寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いっ!!寒いがゲシュタルト崩壊してくるくらい寒い!
室内だというのに、衣服を五枚重ねで着こんでガタガタ震える私。いやホント正直洒落にならないくらい寒い。
そんな私に、隣で本を読みながら紅茶を飲んでいたパチェと茶菓子の準備を整えてくれている咲夜は、心配そうに私を見つめてくれている。
…あ、ごめん。少しだけ訂正させて。パチェの奴、今確実に唇の端がつり上がってた。コイツ、絶対私の様子を見て楽しんでる。
「流石の吸血鬼様も冬の寒さには勝てないか。まあ、これだけ寒いと仕方無いといえば仕方無いけれど」
「パチェ…私はこんなにも震えているというのに、どうして貴女はそんな平然としていられるのよ…」
「あら、だって私は防寒の魔法があるもの。私の周囲は常に快適温度に保たれてるわ」
「ちょ、ちょっと!そんな便利なモノがあるなら私にも分けなさいよ!どうして一人占めしてるのよ!?」
「ごめんなさい、レミィ。この魔法、一人用なのよ」
ここここの紫もやしがあああ!!(※レミリアはパチュリーよりもやしっ娘です)お前は一体何処の骨川おぼっちゃまだこらああ!!
くそ、あのパチェのニヤニヤ顔が苛立たしい。どうにかあの顔を崩してやりたい。だったらこれならどうよっ!
「ちょ、ちょっとレミィ!?何いきなり抱きついてるのよ!?」
「うるさいね。親友が一人ガタガタ寒さに震えてるんだ。少しくらい暖を与えるのがお前の役割だろう」
「んあっ!?ちょ、ちょっと何処触って…」
知るか。同性相手にそんなこと気にしてられないわよ。ああ、パチェの奴、凄く暖かい。こんな素敵なモノを一人占めするなんて許せない。
…というかパチェ、服の上からは解からないけれど、意外と大きいのね。むうう…こちとら五百年生きてるのに、未だにつるぺたんこだというのに…
いいわ、こうなったら寒気が過ぎ去るまでずっとパチェを抱き枕にしてやる。あら、それ意外と良いアイディアかもしれないわ。
夜中にむきゅむきゅ言うのが難点だけど、それ以外は文句のつけようがない素敵枕じゃない。良い香りとかするし。
「お嬢様、お戯れもその辺りに。パチュリー様が困ってらっしゃいますわ」
「ふんだ、そんなの自業自得さ。パチェの奴は少しくらい困らせてやるのが…」
「お・嬢・様?」
「ひっ!?」
咲夜の声に、私は思わずパチェから飛びのいた。何、今の地獄の奥底から捻り出されたような声は。
慌てて咲夜の方を振り返ると…うん、いつも通りの咲夜だ。何だろう、今凄く身の危険を感じたんだけど…具体的に言うと、幽々子や紫以上のプレッシャーが。
寒さ続きで具合が悪いのかな。とりあえず、そういうことにしとこう。何かこの件を突き詰めると危険な気がするし。
「もう…レミィも唐突に訳の分からない事をしないで頂戴。心臓に悪いわ」
「仕方ないだろう。それもこれもこのいつまでもいつまでも続く寒さが悪いんだ」
「そうですねえ…もう五月だと言うのに、大雪続き。このままでは紅魔館の茶葉や燃料の蓄えが尽きかねませんわ」
そう、私がこんな状態になるのも実に仕方のないことなのよ。何故なら今は既に五月。それなのに外は大雪。気温0度近く。舐めてんの?
