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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:e809a8c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/06 19:52
宛てがわれた部屋で戦いの準備をする間、俺はルーとフィアから彼女たち部族の伝承を聞いていた。文字を使わず口伝のみで伝えられるその神話はエルフ語で詠うように語られる。古い言葉をそのまま使っているためか訛りがきつく、意味なども一部不明瞭なところもある。だがその大部分は理解することができた。

その詩歌は4万周期──4万年以上前を最後に新たな節が追加されていない。その頃に起きた激しい戦いの中で彼女たちの神は力を使い果たし、今に至るまで眠っているのだという。やがて再び、神代の戦が始まるその時まで目覚めることはない──そして彼女たちはその神の眠る土地、"黄昏の谷"を護ってきたのだと。

俺の推測ではあるがルーの扱うクレリック系の信仰呪文を始めとした能力の回復が遅いのは、その神の化身が休眠状態にあることが原因なのではないだろうか。一般的なエベロンのクレリックは自らが発する信仰心を糧に呪文を発動する。そこに神の恩恵は、極端な言い方をすれば神の実在すら必要ない。存在を信じる個人の祈念、意志の力が奇跡を呼び起こすのだ。それが神の存在が薄い世界、エベロンの信仰呪文使いの特徴である。

だがルーは違う。彼女はグレイホークやフォーゴトンレルムといった異なる物質世界の信仰者なのだ。彼女の使うクレリック系呪文は正しく神からの授かりものであり、祈りによって彼女が代行する神の奇跡の片鱗なのである。その化身が休眠状態にあり、そして本来存在する世界から離れていることが彼女に悪影響を与えているのではないか。そしてルーがその状況を打開すべく習得した技術がドルイドとしてこのエベロンに干渉する能力なのだろう。

そしてそのドルイドとしての能力も既に解っている範囲においてすら強力無比だ。コーヴェア大陸にあるエルデン・リーチという土地にはオアリアンという最高レベルのドルイド──なんとその正体は樹齢数万年にも及ぶ"覚醒"した松の木である──が存在しているが、それに比肩するのではないかと俺は考えている。そしてその推測が正しかった場合に問題となるのが、彼女たちの住む故郷を襲った連中の事だ。

これほどに高い実力を備えた彼女たちを擁する集落を破壊し、蹂躙する──そんなことが一介の密輸商人に可能だとは到底思えない。おそらく何か強大で、深い陰謀が蠢いているのではないか。ひょっとすればそれには彼女たちの神がかつて戦っていたデーモンの上帝達が絡んでいるのかもしれない。やはり俺の帰還の手がかりを探すということにも繋がることであるし、まずは彼女たちの故郷を訪れることが必要なのではないだろうか。カイバーに囚われている上帝のうち、たった一人でも解放されればこの物質界はあっという間に地獄と化す。そうなっては帰還方法を探すどころの騒ぎではない。

そんな考え事をしている間にメイの準備が終わったようだ。


「──お待たせしました、準備完了です。持続時間の長い呪文は今の時点で付与してしまいましょう。防御と知覚強化に関しては連戦になることも考えて"メタマジック・ロッド:エクステンド"を使います。

 みんな飛行可能になるアイテムは持っていると思いますが、万が一解呪されることを考えて敵陣への浸透は私の《マス・フライ/集団飛行》で行きましょう。一塊になって移動することになりますから不可視化も付与します。

 後の呪文は相手に高位の術者が居た時の対策用として障壁系と解呪を優先しました。敵の殲滅は前衛のみんなに任せますね」


そういってメイは次々と準備したばかりの秘術を行使していく。その呪文のいずれもが、術者としての技量がそのまま効果に反映される心強い呪文だ。呪文は発動さえすれば一定の効果を出すものと、術者の技量に応じてその効果が強化されていくものの二通りある。前者であれば呪文行使容量に余裕のある俺が使えばいいが、後者の系列は俺とメイを比較すると2倍近い差が生まれる。その差を妥協することは出来ない。

また呪文が強力な効果を発揮するこの世界においては、当然ながらその呪文を解除する能力も強力なものとなる。高位の術者同士の戦いではいかに相手の術を封じつつ自分の呪文の効果を通すかが勝敗を決する。今回の俺達のような任務においては、一点突破の決戦能力が必要とされている。そうである以上、メイの支援は欠かせない。

解呪能力は先程の区分で行くと後者に属するからだ。例えば俺ではメイの行使した呪文の解除率は5%あればいいほうだが、逆にメイは俺の呪文を100%解呪するだろう。敵の高位術者から致命的な呪文が放たれた時、彼女がいれば安心して任せることが出来る。高レベルの戦闘では術者の存在は戦闘の勝率を直接的に左右するのだ。

そうなると俺の役割は誰が発動しても効果に大差のない呪文の使用と、戦場で壁になることだ。対単体の戦闘であれば俺の独壇場であるが、大勢の敵を相手取るのであればエレミアが火力の中心となる。彼女が実力を最大限に発揮できるように環境を整えることが仕事になるだろう。


「後は出発前に《ストーン・スキン/石の皮膚》を俺が皆に付与しよう。上陸直前になったら巻物から短期の付与呪文を手分けして使えばいいだろう。

 目的は"メイジファイアー・キャノン"の破壊だけれど、可能であれば囮部隊に誘引された敵部隊の後背を衝いて撤退を支援したい。いくらか被害を与えて混乱させたら空から離脱して城壁越しに帰還だ。よろしく頼む」


皆を見渡しながら作戦内容を確認する。俺たちが作戦を達成した後は補給を頼みながらの長期戦に持ち込むことが予定されている。個体能力で敵わない以上基本的な戦術は防御的なものにならざるを得ないからだ。今回は俺たちとファルコーによって敵の補給線が破壊されていることを利用するのだろう。


「以前ストームリーチの地下で戦ったファイアー・ジャイアント達は武器を振り回すだけの未熟者ばかりだったが、今度の相手は軍隊の中核を為す戦士たちだ。敵はあの時よりも強いだろうが、我らの実力も上がっている。

 連中を再び密林の影へと叩き返し、我らの帰るべき家を守ろう。鋼の調べを打ち鳴らし、彼らの記憶に刻みつけよう。二度と我らに刃を向けぬように」


エレミアのその言葉が俺たちの出立の檄となった。そう、行き掛かり上巻き込まれた戦場ではあるが、ここが陥落すればストームリーチが戦火に巻き込まれることは避けられない。それだけでも俺が此処で戦う理由としては十分なはずだ──。










ゼンドリック漂流記

5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3












橋を封鎖する巨人族の宝具をファルコーに預け、俺たちは夜の渓谷を飛行していた。本来であれば魔法装置に熟練した砦の術者に頼みたかったのだが、残念なことに生き残った者の中にはファルコーよりも技能に長けた者がいなかったのだ。

