お見合いってあるじゃない、お見合い。人里とかで人間がやってるアレね。
まあ、私は恋愛結婚派なんだけれど、ああいうのも悪くないかなって思ってる。お見合いという特別な出会いの下、
ゆっくりと二人の仲を深めあい、そこから恋愛へと発展していく。実に素敵なことだと思うわ…って、私の恋愛観はどうでも良いのよ。
とりあえず、そのお見合いのシーンをまず想像して欲しいの。出来た?出来たわね?ならば、次はそのお見合いの主役の一人に
自分を据える。OK?ここまでは大丈夫?なら、次にお見合いの相手。その相手に八雲紫が来たと想像してみなさい。
…何、嬉しいですって?むしろ望むところですって?お馬鹿!分かってない!私の意図することが全然理解出来てないわ!
ええい、それじゃ八雲紫じゃなくて、貴方の天敵と思えるような、メチャクチャ苦手な奴を想像して頂戴。
出来た?出来たわね?なら最後に一つ――それがもし現実だったなら?はい死んだ!今貴方死んだわよ!
…さて、少しばかり回りくどい説明になってしまったわね。つまり、私が結局何を言いたいのかと言うと…
「まあまあ、虚空を見つめて如何しましたか?これでは折角の温かいお茶が冷めてしまいますわ」
今現在の私ことレミリア・スカーレットは、八雲紫に並ぶ程の難敵――魂魄妖夢の主こと西行寺幽々子と
机を挟んで向かい合っている次第であります。加えて言うならお茶を共に飲んでいる次第であります。…死にたい。
そうね…まずは何処から説明始めたらいいのか、正直自分でも混乱してるわ。
妖夢のご主人様のところに遊びに行くことになってたのは良い。それは良いんだけど…何で私は冥界まで連れていかれてる訳?
私ね、妖夢のご主人様って人里に居るものだと思ってたのよ。人里の金持ちの家なんだろうなってくらいにしか考えてなかったの。
そうしたら、妖夢が『行きましょう。目的地は冥界です』なんて言い出したのよ。冥界って。冥界って。冥界って。(大事なことなので三回言いました)
冥界に関する知識くらい、私にもあるわよ。簡単に説明すると、冥界=オバケワールド。閻魔様のお裁きにあって、無罪と判断された人の魂が
次の転生を迎えるか成仏するまでの時間を過ごす魂の楽園。言うならばオバケが目指したシャングリラ。今なら言えるでしょうここがそう楽園なのよ。
そんな場所に生きたまま連れられた私…い、いやああ!!まだ死にたくないいい!!大体美鈴も引き止めなさいよ!何『楽しみですね~』なんて笑顔で言ってるのよ!
そもそも何で人間の妖夢がそんなトコに住んでんのよ。そういう感じの質問をしたら、妖夢は不思議そうな顔で『?何故って、私、半人半霊ですよ?』。
詳しく説明を聞いたところ、何でも妖夢は人間と幽霊のハーフなんですって。いや、そんな話聞いてないわよ!ハンジンハンレイってそういう意味なの!?
つまり、そのマスコットキャラみたいに妖夢の周りをふよふよしてる白いのは本当に魂で…な、南無阿弥陀仏っ!ゆっくり成仏していってね!
ちょっと無理。本当に無理。私、そういうホラーだけは駄目なのよ。オバケとかそんなの反則過ぎるでしょう?あまりにも怖過ぎるでしょう?
分かってる。私自身、吸血鬼なんてアホみたいな存在のくせに、幽霊怖がるなんてどうかとは思う。けど、怖いもんは怖いんだからしょうがないじゃない!
もう幽霊の園に今から行くって時点で私のテンションは最低値更新だった。早く帰りたい。咲夜に会いたい。咲夜のごはん食べたい。
そんな泣き言を心の中で何度も呟きつつ、あれよこれよという間に、気づけばおいでませ冥界。
…って、ひいい!白いふわふわが沢山飛んでる!飛び過ぎでしょってくらい飛んでる!妖夢のは一つだったから怖くなかったけど、これはヤバい。
そこから先は、妖夢の主人の屋敷まで私はひたすら目を瞑って美鈴に抱っこされてたわ。情けない?はっ、そんなの今更よ、恥ずかしくもなんともないわ!
