──固体識別名“B”ノ沈黙ヲ確認
────『マスターノア』カラノ指令ヲ受信
──指令ヲ確認、受領
──素体トシテ“B”ヲ確保、処理施設ヘノ移送プランヲ実行
──殲滅チームヘ素体確保指令ヲ中継
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 8話
『生還せよ』
マットと救急車が二台、砂漠を走る。
目指す方向はサンタ・ポコ、ではなく…。
つい先ほど、砲撃音が止んだ元補給地点へ。
「皆……」
愛車であるマットを操作している少女、アルトが呟く。
少女の脳裏に浮かぶのは、自らの料理を褒め喜んでくれた気の良いハンター達の顔。
「ハスキー君、無事に到着できればいいんだけど」
最後まで命令を拒否していた愛犬の姿を思い出し、しょうがないなぁあの子はなどと呟く少女。
しょうもない独り言にもいつも反応していた愛犬が隣にいない今、逃げ出したくなるくらい怖く心細い。
しかし。
「あの人達を…死なせる、もんか…!」
遠くから聞こえる砲撃音を耳にした少女が勢いよくハンドルを切り軍用車両が勢いよく旋回し。
つい先ほどまで車両があった場所に複数の砲弾が着弾、砂漠にクレーターを象る。
「マッドさん! こちらアルト、追撃部隊を確認しました!」
通信機にどなるように叫ぶ少女、すぐに通信機の向こうから野太くも逞しい了解という返事が返ってくる。
アルトが自ら志願し、そして課せられた任務、其れは──。
負傷者、非戦闘員を逃がすための囮であった。
なぜそうなったか、それを説明するには少し時間を遡る必要がある。
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砂塵を巻き上げながら全速力で走るトラックと、それを護衛するように走るバギーと救急車。
今、それらの車両の内のトラックの中で一つの話し合い…否。怒鳴り合いが行われていた。
「何バカな事言ってるんだい!」
額に青筋を立てて年若い…まだ少年と言える年齢のトレーダーを怒鳴りつけるターニャ。
「し、しかし…」
「しかしもカカシもあるもんかい! アンタはアルトちゃんに死んで来いって言うのかい?!」
決して細腕とはお世辞にも言えない手でトレーダーの襟首を掴みあげるターニャ。
「で、でも…このままじゃ皆死んでしまうじゃないですか! あの人だってハンターなんですから命かけるのが仕事でしょう!?」
「バカ言ってんじゃないよ! あの子は命の危険がないって内容で来てもらったんだ! 今更ソレを反故にするなんてできるわきゃないでしょうが!」
怯えながらも、死にたくない一心で抗弁するトレーダーを一喝し突き飛ばすターニャ。
トラックの中を転がりうめき声を上げるトレーダー。
そんな彼を別のトレーダーが助け起こし、口を開く。
「しかし姐さん、このままじゃ追い付かれて皆殺しにされるのは間違いないと思いますぜ」
飄々とした物言いのトレーダーを睨むターニャ。
しかし男はどこ吹く風とばかりに肩を竦め、物怖じせず言葉を続ける。
「あっしらが嬢ちゃんの料理で楽しんだのは事実ですし、ソレで儲けさせてもらったのも間違いはないですさ」
「だったらこの議論はアルトちゃんを向かわせないで結論つくさね」
「そしてマッドの旦那を単身向かわせるつもりですかい? それこそトレーダーの流儀から外れてるとあっしは思うんですがね」
「それとコレとは話が違う!」
「何も違うところはないですさ………姐さん、アルトの嬢ちゃんに死んだ娘さん重ねるのはやめときましょうや」
男の言葉に、トラックの中がしんと静まり返る。
ターニャは一瞬言葉を失い、奥歯を噛み砕かんばかりに男を睨んで……。
一触即発の空気が流れるトラックの中、通信機から声が聞こえる。
『…あー…えーと、今話しても大丈夫です?』
少し気まずそうな少女の声が通信機から響く。
「…アルトちゃんか、もしかして今の話…」
『えーと……はい』
力ないターニャの言葉に気まずそうに答えるアルト。
通信機からの着信に気付かないほど、頭に血が上っていたことを自覚しターニャの頭が少しだけ冷える。
『マッドさんとも話したんですけど、やっぱり足止めか攪乱しないと撤退は難しそうなんですよねー』
「い、いいんだよアルトちゃん…何か考えるからさ…!」
少し強張ったのんきな声で話すアルト。