数人の技術者たちは先の攻防で敵の"メイジファイアー・キャノン"を文字通り命がけで暴発させており、巨人族以外に作用する呪いを避けながら嵐を呼び起こすことが出来る人材が残っていなかった。ラピスを残すことも考えたが危険な敵中への浸透であることと、可能であれば"メイジファイアー・キャノン"を奪取して敵に向け使用するという作戦目標には彼女の技能が欠かせないということで苦渋の決断だったのだ。

物陰に身を潜めつつ宝具を操作するだけの仕事とはいえ、前線に近づけば危険は増す。だがファルコーはむしろ自らも防衛に対して役割を果たすことに強いこだわりを見せ、こちらの説得に頷くことはなかった。彼の巨人族に対する敵意は並々ならぬものがある。

護衛の任務は終了している以上、彼の行動を制限する建前はもうない。こうなった以上、作戦を完璧に成功させることが彼の身柄の安全を図る現状最良の手段だろう。


「さっきのことをまだ気にしてるのかい? あのハーフリングは自分で志願したんだ。それで流れ弾に当たるようなことがあっても自業自得ってやつだし、どうしようもないさ。

 もしそれで死んだとしても最後に巨人族の遺物を使う機会を得られたんだし、あの発掘中毒にとっては本望なのかもしれないぜ」


メイを中心に彼女をぐるりと取り巻くようにして宙を飛ぶ中、隣に浮かぶラピスが話しかけてきた。普段は夜の闇の溶けるような色合いの彼女の外見も今は眼下に沸き出している溶岩の発する赤い光に染め上げられている。それは光の色合いだけではなく、皆に付与している《カモフラージュ/迷彩色》の呪文の効果のためだ。

前回透明化しての接敵を看破されたことを教訓とし、今俺達は周囲の風景に溶け込むように〈隠れ身〉を行いながらの行軍を行なっている。大まかな地形はゲームで知っていたものと同じであり、このまま妨害がされなければ無事目的地に到着できるはずだ。そして現在既に囮部隊は竜巻の障壁を解除し、橋から出撃して戦闘を開始している。ファルコーはその近くにいる筈だ。


「まあな。昨日まで護衛対象だった相手が、契約が終了したとはいえ危険な場所に突っ込んで行こうとしてるんだからな。正直複雑な気分だ。

 とはいえ他に適切な技能者がいるわけでもないし、飛空艇が到着するまで殴りつけて気絶させるってわけにもいかない。まだ武器やワンドを持って前線に立つってわけじゃない分マシなんだろうけどな」


ファルコーの役割は囮部隊が撤収する際に風と竜巻を操って敵を橋から此方側に通さないようにすることだ。直接戦闘に参加するわけではないが、殿の部隊を保護するという役割だけにここぞというときには危険度が高まる。幸いあの宝珠の射程距離は橋の長さの二倍以上あることが確認できている。普通に考えれば十分な安全マージンだろう。


「私達が早々に仕事を終えて、前線に集まった巨人達の部隊の後背をつけば挟み撃ちだ。敵を全滅させてから悠々と帰還すればあの男の出番もなく、危険に晒されることもないだろう」


俺を挟んでラピスの反対側にいるエレミアの意見はもっともなものだ。既に始まってしまったことである以上、考えるべきことは今からどうやって最善の結果を出すのかということだ。過ぎたことではなく、これからのことに思考を費やすのが建設的というものだろう。

そんな雑談をしながらも俺たちは飛行を続けている。視線を前に向けると、そろそろ進路は渓谷を抜けて高度を上げる頃合いだ。先日までは渓流として自然の豊かさを示していたであろうに、今や濃密な死霊術の気配に当てられたのか草木は枯れ、湧きでた溶岩に焼き尽くされたのか生命の気配は全く感じられない。それは敵の軍勢についても同様だ。

油断か増長か、それとも単に手が足りていないのか。ここまで敵の監視の目は一切関知出来なかった。使い魔や秘術的感覚器官の類も発見できず、移動は順調そのものだ。だが高度を上げ、地上を移動開始するとなるとこれまでのようにはいかないだろう。

谷の急勾配な斜面に沿って徐々に高度を上げ、地上の構造物まで残り6メートルとなったところで俺は片手で皆に停止の合図を送った。そしてもう一方の手を壁面に添える。足元の溶岩から吹きつける熱気によって土の表面からは湿気が奪われており、触れた掌の表面からはパラパラと砂が零れ落ちる。そしてそういった肌触り以外に、呪文によって拡張された知覚が俺に周囲の情景を伝えてきた。

《トレマーセンス/振動感知》の呪文により、俺には一部の地中を住処とするクリーチャーらが備える特殊な感知能力が付与されているのだ。付近で歩いている生物の動きが、水面に波紋が広がるように感じられる。地面に触れている掌から伝わる情報を分析することで足の大きさやおおよその体重、歩き方の癖から推察される能力などが知覚できる。


(トロル1,ウォーグ2の斥候部隊。今頭上を通り過ぎているところだ。やり過ごすぞ)


空いている方の手でハンドシグナルを飛ばし、意向を伝える。このまま上昇していれば連中の嗅覚に捕らわれるところだったが、用心していた甲斐があったというものだ。敵の戦力自体は俺達であれば数秒で一方的に蹂躙できる範囲だろうが、不要に飛び出せば戦闘を周囲の敵に察知される可能性がある。派手に暴れるのは仕事を終えた後でいい。

感知範囲から敵が立ち去ったことを確認してからさらに時間を空ける。判明している敵の移動速度からして地上に出ても十分に敵の鋭敏嗅覚の範囲外になるまで待った後、〈隠れ身〉と〈視認〉に長けたラピスを頂点に隊列を組み直し上昇を再開する。彼女は旧時代の城壁が崩れている隙間から姿を隠しつつ、周囲の様子を観察し始めた。秘術により竜種並に視力を増幅された彼女の眼から逃れ得るとすれば、隣接する内方次元界に逃げ移るしかないだろう。


(左手方向にさっきの斥候、距離は30。離れて行っているし、こちらに気づく様子はない。右手には……距離100くらい先に呪文の刻まれた柱と、その周辺にトロルの護衛だ。呪文の意味まではわからないね)


ラピスの偵察の結果を受けて、今度はメイが立ち位置を入れ替わり謎の柱を観察する。だが、彼女の知識と閃きをもってしても正確なところは把握出来なかったようだ。


「秘術の刻印で、召喚、呪縛を意味する魔方陣が積層型で刻まれているみたいです。他にも効果はあると思いますがこの距離からパっと見で判読できるのはそれくらいですね。

 刻印を操作する回路図もあるようですし、ちゃんとしたことを調べるには時間が必要です。気にはなりますけど、今は後回しですね」


しばらく観察した後に降下してきたメイの提案を採用することにし、地上に突入する準備を開始する。効果時間が数分の付与魔法を行使し、《カモフラージュ/迷彩色》の呪文の上からさらに《グレーター・インヴィジビリティ/上級不可視化》の呪文を行使し全員の姿を消した上で《サイレンス/静寂》の呪文を使用した。

不可視、無音の上に飛行しているから振動も発さない。何らかの手段で不可視の存在が見えたとしても、《カモフラージュ》により風景に溶け込んでおり発見は困難だ。お互いの姿は付与されている《ドラゴンサイト/竜の視覚》により視認可能であり、連携に不安はない。強襲の準備は充分に整ったといえるだろう。


(3、2、1、GO!)


