――で、私があのペド変態妄想頭可哀そう女…ごめんなさい、それ全部、完全に私の勘違いでした。
金髪女の言っていた言葉の意味を理解したのが、次の日の朝。
室内には、本を読み耽っているパチェと、やることもなくボーっとして椅子に座ってた私。そして、私の後ろに控えているメイド長の咲夜。
ほら、特に会話も無かったからさ、話題提起のつもりで昨日の女の事を話そうと思ったのよ。変態女が来たって。
大体自分で巫女って。あの純洋風な容貌で巫女って。笑えるじゃない。だから私は皮肉交じりで、昨日あの女が言ってた事を二人の前で言ったのよ。
『今夜、この紅魔館に博麗の巫女が来るわ』
そしてそのペド巫女はフランをテイクアウトするんですって、プフー!…って感じで続けようとしたんだけど、続けられなかった。
だって、私が博麗の巫女って言葉を口にした瞬間、パチェと咲夜が凄い目で私を見つめてきたんだもん。正直怖かった。
そして二人で『やっぱり当然来るわよね』とか『ええ、これだけ幻想郷中を騒がせたのですから、動いて当然でしょう』とか
ぼそぼそと小声で話してる訳。何?あの変態ペド女ってそんなに有名なの?ってその時は思ってたのよ。
で、二人の話を横で興味無い振りをしながら耳を傾けてると、それはまあ、とんでもない事実を知ってしまったというか。
何でも博麗の巫女というのは、この幻想郷で異変が起こった際に、それを解決することを生業としている人間を言うらしい。
そして、解決の為ならば、どんなに強い妖怪が相手であってもボッコボコにしてきたとか。その話を聞いて、私は思ったね。何その反則超人って。
人間が妖怪をフルボッコって世の中を舐めてるとしか思えないわ。この世の中はあまりにも不公平過ぎる。
こちとら吸血鬼なのに、妖精の一匹にも勝てやしないというのに。五分空を飛んだだけで全身筋肉痛なのに。
話を戻しましょうか。それで、二人の話と昨日の女の話をまとめると、
何でもその妖怪ハンターが今夜、『私を』狙ってくるそうだ。理由は唯一つ、『私が』紅霧なんて迷惑なものを幻想郷中に散布してしまったから。
いやいやいや、ちょっと待ちなさいと。本当に待って下さいと。だからそれは私じゃなくて傍迷惑な馬鹿妹のせいだって。
いや、それ以前にそんな妖怪をぶっ飛ばすような化け物(人間)が私のところに来るですって?冗談じゃない。
こちとら今までずっと紅魔館に引き籠って、奇跡的に生を永らえてきたというのに、
そんな妖怪退治専門家みたいなハンターが私の前にやってきてみなさい。迷わず三秒で成仏する自信があるわよ。
いくらなんでもこれは拙い。拙過ぎる。今までの低レベルな妖怪(私から見れば遥かに超高レベル)の妖怪が
門番にあしらわれてきたのとは訳が違う。言うなれば私の命が危険。危険報知メーターが余裕でレッドゾーン振り切ってる。
つまり、正体は未だに良く分からないけど昨日の女が言ってたことは、
『フランを貰いに今夜会いに来ます』じゃなくて『お前の命を狙って博麗の巫女が今夜来るぞ』って事だった訳。
オー、ジーザス。一体話の何処をどう聞き間違えればこんな擦れ違いが生まれるのかしら。
