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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 6-1.パイレーツ
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:5a399a21 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/08 19:29
「いやあ、久々に胸のすくような気持ちの良い航海だった。

 はは、ルーグの奴は今頃ドルラーで驚いているだろう。ああ、いい気味だ!

 君の指揮を受けた部下たちはまるでディヴァウラーが乗り移ったかのように戦った。

 唯一の心残りは私自身の手で奴に引導を渡してやれなかったことだが、些細な事だ」


目の前の男──リフリー船長はまさに破顔一笑といえる清々しい表情で俺を労った。彼はストームリーチとコーヴェア大陸の間で物資を運ぶことを生業としている中堅どころの商人で複数の船を切り盛りしていたのだが、ここ最近頻発している海賊被害でその内のいくつかを失っていた。それがルーグというオーガが率いる海賊の仕業によるものであると突き止めたリフリーは、罠を仕掛けてその仇敵を始末しようと考えた。貨物ではなく船員を満載した船で、ストーカーのように彼の船に襲い掛かってくるルーグ海賊団を迎撃しようとしたのだ。だが彼の配下は戦闘の経験があるとはいえ本業は水夫であり、数だけでは本職の略奪者に敵わないかもしれない。そこでスリーバレル湾の港に居合わせた俺が護衛として雇われたのだ。

勿論俺がその気になれば海賊船が視界に入った時点で粉々に吹き飛ばすことも可能だ。だが船を沈めて海賊全員を海の底に葬っては今までに奪われた積荷の被害を埋め合わせることは出来ない。そこであえて海賊船との白兵戦を敢行し、敵を制圧することとなったのだ。俺がバードの"勇気鼓舞の呪歌"で支援した水夫たちは歴戦の精鋭のような果敢な戦いぶりを見せ、あっという間に敵を切り刻んでルーグ盗賊団の母船を血で染め上げた。押収した海図と捕虜にした船員から得られた情報で拠点を突き止め、リフリーは今までに奪われた物資を利子付きで回収することに成功していた。俺も報酬として海賊団が貯め込んでいた財宝の中から魔法の品を何点か頂戴しており、今回の仕事はお互いにとって良いビジネスだったといえるだろう。


「まだ航海は途中なんだ、気を抜かないでくれよ。ここで補給をしたらストームリーチまでまだ後半分残ってるんだからな。

 補給と休息は予定通り三日でいいんだな?」


俺は浮かれた船長に一応釘を刺しておく。この海域で活動している海賊は勿論ルーグだけではない。それにここからストームリーチまでの間には『シャーゴンズ・ティース』と呼ばれる難所が横たわっている。海の悪神ディヴァウラーの牙とも呼ばれるその海域にはかつてゼンドリック大陸であった大地の欠片がまるで尖塔郡のようにそそり立ち、複雑な海流を生み出している。さらにその巨大な塔は脈動するように動き、不幸な犠牲者を押しつぶしてしまうのだ。ギリシャ神話のアルゴー船を襲ったような浮島が大量に存在しているといえばわかりやすいだろうか。
案内人のサフアグンを雇わなければ必死、そして例え誠実な案内人を雇うことに成功したとしてもディヴァウラーの機嫌が悪ければ決して助からないという船の墓場。しかしコルソス島を経由し、その危険地帯を大きく迂回する航路が開拓されたことでコーヴェア大陸とストームリーチを結ぶ交易は一気に活性化した。航路を誤って、あるいはショートカットしようとしてディヴァウラーの捧げ物となる船は未だに無くならないがそれでも船便の数は膨れ上がった。そして最終戦争の終結で稼業を縮小することを余儀なくされた海賊たちがその新航路に目をつけるのも当然だ。

大部分のそういった海賊はコーヴェア大陸からやってきており、コルソスまでたどり着いてしまえば後のストームリーチまでの間の危険はそれほどではない。だがストームリーチの海賊王達を知らない若い海賊、あるいは恐れを知らない連中がいないわけではない。ここから先には途中で補給可能な港が無く、また船を寄せられるような島なども一切ないことから海賊行為には向いているとはいえないが、一発逆転を狙った愚か者たちに遭遇する可能性は残っているのだ。


「そうだ。私の船員たちもボーナスを使いたくてウズウズしているだろうからな、長めの休みを取ることにしている。

 カーゴには余裕があるし、少しはこの村で仕入れを行なってストームリーチでさばく荷物を増やしたい事情もあるからな。

 勿論その間も船室は自由に使ってもらって構わないんだが、トーリは陸で過ごす予定なんだったか?」


そう問うリフリーに頷きを返す。せっかく来たのだから、顔なじみの店に顔を出すべきだろう。


「それでは三日後の朝、出港の時までに戻ってきてくれ。後半戦でも頼りしているんだ、遅れないでくれよ」


そう告げるリフリーとその水夫たちに腕を振ってしばしの別れを告げ、俺はタラップを降りて三度コルソスへと降り立ったのだった。








ゼンドリック漂流記

6-1.パイレーツ








見る度に拡張されている港の様子は発展途上の街特有の活気に満ちている。埠頭で働いている顔ぶれにも知らない顔が随分と増えているようだ。何人かの顔なじみと挨拶を交わしながら最近舗装されたばかりと思わしき道を歩いて進む。