ハンドシグナルでタイミングを合わせて飛行を再開する。先ほど覗き窓に使っていた壁面の割れ目から突入する。右手には確かに薄ぼんやりと輝きを放つ秘術刻印を宿した円柱。高さは10メートルほどか? 明らかに特別な意味を持っていそうなその構造物の周囲だけは床面も黒曜石で敷き詰められており、周囲からは一段高い構造になっている。とはいえその段差は1メートルほどあり、巨人達が使用していた遺跡の一部なのだと想像できる。

その段差の影に見えるのは歩哨のトロルの大きな顔と、縁に伏せているウォーグのシルエットだ。幸いこちらに気づいた様子はない。そこまでの情報を一瞥して読み取った俺は予定通りその柱とは反対方向へ向けて移動を開始する。高度は低く、それでいて地面に触れぬギリギリの位置を滑るように。視線の先には先程立ち去っていった巡回部隊の背中が見えており、徐々にその姿は大きくなってきている。間もなく接敵するだろう。

トロルを先頭に、少し遅れてウォーグが左右に並んでいる。こうして見るとペットを散歩させている風景に見えなくもない。だが距離が近づくにつれてそのサイズがおかしいことに気づくだろう。トロルの身長は3メートル、ウォーグも全長は同じくらいあり体高は1メートルを超えるのだ。


(当初の予定通り、排除する!)


だが俺たちにとってはもはやありふれた敵の一団にすぎない。全員が一丸となって敵軍に接触すると同時に、敵の周囲に薄靄の球体が覆いかぶさった。周囲を照らす薄明かりを遮るそれは《ダークネス/暗闇》によって産み出されたものだ。ドラウは生来この呪文に似た効果──擬似呪文能力と呼ぶ──を行使する能力を持っている。今回はルーの仕事だ。


──1秒。


攻撃のために皆が武器を抜く。鞘走りの音は《サイレンス》に遮られ、刃を覆う魔力の輝きは周囲の薄靄に遮られ外部に漏れることはない。急襲によりその嗅覚を発揮する間もなかった敵へとそれぞれの刃が向けられる。敵は《ダークネス》に包まれた状況を把握できていないのか、反応も出来ずに立ち竦んだままだ。


──2秒。


敵の中央に飛び込んだエレミアがトロルの胴体に双刃を食い込ませた。背後から斬り下ろしたそれは右肩から左腰へ突き抜ける。同時に四足歩行している2頭のウォーグ、その体の下を潜りこむような低軌道を描いたラピスとフィアがその喉笛を切り裂いた。


──3秒。


エレミアの返しの刃がトロルの首を切断した。軌道を交差させたラピスとフィアはお互いの獲物を入れ替えると、細剣をその脳天に突き立てた。攻撃を終えたエレミアは飛行の勢いを緩めずに上空へと離脱する。


──4秒。


エレミアの離脱によって空いたスペースに俺が飛び込む。両手には炎を宿らせたシミター。3体の敵を捉えた俺は飛びかかるような勢いで二刀を振り回した。トロルの首、切り落とされた上体の半ば、そして残された半身。さらには崩れ落ちようとしているウォーグにもそれぞれ斬撃を見舞う。既に抵抗する力を失っている肉体は切断面から送り込まれた高エネルギーに蹂躙され燃え上がる。


──5秒。


《ダークネス》の中で炎上する3体の亡骸を捨ておいて、飛行を制御するメイが俺たちを掬い上げるように最後尾から合流し一気にその場から離脱する。


──6秒。


10メートル近い距離を離れた所でルーが《ダークネス》の呪文を解除する。既に死体は燃え滓すら残さず消滅しており、斥候の部隊が居たことを示す痕跡は何かが焼け焦げた匂いだけだ。それすら周囲の溶岩から立ち上る硫黄の匂いにすぐに溶けて消えることだろう。周囲から見れば突然消失したように見えるのではないだろうか。6秒ほどの間一定範囲を覆っていた薄靄さえ、この闇夜の中では一時的な目の錯覚ではないかと思えてしまう。

だがそれすらも見咎めた敵はいないようだ。デニス氏族の誘引が順調に進んでいる証か、周囲に他の敵の気配はない。前方には目的となる高台が見えている。張り出した崖部分には巨大な木製のコンテナが置かれている。一辺3メートルほどの立方体が6つ。単に破壊するだけであればここから攻撃呪文を撃ちこめばいいだろう。見たところ随分とサイズも大きく、重たそうだ。あれを味方の陣地まで持って帰るのは不可能だろう。

あの木箱一つをアイテム一つと認識できればブレスレットに収納できるかもしれないが、何故そんなことが出来るのかと聞かれたときに説明できない。余計な行為は行うべきではないだろう。


(予定通り接近して周囲の敵を排除する。突撃するぞ)


高台に伸びる坂道沿いに飛翔し、その途中で歩哨を行なっていたヒル・ジャイアントを先ほどの要領で瞬殺して目標へと突き進む。そうやって接近した俺の視界に映るのは4体のファイアー・ジャイアントの姿だ。それぞれが4メートルを越える身長、体重も4トンほどはあるだろう。ドワーフを途方もなく大きくしたような外見、肌は石炭のように黒く、そして髪は炎のように赤い。ヒル・ジャイアントが普通車だとすればこの連中は大型トラックだ。ゲームでは1体を除きヒル・ジャイアントであったことを考えると敵の脅威は明らかに増している。流石に要地に配されているだけあって精鋭なのだろう。だが暗闇の中周囲の景色に溶け込んで無音で空中を飛んでくる存在を感知するような規格外の存在では無かったようだ。

後衛のメイとルー、その護衛としてフィアを残して俺とエレミア、ラピスの三人が敵中へと斬り込んでいく。まず数を減らすことを優先した俺たちは奇襲で得られた一瞬を一体の敵に集中攻撃することに費やした。ファイアー・ジャイアントに火による攻撃は通用しないことは予め解っているため、俺が構えているのは酸を滴らせるコペシュだ。刃の先端が肉厚で膨らんでおり、歪な重心を持つ武器ではあるが効果的に使用した際の殺傷力はシミターを大きく上回る。

暑さをものともしない巨人たちはその巨大な肉体を金属鎧で覆っている。だが動きにくさを嫌ってかその装甲は心臓や首筋などの重要部には分厚く重ねられていても、関節部などには隙間が見える。各部に見えるそういった空隙から、深く体を抉り重要な血管を切り裂けば急所攻撃としては十分だ。武装の差を信じて鎧の上から一撃必殺、兜割りを狙うのも一つの方法だが奇襲となるこの瞬間は確実に敵を削りたい。大味な攻撃はエレミアに任せ、俺とラピスは敵の死角から急所を狙う──。


「──────ッッッ!!」


巨人が突然の痛みに挙げる絶叫も《サイレンス》に掻き消される。だがその一方で俺は今の攻撃に違和感を感じていた。深く切り裂くその直前で刃が押し返されるような不思議な感触。通常の肉体構造では有り得ない、超常の防護の気配を感じたのだ。


(傷が浅い……出血も少ないし、重要器官を狙ったはずなのに手応えがない。"フォーティフィケーション/急所防御"か?)