フランの貞操なんて微塵も関係無いじゃない。誰よペド女の妄想とか勝手なこと言ってた奴は。
そんな訳で、今夜どうにも命の終りが確定したらしい私は、冒頭の通り、笑うしか出来ないといった悲惨な状態に
陥った訳である。丸。ああ、もう本当に笑うしかないわ。駄目だこりゃ、次(来世)逝ってみよう!って感じよね。
そんな乾いた笑いしか出てこない私に、背後に控える咲夜は感嘆の声を含ませながら、
「しかし、流石はレミリア様ですわ。
博麗の巫女が今宵訪れる事を既に察知しているとは、これも運命を操るお力ですか?」
とか、本気なのか冗談なのか理解に苦しむ発言をして下さった。
いや、知ってるも何も、昨日変な女から聞いたこと言っただけだし。運命とか見えないし。操れないし。
というか、今更なんだけど、私の持つ力を紅魔館の住人達は『運命を操る程度の能力』だと思い込んでる。
当然私はそんな力を持ってる訳もなく、これまた小さな誤解がどんどん勝手に膨らんでいっただけなのだけれど。
そうね、原因は確か結構昔の話。紅魔館の大広間で行われたパーティーの席、パチェと酒を飲んでた時に、
パチェが唐突に『貴女って時々ゾクっとするくらい、勘が当たる時があるわよね』なんて言ってきたのよ。
その時は私も酒を飲んでて気分が良くてね。ついつい冗談で『私には運命を読む力があるからね。造作もない事よ』なんて大ホラ吹いちゃって。
まあ、ほら、どうせすぐに『つまらない冗談ね』なんて突っ込みが入るだろうと、期待してたのに、パチェったら
酔っ払いの戯言を真に受けちゃったらしく、『それじゃ、明日はどのような事が起こるのかしら?』なんて私にトスを回してきたのよ。
仕方ないから私も適当な事を言っておけばいいかなって思っちゃって。
つい『そうだな…明日は外に出ない方がいいな。激しい地震が起こるだろうからね』なんて言っちゃった訳よ。
まあ次の日になったら忘れてるか、何も起こらずに『レミィの大嘘つき。期待して損したわ』なんて突っ込みが入るんだろうなって軽い気持ちで思ってた。
そうしたらね、起きちゃったのよ。大地震が。次の日に。それも怪我人を沢山出すくらいの。
瓢箪から駒っていうか、ワインボトルから金銀パールっていうか。しかも性質の悪い事に、そのことをパチェがみんなに言いふらしちゃったみたいで。
それからというもの、紅魔館の連中は私が運命を見ることが出来る、なんて勘違いしちゃった訳。
何度も否定したんだけど、誰も聞く耳を持ちやしない。まあ、そういう理由で私は運命の申し子なんて呼ばれるようになったんだけど…本当、下らない冗談なんか言わなければ良かった。
だからまあ、咲夜も例に漏れず、私の力=運命の方程式を信じてるのよね。本当、みんな馬鹿ばっかりよ。
「愚問よ、咲夜。レミィにとって、そんなことは造作もない事だもの。
どうせレミィにとっては全ての事象がただのお遊びに過ぎないのだから。この紅霧も博麗の巫女も、ね」
私の気持ちを勝手に代弁するのは親友のパチェ。しかも私の気持ちを見事に微塵も読み取れてらっしゃらない。
お遊びですって?こちとら命掛ってるのよ?生と死の境界に立ってるのよ?デッド・オア・アライブなのよ?
