ。ならばその目的の為に一番沿った考えを
フラン様は私に命じている筈だ。他人に頼るな、縋るな。他人は唯の保険に過ぎない、真に頼るべきは私達だけ。そう私はフラン様に教え込まれてきたではないか。
「それじゃ、どうする?とりあえず犯人はレミリアの傍にいるみたいだし、みんなでレミリアの部屋に泊まり込むか?
交代制で毎日誰かが泊まってれば、犯人も痺れを切らして登場するかもしれないぜ」
「ん~…あまり効率的とは言えないけれど、仕方ないかもしれないわね。霊夢、貴女はどう思う?」
「異変解決につながるなら何でもいいわ。…まあ、別にレミリアのとこに泊まるのは嫌じゃないし」
「んん~?聞こえんなあ~?その程度でレミリアの心が動くと…うぐぁっ!?」
「さて、さっさとまた泊まる準備をするとしましょうか。ほら、そんなところで寝っ転がってると邪魔よ。どいたどいた!」
「あがっ…ちょ、ちょっと霊夢…鳩尾殴って追い打ちにヤクザキックって…この扱いは余りにも酷すぐる…」
「馬鹿ね、自業自得でしょうに。そういう話になった訳だけど、咲夜、私達は紅魔館に泊まって良いの?」
「ええ、構わないわ。お嬢様もお喜びになるでしょうし…っ!?」
アリスとの会話の刹那――気付けば私は右手にナイフを握り締めていた。
否、ナイフだけじゃない。身体は重心を落とし、いつでも『退くことが出来る』体勢に移行していた。いいえ、させられていた。
体中に走る電流と化した緊張と圧迫。この感覚は私が幼少時代から嫌という程に味あわされてきたモノ――それは純粋なまでの殺気。
「ちょ、ちょっと咲夜!?どうしたのよ、いきなりナイフなんか…」
「おいおい、神の社で悲しみの向こうへ行くのは止めてくれよ。アリスと咲夜の愛憎入り混じった修羅場劇なんて一体誰が得するんだ」
「そんなの知らないわよっ!?」
先ほどまでと何一つ変化の無い二人の様子からして、指向性の殺気か。どうやら私一人を狙い撃ったようだ。
この状況下で、私だけに喧嘩を売ってくる人間に心当たりなんか無い。しかし、そいつが私を何かしらに利用しているというなら話は変わる。
神社というテリトリーにも関わらず、霊夢ではなく、私を指名した理由。けれど、それ以上に気になるは…さて、試されているか、はたまた遊ばれているか。
前者なら気に食わない。後者ならばもっと気に食わない。そして何より私が気に食わないのは、恐らくこの意志の先に居るだろう輩は
そのどちらの意図も含まれているというところだ。恐らく私に殺気を送った奴は、私の反応を見て愉しみ、行動の選択を楽しんでいる。
何処の妖怪だか知らないけれど、随分とまあ舐めてくれる。成程、今なら少しだけ霊夢の気持ちも分かる。常時このような扱いをされれば
妖怪退治を生き甲斐の一つにもするだろう。こういう思い上がりも甚だしい連中には少しばかり強い躾が必要。
私はナイフを収め、神社の外へと足を向ける。殺気の方角からして、恐らくは距離にして二、三百メートル先の森辺りか。
「ちょっと咲夜、アンタ何処行くつもりよ」
「急用を思い出したわ。悪いけれど、先に紅魔館に行ってて頂戴。貴女達の部屋の手配等は美鈴がしてくれるでしょうから」
「急用ねえ…そんな飢えた狼みたいな空気を醸してよく言うわ。妖怪退治なら手伝ってあげてもいいわよ、どうせ暇だし」
「暇なら鍛錬の一つでも行っては如何?そうすれば私との如何ともし難い差を埋められるかもしれなくてよ?」
「止めとくわ。私がこれ以上強くなったら咲夜が本気でいじけて泣きだしそうだし。
私との圧倒的な力の差に絶望したとしても、レミリアに泣きつくのだけは止めてよね、マザコンメイド」
「抜かしなさい、外道巫女」
背を向け、室内から出て行こうとする私に、憎まれ口を叩く霊夢。そんな霊夢に私も考える前に口を出す。
