この世界において、武器もクルマも持たざる人間は狩られる存在でしかない。
バイオニックの爪や牙、サイバネティックが持つ火砲、そしてマシーンの持つ兵器。
生身、かつ素手で立ち向かうソレらは余りにも強大過ぎるからだ。
だからこそ人は武装しクルマを求め、対抗する術を持とうと足掻く。
人と一部の動物以外、時にはそれらも安全を脅かす『敵』。
その事はもはやこの世界に生きる人々にとって当然の不問律であるが…。
進化、変異した生物であるバイオニック。
生体部分を持つサイバネティック。
栄養源として人を襲うコレらと違う、暴走した意思無き殺戮者であるマシーン。
彼らが人を襲い、殺戮する理由は。
未だ明確にはなっていない。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 4話
『医者とクスリとまな板モノ』
アルトが炊き出し要員として前線ベースキャンプに到着してから早五日目の夕暮れ時。
一時期は士気の低下により効率が低下していたものの。
本来、凶悪なモンスター達とも渡り合える凄腕揃いな為…。
探索及び策敵のペースが向上、キャンプ内にも明るい空気が戻ってきていた。
「やー、皆元気になってくれて何よりだよねハスキー君」
「わっふん」
炊き出しを終え、愛犬に語りかけながらベースキャンプの中を歩くまな板娘。
手に持つは金属で出来た四角い箱、出前をするには欠かせない『オカモチ』
食事を届けるならコレだろう、というアルトの誰にも理解できない拘りで作られた一品であり…今のところ少女以外に使うものが居ない道具である。
届け先はキャンプの隅にある、ビキニパンツ+白衣のマッスル…通称マッドが営む簡易診療所である。
明らかに色々と突き抜けた格好でこそあるが、初対面のアルトが思わず叫んだ変態という言葉も笑って許す紳士であり。
食事よりも怪我をした戦士の治療を優先する、荒野に降りた医者の心を体言する漢であった。
今日も急患が入った為配給に来る余裕が無かった為、時折声をかけてくるハンターやソルジャーに手を振りつつ。
キャンプ内の会話に耳を傾けながら目的の診療所へと歩みを進める。
「なぁ、南西側はどうだった?」
「あー…空飛ぶハイエナ共に上部装甲やられたから途中で引き返したけど砂漠の途切れ目まで行けたぞ。東側はどうだった?」
「断崖にぶち当たった、そこから北上したけど林に阻まれてな。降りないと探索できそうになかったから引き上げた」
火を囲み、手に今夜の献立である黄金亀シチューを持ったまま情報交換をするハンター達に…。
「主砲の砲身に直撃食らったせいで曲がっちまったんだが、直せそうか?」
「コレ交換した方がはえーぞ、こっちに買い換えろこっちに」
「バカヤロウさらっと200mm口径の大砲勧めてくるんじゃねぇ。砲弾の調達しんどいんだぞコレ」
ハイエナ唐揚げを齧りながら修理と商談を進めるハンターとメカニック。
「いてぇ…俺の腕が、腕がぁぁぁ!」
「ふしゅるるる、おとなしくしろ……フン!」
「あぎゃぁ!? ……え? くっ付いた?」
そして、目的地である診療所に近付くたびに大きくなる患者の悲鳴と治療者の声。
最初こそビビりげんなりしたものだが、数回繰り返した今少女は気にする事なく診療所の戸を叩き。
「マッドさーん、食事届けにきましたー」
「ふしゅぅ、すまない。助かる」
声をかけながら戸を開ける、中では唖然とした表情で左手を開いたり閉じたりしている診療台に乗ったソルジャーと思しき男性と。
何か新たに薬剤を準備している白衣を着た男性がいて。
「お疲れ様です、今日の献立は黄金亀シチューとハイエナ唐揚げにパンですよ。ここに置いておきますから、食べ終わったら器を明日の朝までに持ってきて下さい」
「ふしゅるる、ありがとう。 さて、後はこの注射をして一晩寝れば大丈夫だ」
「……なんだよその不穏な色した薬液は、まて。せめて何か教えてから刺せ!」
「ふしゅぅぅぅ…何、少しばかり濃縮し特別に合成した回復液だ。危険はない」
本日の献立をオカモチから出し、並べながらなんとなく治療風景を眺めるアルト。
ふとソルジャーと視線が合い、目で助けを求められるも。