港からも見えていた巨大なドックには、リランダー氏族のシンボルが大きく描かれていた。4つの稲妻に囲まれ、暗闇から伸びるクラーケンの触手。それはリランダー氏族の始祖である二人のハーフエルフが不老不死のクラーケンとなり、深海から彼らを導いているという伝承に基づいたものだ。この氏族は始祖たる二人を"先覚者"として半ば崇めており、二人がソヴリン・ホストの神々であるアラワイとコル・コランから授けられたというドラゴン・マークに強い誇りを抱いている。

ハーフエルフが自分たちを"コラヴァール(コーヴェアの子)"と呼び習わしたのもその二人のハーフエルフ、リランとセラヴァシュが二柱の神よりその呼称を賜ったからだという。そしてリランの血統を重要視した彼らは本来禁忌であるはずの近親婚を繰り返し、やがて"リランダー(リランの子達)"
と名乗る一つの巨大な血筋を作り上げたのだ。

"嵐のマーク"により水と風を支配するこの氏族は最終戦争の終結後、海賊から船団を守るという名目で多くの軍船を配備している。今最も勢力を拡大している氏族といっても過言ではない。彼らの擁する風工ギルドに所属しない船はなにかと"事故"に見舞われがちだとかいう黒い噂も絶えないし、天候をコントロールする雨乞いギルドが農業だけではなく灌漑システム、ダム、運河、堤防などの公共事業に深く食い込んでおり政治的発言力も高い一方で、内部に始祖を狂信するカルト組織を抱えているなど危険な勢力ではある。だが少なくともこのコルソスにとって今は欠かせない存在であることは間違いない。

このドック以外にも寄港する船の船員向けの娯楽施設などが拡張した港に近いエリアに設けられており、そこで新たな経済が回り始めている。大量の人口が流れ込んだが今のところ好景気に湧いているためか古くからの住人との間でのトラブルなどもないようで、村長のヴィジー・ストールは胸を撫で下ろしていることだろう。


「お、トーリさんじゃないか。久しぶりだね、今日はどうしたんだ?」


「ちょっと仕事でね。暫く見ない内に随分様変わりしてるみたいだけど、シグモンドのところはまだ宿はやっているのかい?」


「ああ。ガランダ氏族の宿が出来たもんだから外から来た連中は皆そっちを使ってるからな。

 先祖代々の建物を手放したりはしてないが、宿としては開店休業みたいなもんさ。

 村の集会所として皆が集まる時以外は閑古鳥が鳴いているから、顔を出してやればあの男も喜ぶに違いないよ」


通りがかった村人と世間話をして村の道を進む。人の出入りが激しくなって繁盛しているかと思えばそんな事は無かったようだ。シグモンドにとっては強大なライバルが現れたということだろうか。とはいえ固定資産税などというものがあるわけでもなく、維持費以外は気にする必要がないのであれば宿屋の営業に固執する必要はない。自分の宿で使っていた食材なども菜園などで自給自足していたものが主だったはずだから、それを繁盛しているガランダ氏族の宿に卸してやればそれで十分に暮らしていけるのだろう。

またリランダー氏族が出資した施設といえども、その全てが氏族関係者だけで占められているわけではない。元からいる島の住民も、大多数がこの新しい港に関する仕事にありついているようだ。彼らの表情は一様に明るく、村を開放した時の喜びとは違った充実した感情を発しているのがわかる。だがその中でも出世頭とでもいうべきはラース・ヘイトンだろう。彼はその秘術技師としての技術を買われて、このドックの実質的な技術責任者として活動しているらしい。

リランダー氏族の代名詞でもある精霊捕縛船だけでなく、海の船も空の船も彼らは基本的にカニス氏族やズィラーゴのノーム達の技術に製造を頼っている。だが彼らはその現状を良しとはせず、優秀な人物を外部から招き入れることに余念がない。とはいえそれはあくまでハーフエルフに限っての事であるはずなのだが、どうやらラースの技術力と他の氏族に属していないという点は彼らにとってその種族に目を瞑ってでも取り込みたいほど魅力的だったのだろう。


「シグモンド、邪魔するよ」


硬い音を立てるウエスタン・ドアを押し開いて"波頭亭"へと入った。カウベルが鳴り響くが、それに応える人影はない。どうやら閑古鳥が鳴いているというのは本当のようだ。とはいえ几帳面な奥方の性格のためか、テーブルや床は磨き上げられており埃などは見当たらない。昼は過ぎたが日が沈むほどではない半端な時間のため、こういうこともあるかとカウンターに近づくとそこには呼び鈴と思わしきものが置かれている。