そして、辿り着いた屋敷は馬鹿みたいに大きくて。いや、紅魔館に住んでる私が言うのもなんだけど、住んでる人間どんだけ偉いのよって
レベルで広い建物で。武家屋敷スタイルっていうのかしら。とにかく見事なジャパニーズ屋敷だったわ。
大きな門を潜り抜け、そこに現れたのは妖夢のご主人様。桃色の髪に、紫クラスのぼんきゅっぼん。美女と美少女の中間点くらいの容貌を持つ女性。
そいつは私達を眺めるなり楽しそうに笑みを零し、『遠路遥々ようこそ白玉楼へ。客人方、この屋敷の主である私、西行寺幽々子が皆様を歓迎いたしますわ』と言葉を紡いできた。
…もうね、その瞬間分かった。分かっちゃいました。この女、正真正銘の化物だって。紫レベルの規格外の化物だって。
私のビビりセンサーが振り切れて計測不能になってる。もうこの場から今すぐ逃げ出したいレベルで警報が鳴りまくってる。それくらいヤバい。
紫の妖力や霊夢の霊力とは対極の恐怖っていうのかしら。その女から別段特別な力の強さは感じない。でも、解かる。解かっちゃうのよ。
多分、美鈴とか咲夜とかみたいに強い連中には解からないんでしょうけれど、弱い私だからこそ解かる圧倒的な死の気配。それがこの女から濃密に感じ取れるのよ。
で、そんな女からお茶を招待され、断る事も出来ずに今に至る…と。分かった?分ったでしょう?私がこんなにビビり通してる訳が。
「どうしました?もしや緑茶はお嫌いですか?」
「いや、そんなことはないさ。こう見えて和風もいける口でね。有難く頂こうか」
「そうですか。それは安心しましたわ」
幽々子の笑顔に、私も笑みを返してそっと湯呑に手を伸ばす。あ、ヤバい。私、今手がメッチャ震えてる。
身体の震えを抑えながら、必死に私がお茶を飲んでる間、私の目の前で繰り広げられる幽々子と妖夢のヒソヒソ会話。
なんか妖夢が幽々子に耳打ちしてる。客人の前でちょっとあれはいけないわね。そう思わない、美鈴?
「お嬢様、折角ですので先ほど買ってきた茶請けを開けませんか?折角のお茶会ですし」
このお馬鹿野郎。貴女はいつからそんな緊張感無し子になったのよ。この状況で私達が持ってきたお菓子なんか幽々子が食べる訳…
「あら、それは嬉しいわ。貴女方さえよろしければ、喜んで頂きますわ。本来、持て成す側の台詞ではないとは思いますが」
「…美鈴、買ってきた菓子を出しなさいな。折角の茶会だ、楽しくなくては意味がない」
「はい、了解しました」
食べるんだ。普通に食べるんだ。まあ、いいけど…少しでもこの空気が変わるなら、全然OKなんだけど。
箱からお菓子を取り出している美鈴と妖夢を横目に、幽々子はお茶を一度喉を通したのち、再び私に話しかける。
「聞けば妖夢がお世話になったようで。本当にご迷惑をお掛けしました」
「こっちが好きで世話を焼いたんだ、気にすることじゃない。それに妖夢に一番迷惑をかけたのは他ならぬ誰かさんだろう?」
「うふふ、これも偏に愛情表現ですわ」
クスクスと上品に笑う仕草。ああ、やっぱりコイツ絶対紫と同類だ。類友だ。実は紫の親友とかそんなオチはないでしょうね。流石にそれはないか。
この手のタイプは会話が成立しにくいっていうか、本当にコミュニケーションが取りにくいのよね…掴みどころがないっていうか。
まだ霊夢みたいに感情をストレートにぶち当ててくれる方が楽な気がするわ。まあ、その度に泣きそうになるけど。霊夢、言葉強いのよね…
ああ、幽々子の奴、凄く私の方を見てる。絶対観察してるわよコレ…いっそお茶漬け出してくれないかな。そうすれば全力で逃げ帰るのに。
「レミリア・スカーレットさん。紅魔館の主にして、今夏の異変を引き起こした張本人。友人からお噂は色々と窺っておりますわ」
「どうせ良からぬ噂だろう?まあ、褒められたことをした訳でも無し。私は他人になんと言われようが気にならないけれど」
嘘です。めっちゃ気にします。陰で悪口言われてるなんて想像するだけで鬱入ります。枕を涙で濡らしてしまいそうです。
ストレス耐性はある方だとは思うんだけど、そういう方面は脆いのよ。お願いですから酷い噂じゃありませんように酷い噂じゃありませんように。
「ふふっ、勿論良いお噂の方ですわ。私の友人はレミリアさんの大の追っかけファンでして。
