んー、姫様ですか? そりゃあ、最初は私達も戸惑いましたよ。だって、奈宮のお姫様ですもん。 しかも、これ以上は無いってくらいの、完全無欠なお姫様ですよ。 まぁ、今にして思えば、ある意味セージ様とはお似合いだったんじゃないですか。 セージ様は同年代の男の子達と比べて明らかに“違って”いましたし。 私なんてほとんど同世代扱いですよ。そりゃあ、私の方が背低かったし、セージ様はびっくりするくらい大人びてて年相応に見えなかったですけど……。 姫様も? うん、まぁ、あの方は少し背伸びしている感じがして微笑ましかったですけどね。 今じゃ並んで立つと私が妹扱いなんですよ(笑) いろんな意味でいろんなトコが成長されたなぁ。私にも分けて欲しいくらい。 え、そうじゃない? 姫様とセージ様の馴れ初めかぁ……。 別に普通だったと思いますよ。私が知ってる限りじゃ。 でも、最初っからセージ様と同じトコに立ってたって意味じゃ、やっぱり姫様が1番かな。うん、いろいろな意味でね。 結局、姫様が姫様なのは、そういうのを私も含めてみんなが見てきたからだ、っていうのが大きいかな。 みんながみんな、まぁ姫様だし、で納得しちゃうんですよ(笑) あ、本気で怒るとめちゃくちゃ怖いのはあの頃から変わらないかも。 ――とある女性士官へのインタビューより■「セージ様。お邪魔して申し訳ありませんが、そちらの女性を私に紹介していただけませんか?」「あー、その、何だ。ウチで保護した行き倒れに事情を聞いてただけなんだけど……」「そうですか」 う……。そりゃあ、やっぱ、面白くはないか。 政略結婚とはいえ、婚約者差し置いて他の女とくっちゃべってりゃ怒られても文句は言えんわな。 絶対零度の視線が痛い。つーか声が怖えぇよ。「あー……。彼女は俺の婚約者の一葉姫だ。奈宮皇国の第3皇女でもある」「いっ?!」「んで、こいつは見た通りの、森の住人のケーニスクフェアだ」「は、はじめまして……」「そんなに緊張しなくても、別にとって食べたりはしませんよ」 いやしかし、緊張するなってのが無理な話だろ。 一葉はコドール大陸でも3本の指に入る大国の皇女様なんだしさ。しかも、皇位継承権1桁代の名実揃った本物だ。 並の貴族でも吹いたら飛ばせるくらい雲の上の貴人なんだよな、本来。 そう考えると、原作で一葉をはじめとした各国の王女クラスに軒並み手を出してたジンは怖い物知らずってレベルじゃねーぞって話で。 正直、俺の感覚からすると、あれだ。シンジラレナーイ。「まぁ、あれだ。そんなにガチガチにならなくてもいいし、一葉とも仲良くしてくれるとありがたい」「は、はぁ……」「何ならケーニスを一葉付きの従卒武官として採用してもいいぞ。どうにも、俺の周囲には女性が少ないからな。一葉にとっても身近に同年代の女性が多い方が楽だろうし。 従卒といっても気楽に付き合えばいい感じで、どうだ?」「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃない、少し待って下さい。私なんかがそんな――」「私も疑問に思います。気楽に付き合うと言っても、身分の差はどうしても意識すると思うのですが。幼い頃はまた別としても……。 年齢に関しては、そんなには違わないとは思いますが」「……あのー。一応、こう見えても18にはなってるんですけど」「あら、そうなのですか?」 見た目に関しちゃ年相応、ってトコかな。森の住人って事だしもしかしたら物凄い年上なんじゃないかとも思ってたけど、そんな事は無かったと。 原作でのキャラの軽さを考えるとそうじゃないかとも思ってたけどな。あー、いや、軽いってのとはちと違うかな? 何というか、こう、上手い表現が見つからないんだけど……。 おバカ系? 少なくとも、俺とほぼ同い年の一葉に同年代扱いされて落ち込んでる姿は愛すべきおバカキャラっぽいが。