「じゃあ、お仕事と養生頑張ってください」
並べ終わり、逃げるように退出。
ソルジャーの望みは絶たれた。
少しばかりハプニングがあったような気がするが、特に問題もなく出前も終わり。
少女が次から次へと持ち込まれてくる新たな食材をどう調理しようか考えながら、キャンプ内の今来た道を歩いていると…。
「おや、アルトちゃんにワンコじゃないか」
「え? あ、ターニャさん。なんでここに?」
のんべんだらりと歩いていたところにかけられた声に振り向いてみれば。
色んな意味で恩人な恰幅の良い女性トレーダー、ターニャがそこにいた。
「ついさっきの物資補給便でね。今後ここの規模が更に拡大しそうだから陣頭指揮をカール坊に頼まれたのさ」
人使いが荒い子だよ、まったく。と愚痴りながらもカラカラと笑う女性。
「なるほど…ここってそんなに大きくなりそうなんです?」
正直現時点でも、補給所としてはかなり規模が大きいよね。などと思いつつアルトはターニャへ問いかける。
その疑問にターニャは頷き…。
「この周囲はサンタ・ポコよりも更に強く見入りの良いモンスターが多いし、最近見つかった南西への入植を進めるのにもここで補給できるってのは大きいさね」
「そうなのですか…」
「まぁ、全部カール坊の引いた図面だけどね。あの子は若いけど一流のトレーダーとして胸晴れる男さ」
「でも坊扱いなんですね」
「そりゃね、なんせアタシはあの子のオシメも変えた事あるんだから」
カラカラと楽しげに、豪快に笑う女性。
この場に件の人物であるカールがもし居たならば、きっと微妙な居心地の悪さを感じていたに違いない。
「ただまぁ、悩みは嫁のなり手がいない事さね…うちのトレーダーの若い子はもう相手みつけちまったし」
「そうですかー、あ。ボク明日の仕込みあるんで失礼します」
「まぁ待ちな」
おばさん108の技の一つ、長い立ち話が始まることに気付き戦術的撤退を試みるもあえなく失敗。
「あ、そうだ。アルトちゃんうちのカール坊なんてどうだい? アルトちゃんなら安心できるしカール坊も満更じゃないだろうし」
「な、なに言ってるんです!?」
そのまま、108の技の一つである適齢期の若者売り込みへと繋げられてしまった。
なおハスキーは…そっとオカモチを口に咥えそそくさと場から撤退済みである。
止まらない立ち話にげんなりし、逃げた愛犬を恨めしく思いつつも少女は思う。
こんな、少し危険だけどもそれでも穏やかな日常が続けばいいな。と。
しかし、既に神が滅んだとしか思えない世界において。
そのような願いが聞き入れられる事は、なかった。
「やれやれ、随分と偵察任務が長引いちまったな…早く帰って暖かいメシたらふく食おうぜ」
「何さ、あんなチンチクリンのメシのどこがいいのさ」
「ジェーン、一番たらふく食ってたアンタが言っても説得力ってヤツに欠けるとオイラは思うんだけどね」
───車輌ヲ3台発見
「うっさいね! …ん? なんだい、ありゃぁ……クルマ、かい?」
「うひぃ! て、どうした……なんだありゃぁ、砲台が山みたいについてる?!」
「…逃げろ! アイツ、こっちを狙ってるぞ!!」
───識別信号─人間3体
「だ、ダメ…逃げ切れ………きゃぁぁぁぁ!?」
「ジェーン!? ボックス! ジェーンが、ジェーンがぁ!」
「あんな距離から砲撃を正確にだと!? くそったれがぁ!」
───『マスターノア』カラノ指令ヲ確認
「ぅ、ぁ……」
「まだジェーンは生きてる! オイラが助けに戻る!!」
「馬鹿野郎! もうアイツは助からん!!」
───人類ヲ
「ぎ、ぁぁぁぁぁ!?」
「おい!? スマイリー! 応答しろスマイリィィ!?」
───抹殺セヨ
「ぐ…クソッタレがぁぁぁぁぁぁ!!」
───目標ノ殲滅ヲ確認
【あとがき】
ごめんなさい、年末ぎりぎりでの更新となりました。
今後も多分不安定更新です…申し訳ありません。
そして、次回から急転直下タイム始まります。
今回の話のラストは、実験的要素もかねてボイスレコーダー記録みたいな描写抜きを試してみました。
12/31 指摘された誤字を修正、申し訳ありませんでした。