異変も終わり、春爛漫。その春は私の幸福をも運んでくれる。
――完璧。これ以上ないくらいの最高の充足感(サーヴァント)を引き当てた。最早言葉で表現することすら難しい程のこの感情の昂ぶりを如何せん。
私は最後のデコレーションを終えたケーキを満足げに眺め、うっとりとしたままで感嘆の息をつく。ヤバい、これもしかしたら過去最高クラスかもしれない。
そう思うとニヤニヤが止まらない。駄目よ、いけないわレミリア。気をしっかり持つのよ。こんなだらしない顔なんて誰にも見せられないもの。
ああ、でもこの胸のトキメキが、鼓動が抑えられない。もう例えるなら、世界中の大好きを集めても皆に自慢したい想いに足りないくらいだわ。
今日は雲一つない良い天気(吸血鬼らしくいうと最悪の天気だけど)だから、久々にケーキ作りでもやってみるかと思って張り切ってみたんだけど…まさかこれ程のモノが出来るだなんて。
ふふ、最近はパイやクッキーとかばかり作っていたから、ケーキ作りの腕は鈍っていないか不安だったんだけど…こればかりはまさに要らぬ心配だったようね。
他のことはへっぽこぷーな私だけど、ケーキ作りならば胸を張って幻想郷一を自負しているもの。ふふ、ケーキ王レミリメッシュにかかれば、ブランクなんてなんの意味も無かったわね。
…ただ、ちょっと張り切り過ぎたかしら。なんかどう見ても軽く十人分くらいはあるんだけど…まあ、良いか。幸い、紅魔館は消費者に困らないし。
完璧を自負する作り手としては、後はこのケーキの感想が聞きたいところ。ふふん、早速みんなに食べて貰って感想を聞きに行くとしようかしら。
自分で食べて満足するだけじゃ勿体無いわ。こういうものはみんなで共有し、感想を聞いてこそ嬉しいものなのよ。さてさて、ナイフとフォークとお皿を幾つか用意して…と。
ケーキと食器を乗せたトレイを運ぶ為に持ち上げて…うわ、ちょっと重い。でもまあ、許容範囲。流石にこれくらいは…だ、大丈夫よね。
トレイを持ち、フラフラと揺れながら移動ケーキショップ『レッドマジック』出発進行。さあ、私のケーキの最初の虜になるのは誰かしら。
咲夜…は、今ちょうど買い物に出かけてるのよね。美鈴も門番してて、そこまで運ぶのはちょっと大変だし…そうね、まずは図書館から攻めましょう。
あそこならパチェが常在してるし、そろそろパチェの紅茶の時間でしょうし。その茶請けに素敵なスイーツをお届けするのも悪くは無いわ。
フラフラと廊下を揺らめきながら(やっぱりちょっと重い)図書館目指して歩いていた私だけど、パチェの前に偶然別のターゲットに出くわす。
「…お姉様、何やってるの?フラフラ覚束ない足取りは円舞の練習?」
向いの廊下の曲がり角から現れたのは、我が愛しの(憎たらしいまでに小生意気な)妹、フランドール・スカーレット。
ふふん、良いところに来たわねフラン。ちなみに私は別にワルツもジルバも日本舞踊もしているつもりはないわよ。
「丁度良いところで会ったわね。フラン、今お腹空いてるでしょう?空いてるわよね?いいえ、空いてなくても良いからウンと言いなさい」
「…あのね、意味分かんないから。別に空いてない訳じゃないけれど」
「でしょう?そんなフランに吉報よ。ちょうど今私特製のケーキが完成したところなのよ。今日は本当に良く出来たと我ながら自負しているわ。
ほら、そういう訳だから貴女も自分の分を好きなだけ取りなさい。ああ、良いのよ礼なんて。これは私が好きでやっていることだから」
「言わないわよ礼なんて。だって本当にお姉様が勝手に作って勝手に配ってるだけじゃない」
「ぐ…そ、そう言われるとその通りなんだけど…」
「それにケーキ作りって…相も変わらず少女趣味ですこと。スカーレット家当主は今年何歳だったかしら?
