第十八話 憎まれっ子の魂は、留め置かまし、ハイネセン・スピリット その日、最高評議会では最高評議会議長を初めとする各分野の長である計11名が集まり一つの議題が決議されようとしていた。「最高評議会を開会します。今日の議題は例の軍部から提出された 帝国領への出兵案の可否についてですが。」「議長。」「ジョアン・レベロ君」最高評議会の開会を宣言した議長に対しまず、財務委員長のジョアン・レベロ議員が発言を求め、議長が発言を許可する。「財務委員長として一言申し上げたい。妙な表現になりますが、 今日まで銀河帝国と我が同盟とは、財政の辛うじて許容する範囲で戦争を継続して来たのです。 ですが、それも最早過去の話となりました。」「どう云う事ですかな?」「このうえ、戦火が拡大すれば国家財政とそれを支える経済が破綻するという事です。」「紙幣の発行高を増やすと云うのはどうかな?」「財政の裏づけも無しにですか?何年か先には紙幣の額面では無く、 重さで商品が売買されるようになりますよ。 歴史的インフレーション時代の無能な財政家として、後世に汚名を残すのは御免こうむりたいですな。」「しかし、戦争に勝たねば何年か先どころか明日も無いのだよ。」「では、戦争そのものを止めるべきでしょう。 ヤン中将のお陰で我々はイゼルローン要塞を獲得し、帝国軍は我が同盟に対する侵略の拠点を失ったのです。 今こそ有利な条件で講和条約を締結する好機と言えるでしょう。違いますかな?」「おいおい、あまりやり過ぎるなよ。」同盟の経済状態を理由に銀河帝国との講和を口にするジョアン・レベロ議員とそれを心配する様に声を掛ける人的資源委員長のホアン・ルイ議員。そこに、講和に否定的な別の議員が発言する。「財務委員長はそうおっしゃるが、これは絶対君主制に対する正義の戦争なのだ。 不経済だからと言って止めても良いものだろうか?」「私もそう思う。経済的な問題は内政努力で何とかなるはずだ。」「人的資源委員長として言わせて貰うと、経済はともかく人材の問題は最早どうにもならない所に来ている。 優秀な人材が軍事方面に偏りすぎている。民間には老人や若年者しかいない。 このままでは同盟の社会構造はガタガタになってしまう。 戦争どころではない。」「あんたも中々言うじゃないか。」「まあね。」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・だが、財務委員長のジョアン・レベロ議員、人的資源委員のホアン・ルイ議員この二名の抵抗も空しく、最終的には多数決により帝国領への出兵案な可決されてしまった。結局、出兵に反対だった議員はジョアン・レベロ議員とホアン・ルイ議員。そして国防委員長のヨブ・トリューニヒト議員の三名だった。それ以外の八名が出兵に賛成であり賛成理由が『この作戦で帝国軍に勝てば支持率が15%上昇する』と云う政権の維持を理由とした戦略的意義が存在しない無謀な出兵であった。俺には幾つかの渾名がある。その一つで、一番付き合いが長い渾名が『ぼやきのペトルーシャ』である。最近は『食堂の死神』、『カフェのファントム』呼ばれる機会が多く心無い奴は『妖怪』などと呼んでいた。しかし、近頃は改めて『ぼやきのペトルーシャ』と呼ばれるようになって来た。その原因が、例の『大規模な帝国領への出兵』に対するぼやきであった。ヤンにキャゼルヌ、パエッタ提督にウランフ提督にビュコック提督、更にはアッテンボローにフック・カーン、ラップにシェーンコップ、ポプランにコーネフといった面識のある連中に見境無くぼやいた事が原因だ。ちなみに、空戦隊のポプランとコーネフは俺がパエッタ提督の第2艦隊にぼやきに行った時、たまたま、見かけて声を掛けた。例によって「次の戦いはどっちが勝つ?こっちが味方の同盟軍でこっちが敵の帝国軍。」byポプランと、『次の戦いでどっちが勝つか』で賭けをしていた所に俺が出くわしたという訳だ。俺に気付いて慌てて敬礼する空戦隊の面々だったが「閣下も一口如何ですか?」と、ポプランが冗談を口にしたのだが、空かさず俺は「帝国軍に1000ディナール。」帝国軍の方に金を掛けた。この時の空戦隊の面々の顔はまるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。あれは、傑作だったな。(※ちなみに、このすぐ後から第2艦隊の空戦隊の面々が 急に真面目に・・・いや、死神にでも追い掛けられている様な勢いで 訓練に励みだした事は、彼ら以外は知らない。)そんなこんなで、暇があればぼやいている俺の所に最高評議会で出兵案が可決された事とグリーンヒル総参謀長が俺を呼んでいる事が同時に伝えられた時俺のぼやきゲージはMAXだった。今の俺に触れると線香花火が炸裂するぜ。帝国領への出兵案可決の知らせと同時にグリーンヒル総参謀長が呼んでいる事を自らの副官に告げられたヤン・ウェンリーがドワイト・グリーンヒル総参謀長の執務室に入室した時室内には面識の無い先客が一人いた。服装から軍人だと分かるがその人物は入室して来たヤンの方には目もくれずにテレビを見ていた。グリーンヒル大将からイスに座るように促されヤンは無言でイスに座りテレビに目を向けた。テレビでは、インタビューを受けている国防委員長のヨブ・トリューニヒトが自分が今回の出兵には反対である事を強調していた。