貴女のご武勇を何度も彼女のお聞きし、私も貴女に興味を持っていましたの。偶然とはいえ、妖夢を通したこの出会いには感謝したく思います」
「へえ、それは奇特な友人を持ったものだね。恐怖せずに私に興味を持つなどまともな人間とは思えないな」
「生憎と私も友人も人間ではありません故」
「…そうだったわね。それと幽々子、私相手に敬語は必要ないよ。互いに部下を持つ主だ、妖夢の前で変に遜った姿など見せなくても良い」
私の言葉に、ぽかんと目を丸くする幽々子。いや、だって敬語で話されるとこっちが偉いみたいじゃない。むしろ私が向こうに敬語使いたいくらいなのに。
基本ビビりでヘタレな私としては、こう、上下関係の探り合いみたいな会話はちょっと精神的に無理なのよ。
もっとフランクな感じで小粋なアメリカンジョークなんか挟める会話がちょうど良いのよ。そんなもん挟んだこと一度もないけど。
…というか、私の発言に幽々子の奴、めっちゃ笑ってる。畜生、そんなに変なこと言ったつもりないのに。また私は苦笑されるようなことしたのか。
「本当、貴女は変わってるのね。吸血鬼という前提を忘れてしまいそう」
「お嬢様は変わってますからねえ。変わり者の素敵なご主人様です、はい」
「ええ、実に素敵なご主人様のようね。成程、これなら人が付いてくる訳だわ。妖夢の話は強ち間違いという訳でもないみたいだし」
こら、美鈴。貴女後でちょっと校舎裏に顔貸しなさい。そこは怒るところでしょう。ご主人様をフォローするところでしょう。
何幽々子と一緒に笑ってるのよ。うわ、駄目、何この疎外感。私一人何が面白いのか全然わからない。
話に入れないのが悔しかったので、とりあえず用意されてる煎餅を一枚齧りつく。美味しい。ブラッドソースとか付けたらもっとイケる気がする。
「さて、レミリア。今日は貴女の事をもっともっと知りたいと思っているわ。
貴女と私の距離を近づけること、それはきっと双方共に実に実りのある事だと私『も』考えているもの」
「私のことなんか知っても仕方がないだろうに。私の歩んできた人生(もの)なんて実に些細でちっぽけなものさ。
風が吹けば柳に、地が揺れれば水面の蓮葉に。流れ流され好き勝手に生きてきただけなのだから。それはこれからとて変わらない」
「そう、風に舞う枯葉のように、身を流れに委ねるのは容易でいてとても難しいこと。けれど、貴女は須らく成し遂げている。
泥船の上で揺れ乱れる海上をさも当然のように享受する、漆黒の大海には魑魅魍魎がいつ寝首を掻かんと蠢いているというのに」
…あれ、何の話?私のことが知りたいって話じゃないの?何よ泥船とか魑魅魍魎とか。
やばい、素で頭が痛くなってきた。私の華麗なニート生活を遠回しに伝えただけなのに、何か言葉が難解になってきてる。
いや、これはもしかしたらワザと難解な言葉を使って、理解出来ない私の様子を見て『ぷぷっ、教養のない娘』って笑ってるのかもしれない。
かっちーん。なんて失礼な奴だろう、こう見えて私は漫画だけじゃなく小説だって読んでるというのに。だったら話は早いわ。
私も適当な言葉を使いまくって知識人ぶってやる。ふふん、妖怪としてはダメダメだけど、ハッタリだけは得意なんだから。
「足元に蔓延る虫けらなんぞに気を散らしては道も歩けないよ。この刹那は私だけの為に在る、ならば胸を張って笑って歩くだけさ」
「ふふっ、勇ましい人ね。その在り方、好意に値するわ。常人なら気を狂わせても仕方のない境遇を、貴女は一歩も引かずに勇往邁進し続けている。
妖夢も心惹かれる訳だわ。貴女はその在り方が眩い、例えるなら線香花火。その輝きは周囲に集う闇夜の化生程目を奪われて離さない」
「その衆愚の中にお前も自ら入ってくれるのかい?西行寺幽々子」
「あら、私は既に己は線の内側だと思っていましたわ。レミリア・スカーレット」
えっと、何。つまり、どういうこと?拙い、全然解からない。私が線香花火で幽々子も線香花火で遊びたいってことくらいしか…
頭を必死に悩ませてる私に気付いたのか、隣に座っていた美鈴がそっと私の耳元に口を近づけ、幽々子の言葉を噛み砕いてくれた。ナイスよ、美鈴。
「つまり、幽々子様はお嬢様のことが『好き』ってことみたいですよ」
「っっっっ!!!!!!」
美鈴の言葉で、本気で全身が総毛だった。え、嘘。今の会話ってそういう会話だったの?