最強の吸血鬼と恐れられるスカーレット・デビルの趣味がお料理なんて知られたら、幻想郷中の悪鬼達に笑われますわね」
「うぐっ…い、良いのよ!そんな些事で私を判断するような三下なんて放っておけばいい!それより食べるの!?食べないの!?」
「勿論喜んで頂きますわ。他ならぬ愛するお姉様の好意ですものね」
くうう、少しもそんな風に思ってないくせに。フランったらいつもいつも一言多いのよ!
まあ、だからといってそんな些細なことで怒ったりしないけどね。ほら、私お姉様だし一応。文句を言わないのはあくまで私の心が瀬戸内海のように広いからであって、
別に本気で逆切れするフランが怖いからとかそんな訳じゃないのよ?ほほほ、本当よ?たった一人の可愛い妹ですもの、少しくらいの我儘は大目に見てあげないとね。
ケーキにナイフを入刀し、自分の分を切り分けて皿に入れるフラン。その様子はいつもの捻くれた小悪魔とは全然違って、まさに無邪気さに溢れた女の子。
…本当、フランがいっつもこんな風だったら私も苦労しないのに。変に気紛れを起こしては私に迷惑をかけるんだから性質が悪いのよね。最近は気紛れが発動しないから助かってるけれど。
「ん、取り終えたよ。ありがとう、お姉様」
「あら、お礼は言わないんじゃなかったのかしら?」
「気が変わったのよ。うふふ、このお礼はいつか必ず返させて頂きますわ」
「…やっぱりお礼なんて言わないで良いわ。ケーキのお礼でまた突飛な行動を起こされては堪らないもの」
「そう遠慮することも無いでしょうに。いけずなお姉様」
何と言われても結構よ。安全第一、君子危うきに近寄らず。フランの冗談に付き合ってたら、こっちの身が持たない(切実な意味で)のは充分理解しているもの。
はいはい、と適当にフランの返答を流し、私は『それじゃ』と別れの言葉を告げ、次の獲物の待つ図書館の方へと歩き直し始める。
…しかし、段々ケーキが重く感じてきた。フランが少し減らしてはくれたものの、その重量感はまだ衰え知らず。
いや、まあケーキの重さっていうか、普通にお皿やフォークの重さだと思うんだけど。自他共に認める世界オクレ姉さんランキング第一位の私が
このまま図書館に運ぶには少しばかり大変な訳で。あっちへフラフラこっちへフラフラ…ちょ、ちょっと無理。す、少し休憩しよう、うん、それが良いわ。
一度トレイをその辺の棚に乗せようとした刹那、ふっと私の両腕の負担が綺麗に消えちゃって。あれ、重くない。というか私の手からケーキが消えた。
一体何処に、と探す手間なんて必要なくて。私の手からケーキ諸々の乗ったトレイを手にしたフランが、私の真横を無言でツカツカと歩いて行って。あの、ちょっとフラン…私のケーキを何処に運ぶつもり…
ぽかんとする私がその場に立ち止まったままであることに気付いたのか、フランは後ろを振り向くことなく足を止め、私に向けて口を開く。
「どうせ図書館の方にでも持って行くんでしょう?グズグズしてると折角のケーキが台無しになるんじゃないの?」
「え…あ、うん、そうなんだけど…」
「だったら早く行きましょう。じゃないと私の気紛れがいつ爆発するか分からないよ?
