ゴーラ・ファンは片肺と心臓から上だけを残された状態で生かされていた。オーガ・メイジとしての強靭な生命力がそれを可能にしているのだが、その状態で荷物のように運ばれ、ストーム・プリンセスの船内で拷問を受けたとあってはその生来の再生能力は本人にとって幸いとは言えなかっただろう。
彼はヴォイド・マインドとしての処置を受けていなかったためそうやって情報を吸い出されたのだが、それはマインド・フレイヤーの同盟者として対等な立場を有していたというよりはそのオーガ・メイジ特有の再生能力によるものかもしれない。
ヴォイド・マインドになったクリーチャーは酸への完全耐性を有するようになる。つまりもともと火と酸以外による傷を再生するオーガ・メイジにそのような処理をすることはその弱点を塞ぐこととなり、そのヴォイド・マインドが何らかの要素で火に対する耐性を得ることで不滅の生物を誕生させることに繋がりかねない。
マインド・フレイヤーのヴォイド・マインドに対する支配は一見盤石に見える。だが実際にはその処置に関わった3体のマインド・フレイヤーのみが支配権を有しており、それ以外の脳喰らい達にとっては自らの得意とする精神作用が無効化される厄介な存在であるのだ。自分にとって有用な手駒であるがゆえに、他者から見れば脅威と映る。
またその処置者である3体が滅んでしまえば、後に残るのは他者からの制御を受け付けない強力なクリーチャーのみとなる。そんなクリーチャーが多数発生するようなことがあれば、マインド・フレイヤーの社会構造を揺るがす可能性もあるだろう。暗黙の了解あるいは協定として、そのようなヴォイド・マインドの創造が禁止あるいは制限されているのかもしれない。
一方でそういった禁忌の研究はどこかで行われているものだ。近年のラースの研究により、コルソスに封じられている古代巨人文明の遺した封印もそれに関するものであると判明している。水棲のトロルに複数の竜の因子を混ぜ合わせることにより生み出された不滅の生命体、それがシーデヴィルの正体だというのだ。窒息せず、あらゆるダメージから再生するため殺しきることが不可能で、際限なく成長していく。何の目的でそのようなクリーチャーが産み出されたのかは不明だが、その危険性から古代巨人文明により冷凍封印されたのだろうというのが彼の説だ。
同じように殺害しえない存在として、ゼンドリック大陸の南にあるアイスフロー海にはタラスクと呼ばれるD&D世界でも有名なクリーチャーが巨人文明の封印により眠っているとされる。おそらくは各地にそういったものは存在しているのだろう。この世界の人類文明は、そういった危険な火薬庫と薄皮一枚隔てただけの場所で暮らしているのだ。
そして俺たちがこれから向かう"トワイライト・フォージ"もまた、それらと同等の危険性を有していると目されている。
「こんな島にあのタイタンを創り出す工場があるだなんて、空からではまったく解りませんでしたが……
創造された擬似次元界とその内部に設けられているからこその"黄昏の工廠"という呼び名なんですね。納得です」
レストレス諸島を構成する島の一つ、その中心部の窪みに斜面に沿って設置されている巨大な扉を前にメイは感嘆の声を漏らした。4万年以上の歴史を誇るその構造物は、木製で質素なものに見える。だがそれだけの長い間を経て一切の腐食や劣化がないという時点でただの構造物ではあり得ない。それもそのはず、この扉は実際にはこの物質界"エベロン"と、隣接する擬似次元界"トワイライト・フォージ"を接続する"ポータル"の具現化した姿なのだから。
実際にはこの扉には開閉する機構は備わっていないし、扉の反対側を掘り返したとしてもそこには土と石以上のものはないだろう。だがその役割は明確だ。この扉は"トワイライト・フォージ"に招かれたもの以外の通行を拒絶するためのものなのだ。他のレイド・クエスト同様、"トワイライト・フォージ"についてもクエストに挑戦するためには前提条件が設けられていた。それを判断しているのがこの扉というわけだ。
そしてこの世界でも条件が同じだとすれば、それを満たすことは出来ない。扉を通行するために必要な条件は、かつて夢の領域の住人がこの地を支配していた際にこの扉を行き来するために使用していた印章を所持していることなのだ。
ゲーム内ではマインド・フレイヤーに抵抗するワイルドマンとオーガの部族にそれぞれ協力することで砕かれた印章をそれぞれ集め、それを修復することでレイド・クエストへの挑戦権を手に入れることが出来た。だがこの世界のレストレス諸島にはもはやその抵抗勢力は存在せず、印章を手に入れる手段は無い。
つまりマインド・フレイヤー達はこの中に籠っている限り、絶対に安全であるというわけだ。そしてゴーラ・ファンからの情報ですでに彼らは10体を超えるタイタンに破壊を命じ、解き放ってしまっているという。今頃鋼の巨人達は地道に海底を歩きながらコーヴェア大陸の様々な都市を目指しているのだ。
それが引き起こす事態を想像することは容易い──海からダガー河を遡り、突如シャーンの街へとウォーフォージド・タイタンが上陸する。そのハンマーは林立する塔を打ちこわし、砲撃は上空に浮かぶスカイウェイを薙ぎ払う。20万人を超える住人のそのほとんどは助からないだろう。そして同規模の破壊が世界各地の大都市で行われるのだ。
そして恐慌に陥った人類社会がどう動くかは想像もつかない。下手をすれば最終戦争を超える暗黒期を迎え、文明が疲弊することになるかもしれない。勿論それは俺の望むところではない。それは道徳的な面だけでなく、実利的な面でもだ。俺が必要とする高級なマジック・アイテムの類を安定して得るためには成熟した文明が必要で、コーヴェア大陸が荒廃してしまってはそれが叶わなくなってしまうからだ。
解き放たれたタイタンをすべて事前に破壊することは難しい。《テレポート》の呪文で距離を無視できるとはいえ、大陸全土を24時間監視し続けることなど不可能であるから被害を完全に防ぐことは出来ない──唯一の方法があるとすれば、それは操り手であるマインド・フレイヤー達を殲滅することのみだろう。
だが彼らは擬似次元界に引き籠り、外部からの侵入を遮断してしまっている。ひょっとすればゴーラ・ファンのことについても彼らの計画として織り込み済みで、安全圏からこちらの苦悩を糧に祝杯でも挙げているのかもしれない──だが、それを俺はすぐにでも苦杯へと変えてやるつもりだった。
