──それが君の選択か
円形に切り取られた白い空間で、一人の賢者が椅子に腰かけていた。小さなテーブルの上にはいくつかの本が積まれており、彼自身も一冊を手にして時折ゆっくりとした動作でページを捲っている。椅子に座っていてもその身の丈が高いことは容易に察することが出来るが、それよりも特徴的なのはまるで骨と皮ばかりに痩せこけてしまっているかのようなその外見だ。皮膚はざらざらとして黄色く、黒い髪は頭頂部で編み上げられて背中辺りで二房へと別れている。エルフのように尖った耳が後方へと伸びているが、その肌に刻まれたひび割れは老化せぬかの種族とは異なる存在であることを告げている──彼はギスヤンキ。アストラル界に住まう人型生物、その老生体だった。
──良いのかね? これは君が望んでいた千載一遇の機会かもしれないのだよ
そういって彼は本を閉じ、テーブルの上へと積み上げると空いた手で奥の方向を指し示した。距離という感覚が感じられない仮初の空間で、ぼんやりと薄い光を放つ空間の歪みとでもいうべきものがその先には見える。肉体を持たない意識のみの俺はその問いかけに答えることは無い。だが彼はその沈黙を返答を見做したのか、続けて言葉を紡いだ。
──そうか。唯一の心残りがあるとすれば、それは君のこれからの物語を私が知ることはもはや出来ないということだな
そう思念が伝わってくると同時に、ギスの賢者の肉体がその末端から光の粒となって溶け消えていく。彼だけではない。その腰かけた椅子や小さな丸テーブル、その上に積まれた本たちも同様にその形を失っていく。彼は俺の精神世界に干渉したサイオニック・パワーの残滓に過ぎず、目を覚ませば記憶に留まる事のない夢のような存在に過ぎないのだ。
──さらばだ、最も若きシベイの継嗣よ。私を永劫の呪縛より解き放ってくれた其方のこれから先に、幸多からんことを
光の粒が舞い散り最後の一片までもが消えていったその跡には、一本の大剣が残されている。かの種族が扱う伝統的な武器『ギスヤンキ・シルヴァーグレートソード』だ。俺はその置き土産を掴み上げると、自ら選択した光の中へと身を投じた。白く塗り潰された意識が浮上していく感覚。脳髄から目へ、脳幹から脊髄そして肩から手へと自分が広がり、やがて全身の輪郭を自覚すると同時に俺は覚醒した。
眼を開くとそこは見慣れた自室の天井だ。天窓からエベロンの空を彩る無数の月の光が射しこみ、部屋を優しく包んでいる。上体を起こすと4人分の体重を支えたベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。エレミア、ラピス、メイ──3人は未だ意識を失ったまま、俺を囲むようにして体を横たえていた。ベッドの傍らには幻の虚空で拾い上げた銀の大剣が立てかけられている。屋敷自体は静寂に包まれており、カルノ達は襲撃に備えて地下の区画に避難させているためここにいる3人以外の気配は感じられない。
だが俺は体を起こすと、彼女たちを起こさぬようにベッドから降りて寝室のドアを開けた。さらに部屋を一つ抜け、廊下へと続くドアを開くとそこには通路を挟んでさらに一つの扉が佇んでいる。自分の聴覚は先ほどと変わらぬ結果を告げているが、俺は一呼吸を吸い込んだ後にその扉を開いた──勿論、その結果は言うまでもなくそこに広がるは無人の部屋。中央に飾り気のない麻布が敷かれ、そこに天窓から差し込む光が円を描いている。部屋の隅には彼女たちに教えを乞う子供たちが訪れたときのために使うのであろうクッションが積まれているのみで、他にはテーブルも寝具もないがらんどうの部屋だ。勿論、部屋の主である双子の姿もそこには無い。
すでに意識が覚醒した時点で判ってはいたことだが、こうして実際にその結果を目にしたことでその現実がようやく自身に溶け込んでいくのを感じる。彼女たちとはいったん道を別ったのだ。無意識に停止していた呼吸が再開し、大きく息を吐いた。扉を閉め、自室に戻る。現状を把握したところで、やらなければならないことが山積みだ。仲間たちを起こし、それらを一つずつ片付けていかなければならない。それがあの双子と再会し、俺が帰還するためにも必要なことなのだから。
ゼンドリック漂流記
幕間6.トライアンファント
