……ん? ああいらっしゃい、話に夢中で気づかなかったよ。
ああなんだい、この坊主があんたのお仲間のメカニックか…い?
え、ええ。ああ今の話は誰から聞いたかって? そりゃぁ、なんとか怪我しながらも帰ってこれたこの店の元店主からさ。
……へぇ、坊主も似たような話を母親から……へぇ……。
ねぇ坊主、もしかしてそこの入り口で待っているでかい犬コロの名前は……ああ、やっぱり……。
……話についてけてなさそうなメカニック坊……ああ名乗らなくていいよ。
アンタの母さんと父さんの名前、当ててやる。『ア──』に『──ル』……だろ?
っ、ぷくく。ああ失礼、アンタ結構スカした面なのに呆気に取られると可愛いもんだね。
ゴメンゴメンって、お詫びじゃないけどさ。
この店の名前を出して、この町の修理工場の責任者のエキセントリックな女に装備を相談してみな。
きっと、そこでしか手に入らない超ド級の一品を腐るほど用意してくれるよ。
金の心配も無用さ、特別にタダで用立てるようアタシから言っておく…それにアイツも断らないだろうしね。
なんでそこまでしてくれるのか? そりゃ簡単さ。
アタシらは、アンタの母さんの危機に何もすることができなかった。
これは、罪滅ぼしなのさ。
……いかんねぇ、湿っぽくなっちまった。
さぁさぁ好きなもの食いな、そこの犬も入ってきな!
今日は良い日だ、アタシの奢りでたらふく食わせてやんよ!
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 8話
『語り継がれてゆく事』前編
結論から言えば、アルトと言う名の少女は悪運が強かった。
危機を察したマッドが渾身の力で投げた、プラズマタンクが偶然砲撃を遮る遮蔽物となったこと。
呆然と座り込むその体を、まだマッドが担いで逃げれるだけの余力を持っていた事。
そして。
ズタボロのハスキーの様子をみて、アサノ=ガワの町からやってきた愉快な食道楽共が全速力で救援に来たところに合流できた事。
言ってみれば、ゴールドアントの群が延々と目の前でまごついていたかのような偶然、そしてその偶然を掴み取る悪運。
それらに恵まれた少女は今。
「…………」
サンタ=ポコの町の、自らの店の自室に閉じこもっていた。
「きゅぅん……」
隣に座り込む、未だ傷が癒えない愛犬の声に反応し優しく撫でる。
結局、あやふやなままここまで来た少女の心は。
あの地獄そのものと言える戦場で見た光景、そして恐怖に打ち勝つ事は出来なかった。
無論、未だ残っている前向きさでなんとか出歩こうと思った事もあった。が。
部屋を出るまではまだいい、しかし店の外の…『青空』の下に出ようとした瞬間。
足がすくみ、動けなかったのだ。
「こんなのじゃぁ、ダメだよねぇ……」
自嘲気味に力なく笑いながら、愛犬をやさしくブラッシングするように撫で続ける少女。
始まりこそ発掘されたカップ麺に釣られてやってきたものだが、それでもここで得られた食材による料理はとても楽しかった。
しかし、今は。
「……空が怖いんだ、どうしたらいいんだろうね。ボク」
「きゅぅん……」
際限なく砲弾が降ってくるあの光景、そして吹き飛ぶ人だった欠片。
順風満帆過ぎた今までへのしっぺ返しとも言える地獄。
もう、故郷に帰ろうかな。とまで考え始めたその時。
少女が閉じこもっていた部屋の扉を、気遣うようにノックする音が部屋の中に響いた。
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いつもは賑やかな喧騒が場を支配している、少女が店主を勤めていた酒場。
しかし今は、人払いをしていることもありまばらに人が居るのみで…。
意気消沈している店主の内心を映すかのように、店の中も重い空気が包んでいた。
「……というわけさ、北西の補給所は壊滅。集めた物資も金も、そしてハンターもほとんどがパーってワケさね」
「そうか……」
北西の補給所の責任者だった、壮年の女性トレーダーであるターニャが自嘲気味に笑い酒を喉に流し込む。
半ば自発的に愚痴に付き合っている、長い付き合いであるベテランハンターのバズも言葉を失う有様であった。
「……正直ね、今回の件であたしらの信用はこの界隈じゃ地に堕ちたも同然さね。ここらが潮時なのかもねぇ」
「……しかし、そうなるとアルトはどうなる? お前さんらの後ろ盾があってこそだろう、あの娘は」
「この店はもう大丈夫さ、それにあの娘ももうこの付近には居たくはないと思うよ」