「身分だの年齢だの、そんなの長い間一緒にいればどうって事ないんじゃないか? 俺なんて悪ガキ連中とは幼馴染みたいなもんだし」「それって、セージ様が特殊なだけなんじゃ……」「私も同感です」 ……まぁ、実のところ俺もそう思う。 いくらこの世界がぬるい中世ファンタジーとは言え、身分の差はやはり大きい。 平民が貴族の家畜同然なんて感じではなくとも、それなりの身分制度的秩序は存在する。そんな中では俺の行動は異端そのものだろう。 そういう一面が俺の高い支持率に一助を与えているってのはさておいて。 ま、封権的身分制度が崩壊した時代から来た人間の限界なんてこんなものなんだろう。 俺が幸運だったのは、この世界がそういう振る舞いを「変わっている」という一言で片付けられる世界だった事だ。 もっとガチガチに厳しい世界だったらどうなってたか想像もできないな。「まぁ、ふたりがそう言うのならケーニスには色々と実験的な部隊を立ち上げる実験台になってもらうか」「弓隊に配属してもらえれば、すぐにでも結果を出すわよ」「残念ながら、ウチの弓兵には速射の技能を第一に求めてるんだよ。あと、同じくらい必要なのは上官の指揮に忠実に従える鋼の精神だ。 俺の見たところ、弓使いとしての腕はともかく、弓兵連隊に配属するには――ケーニスはタイプ的に向いてないだろうな」「……それが、私を実験部隊に入れる理由?」「適材適所ってな。後はまぁ、俺の勘ってやつだ。ケーニスが出世するかどうかはこの後次第だけど」 まぁ、色々やってもらおうとは思ってる。正規軍は形になりつつあるから、ネイの獣人隊と何らかの特殊任務専任部隊を不正規戦部隊として鍛えて脇を固めようかと。 獣人隊は特に重要で、ゲリラ戦から会戦での突撃戦力としてまで幅広く活躍してもらいたいと思っている。まぁ、実際には別組織にしてそうな気もするが。まだ分からん。 ケーニスに関しては、ちょっとアクの強い連中と一緒になってもらって正面戦力とはまた違った戦力を構築――してもらえればラッキーかな。 ちらっと思ったが、原作と同じように飛竜部隊に転換するのはどうだろうなぁ……。 飛竜は使いたいが、コストに耐えられるかどうか。 そもそも、ケーニスってどうやってアーチャー→ドラゴンナイトなんつークラスチェンジをしたのかさっぱりだしなぁ。「まずは肝心要の弓の腕を見てからだな。もしそれで全然ダメだったらこの話は無しって事で」「ふふーん。弓の腕なら誰にも負けないわよ。やってやろうじゃないの」 自信満々だな。 仮に合格したとしても、ビリーによる鬼の指揮官課程教練ビリーズブートキャンプが待っているんだけど……。 それも、少なくとも小隊長徽章と中隊長徽章は取得してもらうつもりだから、期間同じでも密度は倍という。 初期隊員のスカウティングまでやらせたらぶっ倒れるかな? ……ま、折角やる気を出してくれてるんだから何も言わないでおくか。「…………」「一葉?」「いえ……。私はそんなに皇国の実情を知っているわけでは無いのですけれど。その私が見ても、セージ様のなさりようは、その……」「あー、うん。言わんとするところは分かった」 人材登用が弾力的過ぎる、っていうんだろう。 まぁ、自分自身でも確かにそうだとは思う。 カーロンとオイゲン、ビリーはまぁいいとして。 クライドはビリーの後釜だとしても大抜擢の部類に入るだろう。 ネイにいたっては、族長としての立場があるにしたって若過ぎる――いや、幼過ぎる。 それに加えてケーニスを一発登用するんじゃ、やり過ぎと言われても仕方ない。 少なくとも、まともな組織じゃ絶対に出来ない部類の人事だ。 これが出来るのは、警察予備隊がほぼ俺の私兵だという事情によるのと、1から組織を構築している真っ最中だという状況がそれを許しているからに過ぎない。 同じ事を奈宮皇国やエルト王国の軍でやろうとしても間違いなく不可能だ。 ……似たような事をやれているヴィスト軍は、そういう意味でもチートだと思う。 