魚人をレイドユニークで一刀両断した後の事。
とりあえずエレミアさんに《キュア・ライト・ウーンズ/軽傷治療》の呪文を使って血止めを行ったんだが医者でない身には毒や病気の可能性を捨てきれない。
今後のレベルアップではゲーム中ついぞ成長させることのなかった「治療」技能にポイントを割り振ることを決意しつつ、
末期に追加されたクエストのユニーク品の魔法効果《パナセア/万能薬》を使用して念には念をいれておいた。
この魔法にはある程度の回復効果がある上、毒や病気といったバッドステータスを打ち消す効果もある。
昼間試行錯誤したあと徹夜で戦闘になったため、自前のSPが心許なく敵襲に備えて温存しておきたいという考えもあったのだが。
幸いその後は敵が襲撃してくることもなく、夜明けを迎えることが出来たのであった。
ちなみにエレミアさんは夜明けまで目覚めることはなかった。エルフは睡眠しないって話だったが、昏倒はするようだ。
あと、一度瀕死状態までいくと弱い回復魔法をかけたからといって即動けるようにはならないのかな? ゲームとは違うところだが納得である。
目を覚ましたエレミアさんにはまたしてもお礼を言われることになった。
だがまぁ彼女に任せてサポートすらせずに高みの見物をしてしまっていたことも原因の一つではあった。なので
「自分が敵を倒せたのも君が奴の注意を引き付けてくれたおかげ。
自分はその隙をついて相手の不意を撃っただけだし、むしろ囮のような真似をさせて危険に晒してしまって、謝るのはこちらのほうだ」
と言って貸し借り無し、というところで何か言いたそうではあったが話を打ち切った。
ちなみに一刀両断は流石にバレると不味いと思い、エレミアさんが寝ている間に遺体を冷気の魔法で凍らせた後で蹴り砕いておいた。
後処理をしながら思ったんだが、よく考えれば素手であれば急所を狙わない限り致命的なダメージを与えないはず。
今後人間を相手にすることが多いだろうし、まずは素手戦闘に慣れるべきかな。
ゼンドリック漂流記
1-4.戦いの後始末
夜明けに来た交代部隊の皆に洞窟と後始末を任せ、宿に戻って目が覚めたらまだ昼前だった。
目一杯寝たつもりだし、体からもすっかり疲れが抜けているんだがこれもチート効果なんだろうか?
姿が若返ったこともあって、将来元の世界に帰還できたとしてこのチートボディとの落差がどうなるのか心配だ。
この姿のまま戻るのか? それとも元の姿になるのか? こちらで経過した時間との時間差は?
あまり良い想像が出来なくてヘコむが、正直そんなことは今考えたってどうにもなりはしない、とネガティブ思考を振り払う。
何か腹にいれて気分転換しよう、と1Fの酒場に足を向けた。
階段を降りて1Fを覗き込むと、カウンター内側の定位置にシグモンドさんの姿がなかった。
かわりにカウンター席には奥さんのイングリッドさんが座って、なにやら繕い物をしていたようだ。
「おはようございます」
声を掛けると手を止めて会釈を返してくれた。30半ばくらいの落ち着いた感じのする女性だ。ちなみに3児の母である。
顔を洗って戻ってくるとその間に食事の用意をしてくれたらしく、ブランチを頂きながらこの村についての話を聞かせてもらった。
この村では大昔にサフアグンの大群との激しい争いがあったらしい。その際に村の英雄として活躍したのが『ビオルン・ヘイトン』という男であり、
今でもその男の墓は小さな村には相応しくない規模の立派な墓所に祀られているだとか。
この村を守っている結界を発生させているのは、そのヘイトンの仲間であるカニス氏族のアーティフィサーが島の工房で作成した宝具で、
「カニス・クリスタル」の名で大切にされているとか。
その作成法はヘイトン家に伝えられているらしく、現在は当主のラース・ヘイトンという人物がいるそうなのだが、
サフアグンがこの村を襲ったのと前後して失踪しているらしく、彼といい仲だった娘のカヤがそのせいで気落ちしているとか、
カヤのライバルであるパラディンのウルザを狙っている息子のアスケルがいい所を彼女に見せようと張り切りすぎていて心配だとか。
シグモンドも若いころにこの村を訪れた冒険者であったが、当時のサフアグンの長を討ち果たすも亡霊となって復讐に来たその長を撃退する際に、
生命力をかなり削られてしまい冒険者を引退することになったとかその時の彼は素敵だったわ今も格好いいんだけど!とか。
・・・なんだか途中からは物凄く局所的な話題になってしまっていたが、ゲーム中では語られなかった人間関係が判明して結構興味深かったため退屈はしなかった。
昨日エレミアさんが収穫してきた兎の肉を煮込んだシチューは存外美味しく、夫人に食事のお礼を言って酒場を出た。
とりあえずは昨日襲撃があったって話のバリケードの様子でも見てくるかな。
崖と谷に挟まれた細い道を塞ぐ様に建てられたバリケードは、所々が斧で破壊されたのか向こう側が一部見えるような有様であった。