本当、口の減らない巫女だと思う。実力は認めるが、本当に性格が最悪だ。これほどまでに人を苛立たせる才能を持つ奴は他にいない。
けれど、そんな霊夢の雑言が今の私には丁度良い。これくらい心が荒む程度が、荒事前には具合が良い。そういう意味では感謝してあげようかしら、本当に少しだけ。
霊夢達に一礼し、私は神社を出て大空へと跳躍する。未だに向けられている挑発染みた殺気を辿り、その発信源の方向へと翔けてゆく。
目的の場所、木々の生い茂る森の中に置いて一部だけ繰り抜かれたように開かれた草原に降り立ち、私は周囲の気配を探る。
殺気の発生地点はここで間違いない、されど犯人の姿も存在も感じ取れない。これは一体どういうことか…そこまで考え、私は
つい最近似たような現象が身の回りで生じていることに気付く。居る筈なのに見えない、存在する筈なのに捕えられないモノ…成程、ようやら向こうから出てきてくれたらしい。
実に僥倖、こちらにとってはすこぶる都合が良い。あちらが何の用かは知らないが、私は犯人にこれでもかという程に用があるのだから。
「かくれんぼもいい加減に飽きたわ。そろそろ姿を見せてくれても良いのではなくて?
紅魔館に仕える従者として、無断で居候している者から賃貸料を徴収しないといけないのよ」
「あの館はレミリアのモノだろう?主に滞在許可を貰ってるんだから、お前にどうこう言われる筋合いは無いよねえ」
「お嬢様はお優しい方だから誰に対しても慈悲深過ぎる。だからこそ私が代わりに取り立てるのよ、今回の異変の犯人さん」
背後から聞こえた声に、私はゆっくりと振り返りながら言葉を返す。
そこに居たのは、外見こそ幼い少女。しかし、彼女の頭に生える二本の角が彼女が人外であることを強調している。
人外において、外見と実力は何ら関係は無い。フラン様然り、この妖怪もまた相応の実力者なんだろう。だからこそ、私は気を引き締め直す。
まずはこの妖怪の目的――母様に近づいている理由を探ること、加えて言えば実力を測り、母様にとって有益に『利用出来る』存在ならば
西行寺幽々子や八雲紫同様に関係を築いて貰う。もし、実力が無かったり、母様に害を為す存在ならこの場で消えてもらう。今回の異変は母様が起こした
異変として再び幻想郷中に名を響かせる為の踏み台として利用させて貰う。肝要なことはコイツが利用するに足りる存在か否か、ただそれだけだ。
睨みつつ何時でも動ける体勢を整える私を、妖怪は顎に軽く手を当てて私の方を観察するような仕草を見せる。そして、口元を歪めて言葉を紡ぐ。
「へえ、よくよく観察し直してみりゃ、人間にしてはなかなかに上等な部類だね。
うん、合格だ。これならレミリアが私にあれだけ自慢する理由もよく分かる。まだ十数年しか生きてないんだろう?些かの混じりは感じられるが、人間なのに大したもんだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。貴女の話を額面通りに取るならば、お嬢様と貴女は会話を行う程度には接触しているみたいね」
「文句なら私じゃなくて紫に言ってよ。私とレミリアを引き合わせたのは他ならぬアイツなんだから。
まあ、その点には正直感謝してるけどね。最初はレミリアの周囲に集う騒気を利用するくらいしか考えてなかったんだけど、
今となっちゃ、それっぽっちじゃ満足出来なくてね」
「自白をわざわざありがとう。お嬢様を利用しようとした件は許さないけれど、それは後回し。
お嬢様を基点にして紅魔館中をよくもまあ騒ぎの中心におっ立ててくれたわね。お嬢様の身体を疲労困憊にさせることが貴女の目的?」
「いんにゃ、目的なんて今更語っても仕方ないだろう?だって、私の目的は最早完全に変わってしまったんだから。