それは主に防具に付与される特殊能力の一つだ。魔法によって一時的に得ることも出来るが、効果は同じ。"クリティカル・ヒット"や"急所攻撃"に対して一定の耐性を与えるというものだ。ランクによってその確率には差があり、低くても25%、高ければ100%の確率でそれらの効果を無効化するという非常に重要な効果である。勿論俺も常時身に着けているが、敵がその効果の恩恵を受けているのは初めてのことだ。

ラピスも同様の判断をしたのか一旦距離をとって細剣を収め、呪文の封入されたスローイングナイフを取り出している。彼女の近接攻撃の殺傷力はその多くを急所攻撃に依存しているため、それが無効化されるのであれば敵に接近する必要がないからだ。俺とエレミアは引き続きターゲットへと攻撃を行うが、その体格に見合った膨大なタフネスを誇る巨人を倒しきるより先に、他の敵が動き始めた。

奥に居た一体の巨人を中心に信仰呪文のエネルギーが放出され、俺達を不可視にしていた秘術のヴェールが剥ぎ取られる。《インヴィジビリティ・パージ/不可視破り》だ。その効果範囲は想像よりも広く、巨人から距離を取ったラピスだけではなく後方に離れていたメイ達をも暴いている。20メートルを超える有効範囲からして秘術呪文使いとしてのメイに匹敵するほどの手練だと判断できる。先日のヒル・ジャイアントの司祭たちよりも格上だ。


「将軍の仰ったとおり、羽虫がわれら炎に引き寄せられてきたぞ!

チビどもが、その数で勝てると思っているのか? 立て、こいつらを徹底的に叩きのめせ!」



ファイアー・ジャイアントの一体がなにやら叫んでいるようだが《サイレンス》に阻まれてその内容は伝わらない。だが口の動きと雰囲気で意味は概ね把握できる。その巨人はこちらに駆け寄ると俺達が斬りかかっていた巨人の一体へと手を伸ばし、触れるやいなや負っていた傷を消し去った。《ヒール/大治癒》、おそらく一般的には最大の回復効果を持つ高位の信仰呪文だ。死の淵にあった巨人は全快とはいかないまでもその傷の殆どを癒され、身の丈に相応しい巨大なファルシオンを振り上げて立ち上がった。

彼は位置の明らかになった俺とエレミアから一歩離れるように距離を取ると俺に向かって《ディスペル・マジック/魔法解呪》を発動させた。本来であれば言霊を放たなければ発動しないはずの呪文だが、その音声要素を省いて呪文を発動させる訓練を積んでいるのだろう。幸いこの巨人の術士としての能力は先程不可視を暴いた巨人ほどではなかったのか、メイの付与した呪文は解呪されなかったものの俺が行使した呪文についてはその殆どがその効果を強制終了させられた。《サイレンス/静寂》の効果が失われ、周囲が音を取り戻す。


「我らが神の威光にひれ伏せ!」


さらに別の巨人がわざわざ共通語で叫ぶが、それには勿論意味がある。その言葉には呪力が込められていたのだ。《グレーター・コマンド/上級命令》という精神に作用する強制効果、神の威光を借りて対象を服従させる呪文だ。言語依存で行われたその命令は耳から入り込むとこちらの意思を無視して体をその命令通りに動かそうとしてくる。

全身が鉛になったかのように重く感じられ、体を投げ出して倒れてしまいたいと感じさせるその言霊を意思の力でねじ伏せて膝に力を入れる。この程度の言霊では俺を屈させることは出来ない。足裏に感じる地面の感触を蹴り飛ばすようにして前へ。狙いは最も手練と思わしき巨人の司祭だ。側面を抜けようとする俺に、傷が癒えたことで活力を取り戻した巨人が武器を振るってくるが今の俺は全く敵の武器攻撃に傷つけられる気がしない。拡張された知覚は自らの肉体の隅々までを把握した上で自在に操作し、その上でさらに周囲の状況までも完璧に伝えてくる。振り下ろされるファルシオンの刀身に刻まれている刻印を読む程度は勿論のこと、刃筋に見える波線の数までも数えられるだろう。その担い手である巨人の微細な体重移動、力を込められている筋肉の動きから心臓の鼓動までもが手に取るようだ。

もはや未来予知に近しい洞察に従って体を動かせば、寸前までの頭部の位置へと巨大な刃が振り下ろされている。傍から見ていれば間一髪と感じるかもしれない。だがそれは無駄な動作を省いた結果に過ぎない。俺は自身の身に害が及ばぬことを確信している。そうして敵の迎撃をくぐり抜けた今、俺の目前には最も手練と見える巨人の司祭の姿が見えている。前衛を務めていた敵をすり抜けることで射線が通ったのだ。俺はその瞬間を狙いすまし、用意していた呪文を解き放った。掌に拳大の氷の宝玉が生まれ、冷気をまき散らしながら巨人に向けて飛んでいく。《オーブ・オヴ・コールド/冷気のオーブ》、極低温の塊を召喚し、敵にぶつける攻撃呪文だ。解き放たれた時点で物理現象に置き換えられた攻撃であるため呪文抵抗により防ぐことも出来ない。

様々な呪文修正特技により絶対零度に近い領域まで研ぎ澄まされた宝玉は冷気を弱点とする火巨人であれば2回は殺してもお釣りが来るほどの殺傷力を有している。敵に触れるやいなや、その接点から熱量を奪い尽くし絶命に至らせる。巨体であり重装鎧を着込んでいる、今回のような相手には非常に効果的なまさに"火巨人殺し"の呪文だ。だが必殺のオーブが命中する直前、巨人の体から吹き出した紫の炎がその冷気を逆に喰らい尽くし消し去った。


「《ファイアー・シールド/火の盾》!? でも普通は冷気を軽減するだけで無効化は出来無いはずなのに……

 トーリさん気をつけて、古代巨人族の"遺失呪文"かもしれません!」


後方から今の現象を視認していたメイから警戒の声が飛ぶ。彼女が言うとおり、今の出来事は既存の魔法学では説明がつかない。俺の知識にも含まれていないのだ。既存のルールブックに存在しない、イレギュラーな呪文。だがその正体を推測する時間は与えられない。


「わざわざ殺されに来たのか。どんな攻撃も、このオルターダー様には通用せん! 惨めにその亡骸を晒せ、劣等種め!