アレだけの地獄を味わっちまえばね、とこの地に連れてきた負い目を隠しきれない顔でターニャが呟く。
「……そうか、まぁ。あの娘がこの激戦区でのほほんとしてられたのが奇跡だったのかもしれんな」
「そして、あそこから生還できたのもね」
二人してため息を吐き、同時に酒を喉に流し込む。
「あ、酒が切れちまった……おーい、黄金亀煮込みとバリバリソーダ頼めるかい?」
「はい、かしこまりましたー」
空になった杯を傾け、店員であるメイを呼びお代わりを注文するターニャ。
「……しかし姐さん、老けたな」
「ぶつよ? と言いたいところだがね……さすがにこの年になっても、顔馴染みがくたばるのは心にクるものさ」
新たに届いた酒を受け取り、軽く掲げてソレを呷る。
「……しかし先ほどから酒を受け取るたびにやっているが、ソレはなんだ?」
「いまさら気付いたのかい、コレはね……」
もう、呑めなくなったヤツらへの献杯さ。
そう呟いて、この数日で皺が増えた辣腕女トレーダーは力無く笑った。
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カーテンを締め切り、愛犬と寄り添っていたアルト。
その部屋を訪ねてきたのは……。
「……少し、話をしてもよろしいですか?」
この地へと少女を連れてきた青年トレーダー、カールだった。
「……そんな、扉の向こうからじゃなくても中に入ってきてもいいんですよ?」
「いえ、女性の部屋にみだりに立ち入るのもマナー違反ですし」
それに、あなたの番犬が怖いですしね。と冗談っぽく続け。
青年の物言いに、少女の顔に思わず小さな笑みが浮かぶ。
「そうですか……で、お話って一体?」
愛犬を伴いながら、話をよく聞くために扉のそばまで近寄りながらアルトは問いかけ。
「……私達は、先の件を受けてこの町の事業から撤退することになりました」
返ってきた言葉に、さまざまな感情を感じる。
やはりか、という諦観。
この地から逃げれる、という安堵。
そして、この地で築いてきた色々なモノへの未練を。
だが、さらにその感情を掻き乱す言葉が青年から告げられる。
「……それとですね、実家から今回の件を受けて早急に帰ってくるように連絡もきまして」
「カールさん、確かアサノ=ガワ出身じゃなかったんでしたっけ?」
「ええ、ここから南に結構行ったところです」
何度か、カールから聞いた実家付近の話を思い出してアルトは問いかけ。
その問いに、扉の向こうで青年は肯定の言葉を返す。
「と言うことは……」
「……ええ、アルトさんがキャラバンについて帰るのならば。ここでお別れとなります」
「そう……ですか……」
青年の言葉に、寂しさと今まで感じたことのないナニカをアルトはその貧相な胸中に感じる。
色々と面倒もあったしトラブルもあったが、それでも長い時間共に過ごしてきた男性であるカール。
ともすれば、兄に近い感情を持って接してきたつもりであった。
(じゃあ、なんでこんなにザワザワするのかなぁ……)
ぼんやりと考えるアルト。
アサノ=ガワに居たころはまだ自覚もほとんどなかったが、気が付けば女としての生がもはや当然となっていた自分。
今、少女は。
扉の向こうにいる人物に、自分がどのような感情を持っているのか自分自身に説明することが出来ない状態となっていた。
そんな、自らの感情と思考に混乱する少女の様子を知る術のない、扉の向こうにいる青年は言葉を続ける。
「……私の実家近辺って、昔はそれはもう危険区域だったのですけど今は平和そのものなんですよ」
「あ、はい」
掠れに掠れた前世の記憶に当てはまるインパクトのある案件だったため、上の空のまま青年の言葉に相槌を返すアルト。
そして、そんな少女の様子に気付かないまま。
実はそれなりにテンパっていた、扉の向こうの青年は。
「……それで、ですね」
「はい」
「……わ、私の実家に。一緒に来てもらえますか?」
「はい……て、えぇぇぇぇぇぇぇ?!」
会話の中に、カミカゼボムを放り込み炸裂させた。
【あとがき】
チョロチョロ動くハムスターを愛でるかのような視線でアルトを眺める。
↓
メシウマなところや、割と気が利くところに見直す。
↓
仕事上の愚痴を聞いてもらったり、時折容赦なく怒られたりする。
↓
なんのかんの言って無理を聞いてくれたり、気遣ってくれる。
↓
あれ? この娘、可愛くね?
ちゃんとプロットどおりに書けてたら描写できてたはずの、カールさんの内心の変化でした。
駆け足気味で申し訳ないのですが、一旦物語をまとめるためにもご了承いただけると幸いです。幸い、です…(土下座)