荒野を流離い、ハンターらと取引を行うトレーダー。
一括りにトレーダーを称しても、様々な種類が彼らにも存在する。
町と町の間に存在するオアシスを拠点とし補給所を営むトレーダーや、町の入り口にて店を構え商売をする者達。
そして、町から町へ渡り歩く事で物流を担う者達。等である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 09話
『護衛なんだよね』
調味料を卸元で安く入手する、という不純な目的を胸に抱き。
ソレらを取り扱うトレーダーの護衛に、なんとか参加できたアルト。
そんな少女は、夜空に星空が広がる夜の野営にて。
「ふーんふーんふふーん♪」
「わふーん」
キャンプの中央の焚き火を火元にし、鼻歌を口ずさみハスキーの軽快な鳴き声を合の手にしながら料理に励んでいた。
即席で組まれた竈の上に乗せられた鍋からは湯気と共に、柔らかく食欲をそそる匂いが沸き立ち。
焚き火の上に乗せる形で置かれた鉄板では、狩りたて捌きたての鉄砲鳥の肉が勢い良く肉の焼ける音と共に香ばしい匂いを周囲に振りまく。
今後の進路や状況の打ち合わせを行っているトレーダー達は、その匂いと音にどこか浮つき。
襲撃に備えて歩哨に立っているハンター達は、銃を携えながら本日の夕飯にありつける時を今か今かと待ち続ける。
本来トレーダーの護衛を行うハンターが…他のハンターの分のみならず、雇い主であるトレーダーの分まで料理をする事などありえない光景である。
ならば、何故そのありえない光景が今広がっているか。
その発端は、出発の日の前日。即席の調理場で楽しそうに料理を行っているアルトがトレーダーの護衛に志願した日にまで遡る。
「……お嬢ちゃんが、護衛に?」
「うん、そうだよ」
町の入り口前でキャンプを張っているトレーダーの場所までハスキーを伴い。
護衛関係の担当、と指し示された壮年のトレーダーに。護衛として雇ってほしいと申し出たアルト。
その言葉に、上から下まで。少女のお世辞にも…体型的身長的に発育がよいとは言えない体を見回して。
「……悪いこた言わねぇ、やめときな」
「…そうですか、なら」
軽く溜息を吐き、面接不合格を告げる。トレーダーの担当者。
その言葉に落胆半分、予想通り半分な表情を浮かべるアルト。問答無用で帰らされる前に交渉に入ろうと。
「待って下さい、おじさん」
「んぁ? なんでぇカー坊かよ、待てって何をだ?」
したところで、年若いトレーダーの青年が待ったの声と共に話に割り込んできた。
「カー坊は止して下さいよおじさん…まぁそんな事は置いておいて、その子を雇ってあげてもいいんじゃないですか?」
「おじさん、って言ってる間はカー坊で十分だっての。 …お前さんが口出してくるって事は、何かあるんだな?」
「ええ、まぁ…少々お耳を。 すいません、ちょっと待っててください」
おじさん、と呼ぶトレーダーへ耳打ちしようとして…ほったらかしの格好になったアルトへ一声侘びを入れてから、2人で背中を向ける青年&壮年トレーダー。
少し予想外の方向に状況が進み、アルトは呑気にどうしたのだろう。などと考えて首を傾げている。
「…その子、今この町で一番大繁盛してる酒場の立役者ですよ」
「…このチンチクリンな小娘がか?」
「ええ、チンチクリンな小娘がです。 この町で、他の町でも中々ありつけないレベルの食事を作るノウハウ持ってますよ、この子」
口では若僧扱いこそしているが、その目利きは老獪な熟練トレーダーも舌を巻く甥の言葉に。顎に手をやり思考を巡らせる壮年トレーダー。
色々と荒事を経験してきた関係で護衛関係の担当を任されてはいるが、男の本質もまたトレーダーであり。
だからこそ、少女が自分達のところに雇われに来た目的にあっさりと行き着く。
「…ってこたぁ、目的は香辛料とか調味料かね?」
「間違いないでしょうね。 『胡椒がほしい醤油がほしいマヨもほしいし鰹節もほしい』とか口にしてくるくる回ってる姿が目撃された事あるみたいですし」
「……おい、オツムの方は大丈夫なんだろうな?」
「目撃された事に気付いた瞬間顔を真っ赤にして…その行動を必死に否定してたらしいですから。とりあえずは大丈夫かと」
地味に酷い事を言われているアルト。現在絶賛放置プレイ中により、隣のハスキーが大きく欠伸をした。
「…尚更雇う形になると都合が悪いと思うのだが」
「…マヨとか鰹節って言う発言が気になるんですよ、そんな調味料見たことも聞いたこともないですし」
「……ふむ?」
「そんな新しい商品になりそうなのを見つけてくれたら儲けモノですし、今の商品の新しい使い道発見してくれたら利益も増えますよ。間違いなく」
進言を受け、思案する壮年トレーダー。
細かい部分はトップと話を詰めればいいか、と結論を出し。振り返る。
「待たせたな嬢ちゃん、さっきの言葉は撤回だ…と言っても一つ条件あるけどな」
「条件、ですか?」
目を細めるハスキーを撫でる手を止めつつ問い返す少女。
「野営を行う際の、飯の仕度をやってもらう。こっちも手伝いはするけどな」