というか、もう葉桜が見え始めても悪くない季節にコレはおかし過ぎるでしょう。何処かの馬鹿が四季を操るかどうかして無理やり現状を続けてるとしか思えない。
確かに冬は嫌いじゃないわ。昼夜問わずにふかふかのお布団の中でゴロゴロするのも悪くない。けどね、これが何カ月も何カ月も続くと段々苦痛になるのよ。
こんな天気じゃ気軽に漫画の新作も買いに行けやしない。ああもう冬の馬鹿馬鹿馬鹿。寒さの大馬鹿野郎。
大体霊夢は何をしてるのよ?これは最早立派な異変もいいところでしょう?前にフランが起こした異変よりよっぽど性質が悪いわよコレ。
寒さが続けば食物は育たず人々は飢え苦しむのよ?お米が育たないのよ?今年の作物は間違いなくほぼ壊滅じゃない。一体どうするのよコレ。
ああああああ、何処の馬鹿妖怪か知らないけれど、本当に余計なことをやってくれる。叶うならそいつの横顔思いっきりぶん殴ってやりたい。
こんなことを画策した首謀者はさっさと霊夢にコテンパンにのされれば良いのよ。いや、もう霊夢にこだわらない。魔理沙でも良いわ。魔理沙が駄目なら咲夜でも…
「…そうか、その手があったわね」
「?どうしたの、レミィ」
不思議そうに首を傾げるパチェに、私はニヤリと不敵に笑ってみせる。ふふふ、何でこんな簡単なことを思いつかなかったのかしら。
この件は間違いなく異変。そして、こんな馬鹿げたことをして下さった奴がこの幻想郷の何処かにいる。ならば、霊夢に任せるまでもないわ。
霊夢と同等レベルの力を持つ奴が代わりに解決すればいいのよ。さて、問題。私の知りうる人物の中で、霊夢と同等の力を持ち、なおかつ異変解決をお願い出来る人と言えば?
「咲夜、少し訊きたいことがあるんだけど、構わないかしら?」
「ええ、何なりと」
「お前は霊夢――博麗霊夢より自分が弱いと思うかい?」
「お戯れを。博麗の巫女など物の数ではありません。お嬢様さえお望みならば、私は神をも屠って御覧にいれましょう」
し、痺れるっ!なんて格好良い素敵解答なのかしらっ!咲夜、お母さん改めて貴女に惚れ直しちゃったわ。
そう、ウチには霊夢に勝るとも劣らない最終兵器が居るのよ。十六夜咲夜、私の自慢の一人娘にして人間完全に辞めちゃってる最強メイド。
この娘ならこんな異変なんてちょちょいのちょいで解決してくれるに違いないわ。そして幻想郷に暖気をもたらしてくれること間違い無し。
「十六夜咲夜。紅魔館が主、レミリア・スカーレットが命じるわ。
この何処何処までも続くような戯けた冬をもたらした元凶を遠慮なくぎったんぎたんにしてあげなさい」
「――心得ました。お嬢様の期待に添えるよう、結果を手にして御覧にみせますわ」
私が命じるや否や、咲夜は瞬間移動でもしたかのようにその場から煙のように消え去って行った。
命令されて即実行~瀟洒の十六夜咲夜~。マーべラス!流石は私の自慢の一人娘!レモンティーとシナモンティーの違いが分かる娘は流石に違うわね!
これで一週間も待てば異変は解決ね。咲夜は本気で戦えばウチでトップの実力者だし。…勿論、フランを除けばだけど。あれは別格よ。
あとは果報を寝て待てば否が応にも春~spring~ってわけよ。ああ、こういう夢ならもう一度会いたい。春が来る度咲夜に会える。
「咲夜を異変解決に向かわせるなんて、本当に春が恋しいのね、レミィ」
「当り前だよ。こんな馬鹿みたいな寒さ、いつまでも付き合ってられるもんか。ましてや、それが作為的な現象ならね。
巫女が解決してくれるまで待ってあげようと思っていたんだけど、いつまでも笑って耐えてあげられる程私は寛容じゃない。
大体、幻想郷の他の妖怪どもはこんなことをされて何とも思わないのか。この寒さは妖怪の種類によっては、致命的なダメージになりかねないというのに」
「巫女はともかく、幻想郷の妖怪達は異変を楽しむ傾向にあるからねえ。永く生きると、愉しいと感じられるモノが限られてくるのよ。
