母様をこの手で護る。それが私、十六夜咲夜の最初にして絶対の誓い。
吸血鬼でありながら、人間である私を愛し育ててくれた母様。誰よりも大好きな母様を護ること、それが私の全て。
それだけはどれだけ時が流れようと変わらない。母様を護る為、ただその為だけに私はこれまで必死で歩いてきたのだから。
私と母様が出会ったのは、私がまだ自身の自我すら芽生えていない赤子の頃。
紅魔館の近くに捨てられていた私を、母様が拾って館に連れ帰ったのか始まりらしい。
そのとき、母様が赤子を自分の娘にすると言いだした時は館が荒れに荒れたとはパチュリー様の談。
人間の子、それも魔法で調べたところ、本当に生まれて間もない赤子。それがどうして湖で隔離されている紅魔館に捨てられているのか。
恐らくは人里の子供ではなく、何かの手違いで幻想入りした人間なのではないか。ただの人間の子供かどうかも怪しい。
そんな怪しい子供を無理に紅魔館で育てるより、博麗の巫女なり八雲の妖怪なりに渡すべきだと意見を推すフラン様とパチュリー様に対し、
母様は何があろうと私を紅魔館で育てると頑として譲らなかったらしい。フラン様曰く、『あの時のお姉様は私が何度脅しても諦め無かったよ』だそうだ。
そんな平行線を辿る話に決着をつけたのが傍観に徹していた美鈴だった。美鈴が『紅魔館の主が決めた判断ならば、私達はそれに付き従うべきだ』と言ったらしい。
これが後で納得のいかないフラン様と美鈴の壮絶なぶつかり合いに発展したと美鈴は笑いながら語っていた。美鈴曰く『軽く六回は死にかけました。二回は殺しかけましたけど』。
母様の負担になることを心配して必死に反対していたフラン様とパチュリー様も、母様を説得するのは無理だと判断し、結局折れたそうだ。
こうして私は紅魔館の一員、何より母様の娘としての生を歩きはじめることになる――十六夜咲夜、それが私に与えられた名前だった。
母様が私に名前をつける時にも一騒動あったらしいのだけれど。母様には申し訳ないけれど、今、私が咲夜と名乗れることにフラン様やパチュリー様や美鈴に心から感謝したい。
私がおぼろげに覚えている最古の記憶は母様の背中に背負われていた時のこと。
二つか三つ程度になった私を、母様は背中に負ぶり、よく紅魔館中を歩いてくれた。
あまり抱かれていた記憶が無いのは、後で聞いた話によると大きくなってきた私を抱きかかえられる程母様に力が無かったから。
だから背負って歩くのも凄く大変だったらしのだけれど、母様は頑なに私を背負う役目を美鈴に譲らなかったらしい。
辛くはありませんか、という質問に『この辛さも含めて母親の特権だろう?咲夜が順調に育ってくれている、それを確認出来る喜ばしい辛さだよ』と
笑って答えていたのが印象的だったと美鈴は言っていた。母様は人間である私に少しも惜しむことなく愛情を持って育ててくれたのだ。
五つを数える頃には、私は毎日母様の傍で沢山甘えていた記憶しかない。
母様と一緒にお散歩したり、本を読み聞かせてもらったり、美鈴の花畑で遊んだり、一緒のベッドで母様に抱きついて眠ったり。
そして、私がその頃一番楽しみにしてたのは、母様の作ってくれるお菓子だった。母様の作るお菓子は本当に美味しくて、
当時の私は母様はお菓子の国のお姫様なんだと信じて疑わなかった。それを語ると、母様は苦笑しながら『実はそうなのよ』と子供の話に耳を傾けてくれていた。
大好きな母様とばかり一緒に居たけれど、そのときの私は少しずつだけど世界が広がっていった。母様以外にも知覚出来る人が増えていた。
まず、母様以外で最初に親しくなったのは美鈴。母様が忙しいときは、必ず美鈴が私と一緒に居てくれて。だから私は美鈴のことを自分のお姉さんなんだと
ずっと思い込んでいた気がする。美鈴も満更では無かったらしく、私が成長するまではずっとお姉さんでいてくれた。
