『大破壊』以前の遺産、ソレらは今を生きる人類にとって欠かせない存在であるが。
同時に扱いきれない遺産も存在する。
それは扱い方が解らない電子機器や整備不可能な武器、危険過ぎる兵器。
そして、存在しない。もしくは調達が困難な物を材料として記載している料理書である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 21話
『ケーキ的なサムシングを所望するんだよね』
日々アリのみつをたっぷり塗ったパンを食べ有意義な期間を元気に過ごしていた少女が。
書籍を適当に拾った本をつめてた本棚からその本を見つけた事は、幸運かはたまた不幸か。
「んー?」
別の本を取り出そうとしたときに落としたソレを、屈んで拾う少女。
題名は『自宅でも簡単スイーツクッキング』
随分前にナップザックへ片っ端から放り込んだ書籍の一冊である。
「……そういえば、こんなのも拾ったなー」
パラパラ、と少女は適当にページを開き中身を流し読みし。
色褪せながらも少女の欲望に訴えかけるさまざまな写真に目を輝かせては、現実を思い出して落胆の溜息を吐く。
クッキー、カップケーキ、ドーナツ。
どれも砂糖に卵、牛乳が欠かせないお菓子であり。
「そんな簡単に手に入れば苦労しないっての」
どのお菓子の材料にも自己主張してくるその三つに苛立ちが募り、八つ当たり気味にベッドに本を投げ出す。
砂糖や牛乳は依然入手困難であり、卵は僅かに鶏を飼育している人物から購入が可能であるが非常に割高であった。
彼女にとって不幸だったのは、それらを使用しない事を心掛けた書籍を入手できなかった事で。
「……んー?」
彼女にとっての幸運は。
砂糖も牛乳も卵も使用するが、前二つの使用率が少ない。ないし別なモノで代用利きそうなお菓子が偶然開かれたページに載っていた事であった。
卵の使用割合の高さからすると不幸である、との見方も出来るが。
少女はページを見て暫く悩み…。
とあるお菓子が載ったページに印をつけて小脇に抱えると。
冷蔵庫に大切に仕舞ってある瓶詰めの、一手間かけたアリのみつと残り少なくなってきた塊のアリのミツを手提げ袋に入れる。
「ハスキーくん、甘いもの食べに作りにいくから留守番お願い!」
「わ、わぅ?」
欲望の光を隠す事なく瞳に宿し、愛犬へ声をかけるや否や家を飛び出してく。
声をかけられた愛犬は主人の最近見慣れた豹変に若干戸惑いつつ、防犯とか色々と考えて。
開きっぱなしの扉を閉めて内側から鍵をかけ、主人の匂いがするベッドの上で丸くなることにした。
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「というわけで協力をお願いしたいのだけど」
「順序立てて話しなさいよ」
所変わって銀の歯車亭。
息せき切って駆け込んできたまな板娘にジト目を向けながら、溜息と共に宿屋の娘が突っ込みを入れる。
「ああ、ごめんごめん。 卵たっぷり使って甘いお菓子作らない?」
「卵たっぷりって……て、どんなの作るつもりか知らないけど。 それだけで甘くなるわけないじゃないの」
甘いお菓子、という言葉に少しぐらつきながらも呆れた顔で腕を組む看板娘。
その際に強調される形となった大きな胸にアルトは妬みの視線を向けつつ、説得する為のカードを一つ切る。
「シェーラだと間違いなくそう言うと思って、こんなの用意してきたよ。騙されたと思って舐めてみて」
「ふーん? 色からするとアリのみつみたいだけど、そんなに自信あるんだ」
こと、とカウンターの上におかれたその瓶に視線を移し感想を口にしながら。
シェーラと呼ばれた看板娘は瓶の蓋を開け、濃い琥珀色の液体を指で掬って口へ運ぶと。
無言のまま、二回目の味見をしようともう一度指で掬おうとするも。
それよりも早く、アルトの手によって瓶を横へスライドさせられてしまう。
「…アンタ、こんなのどうやって手に入れたのよ。酸っぱさほとんど消えてるじゃない」
「企業秘密です」
舐めた事のあるアリのみつよりも、遥かに甘く酸っぱさの無いソレに確かな驚きと共にシェーラは目の前の少女へ問いかけ。
その問いかけに、アルトは僅かに膨らんだ胸を張り自信を持って応える。
「…教える気はないみたいね、まぁいいわ。 甘いのは解決したとしてもアンタ作り方知ってんの?」
「ソレについても抜かりはないよ」
シェーラの警戒を一つ崩し、目的に近付いた事に笑みを浮かべそうなのを我慢しながら。
小脇に抱えていた一冊の本をカウンターの上に置いてとあるページを開く。
「……なるほど、確かにコレなら作れそうだけど」
開かれたページの材料に注目し、同時に使わないといけない卵の量に溜息を吐くシェーラ。
