ウォーフォージド・タイタンの砲口から放たれた一撃が、リランダー氏族の塔の頂上へと炸裂した。直径3メートルほどのエネルギーが照射されたその火線上の物体は蒸発し、周囲の構造物が外壁に衝突しながら落下していく音が会議室に響き渡る。既にマインド・フレイヤーが退去したことで《グレーター・コマンド》の強制作用からは開放されたはずだが、残されたハーフエルフ達の動きは鈍かった。最も素早く立ち上がったラース・ヘイトンが周囲へと激を飛ばす。
「おい、まだ念話が通じる相手がいるなら避難勧告を出すんだ! ぐずぐずしているとこの塔の崩落に巻き込まれるぞ!」
荒事をくぐった経験の差か、彼はまだ床にへたり込んでいる氏族のお偉方に遠慮無く指示を出していく。だがその彼の声を掻き消すようにさらなる轟音が響き渡る。跳躍したタイタンが、先ほど砲撃で吹き飛ばした塔の最上部へと飛び移ったのだ。だが鋼の巨兵の行動はそれでは終わらない。おそらくは左腕に備えられた巨大なハンマーを使用しているのだろう、何層か上の構造部が破壊されていく音と振動が響いてくる。そう時間をおかず、この会議室までその破壊が及ぶだろうことは明らかだ。
「駄目だ、外はクロスボウを構えたバグベアどもが飛び回っている! 飛び降りたんじゃいい的だぞ!」
いっそ飛び降りて《フェザー・フォール》などの落下を制御する呪文を使用したほうが安全、そう考えたのか窓に取り付いたハーフエルフが悲痛な叫び声を上げた。先ほど突入してきた氏族の護衛を処理した部隊だろうか、確かに窓の外には《フライ》の呪文で飛び回っているバグベアの小隊の様子が見える。
「なるほど、連中は俺達に階段を使ったタイタンとの追いかけっこをご所望のようだな。
少なくともクソッタレなマインド・フレイヤーの瞬間移動を阻害するパワーの範囲外まではそうやって離脱するしかなさそうだ。
さあ、立つんだ! 幸い《ヘイスト》の呪文の用意はあるが、ぐずぐずしているとここでぺしゃんこにされてしまうぞ!」
ラースはそういってスクロール・ホルダーから一つの巻物を取り出す。おそらくは先ほど彼の言った《ヘイスト》の巻物だろう。その付与を受ければ通常の倍ほどの速度で走ることが出来る。それはここから避難するのに十分な助けとなるだろう。
起き上がったリランダー氏族のメンバーがラースの元に集まっていくのを横目に、俺は会議室の扉を蹴り開けて外に出た。左右を見回してバグベアのニンジャが潜んでいないことを確認し、室内に声を掛ける。
「ラース、俺達はあの脳食い野郎を追い払ってくる。ここにいるVIP達のエスコートは任せたぞ。
戦闘が始まれば転移妨害を行う余裕はなくなるだろうが、塔の中にもバグベアが残っている可能性はある。
"幽遁の術"で不可視化かエーテル化しているかもしれない、奇襲には気をつけろよ」
おそらく外にいるバグベア達はレストレス諸島のオーガ部族の首領、ゴーラ・ファンに仕える近衛部隊だ。《テレポート》の能力を付与した黒いマスクが特徴で、そのアイテムとニンジャの技術により神出鬼没を地で行く精鋭部隊。彼らが支配されているのか同盟者であるマインド・フレイヤーに協力しているだけなのかは不明だが、少なくとも今の俺達に友好的ではあり得ないだろう。
「──わかった。私も念話でアマルガムを呼び寄せてはいるが、転移妨害のために工房からここまで来るにはまだ時間がかかるだろう。
すまないがそれまでの間、持ちこたえてくれ」
ラースはそう申し訳なさそうに話しながらも巻物を起動させた。何人かのハーフエルフはその効果を受けるやいなや、廊下へと飛び出して一目散に階段へ向けて走っていく。先ほどの俺の言葉を聞いていなかったわけではないだろうが、待ち伏せの恐怖よりも頭上に迫るタイタンの恐怖のほうが遥かに強いということなのだろう。そんな中でも俺たちをここに招いたオーレリアは廊下まで出てくるとこちらへと声を掛けてきた。