現在は昨日酔い潰れていたせいで防衛線に参加しなかった村の若い連中や冒険者たちが修復を急いでいる。
このペースであれば今夜までには十分な補強が行われるだろう。
ここの指揮を執っているのは先ほど話題に出てきたバウアー夫妻の息子、アスケル君のようだ。その隣にいるのがウルザさんか?二人とも俺と同い年くらいかな。
張り切って働いている姿を見ると、先ほどの婦人の話からついに微笑ましさからにやけてしまいそうになる。
そんなところを見咎められると余計なフラグが立ちそうだったので、バリケードから離れて例の森の広場を目指すことにした。
とりあえず昨日1日、特に夜のクリスタル防衛の際にわかったことを確認する。
この状態になって初めて近接戦闘を行ったが、やはり経験が圧倒的に足りていない。
ゲーム内であれば筋力の補正で現時点でも非常に高い命中基本値があるはずだ。
だが、昨日の戦闘ではAC(アーマークラス)が大してなさそうな敵にも関わらず、不意を撃つという戦術を取らざるを得なかった。
最終的には筋力補正に任せた力押しだったが、そこに持ち込むまでを戦闘技術だけで構築できる自信がないのだ。
ある程度技量の高い相手には、どう打ち込んでもいなされて下手をすると体勢を崩されてしまいそうなイメージが浮かぶのだ。
それが後ろ向きな発想から来る妄想であればいいのだが、どうやらこれは戦闘技能としての『先読み』の一貫であるらしい。
どう打ち込んだらどう返されるか、というのが頭に浮かぶのだ。
おそらくモンククラスの特殊能力であるACボーナスに由来する能力だとは思うのだが。洞察ボーナスという回避修正があることだし。
防御面に関してはこの能力により戦闘の流れを把握できるため、余程の事がなければダメージは受けないだろう。
だが、相手の防御を崩すような攻撃の組み立てを学ばなければ今後強敵が出てきた際に手札が一つ切れなくなる。
レベルが上がって「基本攻撃ボーナス」というステータスが上がれば解決するのかもしれないが、油断は禁物だ。
昨日のような奇策が通じない場合や、魔法を無効化する手段なんてこの世界には山ほど存在する。
生き残るためには万全を尽くさなければならない。この世界の治安の悪さはヨハネスブルグどころではないのだ。
ゲームの世界と異なりTRPG準拠のエベロンワールドであるとすると、死者の蘇生は呪文としては存在しても、
その行為自体がソヴリン・ホストという一般的に信仰されている善の神々への挑戦行為と見なされるため、滅多に行われないはずである。
特に後ろ盾や信頼できる仲間がいない以上、死ねばそこで終了だろう。
ひょっとしたら死者の世界である『ドルラー』へ行くのかもしれないが、そんなところで意識が擦り切れるまで過ごすなんて真っ平ゴメンである。
「とはいっても今出来ることは素振りくらいか・・・」
村の外へ出ればカルティストやら魚人相手に実戦経験を積むために無双しまくる、というのも考えられるが。
昨日の戦闘では結局ほとんどの敵はエレミアさんが弓で倒している。
これではシグモンドも村の外を探索する許可を出してはくれないだろう。
あるいはエレミアさんとチームというのであれば可能性はあるが、それでは自分の性能を思う存分確かめることが出来ない。
どうしても単独での戦闘力を認められる必要がある。
「そういえば弓とか使うってのがいいかもしれないな」
素振りをしながら考える。
まだ苦手な白兵戦をする必要なく、高い《視認》と《聞き耳》で離れた敵を発見し、一方的に攻撃すればいい。
幸いブレスレットには威力凶悪極まりない何種類かの弓と、放った後もある程度の確率で自動的に矢筒に戻る「リターニング」アローも相当数ある。
「ダメか。強力すぎて出自を疑われる・・・」
おそらくは一撃でそこらの巨木を圧し折り、さらには生き延びたとしても意志の弱いものには「呪い」を付与するような見た目禍々しい弓や、
確率こそ低いものの、矢が刺さったところに派手な落雷で成竜すら一撃で屠るであろう可能性を秘めた弓。いずれも市場では値がつかないほどの品であろう。
そんな宝具を持っているのがバレたらそれを狙った連中に追い回される羽目に成りかねない、それほどの武具である。
逆にそういった特殊な弓以外では、まだそれ単体で勝負できるほどの技量がないのである。
「やっぱりこの村にいる間は地道にいくしかないか」
当初の目標どおり、有能そうな冒険者を見つけて彼らを支援する。
幸いエレミアさんという人材に縁を結ぶことが出来ている。
彼女とあと何人かの前衛がいれば、後方からの回復と敵の攪乱に徹するだけでこの村のクエストは最後までこなせるはずである。
何なら活躍したがっているアスケルあたりを焚きつけてもいいかもしれない。
そんな考え事をしていると、誰かがこの広場に近づいてくるのを感じた。
一応足音や気配を殺しているようだが・・・前回の反省を活かして索敵系スキルの強化アイテムを一時的に装備している俺に死角はないぜ!
