命を賭した暑さを終え、死を覚悟した寒さも過ぎ、季節は巡り巡ってこんにちわ。紅魔館の主、レミリア・スカーレット。まあ、自己紹介なんて今更よね。
いきなりなんだけど、最近の私は正直腑抜けてた。腐ってた。平和な日常に溺れてた。駄目人間になってた。
いや、突然何を言い出すのかと思うかもしれないけれど、ちょっと本気で私の話を聞いて欲しい。この私がここまで猛省をしている訳を。
まず始まりはちょっとしたことだった。最近、パチェが紅魔館に友達(魔理沙とアリス)を招待してるのをよく見かけたこと。
パチェに用があって、図書館を訪れると時々そこに魔理沙とアリスが居るのを何度か見かけたのよ。何でも三人で色々と知識の共有をし合ってるとか。
まあ、三人とも魔法使いだし趣味が見事に合ってるし、そりゃ仲良くもなるわよね。三人が楽しそうにしてる光景を私は少し離れたところで眺めていたのよ。
…うん、ごめんなさい。つまるところ、一体どうしたのかというと、正直物凄く羨ましかった。友達をお家にお呼びするパチェが私には眩過ぎて見ていられなかった。
私と同じ引き籠り100パーセント中の100パーセントで暗黒武術会に君臨するあのパチェが、友達を部屋に呼ぶなんていう天蓋の領域に足を踏み入れたのよ。
酷い、酷いわパチェ。お部屋に友達を呼んだことなんて、私は一度もしたことなかったのに。貴女はそんな私を裏切りリア充の世界へ去っていくというのね。
この気持ちは例えるなら高校生活彼女ゼロ生活を共に誓い合っていた親友が、クリスマス前にいつの間にか彼女をしっかりゲットしていたような絶望感。
リア充のパチェはきっとこの後みんなで世界を大いに盛り上げる部活をしたり軽い音楽にはまったりするのね。私なんか女々しい野郎どもの詩でも流してED迎えてろって感じなのね。
…何この格差社会。引き籠りフレンドのパチェがこの大空に翼を広げ飛んでいくというのに、一方の私は太陽の当たらない部屋で(吸血鬼ですから)漫画を読んでる有様。
親友は女としての輝きを取り戻しているというのに、一方の私は息詰まるような暗い部屋で(吸血鬼ですので)図書館から借りた恋愛小説がお友達になりつつある有様。
駄目!駄目よレミリア!こんなの全然駄目過ぎる!パチェがリア充生活を謳歌しているのに、どうして私はこんな駄目っぷりを突きつけられてるのよ!
最近はそんなことばかり考えては溜息をついてる生活。もしパチェの立場が咲夜だったら、私は喜んで祝福してあげた。咲夜には沢山の友達を作って欲しいし。
美鈴は最初から友達多そうだから別にどうとも思わない。よく門の前で妖精や妖怪達と遊んでるの見るし。ただ、リア充化しているのが
パチェというのは本当に私の心に見事な焦燥感を生んでしまった。まさかまさかあのパチェが、他人に興味ゼロ運動推進派のパチェが…おおもう…
分かってる。本当は私だって分かってる。魔理沙やアリスなら、私が『私の部屋に遊びに来なさい』と言ったら来てくれるだろうことくらい。
だけど、私がショックを受けているのは、それをパチェが行動に移したこと。いや、もしかしたらパチェが呼んだんじゃなくて
二人が勝手に来てるだけなのかもしれないけれど、とにかくパチェがお友達を連れ込んだという事実、それが私には眩し過ぎる。
だから、私が今更魔理沙やアリスを誘っても、きっとこの焦燥感は消えない。二人とも気の良い娘達だから、OKしてくれるだろうけれど、それじゃ私は永遠にフナムシのままだ。
必要なこと――それは行動。私が自分自身の尊厳を、そして何より親友に追いつく為には、私は自らの足で行動しなければいけないのよ。
パチェが魔理沙やアリスにそうしたように(←もはや決定事項になってます)、私も自分から誰かをお誘いしないと駄目なのよ!
ここで行動に移せないままじゃ、私は一生ただの引き籠り女で終わっちゃう。パチェが会社帰りにBARで素敵な人と良い雰囲気になっている中、家で
一人黙々と練武の洞窟で飛天無双斬を繰り返してるような時間を送ることになっちゃう。そんなの駄目!パチェに私も追いつくのよ!
思い立ったが吉日、だから私は行動を起こすことにしたのよ。明日じゃ駄目なの、今日じゃないと世界は変わらないのよ。明日って今さ!今やるのよ!