「こんなことになってしまい、大変申し訳無く思っています──後ほど、改めてゆっくりとお話をさせてくださいませ。
リランダーの名にかけて。あなた達の働きに報い、あの異形たちへ鉄槌を振り下ろすことをお約束いたしますわ」
そういってこちらに笑みを見せるほどには余裕を保っているあたり、やはり一角の人物だったのだろう。こちらとしてはとしてはあのマインド・フレイヤーを呼び込んでしまったことには俺達にも原因の一端があるのは明らかであるため、彼らを責める気持ちにはなれない。だが彼らがホストである以上、この場で起きたことの責任が彼らに帰属するのは仕方のない事なのだ。
「その時を楽しみにしていますよ、レディ。ではまた後ほどお会いしましょう」
そう言葉を掛け合うと、お互いが背を向けて走りだす。天井からは徐々に破砕音が近づいてきている。丁寧に1フロアずつを粉砕しながら徐々に下へと向かっているようで、その進みは早くない。だがそれは外にいるマインド・フレイヤーの胸先三寸で如何様にでも変化するだろう。直下への砲撃を行えばその一撃で塔が半壊し、誰も逃げ遂せることが出来ないのにわざわざ追い詰めるようにハンマーで塔を崩しているのは宣言した通りの恐怖を味あわせようとしてバラーネクが遊んでいるからに他ならない。
その余裕を剥ぎ取り、叩き潰す。このコルソスを再びマインド・フレイヤーによって蹂躙されぬように、俺はこの場であのマインド・フレイヤーを取り除くことを決意したのだった。
ゼンドリック漂流記
6-6.シックス・テンタクルズ
円弧を描いて水平に伸びていた空中桟橋が、支えを失って落下していく。降下しながらも自重に耐えかねて空中分解を起こしたそれらは、巨大なものは二階建ての小さな家ほどの大きさとなって塔本体へと接触する。幸いにも外壁が削られただけで塔そのものがその衝撃で崩壊することはなかったが、内部で階段を駆け下りているラース達はさぞ心胆寒からしめられただろう。
だが俺達は彼らに意識を向けている余裕はなかった。眼前にこの崩壊の原因となったマインド・フレイヤーを迎え、背後ではウォーフォージド・タイタンが塔を破壊している。下の方で塔の周囲を飛び回っているバグベア達はこちらに手を出すつもりはないようで、空中へと飛び出した俺とメイにリアクションしてくることはなかった。だがそれは何の慰めにもならない。このマインド・フレイヤー1体で、足元のバグベアを何十体集めても抗し得ない戦闘力があることは明らかなのだ。
「──ようこそ、観劇の特等席へ。ゆっくりと見ていくといい。馴染みのある者達が叫び、恐怖し、絶望に囚われて果てていく様を」
自身の優位を疑っていないのだろう、バラーネクは先程までの敵意と打って変わって余裕のある仕草で俺たちを迎え入れた。こうして改めて見てみれば、この異形は並のマインド・フレイヤーよりも一回り以上大型であるようだ──《Ulitharid/ウリサリド》。マインド・フレイヤーの中でも特殊な変異種だ。上背が高いだけでなく、通常の4本に加えて非常に長い2本の触手がその口腔の周囲から生えているのが特徴的だ。
「馬鹿なことは考えないほうがいいと警告しておこう──猊下は貴様に温情を示されたが、それはあくまで我々の邪魔をしないという前提の上のことだ。
私が任された"教育"を妨害するというのであれば、降りかかる火の粉を払わねばならぬ──」
マインド・フレイヤーは人型生物に、触手を生やしたオタマジャクシのような幼生が寄生することで成体となる。宿主の耳から体に潜り込んだ幼生はその脳を喰らって肉体を支配下に置くと、徐々にその器を異形へと作り変えていくのだ。そうして生まれたマインド・フレイヤー、その100体に1体ほどかあるいはもっと少ない割合で生まれるのがこのウリサリドだ。稀少なだけではなく強力な念波能力者であるウリサリドは共同体の中でも指導者的な役割を占め、その精神性は高慢極まりなく同胞が奴隷種族を見下すように他のマインド・フレイヤー達をも見下しているという。