そうねえ、このケーキをきゅっとしてどかーんするのも面白いかもしれないわね。お姉様、していい?」
「だだだ、駄目に決まってるでしょう!このケーキは私が過去作った中でも三指に入る程の…」
「はいはい、お姉様の漫画談議とケーキ談議は美鈴にでも聞いて貰って下さいな。
聞いてて眠くなるのよね、お姉様の長話。あと熱入って語ってるお姉様はなんか暑苦しくて気持ち悪くて嫌いだし」
「あ、暑苦しいって…気持ち悪いって…」
レミリア・スカーレット。齢幾百の吸血鬼にして、実の妹に暑苦しくて気持ち悪いと言われたスカーレット・デビル。本気で泣きたい。
ここまで言われても何一つ言い返さない私ってカリスマすぐる。勿論、別にフランの逆切れが怖くて黙ってる訳じゃないのよ?何度も言うけど本当よ?
ああ、なんだか知らないけれどフランったら妙に上機嫌みたい。ケーキを運びながら鼻歌なんて歌ったりして珍しい。何か良いことでもあったのかしら?
…まあ、フランの機嫌が良いならそれでいいか。ケーキも何だかんだ言って受け取ってくれたし、何故かトレイまで運んでくれるみたいだし。
あとはパチェにケーキを振るって、買い物から帰ってきた咲夜に振るって、門番してる美鈴に振るって、みんなから『美味しい』の言葉を貰う。うは!夢広がりんぐ!
やばい、みんなから美味しいの一言を貰える光景を想像するだけで顔が綻んじゃう。…ふふふ、駄目よ、まだ笑っては、しかし…
「…お姉様、何一人でニヤニヤしてんの、気色悪い」
…実の妹に今度は気色悪いとまで言われました。それでも反論しない私って本当にカリスマすぐる。
気持ち悪い、気色悪い、暑苦しい。最早どこぞのアーマーナイトすらも超える三拍子。そろそろ本気で泣いて良いと思うの、私。
「その術式は無駄が多いわね。少なくともここを削れば一詠唱余裕が出来るでしょう?」
「そうかあ?でも、そこを削ると絶対構成ラインが足りなくなるぜ?下手すりゃ制御不能になって詠唱時点で暴発しちまう」
「馬鹿ね、貴女は何の為にこの部分に補助スペルを導入してるのよ。ここのセンテンスは魔力の安定と作動準備を整える為にあるのよ」
先生、事件です。パチェに魔女の宅急便ならぬ吸血鬼の宅急便をしようとしたら、図書館に魔女が群がってます。
魔女魔女魔女、何処を見ても魔女だらけ。一匹の何とかと見たら百匹は居ると思えとはよく聞くけれど、まさか魔女まで増殖するとは…増えてやがる、遅過ぎたんだ。
いや、というか普通に魔理沙とアリスが来てるだけなんだけど。何、パチェったら何時の間に二人と仲良くなったの?お家にお呼びする仲になったの?
ずるいわよ、私なんて家に呼ぶような友達なんて一人も居ないのに。魔理沙なら誘えば来てくれそうだけど…さ、誘って断られたら嫌だし…チキンとか言うな!
なんか魔法談議に盛り上がってるみたいだけど、ケーキどうしよう…そんな私に気づいたらしく、魔理沙が本から顔を上げて、私の方に視線を向ける。
「おお?よう、レミリア!今日はお邪魔してるぜ…って、あ、あれ?レミリアが二人?」
「こんにちわ、魔理沙。いきなり訳の分からないことを言ってるけれど、頭の方は大丈夫かしら?」
「いや、だってレミリアの隣にも金髪のレミリアが…」
私の隣?って、ああ、何だフランじゃない。あれ、魔理沙ってフランに会うの初めてだっけ?