変える!私は世界を変えてみせる!私もパチェのようにリア充デビューして新世界の神になるのよ!
「…それで、急にウチに来たと思ったら黙り込んで一体何な訳?」
ゴメンナサイ。やっぱり明日にさせて下さい。ほら、偉い人曰く『明日に延ばせることを今日するな。よろしくね、☆崎さん』って…
紅魔館を飛びだして(勿論咲夜も適当な理由をつけて連れてきて)、私が駆けこんだ先は博麗神社。そして今、私の目の前で
眉を顰めさせていらっしゃるのは、勿論神社の主である博麗霊夢さん。だだだ、だって友達って言われて心当たりのある人って他に居ないんだもの…
そう、私には他に心当たりなんてないのよ。間違っても隙間の妖怪とか冥界の亡霊とか知らないのよ。妖夢?ほら、妖夢を呼ぶとセットで幽々子→紫コンボがね…
アリス魔理沙が駄目となると、私の残された友達カードは霊夢しかいない。霊夢に『私の家に遊びに来なさいよ』と誘う。誘ってみせる。…そうやって
意気込んで乗りこんだんだけど…あかんもん、霊夢見たら全然言葉続かんもん…なんで霊夢は無駄に威圧感○なのよおおお…
「何?用ならちゃっちゃと言いなさいよ。遊びに来たなら遊びに来たで別に構わないし」
「よ、用ならあるわよっ!私は霊夢に用事があって」
「じゃあ話しなさいよ。聞いてあげるから」
「うぐ…あ、あの…その…わ、私のね…その…」
「はぁ…あのね、レミリア。こ・え・が!ま・っ・た・く・き・こ・え・な・い!」
ヒィィィ!?わわわ、私の口の馬鹿っ!なんでこう肝心なときに上手く回らないのよ!?初対面の相手には驚くくらい突っ走るくせに!
で、でもでも仕方ないじゃない仕方ないじゃない!人をウチに誘うのなんて初めてなんだもん!そそそ、そんなの恥ずかしいっしょや!
あああ…霊夢がどんどんしかめっ面になってるう…さ、作戦ターイム!私は常に強い者の味方なのよ!
「ちょっと霊夢、いくらお嬢様が寛大とはいえ、そのような不躾な視線をぶつけないで頂戴。
お嬢様はお優しいから看過して下さっているけれど、正直その目は癇に障るわ」
「何それ、私のこの目は生まれ付きだし、一体どうしろって言うのよ。私はいつもと何も変わらないじゃない」
「そうかしら。私にはどうにも苛立って八つ当たりしているようにしか感じられないのだけれど。何か不満な事でもあったのかしら?
例えば、貴女一人だけ何か羨むようなことに仲間外れにされたとか。そういえば話は変わるのだけど、貴女って甘いモノは結構好きらしいわね。魔理沙が言ってたわよ」
「…このクソメイド、一体何が言いたいのよ」
「別に何も。ただ、そんな貴女が千載一遇の機会を逃してしまったのなら…そうね、ご愁傷様としか」
「ああそう、詰まるところアンタは私に彼岸まで送り届けて欲しい、と。それならそうと最初からそう言えばいいのに。
安心しなさいよ、狗の一匹や二匹くらい屠畜することなんて訳ないわ。精々主人の前でキャンキャン無様に泣き喚きなさい、駄犬」
「私が狗なら貴女は猿かしら?お茶を啜り煎餅を齧る他にすることが無い、実に暇を持て余した神々の下っ端猿ですこと」
…あれ、考え事してたらいつの間にか霊夢と咲夜の距離が近づいてる。というか、完全に互いの額がついてるし。
この二人、やっぱり本当は仲が良いのかしら。パーソナルスペース完全無視であれだけ接近してるし…遠くから見たらキスしてるようにしか見えない気がする。
ううん…お母さん、同性愛は反対だけど咲夜と霊夢が仲良くなるのは賛成かなあ。咲夜も友達居ないし…咲夜は微塵も気にしてないみたいだけど。
考えてみれば咲夜は人間だし、霊夢とは歳も近そうだし、仲良くなる要素満載よね。私も咲夜みたいに霊夢に踏み込む勇気が欲しい。
もし霊夢相手にヘタレちゃえば、私は誰一人お友達を呼べなくなっちゃう。お友達紹介コーナーでグラサン司会者の顔に泥を塗っちゃう。何よりパチェに置いてかれちゃう。
覚悟を決めなさいレミリア!言え、言うのよ!怖がるな!恥ずかしがるな!言って私も親友に追いつくのよ!私だけ引き籠り根暗女なんて嫌あああ!!
