第二十七話 ドヴォルザークの『新世界』を聴きながら。 補給戦を絶たれ、窮地に陥った同盟軍を殲滅すべく、帝国軍は一挙に反撃に転じた。同盟軍第10艦隊も、例外では無く、帝国軍の艦隊と遭遇した。第10艦隊司令官のウランフ提督は知将と云うよりは猛将に分類される提督だった。ゆえに、彼は目前に迫って来た敵に対して逃亡では無く、迎撃を選択した。「来るぞ!!敵との予想接触時間は?」「およそ、六分。」「よし、全艦総力戦用意。総司令部及び第13艦隊に連絡。『我敵と遭遇せり』とな。」「はっ。直ちに。」「やがて、ミラクル・ヤンが救援に駆けつける。敵を挟み撃ちに出来るぞ!!」「「「おーー!!」」」「もっとも、ヤンの方も今頃は・・・。」第13艦隊が援軍に来る事を信じきっている部下達の様子を眺めながら、ウランフ提督は誰にも聞こえない様に小さく呟いた。そして、彼の予想通り、ヤン提督の第13艦隊がウランフ提督の第10艦隊援軍に来る事は最後まで無かった。一方、ヤン提督の指揮する同盟軍第13艦隊は、ウランフ提督の予想通りにヤヴァンハール星系で、カール・グスタフ・ケンプ中将が率いる別の帝国軍艦隊と遭遇していた。「閣下。」「いよいよ始まったな。もう少し早く撤退命令が貰えれば良かったのだが・・・。スパルタニアンの出撃準備を。」「はい。」指令席では無く、デスクの上に胡坐をかいて座っているヤンは、艦長のマリノ大佐が敵ミサイル群に囮を発射するのを横目で眺めつつ、副官のグリーンヒル中尉に艦載機(スパルタニアン)の発進準備命令を出した。スパルタニアンの発進命令が出た為、艦載機を収容している空母からは準備が出来たスパルタニアンから順次発進して行く。そんな中で、自分のスパルタニアンの最終調整をしている女性メカニックを口説いている『自称撃墜王』のオリビエ・ポプラン大尉。ナンパ中の彼に、女性メカニックが迷惑そうに声を掛けるより先に、ポプランの相棒?であるイワン・コーネフ大尉が声を掛ける。「ポプラン、先に出るぞ。・・それから、ナンパは後にしろ。『出兵のしおり』は読んでないのか?今のお前の背中に、死神が留まって見えるぞ。」「げっ。ヤバイ、ヤバイ。」コーネフの皮肉により、『出兵のしおり』のある一説を思い出すポプラン。『出兵のしおり』の戦闘前にしてはいけない事の欄に、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。』と発言する事。『俺、故郷に帰ったらパン屋を始めるんだ。』と発言する事。『私も、この頃少しは艦隊運動に自信が持てるようになったので、後でアッテンフェルト提督を見習って本でも書いてみようと思います。』と発言する事。『子供が生まれた事。』を自慢する事。などと、事細かに記載されていた。ポプランは、その中の一つ『スパルタニアンの最終調整をしている女性メカニックを口説いてはいけない。(機銃の斜角が12度は狂っちゃうぞ☆)』を思い出した。彼は女性メカニックを口説くのを止め、斜角の最終調整をしてくれる様にメカニックに頼むと大人しくスパルタニアンに乗り込んだ。ちなみに、コーネフは『クロスワードパズルの答えが葬式になると危険だぞ☆』の記載を見て以来、クロスワードパズルを自粛している。そんなこんなで、この戦いにおいて第13艦隊の空戦隊の活躍には鬼気迫るモノがあった。まるで、背後に迫って来ている死神を振りろうとしているように・・・。当初、帝国軍の艦隊司令官カール・グスタフ・ケンプ中将(元撃墜王)は「そうか、第13艦隊か。噂のヤン・ウェンリーの手並みを見せて貰おうか。」などと、余裕を持っていたのだが、敵の空戦隊の恐るべき活躍を目にし「何たる様だ。あの程度の敵に、何を手間取っている!!後方から反包囲して艦砲の射程に誘い込め。」元撃墜王らしい、対スパルタニアン用の戦術を展開したのだが、思った様な戦果をあげる事は出来ずにいた。あ…ありのまま、さっき起こった事を話すぜ!俺は、第11艦隊が占領していたフォルゲン星系に進攻して来た敵の大艦隊を隣のブラウンさんの私兵か何かだと思っていたら、キルヒアイス艦隊だった。オカッパ(フレーゲル)だとかキワミ(ランズベルク伯爵)だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。