だがそれを使うより先に、店の奥から人の気配を感じた。酒場の地下の貯蔵庫、かつてジャコビーが逃げ込んだ通路に繋がる扉が開くとシグモンドがその姿を現したのだ。おそらくは入り口のドアを開いた時の音を聞きつけてきたのだろう、作業中だったことを思わせる薄汚れたエプロンと手袋を填めた姿で木製のケースを抱えている。


「よお、トーリじゃねえか久しぶりだな。悪いな、こんな時間に客が来るとは思ってなかったんで下の整理をしてたんだ。

 今日はどうしたんだ、泊まりか? うちには相変わらず"黄金竜の宿り"みたいな寝心地のベッドはないぜ。

 代わりに料理と酒じゃあ負けてねぇ自信はあるんだがな」


そう言ってシグモンド・バウアーはカウンターの上にケースから取り出したボトルを並べ、カウンター奥のキャビネットに並べ始めた。銘柄を示すラベルが貼られていないのは自家製であるこの島の特産ワインなのだろう。それ以外にもガランダ氏族の果実酒やアンデール産ワイン、ストームリーチのカーイェヴァなど豊富な品揃えには驚かされる。かつては腕利きの冒険者だったというシグモンドが現役時代に築いた伝手で入手しているらしいが、コーヴェアからストームリーチに至るまでの各地の酒をそれぞれ別のルートから取り寄せているという彼の冒険者時代の逸話をそのうち是非聞かせてもらいたいものだ。


「それじゃその料理と酒を奮発してもらおうか。この様子だといつもの部屋は空いてるよな? 2日ほど頼む」


シグモンドの背中にそう声を掛け、カウンターの上に金貨を数枚置く。彼はチラリと振り返ってこちらを確認すると、上着のポケットから鍵を取り出してこちらに投げて寄越した。受け取ったそれに刻まれた番号は俺がこの世界に来てから初めての夜を過ごした部屋のものだ。


「今日の夜は大した仕込みも終えてないからな、お楽しみは明日まで取っておいてもらおうか。

 どうせ今晩はお前が来たことを聞きつけて村の連中が集まってくるだろうから、質よりは量を用意せにゃならんしな」


キャビネットに酒瓶を仕舞い終えたシグモンドはパタンと音を鳴らしてガラス張りの扉を閉め、手袋を外して手拭いで手を拭き始めた。今は昼をそれなりに回った時間だが、どうやら料理の仕込みをこれから始めるようだ。彼の言ったことがその通りになるのであれば、今晩の酒場は満員御礼になるだろう。不意の出来事だけに準備不足は否めないといったところか。


「構わないさ。そういうことなら俺も少し外に出て、散歩がてら何か獲物を見繕ってこようか。島の様子も気になることだしな」


半年前はエレミアが仕留めてきた兎などをここで調理してもらっていたのが懐かしく思い出される。オージルシークスの影響で崩れていた気候が元に戻ったことで島は緑を取り戻し、不思議な事に動物を含めた生態系もがまるで何事もなかったかのように元に戻っている。ストームリーチ近郊の動物を散々相手にしたおかげで俺の狩猟者としての技量もすっかり一人前を通り越してしまった。匂いだけは今でも苦手なところがあるものの、血抜きや解体もその筋の専門家からお墨付きを貰っている。


「お客なんだからどっしりと構えていりゃいいんだ──と、言いたいところだが食材が足りなそうなのは事実だしな。

 持ち込みは歓迎させてもらうぜ。ただし、前みたいにゴルゴンだのこの村にないのを大量に持ってくるのは勘弁してくれよ。

 料理人としては腕の振るい甲斐があるんだが、滅多に入荷しないモンを一度食わせると連中がその後五月蝿くて敵わん」


そう告げるシグモンドに鍵を投げ返して背中を向け、俺はウエスタン・ドアを押し開いて再び外へと向かうのだった。




† † † † † † † † † † † † † † 




翌朝、部屋から降りてきた俺が目にしたのは昨晩の宴会の痕跡など微塵も感じさせない整えられた食堂だった。少し背の伸びたアイーダちゃんがテーブルを拭いて回っている姿を見るに、片付けはちょうど終わったところということなのだろう。開け放たれた窓から入ってくる風が籠もったアルコールの匂いをウエスタン・ドアの隙間から押し出しており、それに替わって柑橘類の絞り汁に漬け込まれた布棒が清涼な空気を色付けしている。


「おはようございます!」


俺を見て元気に挨拶してくる少女に挨拶を返し、裏庭の井戸で顔を洗ってから酒場に戻りカウンターの椅子に腰掛ける。すると娘の声を聞いたのか、奥の厨房からイングリッドさんが姿を現した。


「おはようございます。朝食を食べに来たんですが、大丈夫ですかね?」


俺は途中で抜けだしたのだが、集まって飲む口実を求めていた連中はその後も騒いでいたのは間違いない。シグモンドは朝方まで騒いでいたであろう村人達の後片付けに忙しかっただろう。ひょっとすると今日は昼まで起きては来ないかもしれない。