いくら優秀だっつっても、降将が僅か数年で王直属の軍団長として揺るぎない地位を築けるんだぞ。普通ありえないって。 日本では似たような事が結構あったとか、そういうレベルの話じゃねーしなぁ。付近の豪族が全部親戚同士みたいな、そんな状況とは訳が違う。 その辺は、カーディル個人の指導力と発言力とカリスマのなせるわざなんだろうが……。 まぁ、ともかくだ。 涙目にならざるを得ない兵力差がある以上、多少無茶をしても将兵の質だけは充実させておかなきゃヤバい。 小勢力故の悩みだし、小勢力故の無茶の実現だろう。「実際には俺が無理を通して道理を引っ込めてるだけだからなぁ。カーロンやオイゲンの忠誠に感謝するしかないな」「皇国では真似の出来ない事ですね……」「奈宮皇国の事情は理解しているが、それを抜きにしてもそもそもする必要がないさ。こういうのはバランスが難しい上に、奈宮皇国の文化にはそぐわないだろうからな。 それに、身分や年齢、実績にとらわれずに抜擢すると言えば聞こえはいいけど、半歩間違えれば現場を混乱させるだけで終わるからな。 俺のはどちらかと言えばやり過ぎだろう。今のところ上手くいってるのは偶然に近い」 ネイとケーニスの抜擢は原作知識の有効活用だとしても、なぁ。 そもそも、ケーニスに関しては失敗しないとは限らないんだしな。 ある未来においてはあのヴィスト王国で将軍やってたんだから、並み以上に優秀だろうとは思うが……。 身に染みて実感したが、世の中「絶対」なんて無いわけだし。「色々な面で割と普通に綱渡りなんだよな、現状。今ならまだ無かった事に出来るけど、どうする?」 ケーニスの話も、一葉の婚約も、今ならまだ無しに出来る。 ここまで俺には分不相応なまでの高評価を貰っているし、成果も出来過ぎな感じだけど。 それでもまだヴィスト軍は高過ぎる壁だ。 ネイなんかには悪いが、今の部下達はもう既に俺と運命共同体だ。地獄の1丁目まで一緒に来てもらう。 けど、このふたりは……。「そんなの、リトリー家に仕官しようと決めた時点で折り込み済みよ。それにまぁ、助けてもらった借りくらいは返さないとね」「そうか……。一葉はどうする?」「……え?」 まるで状況を理解できない、という風にきょとんとした視線を向けてくる一葉。 まぁ、まだ12、3才って事を考えたらある意味普通の反応か。「正直に言って、この先の身の安全を保証できない。俺自身ヴィスト王国に目を付けられた自覚がある上に、獣人族を領内に抱え込んでいるからな。 エルト王国が大国なら救いがあるんだけど、残念ながらそうではないし。黙ってやられるつもりなんてないけど、結果が伴うとは限らない。 一葉の実家は大陸でも1、2を争う大国なんだ。ウチにいるより遥かに安全だし、今なら俺が泥を被るだけで婚約なんて無かった事に――」「お断りします」 静かな、しかし有無を言わせないその一言に、俺は虎の尾を踏んでいた事にようやく気付いた。 ついさっきまで怒りの色を潜めていた一葉の瞳には、今や瞋恚の炎が灯っている。 ケーニスの息を飲む音が微かに聞こえるが、怒気を直接ぶつけられてる俺なんか息を飲む事すら出来ない。 見た目が子供? まだ何の経験も無い? そんなの、全く何の関係も無い。 怒気だけで相手の呼吸すら止めてしまえるほどの、それほどの怒りの発露を前にしたらそんな物は全部吹き飛ぶ。「馬鹿に……、馬鹿にしないで下さい……っ!! 確かに私はまだ半人前にもなっていない子供です。風林や黒尼に師事していますが、政や戦に関しては貴殿の足元にも及んでないでしょう。 ですが、貴殿がおっしゃる事が分からないほど馬鹿ではないつもりでいますわ。今のリトリー家の立場の危うさくらい、風林に説明されて十分に存じ上げております。 その上で、私は貴殿と共にいようと決めたのです。 確かにきっかけはただの思いつきでした。その後で実際に細部を詰めたのは風林ですし、最終的に決定権を持っていたのは父上です。