そんな存在が得意の念視に反撃を受けて殺されるという無様を晒した上で仲間に蘇生を受け、その屈辱の原因となった俺の前に立っているのだ。その心中は容易く想像できる。平静を保っているように見えて、このマインド・フレイヤーはどうやってその汚辱を濯ぐべきかを考えているだろう。
「今更上っ面を取り繕うなよ、化け物。手を出したくて出したくて仕方がないって気配がその気味の悪い触手の動きからダダ漏れなんだよ。
──安心しろ、その無駄にデカイ顔に、きっちりと恥の上塗りをさせてやる」
「Kuha%#"、期待通りだぞ、手間を省いてくれたことには礼を言おう! 褒美にとびきりの絶望をプレゼントしてやるぞ、ヒューマン!」
俺の挑発の言葉に、バラーネクは喜色も露わに応えた。その触手だけでなく周囲の空間すらもがその狂気に歪んだ感情の影響を受け、捻じ曲がっていく。その姿が歪んで見えるのは目の錯覚ではない。そしてバラーネクの体が二重に映り込んだかと思えば、直後には異形は2体に分裂を果たしていた。《フィション/分裂》、自身の超能力を分割し複製を作り出すパワーだ。人数の不利を補おうという考えなのだろう、さらに先ほど会議室で見せた《シズム/分離》によって精神を分割すればさらに倍。それぞれが《高速化》により並列化してパワーを使ってくることを考えれば、このバラーネクは1体でありながらもその忌々しい触手と同じ、6倍の手数を行使してくるということになる!
勿論複製体は創造直後はパワーによる強化を受けていないため本体よりも倒しやすい。だがバラーネクはこの展開になると考え、予め複製体を仕込んでおいたのだろう、既に分身は本体同様に強力なサイオニックのパワーの数々に包まれていた。先ほど分裂したように見えたのは瞬間移動で本体に重なるように移動してきたためだろう。いつもであればメイの周囲に展開されている転移妨害の術式がその出現を遅らせるのだが、リランダー氏族に招待されている身として今日はその呪文を使用していないことが仇となった形だ。
だが、倒すべき2体が近い位置に纏まっているというのはこちらにとってありがたい事だ。一つの呪文で双方を巻き込めるのであれば、その分威力に重きを置いた攻撃を行うことが出来る。
「御免被るね、早々にカイバーに帰りな!」
挨拶代わりに放ったのは定番の呪文である《スコーチング・レイ/灼熱の光線》だ。従来の火に加えて酸を付加されて宙を切り裂く6条の光がバラーネクへと向かう。一撃で200前後のダメージを叩きだす致死の火線。だがそれはマインド・フレイヤーが展開した力場の障壁によって遮られた。《フォース・スクリーン》、秘術の《シールド》呪文に相当する基本的なパワーだ。だがバラーネクの尋常ではない精神力を注ぎ込まれたその障壁は、もはや盾ではなく壁といっていい規模でマインド・フレイヤーの体を守っている。普通の盾使いであればその支えた手ごと焼き溶かし尽くしただろうが、この異形は力場の障壁を巧みに操ることで火線を逸らしていた。明らかに対呪文攻撃用に習熟しているその動きは、熟練した戦士の技量を備えていることを示している。
「クク、その程度ではどれほど打とうが私には届かんぞ──」
そして技量だけでない、超能力者としての直観が恐るべき精度での"先読み"をバラーネクに与えている。《プレコグニション/予知》により知覚能力が時間を超え、数瞬先の未来を感じ取れるようになっているのだ。有効な打撃を入れるどころか、触れることすら困難な鉄壁。莫大なサイオニック・エネルギーを戦闘に注ぎ込むことで、一時的ではあるが俺を超える防御能力をバラーネクは得ているのだ。
「さあ、返礼だ、受け取れ──くれぐれも、そう易易と死んでくれるなよ?」