そんな私の何処に遊ぶ余裕があるというのか。ふざけないでよこの紫もやし。まあ、私はパチェ以上にもやしなんだけど。
「そうですね、パチュリー様。この世の全てはレミリア様の掌の上で転がされているだけに過ぎませんでした」
いや、転がすって何を。私が掌の上で転がすことが出来るのは大好きなブラッド・キャンディーくらいだけど。
本当、相も変わらず咲夜の思考回路はネジが吹き飛びまくってる。これは一体何処に修理を頼めば良いのかしら。
…っと、そうね。ここでちょっとこの娘、咲夜について紹介しておきましょう。
彼女の名は十六夜咲夜。この紅魔館のメイド長にして、私の忠実な従者。種族は人間。
もともとこの娘は紅魔館の前に捨てられていたのを、私が拾って育てたの。その理由?切っ掛けは勿論、私より下のカーストが欲しかったからよ。
だって私、紅魔館の中で最弱じゃない?主なのに。だからふと思ったの。『私より弱い奴がいれば、少しは心が晴れるかも』って。
だから人間である咲夜を拾って、それはもう手塩に粗塩を刷り込んで大切に大切に育てたわ。
この娘が大きくなるまで片時も離れずに、傍で常に『私より弱く育ちなさい、私より弱く育ちなさい』って念じながら。
…まあ、その結果は御覧の通り。見事に私の期待を裏切ってくれやがって、今では人間なのに、
門番やパチェよりも強いなんてふざけた成長を遂げてくれやがったわ。そのうえ、時間を止める力まで持ってるし。ああ妬ましい妬ましい。
そういう訳で私の『十六夜咲夜育成計画』は見事に失敗に終わってしまったの。
しかも始末に悪いのが、私が咲夜にこれでもかって愛情をかけて育ててしまったせいで、咲夜が私に対し、
異常なまでの尊敬の眼差しと呆れるほどの忠誠心を向けてくれるようになってしまったこと。
もう何ていうか、人をまるで創造神か新世界の神か何かと勘違いしてるんじゃないかってくらい、私に良くしてくれるの。
多分、咲夜に『命をくれるかしら』って聞いたら、即座にその場で自分の首を落とすわね。間違いないわ。
まあ、そんな風に母親として慕われるのは悪くないのだけど、最近はちょっと度が過ぎる。咲夜のかけるプレッシャーで胃が痛い。
ちなみに永遠の紅い月とか、スカーレット・デビルとか私の二つ名を考え広めた元凶は咲夜だから。
私は一度も自分から他人にそんな事言ってないから。そんな恥ずかしい二つ名なんて要らないから。中二病か。
つまり何が言いたいかと言うと、咲夜は私に夢見過ぎ。多分私の正体(超最弱)を知れば、ショックのあまり自殺しちゃうかもしれない。
そんな咲夜の夢を大事にする為に、一応頑張って偉そうな主ぶったりしてるんだけど…今回ばかりはちょっと勘弁して下さい。
咲夜の中の私(妄想像)なら、巫女の一匹や二匹簡単に屠るんでしょうけど、
空を飛ぶしか出来ない(しかも時間制限付き)私に一体何が出来るというのよ。命は一つしかないのよ、大切にさせなさいよ。
「それでレミィ、どうするの。博麗の巫女が今夜この館に来るのなら、迎え撃つ準備をした方が良いんじゃないの?
まあ、レミィが一人で巫女と遊びたいと言うのなら、私は傍観に徹するけれど」
「冗談。早々に私が出ては趣に欠けるというものよ。そして何より面白くない。
咲夜、貴女はお客様をこの館で迎え撃つ準備をなさい」
だから巫女と一人で向かい合ったりしたら、三秒で殺されるっつってんでしょうが、このダラズ。
私は(かなり真剣に)咲夜に指示を出し、咲夜は畏まりましたとばかりに頷き、まるで瞬間移動でもしたかのように室内から消え去った。多分時間を止めて移動したんだろう。
しかし、これで少しは気が紛れる。何しろ紅魔館の連中が総出で相手にするんだもの。
いくら相手が化け物巫女とはいえ、簡単には抜けられないでしょう。そして諦めてくれたらいいなあ、とか思ったり。
そんな私の心の動きに気づいたのか、パチェは私の方を見つめて
「レミィも大変ね。本当は自分一人で迎え撃って遊びたいでしょうに、紅魔館の主という立場がそれを許さない。
咲夜に無理を言って頼んでみたら?まあ、あの娘は貴女が一人で巫女と相対することなんて絶対了承しないでしょうけれど」