「どうするんだい。あのオーガ・メイジもこのポータルの通行証は持っていなかったんだろう?」
ラピスが門を見上げながら問いかけてきた。彼女やメイはおそらくこのポータルを開くために必要な呪文を開発するための研究にどれほどの時間が必要かを考えているのだろう。たとえばサプリメントに記述されている呪文の中には《ポータル・リフォーマット》というこういったポータルの作動条件を追加・変更するという今回の目的に合致した呪文が存在するが、その使用条件は極めて厳しい。
この世界ではその条件を満たしているキャラクターはいないだろう──あるいはルーならば可能かもしれないが──同等の呪文を秘術として開発することは不可能ではないかもしれない。あるいは他のドラゴンマーク氏族の力を借りる手段もあるだろう。"監視のマーク"を有するクンダラク氏族のみに許された上級クラス"シルヴァー・キー"を極めた達人であれば、こういった魔法のポータルを含めたあらゆる鍵を無効化できるはずだ。だがおそらくは氏族中でもトップ・シークレットであろう能力と貴重な人材を借り受けるための交渉をするには時間が必要だ。勿論そんな手段を取るつもりはない。
「簡単さ──全員、これを持って手のひらを扉に当ててくれ」
そういって俺はブレスレットから取り出した金貨のようなものを全員に投げ渡した。先陣を切って扉に手を触れると、体全体に不思議な波長が伝わってくる。それは鉱山に埋まっていたクリスタルから感じたものが荒削りな原始の波長だとすれば、人の手によって整えられた芸術的なものだ。歌のようなそれは体だけではなく心にまで沁み渡ってくるように感じられる。
「そして伝わってくる波長に身を委ねてくれ──そうすれば中に入れる」
そう、この金貨のようなものこそがポータルを使用するために必要な印章なのだ。俺のキャラクターは全員がこのレイドに繰り返し挑戦していたため、全員の荷物の中にそれぞれ一つの印章が眠っていたのだ。今まではまったく意味のないアイテムとしてインベントリを占有していたのだが、それが活躍する時が来たというわけだ。
ゲームでは門の前に佇んでいた古代のウォーフォージドに印章を示すことでクエストへ突入することが出来たが、どうやら彼がいなくとも内部への侵入は可能なようだ。俺はマインド・フレイヤーの目論見を一つを外したことに舌舐めずりをしながら、体に伝わってくる波長に身を任せ"トワイライト・フォージ"へと突入するのだった。
ゼンドリック漂流記
6-9.トワイライト・フォージ
"トワイライト・フォージ"の入り口は俺の記憶と酷似していた。二車線分ほどの太さの通路が延び、その両側にはわずかに視線を通すほどの隙間を設けられた壁が続いている。その壁の向こう側にはこの擬似次元界に閉じ込められた哀れなマインド・フレイヤーの奴隷、オーガ達が警戒の任についていた。
「侵入者だ! 警笛を鳴らし、仕掛けを動かせ!」
俺達が現れた入り口に向かって警戒していたオーガ・メイジが唸り声をあげながら叫ぶと、壁の向こうで何やら動きが感じられた。彼の言う仕掛けとやらが動作を開始したのだ。壁に取り付けられている筒のようなものが一斉にこちらを向き、そこから様々な元素のエネルギーが噴き出してきたのだ! 酸、炎、冷気──さらには機械式の罠として通路の奥からは矢が幾重にも吐き出されてくる。
それらはメイが展開した《ウォール・オヴ・フォース》に妨げられ、こちらへと届くことはなかった。だがオーガ・メイジが《ディスインテグレイト》の呪文を唱えれば即座に破壊されてしまうだろう。そうなる前に少なくとも手前の罠だけでも停止させなければならない。
もっとも素早く反応したのはラピスだった。彼女が両腕を横に伸ばすと、いつの間にか指先にはつまむようにして大ぶりの宝石が保持されていた。彼女はその宝石から指を離すと、かわって引き抜いたショートソードを一閃。両断された宝石はその内部からあふれ出た火花のような現象に粉々に砕け散る。
「──押し潰せ」
彼女のシンプルな命令を受け取り、宝石からあふれ出た火花はうねるように宙を進むとラピスの指し示す左右の壁面へと張り付き──そこで大爆発が発生した。
《ファイアー・ボール》を幾重にも炸裂させたかのような破裂音が響き、壁自体がその衝撃に耐えきれず吹き飛んでいく。勿論、その向こう側にいたオーガ達も無事では済まない。直近にいたものは焼け崩れて炭化し、軽症のものも五体満足ではない。そして構造体を破壊したうねる火花は健在で、さらなる犠牲者を求めて空中を漂い進む──間違いない、あれはリヴィング・スペル"メテオ・スウォーム"だ。
魔法災害などが起こった地域で『呪文の効果が意識を持ち、消えるのを拒んでその効果を発揮し続ける』という現象が起こることがある──それがリヴィング・スペルだ。それは触れた対象に自らの呪文効果を及ぼすという魔法生物となり、破壊されるまで呪文を撒き散らし続ける──あれはその中でも最高位である第九階梯《メテオ・スウォーム》がリヴィンヴ・スペルと化したもの。ラピスは《ウーズ・パペット》の呪文でその恐るべき魔法生物を支配し、最高位の術者ですら一日に数度しか放てない《メテオ・スウォーム》を無限に発生させているのだ。その危険性は同じ呪文でブラック・プティングを隷従させていたゴーラ・ファンとは比べ物にならない。
リヴィング・スペルのサイズは元となった呪文の術者の力量によって異なるが、最高位の呪文ともなればオーガを超える超大型サイズとなる。そのサイズでは持ち運びに向かないため、普段は《トラップ・ザ・ソウル》で宝石に封じ込めて携帯したのだろう。解放のたびに媒介となる金貨2万枚近い価値を持つ宝石を砕く必要があるとはいえ、その戦闘力は凄まじい。罠を、オーガやオーガ・メイジ、ワイルドマンにペットと思われるウォーグ、そしてクオリ・スピナーといった障害を《メテオ・スウォーム》は擂り潰しながら進んでいく。
「さて、使い捨てた宝石の値段分の働きはしてくれそうだね──」
通常の術者ではあり得ない規模で多重に炸裂する《メテオ・スウォーム》の爆裂音をBGMに、なんでもないような風に彼女は呟く。実際、《ウーズ・パペット》の呪文を定期的に更新するために宝石は少なくとも月に一度の頻度で取り換える必要があることを考えるとあのリヴィング・スペル達はこれ以上ない金食い虫だ。同じ呪文を巻物で贖おうとすれば1回毎に金貨4千枚ほどになると思えばコストパフォーマンス的に優れているのは間違いないが、常人の発想ではない。だがいつまでも呆けているわけにもいかない。