先ほどの巨人の《グレーター・コマンド》より更に重い言霊が目の前の巨人──オルターダーから発された。《ブラスフェミィ/冒涜の歌》だ。《サイレンス》が解除された今、その言霊を遮るものはなく俺を押し潰そうと迫ってくる。塔の街シャーンの地下で浴びせられたものとは重圧が桁違いだ。おそらくその言霊に触れれば俺の命は消し飛んでしまうだろう。だが後方に控えるメイがその敵の呪文に対して杖を向けて《ディスペル・マジック》を放った。高位の術者同士の魔術が衝突し、一瞬の拮抗が生まれる。その後、言霊に乗った呪力は分解され、ただの音となって俺を通り過ぎた。メイの呪文が相手の呪文を打ち破ったのだ。


「小癪な連中め、奴隷時代に我等から掠めとった技術で我等に仇をなすか!」


おそらく決め手の呪文のつもりだったのだろう。解呪されたことでオルターダーは罵声を吐いた。メイはゼンドリックに来てから古代巨人族の、そして彼らから秘術を学んだ古代エルフ族の秘術を研究している。特にエルフの秘術伝承は巨人族に対抗するために解呪が研鑽されており、彼女自身の技量とあいまってその解呪能力は相当なものだ。この場で最も脅威と思われるオルターダーに対しても優位に立っている。そして彼女はさらに《セレリティ/素早さ》の呪文を組み合わせることで短時間であれば二人分の働きをすることが可能なのだ。


「敵の呪文は私達とラピスちゃんで抑えます、皆さんはその間に頭数を削ってください!」


メイの判断に従い、ラピスが後方に下がる。ラピスは"アブジュラント・チャンピオン"──防御術の専門家であり、《解呪》の呪文を並行展開する技術を持つ。つまり敵の術者4人に対し、メイとラピスの二人で拮抗状態を作り出すことが出来るのだ。そこにさらにルーが加われば術者としての質も量もこちらが上回る。あとは前衛として俺とエレミア、フィアが彼らを上回ればいい。オルターダーの護りについては不明だが、まずはその周囲の敵を削るのだ。

巨人は4体だが、剣での攻撃を行いながら高位の呪文を唱えることは出来ない。呪文の行使に集中すれば解呪合戦では拮抗できるかもしれないが、こちらの前衛が詠唱を妨害する。かといって前衛への対処に集中すれば一方的に付与している呪文を剥がされていき、どんどんと不利になっていくだろう。巨人の数があと少し多ければ双方に対して拮抗させることが出来たかもしれないが、増援が現れる気配は今のところない。実力が近いのであれば手数の差が圧倒的な戦力差を生む。メイとラピスという卓越した術者のおかげだ。

相手もその状況が理解出来ないほど愚かではない。彼らは劣勢を覆さんと一斉に動き出した。詠唱を妨害するために《サイレンス》が、視界を奪うために《スリート・ストーム/みぞれ混じりの嵐》が、手数を補うために《サモン・モンスター》が。様々な呪文が放たれるが、それらは実を結ぶ事無く解呪されていく。たった一つの呪文すら発動させず、彼女らは完封してみせた。技量に依存するとはいえ不安定なところもある解呪を立て続けに成功させるその姿は、まさに《円熟の術者》と呼ぶに相応しい。

勿論その間、俺たちも手を休めていたわけではない。現状で最大の火力を有するエレミアがその戦闘力を発揮できるよう、また彼女に対して邪魔が入らぬよう敵の足止めをしつつ剣を交えていたのだ。敵陣の中央に入り込んでいる俺は周囲の敵を牽制し、フィアは敵が呪文へと精神集中を始めたところを妨害するように傷を与えていく。そしてエレミアのダブルシミターは目にも留まらぬ速度で次々と巨人へと振るわれた。プレートメイルを着込んだファイアー・ジャイアントはエレミアが今まで対してきた巨人の中でも最も守りの堅い敵だろう。だがその護りは彼女の研ぎすまされた剣技の前には意味をなさなかった。

"フォーティフィケーション"により一撃で致命傷を負うことはないとはいえ、手数の多いエレミアの攻撃に晒されたことで間もなく巨人は全身から血を吹き出し始めた。傷を負った巨人本人の治癒呪文はフィアに集中を乱され不発となり、他の味方の呪文は解呪されるか俺によって妨害されている。彼らが振るう巨大なファルシオンはその大きさといい重量といい、まさに断頭の一撃とでもいうべき破壊力を秘めているが、それも全ては命中すればのことだ。エレミアもその脅威は感じており、四肢を集中して攻撃したことで今や巨人の武器さばきに当初の鋭さは見られない。失血の影響でその巨人が倒れるのは時間の問題だった。蘇生を避けるために遺体の首を刎ね、肉体を酸で焼き尽くす。

相手の技量からしてそれぞれが《レイズ・デッド/死者の復活》あるいは《リザレクション蘇生》などの呪文を用意していてもおかしくないが、遺体を損壊させておけば即座の復活を防ぐことが出来る。このレベルの戦いになれば負傷による死とは状態異常の一種にしか過ぎない。取り返しが付かないものではないのだ。


「おのれ、忌々しい盗人どもめ。だがこの俺の前に立ったことが間違いだと思い知らせてやる!」


オルターダーは仲間が倒されたことに怒りの気炎を上げた。手勢が減ったことでさらに劣勢に立たされたはずであるにも関わらず、彼の威勢は揺るがない。それはこの場にいる誰よりも優れているという自負から来るものだろう。《ブラスフェミィ》を使用するほど高い術者としての修練を積んだ火巨人は脅威度にして16といったところか。エレミア達のレベルでもそこまでには届かない。メイやラピスの用意している解呪の呪文数も無限ではなく、致命的な呪文以外は通さざるをえないだろう。それを悟ってか巨人たちは攻勢に出るのではなく守勢に回った。前衛に出た二人が道を塞ぐように立ちふさがり、そこで防御姿勢を取ったのだ。

半歩下がって間合いを取ったオルターダーは《リサイテイション/朗唱》、《シールド・オヴ・フェイス/信仰の盾》といった信仰呪文を立て続けに唱え、さらに戦神に祈りを捧げ《ディファイン・パワー/信仰の力》により神の権能の一部をその身に宿した。信仰心により戦神の技術を模倣した剣技はその巨体でありながらもエレミアを遥かに超える機敏さで武器を振り回すことを可能とする。さらに背中に背負っていた巨大な盾が宙に浮かび上がり彼の周囲を旋回し始めた。"アニメイト・シールド"、自立する盾だ。敵中に取り残された俺は無論彼の呪文発動を妨害すべく武器による攻撃を続けたのだがオルターダーの体を覆うプレートメイルは魔法により最上級の防護が付与されているようで深手を与えるには至らず、呪文の発動を許してしまった。