妖怪の山なんかじゃ、今頃天狗どもが雪見酒と洒落こんでるんじゃない?」
「馬鹿らしい。雪見酒なら越年前後に十分楽しめただろう。今、私が求めてるのは桜酒だよ桜酒」
「お酒なら咲夜に用意してもらえば?良いワインがあるって咲夜が言ってたわよ?」
「別に酒が飲みたい訳じゃなくて私はただ春が欲しいのよ。ああもう、寒い。
こんな馬鹿なことをしでかしてくれた奴は、さっさと咲夜にぎったんぎたんにされればいいのに」
「一体誰がこんなことしてるのかしらねえ。案外レミィの知ってる奴だったりして」
「八雲紫が幻想郷の管理者という立場で無かったら、まず真っ先に疑っていたかもね。まあ、どうせ何処の誰とも知らない馬鹿な妖怪が犯人さ」
八雲紫か。冬の寒さという欠点が無ければ、私はこの異変に賛成してあげたのに。あれがいつまでも冬眠したままだし。
そういえば、八雲紫で思い出したんだけど、最近は大雪続きと寒さで全然霊夢のところに通えてない。霊夢と仲良しお友達計画が完全に頓挫しちゃってる。
ううー…まあ、仕方ないよね。それに結果、全然出てなかったし…霊夢、私と話すときいっつも不機嫌だし…未だに目を見て話せないし…
正直、この計画もう駄目だとなんとなく分かってるのよね。霊夢の好感度、少しも上がらないんだもん。クリア対象外なのよ、彼女。
神社行っても、私ほとんど魔理沙としか会話してないし…ヤバい、何か素で泣きたくなってきた。駄目よ、レミリア。諦めたらそこで試合終了なのよ。まだ慌てるような時間じゃないわ。
もう少し、うん、もう少しだけ頑張ろう。それでも駄目だったら諦めよう。もしかしなくても、霊夢も私のこと迷惑がってるのかもしれないし。迷惑ばかりかけるのは嫌だし。
胸の内を整理するとなんだかスッキリしたかも。何はともあれ、まずは咲夜に頑張ってもらってこの永遠の冬を止めてもらいましょう。
そして来る四季を迎えいれましょう。春は花をいっぱい咲かせて夏は光いっぱい輝くのよ。秋は夜を目いっぱい乗り越えるのよ。だけど冬、てめーは駄目だ。
「さて、異変解決の為に咲夜もいなくなったことだし…パチェ、覚悟は良いかしら?」
「…そういえば私、図書館で仕事が残ってるんだったわ。それじゃレミィ、私はこれで」
「逃すかっ!」
逃げるな私の人間懐炉。お前の持ってる春を私によこしなさいっ。普通に寒いのよコンチクショウ。
無理矢理抱きつく私に抵抗を試みるものの、パチェの体力が私よりちょこっと上しかないことくらいお見通しなのよ。それじゃ私からは逃れられないわ。
やがて、抵抗を諦めたパチェは溜息をついてなされるがままになった。フッ、完全勝利。ああ、パチェは本当に暖かいなあ…それに気持ち良いし。
「もう…レミィったら、子供みたい」
「暖を取ろうとする本能的行動に大人も子供も関係ないのさ…ああ、パチェは本当に暖かくて気持ち良いなあ。柔らかいし、良い匂いがする。私の好きな匂いだ」
「…ばか」
パチェのお腹部分に抱きついたまま、椅子をベッド代わりに寝転ぶ私。パチェ、本当に私の抱き枕になってくれないかな。切実な意味で。
世界広しといえども、こんな高性能な抱き枕は二つとないわ。自信を持ちなさい、パチェ。貴女なら抱き枕界で頂点を獲れる逸材だわ。
その感触や美鈴の膝枕に勝るとも劣らない。美鈴見てる?貴女を超える逸材がここに居るのよ…
「…あのー、ええと、もしかして取り込み中だったりします?」
「ッッッッッ!?」
あら、見てるどころか本人居るじゃない。何時の間に来たのか、部屋の扉のところに美鈴が苦笑しながらこっちを見てる。
というかパチェ、美鈴に声をかけられるや否や、私から離れるって何のイジメ?別に女同士なんだし、気にすることないでしょうに。
まあ、いいや。美鈴が来たのなら、今度は美鈴に私の抱き枕ならぬ抱き懐炉になってもらおう。美鈴はウチで一番のむっちむちだから、きっと暖かいに違いないわ。
