かつて起きた『大破壊』、全世界に破壊と混乱を振り撒いた忌まわしき不幸は…。
同時に環境と気候の極端な変化をもたらし、作物の生育にも甚大な被害を与えた。
潤沢な水源は干上がり大地は荒れ果て、ただでさえ『大破壊』で減少した人口は食糧難によって更に磨り減る事となり。
人類という種の滅亡が秒読みに入りかけたその時、座して死ぬのを良しとしなかった人々の努力がようやく結実。
ごく一部ではあるが、麦や芋などの生育に成功。味や品質という点にこそ難はあれども安全な食料の確保がようやく可能となった。
『大破壊』から10年、『大破壊』後初の人類の偉業とも言われている。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 20話
『スイーツの道も一歩から、だよね』
顔馴染みの熟女トレーダーから受け取ったお土産に、頬と頭のネジを緩ませたアルト。
そんな少女がトレーダーを見送ってから最初にした事、ソレは。
「ふんふふーん♪」
先程までの機嫌斜めだったテンションを大砲を打ち込まれたポリタンのごとく吹き飛ばし。
鼻歌混じりに日々の手入れを欠かさない調理道具の中の片手鍋とヘラを取り出すと、鍋にお手製濾過器で精製した水を注ぎ。
電熱調理器に片手鍋をセット、過熱を開始し。
待つ事しばらく、そして沸騰を始めた水の中にお土産でもらったアリのみつの欠片を幾つか放り込み。
それをヘラで掻き混ぜ始める。
「もうちょっと入れよっかなー」
ツマミを調整し弱めつつ、欠片を放り込み煮詰めていく少女。
やがて熱が若干かかっている状態でもとろみが出てきたのを確認し、調理器を止めて扇ぎながらヘラで掻き混ぜてゆく。
そして、ふと…ハタ、と気付いた。
「…ぁー、そいえばパン切らしてた。まだ売ってくれるかなぁ」
ヘラで掻き混ぜていた手を止めて窓から見える夕日を見、困ったように首を傾げ。
とりあえず買いに行くだけ行って見よう、と結論づけて玄関へ向かう。
「わぅー……」
家から出ようとするアルトを引き止めるかのように、小さく縮こまった大型犬が鳴き声をあげる。
少女は振り返り、凛々しい顔をしょんぼりとさせている愛犬の様子に。
「しょうがないなぁ…もう、あんな事絶対にしたらダメだよ?」
困ったような、しかしもう怒りは欠片も残ってない笑みを浮かべて愛犬に人差し指を立てて注意し。
愛犬の短くもはっきりとした了解の意を示す鳴き声に満足そうに頷き、今度こそ玄関を出て行く。
お世辞にも同世代の女子らに比べ、身長的にも体格的にも成長が乏しい少女が夕焼けに照らされる町の中を小走り気味に歩く。
少女が目指すのは食料品を主に取り扱う雑貨店…ではなく。
「こんにちはー」
宿屋を示す看板の横に、磨き上げられた歯車がかかっている大き目の宿屋であった。
そんな、町に自宅があれば利用する事のない施設にアルトは慣れた様子で扉を潜り…。
「いらっしゃいませー♪ …ってなんだ、アルトじゃない」
「相変わらず手の平返し酷いよね」
入り口カウンターを磨いていた、肩口で黒い髪を切り揃えた女性に客じゃない扱いをされた。
そんな容赦のない、自分より4歳ほど上の女性をジト目でにらむ少女。
「だってアンタ、泊まらずに自慢のパンだけ買ってくじゃない」
「松の間のお風呂だけ使っていいなら毎日通うよ!」
「泊まれって言ってんのよこのまな板娘!」
「まな板とか言うな! 最近これでも膨らんできたんだ!!」
喧々囂々やーやーわーわーと言い合いする事約10分間。
「……あーまったくもう、私より年下なんだから少しは素直になりなさいよ。 パンは一斤でいい?」
「……年上なら年上らしくもっと包容力を見せるべきだと思います。 うん、10Gだったよね」