楽しそうに笑いながらそんなことを言いやがりました。だから一人で向かい合ったら(以下略)。
むしろ今の私は紅魔館の主という立場を最高に喜んでるわよ。ビバ権力、ビバ王権主義。
これであの馬鹿な真似をしでかしてくれた何処ぞの妹さえ反省してくれれば、何の問題も無かったんだけどね。本当、嫌になるわ。
軽く息をつき、私は踵を返して部屋の外へと向かう。不思議そうな表情を浮かべるパチェに、私は告げる。
「一刻ほど眠るわ。何かあったら起こして頂戴」
「分かったわ。それじゃ、おやすみなさい、レミィ」
そうだ、眠ろう。眠って現実逃避をしよう。目が覚めたら、これは夢だったってオチが待ってるかもしれない。
あ、それと相当紹介が遅れたんだけど、さっきまで私と話してたのはパチェ。パチュリー・ノーレッジ。私の親友。
ちなみに彼女と親友になった理由が、私がインフルエンザで寝込んでる横のベッドで、喘息で生死の境を彷徨っていたから。
美しきは弱者同士の友情ね。あとで彼女が相当な力を持つ魔法使いを知って、『私を裏切ったのね』と一人枕を濡らしたのは秘密だけど。
「…げ」
私が自分の部屋、マイルームにある愛しきベッドを目指して館の廊下を歩いていると、
向こうから正直顔を合わせたくもない奴が笑顔を浮かべて近づいてきた。まあ、ぶっちゃけ言うと私の妹ね。
私が命の危険にまで晒されてるその元凶であり、紅霧なんぞを幻想郷に広めて下さった張本人。
もし私に力があったら、多分泣くまで殴るのを止めなくても物足りないくらいね。本当、何もかもコイツのせいでコイツのせいで。
「御機嫌よう、お姉様。嫌ですわ、私の顔を見るなりそんな不機嫌そうな表情をされて」
「…不機嫌にもなるわ。一体誰のせいでこんなに頭を痛めてると思ってるのよ」
「あら、妹の我儘や勝手をも寛容に受け止めてこそ私の愛するお姉様でしょう」
本当、一度絞め殺してやろうかと思う。いや、殺せないけど。逆に殺されるけど。
言うに事欠いてそんな戯けたことを抜かしやがりますかそうですか。一体どの口が言うんだ、ええコノヤロウ。
「私とて受け止められる我儘にも限度というものがあるの。
本当…面倒事ばかり引き起こしてくれて、一体どうするつもりなのよ」
「これは不思議な事をおっしゃいますのね。この幻想郷中を騒がせている『紅霧』は『お姉様が』引き起こしたのでしょう?
だからこそ巫女はお姉様を目指してこの館にやってくるんだもの」
「ええ、そうね。残念ながら今となっては完全にそうなってしまったわね。…誰かさんのせいで」
私の嫌味にも表情を崩さず、ただただ笑みを湛えるフラン。あーもう!こいつムカつく!!
フランは昔からそうだったわ。何時だってこいつは何かをやらかしては、私に責任を押し付けてくるのだ。
以前に庭に思いっきり魔力を放出して巨大なクレーターを作った時も、私のせいにしてくれたし、
以前に従者を十人ほど滅多殺しにして殺し散らかした時も、私のせいにしてくれたし。
前者のときは、私の気まぐれな行動ってことで処理したし、後者のときはそいつらが私の命を狙っていたと適当にでっち上げて皆に説明した。
もう本当に色々とごめんなさいと謝りたかったわ。特に後者。ごめんなさい、何の罪もない従者達。
貴方達は立派だったわ、スカーレット家の為に、見事に散っていったと言っても過言ではないもの。
まあ他にもフランがやらかして私が隠ぺいしたことは沢山あるんだけど、今回のモノはちょっと拙過ぎる。
いくらなんでも幻想郷中を巻き込むような悪戯を考えるか普通。呆れる私に、フランは相も変わらず人の癇に障るようなことを言ってくれるではないか。
「何にせよ、幻想郷中を巻き込んでしまったんですもの。
お姉様には『紅魔館の主』として、相応の対応をとって頂かないとね」
「よく言う。何だったら紅魔館の主の座を貴女に与えてあげても良いのよ。
私の妹である貴女にならその資格は充分にあると思うのだけれど?」
「御冗談を。私にお姉様の後釜だなんて荷が重過ぎますわ」
私の提案にフランは大層面白そうに愉悦を零して断わりを入れる。ああもう!本当に憎たらしい笑顔ね!