逆に攻撃を与えたこちらの手に例の紫色をした炎が絡みつき、火傷を負う始末だ。やはりこの呪文は《ファイアー・シールド》の上位互換のようだ。冷気のダメージを完全に防ぎ、触れた相手に熱によって大きなダメージを与える。火に対する防護があったから火傷程度で済んでいるが、普通の人間どころか馬程度までなら跡形もなく焼き尽くすほどの熱量だった。メイの付与した《レジスト・エナジー》を抜けてくるとは呪文の副次効果としては規格外だ。


(最高級のフルプレートに強靭な外皮、信仰心による反発の力場、そして巨大な盾。首から下げている聖印を象った装飾品からも強力な防御術のオーラが放たれている……そのうえ命中したとしても身に纏った炎でこちらが手傷を負わされる、か)


攻撃を加えつつ敵の装備と付与されている呪文を分析する。そこから推定される敵のACは俺ほどではないものの、充分に常識外れな数字だ。そして呪文で強化されたファルシオンの攻撃はおそらく俺でも回避に専念しなければ被弾しうる。おそらくこのまま真正面から激突すれば俺以外の何人かの命が失われる。そう確信させる戦闘力だ。巨人の自信の程が理解できる。

幸い斬撃による攻撃は通じているし、武器に付与された酸によっても傷を与えられるようだから無敵というわけではないらしい。


(トーリさん。私かルーちゃんならその巨人の強化を解呪できると思いますが、援護は必要ですか?)


分断されたことでパーティーの制御役を担当するメイから念話が飛んできた。おそらく今彼女たちからは立ち並ぶ巨人たちが邪魔になって俺の姿は見えづらいのだろう。だが一旦後ろに下がって皆と合流すればこのオルターダーも前に出ることになる。そうすれば犠牲は必至だ。エレミアは不満に思うかもしれないが、この巨人はここで俺が倒してくべきだろう。


(いや、解呪の残り回数も厳しいだろうしその必要はないよ。二人は敵の強力な呪文に備えておいてくれ。そっちの二体も《ブラスフェミィ》みたいな切り札を隠し持っているかもしれない)


メイにそう返事をして、俺は両手に構えていたコペシュをブレスレットに収納すると漆黒の大剣"ソード・オヴ・シャドウ"を取り出しその柄を握りしめた。夜の闇をも吸い込んでなお底の見えない黒さが刀身を象っている。手に伝わる重さが心強さとなって伝わってくる。ゲームの中でも愛用していたが、やはりここでも俺にとって愛用の武器はこいつだということなんだろう。そんな俺の様子を伺っていたオルターダーも同時にそのファルシオンを構え直した。


「貴様らのちっぽけな神への祈りは済んだのか? だがお前はもうじきその祈りが無意味だったことを知るだろう。

 貴様らの魂はカイバーにて永劫の責め苦を味わうのだ。我らが大地をその足で汚した報いと知れ!」



その言葉と共にファルシオンが唐竹割りに振り下ろされた! 直前に展開していた《シールド》呪文による力場の盾を置き去りにその場から飛びのくと、切り下ろされたはずの刃は《シールド》を両断した後に方向を変え横に飛んだ俺に追いすがるように地を這って迫ってくる。巨人からすれば地表すれすれに思えるかも知れないが、こちらの視点で見れば腰程度の高さに肉厚の刃が高速で飛んでくるのだ。俺は体全体を沈み込ませその刃の下を潜る。重力に身をまかせるだけでは間に合わないため、纏った外套の飛行能力で地面に向けて体全体を加速させての回避だ。そしてそのまま刃の下に張り付くようにして前へと進む。

そうやって刃の下から腕の下へと迫ることで宙を浮く盾の内側に回りこみ、死角からグレートソードを突き込んだ。狙いは板金鎧に覆われた膝部分、可動部であるがために構造的に脆いと思われる箇所だ。だが漆黒の刃は鎧に届く直前にまるで粘土の高い液体に差し込んだかのような抵抗感を受ける。《シールド・オヴ・フェイス》による反発の力場が急接近する物体の運動エネルギーを奪っているのだ。だが最高峰の術者による呪文だとしてもその抵抗は鋼板一枚分程度にしか過ぎない。俺は力任せにその反発力場を打ち抜いた。

だが戦神の加護を得ているオルターダーにはその刹那が十分な猶予となった。足の向きを変えることで側面の金属の分厚い面でアダマンティンの刃が受け止められ、込められた魔法の力同士が激突して激しい火花を散らす。だがそれも長くは続かない。攻撃が対応されたことで一転受け手に回ることとなった俺が即座にその場を離れたのだ。するとまるでその動きによって空いた隙間に空気が流れこむように、ファルシオンが滑りこんできた。その切っ先の速度は人間が振るう武器とは比較にならない。武器自体とそれを振るう巨人のリーチが合わさることで、運動角が同等であったとしても先端速度は段違いなのだ。

無論その先端をわざわざ視認する必要はない。その運動の起点となる巨人の手、腕、そしてそれらを動かす筋肉の動きを読むのは当然として、さらにこちらの動きによって相手の行動を誘導することで選択肢を絞るのだ。数手先、数十手先を読み合うチェスや将棋のような思考が駆け巡る。膨大な密度で入力される知覚情報が予測・分析され脳が沸騰したかのような感覚。だがそれでいて思考は冷静さを保っている。瞬きや呼吸の間隔は言うに及ばず、足の指先に込められた僅かな力加減の変化や心臓の鼓動するリズムまでもが判断材料なのだ。

お互いの攻撃の中で有効打は生まれず、攻防は一進一退を繰り返した。呪文詠唱のため半歩下がったオルターダーに対して追いすがったため、期せずして一騎打ちの状況だ。巨人のファルシオンが空気を引き裂き、俺のグレートソードが鎧に弾かれる音が響いたのは10秒ほどの間だっただろうか。思考の中で百にも及ぶ応酬を繰り広げていたために時間感覚が引き伸ばされているが、正確な時間管理は呪文の効果時間を把握しておくために必須だ。そしてその時間を無駄に費やしたわけではない。実際に剣を交えたことで得られた情報から相手の能力について修正を加えていく。


(盾が厄介だな。こちらの動線が制限されて対応を容易にされている。しかしそれよりも鎧と外皮の硬度が同程度……最高級の板金鎧を二重に着込んでいるようなものか)


首から下がっている聖印は巨人の肌に鋼の硬さを与えていた。"アミュレット・オヴ・ナチュラルアーマー"、効果自体は珍しくもないがその性能は最高峰の逸品だろう。前衛に立つ者であれば垂涎の品だ。武装から装飾品に至るまで全てが一級品。まさに歩く宝の山だ。