「……ご飯の仕度、ですか?」
「そうだ、代わりと言っては何だが。 見張りや歩哨はしなくていいし金額も他の連中と同じ額支払う」
その内容に、一瞬で企みを見抜かれた。と気付き、同時にあからさま過ぎたかと反省。
それらを1秒の間に…最大限表情に出さない努力をしつつ終え。
「…わかりました、ではその条件でよろしくお願いします」
トレーダー側からの条件を承諾、晴れて護衛としてトレーダー達にくっついていく事に成功した。
そんなこんながあり、今に至る。
材料は自宅で色々と作っていた試作品と、野営地周囲の偵察のついでに狩ってきてもらった鉄砲鳥数羽。
そして、トレーダーからの好意により。使用が可能となった醤油等の待ちに待った調味料、である。
それらを見た瞬間、アルトの脳は一つの結論を出した。
『そうだ、モツ煮込みにしよう』と。
夕陽が地平線を照らす頃から、夜空に星空瞬く時刻までじっくりと灰汁を取り除きつつ煮込まれた鍋。
ソレは刻一刻と過ぎる事にスープが投入された鉄砲鳥のモツに味が染み込み、ソレがまたかぐわしい香りとなって周囲を満たす。
「………んー…そろそろかな?」
自前で持ち込んできたお玉で大鍋の中を掬い、一口啜って味を確認し。満足のいく味に頷く。
傍らの鉄板で焼き上げていた鉄砲鳥の胸肉も程よく火が通った事を確認して…。
「ご飯できましたよー」
キャンプ中のトレーダーが、護衛のハンターが、隣のハスキーが。
何度かつまみ食いを言葉や態度、鳴き声で要請しても容赦なく却下されたソレの完成に。
耳を立て、待ち望んだソレに歓喜する。
瞬く間に調理スペースに列が並び。
気が付けば補佐に回る形となっていた、トレーダー女性陣から食器を受け取り。
鉄砲鳥のモツ煮込みスープと、胸肉のパリパリ焼きとパンを配られると…思い思いの場所で、しかしけして鍋から遠くない位置に座り。
食欲を刺激してしょうがなかった、スープを一口啜り…じんわりと口中に広がる味に頬を緩め。
次にホロホロに煮崩れたモツをスプーンで掬って口へ運び、初めて食した食感と味に幸せに浸る。
そして、ソレは…。
「………美味い」
「……うめぇな」
最終的にアルトを雇う形に話を持っていった、カー坊と呼ばれていた青年トレーダーと壮年トレーダーも同様であった。
「…どうやったらこんな味出せんだ、醤油とかだけじゃねぇぞコレ…」
「……不思議ですねー」
首を捻りながらスープを啜り、パンを齧ってから胸肉に豪快にかぶりつく壮年トレーダー。
青年も、そのカラクリが何か。を思考するもコレだと言う結論を見出せずにいた。
と言っても、アルトが何か特別な調理方法を用いたワケでもなければ魔法を使ったワケでもない。
とあるモノ……自宅にて、鉄砲鳥の骨を煮込んで作ろうとして。うっかり煮詰めて濃縮される形になってしまった鶏がらスープを入れただけで。
しかし、ソレが結果的にスープに対してとても深い旨味を与えていた。
「…いやー、上手くいって良かった」
あちこちで聞こえるうめぇうめぇ、の言葉に安堵の溜息を吐くのは今回の殊勲者である少女こと。アルト。
勿論、自宅でも一回試してはいるしその結果にも個人的な及第点は出していたが…。
この世界でモツ煮込みに挑戦するのは初めてだった為、内心おっかなびっくりであり。だからこそ摘み食いに対して今回は特に厳しかったのである。
「…でも、こうやって料理食べてもらって喜んでもらえるってのも。中々楽しいねハスキーくん」
「わふっ!」
器を脇に置き、犬であるにも関わらずアツアツのモツ煮込みを綺麗に平らげたハスキーを。微笑を浮かべながら撫でるアルト。
自分の店と言うのも悪くないかもしれない、などと行き当たりばったりな未来絵図を描き…。
御代わりを催促するハンター達の声に我に返ると、嬉しそうに御代わり希望に応えるのであった。
「………誰か、1人残された俺のために飯を持ってきてやろうって思うヤツはいねぇのか…」
キャンプの人間が皆して食事に舌鼓を打つ中、1人歩哨として残される形となったベテランハンターバズ。
やるせない何かを言葉に込め、愛車であるエイブラムスの中でただ独り呟いた。
(続く)
【あとがき】
スーパー料理人タイム! 調味料を手に入れたチッパイは自重しない、そんなお話でした。
そして気付くのです、前回出した新キャラの正式名称一つも出てない。と。
既にお気づきな方もいらっしゃると思いますが…。
実は、主人公自身(作者も含めて)将来設計が非常に行き当たりばったりです。(例:温泉行きたいなと言ったり、店もちたいなと言ったり)
また、作者であるラッドローチはただの食道楽で料理人でもなんでもありません。
そのため、詳しい方から見ると色々と突っ込み所も満載かもしれません。
そんなタイトロープなSSですが、これからもよろしくお願い致します。
そして果てしなくどうでも良いことですが。
実は最後まで悩んだ事、主人公の戦車候補でもポチの犬種でもなく。
主人公にスパッツはかせるか否かでした。 もうだめかもわからんね。