・・・ ・・ ・偵察用無人衛星が捉えた映像にキルヒアイスの旗艦『バルバロッサ』が映っていた。なので、あの大艦隊はキルヒアイス艦隊だ。動きが鈍いと感じたのも、こっちを誘い出す為の罠に違いない。身の危険を感じた俺は、偵察用無人衛星の『ジャミング発生』及び『時限式自爆』のスイッチを遠隔操作でONにするとフォルゲン星系を後にした。それにしても、偵察用無人衛星に自爆機能なんて付いてたっけ?疑問に思った俺は副官に尋ねた。「偵察用無人衛星の自爆機能だが、この前(イゼルローン攻略時)使ったヤツには付いてなかったと思うのだが、新バージョンか?」「確か、アーロカート技術大佐が色々と弄っていました。」「アイツの仕業か。・・まあ、今回は色々と助かった。後でお礼でも言っておくか。」俺は、『アイツもたまには役に立つな』と考えていると慌てたオペレーターから報告が入った。「イースト提督!!大変です。」「如何した。敵の伏兵か?」「いえ、敵襲ではありません。工作艦に収納してある偵察用無人衛星が『自爆モード』なりました。」「なに?・・・解除は可能か?」「いえ、色々試しているのですが・・・『自爆モード』に移行すると同時にシステムがロックされていて、解除できません。」「・・・全部捨てろ。今すぐに、即刻、直ちに、全部、棄てろ。」「はい!!」先ほどの考えは訂正だ。俺はイゼルローンに帰ったら、真っ先にアイツに『不適合処理表や異常処理表を書かせてやる。』と、心に誓った。どうでもいい話だが、確かバルバロッサって、遠征に行って水浴びをしてたら溺れて死んだ皇帝だっけ?同盟軍第10艦隊は食料庫の底が見え始めた状態だったが、全面撤退の目途たっていたために特に気にせず食料を消費し続けていた。その為、第10艦隊の将兵は餓えている訳では無く、十分に士気は高く、惑星リューゲン上空での帝国艦隊との戦闘を有利に進めつつあった。「現在の所、敵味方の損害は絶対数においては我が軍が優勢ですが、元々敵の方が数において勝ります。」「・・・負ける事は無いが、勝利したとしても我が軍の損害は無視できない物になるか。」「はい、このままでは。」第10艦隊司令官のウランフ提督は参謀長からの進言を聞き、この遭遇戦をどの様な形で落とし所を作るか考え始めた。一方、帝国軍艦隊の司令官フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将は戦況を有利に進める事が出来ずにイライラを募らせつつあった。「ビッテンフェルト提督、戦況は我が方にとって、不利な状況です。」「・・・言われんでも、分かっている。」参謀からの報告を受けたビッテンフェルト提督は両腕を組み、右足のつま先で何度も床を鳴らしながら、素っ気無く答える。彼の頭の中では、『如何に戦況を変えるか』と、必死に考えていた。だが、特にアイディアを思いつく事が無かった彼は、隣の星系にいるある人物の援軍を期待した。本当の所は、直ぐにでも敵に向って突撃をしたい所なのだが、副参謀長のオイゲンが泣きそうな顔でこっちを見ている為、ビッテンフェルトは自重した。(実際の所は、何度か『突撃だ!!』と、叫んで命令を出そうとして、その度にオイゲンに止められる、と云う事が何度かあり 会を重ねる毎に、オイゲンの表情が沈んでいった。)ビルロスト星系では、アレクサンドル・ビュコック中将の同盟軍第5艦隊が帝国軍のオスカー・フォン・ロイエンタール中将率いる艦隊と遭遇していた。ビュコック提督の第5艦隊は、既に撤退を開始していた為、敵艦隊との戦端を開かずに最初から逃げの一手をとっていた。その為、帝国軍のロイエンタール艦隊による追撃戦の、一方的な被害者になるかと思われていた。「敵の追撃を振り切れません。如何されますか、ビュコック提督。」 「如何するも何も、此処は逃げの一手じゃ。全速でイゼルローンに撤退するんじゃ。」「はっ。」「やれやれ、一番に撤退命令を貰った我々がこの有様。他の艦隊は駄目かな。」「何か仰いましたか?」「いや、気にせんでいい。年寄りは独り言が多いんじゃでな。・・・そういえば、イースト提督が持って来た無人偵察用衛星はまだ残っておったかな?」「はい、使用しておりませんので残ってます。」