ストームリーチの市場区画には中央の大テントを囲う様に三つの大きな建造物が配されている。北にはクンダラク氏族が銀行業務を行っているローズマーチ・バンク。南はシルヴァー・フレイム教会の聖職者たちの遺骸を弔ったカタコンベ。そして東側、ちょうどこの街の中央に位置する場所には盛り立てられた丘の上に巨大な塔が屹立していた──『ファルコナーズ・スパイア/鷹匠の尖塔』と呼ばれるそれは飛空艇の発着場だ。
かつては大陸からゼンドリックへと訪れる定期便の終着駅であり、リランダー氏族の選りすぐりの船長たちのみが僅かに利用しているに過ぎなかったその建造物は今かつてない盛況に見舞われていた。毎日複数の飛空艇が訪れ、積み荷を遣り取りしては飛び去っていく。その行き先の半分はレストレス諸島だ。オーガを初めとする原住部族が一掃された後、リランダー氏族達は当初の予定通り根拠地としてあの地の開発を始めたのだ。
とはいえ海に切り立った独特の地勢を有するあの島々では物資を現場で調達することは現時点では困難であるため、彼らはその多くをこのストームリーチで購入していくのだ。コーヴェア大陸の各大都市から運んできた品をここで下ろし、代わりに島の開発に必要な諸々の品を積み込んでは飛び立っていく。海を行く船に比べれば積載量に制限があるのは否めないが、そこを便数を増やすことで彼らは補っているのだ。そのため、彼らの擁する様々な飛空艇がここ最近はひっきりなしにストームリーチの上空を飛び交っている。
一連の事件により船便が一部運航に支障を来たし、物流が滞っていたことで物価の上昇が始まりつつあったところで訪れたこの空からの旅人は大多数の街の住人に歓迎された。飛空艇は火や風といった多彩なエレメンタル・リングで船体を包んでおりさらに特徴的な艤装を施されているうえ、その空に浮かぶ雄姿は街のどこからでも眺めることが出来る。その"空を飛ぶ"ということに関する憧れに加え、魅力的な造形は街の住人の大人から子供までを魅了するに十分なものだった。既に手先の器用なものが手のひらサイズのミニチュアを露店で売り始めており、精緻なシップモデルが高級インテリアの一つとして富裕層の部屋に飾られるまでそう時間は掛からないだろう。
そして今、この尖塔の頂上に設けられたパーティー会場からは2隻の飛空艇を見下ろすように眺めることが出来た。闇夜に大きなエレメンタル・リングの輝きを纏って浮遊する"ストームグローリー・タイフーン"級の威容は圧巻の一言だ。それらの側面には秘術火砲の砲門が設けられており、有事の際には上空から無慈悲な火力を放ち地上を蹂躙する強力な軍船でもあることを示している。その雄姿からはオーレリアに代わってこの街におけるリランダー氏族の代表者として大陸から派遣されてきたキャリンデンという年経たハーフエルフの考えが透けて見えるようだ。
元々文明圏において海洋交易の中心点だったこのストームリーチでリランダー氏族がそれほど大きな勢力を持っていなかったのは、ウィルケス家──代々のハーバー・ロード達がこの街における海洋交易の一切を取り仕切っていたからである。ガリファー王からその権利を与えられたこの街の領主の権限は、ドラゴンマーク氏族といえども蔑ろには出来なかったのだ。だが緩やかな同盟状態にあったこの二者の関係は、このリランダー氏族による空路での交易路開拓で大きく変わることになるだろう。ガリファー王が定めたウィルケス家の領分は港を介した交易に関してのみだ。それ故に他のロード達とは異なる"ハーバー・ロード"という名で呼ばれるウィルケス家であるが、その権力は空には及ばない。なにせ飛空艇が運用開始されてまだ10年と経過していないのだ。200年前に定められた約定には当然それを制限する記載など存在しない。
そして『鷹匠の尖塔』は中央市場エリアを支配するラシート家の領分であり、その繁栄は彼らの懐を潤すことになる。海賊時代にリランダー氏族と確執を持つアマナトゥは良い顔をしないだろうし、彼と敵対するオマーレンはリランダー氏族への接近を試みるだろう。キャリンデンは"クラーケン"の異名を持つ辣腕な交渉家だ。氏族の中心部にいたこのハーフエルフはリランダー氏族の天候を支配する能力を良い意味でも悪い意味でも十二分に活用し、コーヴェアの将軍から農夫までの様々な層に対してビジネスを成功させてきている。この大陸においても天候が重要な要素であることは言うまでもない。政治的中立を保ってきたラシート家が彼とどう付き合っていくのか、またキャリンデンの長い腕がこのストームリーチにどのような荒波を起こすのか。関係者は情報の収集に躍起になっているはずだ。