「大丈夫ですわ。私達も昨晩はシグモンドに任せて早めに休んでおりましたもの。今用意いたしますわね」


「なんなら昨晩の残り物でも構いませんよ。あのシチューはとても美味しかったですし」


昨日の夕方から始まった宴会は、村の男の大半が集まったようだった。酒飲み向けに濃い味付けをされた様々な料理がテーブルに並び、俺が仕留めて持ち帰った鹿も黒胡椒で味付けされたステーキとして一角を占めていた。集まった面々の中には元々はこの島の住民では無かったものの、白竜に船を沈められ漂着した元冒険者なども含まれている。彼らは共に肩を並べて戦った村人と意気投合し、ここに定住することを決めたのだという。

そんな彼らと近況を肴に盛り上がったのだが、やはり話題の中心となったのは頻発している海賊被害のことだった。港の寄港料と水や食料の販売が主な産業として育ちつつあるこの島にとって、航路が不安定になることは一番避けたいことなんだろう。造船業が本格的に動き始めるには相当の時間が必要だろうし、引き上げた船のリサイクルも長く続くわけではない。この島の近海以外では海はサフアグンの領土であり、彼らは海に沈んだものはディヴァウラーへの捧げ物と考えているため、沈没船を引き上げることは彼らへの敵対行為として認識され再び戦争が起こることになりかねないからだ。


「はい、おまたせしました。どうぞごゆっくりなさってくださいな」


奥方が差し出したトレイにはもぎたてと思われる瑞々しい野菜が盛りつけられ、分厚いベーコンを挟んで軽く焦げ目をつけたパンと冷製スープが乗せられていた。シャキっとした中に甘みを感じさせるサラダを頬張り、パンをベーコンごと噛みちぎって熱くなった口内をスープで冷やす。トマトの甘みとワインの酸味、セロリのピリっとした味わいが程よく混ざっていて、舌先に良い後味を残してくれる。

俺がそうやって朝食を堪能していると、テーブルの拭き掃除を終えたアイーダちゃんが隣の椅子に登ってきて腰掛けた。そしてニコニコしながらカウンターに肘を立て、俺が食べている様子を見ている。


「どうしたの?」


何かあったのかと思い、少女に問いかける。すると依然微笑みを絶やさぬまま彼女は俺に質問してきた。


「ねえ、今日のご飯はどうだった?」


その様子から事情を察した俺は、彼女の望む答えを返す。


「そうだね、いつも通り美味しいよ。特にこのスープはなかなかだね。一日の最初にはぴったりだよ」


それを聞いた彼女は両手を上げて喜びを表現した。その掌に奥方がハイタッチをするように手を重ねる。


「あらあら、良かったわね。練習の成果が出たみたいで」


「おかーさん、約束だよ! これでスープは合格、次の料理を教えて!」


やはりこのスープは彼女の作品だったようだ。前回沈没船の引き上げに来た時に料理を教えてもらうと言っていたその成果が実ったということだろう。本業だけあってか、同じ年頃のカルノ達の作るものに比べればしっかりと料理している。少女の才能かシグモンド家秘伝のレシピによるものかは不明だが、お世辞ではなくちゃんと立派なメニューとして一角を占めていると言えるだろう。


「さあ、それじゃ後片付けをしていらっしゃい。それが終わったらお昼までの間に次のレシピを教えてあげる」


奥方のその言葉を受けて、彼女は飛び跳ねるようにして厨房へと向かっていった。向上心が強いのはこの世界の子供共通のことなのだろうか。少なくとも技術を身に付ける喜びは誰もが持っているようだ。それが現実にレベルというものがある世界特有のことなのかは今となっては俺にはわからないが、少なくとも楽しそうにしている姿を見ることは微笑ましい気持ちになって良いものだ。そんな少女の姿を見送って奥方が声を掛けてきた。


「ごめんなさいね、試食のようなことをさせてしまって。

 私も味見はして十分合格だとは言ったのだけれど、やっぱりお客様方に褒めてもらえるのが何より嬉しいみたいだわ」


「お詫びの必要はありませんよ、このスープは十分な出来ですから。

 当たり前のことを言って喜んでもらえたなら、自分が良い事をした気分になれて嬉しいですからね。こちらからお礼を言いたいくらいですよ」


食事を片付けながらそうやって奥方と暫く会話を楽しんでいると、厨房からアイーダちゃんが片づけが終わったことを告げてきた。それを合図に椅子から立ち上がり、昼までの時間潰しにまた外に出ることを告げて鍵を預けた。彼女の上達ぶりについては夕食を楽しみにするとしよう。

かつては冷気から村を守っていた結界はいまや役目を反転させて吹き付ける熱風を涼風に変えていた。島に存在する古代巨人族の施設をカニス氏族が稼働させているのだ。端末となるクリスタルを設置することで効果範囲を広げることはできるがそれに応じて徐々に効果が弱まっていくようで、村の範囲が開発にともなって拡大したことから完璧な空調効果は期待できなくなっている。