次に親しくなったのはパチュリー様。私が成長していくと同時に、勉強面での教育係としてパチュリー様が先生となってくれた。
当時の私は、勉強が嫌いでそんな時間よりも母様と一緒に遊んでいたかった気持ちが強かったけれど、そんな私をパチュリー様は
上手く乗せて勉強に意識を向けてくれた。算学から読み書き、世間一般の知識と沢山のことをパチュリー様は私に授けてくれたように思う。
そして、残るフラン様なのだけれど、幼い頃の私はフラン様とあまり面識が無かった。何故なら、フラン様は常に地下に籠られていたから。
ときどき館内で見かける程度で、初めて見たときは母様が二人になったと大騒ぎしてしまった。それを見て、フラン様が苦笑しながら
私の頭を優しく撫でて下さり、『お姉様を頼むよ、可愛い姪っ子さん』と仰られた。それから数度くらいしか会話した記憶が無い。
思い出せば、このときフラン様は私に極力関わらないようにしていたように思える。その頃の私は『裏側』を知らなかった。
結局、当時の私はフラン様から見れば母様のただの愛玩動物に過ぎず。恐らく、フラン様は私が何一つ知らぬままに生を終えると思っていたのだろう。
八つを数える頃には、私も次第に世界というものが見えてきた気がする。
まず、母様と自分は違うのだということを明確に理解したこと。母様は吸血鬼、自分は人間。美鈴は妖怪、パチュリー様は魔法使い。
パチュリー様との勉強会で、種族の違いを知り、私は母様と実の親子では無いことを幼いながらに知った。だけど、私はその点を気にしたりしなかった。
むしろ、何の血のつながりも無い私を母様は愛情を惜しみなく与え育ててくれたことが何より嬉しくて。そんな母を持つ自分が誇らしくて。
そのことを語ると、パチュリー様は苦笑しながら呆れていた。『レミィは本当に良い娘を持ったわね』と言ってくれたとき、ちょっとだけ恥ずかしかったけれど嬉しかった。
成長による知識の広がり。それは私の世界を広げてくれた反面、当時の母様には大変申し訳ない結果を生んでしまった。
母様が吸血鬼という種族である事を知り、私は吸血鬼について興味を持ち、吸血鬼に関する知識を沢山得ようとするようになった。
書物からであったり、パチュリー様からの説明であったり、当時思いついたありとあらゆる手段を用いて吸血鬼とは何かを調べた気がする。
そして、調べた結果の全てに共通する項目が『とても強い』ということ。吸血鬼という種族は他の妖怪とは一線を画する能力を所有するということ。
吸血鬼は強い、そのことが幼い私には何よりも嬉しく感じられた。吸血鬼が強いということは、当然母様も凄く強いということ。
吸血鬼の知識を得る度に、私の中の母様の姿が大きくなっていく。強さを一つ語られる度に、私の中で母様の英雄像が勝手に作られていく。
だから私は母様は最強なんだと思い込んでしまった。母様はとっても強くて、誰にも負けないんだと決めつけてしまった。
そのことを語る度に、母様が困った表情で笑っていた理由、それが今なら痛いほどに良く分かる。だってそれは、母様の誰にも話せない秘密だったのだから。
私の勝手な母様の偶像は、周囲にまで迷惑を及ぼすことになる。我ながら思い出したくも無い恥ずかしい過去だ。
母様が強いのだから、自分もそうなりたい。そう思った私は、母様に『私も母様みたいに強くなりたい』と告げた。
そのとき母様は、少し困った表情を浮かべながら私に『私は私、咲夜は咲夜。咲夜は無理して強くなる必要なんてないのよ』と優しく諫めてくれた。
それは母様の純粋な優しさ。娘に痛い思いや怖い思いをさせたくないという想いから発せられた言葉。だけど、当時の私は本当にどうしようもなく愚かで。
母の言葉は、当時の私には拒絶されたように感じられた。母様は私を強くしてくれないんだ、そんな風に考えてしまった。