政治的な問題をさておけば、流通の改善によってこの街は大いに沸き立っていた。セルリアン・ヒルの再開発などで人夫が必要になったことで街の浮浪者は工夫に姿を変え、ソヴリン・ホスト神殿がストリートチルドレンの救済として学校事業を始めたこともあり街の治安も向上している。市場の空気に触れれば好景気の波が再び押し寄せてきているのを肌で感じることが出来るだろう。今日こうして開かれたキャリンデンの就任を祝うパーティーもそれを受けて華美なものとなっていた。
ホールのそこかしこに小さな集団が出来、これから盛り上がっていくであろうサンダー海のビジネスについて話を弾ませている。ここに招待されているのはこのストームリーチでもある程度の力を持った者たちだ。5人の領主、ドラゴンマーク氏族の有力者、12会のウィザード、大きな成功を収めた商人──そしてそれらと関わっている俺のような冒険者達。中には護衛としての役割を担っているものもいるのだろう。目に見える武装こそしていないものの、酒に手を付けず周囲に気を配っている者たちも多い。そういった者たちが談笑し、あるいは牽制しあい、一定の距離を保っているその様子はまさに今のストームリーチの縮図といえるだろう。
そんなパーティーに俺はメイを伴って参加していた。理由としては前任──今は昇格してサンダー海全体を統括する役割を任じられ、レストレス諸島に居を移したオーレリア・ド=リランダー──からの招待状を無視することもないだろう、という事ともう一つ。この街の支配者たちの姿を実際にこの目で確認しておきたかったということがある。
この世界を訪れたときから俺を助けてくれているいわば"原作知識"とでも言うべきものだが、実際に俺が眼にしているエベロンとは食い違っている点も多い。TRPG版の設定ではこのパーティーの主役である"クラーケン"キャリンデンはゲーム開始時には既にストームリーチに就任しているし、そのためか設定では彼が暗殺に関わったと噂されている"ハーバー・ロード"グレイデン・ウィルケスは未だ存命だ。一方で先日の"トワイライト・フォージ"に関するクエストにおいてはゲームよりも時計が先に進んでいるなど、細かなところで食い違いが生じている。それは時系列のズレだけではない。設定として根本から違っているものすら存在する。
そしてその差異が致命的な脅威となって俺に降りかかってくるかもしれないということは先日身をもって知ったばかりである。ならば出来るだけこの世界と俺の持つ知識の差異を埋めていくことで、自分に降りかかる危険を避けるあるいは減らすべきではないか──それが今の俺が取り組んでいる優先事項の一つなのだ。
こうして実際に彼らを目にすることで、俺の観察眼は彼らのクラス構成を丸裸にしていく。ゲームではNPCのクラス構成が明らかになることは無かったため、主にTRPGのデータと照合しながら知識を補完していくのだ。一部のストーム・ロードには「実はロード・オヴ・ダストに仕えるラークシャサのエージェントである」などというとんでもない設定が選択肢として与えられていたが、こうして見る限りはそういったことは無いようだ──高位の幻術や、影武者などによって攪乱されている可能性はあるためこの場で決めつけるようなことはしないが。
勿論、そういった観察は不自然にならないように行っている。この街に訪れてから半年程度ではあるが、こういった場で旧交を温めることが出来る程度のコネクションは俺にも備わっており、談笑しながらさりげなく視線を飛ばすだけでそういった用には事足りる。
「──こんな稼業をしていればこうしてお互い無事に再会できたことが何よりの幸運だ。次もこうして楽しい再会を祝いたいものだね!」
そういって俺とメイの前で盃を掲げているのは、恰幅の良い真っ黒に日焼けしたハーフリング──ファルコー・レッドウィローである。嵐薙砦の激戦を生き抜いた彼は相変わらずの陽気さで周囲に笑顔を振りまいていた。彼のような探検家はこうした場で冒険譚を語って聴衆を楽しませる役割を担っている一方で、次の冒険に対するパトロンを探している。少し遠くに目を向ければ、調子のよい語り口で何人かのご婦人方を惹きつけているジェラルド・グッドブレードの姿を見つけることが出来るだろう。
「君の活躍のおかげであの頭の固いアグリマーの奴もようやく砦の地下の探索許可を出してくれそうになってね!