だがそれら防御面よりも真に恐るべきは攻撃面だ。巨人の膂力に戦神の加護が加わり、打ち合うごとにこちらに合わせて最適化されていくその技巧は眼を見張るものがある。定命の存在では辿り着けない研鑽の果てだ。だが、俺の回避はさらにその上を行く。


「何故だ、何故当たらぬ!」


オルターダーの焦りが感じられる声を聞き流しながら、振るわれたファルシオンを今度は飛び越すように回避しそのまま宙を蹴って高さ三メートルほどの位置にある頭部へと迫る。唐竹割りに振り下ろした大剣は鈍い音を立てて兜に阻まれるが、気にも止めずにその位置から離れる。今の俺の命脈を支えているのはこの〈軽業〉じみた独特の歩法だ。《強行突破》と呼ばれる技法にMMO特有の強化が加わり、回避を大幅に向上させている。ゲーム中ではこの効果を発している間は攻撃することが出来なかったため地雷スキルだったのだが、今こうして使っている分にはそれほどの制限はない。せいぜい移動を常にし続ける必要があるため、足を止めて攻撃に集中することが出来ないという程度だ。

減った手数を"ソード・オヴ・シャドウ"による一撃の威力で補おうと思ったのだが、相手の護りが固く有効打を与えられていない。とはいえ現時点では足を止めて攻撃に集中したとしても結果は同じだろう。相手の能力もほぼアタリをつけた。そろそろいいだろう。

空中を蹴って突然の方向転換。今までこちらの進路を制限する遮蔽として邪魔になっていた盾へと向き直り、剣を振り下ろす。耳に響く甲高い音が響き、盾はほぼ中央部から分割された。付与されていた魔法が霧散し、ただの金属塊となって地面に落ちる。《武器破壊》の応用で盾を破壊したのだ。ただの物体としてみればアダマンティンの刃は自身以下の硬度の物体を豆腐のように切り刻む。破壊は容易だった。そしてその盾の残骸を踏みつけて前進。突然の出来事に対応しきれていない巨人の懐へと潜り込む。盾という邪魔物が消えたことで先ほどまでよりも力の乗った刃は鎧を割り外皮を割いて深く食い込んだ。抉るように刃先を回転させながら引き抜いて傷を広げながら後退、巨人の怒りの反撃を避ける。


「どうした、痛みを感じるのは久しぶりか? 攻撃が雑になっているぞ」


俺が先ほどの攻撃で斬りつけたのは肩口だ。流石に頭部への一撃は許してもらえず体を捻ることで逸らされ、また分厚い筋肉に遮られ骨を絶つまでは至らなかったが初めての有効打である。とはいえ相手の耐久力は相当なもので、同じような攻撃をあと何回も叩きこまなければならないだろう。"フォーティフィケーション"持ちの敵はこれだから面倒なのだ。


「貴様ァ! 小人風情が図に乗るな!!」


威勢よく叫ぶオルターダーだが、それで攻撃が今以上に鋭くなるようなことはない。《ディスペル・マジック》で俺の強化呪文を剥ぎとって優位を得ようとするが今俺が使用しているのは《シールド》に《ヘイスト》くらいのもので即座にかけ直せば済む。貴重な高位術者としてのリソースを消耗させるのであれば良い取引だ。

虚実を織りまぜながら相手の周囲を絶え間なく移動し、攻撃を避けたところに反撃を打ち込む。その度紫炎が"ソード・オヴ・シャドウ"を伝い、肘あたりまでを包んで焼くが《軽傷治癒》で即座に癒していく。あるいは俺に回復呪文が無ければオルターダーを倒すよりも先にこの紫炎で戦闘不能に追い込まれていたかも知れない。前衛にとってはそれだけ厄介な能力だ。だがそれはあくまで"もしも"の話だ。

度重なる攻撃はオルターダーの生命力を確実に削っていた。最初こそ《ヒール/大治癒》などで時折回復していたオルターダーだが、呪文のリソースが徐々に乏しくなってきたのだろう。傷を癒す間隔は徐々に長くなり、癒しきれぬ傷が各所に目立ち始めた。


「まさか、この私が人間に劣るというのか!」


巨人の悲痛な叫びが高台に響く。何度も振るった攻撃の全てが触れることもなく回避され、偶然では片付けられない手傷を身に受けることで認めがたい現実に打たれたのだろう。だがオルターダーの瞳から戦意が消えることはない。


「だがこのままでは終わらんぞ! 灼熱の業火に焼かれて死ね!」


オルターダーのその言葉に呼応して、彼が構えたファルシオンから猛烈な勢いで炎が立ち上がる。そしてその炎で尾を引きながら強烈な一撃が横薙ぎに一閃された。だが、それは今まで繰り返された攻防の中でも特に威力に重きを置いたためか鋭さに欠ける攻撃だった。自棄になってのまぐれ当たりを狙った攻撃か。こちらの首の高さを横切るその攻撃を、体勢を低くして潜り抜ける。同時に左足を前に出し、大きく足を開いた。後ろに残された右足が地面を踏みしめ、足首、膝、腰へと力が伝わっていく。その伝達が肩まで届いた時、地面に沿うように後方に低く構えていたアダマンティンの刀身が、弓弦から解き放たれたかのように動き出した。

行く手にある大気を食らいながら弧を描いて飛翔した剣の先端は狙い過たずオルターダーの武器を握った腕へと切り込んだ。反発の力場を物ともせず篭手に食い込んだ刃は鋼を断ち割り、外皮を食い破って尺骨と橈骨を割る。そして反対側から飛び出し、完全に腕を切断した。支えの一方を失ったことで、ファルシオンは勢いを殺されずそのまま巨人を中心に円運動を続ける──はずだった。その時、俺の視界に写ったのは、苦痛ではなく暗い喜びに口元を歪めたオルターダーの表情。篭手が断ち割られた音がようやく俺の耳に届くその直前、聴覚を破壊するような爆音が後方から響き渡った。遅れて体を吹き飛ばす衝撃。

オルターダーのファルシオンは俺ではなく、断崖に設置されていたコンテナの一つを狙っていたのだ。"メイジファイアー・キャノン"のために用意されていた秘薬がファルシオンの発する炎により引火し、大爆発を引き起こした。コンテナの炸裂は隣のコンテナへと連鎖し、それぞれから赤熱した高温の触媒が溢れ出し膨れ上がって周囲を埋め尽くす。急速に熱された大気がさらに行き場を求めて暴れ狂い、俺の体は激流に放り込まれた木の葉のように弄ばれた。咄嗟にクロークの飛翔能力により高度を取り、粘ついた触媒の濁流に飲み込まれることは避けたものの、爆風と高熱に晒された体はこれまでになく傷めつけられている。今もなお吸い込む大気は肺を焼いており聴覚は機能していない。おそらくは鼓膜は破れ、内耳からは出血しているのだろう。即座に蒸発するため出血を感じることはないが、眩暈が激しい。