「気休め程度じゃが、・・・無人偵察用衛星をばら撒いておいて貰えんかな。ついでに、機雷も少々。」「はっ、了解しました。」追撃に遭っている同盟軍第5艦隊では、司令官のビュコック提督が、ふと思い付いた戦法を試す様に副官のファイフェルに指示を出した。一方、追撃を掛けている帝国軍艦隊の司令官ローエンタール提督は「最初から逃げの一手か。戦術的には正しい判断だ。」などと、敵の戦術を評価する程の余裕を持って追撃していた。だが、そんな余裕も突如として前方より発生した強力なジャミングと所々で発生した爆発により打ち砕かれた。「なにっ、全艦減速。敵艦隊との距離を取れ。」「はっ。」咄嗟に速度を緩め、前方の敵艦隊より距離を取った為、ロイエンタール艦隊には被害は無かったがその代わりに、艦隊陣形が乱れてしまう。「ちっ、やられたな。追撃は一時中断する。陣形を整えつつ、前方の索敵。その後、再攻勢を掛ける。 こんな二流の戦術に嵌って仕舞うとは・・・俺もまだまだだな。」前方宙域の、ジャミングは直ぐに収まった。ロイエンタールは艦隊陣形を整えつつ索敵を行い前方の安全を確認すると直ぐに追撃に移った。(それぞれの艦には、衝突防止用の安全機能が付いており、艦の距離が近いとその装置が働き速度が出なくなる。 その為、陣形が乱れるとそれだけで追撃速度が落ちる。)その結果、ビュコック提督の第5艦隊は一時的に敵の追撃を振り切る事に成功した。「ふぅ、やれやれ。咄嗟に思い付いた作戦でも上手く行くものじゃな。彼ら(技術将校)も、中々良い物を作ってくれるもんじゃな。」ビュコック提督は、イゼルローンの技術将校に感謝し帰ったら彼らに一杯奢ってやろうと思った。どうやら、副官のファイフェルも同じ様子だった。ペトルーシャ・イーストが『偵察用無人衛星』に対し厳しい評価をしている一方でビュコック提督たち第5艦隊の面々は『偵察用無人衛星』に対し、高い評価をしていた。まさに、『捨てる神あれば、拾う神あり』だった。(物理的には、両方とも捨てたが)ただ、「はい、素晴らしい『遠隔操作型自爆装置』でした。」「そうじゃな、中々使い勝手の良い『遠隔操作型自爆装置』じゃな。」アーロカート技術大佐が、作った『偵察用無人衛星』に対する認識は間違っていた。帝国軍のキルヒアイス艦隊の旗艦『バルバロッサ』では寝不足と過労で、今にも倒れそうなジークフリード・キルヒアイス中将に幕僚の『フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー』と『ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン』の両名がタンクベッド睡眠をとる様に必死に説得していた。「閣下、どうか1時間でも構いませんからタンクベッド睡眠をとって下さい。」「そうです、このままではお体に障ります。」「いえ、・・大丈夫です。私が眠っては、皆が死んでしまいます。」「「かっ、閣下・・・。」」キルヒアイスの返答に絶句したビューローとベルゲングリューンが互いに顔を見合わせ頷きあう。その直後、艦橋で何が起きたのかは記録に残っていない。ただ、ベルゲングリューンが赤毛の人物を肩に担ぎ歩いている様子や、ベルゲングリューンがタンクベッドに赤毛の人物を放り込む様子が目撃されたがその事に関しては皆が口を噤んでしまい、真相は闇の中である。・・・・つづく。ビュコック提督は原作より少なめの損害で撤退。ウランフ提督は如何に・・・。次回で多分明らかに・・・。フォルゲン星系にやって来た敵はキルヒアイス艦隊でした。没案として、大貴族やその子弟が私兵を率いてやって来て辺境叛乱の討伐のノリで、フォルゲン星系の民衆相手に暴虐の限りを尽くし後からやって来たキルヒアイスやその他のラインハルト貴下の提督たちがそれを止めさせようとして戦闘になる。と云うのがありました。先日の雪の日に、家から1キロも行かない所で前の車に突っ込みそうになりました。全力でブレーキを踏んだのですが、ガリガリっとABSが効いていた為、車はゆっくり前進し、あわや大惨事でした。何年か前の雪の時も同じことをやったのに、またやってしまった。ヤンも「人間は同じ過ちを繰り返す」って言ってましたがその通りです。