今の私が興味あるのはレミリア・スカーレットの本当の強さを垣間見ることさ。私の心を震わせる、私達鬼が求めて止まず渇望する
存在であるのかどうか。もしレミリアが私達の求めるような奴だったなら…くふふっ、実に心躍るとは思わないかい?心震えると思わないかい?」
「成程、つまり貴女の今の目的は『お嬢様に僅かでも害を及ぼす可能性がある行動』を取ること――そう考えて差し支えないかしら?」
「否定はしないよ。加えて言うなら、レミリアの本当の姿を見る為に利用したいモノがある。
人を攫うは古来より鬼の役目なり。大層溺愛している己が愛娘が攫われ、命の危険に晒されたとき、レミリアは一体どんな行動を取ってくれるだろうね…っと!!」
妖怪の言葉が紡がれたのはそこまでだった。何故ならその妖怪の居た場所を投擲された二本のナイフが通過していった為だ。
そのナイフは勿論、私が投擲した獲物。獲物を穿たんと疾走するナイフを、妖怪は予想していたかのように難なく回避する。
回避こそされたものの、私はその妖怪の回避行動に移る際の身体の揺らぎを見逃さなかった。成程、つまりこの妖怪の能力は――
「――霧化。己が身体を空気中に霧散出来るのね…それこそ微弱な妖力しか発されない程に散布することだって可能」
「ご明察…とは、いかないんだよね、これが。残念だけど五十点だ。私の力はそんな生易しいモンじゃあない。
まあ、戦闘時には使わないから安心してよ。あまりに一方的な戦いなんて唯の虐殺になっちゃうだろう?
正々堂々、正面からぶつかる。それが心躍る殺し合いってもんさ。まあ、今回はアンタを殺すつもりは無いし、適度に手加減してあげるけどね」
「あくまで私を利用すると。あくまで私はお嬢様を玩具扱いする為の道具に過ぎないと。フフッ、フフフッ…舐めるな、妖怪風情が」
この妖怪はここで殺す。それが私の最終的な判断だった。この妖怪の意図は上手く掴めないが、母様に危険をもたらす可能性が
高いのは明らか。所有する能力も八雲紫に劣らず厄介なモノだ、ならば油断している今こそ好機。どんな手を使ってもここで処断してしまう。
一体何がしたいのかは分からないが、この妖怪が行動を起こす前に私に姿を現してくれて本当に助かった。この妖怪の気変わりが
十六夜咲夜を利用せずとも母様に対して行動を起こすようなモノであったなら、下手すれば母様の命に関わる事態になったのかもしれない。
この妖怪を処断し終えたら、やはりフラン様に直訴しよう。母様側に引き込む相手はよくよく考え厳しく管理しなければならない、と。
私は妖怪相手にナイフを再度投擲し、僅かばかりの時間を稼ぐ。ナイフを妖怪が払い、私の姿をしっかりと視界に捕える程の時間を。
魔弾とナイフの入り乱れた弾幕に、妖怪の周囲の草原は抉れ、大地がむき出しとなり砂煙が舞い上がる。そして、煙る空気と共に心を統一させ、
カードを一枚切らせて貰うことにする。妖怪が気配から私の場所を悟ったとき、そこでようやく手札をオープンすることになる。
「――幻象『ルナクロック』」
私の開いたカード、それは私の能力である時間制御。
時を止め、制約された空間の中で獲物に近付き、攻撃準備を整えた後に時の流れを戻すというオーソドックスにして強力な攻撃法。
止まった時間の中で他の対象に攻撃は加えられないという制約こそあるものの、この能力は私の大きな武器であり攻撃手段だ。
時間を止められるということは、すなわち攻撃に移る際に発動時間や相手への着弾時間を削除することが出来るということ。
この能力があるからこそ、私は美鈴に並び追い越すことが出来た。力こそフラン様や美鈴には敵わないが、速度だけなら私が疾い。