そういってこちらを睨むバラーネクの視線に殺気が集中する。それを感じた俺が身を翻すのと同時、殺意が現実をねじ曲げた。空間そのものが圧縮される。強烈なテレキネシスが力場となって襲いかかってきたのだ。遮蔽物のない空中で視線から逃れることが出来ない以上、この攻撃を避ける術はない。だが全身を蝕む衝撃はその分低く、即死するようなものではない。俺なら10発程度であれば耐えることも出来るだろう──だがバラーネクの手数は通常の6倍。それが俺を死へと一気に近づける。
「トーリさん!」
メイがその状況を察し、お互いを包むように《フォッグ・クラウド》を発動させる。発生した霧がお互いの視線を遮り、念動力を封じる。高所であるがゆえに微風が絶えず、そのうち吹き散らされてしまうだろうがそれまでの間は視界を塞ぐことが出来る。専門外にも関わらず即座に敵のパワーを見抜き、対応策を実行するあたりはメイならではといったところか。俺と彼女はシャーンの地下での戦闘以降、サイオニック系の知識も収集してきたのだ。その成果の一端が現れたのだ。
「ハハハ、まだまだこれからだぞ! 傷に怒り、憎しみを育てろ! その全てを恐怖が折り砕き、絶望が塗りつぶすのだ!」
だが、無論敵も即座にこちらの動きへと対応してくる。俺は霧の中に突っ込んできた複製体がその掌をこちらに向けたのを気配で察した。そこに強烈な思念のエネルギーが注ぎ込まれ、意志力が物理法則に干渉して歪めていく。その結果として生まれたのは何千何万という、小さなクリスタルの欠片だ。その水晶の群れは円錐形に広がりながら全てを切り裂いていく。距離がある程度離れればその殺傷力は一気に落ちるが、小さな霧の中に留まっていては水晶片が全身に突き刺さるのは避けられない。メイが割り込むように発動した《ウォール・オヴ・フォース》がその噴出を妨げる。
だがそれは敵のパワーを封じたのではなく、一方を壁で塞いだだけの一時凌ぎだ。複製体は霧の中に突入してきた運動エネルギーを超能力で捻じ曲げるとその壁を回りこむように位置を変え、再びクリスタル・シャードを放ってきた。《シズム》による分割された精神から放たれたもののためか、先ほどの噴出よりも放たれる水晶の細片の数は少ない。だがそれは肉体的に劣るメイの体力を削るには十分な威力だ。回復することなく立て続けに数度も浴びれば、それで戦闘不能に追い込まれてしまうだろう。
反撃にこちらが放った《ファイアー・ボール》や《ホリッド・ウェルティング》などの範囲攻撃呪文は、その予知めいた洞察により無効化されるか待ち構えていたバラーネク本体が創り出したエクトプラズムの障壁によって効果線を遮られていく。相手が行なっているような"必中"で"抵抗不能"な確実にダメージを与える呪文も秘術には存在するが、そういった《マジック・ミサイル》系あるいは《アイス・ストーム》といった呪文は与ダメージが少なく相手の回復量を上回ることが出来ない。回復に相手の手を割かせるという意味では有用ではあるのだが……。
「私が受けた痛みと屈辱はそんなものではないぞ──悶え! 苦しみ! 血と涙を垂れ流せ!」
高位の呪文を撃ちあうとき、勝敗を分かつのはやはり"手数"の差だ。相手の攻撃の無力化と自身の攻撃という2つの手札をお互いに相殺し合い、すり抜けた攻撃が敵をすり潰していくのだ。だが今こちらは数の上では優っていても、手数で劣っているために押されている。一気に決着がつかないのはこちらが決定的なパワーの行使を許さないように対処しているためだが、何よりもバラーネクがこちらにダメージを蓄積させて徐々に弱っていく様を楽しんでいるというのもある。[精神作用]に対するこちらの備えを察してか、得意であるはずのテレパス系のパワーを行使してないにも関わらず敵の優位は揺らがない。
これだけの脅威であるマインド・フレイヤーが11体も存在し、しかも呪文で構築された仮初の肉体は破壊しても本体に影響を与えない。破壊せずに肉体を石化させたとしても、《アストラル・プロジェクション》を解呪すればその仮初の肉体から意識が抜けだして本来の肉体に戻るだけだ。バラーネクが遊んでいるのもそういった余裕があるからなのだろう。自身は安全圏に身を置きながら、圧倒的なパワーで蹂躙する。全くもって忌々しい敵だ。