「れっ、霊夢!!今からすぐに外出の準備をしなさい!!」
「…なんで?」
「…お嬢様?」
私の声に、交差させていた視線を揃えてこちらに向ける二人。というか二人とも、なんで互いの胸倉なんか掴んでるのかしら…
でも、声を発したことでもう私に退路なんてないわ。くっ…背水の陣よ!私一人で陣なのよ!陣を描いて長い声の妖精だって召喚してみせるんだから!
「そ、そのね?普段私って霊夢のところに遊びに来てばかりでしょう?
だから、その…えっと…ひ、日頃の持成しのお礼の意味も込めて…れ、霊夢を紅魔館に招待しようかなって…さ、咲夜が言ってた」
「…アンタ、そんなこと言ってたの?」
「言う訳ないでしょう。私が貴女に礼なんて考えるだけで最悪ですわ」
「あああままま間違えたわ!自分の意思!そう、これは私の考えなのよ!だから…そ、その…霊夢さえ良ければどうかな…なんて…
で、でも無理強いしてる訳じゃないし、そもそも私はそこまで強く押すつもりもないというか、でも出来ればそういうのも悪くないかなとか思わなくも…」
危うく自分の娘に責任を擦り付けそうになってしまった何というヘタレ。もう自分で自分をぶん殴りたい。
というかもう自分が何を口走ってるのかさえ上手く把握出来ない。というか霊夢を直視できない、恐怖的な意味で。
私の言葉に霊夢は返事をせずに黙ったままで。あ、これ完全に終わった。ゲームセットだわ。8-0で巫女人軍の同一カード三連勝、吸血浜軍は完全に投壊しちゃってる。
く、空気が重た過ぎる。あまりの重圧に耐えきれなくて、情けないと知りつつも娘の咲夜に助けを求めるようにチラリと視線を送るんだけど、全然咲夜と視線が合わない。
いえ、合う事はあうんだけど咲夜は呆然とした表情浮かべたままでいつものような意志の疎通が図れない。何そのご冗談でしょうお嬢さマンさんとでもいうような顔は。
この空気はあれかしら。霊夢的には別に好きでもない女に普通に接してたら、いつの間にか好意持たれてて勘違いされて凄い迷惑なんですけど的なあれかしら。
…と、なると私は見事な勘違い女。ごごご、ごめんなさい!私如きが霊夢さんと友達なんて調子こいてました!霊夢さん一匹オオカミですもんね、マジぱねえっス!
と、とにかく冗談にしてしまおう。霊夢が何か言おうとしたら『かかったなアホが!』って冗談にしよう。きっと霊夢なら笑い話で流してくれる…といいなあ…駄目かなあ。
さ、さあ霊夢さっさと次の言葉を紡ぎなさい!私はいつでも発動準備はOKよ!神様にお祈りも部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備も完璧よ!
「レミr「さ、稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)」!!」やかましい!!「ごめんなさいっ!!」」
霊夢に一喝されて沈黙する私。全然駄目じゃない、何処が『これを破った者はいない』なのよ。めっちゃ簡単に破られたじゃない。
何時の間に歩み寄ってきたのか、私の傍まで来た霊夢がむんずと私の頭を帽子ごと鷲掴み。あ、今物凄いデジャヴ感じた。危険が危ない!
あああ、霊夢の瞳が哀れな小鹿を完全ロックオン。目下のところ霊夢と私の顔の距離は十数センチ。にゃはは…咲夜、パチェ、美鈴、フラン。わりぃ、私死んだ。
「…レミリア。私はアンタに前から言いたかったことがあるわ。
いちいち私の顔色を窺ってオロオロするな。アンタは最強の吸血鬼でしょう、人間の一匹や二匹くらい適当にあしらいなさいよ」
「だ、だってそれは霊夢が…」
「ぐだぐだ反論しない!返事は!」
「わ、分かった!分かったから!」
いや、そんなん私の責任じゃないやんか…そうは思っても決して口にしない私(しようとしたけど出来なかった)。
ブンブンと首を縦に振る私に、霊夢は息をつき、何かを決意したらしく、私から手を離して室内に設置されてある箪笥の方へ。
何を始めたのかと私と咲夜は互いに顔を見合わせて首を捻る。いや、だって霊夢、何で包みに服やら小物やらを詰め込んでるのか…
怒ったと思ったら、今度は私達を放置して無言のままに延々と作業。そして、軽くクッションくらいにはなりそうな大きさになった
袋を手にして、ドスドスと私の傍へ。ひぃっ!?な、何かまだ言い足りないこととか…
「ほら、さっさと行くわよ。神社を施錠するからアンタ達もさっさと出なさいよ」
「え、えっと…霊夢、行くって何処に…」
「何処も何も紅魔館に決まってるでしょうが。他の誰でもないアンタが自分から私を誘ったんでしょ?