「良し、アレが罠と壁を押しつぶしてくれている間に切り込むぞ。エレミアは右、フィアは左の回廊を頼む。
ラピスと俺はリヴィング・スペルに手を出そうとする奴らの排除だ。メイとルーはマインド・フレイヤーを警戒してくれ」
オーガの中には何体かのオーガ・メイジが混じっているし、オーガの中にはリヴィング・スペルに押しつぶされそうになった際に逃げるのではなく反撃を試みるものもいる。せっかくラピスが手札の一つを晒したのだ、なるべく長持ちさせるに越したことはない。
「最初に逃げ出したオーガが、イリシッドの食料になるんだ!」
「撃ち続けろ!手を休めるな!」
おそらくはマインド・フレイヤー達が長期間この"トワイライト・フォージ"に籠るための食料として担ぎ込まれたのだろうオーガ達は、死よりもなお恐ろしいものがあるとばかりに果敢に抵抗を続ける。その境遇には同情しないでもないが、かといって容赦することは出来ない。リヴィング・スペルに斧を振り下ろそうとしたオーガの前に飛び込むと、その重心を預かっている前に踏み出された足の膝頭を叩き砕く。それにより体を支えられなくなったオーガが倒れこんでくるのを横っ飛びに回避すると、その巨人は火花に包み込まれていく。
他にも体に火花を絡みつかせた数体のオーガがいたが、その明滅が激しくなった瞬間にオーガそれぞれに対して《メテオ・スウォーム》が炸裂した。体の表面に突如複数の火球が張り付いたかと思うと、それらは即座に大爆発を起こす。
鍛えられたオーガの中には一度の爆発に耐えるものはいる。だが彼らが好む大型の武器は、体に纏わりついた魔法生物を攻撃するには不向きだ。組みつかれた状態ではダガーなどの軽い武器か、素手で攻撃を行うしかない。だがリヴィング・スペルは高等な魔法生物であり、魔法の武器以外に対しては高い耐性を有する。サブウェポンまで魔法の付与されたものを特別に用意していない限り、膂力に優れたオーガといえども有効打を与えることは難しい。
しかも武器を抜こうとしたり慣れぬ素手での攻撃を行うような隙を見せれば、火花は容赦なく瞬きを繰り返し再び《メテオ・スウォーム》を炸裂させる。それはもはや詰みといっていい状況だ。一度火花に絡みつかれたが最後、オーガ達に生き延びる術はなかった。
だが、スペルキャスターであるオーガ・メイジはその例外だ。恐怖による支配が逃走を許さないのか、戦線から離れることはないものの短距離の《テレポート》や《ディメンジョン・ドア》で距離を取り、弓を構えている。中には仲間を巻き込むことも厭わずに《コーン・オヴ・コールド》などの範囲呪文による攻撃を試みてくる者もいる。
だが彼らの前にはエレミアとフィアが立ち塞がった。奇襲対策としてメイが常時張り巡らせている結界は、他の次元界から範囲内に実体化するまでに10数秒の遅延を生じさせる効果を持つ。転移のためにアストラル界へ避難したのち、離れた位置に実体化したつもりだろうがその移動はメイにより読まれており、さらにその生じた遅延の間に前衛二人が距離を詰め、実体化の完了を待ち構えていたのだ。
瞬く間に1体のオーガ・メイジが切り伏せられたが、まだ敵には数が残っている。リヴィング・スペルを庇うように立った彼女たちを前に、オーガ・メイジたちは目標を変更した。射線が塞がれては矢は役に立たないがための当然の対応。メイジとしてのみならず、武器の扱いにも長けた巨人族の一派として彼らの放つ矢は空気を切り裂く鋭い音と共に放たれる。
その体の大きさの違いや一見して金属質ではない鎧を着こんでいることから、彼らが目標として選んだのはエレミアだ。だが彼女は迫る矢を切り払うようなこともせず弓手へ向かって前進する。顔への射線のみをそのダブルシミターで防ぎ、歩みを止めぬ彼女の四肢へと矢は命中する。だがエレミアがその鎧下に着込んでいる冷気の元素を宿したレイメントが鏃を凍らせて鋭さを削ぎ、さらに命中の直前に打点を革鎧の分厚い箇所へと誘導されたことも相まって、矢は目標に突き立つことはなく弾かれる。
顔の下半分を覆うヴェイル越しにエレミアが薄く笑みを浮かべ、前進の勢いもそのままに双刃を振るった。巨人の膂力を受け止めるべく複合素材から組み上げられたロングボウが一太刀でそれを握りしめた腕の肘先毎切断されて宙を舞い、対の刃がオーガ・メイジの首を切断する。エベロンで最も優れたる"巨人殺し"の攻撃は容赦なく獲物を切り刻む。
一方でフィアはエレミアの影から大きく跳躍した。崩れた壁や天井を蹴り、瞬く間に呪文を行使しようとしていた者たちをその間合いに捕える。彼女の放つ剣気がオーガ・メイジを打つと、それだけで忽ち彼らは呪文を構築する制御力を奪われていく。術の発動を強行すれば、そこには滑り込むように刃が差し込まれるだろう。傷の痛みは精神集中を乱し、結果発動を試みた呪文は霧散する。《魔導士退治》はまさにその名にふさわしい術者殺しの技術だ。
またフィアの付け入る隙をみせない構えはオーガ・メイジに一歩たりとも動くことを許さない。術者の天敵と白刃の距離で戦い続けることを強制された以上、もはやその結末は明らかだ。その強固な呪文抵抗が発揮されるまでもなく、彼女の構えたショートソードはその敵対したオーガの命を刈り取った。
そうやって罠と障害物と敵を文字通り粉砕し、屍を踏み砕いて前進した俺たちの前にやがて下へと続く通路が現れる。階段ではなく緩やかなスロープが九十九折のようになって下層への口を開け、そこからは工廠に相応しい機械的な音が響いている──俺の記憶によれば、この先にはマインド・フレイヤーが待ち構えているはずだ。おそらくは連中がこの工廠に侵入するための犠牲となったクンダラク氏族のシルヴァー・キー達のヴォイド・マインドを率いているはず。
すでに俺たちの侵入は気付かれ、相手は万全の状態で待ち構えていると考えられる。その敵の先手を奪って戦闘の主導権を得なければならない。無策で突っ込めば盛大な歓迎を受けることは間違いない以上、相手の思惑を外して奇襲を仕掛ける必要がある。
例えば俺とラピスの隠形は技能、能力、装備とどれをとっても最高峰だ。魔法的な手段によって認識を逸らすのではなく、純粋な技量による隠れ身は不可視や視認困難を無視するような呪文の類を利用したとしても看破できないのだ。
だが《タッチサイト/触視覚》と呼ばれる周囲の状況を視覚・聴覚に代わって触覚で認識することができるようになるパワーがある。その効果範囲内の状況を有無を言わさず把握してしまうというこのパワーの前では身を隠しての奇襲は通用しない。