まあ放置していた遺跡から突然巨人の軍勢が湧いてきたんだ。
同じような事件を起こさないためにも当然の判断だろうが、その探索班を私が率いることになったのはあの巡り会わせのおかげに他ならないよ。
ジャンダルは少し拗ねるかもしれないがね、ここはジョラスコとデニスの氏族が手を取り合って世紀の発見といきたいものだな!」
どうやらあの砦での戦いの後、彼にとっては幸運の風が吹いていたようだ。大の高所恐怖症だった彼がこの塔の頂上に近いパーティー会場で笑顔を振りまいているくらいには機嫌が良い。まあ単なる食わず嫌いで、砦からこの街に戻ってくる際のフライトでそれが払拭されただけかもしれないが。
「景気が良さそうで何よりだよ。珍しい魔法のアイテムが見つかったら市場に流す前に一度声をかけてくれよ」
会話の相手は旧知の人物だけではない。特にファルコーの上機嫌の源である嵐薙砦での戦いを契機に俺たちのパーティーは腕利きとしてその名を急速に高めつつある。特にメイはゼンドリックでの研究成果としていくつかの新呪文をモルグレイヴ大学へ論文として提出していることもあり、その知識の深さと技量の高さはある程度知られている。どの組織にも所属していないフリーの高位秘術呪文使い。リランダー氏族だけでなく、様々な人物から声がかかるのも当然だろう。今もファルコーとの会話がひと段落し、ハーフリングが離れていったのを機に話しかけてくる者達がいた。だが彼女は上手に相手に言質を与えないようにそれらをやり過ごしていく。
伯母の教えなのかメイはそういった社交面にも長けているし、地域の要人についても詳しい。こういった場面では頼りになるパートナーだ。ラピスはそもそも社交性に欠けているし、エレミアはヴァラナー風の礼法は心得ているものの今しがたのメイのように相手をあしらうことは出来ないだろう。そのため、必然的にこういった場に招待された際には俺とメイが対応することになるのも当然の事だろう。
とはいえ、入れ代わり立ち代わり腹に一物を抱えた連中を相手に会話を続けることは精神的に消耗するものだ。俺はキリのいいところで来客がはけたのを見計らって、窓に突き出したテラスへとメイを誘った。分厚いカーテンでホールの喧騒から遮蔽されたその場所からは、ストームリーチの夜景に加え間近で飛空艇を眺めることも出来る。気を休めるにはうってつけだろう。秘術で空を飛べるとはいえその最中にこうして景色を楽しむことなどないし、シャーン育ちの彼女にとっては高所は珍しくもないがあの街の構造ではこうして夜の街の光を見下ろすようなことは出来ない。メイにとっても新鮮な体験だったようで、彼女は大きく息を吐きながら眼下に広がる景色に見惚れていた。
テラスは少し狭い造りとなっており、横に並べば肩が触れ合うほどだ。安全を考慮して手すりの先には不可視の《ウォール・オヴ・フォース》が張り巡らされており、転落防止だけでなく高度からくる強い風をも遮ってくれている。景色を眺めれば中央市場のテントからはところどころの切れ目から灯りが漏れておりその姿を浮かび上がらせていた。その中ではいま押し寄せてきている好景気の波を少しでも引き寄せようと昼夜を問わず活動している商人たちがいるであろうことは疑うべくもない。主要な街路には照明を兼ねたオブジェが飾られているため、まるでテントから伸びる光の葉脈が街全体に広がっていくように見える。不完全なその浮かび上がり方は暗闇に沈んだ箇所に想像力を働かせる余地を残しており、大都会の宝石箱のような夜景とは異なった趣を味あわせてくれる。
「少しここで時間をつぶしていこう。思ったよりも随分と注目されていたみたいだからね、ホールの空気が入れ替わるのを待った方が良さそうだ」
俺達が考えていたよりも周囲のメイへの注目度は随分と高かった。招待されてきた本人たちこそホストであるキャリンデンを中心に交流の輪が出来ていたが、その同行者たちが代理人としてこちらへのアプローチを熱心に掛けてきていたのだ。俺はチュラーニ氏族やジョラスコ氏族との関係で知られているがその仲間であるメイはそれら氏族と深いつながりがあるわけでなく、出来る事なら自らの陣営に引き込みたいと考えられているのだろう。その彼らの熱心さが、この街の権力者たちの暗闘がこれから激しくなっていくことを示しているようだ。
「確かに、色んな方がいらっしゃいましたね。でも、トーリさんのプレゼントのおかげで無事に切り抜けられそうです。感謝ですね~」
そういってメイは夜景に向かって腕を伸ばし、掌を上げて指を伸ばすと夜の街を背景にその指に輝く指輪に視線をやった。本来であればそのような役割を与えられた海千山千の交渉家達を相手取って無難に切り抜けることはメイにも困難だ。だが俺が渡した指輪──『リング・オヴ・ライ』が彼女に本職顔負けの交渉技能を与えてくれた。ゲームに実装されていなかった《真意看破》にこそ修正が入らないものの、基礎となる魅力能力値と《交渉》《はったり》技能に大きな修正を与えてくれるこのアイテムはこういった場にまさにうってつけだったのだ。