とはいえストームリーチよりさらに赤道に近いこの島の気温を、なんとか屋外で仕事が出来る程度に抑えているのは十分な効果だといえる。どんどんと増えていく人口に対応するために、色んな所で住宅の建築が行われている。かつての事件で数多くの住民が失われたとはいえ、それで空き家となった以上に入植者の数が多いのだ。

リランダー氏族は飛空艇の運用の困難なスカイフォール半島に近い寄港地としてこの島に飛空艇の発着場を設けようとしているようで、随分と高さのある建築物も村の外れで建設が始まっている。コーヴェア大陸側からここまでを飛空艇で移動し、ここからは船でストームリーチに向かうというのが安全性とスピードを兼ね備えたプランとなるのだろう。実際には風の精霊を捕縛したガレオン船と速度は同程度なのだが航路に制限されず直線上の移動が可能であること、また海賊に比べて空賊の数の少なさや貴重価値というステータスもあって飛空艇の人気は高い。

最終戦争時は精霊捕縛の技術自体が軍の機密扱いであったこともあって一般には知られていなかったが、今や富裕層にとって、また名うての商人にとっては人気の的である。だがその製造台数は年間を通じて一定の数から増えることはない。それは建材であるソアウッドと呼ばれる樹木がエアレナル諸島にしか存在せず、彼の地のエルフが輸出する量に厳しい制限を課しているからだ。

さらに精霊捕縛の術式に高位の術者が必要であり、またその機構の製造がカニス氏族とズィラーゴのノームたちの間でブラックボックス化されていることもネックの一つである。そういった意味で、飛空艇や精霊捕縛船を所有している個人は非常に限られている。一部飛空挺については最終戦争時に撃墜されたものを回収・補修して利用している空賊がいるのだが、当然彼等は運用は出来ても中核技術のメンテナンスは出来ないためいずれはその数を減らしていくだろう。

そんな事に思いを馳せながら村を見て回っていると、港近くの歓楽街へと辿り着いた。そこは次々と入れ替わる船とその船員を相手にすべく、24時間で営業を続ける不夜城だ。ガランダ氏族の"黄金竜の宿り"に代表される宿だけではなく、娼館やカジノなども立ち並んでいる。それでいて猥雑に見えないところは計画的に建設されたということなのだろう。昼前だということもあるだろうが、道端に酔っ払った水夫が転がっているわけもなく道は整然と整えられている。

飾り窓越しに送られてくる秋波をやり過ごし、カードの絵柄を看板にしている店に入る。薄暗い店内には大きいテーブルがいくつも並べられ、それぞれを数人の男たちが囲んで運試しに興じていた。ここはカードやダイスといった手軽なゲームを目的としたエリアのようだ。バーカウンターの横の扉には別の部屋に通じる扉が開け放たれており、そちらから聞こえてくる声から察するに本格的な賭け事を楽しむ客はそちらにいるように思える。


「ようこそ"ハッチリング"へ。初めてのお客様でいらっしゃいますか」


暗い店内に溶け込むかのように黒い制服を着たハーフエルフが隣に立っていた。その髪の色が鮮烈な赤毛でなければ、暗闇に目が慣れるまでの間は一般人にはまるで虚空から声が聞こえてきたかのように感じたかもしれない。だが店の中に入る前から既にその存在に気付いていた俺からしてみれば特に驚くようなことでもない。銀貨を1枚指先で摘むように持ち、そのウェイトレスのほうへと差し出した。


「グローイング・ブルーをもらおうか。それと、あっちの部屋に入っても構わないのかな?」


そう言って奥の部屋を示すと、女性は恭しく硬貨を受け取って答えた。


「もちろんでございますお客様。

 お飲み物をすぐにお持ちいたしますので、空いている席であればどこにでもお掛けいただいてお待ちください」


その言葉に背を押されるようにして奥の部屋へ進むと、そこでは単なるテーブルだけではなくルーレットやディーラーを配したカードゲームなども行われていた。入口付近は気軽にカードなどに興じたい人向け、此処から先は賭け事を楽しみたい人向けといったところだろうか。壁際に並べられている椅子に腰掛け各テーブルの様子を窺う。テーブル周りは手先の悪戯を防止するためか明るい照明が灯されており、外からの観察は容易く行える。

カードに熱中しているのはやはり水夫らしい男たちが多く、中には先日のリフリーの船で一緒に戦った連中もいた。支給されたボーナスで昨晩を過ごし、さらに残った銀貨をここで金貨にすることでもう一晩豪勢に過ごそうと考えたのだろう。運ばれてきたグラスを受け取ると、俺もそういったテーブルに混ざった。稼ぐことが目的なのではなく、時間潰しがてらに情報収集を行うことが目的だ。程々に景気の良い金の使い方をすることでそれを潤滑油とし、勝ったり負けたりを繰り返しながら世間話に興じる。