ヤンは面識の無い先客がいささか不機嫌そうにテレビを見ている様に感じた。そのトリューニヒトに対しグリーンヒル総参謀長が意見を述べた。「役者だな。トリューニヒト委員長は」「ええ。でも、この判断は正しいでしょうね。この時期の出兵、勝てると思う方が可笑しいでしょう。」「何ですと!!」自分の横に座っている見知らぬ人物が突然声を荒げる。困惑気味に相手に名を尋ねるヤン。「ええと、失礼だが貴官は?」「アンドリュー・フォーク准将です。」「フォーク准将・・?」「ヤン中将、今回の出兵案を作成したのはここにいるフォーク准将なのだ。」「ああ、それは・・。」『アンドリュー・フォーク』その名を本人から聞かされてもヤンにはこれと言った心当たりは無かった。相変わらず、困惑しているヤンにグリーンヒル総参謀長がフォローを入れヤンはようやくフォーク准将が声を荒げている理由を理解する事ができた。だが、自分の作戦を貶されたと感じたフォーク准将はヤンに舌戦を挑み、困惑しているヤンを救う為にグリーンヒル総参謀長がフォーク准将の退出を促そうとした時「失礼します、総参謀長閣下!!」執務室の扉が開き、一人の人物が入室して来た。「失礼します、総参謀長閣下!!」俺がグリーンヒル総参謀長閣下の執務室に入るとヤンともう一人の人物が議論していた。もう一人とはアンドリュー・フォーク准将だった。ちなみに、俺とアンドリュー・フォークは初対面だ。「声が外まで聞こえてましたが、何かあったんですか?」ヤンとグリーンヒル総参謀長に尋ねると「・・その、帝国領への出兵案について少し議論してまして・・。」「これはこれは、ペトルーシャ・イースト中将。イースト中将は今回の出兵案について どのようにお考えですか?」ヤンが歯切れ悪く答え、アンドリュー・フォークが挑戦的に俺に質問してきた。(多分、俺のぼやきが耳に届いたのかな?)この時、挑戦的な態度が俺の中のぼやきゲージをブレイクさせたのだが俺は悪くない。全部フォークが悪いのだ。俺は正直に答える事にした。「小官としては反対です。この時期の出兵に勝てると思う方が可笑しいですね。 この作戦を立案した人物は、余程の阿呆か馬鹿か、 あるいは帝国からのスパイかも知れませんね。」「なっ!!」あまりの事に言葉を失うフォーク准将。グリーンヒル総参謀長も驚いている。ヤンは何か必死に俺に訴えるような顔をしている。全然わかんねーよ、分からない事は無視する。「まあ、馬鹿とハサミは使いようと言いますけど この馬鹿は使えない馬鹿ですね。 ・・おや?どうかしましたか?顔が赤いですよ。 すぐカッとなるようでしたら、カルシウム不足ですよ。 軍人は常に冷静でないといけません。(どの口が言う) カルシウムは牛乳や小魚、チキンの骨、貝殻、 後は・・・・『タマゴの殻』に含まれてます。定期的に摂取した方が良いと思いますよ。」「タマゴの・・・殻・・。」「・・イースト中将、実は今回の作戦は・「知ってます。」・・・え?・・。」顔色が赤から蒼白になるフォーク准将。グリーンヒル総参謀長がフォローの為に俺にフォーク准将の紹介をしようとしたのだが俺がそれを遮った。(まだ、俺のぼやきブレイクは終了してないぜ)「知ってます。今回の帝国領への出兵案を立案したアンドリュー・フォーク准将ですね。 始めまして。ペトルーシャ・イースト中将です。 まあ、地図に線を引くだけなら幼児にも出来ますしね。」 『オーバーキル』その時、突然フォーク准将が白目を剥き倒れた。倒れたフォーク准将は痙攣をしている。俺のブレイクタイムは終了した。今はただ目の前で痙攣しているフォーク准将を見ながら呆然としている。いや、びびるってコレは。ヤンもグリーンヒル総参謀長もあまりの出来事に固まっている。このままにして置くのも不味いので俺とヤンは再起動を果たすと軍医を呼んだ。最初はヤンと二人で帰ろうと思ったのだが執務室にこんな不快な置物を残されたら幾ら温厚なグリーンヒル総参謀長でも「私は穏健派って言われているけど、空気読め!!」とお怒りになろう事うけあいである。とりあえず、俺達三人は駆けつけて来る軍医に事後処理の全てを押付ける事で(心の中での)意見が一致していた。(全員無言だったが、俺にはわかる)誰も何も言わず、イスに座ってテレビのトリューニヒト委員長に意識を向けていた。「あっ、そういえば、この前トリューニヒト委員長と偶然、顔を合わせて。 凄く緊張しましたよ。」「そうか。それは災難だったね。」「委員長と言えば、財務委員長がシドニー・シトレ元帥と幼馴染だったそうですよ。」「へぇー、校長先生がね。」「そういえば、君は知ってるかね。ヤン中将の副官は私の娘でね。」「はい、存じております。士官学校で次席だったそうで、 大変優秀だと聞いております。お陰でヤン中将も随分楽をしているそうで・・・。」「ははは、そうなのかね?ヤン中将。」「はい。大変優秀なお嬢さんで、楽をさせて貰ってます。」「次席と言えば、私も士官学校では次席でした。後、キャゼルヌ少将と同期で。」「ほお、そうなのかね。」「はい、士官学校の在籍中に論文を書いて一流企業からスカウトが来てましたよ。」「キャゼルヌ先輩は昔から優秀だったんですね。」「同期と言えば、私の祖父は730年マフィアと士官学校の同期だったそうで。」「それは本当かね!?」俺達は軍医が到着するまでまるで、深夜のファミレスにいる若者の様に意味の無い会話を続けていた。・・・・・・・つづく