招きや誘いは受けないが敵対するつもりはないということを示しつつ、余計な言質を取られずに今後の干渉を控えさせる──そんな面倒な交渉を、アイテムの助けがあったとはいえこなしてくれた彼女にはこちらこそ感謝したい気持ちだ。放置しておけばそのうち屋敷に押しかけてきたであろうことは想像に容易い。下手にパーティーの招待状などを送り付けられ、相手方の用意したフィールドで話を向けられることに比べれば今日この場でそういった面倒事を片付けられることはこちらとしても願ったりであったのだ。要人の観察を含め、良い機会を与えてくれたオーレリアには後で礼状を出すべきだろう。
「それでトーリさんの用件のほうはどうです、お目当ての方は見つかりましたか?」
ベランダの手すりに置いた手をつっぱって、背筋を伸ばして一息ついたメイがそう言いながらこちらの瞳を覗き込んできた。その眼差しには先ほどまで窺えていた疲れは一片たりとも存在しない。僅かな時間、一呼吸入れただけで気持ちを入れ替えてしまえるのは高レベルの冒険者ならではといったところか。
「んー、そうだな……」
そんな彼女に曖昧な言葉を返しながら、俺はホールの気配を探る。確かに床まで垂れた分厚いカーテンは室内からの音を遮っているが、それはあくまで常識レベルに過ぎない。研ぎ澄まされた俺の聴覚はその向こう側にある広大なホールを反響する音を拾い集め、まるで直接見ているかのような知覚を可能とする。会話だけでなく歩行の音、それも履物とその持ち主の体重や姿勢、移動している方向などがソナーのように情報として集積され、俺の脳裏で立体化される。
「タイミング的には丁度良さそうだな──それではお嬢様、もう一舞台お付き合いくださいませんか?」
俺が芝居がかった台詞と共に手を差し出すと、メイはふんわりとした笑みを浮かべてその手を取った。
「ふふ、それではお願いしますね旦那様。
トーリさんにエスコートしていただけるなんて滅多にない役得ですから、あとでたっぷりと二人には自慢しちゃいます」
左隣に引き寄せたメイを伴い、俺はカーテンを潜って再びホールへと舞い戻った。夜景とは打って変わって室内は明るく、白い光がシャンデリアから放たれておりテーブルの上の燭台がそれを照り返してキラキラと輝いている。眩いはずが決して不快ではない、優しい秘術の光だ。再び俺達が現れたことで、ホールの中には新たな人の流れが生まれつつある。だが俺たちはあくまで自然を装って、人の密度の少ないところへと進んでいく。ドリンクを運んでいるウェイターから二つのグラスを受け取ってメイと一緒に喉を潤し、近くにある空いたテーブルへと歩み寄っていく──そこには同じく止まり木を求めてか近寄ってくる一組の男女の姿があった。壮年の男性が連れているのはおそらくは娘ほどの年の差があるであろう若い女性、あるいは少女だ。年の離れたカップルというよりは、妻に先立たれた夫に対し娘がファーストレディを務めている、というほうがしっくりくるだろう──そしてそれがその通りであることを俺は知っていた。
「あら、こんなパーティーに出ているのはお父様のような方ばかりかと思っていたのだけれど。
年の近い方にお会いできて嬉しいわ。ねぇ、お邪魔でなければ少しお話をさせてくださいませんか?」
退屈を持て余していたようで、彼女は興味津々といったふうにこちらへと話しかけてくる。その連れである男性の方は仕方ない、とでもいうようにかぶりを振った後、こちらへと話しかけてきた。
「すまないが、突然の不躾な私の娘の我儘に少し付き合ってもらえませんかな。
どうやら彼女には私と知り合いの話はまったくつまらないものだったようでね。
君たちのような若くして相応の振る舞いを心得ている先達と話をすることで、少しでも落ち着きを学んでくれればと思うのだが」
男性の態度は想像していたよりも遥かに物腰が丁寧で紳士的なものであり、新鮮に感じられた。俺が物語で知るその姿が憑依した悪霊によって歪められたものであったとしても、傲岸不遜を地で行くようなそのキャラクターは周囲からの評判も相まって強い印象を残していたからだ。だがこれが彼の本来の姿なのかもしれないし、あるいは擬態なのかもしれない──それを知ることが、今夜の俺の大きな目的の一つでもあるのだ。
「勿論、私たちでよければお相手を務めさせていただきましょう──猊下、とお呼びすれば?」
こちらのその言葉を受けて、男性は苦笑する。
「そのように畏まる必要は無いとも、年若きヒーロー。私こそ君の活躍にはお礼を言わなければならない立場なのだから。
娘が退屈しない程度に、私にもぜひ君たちの話を聞かせてほしい。そしてお互いにとって実りのある話が出来ればなお有難いね」
ストームリーチにおけるシルヴァー・フレイム教会の最高権力者、大司教ドライデンはそういって微笑んだ。それが彼の心の底からの思いと言葉であるように俺には感じられる。だが事は慎重に判断しなければならない。彼もまた、俺の知る物語では重要な敵役の一角を担う存在なのだから。
「君のようなヒーローと巡り合う機会を得られて私は幸運だよ、トーリ。
この街に来てから半年ほどの短期間に過ぎないというのに、その間に聞こえてくる君に関するニュースは私の心を奮わせるものばかりだ!