あと、今日は紅魔館に泊まることにしたから、そのつもりで持成してよね。不味い晩御飯なんか出したら承知しないわよ」
「「なっ!?」」
霊夢の言葉に、私と咲夜は声を揃えて驚いた。い、いやいやいや!待って!何で!?何でそうなったの!?
いやでも、霊夢がウチに来てくれることになったのは驚き…だけど、これってつまり私の目的が達成されたのよね?それは本当に嬉しいんだけど…
まさかお泊りまで来るとは予想外も良いところで…あれ?でもお泊りって友達呼ぶより高レベルじゃない!メッチャリア充じゃない私!
か、勝てる…これならパチェに勝てるわ!並ぶどころか三馬身くらいつけて勝ててしまいそう!完全な独走態勢、私はたいようのレミリアだったのね!
「お、お嬢様!?まさか霊夢を本当に紅魔館に宿泊させるつもりでは…」
「へ?あ、えっと…まあ、良いんじゃないかしら。それもそれで楽しいだろうし、そもそも誘ったのは他ならぬ私だし」
「そ、そんな…」
…あれ、何で咲夜はこの世の終わりみたいな顔してるの。ほら、私達もとうとうパチェの待つステージに上ることが出来たのよ、もっと喜びなさいな。
私が霊夢を家に呼んだということは、咲夜が霊夢を家に呼んだに等しいからね。咲夜もどんどん霊夢と仲良くして良いのよ!咲夜は物怖じしないからガンガン攻めてOKよ。
ああ、今日はなんて目出度い良き日なのかしら。そうね、今日は記念日にしましょう。名前は『お友達と初めてのお泊まり会』よ。冷静に考えると、それはパチェが居るから
随分昔に達成されてるような気がしないでもないんだけど、ほら、パチェってもう私にとって友達以上に家族って感覚だし。親友兼姉妹みたいな。
何はともあれ、これで胸を張ってパチェに語れるわ。私にも家に遊びに来てくれる友達が居る…こんなに嬉しい事はない…って。
紅魔館に戻った…もとい、霊夢を連れてきた私達を最初に出迎えたのは、勿論門番をしてる美鈴。
私達と一緒に霊夢が居るのに驚いて『どうしたんですか?』と訊いてきたから、『霊夢は今日紅魔館に泊まるから』って返したら
凄く楽しそうな笑顔を浮かべてた。そして『それは素晴らしい考えです』って両手を叩いて言ってくれた。流石美鈴、話が分かるわね。
ただ、門を潜るときに咲夜に美鈴が一言二言何かを呟いてたわね。その後、何故か激昂した咲夜が美鈴を本気で追い回してたけど…あの二人、幾つになっても本当に仲が良いわねえ。
咲夜が居なくなっちゃったから、私は霊夢に客間までの案内しながら館の説明をしてたわ。やれあそこは何の部屋で、やれここはどういう部屋でとか。
話を聞いてた霊夢がぽつりと『こういう作りになってたのねえ。紅霧異変時はアンタをボコボコにすることしか考えてなかったから
ゆっくり館内を見てなかったし』などと物騒な発言をしてくれたけど、聞かなかったことにした。あれは私じゃなくてフランだってば。
そして私は客間の入り口まで辿り着き、扉を開く。そうねえ、まずは霊夢のお泊りする部屋とか決めないと
いけないわねえ…そんなことを考えながら私は扉を開けた室内に一歩その足を――
「はあい」
「失礼しました」
――踏み入れずに扉を閉め直した。これ以上ないくらい自然な動作で扉を閉めた。
「?何よレミリア、入らないの?この部屋が客間なんでしょう?」
「あ、ええと…そうなんだけど…ねえ霊夢、ここって紅魔館よね?」
「はあ?…レミリア、アンタ頭大丈夫?ここが紅魔館じゃないなら一体なんだって言うのよ」
「そうよね…最近漫画読んでばかりだし、目が疲れてるのかしら。何か室内に存在してはいけない妖々跋扈が…」