金貨数枚を消費しそろそろ腹具合が気になってきた頃、この店内で聞けるであろう話は一通り聞き終えたと判断し店を出た。昼時のためか、いくつかの酒場からは良い匂いが漂い始めている。鉄杭に刺された巨大な肉をぐるぐると回しながら焼いている様子などが見られ、店内で提供する以外にもその場でサンドイッチにしてのテイクアウトなども行なっているようだ。興味を惹かれた俺はその店に入ると適当なお薦め料理と飲み物を注文した。

この島の動物であれば羊や豚などだろうが、外から持ち込まれた肉であれば牛や馬どころか恐竜の肉である可能性もあるのだ。タレンタ平原のハーフリング達はクローフットと呼ばれる比較的小型で高速移動が可能な恐竜を乗騎として使用しているなど、この世界では恐竜は比較的身近な存在だ。ゼンドリックにはティラノサウルスやトリケラトプスなども普通に生息しており、前者には平地を進むキャラバンが時折襲撃されて被害を出すこともあるほどだ。

ハーフリングの店員が運んできたのはおそらくそういった恐竜の肉だったのだろう、今まで食べたことのないものだった。味としては鶏肉のようなものだが、歯応えはかなりのものだ。サンドイッチにする際には薄く削られたものがパン生地に挟まれていたが、運ばれてきたものはサイコロステーキのようにぶ厚めにカットされたもので食べごたえは相当なものだ。

そうやって満足の行く昼食を終え、テーブルで食休みをとっている俺のところへと見覚えのある影が近づいてきた。ウォーフォージドを従えた壮年男性のヒューマン。ラース・ヘイトンだ。


「やあ、久しぶりだなトーリ。元気そうで何よりだ」


テーブルの向かいの席に腰掛けたラースは随分と日焼けしており、前回別れた時からは随分と印象が変わっていた。船の引き上げに《レイズ・フロム・ザ・ディープ/深海よりの浮上》を使用することができるのはラースだけであり、そのため船上での仕事を繰り返すことになったためだろう。その際にアンデッドと化した犠牲者との戦闘もあったのだろう、外見だけではなく内面も研ぎ澄まされた印象を受ける。


「すっかり海の男の顔になったな、ラース。

 研究室に引きこもっていた青白い顔から随分と変わったじゃないか。健康的でなによりだ。

 アマルガムも前回沈没船を引き上げた時以来だな」


忠実なウォーフォージドは椅子に座ることなく、ラースの後ろに立ったままこちらに首肯することで挨拶を返してきた。


「《センディング》で連絡をしてきたときは驚いたが、ちゃんとこうして時間が作れたのは幸運だったな。

 明日にはまた出るのだろう? 積もる話は後にして、まずは用件を聞こうじゃないか」


ラースは手近なウェイターに声を掛け注文を伝えると、そういって俺へと向き直った。確かに彼の言うとおり、こうしてラースと面会する時間が取れたのは幸運だろう。なにせ彼はついさっきまでリランダー氏族の船に乗っていたのだから。コインロードが海賊の討伐令をだした契機でもあるドラゴン・マーク氏族の所有する精霊捕縛船の撃沈、その調査に彼はしばらく洋上の人となっていたのだ。その不在を昨晩の宴会の席で村人から聞いた俺はダメ元で呪文による連絡を取ってみたのだが、いいタイミングで帰港してくれたようだ。おそらくはこの島に帰ってきてすぐにここに顔を出してくれたのだろう。ありがたい話だ。


「なに、そんな大事ってわけじゃない。これからストームリーチに船の護衛で向かうもんだからその前に最新情報を聞いておこうと思ったのさ。

 いくらか話は聞いているんだが、今その手の情報に一番詳しいのはラースだろうからな。

 機密に差し支えない範囲で構わないから知っていることを教えて欲しい」


スリーバレルからこの島までの航路にあることはクエスト知識として俺が予め知っていたことから想定可能な範囲内だったが、ここから先は不意の出来事が起こる可能性がある。海賊討伐が盛んになってきてから二週間ほどになるが、まだまだこの海域に巣食う無法者の数は減っていないのだ。先ほどまでラースが行なっていた仕事上、彼はその情報源として一番信頼出来るのは間違いない。

とはいえこの場でそのまま話せる内容かは解らない。俺は店員がラースの注文を運んでくるのを待ってから《サイレンス》の呪文と《ジョイフル・ノイズ》の呪文を組み合わせることで音を遮る中空の結界を創り出した。これであとは唇の動きを読み取られなければ話が外部に漏れる心配はないし、その程度であれば衝立で覆われているだけで十分だ。俺のその行動を確認してからラースは満足したように一度頷くと話を始めた。