ギギギと顔をゆっくりと幽々子の方に向けると、依然としてニコニコと笑みを浮かべたまま私の方を見つめているではないか。
いや、確かに言われてみれば、その視線は若干熱っぽいっていうか…ま、まさかまさか。いや、確かに妖夢に意地悪なことをして喜んでた
時点でそういう気配も無くは無かったっていうか…西行寺幽々子、貴女ってもしかしなくてもそういう趣味があるの?
「あ、あの…幽々子、結論を急ぐようで悪いんだけど、その、つまるところ…」
「ふふっ、私ともお友達から始めましょう、ということよ。よろしくお願いしますわ、レミリア・スカーレット」
お友達からスタート→発展有り→ゴールイン→子供が三人くらい。フォォォォォォォ!!!無理無理無理無理無理!!!絶対無理!!!
え、嘘、いやちょっと待って、私そっちの趣味ないから。私至ってノーマルだから。同性愛とか無理だから。
またなの?また同性愛者でペドフィリア嗜好なの?紫の疑惑はまだ解かれていないのに、更にキャラ追加するの?馬鹿なの?死ぬの?
いや、確かに将来的に私も良い人と一緒になって、いつか咲夜にお父さんを…っていう未来ビジョンはあるわよ?だけど、それが女って。いやいやいや。
幽々子なんかぼんきゅっぼんだからどっちがお母さんになるのよ。というか、むしろ私が娘みたいじゃないのよ…って、そういう問題じゃない!
拙い拙い拙い拙い拙い。幽々子も紫クラスの危険指数叩きだしてるのに、狙われでもしたら軽く死ねる。無理やり畳に押し付けられて
『私のモノになるのと死ぬの、どちらがお好みかしら?』
とか言われたら本気で抵抗ゼロのバッドエンドになる。というか18禁どころのレベルじゃない。想像したくない。
ああああ、私の型月センサーがニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ――とか鳴り響いてる。助けて遠野志貴映姫。今何か変なの混ざった。
とにかく話題をずらさないと…何とか私から興味を削がないと…またか。またこういう展開なのねコンチクショー!