しかも、その妖怪達は私に向けて笑顔で挨拶してたような…本当、疲れてるのかもしれない。
軽く深呼吸し、私は再度扉に手を掛ける。そうよね、今のはきっと私の見間違い。だって、紅魔館にあの人達がいる筈が…
「無視するなんて酷いわね。先ほどの行動は深く傷つきましたわ」
「…これは見間違い。絶対に見間違い。だって紅魔館に八雲紫や西行寺幽々子が居る筈がないんだもの。
本当に私、どうしちゃったのかしら…もしかして私の心臓にいつのまにか核金でも埋められて、平和な日常からホムンクルスとバトル毎日に…」
「うふふ、うらめしや~」
「ひいいい!?ゆっくり成仏していってね!?」
「ゆ、幽々子様っ!恥ずかしいから止めて下さいっ!」
「何を遊んでるのよレミリアは…って、紫に幽々子じゃない。それに妖夢まで」
どうやら私の両目はばっちり正常だったみたいで。うん、これなら少しくらい狂ってるって方が良かったかもしれない。
室内に居たのは私の見間違いでもなんでもなく、本物の八雲紫と西行寺幽々子その人で。あと妖夢も一緒にいるけれど、妖夢だけなら良かったのに…
というか、どうしてこの三人が紅魔館に居るのよ。美鈴は…無意味か。だって紫、スキマ使えば何でもアリだし。本当、最強の妖怪よねえ…
「さて、客人の心を弄んだその罪科、どのように償って頂けるのかしら?」
「お前達が普通の客人だったら幾らでも非礼を詫びてあげるよ。紅魔館の門を潜り直して入館するところから出直して来な」
「まあ酷い。これが先ほどまで霊夢相手にしどろもどろになっていた紅悪魔と同一人物とは思えませんわ」
「なっ!?ゆゆゆ紫、貴女まさか覗いて…っ」
「ええ、バッチリと。レミリアもつれないお人ですわね。霊夢を誘うなら、私達も当然誘って頂かないと。
そういう訳で、本日は霊夢同様私達もお世話になりますわ。ああ、私達は宿泊はしないのでその辺りは配慮しなくて結構よ?」
「あら?私は宿泊するつもりだったのだけれど。そうよね、妖夢?」
「駄目ですっ!あまり冥界を離れられては、また閻魔様がお説教に来ちゃいますよ!」
「それは残念。本当、四季様も妖夢も堅い人ね」
私を放置して盛り上がる未招待の面々。ひどい…!ひどすぎるっ…!こんな話があるかっ…!命からがら…やっとの思いで…霊夢を誘ったのに…こぎつけたのに…
紫っ…!隙間妖怪がもぎ取ってしまった…!折角手にした私の未来…希望…努力をっ…!紫と幽々子を誘うのがヤバイから頑張って霊夢を誘ったのにっ!
紫や幽々子が少なくとも私を殺すつもりなんて微塵も無いことなんて百も承知よ。だけど、だけどね?だからといって、好んで一緒に居るのは無理なのよ?
例えばライオンとトラが貴女に絶対噛みつかない食べないと言われても、じゃあ傍に居られるかって話なのよ。紫も幽々子も嫌いじゃないわよ?
会話してて面白いなって感じるときもいっぱいあるし、楽しいなって思う時もあるけれど…それと私の本能は全くの別物なのよ!
というか紫、私と霊夢の会話を思いっきり見てたのね…あんな格好悪いところをわざわざ見なくても…なんて公開処刑なの、酷過ぎる。
メソメソとしてる(いや実際に泣いてる訳じゃないんだけど)私だが、救いの手は思わぬところから出てくることになる。霊夢が手に持っていた
荷物をドンと机の上に置き、肩を軽く回しながら紫に口を開いたのよ。
「ちょっと紫、レミリアの話を聞く限りだと、アンタ招待されて来た訳じゃない。それも無断侵入みたいじゃない」
「ええ、そうだけど何か問題でもあるかしら?」
「大有りよ馬鹿。アンタの能力でそれが可能なのは知ってるけれど、そういうのは礼儀に欠けてるんじゃない?