「いや、構わないよ。何か用?休憩で暖を取りに来たのなら、遠慮はいらない。ここでゆっくりしていくといい」
「あはは、それも悪くないんですけれど、今は先に用件の方を。お嬢様に知人のお客様がお見えになってますよ」
「客人とは珍しいわね。この寒い中、わざわざ来てくれたんだ。凍えさせるのも悪い、ここまで通してあげて頂戴」
「ええ、お嬢様ならそう仰られると思いまして、一緒に連れてきちゃいました」
ううん、咲夜程じゃないけれど阿吽の呼吸というか。美鈴はいちいち言わなくても私の気持ちを悟ってくれるから助かるわ。
でも知人って誰かしら?私、自慢じゃないけれど友達どころか知り合いだって本当に少ないからね。純粋の超引き籠り人だからね。
わざわざ私を訪ねてくれるような人ねえ…魔理沙くらいしか好感度高い人いないんだけど…その魔理沙も一度もウチに遊びに来たことないし。
一体誰かしら。そんな風に思考を巡らせていると、扉の向こうから現れたのは、全くもって想像だにしていなかった人物。
「貴女は…魂魄妖夢?」
「はい、お久しぶりですレミリアさん」
そこに居たのは、頭に幾許の雪の欠片を乗せた女の子。数ヶ月前に知り合った冥界の姫の従者さん。
この時、私は未だに理解していなかった。そう、良かれと思って幽々子に取り付けた約束が、とんでもなく最悪の形で果実を実らせていたということに。
~side 魔理沙~
「なあ霊夢、一つお願いがあるんだけどさ」
「嫌よ」
炬燵を挟んで向かい側。蜜柑の皮を剥いている霊夢に訊ね掛けるものの一蹴。少しくらい聞いてくれても良いじゃないかと思う。
けれど、悪友のこんな対応には嫌というほど慣れきっている。こんなことで一々めげたりする筈もなく。
「私、霊夢の淹れたお茶が今無性に飲みたいんだ。そういう訳でお願い」
「だから嫌だっつってんでしょ。この寒い中、他人の為に炬燵の外に出るという行為が想像するだけでも嫌」
「いや、想像するのも嫌ってどんだけ拒否ってんだよお前。お茶一つで美少女の笑顔が買えるんだ、安いもんだろ」
「自称、美少女でしょ。とにかくお茶が欲しいなら自分で淹れなさいよ」
あ、今のは少し傷ついたかも。こう見えて、見てくれには少しばかり自信あるんだけどな。
こうなった霊夢は梃子でも動かない。仕方無い、自分でお茶淹れるか。ああ、しかし寒いばかりで退屈だな。大雪のせいでやることがない。
最初の頃は雪使って色々遊べたんだけどなあ。はあ、最近はレミリアの奴も来ないし、暇で暇で仕方ない。
「レミリアの奴、遊びに来ないかなあ。そうしたら良い暇潰しになるのに」
「悪かったわね、暇潰しの相手にもならなくて」
「そう穿った見方するなよ。よくないぜ、そういうの。霊夢は霊夢、レミリアはレミリアの暇潰しとしての長所があるんだ。
その中で私は今、レミリアの暇潰し要素を欲してるってだけなんだから」
「暇潰しの長所って何よ。ていうか、人の家を勝手に暇潰し場所にしないで頂戴」
「気にするなよ、住めば都のコスモス畑だ」
「意味分からないから。しかし、レミリアね…」
お、霊夢の奴、なんか珍しく溜息なんかついてる。見えないように小さくついたつもりだろうが、はく息の白さでバレバレだ。
普段はレミリアのこと冷たくあしらってるくせに、顔見せないなら顔見せないで寂しいのかな。気難しい奴。
そんな空気と睨めっこするくらいなら、少しくらいレミリアに優しくしてやれば良いのに。まあ、思っても言わないけど。霊夢の機嫌が悪くなるの分かりきってるし。
しかし、レミリアか。紅魔館の主にして、幼いながらに幻想郷屈指の実力者と謳われる吸血鬼。それが人里とか巷での評判。
そんな話を私は微塵も信じてない。私は他人に関しては自分の目で見、感じたものだけを信頼している。それはレミリアに対しても同じだ。