必死に駄々をこねる私に、母様は困ったようにオロオロとするばかり。そんな母様に私は、あろうことか『母様のばかっ!大嫌いっ!』などと暴言を吐いてしまったのだ。
本当、思い出しただけで死にたくなる。誰よりも私のことを考えてくれていたのは母様だというのに、私はそんな母様に最低な言葉を投げつけたのだ。
そんな私を正してくれたのは、当時母様の次に仲の良かった美鈴だった。紅魔館の外で拗ねていた私に気付き、どうしたのかと事情を聞いてきた美鈴。
これまでのことを美鈴に私は全て話した。美鈴なら分かってくれると思った。いつも優しい美鈴なら、絶対に私の味方になってくれると思っていた。
だけど、全ての話を聞いた美鈴のとった行動は叱責だった。いつも笑顔で優しかった美鈴が、初めて見せた真剣な表情。
美鈴はパチンと軽く私の頭を叩き、感情を抑えるような声で私に告げた。『痛い?でもね、お母さんはもっともっと痛かったと思うよ?』
そのときの私は美鈴の言葉が理解出来なかった。どうして母様が痛いのか。そんな様子を感じ取ったのか、美鈴は大きく息をついて言葉を続ける。
『お母さんは咲夜ちゃんのことを誰よりも愛してる。咲夜ちゃんのことをそれこそ目に入れても痛くない程に。
そんな大切な娘から嫌いなんて言われて、傷つかない筈がないじゃない。咲夜ちゃんはお母さんに大嫌いなんて言われて平気?』
美鈴の言葉に、私は涙目になって強く首を横に振る。嫌だ、母様に嫌われるなんて絶対に嫌だ。そんな私を見て、美鈴は大きく息を吐いて言葉を紡ぐ。
『だったら、次にすることは分かるよね?咲夜ちゃんは良い子だもの、お母さんにちゃんとごめんなさい出来るよね?』
こくりと頷く私に、真剣な表情を解いて笑顔に戻る美鈴。良く出来ましたと頭を優しく撫でてくれながら、語りかけるように話を続ける。
『咲夜ちゃんが強くなりたいという気持ちも分かる。でもね、それでお母さんに心配をかけて悲しませるのは本末転倒でしょう?
もし咲夜ちゃんが本当に強くなりたいなら、お母さんの許可を貰ってきなさい。そうしたら、お母さんの代わりに私が鍛えてあげるから。
でもね、これだけは覚えておいて。強かろうと弱かろうと、お母さんが咲夜ちゃんを愛する気持ちに何一つ変わりはしないんだって』
美鈴の言葉に私は強く頷いた。美鈴の語ってくれた言葉を知るのは、それから随分後のことになる。
その後、私は母様のところに戻り謝った。そのとき母様は怒ったりせず、私を優しく抱きしめて『咲夜がちゃんと戻って来てくれて良かった』とだけ言ってくれた。
それが嬉しくて悲しくて、母の胸の中で私はわんわんと大泣きしてしまった。ごめんなさい、母様本当にごめんなさい、と。
それから美鈴との約束通り、私は母様に強くなる許可を貰った。
最後まで渋っていた母様だったけれど、美鈴が『絶対に無理はさせませんから』という援護をしてくれたおかげでなんとか許して貰うことが出来た。
といっても、美鈴と私のやることは物騒なことじゃない。ただ、美鈴から身体を鍛えてもらう程度で、普通に武術をしている人間となんら変わりない程度。
間違っても妖怪と戦ったり殺し合いをしたりするようなシロモノじゃない。その理由は単純なことで、美鈴は私に殺し合いや戦闘をさせるつもりなど毛頭無かったからだ。
強くなる、その思いは買うけれど、私には人間という縛りがある。魔法使いな訳でも、ましてや特別な力がある訳でもない。
だから美鈴は普通の人間以上程度に鍛えれば良い、その結果が健康につながれば良い程度に考えていたそうだ。
事実、私はその程度に鍛えられ、母様の娘であるただの人間として生涯を終える筈だった――私の『本当の力』が覚醒するまでは。
私が十を数える前くらいだろうか。その時から、私の体にある異変が生じてしまった。時間の流れがどうも疎らに感じられたのだ。
具体的に話すと、ある日突然周囲の風景が遅く感じたり、かと思えばパチュリー様の授業中に突如話が聞き取れない程に早く感じたり。