ラピス一人であれば壁抜けを利用して奇襲可能かもしれないが、多勢に無勢となる可能性が高い。マインド・フレイヤー1体を仕留めれば良いのであれば彼女一人で十分だが、取り巻きのヴォイド・マインドのことを考えればより安全な手段を考えるべきだ。
腰を屈め、スロープの中央に掌を当てる。ゲームの知識を呼び起こし、"トワイライト・フォージ"の構造を自分の視界に重ね合わせた。このスロープを抜けた先にある下層のT字路、そこに立つマインド・フレイヤーと5体のヴォイド・マインド──彼我の距離は直線で50メートルほどか。
《呪文効果範囲拡大》《呪文距離延長》の修正特技により《呪文高速化》した《ライトニング・ボルト》を増幅。さらに《呪文エネルギー上乗せ》により酸のエレメントを加え、呪文本来のポテンシャルを遥かに超えて放たれた雷撃がスロープを食い破る。期待値にして500点、クリティカルすれば四桁を超えるダメージを与える雷と酸の奔流は幾層ものスロープを貫通し、仮想上のマインド・フレイヤーの立ち位置へと突き刺さった。
さらに追撃の呪文構築を行いながら、穿たれた穴へと身を躍らせる──だが、そのT字路には予想していたマインド・フレイヤーやヴォイド・マインドの姿はない。《ライトニング・ボルト》の命中した箇所の床材が酸と電流を浴びて消失し暗い穴となっている他には、壁に埋まった不気味な人面の意匠しか見当たらない。どうやら待ち伏せは杞憂だったようだ。
だがそれはこれからの戦いが厳しいものになるであろうことを示している。俺の知識通りに進むのであれば1体ないしは2体ずつのマインド・フレイヤーがこの工廠の各地に分散しており、それを各個撃破することでクエストは進行していた。だが今の彼らはおそらく集合し、戦力を集中して俺たちを叩くつもりなのだろうと想像できる。
その場所としてこの場が選ばれなかったのは、おそらくこのT字路は"ウォーフォージド・タイタン"が戦うには狭すぎるからだろう。そういった意味で戦闘の場となる候補は、この工廠内でも一気に絞られる。主に4つのルートに分岐するこの"トワイライト・フォージ"の攻略路、その全てが最終的に交わる場所。本来であれば4体のスチール・ゴーレムが守護している青の冷却炉と呼ばれる広間、鋼の巨人の能力を充分に活かせるほどの広いスペースは他には無い。
勿論それまでも奇襲を受けないとは限らないために警戒を怠たるわけにはいかないし、戦闘力を維持するためには短時間しか持続しない付与呪文を更新し続ける必要はあるだろう。そうやって疲弊した俺たちを待ち構えようという敵の意図は明らかだが、こちらはそれに乗るしかない。
テレポートなどの呪文を使用すれば時間は短縮できるかもしれないが、相手のパワーには転移を歪めるあの忌まわしい触手がある。あの干渉を受ければ出現地点を操作され、各個撃破されてしまうかもしれないとあれば地道にこの工廠を攻略していく他ない。
「不気味な彫像ですね……夢の領域に住む"クオリ"達の姿を考えれば随分と人に似せているほうだとは思いますが。
この光を放っているクリスタルはそれぞれの通路に対応しているのでしょうか?」
追いついてきた仲間たちの中から、メイが壁に埋め込まれた人の顔を模した像──リーリング・センチネルを見て呟いた。そのグロテスクな像の頭上には紫と緑のクリスタルが輝いている。それはここから左右に分岐するそれぞれの通路に対応したものだ。
視線をやると右手の通路はしばらく進んだ先に台形のトンネルへと変化しており、その周囲は不気味な紫色に輝いている。対して左手の通路は緑色だ。近寄ればその危険な空気を感じることが出来るのだろう、それぞれに向かっていたラピスやエレミア達はその色彩に満たされたトンネルに踏み込むことなく、こちらへと戻ってきた。
「道は見ての通り別れているようだが、どうする? いずれも剣呑な空気だが」
エレミアの言葉に俺は進むべきルートを思案する。戦力を分散することは出来ない。左手の緑のルートはパズルが主で戦闘は少なく、対して右の紫のルートは戦闘が主。そしていずれのルートもその先で3人ずつに別れて行動することを求められる。ゲームでは最終的にはすべてのルートを攻略しなければクエストクリアのフラグを満たすことは出来なかったが、その点は細かく考える必要はない。最優先は戦力を分散させずに、マインド・フレイヤー達との決戦に臨むことなのだ。
しばらく考えたのち、俺はクリスタルの輝く壁面のうち緑に光るほうへと手を伸ばした。魔法の力を放つそのクリスタルに手を触れると、掌からチクチクとした感覚が体に広がっていく。痛みともとれるその感覚は徐々に強まっていくが、やがてその感覚は燃え上がるように激しくなると同時に体全体から掌へと流れ込むように集中し、それがおさまった時には手の甲に緑色の環状をした模様が浮かび上がっていた。これが同色の輝きに満ちたセキュリティ・トンネルを通過するために必要な認証なのだ。
ゲームの時は譲渡不能な固定アイテムとして扱われていたものが、このように体の一部に紋様として現れたのは少し意外ではあったが納得できることだ。体に刺すような感覚を覚えたのは個人登録を行うための検査の一環か。この工廠を設計した古代ダル・クォール人たちに遺伝子などという概念があったのかは判らないが、個人を機械的に判別するために独自の魔法的な仕組みを開発していたことは間違いないだろう。
「皆今俺がやったように順番にこの紫色のクリスタルに触れてくれ。少し痛みがあるが、この模様が浮かび上がるまでの辛抱だ」
俺がそういうと、隣で観察していたメイが俺の手の甲に現れた紋様とリーリング・センチネルに交互に視線を飛ばしながら俺の手を取った。
「なるほど、《アーケイン・マーク/秘術印》のようなものでしょうか。永続的ではなく一時的なもののようですね。
体に害はなさそうですが、万一の際は《ディスペル・マジック》で解呪できそうですから心配はしなくてもよさそうです」
俺の手の甲に現れた紋様を触れたり擦ったりしながらメイは呟く。しばらくすると納得したのか自分もクリスタル・パネルに手を置いてみたが、流れ込む感覚に驚いて掌を一度離してしまったようだ。その後もう一度掌を寄せていくが、違和感に慣れないのか眉を顰めたままでもどかしそうな様子で我慢してくれている。
