大雪の中の来客、それは数ヶ月前に出会った少女、魂魄妖夢。正確には妖夢と一匹の白風船(魂です)。
はてさて、こんな泣きたいくらい寒い中に何の用かしら。何の用かは知らないけれど、大変だったでしょうに。とりあえず、温かいお茶の一杯でも
飲んで身体を暖めた方が良いと思うわ。妖夢ったら、この寒さの中で何故か比較的薄着だし。半人半霊に風邪って概念は存在しないとか?
「こんな寒い中、わざわざこんな場所に来るとは酔狂な奴だねお前も。まあ、茶の一杯でも飲んでまずは身体を暖めることを勧めるよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、御心配には及びません。こう見えても私、鍛えてますので」
「へえ?私のお茶を断る、と。持成し側の顔に泥を塗る真似を平然と行うとは、西行寺のお嬢様は従者の躾がなってないわね。
まあ、お前がそうやって拒むのならばそれで構わないよ。私はお前がうんと頷くまで話を聞いてやるつもりは微塵も無いが」
「あ、あわわっ、喜んで馳走になりますっ」
馬鹿ね、最初からそうしてれば良いのよ。手先が寒さで震えてることくらいお見通しなんだから。
こういうのはある意味私だけの特権かもね。自分が泣きたいくらい弱っちいから、普段体調管理に気をつけてる分、人が弱ってるかどうかなんて一発で解かっちゃう。
といっても、正直咲夜が小さい頃に熱を出してたときくらいしか使えない能力だけど。ああ、こんな能力より空が五分以上飛べる能力が欲しいわ…
「…ちょっとパチェ、美鈴、何をさっきからニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」
「別に。ねえ、美鈴」
「そうですねえ。やはりレミリアお嬢様はレミリアお嬢様なんだな、と」
いや全く意味が分かんない。これっぽっちも理解不能。あれかしら、最近は私だけ話の除けものにするのが幻想郷の流行なのかしら。
いいわよいいわよ。私なんか話に参加しないで部屋の隅っこで一人しりとりでもしてれば良いんでしょ。オールスターに選ばれても一人で壁当てしてれば良いんでしょ。
ふん、どうせ私はおにぎりだよフルーツになれないちっぽけな存在だよ。私はおにぎりが呼ばれるまで席に一人座り続けていれば…
「あ、美味しいです…それに温かい」
「…だろう?これは咲夜が選んだ人里で売ってる物の中でも取り分け上質なモノでねえ」
「ええ、本当に重ね重ねお礼を申し上げます。情けないお話ですが、実を言いますと顕界の寒さに少し参っていたところだったので…」
話し相手発見。妖夢、素敵よ。寂しさに飢えた私に見かねて助け船を出してくれたのね。
グッジョブよ。頑張った妖夢には私の分のクッキーを進呈するわ。さっき私が寒さに震えながら焼いた特別品なんだから。
「ところでレミィ、この娘が前に言ってた冥界の?」
「そうよ。冥界で幽霊管理人をやってる西行寺幽々子のとこの庭師、魂魄妖夢。真面目過ぎる嫌いがあるけれど、なかなかどうして面白い娘よ」
「はじめまして、魂魄妖夢です。えっと…」
「パチュリーよ。パチュリー・ノーレッジ。一応、この娘の親友を務めてるわ」
何よ一応って。パチェはいつもいちいち一言多いのよ。まあ、別に腹立たしいとは思わないけれど。
さて、妖夢もちゃんと身体を暖めてくれてるみたいだし、用件を聞いても良いかしら。といっても、妖夢の用事なんてこれっぽっちも思いつかないんだけど。
「ところで妖夢、貴女は一体何の用件でここに?門前ではお嬢様に用があるとしか聞いてなかったけれど」
おら、私が訊く前に美鈴が訊いてくれた。本当、美鈴はこういう配慮が行き届いてくれて助かるわ。