君の戦果はまるでゼンドリックの悪の種族の展覧会のようだ。隣人としては心強い限りだよ」
そういって差し出された手に握手を交わすと、予想以上に力強い手応えが返ってきた。しかしそれは意地の悪いものではなく心の底から彼が示している好意に基づくものだというように感じられる。その体は良く鍛えられており、その心は信仰の炎に燃えているようだ。
シルヴァー・フレイム教会。それはまだ若い歴史しかもたないにも関わらず、コーヴェア中に確たる基盤を有する宗教組織だ。コーヴェア大陸で7百年ほど前にオーバー・ロードの一柱"炎の中の影"ベル=シャラーが地底より解き放たれつつあった時、ティラ・ミロンというパラディンがコアトルと力を合わせてそれを防いだ。その際に生まれた銀色に輝く炎の柱、それがこの宗教の原点である。
現在もその炎と一体化したティラ・ミロンは"シルヴァー・フレイムの御声"として存在しており、"炎の護り手"と呼ばれる代々の指導者に力を貸している。まさに彼女は生ける伝説そのものであり、神話の体現者といえよう。彼女の信奉者達はその意思を継ぎ、何世紀もの間大陸に蔓延る悪の勢力との戦いを続けてきた。デーモンと戦い、地下カルトを駆逐し、ライカンスロープを探し出して滅ぼした。その歴史はまさに戦いの歴史である──人類社会を脅かす悪を討つことこそが、彼らの存在意義なのだ。
「光栄です、猊下。しかし私のやったことは、貴方の手掛けていらっしゃる大事業に比べれば灯台とランタンほどの違いがありましょう。
非才の身では自分の周りを照らすだけで精一杯ですが、猊下はこのストームリーチ全体を照らそうとしていらっしゃる。
真に称えられるべきはそういった功績であるべきでしょう」
お世辞に思えるかもしれないが、これは俺の本心でもある。俺の行動はほとんどが打算と感情に基づくものであって、世のため人のために何か為そうとしているわけではない。結果的にそう転んでいることもあるし、望んで悪を為そうとは思わないが身を切ってまで善行を積もうとしているわけではない。カルノ達孤児に対する援助も実利に基づいたものであるし、神殿などへの寄付についても惜しくない程度の金銭を預けているに過ぎない。
本気で取り組めばそれこそ国一つ切り取って望みのままに運営することも不可能ではない、それだけの財産と力を俺は有している。だがそれは俺にとっては面倒事だ。既存の社会基盤を都合よく利用し、少し自分の周りを住み心地良く整備する──俺がやっていることはその程度の事だ。嵐薙砦のジャイアントや先日のマインド・フレイヤーは降りかかる火の粉を払っただけであり、もし連中が俺に関わりないところで悪事を働いていたのであればわざわざ手を出すことは無かっただろう。
そんな俺からしてみれば、シルヴァー・フレイム教会などという組織はまさに尊敬できる集団である。数百年のうちに組織として腐敗している部分を抱えてはいるものの、悪を討つという理念のもとに集った人たちが時には自らの犠牲も厭わずに戦っている。判断の基準にまず自己の利益が出てきてしまう今の俺からは眩しい存在だ。それだけに、その組織の長からこのように褒め殺しを受けるとどうも申し訳ない気持ちが先立ってしまう。
「何、それは謙遜が過ぎるというものだ。今や君の名前を知らないものはこの街にはいないさ。
荒くれの水夫たちはスチーム・トンネルを制覇してエールに冷たさを取り戻してくれた冒険者に喝采を惜しまないだろうし、
がめつい商人たちであっても海賊たちを叩きのめしてスカウンダレル・ランのチャンピオンに輝いた君にはサービスを惜しまないだろう!
この街にやってきた最も新しいヒーロー、それが君だ。
確かに私たちは広い範囲を照らしてはいるが、それは月と星の明るい夜に街の道を照らす街灯のようなもの。
それに対して君は無明の暗闇に差し込む光そのものだ。
我々の役割は、君のような英雄の助力をするものだと私は思っているのだよ」
その感情の動きを恐縮しているものと勘違いしたのか、ドライデンはさらなる賛辞の言葉を重ねてきた。しかしその発言からは俺について調べたのであろうことが窺える。まあ特に隠し立てしているわけでもないとはいえ、以前から俺に興味を持っていたであろうことは間違いないだろう。
「すべては依頼の結果です。私に仕事をくださった後援者の皆さんがそれだけこの街のことを考えていらっしゃるという事でしょう。
それが世のためになっているというのであれば、それはソヴリン・ホストの神々のお導きでしょう」
言葉を交わしながらその人となりを窺うが、特にこれといった問題は感じられない。MMOでは悪霊に取り付かれていたという状況のため、それ以前のドライデンの人格がどのようなものかは語られていない。またクエスト受注の際には既に長い間カタコンベのある区画に隔離されていたという娘のマルガリータも健康状態は良好であり、父娘としての関係も良好なようだ。これらの情報から察するに、現在はMMOのクエストの開始される何年も前、あるいはこの世界ではあの"カタコンベ"のクエストが発生しないという可能性もある。