そういえば、魔理沙がウチに来たのって春雪異変の時が初めてだし(←紅霧異変のとき魔理沙と会ってません)、その後も館に遊びに来てるの
見たこと無かったし、今日が二回目の来訪って考えると、それもおかしくないか。フランって基本地下でヒッキーだし。私は上でヒッキーだけど。
「魔理沙の頭が大丈夫かはともかく、私もレミリアが二人居るように見えるんだけど…レミリアのお姉さん?」
「ちょ!?ちょっと待ちなさいアリス、言うに事欠いてどうして先に『お姉さん』って単語が出るのよ?普通は『妹さん』って訊くだろう?」
「ウフフ、レミリア・スカーレットの姉を務めさせて頂いているフランドール・スカーレットですわ。以後お見知り置きを、魔法使いさん方」
「フランも普通に応対するなっ!」
ケーキを机に置き、上品にスカートを摘んで一礼するフランに私は全力で突っ込みを入れる。駄目だこの妹、早く何とかしないと…
とりあえず、魔理沙達の後ろでクスクス笑ってるパチェは後で死刑確定。お昼寝タイムに私の抱き枕としてパチェ枕を使ってやる。覚悟しなさい。
しかし、フランって意外と社交性あるのかしら。普段の引き籠りパワーから考えて、少なくとも私レベルの人見知りガールだと思ってたんだけど…本当に意外。
「へえ、フランドールって言うのか。私は霧雨魔理沙だ、よろしくな」
「私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」
「ええ、お二人とはよろしくしたいと思っていますわ。特に人形遣いさんの方は色々と興味がありますもの」
「えええ…私よりアリスかよ、ショックだぜ。おい、レミリア、お前の姉は人を見る目がなってないみたいだぜ?」
「誰が私の姉かっ!フランは趣味が変わってるのよ。まあ、フランの分は私がよろしくしてあげるからそれで我慢して頂戴」
「おう、仕方ないから私はレミリアで我慢してやろうじゃないか。色物キラーの称号はアリスにくれてやろう」
「…あのね、何だかそれって私に好意を抱く人は変人って意味に聞こえるんだけど…」
きゃいのきゃいのと騒ぐ二人に、フランは笑ってる。ああ、良い笑顔だわ、凄く嫌な予感ばかりが感じられる素敵なデビルスマイルね。
でも、フランはアリスに興味があるのねえ。この娘のことだから弾幕勝負とかでより遊べそうな魔理沙の方が興味持ちそうな気が
しないでも無かったんだけど。まあ、人の趣味はそれぞれか。アリスは良い娘だしね。この前の飲み会で私にGP-01シルバーニアン人形作ってくれるって約束してくれたし。
ああ、本当に楽しみだわ。早く完成しないかしら。完成したら私の部屋の机に飾って毎日二時間くらい眺めて過ごすのに。アリス、本当に待ってるわよ。
「客人も盛り上がっているご様子ですし、私はこれで失礼しますわ」
「おお?もう帰るのか、レミリア妹。もう少しゆっくりしていっても良いだろうに」
「止めなさい魔理沙。フランドールは人と接するのがあまり得意ではないのよ」
パチェの言葉にそうなのかと納得する魔理沙。納得しない私。いや、そんなのメチャクチャ初耳なんだけど。
だってフランって私相手に散々好き勝手我儘するわ、博麗の巫女相手に弾幕勝負ふっかけるわ、対人恐怖症のたの字も無いじゃない。
首を傾げる私を余所に、フランは笑みを零しながら自分の分のケーキを片手にさっさと図書館から去って行った。
「お前の妹って何だか変わってるんだな。変に礼儀正しかったりするし」
「猫被ってるだけだよ。肉親相手だと遠慮というものが無い」
「へえ、レミリアはフランドールから随分愛されてるのね」
「…あのね、私の話聞いてる?私相手だと遠慮が無くなると言ったのよ?大体あの娘は昔からいつもいつも…」
アリスに反論するも、魔理沙とアリスは微笑ましく笑うだけで相手にしようとしない。何この空気、イラッ☆とするじゃない。
というか、私は別にフランを紹介する為にここまで来た訳じゃないのよ。そう!私の目的はケーキ!ケーキをみんなに食べて貰う為にここまで来たんだから!