私の中でのレミリアは本当に面白い奴。そして、霊夢に何か言われてはすぐ泣きそうになる可愛い奴。でも、そんなところが放っておけない奴。
正直、私の中ではレミリアが幻想郷中に紅霧をばら撒いたとか、霊夢と対等に渡り合えたとか、そんなことは何の興味も関係もないことで。
何ていうか、レミリアの奴、本当に放っておけないんだよな。私にとってはそれが何より重要なこと、そしてレミリアは本当に面白い奴で。だから私はレミリアと友達なんだ。
霊夢の奴も考え過ぎずにそれくらい軽くぶつかれば良いのに。本当、変なところで固い奴だと思う。
私が温かいお茶を淹れ直し(淹れるならついでにと何故か霊夢の分もやらされた。これが目的か)、いそいそと炬燵に戻ろうとした私だが、
その行動は突然の来客によって打ち止めされることになる。失礼するわ、短い言葉と共に引き戸が開かれ、そこから現れたのはいつもレミリアと一緒に居るメイドさん。
確か名前は十六夜咲夜だったか。普段ここに遊びにくるレミリアとはワンセットで一緒に来るんだが、あまり会話しないんだよな…
コイツの行動は常にレミリアの為に動いてると言っても過言じゃ無いくらい甲斐甲斐しくレミリアの世話をしてる。いつも遊びに来るときに
何度か会話を交わすんだが、コイツ、霊夢以上に取っ付き難いんだよな…何話してもあまり興味無さげっていうか、そもそも私に興味が無いというか。
そんな咲夜は、室内に入るなり霊夢の方を見つめ、軽く溜息をついてる。あ、ヤバい。そういう人を馬鹿にした態度、霊夢の奴は一番クるんだよな。
ほら、案の定、霊夢の奴表情が険しくなってる。思いっきり『あ゛?』って顔になってる。おお、怖い怖い。
「何よ。人ん家に来て早々に腹立たしいわね。喧嘩売りに来たんなら、さっさと出てけ。寒い中、私の手を煩わせるな」
「言われなくても出ていくわよ。ただ、呆れてものが言えないだけ。
この異変の中、博麗の巫女ならば少しくらい何かを掴んでいるかと期待したのだけれど…やはり他人なんかに期待なんてするものじゃないわ」
「んだとコラ。良いわ、上等じゃない。表に出なさいよ、天然素材のカチ割り氷でアンタの頭を叩き割ってやる」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ霊夢!」
今にも咲夜に掴み掛ろうとする霊夢を背後から抑えつける。ああもう、霊夢の奴、興奮し過ぎだっつーの。
そんな様子を呆れるように眺めながら、咲夜の奴は沸騰している霊夢にあいも変わらず冷たい言葉を投げつけてゆく。
「五月になっても満たぬ春の気配。絶え間なく降り続く大雪を見て、貴女は何も感じないの?
これは誰かが引き起こした異変。そしてそのような幻想郷の異変を解決するのは、他ならぬ貴女の仕事じゃなくて?」
「うるさいな…今からやろうとしたのよ、今から」
嘘だ。絶対嘘だ。何だその親から宿題しろと言われたときの寺小屋の子供レベルの言い訳は。
ほら、咲夜の奴も完全に呆れてる。もう溜息も出ないくらいのレベルで呆れてるよアレ。というかこの大雪、やっぱり異変なのか。
「…もう良いわ。貴女は今までのように、ここでだらけきってなさい。この件は私が処理してあげる」
「ああ?どういう意味よそれ」
「言葉通りの意味よ。何時まで経っても仕事に取り掛からない巫女に、お嬢様が痺れを切らしてね。
どこぞの誰かが頼りないから、私にお命じになられたのよ。『この異変を解決し、首謀者をこの世から葬り去れ』と」
嘘だ。絶対嘘だ。あの霊夢に睨まれただけで私の背中に隠れるレミリアが『殺せ』とか命令出来るか。
どうせレミリアのことだ。犯人をボッコボコにしろとかぎったんぎたんにしろくらいしか言ってないだろ。それを咲夜の奴が勝手に解釈変えてるよ絶対。
しかし、咲夜の奴なんか嬉しそうだな。『誰かが頼りないから私に命じた』のところを嫌に強調してたし。なんか親に褒められた子供みたいだ。