「きゃっ!」
突如発生した強風が霧を吹き散らし、姿を表したメイに念動力が襲いかかった──いや、いまの風すらバラーネクの超能力により生じたものなのだろう。本体から発された《コンカッション・ブラスト》がメイを打ち据え、さらに迫る複製体はその掌に水晶片を生み出そうとしている。だがその直前、メイへのダメージが一定値を越えたことで彼女が自らに付与していた非常用呪文が起動した。複製体を包み込むように力場の障壁が展開され、《スウォーム・オヴ・クリスタルズ》は遮られたことで虚しく中空を叩いて砕け散った。そして再び彼女を中心に霧が発生していく。俺はその中に飛び込みつつ、同時に彼女の傷を呪文で癒し始めた。
相手の能力はこちらが予想していた以上に鉄壁だ。さらに単発のパワーはまだしも、付与に回されている超能力の類には解呪抵抗が施されていてメイですらかなりの運任せでなければディスペルできそうもない。《アンティマジック・レイ》は命中すれば一撃で本来の肉体に送還するが、俺では未だに手の届かない呪文である上にメイの射撃能力であの障壁を超えて命中させるのは至難の業だ。フィールド型のアンティマジックエリアは俺達の飛行能力すら中和してしまうため、この高空に留まっているバラーネクを巻き込むことが出来ない。
瞬間最大風速でここまで極端な戦闘能力を発揮する超能力にも弱点はある。それは継戦能力だ。威力が強力な分、消費するリソースの量も莫大であり、さらに手数が六倍とあればそれに応じたパワーを消耗する。だがこのままでは敵がエネルギー切れになる前にこちらが押し切られてしまいそうだ。
「そうだ、お前たちは自分が傷つけられるよりも仲間を傷つけられたほうが応えるのかも知れぬな。
ならば今日はその女を甚振るとしよう。そして明日からは同胞に追われ、自らの行いを後悔することになるのだ。
縁のある都市、北の大陸で人の群れる街などを1つずつ"ウォーフォージド・タイタン"で焼き払おう。
そして告げよう。我らの前に貴様を差し出せ──それが果たされる時まで鉄の兵による蹂躙は続くとな!」
こちらの反応を楽しんでいるのか、今度は霧の中に複製体を突入させることもなくバラーネクは言葉を投げかけてくる。なるほど、他人の感情を糧とするマインド・フレイヤーらしいやり口だ。人類同士で争わせて高みの見物と洒落込もうというのだ。万が一コーヴェア全土を敵に回しても、自分たちであれば如何様にでも対処できると考えているのだろう。そしてこの超能力とタイタンのことを考えれば、それが思い上がりではないことも理解できる。それを間違いだと言葉で正す必要はない──ただ結果で示すだけだ。
「──そんなことはさせません!」
傷の治療を受け、体勢を整えたメイが霧を突き破って飛翔した。広範囲の攻撃は遮断され、光線系の呪文は反らされる──ならば、直接ゼロ距離から呪文を叩きこめばいい。だがそれは勿論危険な賭けだ。超能力による未来視は当然近接戦闘にも有効であり、接近戦では敵にはウリサリドとしての体格、そしてマインド・フレイヤーの危険極まりない触手があるのだから。
「そうだ、その怒りだ! それをもっと私に味あわせろ!」
バラーネクはそう叫んでメイを迎え撃つ。だがその視野が狭まったようなことはなく、複製体をこちらに向けて俺がメイのフォローをしようとしたのを妨げてくることも忘れていない。一対一であれば自身の優位は揺るがないと考えているのだろう。そしてその考えは概ね正しい。メイの腕はひときわ長い異形の触手に絡め取られ、体ごと引き寄せられた。
「その感情が恐怖と絶望に転じる瞬間こそが最上の美味──さあ、お前はどんな死に様が望みだ?
ここでその脳を食い尽くされるか、我らが走狗と成り果てて同胞に弓引かされた後に殺されるか?