さあ、魔理沙にアリス、そしてパチェ。そろそろ視線を机の上にある素敵なスイーツに向けてくれても良い頃じゃないかしら?
そう、それは例えるなら戦場に咲き誇る一輪の薔薇。貴女達を魅了してやまない女の子なら誰もが求めるデザートがそこに…
「で、話は戻るんだけどこの属性魔法の修正点なんだけどな…」
「だから、そこは相反し合う力で構成させても仕方無いでしょう?そもそも前提となる基本術式が…」
「最低限度の火力を保つことを条件とするなら、まずここでレジストを発生させているのが問題…」
…あれ、魔法談議再開?私のケーキは無視?箱根の皆さ~ん!れみりあるものですよ~!はい、完全無視入ります!
って、ちょちょちょ!他の何でもない私のパーペキ(死語)ケーキを無視して魔法のお話ってどういうことよ!?ちょっと奥さん!?
魔法よりもまずは大事なことがあるでしょう!?女の子なら誰もが飛び付く楽園の素敵なお菓子がそこにあるでしょう!?美味しそうな匂いしてるでしょう!?
その魔法書だか魔導書だか知らないけど、そんなもの見てないで私のケーキ見なさいよ!綺麗な造形してるでしょう、作りたてなのよこれ…って、コッチヲミロオオ!!!
だ、駄目よレミリア、落ち着きなさい…ここで『ちょっと貴女達!そんなもの見てないで私のケーキを食べなさいよ!』なんて言い出すのは格好悪過ぎも良いところだわ。
そう、私の求める流れはこれよ。『三人のうち誰かがケーキに気付く→うわ、美味しそう→食べる→このケーキを作ったのは誰だ!(良い意味で)→それも私だ→レミリア、君って奴は…』
この流れでみんなから『美味しい』と言って貰う、その一言で私は晴れてハレルヤ幸せいっぱい夢いっぱい。自分から言い出しては駄目、今は我慢よ。我慢の時よ。
魔法談議で盛り上がる三人を余所に、私は余ってる椅子の一つにちょこんと座り、三人から声をかけられるのを只管待つ。耐えるのよレミリア、この我慢が後の三順を買うことになるんだから。
…三分経過、まだ盛り上がってる。くききー!何よ何よ何よ何よ!貴女達は私のケーキよりも魔法が大事なのね!そんなに魔法が好きなら魔法と結婚すれば良いじゃない!
うう、ごめんなさいケーキ。ここまでお前に…我慢我慢と言ってきたのに済まないけれど…もー我慢出来ない…って、馬鹿!まだ慌てるような時間じゃないわ!
時間を確認するのよレミリア、今はちょうど三時どき、おやつの時間には程良い頃合いだわ。待っていれば、向こうが美味しいケーキに寄ってくるという訳よ。
果報は寝て待て、私はただ餌に食らいつくのを待てば良いだけのこと。さて、私は本でも読みながら声がかかるのを待つとしましょうか。
机の上にあった本を一冊拝借し、私は流し読みを始める。うん、さっぱり分かんない。本当、パチェの本って面白くないのばっかりね。漫画とか集めれば良いのに。
…ふぁぁ、何だか眠たくなってきた。でも、もう少し我慢。もう少ししたら魔理沙達のケーキを美味しいって言ってくれる最高の笑顔が…
笑顔と言えば、今日はフランの本当に笑ってる顔を久しぶりに見た気がするなあ…本当、あの娘はいつもあんな風にしてれば良いのに…
だってフランの笑顔は…本当は誰にも負けないくらい…可愛い笑顔なんだから…ぐう…
~side パチュリー~
…あらら、レミィったら完全に眠っちゃったわね。まあ、私達が延々と魔法の話をしてるんだから、レミィにとっては退屈も良いところなんでしょうけれど。
それにしても魔理沙もアリスもなかなかレミィのケーキに気付かないわね。フランドールの登場がレミィのケーキを完全に消しちゃったから