紅魔館に入るなら主であるコイツの許可を取ってから入りなさいよ。下手すれば咲夜達に侵入者扱いされてもおかしくないわよ」
「あら意外、他の誰でも無い貴女が妖怪に常識を説くなんて。明日は雨かしらね?」
「茶化すな。とにかくレミリアにちゃんと許可を貰いなさい」
「何故?そもそもこの件に貴女は関係ないでしょう?これはいわば私達とレミリア、風呂敷を広げても紅魔館住人との問題だわ」
「うっさいな、関係無くてもなんとなくムカつくのよ。いいから許可を貰いなさい」
「断る…そう言ったら?」
「門番と魔法使いとクソメイドの代わりに私がアンタをこの場でシメる」
「うふふ、面白いわね。最近少しばかり異変を二つ三つ解決した程度で私に唾吐けるというその増長、正してあげないと駄目かしら」
「あら、それは良いわね。私も昔からアンタのその人を小馬鹿にした態度が気に食わなかったのよ。一度きっちり退治してやるわ」
あの、霊夢…助けてくれるのは嬉しいんだけど、その、ここで二人に暴れられたら紅魔館が灰になっちゃう…
幽々子はあらあらと楽しそうに眺めているし、妖夢はオロオロとするばかりでどうにもならない。私?やっぱり私が止めないと駄目なのよね…
ううう…何でよりによって最強の妖怪と最強の人間の口論に口出ししないといけないのよ…もうやだ、何で私ばかり…世界はこんなはずじゃなかったことばかり過ぎる…
「二人とも、盛り上がるのは構わないが…ここが私の館であるということを忘れてないか?面倒だし、その辺で止めて頂戴。
霊夢の気持ちは本当に嬉しかったし、私の代わりに紫に言ってくれたことには感謝してるわ。ただ、紫はそれで止める訳がないのよ。
だからコイツのことは許してあげて頂戴。紫が勝手に紅魔館にやってくるのはもう慣れてることだから」
「…まあ、レミリアが良いならいいけど」
よかった、霊夢が引いてくれた…これで『ああ?』とか言われたら本気で泣いてしまうところだったわ。
紫もどうやら引いてくれるみたいだし…って、何よコイツ。私の方を見てニヤニヤして…何これ怖い。私はカードはお餅じゃないわよ。
「霊夢を止めてくれたのは私に紅魔館の鍵を預けてくれるということかしら?」
「馬鹿、誰がお前の首に鎖なんてつけられるものか。八雲紫は好きなときに好きなように館に来てくれればいい。
それがお前の在り方なんだろうし、私もその点は理解しているつもりだよ。何より私は誰に対してもこの館の門戸を閉ざしたつもりはないさ」
「ふふっ、それでこそレミリア・スカーレットですわ。紫のことを実に良く理解してくれている。紫も一本取られちゃったわね」
「全くね…これじゃ私は頭を下げる以外に術はないもの。紅魔館の主、レミリア・スカーレット、今回の件において無断で
貴女の城に忍び込み、加えて礼を失した振る舞いを行ったことをここに謝罪しましょう」
「だから要らないって。私は年中無休で暇人なんだ、来たい奴はどんどん来てくれた方がこちらにとっても退屈しなくて良いわ」
あー、今のちょっと言い過ぎた。友達が来てくれるのは嬉しいけれど、やっぱり自分の時間も欲しい。
ちょっと良い格好し過ぎたわよね…そもそも流石に毎日紫や幽々子と顔を合わせるのは精神的に大変過ぎるし…まあ、その辺りは分かってくれるわよね。
そういえば、形こそメチャクチャだけど、紫達も私の家に遊びに来てくれたのよね。えっと、霊夢に紫に幽々子に妖夢に…よ、四人も我が家にお友達が!
リア充ランクでは最早パチェと同等…下手すると食われるわよ、パチェ。どどど、どうしよう、四人も人が来たなんて私の想定外よ…一体どうやってお持て成しすれば…
とりあえず、まずは霊夢に荷物を宿泊する部屋まで運んで貰って…いや、でも霊夢って何処の部屋に泊まるの?使って良い部屋は咲夜に
訊かないと流石に分からないし、というかその間に紫達を放置するのも悪いし…な、なら霊夢の荷物はこのままで一度みんなに紅茶を…
私があれこれと悩んでいる刹那、客室の入り口の扉が再度開かれる。そして、そこから現れたのは、先ほどまで追いかけっこしていた美鈴と
咲夜。…だけじゃなくて、あれ、何でパチェまで…パチェだけじゃなくて、魔理沙とアリスまで居る。えええ、な、何この展開?人大杉…もとい、多過ぎじゃない!?