そう考えるに十分な世界設定の違いが、このシルヴァー・フレイム教会については存在している。なぜならばMMO版とTRPG版、そしてRTSゲーム版という三つの設定が混ざり合ってるからだ。最終戦争に国家として干渉し始めたコーヴェア大陸の教会本部がこのストームリーチへの援助を停止して以降、この土地で戦ってきた教徒たちをドライデン一族は導いてきた。TRPGではそれにより彼らは勢力を減じ、弱体化してしまっていたのだがこの世界では違う。本土の政治的な動きを教義から逸脱したものであると断じ、袂を別って独自に100年を戦い抜いた彼らは精鋭と呼ぶに相応しい実力を備えている。ここでは彼らはストーム・ロード、そしてドラゴンマーク氏族に比肩しうるほどの武力を有した勢力なのだ。
そんな彼らの働きの中でも、特筆すべきはRTSゲーム『ドラゴンシャード』に関するストーリーだろう。元のゲームではコーヴェア大陸から派遣されていたシルヴァー・フレイム教会の部隊が、この世界ではこのドライデンがリランダー氏族の協力を得て送り込んだことになっている。高位のデーモンやパイロヒュドラなどが敵として現れる戦闘に勝ち抜く戦力を保有しているというだけで、その強大さは判ってもらえるだろう。
俺としてはあちら側のストーリーラインの展開具合も気になるところだが、まずは要望に応えてこちらの物語を聞かせるべきだろう。嵐薙砦の戦闘が終結してから三か月ほどが経過しており、その物語は街の酒場の至る所でバードたちによって謳われている。戦闘に従軍していた彼らの迫力ある語りはすでに街中に浸透しており、ここで俺が語ったとしても今さらという印象を与えかねない。やはりそういう意味では先日の"トワイライト・フォージ"に纏わる物語がいいだろう。
海路を脅かす海賊、その拠点に攻め込んだ際に姿を見せる『夢の領域ダル・クォール』の破壊兵器。そして海賊たちを裏で操っていたのは『狂気の領域ゾリアット』の尖兵、忌まわしき脳喰らいの集団。かつてこのエベロンを侵略し、当時栄えていた文明を衰退させ崩壊の原因となった二つの次元界が敵となり襲い掛かってくる。だが自らの力を過信したマインド・フレイヤー達を誘き寄せて粉砕し、逆にその拠点である人造次元界へと乗り込んでいきその野望を打ち砕く。こうして見れば非常に壮大な物語である。
勿論俺が語った物語は随分と演出を加えたものだ。あのウォーフォージド・タイタンや上位マインド・フレイヤーはその存在一つで国を亡ぼす脅威だ。それをそのまま聞かせては過剰演出と思われるだろうし、どうやって倒したんだという事にもなる。リランダー氏族の顔も立てつつ、差支えない範囲に調節し後半は爽快感を感じてもらえるように一気に大勝利という展開で俺は物語を締めた。それが功を奏したのだろう、御令嬢はマインド・フレイヤー登場のくだりではその異形として人類とは相容れない在り様に顔を青ざめさせていたが終わってみれば正義の勝利に大興奮という様子だ。彼女の事はメイに任せ、俺はドライデンの相手に専念する。
「どうやら娘はすっかりと君たちのファンになってしまったようだな。
だがそれも当然のことだろう。この街どころか世界を救った冒険譚だ、誰もが憧れるさ」
「まあこういった宴席での余興です、演出が行き過ぎた点はご容赦ください。
それにここでこうして生きているのも相手の慢心とこちらの幸運が重なった結果です」
どうやらドライデンにも満足いただけたようだ。実際には演出は下方修正なのだが、それは言わぬが花というものだろう。それにこちらが幸運だったというのは嘘ではない。イスサランとの戦いで生き残ることが出来たのは相手がこちらを嬲っていたからに過ぎない。彼が本気でこちらを殺すつもりであれば一瞬でそれが可能だったはずだ。追い風に助けられ、偶々対岸に辿り着くことのできた綱渡り──それがあの戦闘の感想だ。
ルーとフィアの双子と暫くの別れを余儀なくされたのは俺たちの実力不足が招いた結果ではあるが、あのマインド・フレイヤーとの戦力差は一朝一夕で埋まるものではないだろう。だが直接的な戦闘力の差は、環境で埋めることが出来る。極論を言えば相手の不意を突くことが出来るかどうかであり、屋敷の攻防戦はそれが顕著に働いた例だ。目の前の大司教も、どうやら俺の話の中ではその部分に興味を抱いているようだった。
「私や教会の聖騎士達の中にも任務でマインド・フレイヤー達との戦闘を経験した者がいる。
そういった経験を蓄積してはいるが、どうやらあの異形達の脅威についてはまだまだ我々は把握しきれていなかったようだな。
今度は是非そのあたりについても詳しく話を聞かせてもらいたいものだ。無論、情報の対価としての報酬は十分に用意させてもらうよ」