昨日斬ってしまった倒木に腰掛けて、休憩を取ることにする。
「エレミアさんも飲む?昨日のお礼ってことで酒場からいい飲み物を貰ってきたんだけど」
そう、昨日に引き続き広場にやってきたのはエルフの娘さんでした。
「・・・やはり気付かれていたか」
振り返ると昨日とは違う装いの彼女が、少し離れたところに立っていた。
現実では見たことはないが、この世界では一般的な装備であるマントを羽織り青草色のブーツを履いている。
(・・・これは一応なにか褒めたほうが良いのだろうか?)
そんな考えが頭を過ぎったが、残念ながら上手い言葉が出てこない。交渉技能を上げれば何か気の効いた台詞が浮かぶようになるのか?
なんて事をノホホンと考えていたら、耳をつなぐ顔表面のラインにチリっと電気が走ったのを感じた。
何かを考える前に倒木から転がり落ちると、顔のあったところを鈍い輝きを煌かせてダブルシミターの片刃が通過していくのが見えた。
なんとか初撃は凌いだがこれでまだ終わりではない!ダブルシミターの攻撃は隙を残さぬ二段構え・・・!
転げ落ちた勢いそのままに立ち上がり、逆の軌道で跳ね上がってくる対の刃の軌道を予測しそこから体を捻って回避する。
連撃を凌いだ後には流石に隙が生じる。その間に地を蹴って一気に距離をとる。一足飛びに10m弱稼いだが、この程度はまだ彼女の攻撃範囲内であると肌が感じている・・・
「・・・やはり、これも凌ぐか」
ほんの10秒前まで感じていたホンワカ感はどこへやら。手放した際にシミターで両断された飲み物入りカップが、今頃草地に落下して割れたようだ。
せっかくの夫人の心遣いだったんだけど。
ようやく思考が肉体に追いついてきたのを感じる。あれ?何で俺攻撃されてるの?
無意識で視線をやっていたエレミアさんを、意識して観察する。まだ攻撃を体勢を解いてはいない。こちらに飛び掛る隙を伺っているようにも見える。
「昨日から貴方のことを観察していた・・・。
巨木を両断するほどの力を持ち、治癒の術を使う。さらにはエルフの狩人である私よりはやく周囲の異変を感じ取ってみせる。
今は種族に伝わる気配殺しに身を包んだ私の気配すら察知して見せた。そんな駆け出しの冒険者はいない」
む。どうやらさり気無い振る舞いとかも彼女に違和感を感じさせていたのか。指摘されてみれば確かに不自然ではある。
「そして、極めつけは昨晩の戦闘だ。
私でさえ不意を撃たれ不覚を取った相手に対し、貴方は一撃で両断してのけた。
あの時見た大剣の不気味な黒い輝きは今思い出しても空恐ろしい。失われた死のマークとはあのようなものかもしれないと思ったほどだ。
その上敵の死因を偽装して自分の実力を秘匿する」
意識あったのかよ! 狸寝入りですか!!!
思わず声に出してツッコミそうになるがすんでのところで耐えた。彼女からの殺気が一段と高まるのを感じたからだ。
「それほどの実力と武具を隠し、一体何を企んでいる?」
(・・・どうやら、禄でもない種類のフラグを立てちまったみたいだな)
まったく、村の中は結界のおかげで寒波から守られているというのに俺の心の中はすっかり氷河期のようだぜ・・・
だが、彼女からの殺気は頭を冷やしてくれる。
どうやらマズいところを見られてしまったらしい。意識はないのかと思っていたが、まさかあの状況でこっちの様子を観察しているとは。
特に"ソード・オブ・シャドウ"を見られたのはマズイ。あれは本来ならクンダラク氏族の秘中の秘、《夜天》にあるはずの品物だ。
彼女がその存在を知っているとは思えないし、この世界でも《夜天》や"ソード・オブ・シャドウ"が存在するのかは不明だが、
この武器の放つ存在感はそれだけでただの魔法の品ではないと感じさせるに十分だ。
ひょっとしたら『影のドラゴンマーク』を発現する唯一の種族であるエルフである彼女だからこそ、あの剣のオーラを感じ取ったのかもしれないが・・・。
どうする?消すか?