最初は気のせいと思って騙し騙し過ごしていたのだけど、それは段々と私の日常へと侵害してくるようになり。ついには時間の流れが完全に止まったことさえあった。
自分ではどうしようもなくなり、私はパチュリー様に相談した。自分の身体がおかしくなってしまったと語る私に、パチュリー様は少し難しそうな表情を浮かべ、
私に『少し待ってなさい』と告げた。そして、パチュリー様はこの場に美鈴とフラン様を連れてきたのだ。
症状を語る私に、フラン様がぼそりと『まさか人間がこんな奇跡を成し遂げるなんてね』と感嘆の声を上げていた。そのフラン様の言葉の意味は
パチュリー様が私に解説してくれた。『時間制御』、それが私の異変の根幹にある問題。パチュリー様が言うには、私には時間を操る力があるかもしれないのだそうだ。
半信半疑で呆然とする私を余所に、三人だけの会議は大きく荒れることになる。荒れた内容は私をこれからどうするか、だ。
フラン様は私を『こちら側』に引き込むべきだと言った。これ程の能力を腐らせるのは勿体無い、鍛えれば母様を護る盾になると。
美鈴はその意見に真っ向から反対した。咲夜ちゃんはお嬢様同様何も知らずに生を終えるべきだ、血生臭い世界は知らなくても良いと。
パチュリー様は私の処遇に意見を発しなかった。ただ、私の時間を制御する力は鍛えなければいけない。さもないと能力が暴走していつか大変なことになると告げた。
三者三様に意見が荒れる中、結論の出ない会議に業を煮やしたフラン様が、私に向き直り一つの問いをかけた。
『レミリア・スカーレットの娘、十六夜咲夜…いいえ、我が血族、サクヤ・スカーレット。
お前はもう十を数える歳になった、自分の道は自分で選んでも良い頃合いよ。他人に決められて悔いるよりはよっぽど良いでしょう。
選びなさい、自分の取るべき道を。何も知らぬ無垢なる少女のまま母に添い従うか、全てを知り母を護る一振りのナイフとなるか』
その言葉の意味を、幼い私には半分も理解出来なかった。だけど、一つだけ分かるのは、ここは自分で決めなければならないということ。
今思えば、十になったばかりの少女が選択するには異常な決断を迫られたのかもしれない。それでも、私は当時選択肢を与えてくれたフラン様には心から感謝している。
フラン様が選択肢を与えてくれたからこそ、私は選ぶことが出来た。フラン様がチャンスをくれたからこそ、私は道を間違えることが無かった。
思考を重ね、そして私は自身の歩く道を選んだ。全てを知り、母様の娘として自分の望む道を歩いて行く未来を。
そして、フラン様から母様の秘密を…本当は誰よりも弱いという事実を聞かされることになる。そのとき私は母様に失望など当然微塵もしたりしなかった。
母様は弱いという事実は私の中の英雄像を壊したりしない。確かに母様は弱いかもしれない、だけど私にとっては母様は永遠のヒーローだ。
憧れ焦がれた吸血鬼の姿に母がなれないのならば、代わりに私がなればいい。母様がその力を持たないというのなら、私が身につければ良い。
私が強くなれば、誰よりも強くなれば、その母親である母様は誰も疑いようが無く最強の吸血鬼だ。ならば、私がその高みに行けばいい。
母様が弱いという真実は、ただ私を燃え上がらせる燃料にしかならなかった。そのことに、フラン様を始めとして皆苦笑していたりした。
それからの事はあまり語れることがない。また、語るようなものでもない。
決意をした私を待っていたのは、来る日も来る日も訪れる地獄のような鍛錬の日々。フラン様と美鈴とパチュリー様が考えたメニューを
私は毎日死にモノ狂いで消化していった。勿論、従者としての教育も並行して、だ。
ある日はフラン様に一日に八度も気絶させられたりした。ある日は美鈴に次の日身体が使い物にならなくなるまで扱かれた。