少女が何を言おうとしてるのか、理解してしまったターニャはその先を言わせまいと案もないのに思わず言葉を紡ぐ。
『…ボクとマッドさんで追撃部隊の足止めと攪乱やってきます』
ターニャの言葉に少しだけ、躊躇いを言葉に含ませながら。
アルトは強い意志を込めて告げる。
静まり返るトラック。
『…大丈夫だ、作戦ならある』
気休めかもしれんがな、と続けつつ通信機から野太い声が響く。
「…聞かせておくれ」
『アルトのハスキーに手紙を持たせて全速力でサンタ・ポコまで走らせる。快速の車両があれば俺達が死ぬ前に救援を取り付けられるはずだ』
『それにやつらとて無傷ではあるまい、俺達が生き残る余地は十分にある』
「それなら、今護衛を続けても…」
『オカミも知ってるだろう。守りながら戦うのは難しい、そしてそこまでの余裕もないって事は』
野太い声、マッドの言葉に拳を強く握りしめるターニャ。
トラックの中のトレーダーは、ただ見守るしかなく。
「………すまないね」
『謝らないで下さいよー、ターニャさんのおかげでいろんな美味しいモノ食べれるようになりましたし』
ソレしか、方策はないことを知り…いや。
理性では理解していたが感情で納得したくなかった事を突き付けられて、最も出したくなかった指示をターニャは出す。
「けど、絶対に死んだりしたらダメだからね! 生きて帰るんだよ!」
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「わっ、とっ、ほわー!?」
あまり得意とは言えないクルマの操縦を必死に行いながら、暴走兵器からの砲撃をかわし続けるアルト。
時折機銃を掃射するも、まぐれ当たりでもしない限りまともなダメージなど与えられることはなく。
「鬱陶しいっての!」
頭上から銃弾を浴びせかけてくるハイエナ達にキレたのか、ハンドルを固定し。
バギーを走らせたまま、助手席に置いておいたライフルを手に取り…即座に照準、狙撃。
一匹を撃ち落して少しスカっとしつつ、慌ててハンドル操作をして砲撃を回避する。
「…あの娘は、自分がいかに異常な事をしているのか自覚はあるのだろうか?」
そんな少女の様子を視界の端に入れながら、『素手』で暴走兵器の装甲を引き剥がし剥き出しになった中枢に鉄拳を叩き込むマッド。
自らも人のことを言えないことをしているのだが、往々にして自分のことは中々気づかないものである。
「まぁ、なんであれ…愛車を粉々にしてくれた礼だ。ボコボコのバキバキにしてやるぞ!」
沈黙した自走砲の砲身をもぎ取り、獰猛な笑みを浮かべながらハンマー投げの要領で空飛ぶUFOめがけて投擲。
プログラム上想定されてないその攻撃に反応が遅れたUFOはなすすべもなく直撃、煙を吹きながら墜落する。
(しかし、思った以上に数が多いな…損傷してるのが多い事と、連携がいまいちだからまだ助かっているが)
考えながら墜落したUFOを持ち上げ、これまた別の自走兵器へ向かって投げつけるマッド。
その間も、クルマに乗っているせいか優先して狙われているアルトは必死に逃げ回っている。
「…ふん!」
人体からは決して出ない類の風切り音を出しながら、また一台の装甲をぶち抜き沈黙させるマッド。
その先にあったケーブルを引き千切りながら腕を引き抜き、自走砲を沈黙させ…最後の自家製エナジーカプセルを噛み砕く。
最初は2台であったが、それでも一人と一台で二人は責務以上に敵の目を引き寄せ攪乱することに成功していた。
しかし、それは同時に…。
(脱出する隙が見つからん…余力があるうちに撤退したいところなのだが)
次から次と押し寄せてくる自走兵器群に、嫌な汗が流れるマッド。
「っくぅ!?」
幾つか命中弾を受け、装甲が傷付いていたバギーにさらに銃弾が食い込み。
既に限界寸前であったソレは、緩やかに動きを止め始める。
「ま、まってよ!もう少しだけ頑張ってよ!」
今までロクに本格的な戦闘に使ってこなかった愛車のダメージに、叫び声を上げるアルト。
しかし、機械の塊であるクルマに少女の祈りも想いも力に変える機能など当然なく…。
足が止まったクルマに、無慈悲な狩人達の砲口が定められる。
「あ……」
その瞬間。
少女は脱出を考えないといけない場面で足が竦み。
『死』を、覚悟した。
【あとがき】
壁|ω・`)
壁|ω・`) 遅くなって申し訳ありませんでした。
壁|ω・`) 不定期更新になりそうですけど、最後まで走りぬきたいと思います。