メイに続き他の仲間も一通りが認証を得たことで、俺たちは右手側のセキュリティ・トンネルへと向かった。皆が無事に先に進んだのを確認し、俺は実験のために《アンティマジック・フィールド》を展開した状態でトンネルへと一歩踏み込んだ。その効果により認証のリングも抑止されるが、セキュリティ・トラップも俺を撃つことなかった。実験は成功だ。
このセキュリティ・トンネルに仕掛けられたトラップは凶悪で、認証を持たないものが通過しようとしたなら激しいダメージを継続的に与え続けるというものだ。この先に待ち受ける青と赤のトンネルに進むための認証は3つずつしか支給されず、6人パーティーで進めば3:3に分断されることを余儀なくされる。だがこの実験により《アンティマジック・フィールド》が有効であると分かった以上、戦力の分断は避けられるということだ。
そして最終防壁を突破するためにはすべての色の認証を揃える必要があるため、誰かがここで緑の認証を手に入れる必要があった。もしこのトラップが魔法的なものでなければ、罠を浴びながら回復をし続けて無理やり突破することも考えていたのだが、どうやら楽をさせてもらえるようだ。
結果に満足した俺は《アンティマジック・フィールド》を維持したまま、駆け足で先に進んだ仲間達へと向かう。その通路は200メートルほど進んだところでいったん左へと直角に折れ曲がり、そのしばらく先で終端を迎えていた。トンネルは再び下方向へ向かうスロープの連なりへと繋がっており、俺たちはさらに下層へと向かっていく。
ゲームではこのスロープの終端にもマインド・フレイヤーが立ち塞がっていたはずだが、先ほど同様そこには誰もいないようだ。だが、それ以外の敵は俺の記憶に近い形で配置されている。
この降りてきた区画──仮に下層と呼ぶ──は、分厚い壁と溶岩の流れる窪みで迷路のように区切られている。そしてその壁の天辺を床とみなした中層と、天井近くに張り巡らされた細い支柱を足場とする上層にわかれている。このうち上層は常に放電を続けるトラップで埋め尽くされているため敵影はないが、下層と中層には先ほどと同じ組み合わせの敵集団が蠢いている。
天井から降り注ぐ紫色の照明と、床下の溶岩が放つ色が混ざり合ってこの区画は不気味な光景に映る。だがこの光景は今からさらに凄惨なものとなる。このルートを選択したのは、後のマインド・フレイヤー戦に余計な横槍を入れられないように敵戦力を削るためという理由が大きい。そのために今からここいる敵すべてを皆殺しにする必要があるのだ。
高速な空中移動能力と完璧な機動性を両立させた金色の翼を模したクロークの力で、俺は宙へと飛び上がる。いかに気配を殺していようと光を照り返して輝くその姿を遮蔽も無しに隠し通すことは出来ない。大勢の敵が俺を視認し怒鳴り声をあげて攻撃態勢へと移行するのを見下ろしつつ、俺は弓に矢を番えた。
優先するのはオーガ・メイジやワイルドマンのミスティックといったスペル・キャスターだ。彼らが放ってくる《ファイアー・ボール》や《ライトニング・ボルト》といった定番の呪文やオーガの放つ矢が俺目がけて雨あられと降り注ぐ中、それらを掻い潜りながらこちらは矢を応射する。弦が空気を震わせる度に3本の矢が放たれ、目標の両眼と額を穿っていく。巨人族の太い首すらもその衝撃に耐えきれず、直撃を受けた頭部はちぎれるように後方へ飛んでいく。
中には飛行能力により接近戦を挑んでくる者もいる。だがそれはさらに効率的な殺戮の対象に過ぎない。魔技とでもいうべき弓術は対象を貫通し、必ず狙った目標へと命中するのだ。飛び上がる行動は俺が同時に複数の対象を攻撃するための格好の的だった。そして敵の視線を空中に引き付けた俺のその足元で、非情な斬撃がさらに死を量産していた。
入り組んだ壁から無音で飛び出たエレミアとフィアに不意を突かれ、立ちすくんだままのオーガ達は無造作に切り捨てられていく。物質界と夢の領域を行き来する半透明の蜘蛛、クオリ・スピナーはエーテル化してこの場を逃れようとする。だが彼女たちが手に嵌めているグラヴは、握った武器に幽体への接触を可能とさせるマジック・アイテムだ。現世と幽世の双方を同時に刻む斬撃によって両断され、その八本の足を震わせて絶命する異形の蜘蛛達。
エレミアの斬撃ばかりが目立っているように見えるが、それはフィアの細やかな動きによるサポートあってのものだ。フィアが故郷で学んだ流派の一つ、ホワイト・レイヴンの戦技は隣に立つ仲間の力を結び付け、高めることに重きを置いている。相対した敵に隙を生みそこを突かせるだけでなく、呼吸を合わせた連携により仲間の動きの効率を高めることで常以上の実力を発揮させる魔法のような技術なのだ。
そして見事な連携を見せる前衛2人が血雨を振りまく地上へと、俺の放つ矢嵐が殺到する。二方向からの攻撃に晒された敵勢は数では勝っているにも関わらず、圧倒的な質の違いによりどんどんとその数を削られていった。《メニー・ショット》の効果時間が切れるまでの時間はほんの30秒ほど。それだけの時間で、この紫の区画に押し込められていたはずの大量のオーガ達はその大部分が駆逐されてしまっていた。
この戦場でもヴォイド・マインドからと思われるサイオニックの反応は感じられない。食料という意味ではすでに脳を失っているヴォイド・マインドが不適格なのは判るが、かといってこれだけこちらがやりたい放題しているのにも関わらず不干渉とはどういうことだろうか。死体を蘇生するパワーは彼らも使用可能だろうが、一度死によって解放されたオーガ達が脳を啜られるために蘇生を受け入れるとは到底考えにくい。
決戦の時に備えて力を貯めているのか、あるいは臆病風に吹かれて戦う意思を失ってしまったのか? 少なくとも俺の知るマインド・フレイヤーという種族に後者の選択はあり得ない。確かに敵わぬ相手を前にすれば撤退を選ぶ知恵は当然のように有しているが、プライドの高い連中が格下の人間種族相手に逃げるようなことをすればそれは彼らの階級社会の中で汚点として付き纏うことになる。
別の可能性としては、俺たちがこの擬似次元界に乗り込んだのと入れ違いにエベロン側へと撃って出て人類社会を攻撃するという事が考えられる。だが彼らの支柱たる"ウォーフォージド・タイタン"を具現化するエピック級サイオニック・パワーはこの"トワイライト・フォージ"なくては不可能なものだ。