そう、フランは私が主になってから十数年間、ずっとそうだった。私が何とか紅魔館の主の座をフランに
譲ろう(押し付けようの間違い)と、何度もそれとなく話を振るのだが、この娘は少しも頷こうとしない。
本当に興味がないのか、ただ私が主として毎日疲れる姿を楽しんでるだけなのかは分からないが、
一つだけ確かなのは、フランが紅魔館の主になる気は微塵もないということ。
しかもこの娘は何故か紅魔館の地下深くに部屋を作り、そこで寝食を過ごしている。姉である自分が言うのもなんだが、少しばかり変な娘なのだ。
そんな変な生活ばかりしてるから、昔いた紅魔館の従者達や妖精達には、フランは変わり者というか、
忌避される存在と相成っていた。何でも紅魔館の地下には悪魔が棲んでいるだの、主の妹は気が触れている狂気の娘だの。
まあ確かにフランは吸血鬼だから地下に悪魔が棲んでいるって表現には違いないし、
気が触れていると思われても仕方のない行動を(私に対して)やってるけど。もっとエスカレートした話になると、
私ことレミリア・スカーレットが狂気に囚われたフランを地下に幽閉しているなんて話まである。
いやいやいや、そんなこと出来る訳がないだろうと。そもそも私がフランを閉じ込めるなんて出来る訳がないのだ。
だってフラン滅茶苦茶強いし。お父様とお母様の才能全部受け継いでるし。私、空しか飛べないし。
本当、話せば話すほど、どうして私が紅魔館の主なんかをやってるのか理解に苦しむ。それもこれも変な遺言を残した馬鹿親父…もとい、お父様のせいだ。
あのときアイツが…じゃなくてお父様が素直に『紅魔館の次の主はフランドールとする』って遺言を残してくれれば良かったのよ。
そうすれば私も、こんな血生臭い館にサヨナラして、一人森の奥でケーキ屋さんを開業できたのに。長子相続制なんて消え去ればいいのよ。
「…とにかく、今回の件は私が片づけておくから。
今夜が終われば、ちゃんと紅霧を止めるのよ。どうせ今止めろと言ってもきかないんでしょうから」
「はあい、分かりました。少々不満は残りますけど」
「残さなくて結構よ。はぁ…それじゃ私は部屋に戻るから」
私は大きく溜息をつき、フランに別れの言葉を切り出してさっさと足を進め始める。
馬鹿妹のせいでとんだ時間をくってしまったわ。私の貴重な睡眠時間が少なくなってしまったじゃない。
時は金よりも重いのよ。タイムイズマネーなのよ。というか早く私に現実逃避をさせて下さいお願いします。
「…咲夜、いるんでしょう?夜の帳が下りる前に、準備を終わらせるよ。パチュリーにも…」
背後からフランが何かボソボソと話してる声が聞こえたけれど無視無視。
私の眠りは何人たりとて邪魔出来はしないのよ。ああ、うん、今のはちょっと大きい事言い過ぎたわ。反省反省。
眠れない。目が冴えてちっとも眠れない。
自分の部屋に戻って、ベッドの上に寝転がったは良いけれど、肝心の睡魔はちっとも襲ってくれやしない。
それもまあ当然よね。だって考え直してもみれば、『貴女今夜凄く強い人に殺されます』って言われて
スヤスヤと心安らかに眠れる訳がないのよ。死の運命が数時間後に待ってるのに、呑気に眠れる訳がないじゃない。
ちなみに、私が先ほどから巫女に殺される、殺されると言っているのは決して大袈裟な表現などではない。
巫女と私が相対せば、私は確実に殺されるだろう。こう言いきれる理由は唯一つ、スペルカードルールが原因。
ちなみにスペルカードルールの説明は省略させて貰うわ。だって私、やったことないから説明なんて出来る訳がないもの。
私視点の説明をすれば、空中でタイマンを張り、これでもかってくらいに魔弾を互いに打ち合うといった殺戮ゲーム。
ちなみに言っておくと、先に言った通り、私は魔弾なんて出せない。ましてやスペルカードなんて持ってないし作れない。
今までは弾幕勝負なんてやる機会がなかったから別に良かったんだけど、今回ばかりは話は別。
恐らくというか、その巫女は十中八九私に弾幕勝負を挑んでくるだろう。でも私に出来るのはやっぱり空を飛ぶことだけ。
しかも移動速度は泣きたいくらいに遅いし、飛行時間も5分飛ぶのが精いっぱい。
そんな私が弾幕勝負なんてゲームに勝てる訳がない。ましてや私はパチェをも凌ぐクイーンオブ貧弱。
魔弾なんて喰らってしまえば間違いなく一撃で昇天確実だ。だからこそ私は声を大にして断言してるのだ。私は今夜死ぬ、と。
いや、でも私も頑張って以前はスペルカードを作ろうとしてた頃もあったのよ。でも出来ないものは出来ない訳で。
名前だけは考えてるんだけどね。『不夜城レッド』とか『全世界ナイトメア』とか、凄く格好良い名前をね。
あ、余談なんだけど、咲夜の名前って私が付けてあげたのよ。十六夜咲夜、良い名前でしょう?