不自然に感じられない程度に、私はその場から立ち上がり、部屋と庭園を遮っている障子を開く。その先にあるのは、大きな一本の枯れた桜の木。
他には特にない…仕方ない、この桜の木に私の全てを賭ける。お願いだから、何とか話題を変えて頂戴。
「これは見事な大桜だね。これほどの大きさのモノは過去に見たことがないくらいだよ。冥界とはこのようなモノが溢れているのかい」
「ふふっ、お褒めに預かりまして光栄ですわ。ただ、その桜は特別なものよ。
その桜は幾度の春を迎えても、一度たりとて桜が咲き乱れることはなかった」
「へえ…そいつは勿体ない。これ程見事な桜の木は他に無いだろうに。
咲かぬ桜とはまた変わりモノだね。何なら紅魔館に持って帰ってあげようか?」
「ふふ、花は咲かぬとも、大地に根強くそそり立つその姿は充分絵になる美しさでしょう?」
「手放す気は無い、と。それは残念だね」
良かった。これで幽々子が『じゃああげるわ』なんて言ったらどうしようかと思った。こんなデカイ桜なんか持って帰ってもどうしようもないし。
しかし幽々子、見事に桜の話題に食いついてくれたわね。なら、後はこの話でお茶を濁して適当なところで『そろそろ帰らないと』って言って帰ろう。
うん、それがいい。流石に冥界に行くことはもう二度とないだろうし、幽々子も私のことを忘れて別の女の子を引掛けてくれるでしょう。
さようなら西行寺幽々子。貴女のことは二、三日くらいは忘れないわ。来世ではお友達でいましょうね。今世だけは勘弁して頂戴。
私は幽々子から離れるように、一歩一歩桜の木の方へと近づいていく。幸い、冥界の今日の天気は曇りで太陽の日が差してないから日傘無しで大丈夫。
しかし、近くで見れば見る程大きいわね、この桜の木は。こんだけ大きいくせに、桜の花を咲かせないってどんな詐欺よ。大飯ぐらいもいいとこじゃない。
春になっても咲かないって…そ、そうだ!良いこと思いついた!この桜の木を利用すれば良いんだわ!幽々子と私の絆を引き離す方法、
それも私の身の安全を買えるという(幽々子に恨まれない)条件付きの素晴らしいアイディアが!
思いつけば善は急げ。私は大木にクルリと背を向け、幽々子の方に笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。どうか成功しますようにっ。
「幽々子、お前は『この桜は幾度の春を迎えても花が咲かない』と言ったね」
「ええ、言ったわ。私の知る限り、幾百の四季を廻ろうとも、この桜は微塵も反応しなかった」
「そう、幾度の春を迎えても確かに過去に一度も咲かなかったかもしれない。けれど、それで未来が確定した訳でもないだろう?」
「…レミリア、貴女」
ふふふ、名付けて『咲かぬならそのままで居て下さいホトトギス』作戦よ。
この咲かない桜を利用して、私と幽々子を良いお友達のままでフェードアウトさせてやる。さあ耳を傾けなさい、西行寺幽々子。
「私は人一倍我儘で自分の思い通りにならないことは嫌いなんだ。だから、そんな絶対の運命なんて認めてやるものか。
幽々子、私はこの場所にまた遊びに来るよ。桜咲き乱れるこの大桜の下で、お前と一緒に酒を酌み交わす。
数百年、我儘放題だった桜を肴に大宴会だ。それは実に面白そうだとは思わないかい?」
桜咲いたら遊びに来ます→桜咲かなかったら遊びに行きません→この桜は絶対花開きません→遊びに行けません→ハッピーエンド
す、素晴らしい。我ながら完璧過ぎる作戦で、思わず鳥肌が立ってしまったわ。私の明るい未来が、明るい明日が今この手で切り開かれたのよ。
ほら、幽々子の奴ったら茫然としてる。うぷぷっ、ごめんなさいね、西行寺幽々子。恨むなら貴女のその性癖を恨んで頂戴。私は至ってノーマルなのよ。
「…そう、ね。それは実に心躍る風景だわ。私と貴女と封ぜられた誰か…三人でお酒を楽しむのも、悪くないかもしれないわ」
勝った!嘘つき妖々夢、完!!次回からは私の『レミリア様のさっと一品』のコーナーが始まるわ。楽しみにして頂戴。
さあ、あとは適当にお茶を濁して帰るとしましょう。私はね、もう二度と厄介事には巻き込まれたくは無いの。ごめんなさいね、幽々子、妖夢。
~side 幽々子~
成程、今なら紫の言っていたことが実に良く分かる。
レミリア・スカーレット。彼女は他者の心を惹きつける何かをその身に宿している。