またある日は動けない身体を良いことに、延々とパチュリー様に戦闘知識を頭に叩き込まれたりした。休息の時間は本当に眠るときだけだったように思う。
だけど、私は一言だって泣き言は吐かなかった。私のこの血反吐が母様を護ることにつながるのだから、むしろ喜びすら感じていた。
ただ、少しだけ心苦しかったのはそんな私を心配する母様の姿だった。ボロボロで動けない私を、いつも傍で介抱してくれていたのは母様だった。
私が絶対止めるつもりがないことを知っていた為か、母様は私に『もうやめなさい』などとは一言も言わなかった。ただ、指一本動かせない
程に疲れてベッドに横になっている私に『食べたいものはないか』『痛いところはないか』と訊ねてくれたりした。不謹慎かもしれないけれど、心配してくれる母様に
申し訳ないと思う反面嬉しくて仕方がない自分もいた。だけど、今ならば良く分かる。母様が居てくれたからこそ、私はフラン様達の鍛錬を乗り越えられたのだと。
幾度の春を、夏を、秋を、冬を私はそうやって過ごしてきた。やがて、フラン様に気絶させられる回数が減り、動けなくなる夜が減り、身体の痛みで眠れない回数が減り。
そして私が生まれて十五度目の春を迎える頃、私はフラン様達の鍛錬が少しも辛いと感じなくなっていた。身体が完全に人間のモノを超越してしまったらしい。
それを確認し、フラン様達は私に卒業を命じた。後は力が鈍らないように、自身で研鑽を積むこと。そう告げてフラン様は嬉しそうに笑っていた。
また、特訓の成果もあって、私は完全に時間制御を行えるようになっていた。この能力を応用して、空間に干渉する空間制御もマスターした。
パチュリー様曰く、『常人なら千年かけても到達出来ない領域に貴女はものの数年で辿り着いた。これを化物として何と言うのかしら』などと
おっしゃって私をからかわれた。だから私は笑って言った。『だって私は母様の娘ですもの』と。それを聞き、パチュリー様は笑った。『ああ、確かに貴女は最初から立派な化物だった』と。
全ての鍛錬を終えたことを母様に告げると、母様は優しく微笑んで『頑張ったわね。お疲れ様』と声をかけてくれた。それが嬉しくて、思わず感極まって泣きそうになってしまった。
その言葉を聞く為に、私はこれまで頑張ってきたのではないかと思ったくらいだ。その日の夜は、お祝いと称して
母様の手作りケーキを食べた。誕生日に作って貰っているケーキとはまた違う最高の味がした。いつかケーキ作りの腕前も母様に勝ちたいなと思う。
母様に拾ってもらい、そこから全てが始まった私の物語。母様と出会い、私の全ては始まった。
紅魔館に来てから十と幾年。母様に背負われて歩いた庭も、今はこうして自分の足で踏みしめるようになった。
母様と手を繋いで歩いた館の廊下も、今では自らの手で掃除をする程に大きくなった。この館の全てが私を育ててくれた。
フラン様が、美鈴が、パチュリー様が――そして母様が居なければ、今の私は存在していなかった。生をこの世で謳歌することすら出来なかった。
人間でありながら、私は人外の人々に育てられた。世間はこんな私を稀有の目で見るかもしれないけれど、そんな生涯を私は誇る。
私はきっと他の誰にも負けない程に幸せ者だ。私はきっと他の誰にも負けない程に幸せな家族に囲まれているのだ。
そして私は、この世の誰にも絶対に負けない素敵な母を持っている。世界で一番の私の母様。誰より優しくて誰より素敵な母様。
そんな母様の傍で生きていく為に、いつまでも傍に居る為に、私は今を生きていく。誰にも負けない程に強く逞しく、母様に自慢の娘だと誇って貰えるように。
母様が大好きだから、誰よりも弱くて誰よりも優しい母様を愛しているから。だから私はここに在る。
――世界で一番大好きな私の母様を護る為に。大好きな母様の傍でその温もりを感じ続ける為に。
それが私、十六夜咲夜の世界の全て。母様の為に、そして何より自分の為に。私は今を歩いているのだから。