「生憎、アンタみたいなちんちくりんに見せる包容力は無いの。 焼きすぎて余ったパンだから5Gでいいわよ」
「ちんちくりんとかまな板とか、人が地味に気にしてる事突き刺さないで下さい。 いいの?」
「気にしてる事言うから効果あるのよ…ってめんどくさいしやめようか」
「…そだね」
ゆるゆると口ゲンカをしつつ本来の目的について話を進める女性と少女であったが。
さすがに面倒になってきたのか、女性からの申し出によって引き分けに終わる。
発端が発端だけに続けるのも馬鹿馬鹿しかったのもあるかもしれないが。
「このまま置いておいても硬くなっちゃうしね」
「そっか、じゃ今度から夕方に買いに来るね!」
「売り切れてても文句言わないならいいわよ」
カウンターで頬杖をつきながら、さすがに多く焼きすぎたと苦笑する女性の言葉に。
少女は満面の笑みを浮かべながら代金を支払い、今後もそうしようと口にするも。
容赦ない正論に、そうだよね。と苦笑いを浮かべて頷いた。
・
・
・
・
・
「ただいまー」
アレから更に日が暮れ、沈みそうな夕日を浴びながら帰宅した少女は。
パンの入った包みをテーブルに置き、電熱調理器に乗せっぱなしだった鍋を覗き軽くヘラで掻き混ぜ…満足そうに頷き。
今度は先程テーブルに置いた包みからパンを取り出し、包丁で1cmほどの厚さにスライスすると。
ヘラを使い、鍋の中身をパンの表面に塗りたくり始める。
「ちょっと、塗りすぎたかな…ま、いいよね」
端から垂れそうなくらい塗られたソレに少しやりすぎたかも、と思いつつ。
ヘラを鍋に戻すと…ミツが塗られたパンに勢い良く齧り付く。
そして、ゆっくりと口をもごもごさせながら咀嚼してから飲み込み。
欠片を直接口の中で転がした時とはまた違う、濃縮されつつ甘すぎない適度な甘い蜜とパンのコンビネーションに幸せそうに笑みを浮かべ。
あーん、と行儀悪くも大きく口を開けて二口目に齧り付こうとして。
じぃ、と物欲しげに見詰めてくる愛犬の視線に気付く。
「………欲しいの?」
「わぅふ!」
アルトは手に持ったパンを指差してハスキーへ問いかけ、その問いに勢い良くハスキーは頷く。
そんな食い意地の張った愛犬の様子を微笑ましく思いながら、犬に甘いものは大丈夫だったかな。と少しだけ少女は悩み。
「じゃぁ、半分こしようか」
「わぅ!」
生体改造されてるし、あまり細かく考えなくても良いか。という結論に達しパンを半分に千切ってお皿に乗せ。
お座りをして待っていたハスキーの前に置いてから『良し』と声をかける。
「……うん、あみゃい。美味しい」
一瞬で与えた半分のパンを平らげるハスキーを尻目に、アルトはゆっくりとパンを味わう。
そして。
「何か、コレ使ってお菓子作りたいなぁ」
でも卵とかかなり高いんだよねぇ、と呟きながら最後の一口をパクつき咀嚼し飲み込んで。
「ケーキとかクッキーとか、食べたいなぁ…」
アレもコレも全部足りないー、と八つ当たり気味に愛犬に抱き付いた。
(続く)
【あとがき】
うん、すまない。
ずっと、『矜持』の事を『吟持』だと思っていた。
この恥ずかしさは、初めてのバイト代で買ったガスガンを構えて悦に浸ってる姿を親に見られた時並です。 死にたい。
そんな顔から火どころかテッドファイヤー放射できそうな状態であとがきです。
調べてびっくり、犬って甘味を感じる事できるのですね。だから犬用クッキーとか喜んで食べるのか。
しかしこんな食生活送ってたら太りそうですよね、ハスキー君。
今回はとても簡単にハニートースト的なモノに落ち着きましたが、アルトのスイーツタイムはまだ終わらない!
初登場のアサノ=ガワの町の宿屋の娘さんも関わってくるのでお楽しみに!
実は、アサノ=ガワの宿屋の娘さん初期の初期プロットにおけるヒロインだったのは内緒です。