爆発力よりも確実性、それがフラン様達に叩き込まれた私の戦術。全てを破壊するような力も捻じ伏せる魔力も持ち得ない、けれど私は負けない。
倒すことではなく、勝つこと。より早くより効率的に。一人で百万の軍に打ち勝つ為の力ではなく、一人で軍の頂点を屠る為の力、それが私の力だ。
だからこそ、私の力はこういう妖怪相手にはより有用だと言える。油断している相手の首を瞬時に胴体から切断し、瞬きさせる隙も与えずに葬り去る。
慈悲など無い。私を利用して母様に危害を為そうとした、それだけで万死に値する。私は迷うことなく手に持つナイフを妖怪の首元に走らせ、時間の流れを元に戻す。
これで今回の異変は解決――その筈だった。私のナイフが根元から完全にへし折れる破砕音を耳に入れるまでは。
「っ!馬鹿な――ぐっ!!」
折れたナイフに一瞬気を取られたのが不味かった。首筋にナイフを突き立てられた妖怪は口元を歪め、背後を振り向きざまに
裏拳を私の肋に叩き込んでくれた。その衝撃で、私は軽く数メートルほど吹き飛ばされてしまう。拙い、二、三本は確実に持っていかれてる。
中空で一回転し、勢いを殺すように着地した私に、妖怪は未だ笑みを浮かべたまま嬉しそうに口を開く。
「油断している妖怪相手に、迷うことなく殺しに向った姿勢、実に評価に値するよ。並みの妖怪なら間違いなく今ので終わりだっただろうね。
けれど残念、お前が相手にしている妖怪は並みの相手じゃないんだよ。私を斬るにゃ、そんなか細い銀のナイフじゃ荷が重い。髭切でもあれば話は違うだろうけど」
「げほっ、ごほっ…それは頑強なお肌をお持ちです事。そんな身体じゃ、さぞや女としての肌の手入れも大変でしょうね」
「うんうん、状況が変化してもなお変わらぬ憎まれ口、実に心地良い。尻尾を巻いて逃げるような人間だったら失望もしたけど、流石は悪魔の娘だ。
しかし、今のは少しばかり驚いたよ。瞬間移動…じゃないな。攻撃前と後の私の脈動に変化は無かったと考えると…時間でも止めたのかい?」
「さて、どうかしら。貴女が落体の法則でも考えてる内に、いずれ私の能力も判明するかもしれないわよ」
「生憎と私は論理よりも経験則を重んじるんだよ。頭でゴチャゴチャ考えるのは紫だけで充分さ。
さて、お前と遊ぶのも悪くは無いが、私はせっかちでね。レミリアの在り方を見極める為にも、お前には大事な餌になってもらうよ」
「たった一度攻撃を防いだくらいで増長してくれるわ。お前を殺す方法なんて数えるのも馬鹿らしくなる程に余りあるというのに」
「私を殺す、か。ははっ、そりゃあ良いや。私相手によく言うよ、そんな命知らずは何年振りかねえ。久々に心が躍るってもんさ。
いいよ、時間は惜しいが、少しばかり遊んであげる。――古来より数多の人間が挑み、敗れ去っていった鬼退治、お前如きに成し遂げられるかい?」
刹那、妖怪の周囲に幻想郷中から濃密な『霧』が集い萃まってゆく。それは妖怪に身体に戻ってゆき、やがて一匹の強大な大妖が存在を露わにする。
その外見からは考えられない威圧感、そして何よりの妖力の大きさ。私は知っている、これと同様の感覚を知っている。それは人間だけが感じ取ることの出来る
濃密な死の気配。かつて幼い頃の私がフラン様に幾度となく突きつけられた剥き出しの純然たる恐怖。
…本当、母様には恐れ入る。どうやら母様が引き寄せたこの妖怪もまた、フラン様や八雲紫、西行寺幽々子に並ぶ大妖怪らしい。どうして
母様はいつもいつもこんな化物連中に好かれてしまうのか。私は苦笑を浮かべ、予備の近接戦闘用のナイフを取り出し構える。
「ほう、私の力を前にしても恐怖しないか。本当、レミリアがあれだけ溺愛するのも頷ける」
「これくらいの恐怖など、フラン様の容赦無い扱きに比べれば天国だもの。さて、お喋りにも飽きたし、もう良いでしょう?