それとも指先から少しずつ削り取るようにオーガに与えられ、最後に残された首を踏み潰されることを望むか?」
他の触手たちもが次々とメイに群がっていく。特別大きな二本が彼女の体を束縛し、残りの4本はメイの頭部を包み込むようにして固定している。マインド・フレイヤーが対象の脳を貪る際に見せる構えだ。このまま放置していれば数秒後にはバラーネクの口がメイの頭部に穿孔を穿ち、その脳を貪り尽くすかもしれない──勿論、そんなことを許すわけがない。
眼前に立ち塞がる複製体が放つ水晶の群れを、その只中を負傷しながらも突き抜けることで突破する。先程までは《ウォール・オヴ・フォース》などで遮ることで防いでいたのだから、突然の方針展開に敵は意表を突かれた形だ。だが高い知性を有するマインド・フレイヤーは即座に思考を切り替え、続けざまに攻撃パワーを叩きこんできた。霧を脱出したことで視線が通るようになり、《コンカッション・ブラスト》による衝撃波が体を揺さぶる。だがメイに比べれば遥かに打たれ強い俺はその程度で落とされることはない。そうやって辿り着いたのはバラーネク本体の背後だ。
「遊びは終わりだ──彼女は離してもらうぞ!」
メイに組み付いた状態になっているバラーネクはその動きに制限が加わっている。いかに未来予知めいた洞察力を得ていても、彼女を抱えたままでは反応に限界がある。メイの特攻はこの状況を作り出すための策だったのだ。だがバラーネクはそれでも自分の優位を疑っていないのだろう。メイを縛り付けたまま、念動力の盾をこちらに向けてくる。それが突き出した俺の掌底を遮り──俺はそのままその障壁を殴りつけると体をその内側へと潜り込ませた。接近戦で相手の盾を無効化する《盾封じ》と呼ばれる技法だ。先ほどレベルアップ処理をすることで手に入れた技術であり、いくら俺のことを調べていたとしてもこんなことが出来るとは思っていないはずだ。洞察による回避を防ぎ、盾を無効化した。そしてバラーネクには《イナーシャル・アーマー》による反発力場の鎧と、《シックン・スキン》で大幅に硬化された外皮という護りが残されている。
だがその双方はあくまで打撃や斬撃などの攻撃に備えたものだ。"触れるだけ"で発動する接触呪文にその護りは通用しない。ゆっくりと差し出した左の掌がバラーネクの背中へと触れ、そこから莫大な負のエネルギーが発生した。《エナヴェイション/気力吸収》、有名所で言えばヴァンパイアの生命力吸収と同種の効果。だがその威力は桁が一つ違う。《呪文威力強化》《呪文威力最大化》《呪文二重化》など様々な特技で強化されたその魔法は、一撃で15ものレベルドレインを引き起こす──!
「──貴様、よくも!」
「メイ、今だ!」
振り返りこちらに《コンカッション・ブラスト》を放ちつつも、並行して負のエネルギーを癒そうとするバラーネクの反応は流石と言える。だが《セレリティ》で加速されたメイの反応はそれを超えていた。いつの間にか彼女が取り出していた巨大な濃紺と黒の縞混じりの宝石──カイバー・ドラゴンシャードを基点に彼女の組み上げた呪文が起動する。
「"彼の者を捕らえよ!!"」
単純極まりない言霊に、しかし篭められた力は莫大なものだった。精緻極まりない魔術回路から発されるエネルギーは吸引力となってバラーネクを包み込み、その"魂魄"をカイバー・ドラゴンシャードに封じようとする。《トラップ・ザ・ソウル》──宝石に対象を封印する第八階梯の秘術だ。
だがバラーネクが長い間積み重ねてきた超能力者としての年月と経験が、大規模なレベルドレインを受けてなおこの呪文に拮抗している。広がって波打つ触手はまるで空間そのものを掴んで吸い込まれまいとしているかのようだ。だがその"空間"そのものが砕けたかのように触手は支えを失い、乱れ打った。彼の体はクリスタルの内側へと閉じ込められる。
「何!」
驚きを示したその表情のまま、ウリサリドのマインド・フレイヤーはカイバー竜晶へと吸い込まれていった。実はバラーネクは俺たちに挟み撃ちされた時点でプレコグニションによる洞察を失っており、その際に発生した知覚のズレに対して俺が発動した《リミテッド・ウィッシュ》が干渉し、バラーネクの知覚を誤魔化していたのだ。この異形が抵抗しようとしていたその時には既にメイの呪文は完成し、その霊魂を捕えていた。彼のしたことは、封じ込められた水晶の内側で手足を突っ張っていたようなものだ。表面に張り付く程度の効果はあれども、長くは保たずにその深淵に囚われることになった。魂を同じくする複製体もが本体に引きずられるように封印されてくれたのはありがたい。