霞む視界に意識を集中する。地面は抉れ高台は崩壊し、足元は溶岩と見紛う赤熱した触媒に覆われている。先刻見た"足止め袋"の中身と似た性質を持った素材だったのか、ドロドロと不定形を保ちながらも高熱を発し続けている。空中で体勢を整え周囲を見渡すと、文字通り灼熱地獄と化した高台には炎に対する完全耐性を有する巨人たちが立ち並ぶ中で、不可視の壁が触媒の流れを遮っているのが見えた。メイかラピスの《ウォール・オヴ・フォース》だろう。咄嗟に壁を構築して被害を免れたのだ。どうやら他の皆は無事なようだ。


「───、───────、───」


腕を前腕半ばから失ったオルターダーが何かを喋っているようだが、視界も定まらず耳が使い物にならない状況ではその意を掴むことも出来ない。だがその表情はしてやったりと言わんばかりに喜悦に歪んでいた。ひょっとしたらコンテナの中身は砲などではなく、全て秘薬の類で満載されていたのかもしれない。周囲に砲の残骸が見当たらないこともあるが、何よりもこの高熱と破壊力。一辺が3メートルの立方体が6つ、それが中身が爆薬であったというのであればこの破滅的な威力の程も納得出来るというものだ。

片腕を"ソード・オヴ・シャドウ"から離し空いた手にブレスレットから《ヒール/大治癒》のスクロールを取り出す。うっかり取り落とせばそのまま燃え尽きそうな紙に描きこまれた魔術回路を励起して自らの治癒を施すと視界が鮮明になると同時に聴覚も蘇り、指先に至るまで全身を覆っていたささくれた感覚が消えていった。どうやら思ったより手痛いダメージを受けていたようだ。全身火傷といったところか。今もなお身を包む熱気に呼吸することすら儘ならない。『炎の海・フェルニア』が現界したかのようなこの環境では長くは持たない。もう一枚のスクロールを取り出すと《ファイアー・シールド》の呪文を展開した。オルターダーのものと異なり緑の温かい色を発するそれは炎によるダメージを半減する冷気の盾だ。

俺が戦いの準備を整えた頃にはオルターダーも切り落とされた腕を繋ぎ直し、ファルシオンを構えなおしていた。俺が真っ二つにしたシールドはもはや高熱に溶かされ原型を留めていないものの、それ以外の傷は全て癒えているようだ。どうやらまだ高位の治癒呪文を使う余力を残していたらしい。だがリソースを消耗していることには違いない。一気に畳み掛けるべく、俺は空を駆けた。


「この環境下でまだ抗うか! だが長くは保つまい」


盾を失ったオルターダーはその代わりにファルシオンを広く構えた。だがこちらが足を止めれば即座に反撃に転じてくるだろう、鋭い視線がこちらを注視している。その狙いは明らかだ。今でこそ呪文の保護により呼吸も可能となり支障なく活動できているが、巻物から発動させた《ファイアー・シールド》の効果時間は40秒ほどだ。まだストックに余裕はあるとはいえ、解呪されればその度にかけ直さざるをえず、こちらの手を止める必要がある。それにこれほど派手な狼煙が上がったのだ、敵の増援についても考慮すべきだろう。目的の"メイジファイアー・キャノン"の破壊は期せずして完了したが、この危険なジャイアントをそのままにしていては守備隊に勝ち目はない。

だが守勢に回った巨人は手強かった。特に信仰呪文の使い手なのであるから尚更だ。一太刀浴びせるたびに治癒呪文が行使され、刻んだ傷の半ばまでは塞がれる。そして攻撃の全てが命中するわけでもない。おそらくは残っていた呪文のリソースを全て治癒呪文に変換しているのだろう、オルターダーはひたすらに時間稼ぎに徹しているようだ。このままでは倒しきるまでに相当な時間がかかることになる。この事態はゼアドとの再戦に備えて近い戦闘力を持つこの巨人との戦いを引き伸ばしたことが原因でもある。誰に見られているかもわからないこんな戦場では使いたくはなかったが、手札を一つ切らざるをえないだろう。

そう決心した俺はオルターダーの懐にまで潜り込む。迎撃のファルシオンを回避し、剣の間合いに入って一太刀を浴びせる。常であれば即座に離脱するところだが、俺はその場に留まった。


「馬鹿め、堪え切れなんだか! 自らの愚かさを悔いるがいい!」


俺の行動の変化に即座に対応し、オルターダーがファルシオンを叩きつけてきた。《シールド》が断ち割られる寸前、受け止める盾に傾斜をつけたことで軌道の変わった空隙へと滑りこもうとするが巨人の膂力と戦神の加護は俺を逃すまいと追いすがり、肩口に痛烈な一撃が炸裂した。刃が力場を貫き、ローブを食い破って肌を切り裂いた。だが骨に達する前に身を捻ってさらに巨人との距離を詰める。密着するほどの距離まで詰めたために、追撃の刃は届かない。攻撃を受けた左肩から先は動かそうとすると激痛が走るが、切断されていないことは指先の感覚が教えてくれる。動くのであれば問題ない。この程度のダメージは織り込み済みだ。俺は"ソード・オヴ・シャドウ"を消して治癒呪文ではなく、用意していた2つの呪文を解き放った。

突如俺を中心に嵐が起こった。秘術で産み出された霙が即座に熱気で蒸発し、周囲を靄で包む。《スリート・ストーム》の呪文だ。視界を塞ぐその効果はこの高熱下でも有効だ。そしてそれにより秘匿を確保した俺はもう一つの呪文を発動させる。先ほどまで剣を握っていた俺の掌に閃光が発生した。


「雷よ!」


単音の詠唱と共に現れたそれはまさに凝縮された雷光そのものだ。その掌中の稲妻を俺はオルターダーへと叩き込んだ! プレートメイルの表面に吸い込まれたそれは内部へと浸透するとその圧縮されたエネルギーを解き放つ。荒れ狂う電撃が体内を灼く。だが生命力に富んだ巨人がこの一撃で倒れるはずはない。だがさらに振りかぶった俺の掌にはまた先ほどと同等の稲光が宿っている──!


「焦げ尽きろ──!」


掌打の嵐が巨人を襲った。その全てには雷が宿っており、その破壊力は通常の拳による打撃の比ではない。そしてこの攻撃は鎧を抜く必要はない、ただ触れさえすれば徹るのだ。どれだけ頑丈な鎧や盾があろうと関係がない。図体だけが大きく鈍重な巨人などただの的にしか過ぎない!

生来の炎に対する耐性にも、呪文による冷気に対する耐性にも関係ない電撃による攻撃。体内で一撃が爆ぜるたびに複数の臓器が焼灼されていく。最も活力に溢れた心臓すら例外ではない。最後に打ち込まれた拳から放たれた雷撃は既に炭化していた肺を貫通し、最後に残された臓器の脈動を停止させた。


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