というか美鈴、いつの間にか妖夢相手に敬語使わなくなってる。初対面でも無し、どう見ても美鈴の方がお姉さんっぽいし、そうなるのも当り前か。
私相手にも別に敬語要らないんだけど、そこは一向に直す気ないらしいのよね。確かに私は美鈴の主で体裁とかもあるけれど、美鈴は何ていうか、気楽な友達って
感じが強いのよね。肩肘張ったりしないで良い気楽さがあるっていうか。ま、そこは私がああだこうだ言うことじゃないか。
「えっと、実は幽々子様からレミリアさんにお手紙をお渡しするように言われまして」
「手紙?わざわざ妖夢をここに来させて?だったら口頭で伝えさせれば良いじゃないか」
「はあ…私もそのようにお訊ねしたのですが、幽々子様が仰るには直接お渡ししないと意味が無いとか」
…幽々子の奴、本当に変わってるわね。妖怪でも幽霊でも実力者になるにはあんな風に変人じゃないとなれないルールでもあるのかしら。
しかし、今回の妖夢の来訪は幽々子絡みなのね…当然といえば当然よね、妖夢が幽々子の傍を離れて私のところに遊びに来るなんて想像出来ないし。
妖夢から手紙を受け取るものの、開封するのを躊躇う私。嫌だなあ、今物凄く嫌な予感が全身を駆け巡ってる。これ開けると絶対後悔するって悲鳴あげてる。
でも、妖夢が持って来てくれた手前、本人に『やっぱり幽々子に付き返しといて』なんて言える訳ないし…でもでも、やっぱり嫌な予感しかしない。
大体なんで幽々子が私に手紙なんか出す必要があるのよ。幽々子と私は咲かない桜が咲くまで(=永遠に)距離の離れたお友達でしょう。
あのときから一切連絡も来ないし、紫みたいにウチに来ることもなかったし、安心していたんだけど…ええい、ここで今更ジタバタしても仕方がないわ。
私は意を決し、妖夢から貰った手紙を開封する。白い包み中から現れた一枚の紙切れには、たった一文だけが書かれていて。
『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』
一文。本当にその一文だけ。後は手紙の表を見ても裏を見ても何一つ文字が書かれて無い訳で。え、何これ。本当にこれだけ?
この手紙が私に渡したかったモノ?これを直接私に渡すことが幽々子の目的?え、何も起こらないっていうか、そもそも手紙の意味が分からないんだけど。
眉を顰めて頭を悩ませる私が気になったのか、私の後ろから覗きこむように紙面を見るパチェと美鈴、そして妖夢。
この様子だと、どうやら妖夢も手紙の内容を知らされていなかったみたい。だから訊いても無駄だろうけれど…
「ねえ妖夢、何この手紙。ポエムみたいな文章しか書かれていないんだけど」
「さ、さあ…私も何が何だか。幽々子様からはレミリアさんにお渡しすれば全て分かるとしか」
いや、何も分からないから。ええと、短歌って言うんだっけコレ。こんなジャパニーズポエミーを見せられても、私はどうすればいいのか。
あれかしら。幽々子が詩を書いたから、私に評価して欲しいとかそういうノリかしら。私、漫画以外のジャパニーズカルチャーに強い訳じゃないんだけど…
こんなことされても私の取るべき道なんてこの手紙を何も見なかったことにして、『さっきの手紙のご用事なあに』って書いた手紙を妖夢に渡すくらいしか。
でも、他ならぬ幽々子からの手紙。そんな適当に扱っちゃ後が怖いし…本当に弱った。どうしたものかと頭を悩ませてると、私の隣で小さく笑う声が。パチェ?
「何、パチェ。もしかしてこのヘンテコな手紙が読解出来たのかい?」
「まあね。西行寺幽々子、よくもまあ面白いことをしでかしてくれるわね。そしてよくよく舐めてくれるわ」
え、何?何でパチェの奴、少し怒ってるの?というか、幽々子が舐めたって何を?私の大好きなブラッドキャンデー?