本体が死亡して複製体が遺っていた場合、複製体が本体として扱われる──だが今本体は死亡したのではなく竜晶内部の異空間に囚われた状態であり、"複製体"が残っていれば逃げられてバラーネクが意識を一部とはいえ取り戻すようなことになる可能性があったのだ。だがその心配は杞憂に終わった。
この呪文は文字通り、"魂"を封印するのだ。魂を封印されれば本来の肉体にかけられた《アストラル・プロジェクション》を解呪しても肉体が動き出すことはない。そこに魂が戻ることはなくなった以上、永遠に不活性状態を保ち続けるだろう。仮初の肉体で活動することで安全圏に身を置いていたつもりだろうが、考えが甘い。単に破壊あるいは死亡させるだけであればもっと別の手っ取り早い手段を用いている。長々と戦っていたのは相手の力量を測り、奇襲の一撃を不可避のものとするための仕込みに過ぎなかったのだ。
バラーネクの敗因は明らかだ。100を越えるACにどのような呪文にも抵抗し得る強靭さ、そして万物をねじ伏せる念動力。いままで苦戦などしたこともなかったに違いない。それ故にその護りが突破されることなど考えたこともなかったのだろう。格上との戦闘による苦い経験がないことがその慢心を産み、この敗北に繋がったのだ。
こちらの狙い通りマインド・フレイヤーが片付いたことで空は一端の静けさを取り戻した。だがそれはすぐにウォーフォージド・タイタンの塔を砕く音によって乱される。創造主が消えてもなお、あの鋼の巨兵は動きを止めることなく主命を遂行し続けているのだ。あれを倒さなければならない。
「さて、もうひと頑張りだな。メイ、いけるか? 念のため増援を警戒してほしい」
彼女から受け取った竜晶をブレスレッドに収納しながら声をかけると、彼女は取り出したハンカチで頬を拭いながらも言葉を返してきた。
「呪文のストックはまだ大丈夫です。このヌルヌルしたのを早くお風呂に入って落としたいですし、ササっと片付けちゃいましょう!」
作戦の一環で先ほどバラーネクの触手に触れられた際、その粘液が付着したことが気になっているのだろう。本来であれば転移妨害の呪文を使用したいところだが、あれは起動に10分は必要なものであるから今回は間に合わない。彼女には転移突入してきた敵に対するカウンターをお願いすることになる。
(ラース、聞こえるか! マインド・フレイヤーは対処した、もう転移を阻害されることはない。タイタン戦の援護を頼む)
(承知した。こちらも無傷とはいえないが五体満足ではある。特殊装備を整えたアマルガムを向かわせる。くれぐれも無茶をするなよ)
こちらの《センディング》に対してラースが返事をそう寄越してきたのとほぼ同時、塔の直上に大型の物体が転移してきた。それはマインド・フレイヤーの増援ではない。ラースの用意した援軍、彼の忠実なウォーフォージドであるアマルガムだ。だがその姿は大きく異なっている。背中から肩にかけて取り付けられたパーツが彼の大きさを一回り以上に大きく見せているのだ。ラースの工房にあった"ウォーフォージド・タイタン"の素材を流用したというそれはひどく無骨で、また仮組みの段階でもあるためか秘術回路を象った銀の配線もむき出しのままだ。これらの機能は全てタイタニック・ドセントを使用するための機構だ。通常のウォーフォージドの発生させるエネルギーでは十分に起動し得ないそれを、一時的にとはいえ操作するための増槽なのだ。単体のウォーフォージドの出力で足りないのであれば、普段からエネルギーをプールしておき必要な時に一気に解放すればいいのではないか。そんなコンセプトで昨日試作品として完成したばかりのそれは、当然試運転すらまだ行われていない。だが一日間の着用で最低限必要なエネルギーはチャージされている。ぶっつけ本番での実戦となるが、この際仕方がない。
「トーリ様、突入の援護をお願い致します。また現在の試算では起動後、有効な時間は5秒ほどになります。
それ以上は自壊、暴発の恐れもありますので避難を推奨いたします」