「そうだな……普通の海賊であればトーリにとっては羽虫のようなものかもしれんが、ここ最近この辺りで起こっていることは少々勝手が違う。

 いいだろう、私が知っていることを話そうじゃないか。

 君は私とこの島の住人にとって掛け替えの無い恩人だ。積み上がった借りを返す機会は喜んで迎えさせてもらうよ」


そう言ってラースが語った内容は今まで俺が集めてきた情報を補完し、さらに細かくしたものだった。新航路として確立されて以降、ストームリーチからコーヴェアに向かう船はその大部分がこのコルソスを経由する。シャーゴンズ・ティースを突っ切るのに比べて日数はかかるとはいえ、その安全度が段違いだからだ。それだけ交通の要所となったこの島では、付近の航路についての情報がリランダー氏族の手により十分に集められているということなのだろう。

コルソスを出た船は一ヶ月ほどをかけてシャーンに向かう以外にも、三つの主な航路がある。エルフの住まうエアレナル諸島の玄関口"ピラス・タレアー"へと向かうもの、そしてタラシュク氏族の根拠地であるシャドウマーチの首都"ザラシャク"へと向かうもの。これらはそれぞれ通常の帆船で二ヶ月ほどの旅路だ。最後にノームの国ズィラーゴ首都"トラロンポート"へと向かうもの。この航路の所要時間はシャーンへ向かうのとほぼ同程度だ。

その中で被害が集中しているのはやはりシャーンへと向かう船だ。コーヴェア大陸とストームリーチで交易を行うのであればこれが最も効率の良い航路であることは間違いない。現在シャーンでは海賊被害によりストームリーチに関する商品──特産品であるカーイェヴァ酒から巨人文明由来の骨董品に至るまで──の相場が大荒れしており、運良くたどり着いた商人は普段の倍以上の稼ぎを得ているとも聞く。

それに比べればストームリーチとこの島を結ぶ航路の安全性は比較的高いと言えるだろう。実際にラースの把握している被害件数もシャーン間航路の1割程度と微々たるものだ。だがその内容をラースが語った時、そこにある危険性が他とは比べ物にならないことが知らされた。


「船が粉々だって!?」


思わず俺の口をついて出た言葉に、ラースは重々しく頷いた。彼の言葉が虚言でないことは明らかであることがさらに俺の混乱を助長する。


「ああ、サフアグンたちと交渉した後に例の呪文でエレメンタル・ガレオンを引き上げたんだがな。それは船の形状を保っていなかった。

 竜骨から外装の戸板、マストに至るまで原型を留めていない。クラーケンの触手に潰され海底に晒されたとしてもあそこまでは破壊されないだろう。

 海賊に襲われたとはとても思えない惨状だよ。とはいえ通常の生物は捕縛された精霊を恐れて船に近づくことはない。

 つまり、なんらかの悪意ある存在が船を襲ったということだ。そいつは積荷に興味は示さず、ただ船を破壊して立ち去った。

 その狙いが何なのかは我々も把握していない。今頃は回収した船の破片などで氏族の術士が占術で探りを入れている頃だろうが……」


通常の船と異なり、風の精霊を呪縛したウインド・ガレオン船は水面から僅かに浮くように水面を進む。また普通の船の何倍もの速度を出すこの船を攻撃するのは普通の船では不可能だ。視線を遮るものがない海上でこれだけ速度に差があれば、余程物量に差があったとしても包囲することは出来ず接舷は不可能だ。計画的な行動だというのであれば、航路を待ち伏せして遠距離からの呪文攻撃で船を破壊。これくらいが考えられる手段だろうか。そうであれば船の被害状況とも辻褄が合う。だがそれは、積荷を狙う海賊の仕業ではありえない。


「氏族の船に恨みのある連中の仕業ってことか?」


一番可能性として高いのは氏族間あるいは権力を持つ組織同士の争いだろう。勿論これにはストームリーチの権力者達も含まれる。船の性能云々は凄腕の冒険者となれば無関係だ。飛行呪文で乗り込み、皆殺しにした上で荷を奪い、証拠隠滅に船を破壊することなど造作も無い。勢力拡大の著しいリランダー氏族には敵もそれだけ多いだろう。


「勿論、リランダーのハーフエルフ達はその可能性を一番警戒しているだろうな。とはいえ、同じような被害は他の商船にも出ている。

 ひょっとしたら何か危険なクリーチャーが現れたか、流れ着いたのかもしれん。

 サフアグン達の哨戒に引っかからないか、彼らの口を閉ざさせるほどの何かが深海で起こっている可能性もあるだろう。

 今の時点ではそういった要素を列挙することが出来るだけで、そのいずれかに原因を特定することは出来そうもない。

 幸い、被害を受けている船の割合はほんの僅かだ。ディヴァウラーの慈悲とトラベラーの気紛れに身を委ねるしかなかろうな」


言葉とは裏腹に苦虫を噛み潰したような表情でラースはそう締めくくった。彼としても今回の調査で手がかりを得ることが出来なかったことを悔しく思っているのだろう。現時点ではシャーゴンズ・ティースを抜けるのに比べればこの航路の安全性は比べるべくもない。とはいえリランダー氏族のウインド・ガレオン船が被害を被ったのは戦争終結後としては初となる。それを為した存在が航路に潜んでいるというのであれば、とてもではないが呑気にしていられる状況ではないということだろう。