「あれ、魔理沙達も来てたんだ」
「よう、妖夢。来てるも何も、私とアリスの方が先客だぜ。ただ、私達はパチュリーの方に用があってだけどな。
咲夜達が図書館にいきなり来て『客人として一緒に持成してあげるから上に来なさい』なんて言い出すから誰が来てるのかと思えば。
お前に幽々子に紫に霊夢まで。何だこれ、春雪異変のOG会にはまだ少しばかり早過ぎるんじゃないか?」
「他の連中は知らないけど、私はレミリアに呼ばれて来たのよ。遊びに来いって」
「へえ…おいおい、霊夢は誘って私は除け者かよ。羨ましいぜ霊夢、私は何回もここに来てるのに一度もレミリアからそんな台詞言われたことないのに」
「…そうなの?」
いや、だって魔理沙ってパチェのお客さんじゃない。それを横から誘うのもどうかなって思うし…
私は確かに友達を家に呼びたかったよ。だけど、大切な親友の友人を横から奪うような真似だけは御免なのよ。そこまでする必要があるなら
引き籠り上等よ、一生日陰の少女として生きてやるわ。…まあ、日陰じゃないと私生きていけないんだけど、吸血鬼だし。
「まあ、私が紅魔館に遊びに来るように誘ったのは霊夢が初めてだよ。というか、霊夢以外誘ったことがないわね」
「そ、そう…ふーん…」
「何照れてんだよ、面白い奴だな霊夢は」
「照れてないっ!」
うわ、霊夢の蹴りが魔理沙の脛にヒットしちゃってる。痛そう…魔理沙蹲ってるし…あれも友情の形なのかしら。
そんな光景を眺める私に、声をかけてきたのは現在紅魔館リア充ランキングぶっちぎり一位のパチェ。
「で、レミィはこれからどうする訳?こんなに人を集めて宴会でもするの?」
「え、宴会?いや、私はそんなつもりじゃ…ただ私はパチェの背中を…」
「それは良いアイディアですよ!折角お嬢様の為にこんなに多くの人が紅魔館に集まって下さったのですから!
紅魔館の主として、皆さんの為にパーティーを開くというのも一興ではないでしょうか」
「ちょ、ちょっと美鈴!?何勝手に話を進めて…」
悪気がある訳じゃないのは分かってる。美鈴は馬鹿みたいに優しい良い奴だからそんなのは微塵もないことくらい分かってる。
だけど、だけど今だけは勘弁して欲しかった。一度転がり出した雪玉はどんどんどんどん坂を下るごとに大きくなっていくのよ。
「おお、そりゃ良い考えだ!賛成賛成!大賛成!宴会するなら私は勿論参加するぜ!なあアリス!」
「そうねえ…まあ、みんなでお酒を飲むのは嫌いじゃないからね。開催されるのなら喜んで参加させて頂くわ」
「あらあら、これは予期せぬ展開だったわね。かのスカーレット・デビルがわざわざ私達を持成して下さるんですもの、参加させて頂きますわ」
「ふふっ、紫が参加して私が参加しない道理はないわね。妖夢、今夜は大いに楽しくなりそうね」
「あ、やっぱり参加するんですね…うん、前向きに考えよう。レミリアさんや美鈴さんや魔理沙とお酒を飲めると考えれば」
「私は最初から宿泊するから、どっちでも良いわ。ただ、やるなら大いに騒がせてもらうけど」
よねえ…やっぱりこうなるわよね。ああ、みんなの視線が私に集まってる…私の一声を完全に待ってる…
友達一人をお家に呼ぶだけだったのに、どうしてここまで盛大に…いえ、妖夢も言ってたじゃない。前向きに考えるのよ。
昨日まではただのヒッキーだった私が、今や飲み会の幹事を任せられる程に進化を遂げたのよ。さようなら、イシツブテの私。こんにちわ、ゴローニャな私。
どうせこの流れで私に選択権なんてないんだもの。ならば後はどこまでプラス思考でいられるかだわ。この展開は私の望んだ展開、そう思う事にするっきゃないわ。
だったら後は立ち止まらない。みんなの期待に応えるだけよ、頑張れ頑張れ女の子勇気の向こうに恋がある!
「…ごほん。そこまで期待の目を向けられて応えない程、狭量な主じゃないつもりだよ、私は。
色々な偶然が集まり重なった今日だけど、これは必然なんだと考えましょう。さあ、咲夜!早速宴の準備をなさい!