ドライデンの依頼は至極当然のものだろう。戦闘は勿論、そこに至るまでに有利な環境を整えるためには相手に対する情報が不可欠だ。自分たちの能力を十全に発揮するだけでなく、相手が実力を発揮できない状況に持ち込むことが出来れば有利になるがそのためには相手を知らねばならない。例を挙げればこのエベロンではないがD&Dの標準世界観に存在するとある宗教においては信仰呪文の使用回数が回復する時間が朝や夕方などと決まっており、その時間から一定時間の礼拝を行うことが必要となっている。つまりその最中を狙えば、呪文使用能力が回復しきっていないところで戦闘に持ち込めるというわけだ。
「そういう事でしたら、是非対価は同じく情報でいただきたいですね。
"カタコンベ"には大図書館があると聞いております。そこにある書物を閲覧する許可をいただきたいのですが……」
「その程度であれば容易いことだ。お互いの知識を補完することが出来れば、より悪との戦いに効率的に備えることができるはずだ。
司書長のジェロームには私から話を通しておく。時間の都合の良い時に、好きなように訪ねてくれれば良い。
君から聞いた話についても書物に纏めることになるだろうから、丁度いいだろう。
とはいえまだこちらは書架の整理が追い付いていないのでね、君には面倒をかけることもあるかもしれんのだが」
話はとんとん拍子に進んだ。特に金銭を必要にしていない俺にとっては、こういった形の報酬であるほうが望ましい。ドライデンもそのあたりの事は解っているのだろう。お互いにとって有益な形で話がすんなりと纏まったのはありがたいことだ。これで俺がこの会場に顔を出した用件のほとんどは片付いたことになる。タイミング的にも会話を切り上げるのにちょうど良いだろう──そう思ったのだが、こちらがお暇を告げようとしたところでドライデンが先に口を開いた。
「では、あとは心躍る話を聞かせてくれた返礼をせねばならんな。
ちょうど時間的にも頃合いだろう、すまないがあと少しだけ時間を割いて貰えるかね。
少し場所を動いた方がいいだろう。特等席に案内しよう」
そういってドライデンは壁の一角、バルコニーに挟まれた大きな窓ガラスの前へと歩き出した。ホールから街並みを眺めることが出来るようにあつらえられたその大ガラスは徹底的に磨き上げられており、室内の照明を受けて鏡のように俺達を映し出している。だがそこについて間もなく、室内に照明を落とすアナウンスが響きわたるとホールを満たしていたシャンデリアの灯りが覆いによって隠された。だがそれで室内が暗黒に包まれることは無い。このエベロンには多くの月があり、それに加えて星明りも十分な明るさをもっているのだ。大ガラスと頭上の天窓から差し込むそういった光でも、薄暗闇という程度でしかない。また各テーブルの上で小さく灯る蝋燭の揺れる灯りは残されており、参加者の皆も不便は感じていないようだ。
「さて、今宵この場にお集まりいただいた皆様に一つのショーをご用意させていただきました。
そちらのガラス越しに映るこの街の夜空をご覧ください──」
ホストであるキャリンデンがそう告げると皆の視線が束ねられた。そこにはストームリーチにはそれなりに珍しい、雲一つない空が広がっている。今日この日のためにリランダー氏族が天候操作の力を行使したのかもしれない、そう思わせるほどの見事な夜空だ。そこにはエベロンを周回する12の月のうち、4つが所狭しと浮かんでいる。だがその月の光を掻き消すように、青い光が夜を照らした。上空から市外へと投射されるその光は、徐々に強くなっていく──光源が近づいてきているのだ。そしてそれが皆の目に映った時、ホールは感嘆の声で満たされた。
2隻の飛空艇から吊るされるようにして運ばれているのは、巨大なシベイ・ドラゴン・シャード。その大きさは俺の屋敷よりもさらに大きいだろう。通常の宝石と異なり自ら光を発する竜晶は、やがて視界左手に位置するシルヴァー・フレイム教会の塔、通称"カタコンベ"の屋上へとたどり着いた。まるであつらえたかのようにその位置に収まったドラゴン・シャードが瞬くように青白い光を放つ。それは彼らの信仰の対象であるシルヴァー・フレイムそのものであるかのようだ──そしてそれはおそらく誤りではない。シルヴァー・フレイムの元となったコアトルとはシベイ・ドラゴンの系譜に連なる竜種であり、シベイ・ドラゴン・シャードとはシベイの別たれた肉片そのものだからだ。
「──伝説に謳われし巨大な竜晶がシルヴァー・フレイム教会の手により確保され、我らリランダー氏族によりここまで運ばれました。
この未開とされた大陸の果てまで、ついに我々の手は届くようになったと言えるでしょう!
今宵、ここにお集まりいただいた皆様は新たなる時代の幕開けを見届けた歴史の証人になったのです。
リランダー氏族は、空と海の続く限り、どこまでも皆さまをお運びいたします!」
キャリンデンの演説はまるでドラゴン・シャードの放つ光のように聴衆へと染み渡り、やがて歓声によって迎えられた。最終戦争で疲弊したコーヴェア大陸の人類にとって、深い密林に覆われていたゼンドリックは生半可な探索者を寄せ付けぬフロンティアだった。その常識が空を駆ける飛空艇により一気に塗り替えられようとしている。その証である巨大な竜晶は静かに光を放ち、眠らぬ街の夜を照らし続けていた。