というか説明をしなさいよ説明を。一人で納得して勝手に喜怒哀楽見せるんじゃない。手紙の受け取り手である私に簡潔な説明を要求するわ。
そんな私の視線を感じたのか、パチェは軽く息をついて、私に対して口を開く。
「ねえレミィ、その手紙の入っていた封筒には他に何も入ってなかった?」
「いや、生憎と何も。ほら、この通り中身はその紙切れ以外すっからかんで…」
手紙の入っていた封筒を逆さにして軽く振ってみると、空と思っていた封筒からヒラリと舞い落ちる小さな一片。
何これ。封筒から落ちたものを拾ってよく見てみると…ピンクの花弁?これって多分桜かしら。ええ、間違いないわ。
私の掌にある桜を見て、パチェは何かの裏付けでも取れたのか、『やっぱり』とか呟いてる。だから何がやっぱりなのよ。
「レミィ、どうやら冥界の姫君は貴女の来訪をお待ちのようだわ」
「へえ…その手紙ってそういう意図なのか。…って、え?呼び出し?しかも私を?」
「返歌を届けるのは受け取った貴女以外に誰もいないじゃない」
呼び出しって。幽々子からの呼び出しって。あの、私の中で『ごめんなさい。一緒に帰って友達とかに噂されると恥ずかしいし』と鬼畜幼馴染を装ってでも
誘いを断りたいランキング現在一位の西行寺幽々子嬢なんだけど…来いって。ただでさえノーサンキューなのに、この雪の中を来いって。
他の誰でも無く、メチャクチャ頭の良いパチェがそう読み取ったなんなら、この手紙の意味不明ポエムはそういう意味なんだろうけど…聞かなかったことに出来ないかなあ。
大体幽々子が私に何の用事があるっていうのよ。私、もう幽々子の記憶から完全にフェードアウト出来てたと思ってたのに。段ボールに詰めた卒業アルバムを暇潰しにめくって
昔を懐かしんでたら、ふとクラスの集合写真の片隅に映ってるおぼろげな顔を見つけて『ああ、こんな娘もいたわね』と思われるクラスメイトAレベルになってると思ってたのに。
行きたくない。行きたくないけど、行かないと後が怖い。行かなきゃ後で幽々子に『死ぬのと初めてを捧げるのどちらが良い?』って脅される。(←まだ幽々子を同性愛者と勘違い中)
…うん、行こう。やる気はないけど。全然気が乗らないけど。仕方無い、行かなきゃ後が怖いんだから。うう、何で私ばかりこんな目に…
「…良いだろう。未だに意図は良く掴めないが、幽々子直々の御誘いだ。暇潰しには丁度良いだろうさ。
妖夢、白玉楼までの道案内を頼むわね。美鈴、先に言っておくけれど、私は雪に降られるのは御免だよ」
「勿論です。お嬢様はいつも通り、私の腕の中で傘をお差し下さいな。白玉楼までは私が飛びますので」
よし、話の流れに上手く美鈴からの抱っこを取り付けることが出来たわ。我ながら完璧な流れだった。
何度も言うけれど、美鈴に抱っこして貰わないと白玉楼に私は行けないの。そもそも私、五分以上空飛べないから。
私、美鈴、妖夢。前回と同じ面子で幽々子の下へ、か。うう、地下で眠りこけているフランが羨ましいわ。土下座するから立場変わってくれないかな…
「待ってレミィ。今回は私も同行させて貰うわ」
「…は?」
「…ちょっと、何よその反応は」
いや、だってパチェが外出って。私に更に輪をかけて引き籠りのパチェが。地下図書館の本の匂いでご飯三杯はいける(レミリアの勝手な妄想です)パチェが外出って。
もう熱があるとしか思えない。もしくは誰かがパチェをすり替えて置いたのか。何処の土蜘蛛が…はっ、天狗よ!天狗の仕業よ!