「船を破壊した手段とかはどうだ。破片を引き上げることが出来たならそういった分析は出来るんじゃないか?」


死体から死因を探ることが出来るように、破壊された船体からその攻撃手段を分析することが出来るはずだ。勿論ラース達もそういった作業を怠ってはいなかったようで、


「強力な火の呪文かそれに類する攻撃が行われたことは間違いない。焼け焦げた破片が随分と多かったからな。

 だが完膚なきまでに破壊されていて呪文による復元は不可能だったため、どこからどんな攻撃を受けたのか等は判別できていない。

 幸い精霊を呪縛したブラックボックス部分は回収できているが、今の私ではまだ手を出すことは出来そうもない。

 ズィラーゴのノームたちであれば呪縛された精霊から何か情報を引き出すことが出来るかもしれないが、それにはまだ暫くの時間が必要だろう」


流石のラースといえども、ノームの国家機密である精霊呪縛機構に手を出すことはまだ出来ないようだ。技量的にはあと一歩といったところだろうか。とはいえその技術が漏洩したことが明らかになれば、暗殺者が送り込まれてきてもおかしくはない。そんな危ない橋を渡るつもりは彼には無いだろう。そしてノームが情報を吸い出すまでここで船を停めているわけにもいかない。


「そうなると確かに運悪く遭遇しないことを祈るしかないか……被害の出ている場所や時間は絞れているのか?」


だが少しでも不運に見舞われる可能性を下げるため、出来る事はある。


「他の被害はわからんが、リランダー氏族の船は定時連絡の合間であることから大まかな時間と場所が判明している。

 少し大回りをしてそこを迂回するのも一つの手段だろう。海図は明日出港までにアマルガムに届けさせよう。"シーウィッチ"号だな?」


現代のようにGPSや無線通信などがない状態では、航行中の船について収集できる情報にも限りがある。とはいえ、それを魔法によって補っているのがこのエベロンという世界だ。おそらく俺が求めたであろう情報は既にリランダー氏族の占術師によって集められているだろうし、航路の安全性に関する情報であるからには彼らから提供してもらうことも不可能ではないだろう。勿論それには氏族に対するコネクションが必要不可欠だが、そこをラースが補ってくれるというわけだ。


「ああ、俺か船長のリフリーに渡してくれればいい。なにせソアウッド製でもない普通の帆船だからな。

 エレメンタル・ガレオンを沈めるような奴に狙われちゃあ、とてもじゃないが逃げ切れない。

なるべく災難に遭遇しないで済むようにするくらいしか出来る事は無さそうだ」


この世界の通常の帆船は風に恵まれたとしても速度は時速10kmほど、ソアウッド製の船であればその倍の時速20km。対してエレメンタル・ガレオン船は風に関係なく時速30kmで24時間動き続ける。リランダー氏族が逃げきれていない時点で、他の船がその不運と出会って逃げ出すことは絶望的だ。腕利きであるはずのリランダー氏族の乗組員が誰一人生き残っていないことから、相手に温情を期待することは出来ない。俺であれば数名を連れて《テレポート》で脱出することは出来るかもしれないが、それが限界だろう。


「さすがに船そのものを転移させることはできないだろうからな、それが最善だろう。

 簡単な占術で事前に危機を予想することはできるが、被害を受けている割合と術の精度を考えれば当てにはならないだろうからな」


ラースの言うとおり占術の精度は90%程度で完全なものではないし、妨害する様々な手段が存在する。さらに例え占術が災いを告げなかったとしても用心しなければならないことに変わりはない。出航しないという選択肢がない以上、あと出来るのは危険を避けて迂回するといったことくらいだ。


「まあ何か続報があればこれで伝えてくれ。今回使わなかったとしてもそのうち必要になるかもしれないからな、渡しておくよ」


俺はそう言って《センディング》の巻物をいくつかテーブルの上に並べた。アーティフィサーの技法で即興模倣できる呪文は第四階梯までのものに限られ、この有用な呪文は第五階梯なのだ。ラースであれば数日かけて巻物を作成することは出来るだろうが、情報の鮮度を大事にしたい局面でそんな事をしている余裕はない。


「わかった。それじゃあ"シーデヴィル"が蘇った時にはこれで連絡を取らせてもらうことにしよう。

 ドルラー以外のどこにいても届くだろうからな、その時はすぐに駆けつけてくれよ」


「ああ、そうしよう。そのためにもここ最近の研究の成果ってやつを聞かせてもらおうか。

 ドラゴン・マークから巻き上げた研究資金で何をしていたのか教えてもらおうじゃないか」


用件が終わったことで俺とラースは軽口を叩き合いながら互いの近況を報告しあった。シヴィス氏族の伝書サービスや《センディング》の文字制限といった制約のない状況で久しぶりに会話した研究家との話は、その後場所を"波頭亭"に移して夜まで続くのだった。


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