でも本当はあの娘の名前をシュトルテハイム・ラインバッハ三世にしたかったんだけど、パチェやフランが猛反対してね。
それで敢無く次案だった咲夜になった訳。ごめんね咲夜、自分の意見を押し通せなかった意志の弱い私を許して。
話を戻すわね。そんな訳で私はスペルカード勝負なんて出来ない。だから死は確実。
私に出来ることといったら、今夜巫女が私の所に来ないように、紅魔館のみんなに期待することだけ。
もし今夜、私の前に巫女が現れるようなことがあったら…ああ、考えたくもないわ。どうして500年しか生きていない私が、こんな若い身空で死ななきゃいけないのか。
もう本当、こんなことならさっさと紅魔館を出て行って、ケーキ屋を開くんだった…
「…って、そうよ!!何も私がわざわざ律儀に紅魔館にいる必要なんてないじゃない!!」
ベッドから顔をあげ、絶叫する私。そうよ、どうして気付かなかったのか。
巫女が私の命を狙っていると言うのに、それをどうして馬鹿正直に真正面から受け止めないといけないのか。
己の死刑執行を座して待つ馬鹿など誰もいないように、私も自身の死神をここで待つ必要などないのだ。
今からでも全然遅くない。紅魔館の主の座なんかさっさと捨てて、新しい人生の第一歩を踏み出すのよ。
きっと今日私が居なくなれば、他の連中は巫女に殺されたんだと勘違いするでしょうし、
主の座だってフランのものになる筈。フランには少しばかり迷惑をかけるけれど、そもそも紅霧の原因は他ならぬフランなのだから仕方ない。
そうだ。紅魔館の事は全部フランに押し付けて、私は旅に出よう。この幻想郷の大地で、新たな第一歩を踏み出すのよ。
そして何時の日かケーキ屋さんを開き、大好きな人と幸せな家庭を作るの。そして子供に今度こそシュトルテハイム・ラインバッハ三世と名付けよう。
そうと決まれば善は急げ。私は慌ててリュックサックを持ち出し、その中に必要最低限の荷物を詰め込んでゆく。
旅立ちに必要な室内のモノ、とりあえず夜眠るのに一人じゃ寂しいから人形を持っていくでしょう。
そして私の大好きなブラッド・キャンディーに、そうそう、お気に入りのマグカップも必要ね。
これで最低限のモノはOK。あとは食料として血液を…オーマイガット、これ以上荷物が入らないじゃない。
まあ、あれよね。人間の血なんて人里に出ればいくらでも飲めるわよね。献血お願いしますって言えば分けてくれるわよね。
そう自分を言い聞かせ、私はリュックを背負い、日傘を片手に窓の外へ身を投げ出す。
そしてゆっくりと落下。ただでさえ飛行するのは疲れるのに、荷物を背負ってるから余計にツライ。
こんなことなら荷物を少し減らすんだったと思いながら、私は庭に着地する。
ここで『どうして飛行したまま紅魔館の外へ出ていかないんだ?』と思ってる人がいるかもしれないから、答えておくわね。
実は紅魔館の敷地内には結界のような術式が張ってあって、門以外の場所から出入りが出来ないようになっているの。
これはお父様が残した魔術らしいのだけど、まあ、これのおかげで今まで相当助かってきてる。
だって、この魔術があるということは、来客者は絶対に門を通り抜けないと敷地内に入れないと言うこと。それはつまり…
「あれ?お嬢様じゃないですか。こんにちは」