パチェを入れ替えたのも最近の気候がおかしいのも美鈴が優しいのも私の身長が一向に伸びないのも全部天狗の仕業よ!くそう天狗、許すまじ。
…話が逸れたわね。しかし何でまた急にパチェがやる気に。幽々子のところなんて面白くも何ともないのに。ただ怖い思いするだけなのに。
そんな思いをしても、幽々子のところに行きたいだなんて。パチェって実は苛められたい人とか。よし、日ごろの仕返しに少しだけからかってあげよう。
「パチェが出る程、興味を惹かれることがあったかしら。そんなに西行寺幽々子が気になるのかい?」
「そうね。まあ、大した用事でも無いわ。探りと保険の二つの意味合いでの同行よ」
「探りと保険ねえ…」
何を探るかは知らないけれど、あれの考えを読もうとするのは根本から間違ってると思うわ。妖怪や幽霊って何考えてるか全然分かんないし。
ま、パチェが行くっていうなら、私は断る理由なんてないし。何だかんだでパチェはウチのブレイン、美鈴とセットで実に頼りになるわ。
あとは咲夜が居てくれたら完璧だったんだけど…咲夜、早くこの馬鹿みたいな寒さを続けてる犯人をコテンパンにして帰って来てね。母さん、待ってる。
「じゃあ出発するとしようか。パチェ、美鈴、妖夢、三人とも準備は良いかい?
気温が低いからあまり気は乗らないが、呼び出しとあっては仕方がない。紅魔館発、結界経由冥界行き急行寒空観光ツアーの始まりだ」
「おおっと、参加人数は車掌含めて五人に訂正してくれよ。なんせ突発的な周遊旅行だ、駆け込み参加はまだまだ受け付けてるんだろ?」
聞きなれた声と共に、盛大に開かれるガラス窓。そこから現れたのは、雪に塗れた白黒帽子のお嬢さん――誰かと思えば魔理沙じゃない。何処から入って来てるのよ何処から。
…はあ、何だか今日は本当に来客ばかりの一日ね。どうせなら、私に用事が無い時に来てほしい。そうしたら、手作りお菓子でも作って持成してあげられるのに。
そういえば、知人や友達がこうやってウチに来てくれたのって初めてね。ううう…幽々子、やっぱり今日は行くの辞めちゃ駄目かしら。
折角魔理沙も妖夢も遊びに来てくれたのに…この二人なら、私いつまでも長々とお話出来る自信あるのに。ああ、泣きたい。
~side パチュリー~
――西行寺幽々子。冥界の幽霊管理人にして、白玉楼の主。
八雲紫同様、私達にとっては最重要人物の一人に数えられる華胥の亡霊。
数ヶ月前、美鈴からレミィと彼女が接触したとの報告を受け、私達の取った行動は傍観だった。
レミィと妖夢との出会いから生み出された西行寺幽々子との予期せぬ出会い、それは私達にとっては実に僥倖な展開だった。
早かれ遅かれ、レミィを私達は彼女と接触させるつもりでいた。レミィの肉体面を考慮すれば、八雲紫以上に彼女とつながりを持つことは重要かもしれない。
そして、美鈴の報告から得られた結果は実に最上のモノで。西行寺幽々子はレミィのことを気に入ってくれた。
その真意こそ計りかねないが、これで彼女が少なくとも敵に回ることは無い。それだけで十分お釣りがくる釣果だ。
あとは彼女の出方をゆっくり窺えば良い。八雲紫のように、私達を利用する為に己を利用させるか。はたまた、それを良しとせず傍観にまわるのか。
どちらを選ぶにせよ、何の問題も無いと先ほどまで私達は認識していた。けれど、甘かった。私達は西行寺幽々子を過小評価していた。
『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』
どうして桜が咲く季節があるのでしょう 咲いたと思えばすぐに散る
なんともこの季節は無常であることだ いっそのこと春に桜の花など咲かなければ 無常を感じることもないのに
レミィが咲夜に解決を命じたこの何処何処までも続く冬の異変…その異変を引き起こした犯人は他の誰でも無い、西行寺幽々子その人だ。
何の目的でそんなことをしているのか、それは一先ず置いておくとして、彼女が犯人である証拠が幾つもある…というより、彼女自らレミィに示そうとしている。
亡霊姫の詠んだ歌、古今和歌集だったか伊勢物語だったかでの一句。その歌の意味は文字通り受け止めて構わないだろう。素直に続けて『顕界の春を奪いました。桜もこれで咲きませんね』ということだ。