「だからこの件は私が解決してあげる。貴女はその辺でお茶でも飲みながら吉報を期待してて頂戴。
ああ、別に事件は『博麗の巫女が解決した』ってことにしても構わないわ。私が欲しいのは他人の評価ではなく結果だけ。
お嬢様が満足して頂ける未来さえ紡ぎ出せれば、その他のことなんかどうでもいいもの」
「…けんな」
「それじゃ、お邪魔したわね。博麗の巫女様のますますのご健勝をお祈り申しておりますわ」
「っ!!ふざけんなっ!!!!」
あ~あ、爆発した。だから言わんこっちゃない。咲夜の奴も、なんでわざわざ霊夢を挑発するように言うんだよ。
霊夢は炬燵から出て、お祓い棒だの術符だの陰陽玉だの異変解決アイテムを乱暴に掴んで咲夜の目の前まで近づいてる。
というか睨んでる。ガンたれてる。メンチきってる。うわ、本気で怖い。あれじゃレミリアも泣くぜ。咲夜も少しも怯んでない…ていうか、睨み返してるし。
「異変は私が解決するから、メイドはさっさと家に帰ってレミリアに尻尾を振ってなさいよ。それが貴女の仕事でしょう?」
「その仕事を奪ったのは巫女がぐうたらで自分の仕事をしないからでしょう?そんなに労働が嫌いなら転職を考えては如何?」
「ハッ、私以外の誰が異変を解決するって言うのよ。あんまり戯けたことばかり言うつもりなら、今度は本気で潰すわよ?」
「出来るものならやってみなさいよ。その思い上がり、実に鼻につく。世間の厳しさってものをレクチャーしてあげるわ」
…こいつら、こんなに相性悪かったのか。知らなかった。レミリアの奴がいないと、咲夜ってこんな風なんだな。
いや、あれはレミリアが居ないというより、霊夢に対してだけっぽいけど。何だ咲夜の奴、霊夢の事が嫌いなのか。
霊夢も霊夢で本気で切れてるし。異変解決の前にここで弾幕勝負なんてやってくれるなよ、頼むから。ていうか二人の額、もうついてるじゃんか。
「ハッキリ言っておくわ、博麗霊夢。私は貴女のことが大嫌いだわ。
お前のお嬢様への態度、対応、そのどれもが酷く癇に障る。実に不愉快だわ、こんな不愉快な気分は過去類をみない程。
館内掃除における地べたにこびり染みついた泥汚れですら、私にこんな劣悪な気分にしてくれたことは無かったわ」
「気分悪いならトイレにでも行ってさっさと吐いてくれば?少しはすっきりするんじゃない?
ええ、ええ、私もアンタが嫌いだわ、十六夜咲夜。レミリア云々は知らないけど、人様をここまで不快にさせてくれたのはアンタが初めてよ」
いや、本当に女って怖いな。あんな風に良い笑顔で他人に唾を飛ばせるんだ。まあ、私も女なんだけど。
やがて、互いに顔をツンと突き放し合い、二人揃って大雪の舞う外に飛び出してゆく。うわ、あの状態のまま異変解決に向うんだ。
霊夢の奴、このくそ寒い中をあの薄着で大丈夫なのかね。まあ、霊夢の奴だから大丈夫なんだろうけど。
しかし二人は異変解決に動き出したのか。前回は紅霧の発生源が紅魔館だったから、一発で犯人は突き止められたけど、今回はどうなることやら。
無論、私もこの異変には興味あるからな。当然動くは動くんだけど、あの二人みたいに闇雲に動いてもしょうがない。そんなのは、ただ寒いだけだ。
「だったら、ここは一つ賭けに出るとしようか。霊夢と咲夜には悪いけど、魔理沙さんはちょっとばかりこの賭けには自信があるぜ?」
壁に立てかけておいた箒を掴み、帽子を被り直して私は軽く笑みを零す。
餅は餅屋、異変には異変首謀者に。私は箒に飛び乗り、湖に浮かぶ紅の館めがけて大雪の中を疾走してゆく。
咲夜を派遣した時点で、レミリア自体はこの件に関してノータッチかもしれないが、私はそれで終わるとは思わない。
なんてったってレミリアは過剰なまでのトラブル引き寄せ体質だ。アイツの傍に居ると間違いなく面白いことになる、霊夢じゃないけど私の勘がそう告げてるぜ。