――今夜は大いに騒ぎ大いに盛り上がりましょう!このレミリア・スカーレットが主催するパーティーだ、誰一人としてグラスを一時足りとて空けることは許さないよ!」
私の声に盛り上がってくれる面々。これで良かったのよね?これが最善だったのよね?そうだと言ってよジャーニー。
…あと咲夜、準備はちゃんと私も手伝うからね。料理くらいしか出来ないけど、咲夜の負担を減らすように頑張るから。本当、駄目駄目なお母さんでごめんなさい。
~side 幽々子~
夜の帳の降りた紅魔館、その一室にて繰り広げられる華やかなパーティー。
豪華な料理と酒に彩られ、参加している各々客人がわいわいと楽しそうに思い思いのときを過ごしている。
室内の一角では、先ほどレミリア付きのメイドである十六夜咲夜の手品ショーが終わったばかり。そしてどうやら次は人形遣いの人形劇が始まるようだ。
その催しの最善席で劇に熱中するは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。魔理沙や妖夢と共に子供のように無邪気に楽しんでいる姿は本当に微笑ましい。
彼女達の姿はいつまで眺めていても飽きないのだけれど、私まで彼女達のように宴の虜になる訳にはいかない。踊らされるのは嫌いじゃないけれど、強制されるのは好きじゃないから。
私は手に持っていたグラスをテーブルに置き、足を目的の人物へと進める。その人物は壁にもたれかかる様に立ち、笑みを浮かべている。
「幽々子は流石に気付くわよね。貴女は変なところで人一倍鋭いもの」
「あら、人一倍程度とは傷つくわ。これでも人三倍程度は自負しているつもりだけど」
「冗談よ、貴女は人十倍くらいの鋭さを持つ銀のナイフね」
その人物――八雲紫は私の言葉に息をついて答える。勿論、その表情は笑ったままだ。
私は紫の隣に立ち、室内の光景を見渡した。成程、私達以外にも気付いてる連中は居るわね。流石は悪魔の居城だこと。
「紅美鈴、パチュリー・ノーレッジもこの『混じり』にどうやら気付いてるみたいね。
霊夢は少し違和感を感じてる程度かしら、このレベルで気付けるなんて本当にあの娘の感覚は人間をとうに超越しているわねえ」
「だからこそ貴女は霊夢を博麗の巫女に選んだんでしょう?娘自慢をひけらかすような年頃でもないでしょうに」
「貴女が妖夢を自慢するくらいにはさせなさいな。まあ、それはさておき…幽々子、貴女は何時から気付いていたかしら?」
「そうねえ…完全に違和感を覚えたのは、紅魔館に全員が集合してからかしら」
「そう、ほぼ私と同じだわ。だけど、私の推測ではきっと私が博麗神社を覗いていた時から始まっていた筈よ」
「紫でも駄目なのね。ふふっ、紫にすら尻尾を掴ませないなんて余程の実力者ね。神クラスかしら?」
「どうかしらね。ただ、どこの誰かは知らないけれど、どうやら狙いは完全にここ紅魔館…というより、レミリアに絞ったみたいね」
「成程、確かにあの娘は良い火薬だわ。レミリアさえ中心にあれば、どれだけ騒気を集わせようと何の違和感も無い」
「そういうこと」
紫の言葉に、私は考えを整理する。どうやら紫の考えも私と同じ。ただ、紫の素振りに少し違和感を感じた。
恐らく紫は私に一、二枚ほどカードを隠してる。恐らくは紫なりに考えての行動でしょうけど、伏せたままにしてくれるのは有難い。
そのおかげで私は今回の騒動を第三者として純粋に楽しむことが出来る。もしかしたら紫は犯人まで辿り着いているのかもしれないわね。
なれば今回の異変は紫も関与かしら。その可能性は低いと思うけれど…それならそれで楽しめば良い。今回はしっかりと観客に務めさせて頂きましょう。
「――今宵の異様な宴会こそが着火点。そして紅く染まる悪魔の館こそが集う想いの蒐集箱。
さてはて、暗く蠢くパンドラの箱にわざわざ篝火を灯す愚者は何者か。目的も含めて少しでも楽しめると嬉しいわ」
「あら、それは告げる相手が違うでしょう?それじゃまるで犯人は私みたいじゃない」
「知ってる?時に傍観者も罪に問われることがあるのよ。暗がりに住まう悪鬼羅刹の存在を努々忘れぬように」
「善処するわ。少なくともあちら様の望まない展開にならないように」
紫と会話を止め、私は視線を人形劇に向け直す。この舞台は掌の上で踊ると決めた、ならば後はせいぜい自発的に愉しむとしよう。
この誰かが裏で開催させたパーティーを、私は皆と共に笑って楽しむ。アリスの操る人形のように、くるりくるりと糸を繰り。
異様な熱気、異彩な喜劇。そして広がる僅かな妖気。全てを羽織り、私は愉快に踊る。くるりくるり、くるりくるりと。