お前は私がここで殺す。そしてこの異変はお嬢様が引き起こしたものとなり、お嬢様の名声は幻想郷で更なる確固たるものとなる」
「ふうん、そんなことレミリアが望んでるとお前は思ってるんだ?そんなことしてレミリアが喜ぶと思ってるんだ?」
「…これが最善の策なのよ。今は確かにお嬢様に負担を強いているかもしれない、けれど、これこそが確実なお嬢様の未来を護る方法だもの」
「滑稽だねえ、自分さえ騙せない嘘を鬼に語るか。レミリアの妹も、お前も、実に考えが幼く甘過ぎる。周囲を取り巻く連中全部がレミリアを馬鹿にしているよ。
…まあいい、お前をさっさと倒して私が直々に教えてやるとしようじゃないか。近過ぎるあまり、あまりに盲目になり過ぎたお前達が、一体どれだけレミリアの可能性を奪い去っているのかを」
「お喋りはこれで終わりと言った筈よ。それとも鬼とやらは口先だけがよく回る存在なのかしら」
「ふん、勇も過ぎれば無謀に他ならない。己を知らぬ無謀な馬鹿は嫌いだよ、私が好きなのは恐怖に打ち勝つ勇ある者だ。
――刮目し、恐怖と葛藤するがいい。お前が今より相手にするは、鬼の四天王が一人、伊吹萃香なり。我が振るう比類無き剛の力、その身に刻みつけろ!」
力を放出した妖怪を前に、私は軽く周囲の状況を把握する。どうやらこの地点より半径五十メートル程に薄い結界のようなものが張ってある。
…目視出来る程のモノだ、恐らくこれは完全に私を逃がさない為の策だろう。となると、時間を止めてこの場を抜けることは不可能か。
どうやらこの妖怪を倒さないと、私はこの状況を打破することは出来ないようだ。絶望的な強制条件に、軽く息をつき、私は嗤う。
ああ、実に懐かしい感覚だ。私はいつもこんな到底不可能と泣きたくなるような条件をフラン様に出されていたではないか。そして
その度に私は幾度となく乗り越えてきた。その経験の全てが、今こうして私の役に立っている。現状を切り開く力を、フラン様は、パチュリー様は、美鈴は与えてくれたのだ。
ならば今回とて絶望などするものか。殺し合う相手の命の安全を保証するなんて生温いにも程がある。敵が私を甘く見ている限り、可能性は追い続けられる。
母様を護ると誓った。ならばその誓い、今ここで果たさずしてどうする。明確な敵を前にして、私の心は恐怖どころか大きく奮い立っていた。
――恐怖するのはお前の方よ、伊吹萃香。レミリア・スカーレットが娘、十六夜咲夜を侮ったこと、必ず後悔させてくれる。
「で…出来た…!な、なんと美しい…こ、この私とあろうものが見惚れてしまったわ…
何たる不覚…例え一瞬とはいえ、私はこの完成品に魂を奪われた。 生まれて初めて自身の創作物を美しいと…」
最期の一枚を乗せ終え、私は久々に自身の胸に去来した感動に思わずうち震えていた。
私の目の前の机の上には、今しがた私が完成させた作品、トランプタワーが威風堂々とそびえ立っていた。
萃香が私の部屋を去ってから二時間くらい経ったかしら。待てど暮らせど一向に帰って来ない萃香。そして咲夜。
漫画も読み終え、手持無沙汰だった私は暇潰しの意味で一人トランプタワーを作っていたんだけど、まさかこれ程までの大作が出来るなんて。
「これは歴史に名を残すべき作品だわ…これ程までの完成度、お目にかかったことがないもの。
そうね…この作品の名前は『廃墟からの復活~我が栄光~』にしましょう。これはちょっと芸術界への進出も考えないといけないわ」
うっとりとしながら、私は自分の力作を眺め続ける。ああ、この一毛の狂いも無いバランスといい文句のつけようがないわ。
これは永久に語り継がれるものにならなければいけない筈よ。指に額に髪に私の向こう垣間見える努力の証。もうこれ永久保存版だわ。
「そ、そうだわ、この芸術を残す為にも写真を取らないと…パチェにカメラ借りてこよう」
善は急げ、私は机の上のトランプタワーを決して崩さないようにゆっくりと忍び足で部屋の出口まで歩いていく。
なんせギリギリのバランス強度で作ってるから、少しでも揺らせばボンッ!だもの。ゆっくりよ、ゆっくりするのよレミリア。ゆっくりしていってね!