最初に紫にレミリアのことを聞いたとき、私は話半分で聞き流していた。そのような吸血鬼など居る筈がないと。紫のいつもの冗談なのだと。
そう思ってしまった私を一体誰が責められよう。何処の世界に妖精にも勝てない吸血鬼が存在すると言うのか。ましてやそれが
今幻想郷中を騒がせている、あのスカーレット・デビルともなれば尚更。だからこそ、冬眠が明けたら私はまず紫に謝罪しなくてはならない。
あの時は冗談だと笑ってごめんなさい。そしてありがとう、こんなにも興味深い吸血鬼の存在を私に教えてくれて。
「妖夢、貴女にも感謝をしないとね」
「は?わ、私ですか?特に褒められるようなことをした記憶がないのですが…」
困ったような表情を浮かべる妖夢の頭を撫でながら、私はクスリと笑みを零す。
この娘がレミリア達との邂逅を果たさなかったら、恐らくは私の中でレミリアは紫との雑談の登場人物で終わっていただろう。
それを妖夢が見事に壊してくれた。私の下に、運命を運んでくれたのだ。これを褒めずして何を褒めれば良いのか。
妖夢が連れてきたレミリア・スカーレット。彼女は会話をすればするほど、紫の言っていたことが肌で実感出来て。
吸血鬼のくせに弱く、小心者で、臆病で――だけど、それ以上に純粋で、真直ぐで、心が強くて。私を前にしても、彼女は最後まで紅魔館の主で在ろうとした。
その姿のなんと勇ましく、そして可愛らしいことか。弱き身体に宿すは、全ての悪辣な運命を跳ね返すだけのとびっきりの優しい心。
吸血鬼、その種族に驕らず、慢心せず、見つめる先は光の未来。その色に絶望も投げやりさも存在せず、ただただ己が未来を直視する勇気があるだけ。
紫が気に入る訳だ。あの娘は、私達のような力のある化物にはない輝きが溢れている。言わば闇夜に蠢く私達にとって、決して触れ得ることのない黄金の太陽。
力も能力も才もない。けれど、彼女に人は付いていく。例えば、今日レミリアが連れていた紅髪の妖怪。あれは容易に人に慣れ尽くすような存在ではない。
けれど、今や首を垂れてレミリアに絶対の忠誠を誓っている。彼女をそうまでさせるのは、国士無双の力でも、ましてや悪辣非道の経歴でもない。
レミリアの持つ輝きが彼女をそうさせる。レミリアだからこそ、あの妖怪は彼女に付き従い護るのだ。例え今日、私が何かレミリアにしようものなら
己が命を犠牲にしてでも彼女を護っただろう。レミリアの隣で笑う妖怪の表情の裏には、それ程の濃密な殺気が生じていた。
ああ、考えれば考える程にレミリアの事が頭から離れない。これ程までに面白いと感じたのは何時以来だろう。
これなら確かに向こう側の計略にワザと乗ってあげるのも悪くは無い。レミリアの算段では無い、私とレミリアをつなげようとする謀略の切れ端。
その残香は感じ取れたが、こちらには利こそあれど損することなど一つもない。ならば踊ってやるのも良いでしょう。レミリア相手に、紫がそうしたように。
あとは一度くらいはレミリアの裏の顔を務めている妹さんにも顔合わせしておきたいけれど、一度に全てを望むのは欲張りというもの。
まずは一歩一歩、この薄氷の上で踊り続ける英雄に近づいてみることにしましょうか。それに今は、一つだけやるべきことが出来た。
「妖夢、これから少し忙しくなるわよ」
「は、はいっ」
西行妖――決して花開かぬ、朽ちた大桜。けれど、この桜が花咲かぬ理由は古い書物を読み知った。
この桜の木の下には、何者かが封印されている。そしてその封印の為に、この西行妖は桜の花を咲かせぬのだと。
その事実は、今より幾分前に知り得た事。何者が封印されているのか興味はあれど、今まで行動に移すことは無かった。
けれど、今日ここで一人の友人が私の背中を押してくれた。この桜の木の下で、花弁舞い散る中で共に酒を酌み交わしたいと。
ならば今の私に躊躇する理由など無い。西行妖が花開く方法は一つ心当たりがある。後はそれを実行に移すだけ。
寒風の吹き荒ぶ中、私は顕界へと戻っていた友人の言葉に心踊らせる。朽ちた桜木の下、彼女が笑顔で話してくれた私との約束。
「ふふっ…春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり」
この西行妖の乱れ咲く中、私とレミリア、そして見知らぬ誰かと酌み交わす酒。
それはきっと、顕界も冥界も分け隔てることのない、この上なく甘美な味になるだろうから。