■ 日常会話?「渋いオジサマと言えばカーロン様よね、やっぱり。いかにも老執事、って感じでさ~」「それだったらオイゲン様だって素敵だと思うけど? ウチらは後方部隊だからあんまり接点無いけど、あんな人が父親だったらなぁって思うもん。ウチのオヤジとは大違いね」「あの2人は顔もそうだけど脱いだら結構スゴイからねぇ」「隊長、何時の間にそんな……」「不倫は犯罪ですよ?」「誰が不倫か。 私はあんたらと違ってオイゲン様の騎乗戦技課程教練をみっちり受けてんの。その中には騎乗しての渡河訓練もあってね、馬に乗ってても腰まで浸かるよーな河を渡らされたりすんのよ」「あー、なるほど。月月火水木金金の騎戦教ですか」「隊長、馬乗るの上手いですもんね」「誰が上手い事言えと言うたか」「でもでも、カーロン様の裸はどーやって拝見したんですか? 隊長とだと、ちょっと犯罪の香りがするくらい年齢差が……」「いい加減その発想から離れなさい。そっちは本当にたまたまよ」「まさか、お風呂でばったり、みたいなイベントが?!」「ある訳無いでしょ。ほら、無駄話してないで仕事仕事」「え~、少しくらいいいじゃないですか」「そうですよー。矢の数を数えて馬車に積み込む仕事はもう飽きましたよ」「それでお給料貰ってるんだから我慢するの」「は~い……」「分かりましたよぅ。でも、絶対いつか話してもらいますからね」「(い、言えない……。セージ様のお風呂を覗くつもりがカーロン様だったなんて、絶対に言えない)」■ 日常会話? その2「だぁぁぁぁぁー!! 終わんねぇ!! 今何時だ?!」「まだ3時だぞ。っつーかいきなり叫ぶな、頭に響く」「3時って、午前3時じゃねーか……。いくら月末だっつってもこの忙しさは異常だろオイ」「まぁ、他の部署に人取られてるからなぁ……。俺だって他人の給料の計算なんてこんな時間までやってらんねーよ」「だよなぁ。ここはひとつ、自分の給料でも計算して気分を盛り上げる事に――」「あー、スマン。それなら終わった。ホレ」「……まぁ、それならそれで。って待て、ちょっと待て。なんだこの数字? いくらなんでもおかしいだろ」「ん? 少なかったか?」「多すぎだっつーの。基本2千Bの月給がどうやったら4千B超えるんだよ。計算間違ってんじゃねぇのか。後で訂正かけんのは俺らなんだぞ」「いや、そんな筈は……。うん、合ってるぞ。ここの詳細見てみ、検算したら合うはずだから」「ざんぎょうじかんひゃくにじゅういちじかん……? 俺、そんな働いてたっけ?」「そんなに働いてるぞ。正確には、現在進行形でな。他の部署だって大概ヒドイが、俺達だって負けちゃいない。月末の基本退勤時間が午前5時だぜ? 1日何時間働いてるんだって話だ」「……そうだな、そうだよな。……俺、帰ったら風呂入って飯食って寝るんだ」「死亡フラグ立てて遊んでる暇があったらも少し頑張れ。仮眠くらいならとってきたって誰も怒らないから、な」「うぅ……。おうちに帰りたいとです……」「ここ乗りきったら基本定時で帰れる生活が戻ってくるんだから頑張れって。俺だってたまには家に帰って嫁さんと娘の顔くらい見たいんだからさ」「おうちに帰れば美人の嫁さんと可愛い娘が待ってるってか。この人生勝ち組みが……」「はいはい、分かった分かった。分かったから次は警察隊の給与計算な。あいつらのは見てると何故か元気出てくるから」「……うん、なんかこれ見てると元気出てきた」 ちなみに、多少は人員が増員されてマシになったりならなかったり(警察隊も)。「やっぱ職場に女の子がいると違うわ~」「リアルな犯罪はよせよ」「誰がするか!」■ ケーニスさんに部下が出来るようです「セージ様、ちょーっと話があるんだけど」「ん? どうかしたか?」 執務室でサンドイッチ片手に報告書を読んでいるセージの前には、先日――と言っても一月以上前の話だが――公爵家の家臣に名を連ねたケーニスクフェアの姿があった。 口調こそ静かではあるが、口元がヒクついていたり右手に持った書類が震えていたりと、平静とはとても言えない状態であった。 そもそも、顔に浮かんでいる笑みが引き攣っている時点でセージは半ば腰が引けている。美人が怒っている時の微笑みは本当に怖いのだ。「あのねぇ、確かに個性的な面子が配属されるかもとは聞いていたけどね、ここまで個性的だなんて思っても無かったわよ」「うん? そうか?」「そうよ!」 言葉と共に勢い良く突き出された書類を受け取るセージ。実のところセージが決めたのはケーニスに預ける人員の大まかな方向性だけで、メンバーを選定したのはカーロンとオイゲンなのだ。 つまり、セージがケーニス隊に配属されたメンバーを見るのはこれが初めてとなる。「まぁ、まだ仮決定で配属なんて先の話だから、ケーニスが嫌ならどうとでもなると言えばどうとでもなるんだけどなぁ」「だけど……、なに?」「カーロンとオイゲンが選んだんだろ? なら、俺としてはその判断を信用したいんだけど……」 呟くような言葉が尻すぼみに小さくなっていく。 