今に至る過程で、私が何かを成したなどと言える立場ではありません。 それでも、貴殿と契りを結ぼうと、そう決意したのはこの私です。 他の誰でも無く、他の誰に強要されるでもなく、私自身が、私自身の考えで、そう決めたのです。 貴殿のそれと比べればちっぽけで取るに足らないものでしかないかもしれませんが、私にだって国と民を背に負う責務も覚悟もあります。今の私には、貴殿と共にあるのが最もその責務を果たせる手段だと……。 未だ未熟な私では、この身の持つ価値でしか皇国に貢献できませんから。私の義務を果たす為にはこうする他にありません。 ですが、たとえ未熟であるとしても、私の負う責務と抱く覚悟だけは、誰にも――たとえ父上にだって否定させはしません。 私が今ここに居るのは、奈宮皇国の為に貴殿と縁を結ぶためです。 それは皇国が貴殿の力を――それが未来の事か今であるかは別として――必要だと考えたからであって、皇国も、私自身も、今のところそれ以上の理由など持ちません。 逆に、貴殿が私を迎え入れたのは、貴殿が皇国の力を大なり小なり必要としたからではないのですか? 万が一ビルド王国が滅べば、貴殿の領地は最前線になりますからね。エルト王国の後ろ盾だけでは領地を守れない、と。 そうであるのならば、貴殿が私を離縁しようというのはおかしな話ではありませんか? 正直に申しますと、貴殿が私の身を案じて下さるのは有難迷惑というものです。 この身は既に貴殿に差し出しているも同然ですから。 殿方には分からないかもしれませんが、女にとってよく知りもしない男性に自身の身体を差し出すという事を決意するのは大変重たいものなのですよ。 今更、この命が危ういかもしれないなどという事で覚悟が揺らいだりはしません。 もちろん私としても身体を許すのであればせめて貴殿の事を良く知りたいとは思いますし、共に過ごせば自然とそうなる機会もあるかもしれません。こればかりはすぐ分るものではありませんから。 ですが、そういった覚悟をしてこの場に居るという事だけは覚えておいて下さい。 ……あぁ、それともうひとつ。 もし私がお邪魔なのでしたらはっきりとそう仰って下さい。私は私の責務を果たせればそれでよいですし、貴殿の恋路を邪魔する気なんて毛頭ありませんから。 私は私の未来を自身で決めたつもりでいますが、別に貴殿がそれに従わなければいけない理など存在しませんもの。 それとも、私がいると不都合な事が他に何かおありですか?」 一葉の言葉に、俺はすぐには言葉を返せそうにもなかった。 とても子供とは思えない気迫に、ただただ圧倒されるばかりで……。 今も俺の瞳をじっと見つめる一葉の視線から逃げずにいられる事なんて、奇蹟としか思えないほどだった。 けれど、これだけは分かる。 今ここで視線を逸らせば、言葉を返せなければ、一葉と共にいる未来はありえないだろうと。 そして、ここで折れてしまえばもう二度と、瀬戸際で踏みとどまれる事など無いだろうとも。 南ヘルミナでの戦いの時以上の緊張と心理的な壁を乗り越え、乾いた唾を飲み込んで言葉を舌に乗せる。 あの時は周囲に後押しされて開いた口を、今度は自身の力だけで開いて。「……ごめん。つまらない事を言った。忘れてくれとは言わないけど、許してもらえるとありがたい」「…………。 一度だけなら、許して差し上げます。ですが、女の覚悟を嘗めないで下さい」■ 後になって思い返すと、この時初めて俺と一葉の関係は始まったのだろうと思ったりもする。 そして、こんな始まりだったからこそ、今の俺達の関係があるのだろうとも。 南ヘルミナ騒乱から約2年。 小康状態を保っていたコドール大陸の情勢は再び激動の時を迎える事になる。 長く続く戦乱の幕開け。 後に10年戦争と呼ばれるコドール大陸全土を巻き込んだ戦火の発火点は、大陸南部の要衝――要塞都市クングールだった。