そして、彼女が犯人であることを裏付けるのが封筒から出てきた桜の花弁…否、これは春の欠片。この幻想郷に満ちる筈だった季節の一片。
どうやらあちらのお姫様は幻想郷中の春をかき集めているらしい。それも妖夢を使って、だ。春の欠片を目にした瞬間、口数が減り、沈黙を貫き始めた妖夢。
妖夢の反応は実に分かりやすくて助かる。どうやらそういうバレバレな姿も含めて彼女はメッセンジャーに選ばれたようね。
ただ、予想出来るのはそこまで。彼女達の目的が掴めない。春を集めたところで、一体何が出来る。その程度の幻想で亡霊姫が如何な奇跡を求める。
彼女の真の目的は分からない。けれど、別の狙いは理解出来る。彼女はレミィに選択を迫っている。この異変において、共に踊るか拍手を送るか。
西行寺幽々子は本来の狙いとは別にレミィのアシストをしてくれている。幻想郷中を巻き込むこの異変、その元凶に一枚噛めば紅霧異変のときの
ように名を挙げることが出来る。傍観を選んでも、レミィには何のデメリットも無い。むしろ咲夜を送り込み、異変解決を行えば、その主としての評判が
上がることになる。つまり、幽々子は本幹にこそしていないものの、この異変におけるレミィのバックアップを考えてくれている。
無論、春を集める目的が別のところに一本通っている以上、咲夜が異変解決しようとすれば抵抗するだろうけれど、それでも破格の条件だ。
このあからさまさは八雲紫以上。どうやらレミィ、よっぽどあのお姫様に気に入られたらしい。本当、我が親友ながら一体どんな手で籠絡したのかと思う。
…ただ、彼女が心を置いているのは『レミリア・スカーレット』のみだ。良くて美鈴まで。
その陰で蠢いている私達には微塵たりとも心を許していない。だからこそ、挑発する。直接お話ししてみませんか、と。
妖夢が運んできた手紙は確かにレミィへの手紙だ。文面、内容ともに間違いない。けれど、それはあくまで表面だけ。
幽々子の手紙の意図する真の受け取り手は他ならぬ私達。レミィを担ぎあげている存在。そう、相手はレミィが無力であることを完全に見抜いている。
どうやって知ったのかは知らない。冥界の姫、その立ち位置からすれば、八雲紫とつながりがあってもおかしくはない。彼女から話を聞いたのか。
だからこそ、彼女は揺さぶってきた。レミィの影で立ち回る私達を拾い上げる為に、あんな手紙を渡したのだ。
妖夢のもたらした手紙の本当の意味。それは短歌の裏の意味。桜を春宮、皇位…紅魔館で言うところの主の立場と置き換える。
ああ、本当にやってくれるわ西行寺幽々子。考えるだけで苛立たしい。手紙の向こうでまだ見ぬ彼女の哂う様相が想像出来る。
『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』
この幻想郷で紅魔館の主という立場が無かったならば、貴女の心も安らかでいられたでしょうに
――これは脅し。西行寺幽々子は、レミィが弱いということを知っている。そしてそのことを周囲の人間達も知っている。
彼女は私達に告げているのだ。私達、『裏側』の人間との会合が果たされなければ、別に『真実』をレミィに告げても構わない、と。
実に狡猾だ。そして厄介なことこの上ない。西行寺幽々子、駆け引きの老獪さは八雲紫と同等か。この手を打たれては、私達も易々とカードは切れなくなる。
ならばJOKERは表に晒すことなく、私自らを捨て札にすればいい。このような仰々しい手を打つくらいだ、相手もそこまでの釣果は期待していないでしょうし。
だったら私が今取るべき手は相手が望むラインの半歩手前をポーカーフェイスで潜り抜けるだけ。探りは浅く、護りを堅く。常にペースは譲らない。
さて、西行寺幽々子。今度は私がディーラーよ、貴女の望むカードが比較的薄く配られるように、誠心誠意務めさせて頂くわ。覚悟してなさい。
「お~い、さっきからずっと無視ってどういうことだよっ」
「気にするだけ無駄よ、魔理沙。パチェの奴は考えだしたら人の話なんて耳に入れさえしないんだ」
…そういえば、さっきから隣がギャーギャーうるさいわね。というか誰この黒白。
出発するときは私とレミィと美鈴と妖夢だけの筈だったんだけど。まあ、いいか。とりあえず初対面の相手だから…
「…ところで、あんた、誰?」