術者に対してこの工廠に存在する"ウォーフォージド・タイタン"の設計図を上書きし、クリーチャーを人造兵器に作り替える──それが彼らのパワーの秘密であることを俺はすでに突き止めている。この工廠の奥深くにある設計図──"スキーム"と呼ばれる遺産を破壊すれば外界に存在するタイタンはすべて破壊されるという時点で、彼らがこの工廠の守りから離れるとは考えにくい。
やはり最初の想定通り、この先で俺達を待ち伏せていると考えるのが一番可能性として高いだろう。俺はそう考えを纏めると、残敵が掃討されていくのを眺めながら、中層にある2番目のリーリング・センチネルの元へとゆっくりと降下していく。今度の門番はその頭上に赤と青のクリスタルを掲げていた。その横からは不吉な赤い光を放つトンネルが伸びている。だが今はこの先には用はない。
「今度は青いパネルに触れてくれ──メイとラピスの二人でいい。
他の皆は俺の《アンティマジック・フィールド》で先に進もう。次のセキュリティ・トンネルを抜けた先が正念場だ」
俺自身は赤いパネルに触れ、右の甲に紋様を得た後に下層の敵を掃討してやってきた皆に次の行動を示す。二人が紋様を取得した後は軽く休息を取り、次の戦闘の準備を整えて俺たちは再び宙へと浮き上がった。上層から伸びるトンネルは曇った青い光で覆われていた。
命知らずのセキュリティ・トンネルの手前で降り立った俺は魔法抑止のフィールドを展開し、青の紋様を持たない3人と歩調を揃えてゆっくりと進んでいく。その俺たちの後ろをやや離れてメイとラピスが続く。横幅6メートル、高さ4メートルほどの台形の通路は少し進んだ先で分岐があったが、悩むことなく進路を右へと取る。そのまま道なりに進んでいった先、トンネルの終わりには大きな広間が広がっていた。
一辺が100メートルほどの正方形、その角の一つがトンネルに通じている広間は天井までの高さも50メートルほどはあるだろうか。そしてその広間をさらに囲う様に、壁の半ばからは三角形をした中二階とでも呼ぶべき奥行きが広がっていた。そのうち正面の中二階には、ようやく出会うこととなったマインド・フレイヤー達が立ち並んでいた。
「──よくぞここまで辿り着いた、蛮勇を振るう愚者たちよ」
俺達全員が広間に踏み込んだところで、初めて聞くマインド・フレイヤーの声が響いた。それと同時にトンネルの入り口にフィールドが張り巡らされ、退路が遮断される。さらにこの広間には鉱山に仕掛けられていたものと同様の《アンハロウ》が定着しているようだ。物理・秘術の両面から俺達の逃げ道を塞いだというわけだ。
「雁首を並べてご苦労なことだな。お前たち雑魚に用はないが、こうしてまみえた以上見逃す義理もない。
だが自分からドルラーに逃げ込むっていうんなら暫く待ってやるぞ」
勿論そんな提案を受け入れる連中ではない。言葉を交わすのは相手を観察する時間を稼ぐためだ。マインド・フレイヤーが5体、その中にイスサランとその部下である信仰呪文使いの姿はない。イスサランはゲームでの知識通り、この広間を超えた先に待ち受けているのか?
「話に聞いたとおりに口だけは達者なようだな、ヒューマン。
だが我らはあの猊下ほど寛大でもなければ、バラーネクの小僧のように甘くはない。その死地からは逃れえぬぞ!」
遠目にもわかるほど、その触手をせせら笑う様に蠢かせながら名も知らぬマインド・フレイヤーが語った。こちらが値踏みしているにも関わらず、会話に付き合ってくれるのは格上としての余裕の顕れなのだろう。彼らの自信の根拠は、残る四方の3隅に佇むウォーフォージド・タイタンだろうか。だが、いまさらそのようなものが俺たちにとって脅威になるわけもない。
「でしゃばるなよ三下。その役立たずな脳みそでも理解できるようにもう一度言ってやる。
俺が用があるのはお前たち雑魚じゃない。イスサランはどこだ?」
マインド・フレイヤー達が並ぶ正面の高台へと歩みを進めながら問いかけを続ける。床下に冷却水を満たしたこの区画はとても寒く、地下の水路が柵越しにむき出しになった場所からは下の冷却液から凍った霧が立ち上っている。《アンティマジック・フィールド》を解除していなければブーツが床タイルに張り付き、吸い込んだ空気が肺を凍らせてしまうのではないかと思えるほどだ。そんな俺達を見下ろすマインド・フレイヤー達は動きを見せずに問答を続けてくれる。
「──定命の存在には理解も及ばぬほどの長い間、あの方は戦いを続けてこられた。猊下はお疲れなのだろう。
それは貴様ごときヒューマンに興味を示し、4名の同胞を失ったことからも明らかだ。
今はすべてを我々にお任せいただき、奥の院にてお休みいただいている」
異形の目元が得意げに歪んで見えたのは錯覚ではなかろう。だが俺はまったく逆で内心呆れ返っていた。この愚かなマインド・フレイヤー達は仲間を失った責任をイスサランになすりつけ、今や自分たちがこの"トワイライト・フォージ"の主であると思っているのだ。タイタンをばら撒き、地上を破壊した功績を我が物として権力構造の高みに上ろうというのだろう。ひょっとすればイスサランの"猊下"としての地位すら狙っているのかもしれない。
だが俺はあの年経たマインド・フレイヤーがこの眼前の連中の思い通りの存在とはとても考えていない。むしろイスサランはすでにこの無能たちへの関心を失っており、なんら価値無いものだと考えているのではないだろうか。奥の院に籠っているというのも一体そこで何を行っているのか、想像もつかない。だが俺の心に射した影は最大限の危険を呼び掛けている。
時間を掛けるべきではない。早急にこの雑魚を処理して先に進まなければ。焦燥が俺を駆り立てる──。
「なら貴様らに用はない──時間切れだ、死ね」
広間の中央付近に辿り着いていた俺は決別の言葉と共に秘術を解き放つ。先ほど工廠の構造を貫通した《ライトニング・ボルト》が荒れ狂う電撃と酸の奔流となって一直線に伸び──そしてマインド・フレイヤー達の直前で不可視の壁に遮られたかのように霧散した。
「愚か者め、劣等種たる貴様の数少ない取り柄である呪文攻撃について我々が無防備だとでも思っていたのか?
そして残る取り柄である逃げ足もその逃げ場のない空間でどれだけ保たせられるかな──さあ、祝宴を始めよう!」
マインド・フレイヤーのその言葉を受けて、彫像のように部屋の隅に鎮座していたウォーフォージド・タイタン達が起動する。折りたたんでいた四肢を展開しながら立ち上がり、その無機質な瞳に赤い光が灯る。機構が回転する独特の機械音を立てながら、立ち込める冷気をかき分けて黒鉄の巨人兵がこちらへと殺到する!