仕方無いと言えば仕方ないのだけれど。でも、正直早く気付いて欲しい。レミィのケーキは本当に美味しくて、市販のモノとは比べ物にならないくらいなんだから。
「うーし、終わったあ!よしよし、帰ったらこの手順でスペルカードを改良するとするか。今日はサンキュな、二人とも」
「別に良いわよ、私も参考になるところはあったし。私もこんな立派な図書館を貸してくれたパチュリーには感謝してる」
「感謝するようなことでもないわ。知識の独占なんて矮小なポリシーを持ち合わせている訳でも無し」
「そうそう、太っ腹な魔法使いは長生きするぜきっと。ところでパチュリー、話は変わるが本を数冊ほど永遠に借り…」
「一週間レンタルなら受け付けるわ。それ以上期限を過ぎると狗か門番を派遣するよ」
「…せめて三週間。今なら魔法の森で取れた不思議なキノコも付ける。これ食べると身体が大きくなるかもしれない」
「仕方無いわね…アリスも何か必要な本があったら持って帰りなさい。あとキノコは要らないわよ」
喜ぶ魔理沙とアリス。趣味で蒐集した本ばかりだし、別に大したことではないというのに。
まあ、魔法使いとは私も踏まえてそういうモノなんでしょうけれど。どうせここにある全ての本の内容は私の頭に入ってるものね。
さてさて、私としては早くレミィのケーキに気付いて欲しいのだけど…どうやら魔理沙が気付いたみたいね。ケーキを前に驚きの声を上げている。
「何だこのメチャクチャ美味そうなケーキは!いつからここにあったんだ?」
「何時からも何も、さっきレミィとフランドールが持ってきたじゃない。気付かなかったの?」
「いや、全く。魔法の事に夢中になると周りが見え無くてなあ…なあ、パチュリー、これ食べていいのか?というか、駄目と言っても食べるつもりなんだが」
「ちょっと魔理沙、それは流石に意地汚いわよ」
「いいのよ、どうやら作り手さんも私達に食べて貰う為に作ったみたいだし」
「作り手?これ作ったのって誰なんだ?咲夜の奴か?」
「そこで可愛い寝息を立てている紅の館の眠り姫」
私が指さした先をアリスと魔理沙は視線を動かす。そこにはすやすやと眠りこけている大切な親友の姿が。
レミィの寝顔を見て、二人の驚いてる表情から次第に柔らかい表情に変ってゆく。まあ、そうなるわよね。レミィの寝顔って本当に子供が眠っているようにしか見えないし。
魔理沙もアリスも無駄に面倒見が良さそうだから、こういうのは結構クるんでしょうね。まあ、絶対に誰にも渡すつもりはないけれど。
「…なあ、パチュリー。こいつを家にお持ち帰りしても…」
「私の賢者の石を全て受け切れたなら考えてあげても良いわ。その後に咲夜の殺人ドールと美鈴の極彩颱風が追加されると思うけれど」
「ちぇ、このお嬢様大好きっ子クラブどもめ」
渋々と諦める魔理沙。まあ、一番大変な試練はフランドールの四人同時のレーヴァテインなのだけど。
魔理沙が諦める横で、アリスもさり気なく息をついてる。本当、気の抜けない。レミィは全身から良からぬフェロモンが出てる説は一度真面目に検討する必要があるわね。
眠るレミィを起こさないように、魔理沙は私とアリス、そして自分の分を皿に取り分けていく。さり気なく自分の分だけ私達の二倍近く切り分けてる辺り、
霧雨魔理沙という人間が良く分かる。本当、面白い人間ね。こういう裏表のないところがレミィとは気が合うんでしょうね。少しだけ羨ましいわ。
「そうそう、先に言っておくことがあったわ」
「何だ?食べたら料金を払えとか言うのは無しだぜ?」