彼女、この紅魔館の門番こと紅美鈴と戦わなければいけないということだからだ。
門の前まで足を進めた私に気づいたのか、美鈴は人懐っこい笑みを浮かべて私に話しかけてきた。
私も笑みを浮かべ、美鈴に言葉を返す。
「こんにちは、という時間帯には少し遅いかもしれないけれど」
「あ、それもそうですね。もうお昼御飯を食べてから随分時間も経っちゃいましたし」
あははと微笑みながら私の下らない揚げ足取りにもちゃんと答えてくれる美鈴。うん、やっぱり良いわねこの娘は。
この娘の名前は紅美鈴。この紅魔館の門番として、お父様が生きていた頃から務めてくれているのだけれど、
私はこの娘のことを結構気に入っていたりする。何ていうか、あんまり強そうじゃないよわっちい空気…もとい、親しみやすい空気を纏っているから。
所謂癒し系ってやつかしら?咲夜も小さい頃はそんな感じだったんだけど、最近は真面目さばかり目がついて、
すっかり遠い世界の住人になってしまったのよね。
美鈴は堅苦しいところが一切ないから、リラックス出来るのだ。これで私より弱かったら最高だったのだけれど、
現実はそんなに甘くはない。いや、強くて助かってるから甘いのかしら。
普段はぽけーっとして居眠りなんか日常茶飯事にやってる美鈴だけど、戦闘となると正直ヤバい。本気で強い。
短期決戦でこそ咲夜には劣るけれど、長期戦や防衛戦においては彼女の右に出る者はいないってくらい強い。
だからこそ、紅魔館の門番なんて物騒な役職を務められるんだろうけど。でも、これに勝てる咲夜って本気でヤバくない?
本当、どこをどう育て間違ってあんな完璧超人になってしまったのかしら。ああ、全く妬ましい妬ましい。
「しかし門番が居眠りをしていないとは珍しい。今日は雨の代わりに槍でも降ってくるのかしら?」
「お、お嬢様~。流石にそれは酷いですよお…いくら私でも、今日という日ばかりは居眠りなんてしないです」
ぷんぷんと怒りながら、美鈴は必死に否定する。本当、からかいやすいわねえこの娘は。
しかし、なんでも今日は警備に力を入れてるらしい。それも普段は絶対居眠りしてる筈の美鈴が。はて、今日は何があったかしら?
「安心して下さい、お嬢様。たとえ博麗の巫女が相手でも、私は一歩足りともこの門を越えさせはしませんから。
たとえ命尽きようとも、お嬢様の為にこの場所を死守してみせます」
真剣な表情で語る美鈴に言葉に、ようやく私は気付く。そうだったわ、巫女が私を殺しに来るんじゃない。
そもそもその為にリュックまで用意して脱走しようとしてたのに、目的を忘れるなんて私ったらうっかり…じゃなくて!
ちょっと美鈴の発言に気にかかることがあった。命を懸けると言ったの、この娘?いやいやいや、それは幾らなんでも大袈裟というか。
「恐らく博麗の巫女は私が今まで闘ってきた妖怪達とは比較にならない強さなのでしょう。
だけど、私は一歩足りとも引きません。例えスペルカードルールを破ったとしても、お嬢様には指一本触れさせませんから」
ああ、美鈴の言葉が痛い。痛すぎるわ。なんていうか、心に突き刺さる。
だって私、今から紅魔館から逃げるもの。美鈴が守ろうとしている先には、実は誰もいないんだもの。私、紅魔館に居ませんよ?