振り下ろされる巨大なハンマーを体をひねって回避し、小さくジャンプしてその大槌に飛び乗ったところに掬うように回転刃が叩き付けられる。あわよくば同士討ちをと狙ってみたものの、威力よりも命中を最優先とした攻撃は誘導することが困難だったため回避に専念する。足場を蹴って刃の殺傷半径から離脱し、空中にいるところを狙って放たれた砲撃は外套による飛翔能力でランダムな機動を行うことで被弾を避けた。
特に警戒すべきところは見当たらない、今まで交戦したウォーフォージド・タイタンと同じ機体。ならば俺のすべきことは他にある。回避行動によって広間のさらに奥へと進んでいた俺は、分断された形になっている仲間たちにタイタンを任せ空中を疾駆。マインド・フレイヤー達へと向かう。
元素のエネルギーが通用しないと判断した俺は力場の衝撃波である《オーブ・オヴ・フォース》を射出。だがそれも雷撃と同じ結果に終わる。《ウォール・オヴ・フォース》であれば砕くはずの《ディスインテグレイト》もその緑の破壊光線はまるで吸い込まれたかのように特定の境界に達した時点で焼失した。
「──タイタンと同種の障壁か!?」
攻撃の手ごたえの無さから俺はそう判断する。それは中二階の区域全体を覆う様にしてマインド・フレイヤー達を保護しているようだ。ゲームでは番人たるゴーレムたちを撃破するまで登ることが出来ないギミックだったが、それは今違う形となって俺の攻撃を食い止めている。
一方俺の背後ではウォーフォージド・タイタンの障壁をエレミアが切り裂き、そこへラピスが大量のスペルストアリング・スローイングナイフをばら撒いて爆発音を鳴り響かせていた。一発一発のダメージは俺の呪文に劣るものの、同時に10以上もの攻撃呪文をナイフを媒介に発動させるラピスの火力は俺に匹敵する。
2人が1体をそうやって処理している間に、残る2体の注意を引き付けているのはフィアだ。巨人の間合いから数歩離れた位置を保ち、踏み込んで放たれる一撃の直撃を避けている。だが俺ほどの回避力を持たない彼女の小さな体ではそうやって保たせられるのは10秒ほどでしかない。大質量の金属塊による攻撃は掠めるだけで全身におそろしい衝撃が走り、打ち付けられた床は砕けてその破片は散弾銃のように彼女を打ち据える。それはたちまち体力と集中力を奪い、その後に待ち受けている直撃という結果は容易く彼女を死に至らしめるだろう。
しかしその最後を刻むべき一撃は、割り込んだメイが《テレキネシス》によりフィア自体の体を強引に移動させたことで空振りに終わった。本来であれば瞬間移動などで敵味方の位置関係を制御する彼女だが、それが封じられたといえども別の手段を講じて役割を果たすというところが彼女のウィザードとしての優秀さを示している。そしてフィアに蓄積した疲労と負傷はルーが《ヒール》の呪文で癒していく。
3人がそうやって時間を稼いでいる間に、エレミアとラピスは確実に敵の撃破を重ねていく。戦闘開始から全てのウォーフォージド・タイタンが撃破されるまでの所要時間は20秒ほどでしかなかった。だがマインド・フレイヤー達の表情から不気味な歪みが消えることはなく、障壁も健在だ。そしてその余裕の根拠はすぐに明らかになった。
「お前たちの事は調査済みだ。そこのエルフがブレード・オヴ・ラグナロク──貴様らの言う神殺しの片鱗を宿しタイタンの護りを切り裂くこと程度織り込み済みよ。
だがその能力、そう何度も使えるものではあるまい。そしてここは黄昏の武器庫、我らは無限にお前たちの前に兵器を送り込むことが出来るのだ!
さあ苦しみ、足掻け!
絶望と悲嘆にくれたお前たちの命を1つずつ捥ぎ取り、最後に残った者の濃縮された感情で満たされた脳髄で祝杯を挙げよう──」
その声が響くや否や、広間の四方にあった下層の冷却水が満たされた区画との間を遮っていた柵が開かれた。凍てつく水を滴らせながら新たに4体のウォーフォージド・タイタンが現れる。彼らはこちらを先ほどと異なり、こちらを威圧するようにじわじわと距離を詰めてくる。揃った足並みは広間の床自体を大きく揺らし、残りの時間を告げる死の宣告として響き渡る。
連中の言う通り、エレミアの能力は立て続けに何度も使用できるものではない。すでに3度この戦闘で使用しており、今は限界のはずだ。やはり彼らは《メタファカルティ/天眼通》などで相当入念にこちらのことを調べ、この場での決戦に臨んでいるのだろう。例えこの場にラースとアマルガムを連れてきていたとしても、追加で撃破できる数は知れている。勿論連中はそれすらも想定したうえで準備を整えているだろう。
後退した俺を含めて全員が広間の中央にひと塊となり、迫るタイタンを待ち受けている。機械の正確さで一定の歩調を保ち進むタイタンとの距離を測ることは容易だ。彼らの間合いに入るまであと20秒ほどといったところか。俺は皆を促し、俺以外の全員を空中へと移動させた。それにより俺一人が敵を待ち受け、皆は空中からそれを見守る形となる。
「それがお前たちの望む自己犠牲の結末か。素晴らしい、我々好みの展開だぞ!
全員の命を少しでも長くしようとするなら確かにその選択しか無かろう。
だが疲れを知らぬ兵器たち相手に、お前はどこまで身のこなしを維持できるのだろうな──1時間か、それとも1日か?
飲まず食わずでお前はどこまで戦えるのだ? お前が倒れれば次は上にいるお仲間達の番なのだ、少しでも長く保たせないとな!