「言わないわよ。ただ、自分から払いたくなるかもしれないわね。レミィのケーキを一般のそこらのモノと一緒くたに考えない方が良いわよ」
「へえ、そんなに美味しいの?私も趣味程度にケーキは作るから、少し興味があるわね」
「なら試してみなさいな。レミィの作るものはどれも一級品だという現実を知ることになるだけだわ」
私の挑発に魔理沙は乗ったとばかりにフォークを使い、ケーキを自分の口へ。少し遅れてアリスも同様に。
若干の咀嚼の間を置き、劇的に移り変わる二人の表情。でしょうねえ、昔の私もそうだったもの。レミィのケーキは最早世界レベルなのだから。
「美味しいっ!!な、何だこれ!?え、これ本当にケーキか!?マジかよ!?」
「静かに。レミィが起きちゃうわ」
「あ、ご、ごめん…け、けどこれは反則だろ!?こんな美味いケーキ今まで食ったこと無いぞ!?なあアリス!」
「ええ、魔理沙に同意するわ。これだけのモノはちょっと…本当に美味しい以外の言葉が見つからない。甘みはあるのに甘過ぎない…本当に絶妙」
二人の感想に、私は思わず表情を崩してしまう。仕方無い、レミィが褒められて私が嬉しくない筈がないのだから。
本当、レミィが二人の感想を聞いてたら喜びのあまり館中を走り回ってたかもしれないわね。残念なことに今は眠りの森のお姫様だけど。
でも、二人がこれだけの反応をするってことは、もしかしたら今日のケーキはかなり上出来なのかも。こういう時に限って居眠りなんて、レミィらしいと言えばらしいけど。
「しかしレミリアってこんな才能があったのか…もう紅魔館の主を妹に譲って人里でケーキ屋でも始めた方が良いんじゃないか?」
「…洒落にならないわねえ。吸血鬼が人里でケーキ屋って、凄くシュールな光景だわ」
「幾多の可能性の中にも、そんな未来もあったのかもしれないわね。けれどレミィは紅魔館の主、この館の主はレミィ以外の誰かになるなんてことはないわ」
「そりゃそうだ。何、ただの例え話の冗談話だよ」
そう、それは唯の例え話で冗談話。だけど、そんな未来をレミィが一番望んでいることを私は知っている。
そんなレミィを私は縛る。自分達の為に、レミィを押し殺す。レミィが自由に生きる為に、レミィの翼を斬り落とした。
最低だとは理解している。だけど私は…私達は立ち止まらない。立ち止まれない。レミィの未来の為に、私達はレミィの未来を奪うのだから。
「んぅ…はふぅ…」
「おお、レミリアの奴寝言なんか言ってるぜ。本当、面白い奴だよな。うりうり」
「止めなさいって。面白いというか、目の離せないという表現の方が合ってる気がするわ。放っておけないっていうか」
レミィの頬を突く魔理沙に、それを制止するアリス。
二人の表現はどちらも間違っていない。レミィは面白い、そして放っておけない存在なのだから。
私の愛する親友は世界中の誰よりも臆病で小心者で…だけど、世界中の誰よりも優しくて勇敢で、素敵な女の子。
この世界の齎したこれ以上ない程の理不尽にも決して負けない誇り高き吸血鬼――それが私達のレミリア・スカーレットだもの。
「失礼しますっ!お嬢様の手作りケーキがあるとフランお嬢様に聞いて、仕事をほっぽり出して飛んできました!ちなみに咲夜さんもサボり仲間です!」
「ちょ、ちょっと美鈴、私を貴女と一緒にしないで!私はちゃんと買い物を済ませてきたわ!貴女とは違うんです!」
そんなレミィだから、こうして私も美鈴も咲夜も…そしてフランドールもレミィの傍で笑っていられるんだ。
レミィと一緒に生き、そしてレミィの傍で死ぬ…そんな生涯を私達は誰もが心から望んでいるんだろう。この儚くも愛しいお姫様の為に、私達は――