よくもまぁ、こんなに問題児ばかりを集めたものだな、とは思っても口には出さない。セージ自身も多少は型破りなところがあるとは自覚していたが、ケーニス隊に仮配属されたメンバーはそのセージから見てもかなりアレな面々だった。 前歴に山賊だの海賊だのギャンブラーだのと載っているのは序の口で、魔法よりも己の肉体をこそ信じる肉弾派魔法使いだの神楽出身の抜け忍だの唐突に警察隊基礎訓練校の門を叩いた浪人だの、お前は何でここにいるんだという奴ばかり。 しかも、それぞれ理由は違うが扱いに困る奴ばかりなのだ。「うわぁ……。おま、これお前が指揮すんの?」「私が指揮すんのよ……。ていうか、どこからこんなに問題のある奴ばかり集めてきたのかこっちが聞きたいくらいよ」 ため息を吐きつつ、セージの持つ資料からひょいひょいと何枚か抜き出すケーニス。「特に問題なのが、この4人ね」「んー……」 ――氏名:サチ 種族:オオガー族 警察隊基礎訓練校第10期生。南ヘルミナ出身で、南ヘルミナ騒乱によりリトリー領に移住。係累は無く、本人曰く「食うために訓練校に入った」。 個人所有の武装として全長2メートル近いハンマーを所持。個人や少人数における戦闘においては驚異的な戦闘能力を発揮するが、組織戦闘においてはその長所が失われる。 また、個人・少人数単位での実技以外の成績が壊滅的に悪く、訓練校の卒業時には特例での卒業という形で卒業を許された。素行にやや問題もある事から、受け入れ先の選定は難航している。 ――氏名:幸田 渚 種族:鬼人族 警察隊基礎訓練校第10期生。本人の自己申告によると東方から流れ着いた流民との事で、係累は無い。普段の素行に問題は無く、各教練過程においても優秀な成績を収めた。 特に個人・少人数戦闘においての直接戦闘や魔法による支援に対しての評価が高い。 しかし、性格にやや難があることから指揮官適性は高くない。また、混乱時に魔法を乱射するという発作を持ち、その際は雷撃魔法で1個小隊を瞬時に吹き飛ばすなどの華々しい戦果を挙げている。本人が絡んだ騒動において死者が未だ出ていない事は奇跡という他ない。 同じ訓練小隊に所属していたサチ訓練兵と組んだ際には発作の発症率が極端に低いが、同訓練兵の受け入れ先選定の難航に伴って本人の配属先も未だ未定。 ――氏名:角 勇五郎 種族:人間 本人の申告では奈宮出身の浪人であるとの事だが、一切の個人情報が不明。奈宮の角家という武家から出奔したという者の情報が無い事から、偽名の可能性も高い。 警察隊基礎訓練校への入学を希望していたが、関係各位の判定により入学を認められず。しかし、警察隊への入隊試験をほぼ満点で合格するに至り、特例として警察予備隊への配属が決定する。 武具の類は全て個人所有しており、貸与に関しては辞退している。刀と呼ばれる片手剣を得意としており、技の冴えだけならリトリー領はおろかエルト王国内でも比肩する者がいるかどうかという腕前である。 やや怪しい言動と素行が問題視されている事もあり、配属先は未定。 ――氏名:トフリク=キラザ 種族:人間 警察隊魔法訓練校卒業生。土と風・光の魔法を得意とする術者で、魔法使いとしての能力は非常に高い。座学の成績も優秀。 出身はエルト王国南部で、両親は健在。 普段の素行には問題は無いが、極度に興奮すると非常に好戦的な性格が顕在化する。本人の申告ではこちらが地との事で、「普段は歯ごたえの無さそうな奴ばかりだから興奮もしない」等と供述している。 過去に何度か訓練において過剰攻撃を行い、そのいずれも本人達よりも周囲への影響が大であったが、本人を始めとしたその場に居合わせた人員による魔法治療により死者・重傷者は出ていない。 現在、配属先未定。「まぁ、頑張れ」「ちなみに、私が受け入れ拒否するとどうなるの?」「順当なところだと、そうだな……。3日後くらいに配属打診が回ってくるかな」「……それでも拒否すると?」「2日後に同じ書類が」「その次は?」「次の日に」「…………」「…………」 世の中では、それを強制と言う。 正規部隊に配属するには難のある人材をまとめてケーニスに押しつけるつもりなのは両者共に分かってはいたが、両者共に選択の余地など無かった。「で、返事は?」「……初めての部下がこれって、ちょっとないんじゃないの……」「ん?」「分かりましたって言ってんのよ!」「それじゃ、後よろしく。俺はこれ食ったらマイル商会に出向かなきゃいけないから」「……マイル商会?」「んー、まぁ、なんだ。こっちはこっちでそれなりに大変って事」「ふーん」 これは後日談だが。 色々と懸念されたケーニス隊であるが、軍の部隊と言うよりは冒険者パーティっぽいものの、上手く纏まっているらしい。「案外心配しなくても何とかなるものね」「……隊長は胃を痛めた関係者各位に謝るべきだと思います」