淡々と述べるアマルガムだが、勿論そんな危険を侵させるつもりはない。
「十分だ。それじゃあ少し距離をおいて追従してくれ。タイタンの間合いには入らないように注意してくれよ。
メイ、サポートを頼んだぞ!」
各自の準備が整っていることを確認し、俺はタイタンへと向かって飛翔を開始する。少し遅れてアマルガムが、砲撃を警戒して一直線にならぬように続いている。メイは高度を高く取り、周囲を警戒しながらバラーネクが敗れたことで統制を乱したバグベアの遊撃部隊のうち、射程範囲内にいる集団を攻撃呪文で焼き払ってこちらへと近づけないようにしている。
お互いの距離が60メートルを切ったあたりでタイタンがこちらへと向き直る。足元に叩きつけていたハンマーを止め、その左腕をこちらに突き出すために後方へ引き戻している。その肘部から空薬莢が吐き出され、3枚の刃が高速回転を開始した。だがそれは地下港で相まみえた時となんら代わり映えの無い攻撃だ。不規則な高速回転は確かに厄介な攻撃だが、既に何度も学習し呪文によるサポートを受けている俺にとっては脅威足り得ない。射程内に突入した途端、弾丸のように突き出される左腕。だが既にその機械独特の攻撃範囲を熟知している俺にとってはテレフォンパンチだ。その刃の最大展開角度を僅かに超えるような軌道を描き、懐まで潜り込む。今の俺はタイタンの巨大な胴体、その真上に取り付いたような状態だ。そこで俺は準備していた呪文を解き放つ。
「"来たれ"!」
コマンド・ワードにより起動した呪文が、タイタンの射程外で待機していたアマルガムと俺の位置を入れ替える。バラーネクがいては転移妨害により成し得なかったであろう転移による位置交換だ。そうしてタイタンに触れ得る距離まで安全に接近したアマルガムが、そのドセントのパワーを開放する!
青い光。タイタンを薄く包むその防御フィールドが、アマルガムの起動したドセントのパワーによるフィールドと干渉する。だがお互いがその完全な球形を示した瞬間、アマルガムを包むフィールドが色を変え、お互いを相殺するように混じり合い始めた。じわりと波紋が広がるように、球形のフィールドが色を失っていく。接触距離まで近づかなければ干渉は不可能という制限をクリアし、タイタンのフィールドが中和されていく。その一瞬を逃さず、俺は攻撃呪文を立ち上げる。
殺到する12条の火線が、タイタンのその巨躯をもいでいく。アマルガムの周囲を避けて突き刺さったその攻撃は腕や脚部の付け根を焼き溶かし、さらにセンサーが集中しているとおもわれる頭部を貫通した。莫大な熱エネルギーと酸を受けたことで、半ばまで崩壊した塔の最上部に、太古の錬金術で創り上げられた貴重な成分が融解し広がっていく。内蔵されていた薬莢が散らばり、爆発して熱を放射した。
俺がこの世界に持ち込んだ、本来有り得ざるアイテム"タイタニック・ドセント"とそれを分析したラースの知恵が、現代に蘇った『夢の領域』の兵器を打倒したのだ。
「おいトーリ、少しやり過ぎじゃないのか? これじゃ無事なパーツを探すのに一苦労だ!
アマルガム、こいつを工房へ運ぶぞ。あそこに浮いている飛空艇に出来るだけ詰め込むんだ!
下に集まっているリランダー氏族の船員達に手伝わせるぞ!」
その偉業に気付いていないのだろう。逃げていた残りのメンバーを避難させ終えたのか、転移で駆けつけてきたラースはやってくるなりタイタンの破片を見て大騒ぎだ。彼からしてみればまさに宝の山なのだろうからその気持ちは解らないでもない。とはいえ相手のヒットポイントがどれくらいか判明していなかった以上、このくらいのオーバーキルは許してほしいものだ。
それにこの程度の騒ぎはまだ序章にすぎない。"黄昏の工廠"には俺の知識ではまだ10体のマインド・フレイヤーが残っており、彼らとは明確に敵対していくことが決まっている。ウォーフォージド・タイタンとはまだこれから何度も戦うことになるだろう。それにバラーネクの発した脅しの言葉、それは明日にでも現実になっても可笑しくないものだ。これからの出来事こそが寧ろ本番といえよう。
次の戦いまでの猶予時間を一刻足りとも無駄にする訳にはいかない。俺はラースとアマルガムに事後処理を任せる旨を告げると、メイを伴ってストームリーチの我が家へと転移で向かうのだった。