そーっと、そーっと、絶対に揺らしたりしないように…ゆ、揺らすなよ!絶対揺らすなよ!そーっと、そーっと、そーっと…
「はぁい、こんにちは」
「うひゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
突如背後から掛けられた声に、私は大声を上げて驚いてしまう。しかも勢い余ってその場にボテンと顔から転倒、レミリアアタック。ちょっと素で痛い。
…って、今はそんな痛みを気にしてる場合じゃない。私が倒れた笑劇が部屋を伝ってしまっていたら、私の芸術は…そこまで考え、
私は油の切れたロボットのようにギギギとゆっくりと首を机の方に動かしていく。するとそこには、無惨にもバラバラになった私のトランプタワーの残骸が。
「な、なにをするだァーーーーッ!!!!!!!!??????
何故!?何故壊す!?何故壊したし!?何故そっとしておけないのよっ!?何故そうも簡単に芸術を殺すのよ!?死んでしまえっ!!」
「あら、もしかしてお取り込み中だった?それはごめんなさいね、謝るわ」
「っ!ゴメンで済んだら閻魔様もシャバダバドゥの役職も必要な…」
素で涙目になりながら、私はこの崩壊を引き起こした犯人の方をキッと睨みつける。
何処の誰かは知らないけれど、こんなことをするなんて許されない!超許されない!こうなったら犯人を三日三晩牛乳風呂につけて
『もう肌のモチモチ感が取れないぜ…』って半ベソにして思いっきり抱きしめてや…るのは諦めることにした。だって私の目の前に居る犯人って…
「あら、四季様がどうかしまして?」
「…何でも無いわ、気にしないで、紫」
…最強の妖怪さんなんだもん。こんなの閻魔でも裁けない、力こそが正義、本当に不幸な時代になったものよね。チキン程長生きする。
紫相手にトランプタワー破壊の文句を言ったところでどうせ流されるのがオチだもの。うう、さようなら、私の芸術…ビビりでヘタレな私を許して。
私は肩を落とし、さめざめと心の中で泣きながら散らばったトランプをせっせと集める。ああ、実に滑稽よね。笑えよ、紫。というか何の用なのよ、いきなり。
「で?急な来訪の用件は何かしら?生憎と私もそんなに暇じゃ…」
「暇でしょう?だから一人でトランプタワーを作ってたのではなくて?フフ、実に迫力のある素敵な作品だったわね」
「お前ね…はあ、もういいわ。それで?」
くききー!こいつ、分かってやってたんだわ!なんて性悪妖怪!お前等人間じゃねえ!
腹の底でぶつぶつと文句を言い続けている私の問いに、紫は笑みを浮かべて質問に答える。それは私にとっては全く意味の分からない言葉で。
「――見届けに参りましたわ。レミリア・スカーレットの選ぶ運命、他の誰でもない貴女の紡ぐその選択を。
そしてここに誓いましょう。貴女がどんな道を選んだとしても、私は必ず貴女の力となることを。
全ての場は揃い、貴女の道を妨げんとする障害は最早何も無い。誰であろうと貴女の邪魔はしない、させない、許さない」
そこまで告げ、紫はパチンと小さく指を鳴らす。その刹那、私の足元にぽっかりと大きな隙間が発生して。
勿論、そんな咄嗟な状況変化に私が対応できる筈も無く、重力に逆らえない私は一気に真っ逆さま。
「ちょ!?な、なんでえええええええええええええ!?」
虚空へと落とされていく私が最後に見たのは、紫の優しい笑顔。ああ、全く悪びれないのね。ですよねー…ど畜生。
よし、決めた。私、これから先は金髪の妖艶な美女は一切信用しないことにする。くすん、紫のばかばかばか。
紫なんか紫なんか夜遅くに冷たいモノを沢山飲んでお腹壊せばいいんだわ。最強の妖怪みんな風邪引けっ!…えっと、風邪はつらいから、寝冷えくらいにしてあげよう、うん。