その時間が長ければ長いほど、感情は熟成される──さあ舞台は整った、喜劇の始まりだ!」
マインド・フレイヤーが手を振り下ろすと、タイタン達は牛歩の歩みから一瞬でトップスピードへと動きを変えた。脚部のチャンバーが爆発音を鳴らすと下肢を構成するフレームが伸び、それにより急加速した勢いのまま俺に武器を叩き付けようと迫ってくる。
俺はそれを待ち受けながら脳裏のスイッチを押すようにイメージする──それによりレベルアップのエフェクトが俺を包むように発光し、翼のエフェクトが円を描くように浮かび上がってくる。だがいつもと異なる点がある。それは俺を包む翼が消えずに残り、どんどんと大きく広がっていくということだ。真上に向かって伸びるそれはやがて20メートルを超え、そこで動きを変えた。迫るタイタンを迎え撃つように俺を中心に横方向へと向きを転じると、俺が振る腕へ対応するようにぐるりと1回転した。
翼に触れた無敵の巨人の輪郭が朧げに揺らぎ、直後激しい打撃音とともにその巨体は吹き飛んだ! 白い翼はウォーフォージド・タイタンの防御フィールドを打ち破り、その勢いのままに体を打ち据えたのだ。その正体は《ウイングス・オヴ・フラリー》。力場で編んだ竜の翼で範囲内の敵を殴打する秘術呪文。それだけ見れば当たり障りのない呪文のように見える──だがこのソーサラーにのみ許された呪文は"レイス・オヴ・ザ・ドラゴンズ"という竜に特化したサプリメントに収録されており、特筆すべき事柄としてその威力の上限に制限が課されていない!
通常の呪文、例えば《ファイアー・ボール》などは『術者レベルごとに1D6(最大10D6)のダメージを与える』などというように呪文ごとに固有の最大ダメージ上限が定められているが、この呪文にはその上限が存在しないのだ。エベロンで秘術の始祖とされるドラゴン種族、それ故の強大さなのかこの呪文は術者としてのレベルが上昇するごとに際限なくその威力を上昇させていく。そして俺は様々な呪文やアイテムの補助を受け、本来の倍以上の術者レベルを今有しているのだ。それによりこの呪文を一たび放てば4桁近いダメージが発生し、クリティカルしようものなら2000点を超えることもあり得る。その常識を遥かに超えた呪文打撃力が、無敵に思えたタイタンの防御フィールドを打ち破ったのだ!
無論これは予め算段しておいたものだ。コルソス島におけるラース達との実験により、タイタンの防御フィールドが力場によるものであることは判明していた。アマルガムがタイタンの防御フィールドを中和したのも、強大な力場同士を干渉させての無効化という原理である。通常の《マジック・ミサイル》や《オーブ・オヴ・フォース》などの力場呪文では到底出力が及ばないため、防御フィールドを破ることは出来ない。
だが、もしそれが常識外の破壊力であればどうなる? ウォーフォージド・タイタンの出力と、俺のチートによりブーストされた出力はどちらが上なのか? その答えは既に示されている。広間に横たわる4体の巨人は惨たらしく胴体を破壊されて崩れ落ちている。俺の勝ちだ。
そしてこの呪文を俺が修得したのは今先ほど。例え過去にどれだけ入念な調査をしていようとも、脳喰らい達は未来を見通すことは出来なかったのだ。彼らの味わう脳髄には所詮過去しか詰まっていない。それで全てを知ったつもりでいた連中は、その驕りにより身を亡ぼすのだ。
「──馬鹿な!」
ついにその表情から余裕が剥ぎ取られたマインド・フレイヤー達だが、今やその驚愕した一瞬こそが彼らの命取りとなる。弾丸のように飛び出した俺は彼らを覆う防御フィールドへと接近し、再び竜翼による攻撃を見舞う! あれほど強固に思えた障壁はまるで風に吹き散らされる煙のように消えていく。だがまだ俺のターンは終わらない。《セレリティ》により加速した意識の中で俺はさらに呪文を組み上げる。《呪文二重化》された《リミテッド・ウィッシュ》が《ハロウ》の効果をエミュレートし、この広間に定着した《アンハロウ》を相殺したうえで上書きするように現実を改変していく。今や瞬間移動を阻害されたのは俺達ではなく、このマインド・フレイヤー達となったのだ──そして彼らの死を告げる天使たちが舞い降りる。
「お前たちを刻むのにわが宿命の斬撃は不要──」
「さあ、鬼ごっこの役回りはこれで入れ替わりだ! ノロマな奴からその体に穴が開く──まずはどいつからだ?」
双刃が、数多のナイフが煌めいて脳喰らい達の命を刈り取っていった。《魔導士退治》の能力は超能力者達にも有効であり、彼らは満足に力も震えぬまま1人また1人と物言わぬ骸と化していく。サイオニック能力に頼り切り万事をその圧倒的なパワーでねじ伏せてきただけに、いざその能力が封じられてしまえばあとは脆いものだった。勿論、幾人かは攻撃を受けながらも間合いから逃れ、俺へとその超能力を振るった。だが、俺が両手に嵌めた精神作用を遮断する指輪の数は4つ。その全てを無効化するほどの手数が彼らには無く、無為な行動を最後に倒れていく。
もし彼らがウォーフォージド・タイタンに頼らず、そのサイオニック能力を全面に押し出してこの広間での決戦に臨んでいればまた違う結果になっただろう。バラーネクは1体で俺とメイをあそこまで追い込んだのだ。生け捕りが目的だったために本気ではなかったとはいえ、あの手数と圧倒的なサイオニックエネルギーは脅威だった。例え実力が一画落ちるとしても、5体ものエピック級マインド・フレイヤーと真正面からぶつかればこちらも無事では済まなかったはずだ。
だが自分たちのリスクを避けるために安全圏と信じた場所から設定した盤上にウォーフォージド・タイタンを配し、それに頼った彼らはその盤をひっくり返されたことでかくも容易く討ち取られてしまった。想定外の不意打ち、それがこの世界において戦闘の趨勢を決定する重大な要素であることが示されたという事でもある。
だが同じ手はイスサランには通用しないだろう。いまだ姿を見せない狂気の領域のエグザルフ。だが今や残るマインド・フレイヤーの数は2体となり、人数でこちらが逆転することとなった。ならばあとは戦力差で押しつぶすのみ。
奇襲を警戒し、一度セキュリティ・トンネルへ戻ってから残る他の認証を確保してから再び広間へ戻り、先へと続く最後のセキュリティ・トンネルを通過しても敵は姿を現さない。ゲームであれば再び元素のエネルギーを撒き散らす罠が満たされた区画だったはずの通路は、マインド・フレイヤーの食料やウォーフォージド・タイタンの材料となったのかその操作するオーガ達を失って侵入者に対してその役割を果たすことなく沈黙を保っている。
そして到着したのは本来であればイスサランの座す広間──だがそこにも彼の姿はない。先ほどのマインド・フレイヤー達の言葉通り、さらに奥にある次のクエストの間──"タイタン・アウェイク"の舞台に引き籠っているのだろうか。
だが俺達にもここで引き返すという選択肢はない。2度とこの"トワイライト・フォージ"を巡って戦いが起こらないようにするためには、その奥の間にあるスキームを破壊しなければならないからだ。
その目的を果たすべく、俺たちは最後の区画へと足を踏み入れる──。