その様子にもう一押しだと確信し、アルトは両手を合わせて拝むようにお願いする。
考える事数分、そして。
「うちで使う分もあるから、そんなに量作れないと思うけど。それでもいいのならね」
看板娘は、まな板娘の協力者となる事を選んだ。
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「オーブンの余熱始めたけど、次に何すればいいの?」
場所は変わり、ここは銀の歯車亭の厨房。
デフォルメされた戦車が縫い付けられたエプロンを纏ったシェーラが、指示を聞く。
「えっと、まずは黄身と卵白を分離させて別々の容器に入れるんだけど…コレはボクがやるね」
「え、ちょ、ちょっと。アンタ卵割った事ないのに何無謀な…!」
首輪つきのふさふさしたけものが縫い付けられたエプロンを付けたアルトが、書籍を確認しながら工程を読み上げ。
なんとか確保できた四つの卵の内一つを手に取り、シェーラの制止を聞く前に綺麗に中身を容器へ入れる。
「? 何?」
「…アタシでも、最初何回か失敗したのに……アンタ本当に卵使うの初めてなの?」
「え? うん、そうだよ。 あ、コレ削ってもらっていい?」
そしてシェーラの制止に振り向き、スプーンで黄身を別の容器へ移しながら首を傾げるアルト。
そんな少女の様子にうめく様に呟いたシェーラの言葉に、しまったと思いながら曖昧な笑みを浮かべて誤魔化しながらアリのみつの塊をシェーラへ渡す。
「わかった、量はどのくらい?」
「とりあえず100gくらいお願いー」
「結構量多いわね……この後も体力仕事ある?」
「んー…」
指示された量にげんなりとした表情を浮かべるシェーラに、レシピを見ながら思考するアルト。
「…うん、泡立てたりするから結構あるね」
「そっか、じゃあちょっと手伝い呼んでもいい?」
「? いいけど、心当たりあるの?」
アルトの言葉に予想通りだったのかあまりショックを見せず、シェーラは一つ提案をし。
自分も楽ができるなら、とアルトはシェーラの言葉に了承を示す。
「ふふふ、ちょっと待ってて」
にんまり、と笑みを浮かべ厨房を出て行くシェーラ。
そして待つ事少し。
「ども、手伝いに来たっすー。ってアルトちゃんじゃないっすか」
エプロンを纏い厨房に入ってきたのは、前の護衛仕事で一緒になった特徴的な口調の若手ハンターだった。
「えへへ、驚いたでしょ? うちの常連さんで色々と手伝ってくれてるの」
「そりゃもう、シェーラさんの頼みなら火の中水の中っすよ!」
若手ハンターの後ろからひょこ、と顔を出し悪戯っぽく笑みを浮かべるシェーラ。
そんな女性の言葉に若干鼻の下を伸ばしながら、元気よく自己主張する若手ハンター。
「…男ってヤツぁ…」
「何か言ったっすか?」
「いやなんでも、早速で悪いけどこれを100gぐらい削ってもらってもいいです?」
「了解っす」
結構整った顔立ちに大きな胸、そんな看板娘に惚れているのを見事に利用されてる若手ハンターを不憫に思いながら。
とりあえず本人も望んでいるし良いか、と結論を出し早速力仕事を任せる。
「アルト、このあとどんな作業が続くの?」
「えーっと…ソレ削ったら。削った半分を卵白の容器に入れて。角が立つまでひたすら泡立てだねー」
「え?」
ごりごり、とアリのみつの塊を削りながら若手ハンターが2人のほうを見る。
「その後は?」
「残ったもう半分の削ったヤツを入れてひたすら摺り混ぜたあとに、瓶に入れたアリのみつを入れて掻き混ぜだねー」
「え? え?」
作業している内に自分の仕事が更に増えていっている予感を感じる若手ハンター。
そして。
「とりあえずそこまでいけば後は楽チンだよ、宜しく!」
「頑張ってね♪」
頑張れ、と親指立てるまな板少女と。わかってて連れてきた張本人であるシェーラの言葉に。
「ちくしょう……」
訓練された下っ端若手ハンターは、これからコキ使われる事を確信して。
「チクしょぉぉーーーーーーーーっす!」
厨房の中心で嘆きの叫びをあげた。
(続く)
【あとがき】
遅くなって、その、なんだ。すまない。
しかも、甘いもの完成は次回という事態に。 思ったよりも宿屋娘とアルトが動いて分割する事になりました。
既に何作ってるのかなんとなーく解ってる方もいそうだけど、もう少しお待ち下さい。
そして久しぶりに登場の下っ端口調ハンターさん。
宿屋の常連、というなの看板娘さんの色香にホイホイ釣られた哀れな男です。でも役得もあるというラッキースケベ。
次回で第一部的に一区切りし、22話投稿時点でその他板へ引っ越そうと思います。
その後の展開がどうなるかについては、お楽しみに。
※表示を21話に修正、今更気付いたという。