それなのに命を懸けるだなんて…これは拙い。というか、これで美鈴が死んだりしたら、正直寝覚めが悪過ぎる。
なんとかこの娘のやる気というか、考え方を変えさせないと…とりあえず美鈴はアホの子だから適当に言い包めて、と。
「…ねえ美鈴。お前は何か勘違いをしていないか?」
「勘違い、ですか?」
「ええ、そうよ。私は貴女の主、それは間違いないかしら?」
「は、はいっ!私の主はレミリア・スカーレットお嬢様をおいて他にはいません!」
よし、上手く乗ってきた。私はコホンと咳払いを一つして、言葉を続けて紡いでゆく。
勿論その間神様に祈るのを忘れない。どうか作戦が上手く決まりますように上手く決まりますように、と。
表情は偉そうな自信満々な顔を作って、視線を少し苛立たし気な感じで…よし完璧!
「ならば問うが、私はお前如きに守ってもらわねば、それこそ命を捨ててまで体を張ってもらわねば
巫女にどうこうされてしまうような弱き存在だとでも言うつもりか?お前の主はそんなに下らない存在だったのか?」
「え…?い、いえ…そんな…」
ごめんなさい、されます。それこそ美鈴に命を張ってもらわないとどうこうされる以前に死んじゃいます。そんな主です。
だけど私のペテン…もとい説得に美鈴は動揺し始めている。よし!手応えは充分にある!あとは無理矢理捻じ込むのみ!
「良いか門番、間違えてくれるな。私はお前に命を捨てろとも、この館を死守とも命令した覚えはない。
そんな下らない勝手手前な自己判断で命を落としてみろ。私はお前を地獄の果てまで追いかけ、それこそ死よりも辛い罰を直々に与えてやる」
「お、お嬢様…」
「私がお前に命じたことは唯一つ、来客が紅魔館の門を潜るに相応しいかどうかを見極めることだけ。
少しは考えなさい。その来客が、お前の命を奪ったなどと私が知れば、そいつは私にとって客のままでいられるか?
間違いなく私は頭に血が上り、そいつを八つ裂きにしても飽き足りない程の憎悪の念に駆られるだろう。
自分の大切な所有物(モノ)を奪われて、笑顔でいられるほど私は優しくはないからな」
よしよしよし、美鈴の目が潤んできてる。美鈴がこういう感情系の説得に弱い事は百も承知なのよ。
これは押し切れる。私はそう確信し、美鈴に背中を向けて、館の方へと足を踏み出し、そして止めの一言。
「――私の楽しみをどうか奪ってくれるなよ、紅美鈴。
この門前でお前と顔を突き合わせ、下らない雑談に興じることも、私の大切な日常なのだから」
決まった。これ以上ないくらい決まった。私の手応えに応えるように背後から美鈴の詰まった声の返事が聞こえる。
きっと美鈴は感動のあまり泣いてるのだろう。嘘の言葉を並べて美鈴を泣かせてしまったことに罪悪感は覚えるが、
美鈴が死ぬよりは何倍もマシだ。咲夜もそうだけど、この館の住人は主への忠誠心がちょっと大き過ぎる。
普通のご主人様だったらそれもありかな、とは思うけど、ご主人様が他ならぬ私だからねえ…
ちょっとくらいは減らしても良いんじゃないかなって私は思う訳よ。プレッシャーとか凄いし。胃が痛いし。
まあ何はともあれ、私は従者の命を一つ救ったのだ。嘘ばかりは並べ立てたが、良い事をしたと思い込めば問題無し。
これで安心して私も紅魔館から出ていけるというものね。ああ、本当に良かった良かった…
「…って、館に戻ってきてどうするのよ馬鹿ああああああ!!!!!」
演出を重んじるあまり、美鈴に別れを告げて、気づけば紅魔館の中にまで戻ってきてしまっていた。
あんな恥ずかしい台詞を並べ立てた手前、流石に今からまた美鈴の前に姿を現すのも…ううう、馬鹿馬鹿、私の馬鹿。
結局私はもう一度美鈴の前に向かう勇気が持てず、すごすごと部屋まで引き返した。私、何の為に門前まで行ったのかしら…