たとえばこの場で彼女を殺害し、そこの崖から海に向かって死体を放り込んでしまえばあとは魚が処分してくれるだろう。
《レイズ・デッド/死者の復活》には完全な状態の遺体が必要だ。遺体がなければまず蘇る事はない。
その上級である《リザレクション/蘇生》であれば肉体の一部からでも蘇生が可能だが、そもそもそんな高位の術を使える術者はこの世界では一握りしかいない。
さらにここエベロンの世界で、死後先祖の霊と一体化することで種族に貢献するという思想で知られるエルフを復活させようとする奴なんていないだろう。
基本的に死者蘇生の試みには本人の魂の同意が必要なのである。
万全を期すのであれば手持ちのアーティファクトには《トラップ・ザ・ソウル/魂の牢獄》という最上級呪文の効果を持つ道具もある。
これを用いて肉体も魂も封じてしまえば、もはやいかなる手段を用いても彼女から情報を吸い出すことはできないだろう。
・・・馬鹿馬鹿しい。一体俺は何を考えているんだ。
確かに知られたくなかった情報ではある。
このブレスレットの効果は凄まじいし、中に秘められたゲームのアイテムには世界のバランスを崩壊させうるものもあるかもしれない。
それを知られることで狙われたり、陰謀に巻き込まれることだけは避けたい。
だが今彼女に見られたこと程度は、今後冒険者として依頼をこなしていればいずれ漏れる範囲の情報だ。早いか遅いか程度の問題でしかない。
その程度の違いで、わが身可愛さに彼女を殺す?
どうやら昨日の戦闘は思っていたよりもストレスになっていたみたいだな。でなければこんな殺伐とした考えが出てくるとは思いたくない。
とりあえず方向は定まった。その向きに進むためには、今も殺気を向けて彼女をなんとかしないとな。
ブレスレットから"ソード・オブ・シャドウ"を呼び出し、目の前の地面に突き刺す。
一瞬彼女が反応したが、その場から動かずにこちらの様子を伺うに留まったようだ。
敵意がないことをアピールするために突き立てた剣からも数歩さがり、両手を挙げて降参の意志を示す。
「確かに隠し事がないわけじゃない。でもそれはこの村やアンタに害を与える種類のものじゃあ、ない。
もし俺がその気だったらわざわざ傷の治療をしたり、クリスタルを守ったりする必要はないと思わないか?
殺すつもりなら昨日殺しているだろうし、村をどうにかするつもりならクリスタルを破壊していただろう。
わざわざ昨日というチャンスを逃してまで一体俺にどんなメリットがあると?」
我ながら中々の説得力があると思う。だが彼女にはまだ足りないらしい。未だ殺気は収まらない。
「だが何故実力を隠す?
それほどの実力であれば一人でここを抜けることも可能なのではないか?」
「簡単だ。目立ちたくないんだよ。事情があってね。
それに、道場剣法ってのも嘘じゃない。昨日だってなんとか不意を撃って武器の力で押し切っただけだ。
自分の実力じゃなくて道具の力なんだ。分不相応な道具だと思われると不心得な連中が寄ってくるかもしれないし、隠しておきたいんだよ。
あと、知性のある生き物を手に掛けたのはこの話に巻き込まれた今回が初めてなんだ。
魚人はまだいいが、出来れば同じ人間やアンタみたいなエルフを殺したくはない」
「・・・・・・・」
静寂があたりを支配した。積雪に耐え切れなくなった枝葉から雪が零れ落ちる音だけが微かに響く。
彼女はこちらの真意を問うように俺の目を見つめている。
言える事は全て言った。これで判ってもらえないのであればもう説得は無理だろう。
彼女との縁は諦めて、他の冒険者を探さないといけないだろうな・・・。
「確かに言い分は通っているが、信用ならないな。これ以上は語る必要もない!」
どうやら説得は失敗の模様。彼女が距離を詰めてくるが、突き立てた剣を支点に周回する事で間合いから逃れ続ける。
しかし、今回の彼女の行動には少し疑問が残る。
もしこちらを問いただしたいのであれば、夜明け前に周囲にほかの人間がいるところで行ったほうが安全だったはずだ。
自分より強いと思っている相手に、わざわざ単独で秘密を問いにいくなんて危険をわざわざ冒すのか?
まだ知り合って1日しか経っていないが、少なくとも彼女は悪性ではなく善性に偏っているように感じた。
その彼女が一緒に行動していた仲間(と俺は思っているんだが)を突然攻撃する?
朝方の彼女は何か言いたそうにしていながらも、こちらの言い分に納得してくれていたように思える。
その後、今までの時間に彼女の中で考えを変えるようなことがあったのか?
それよりは寧ろ、村の中にいるカルトのスパイが彼女の思考を誘導してしまったという線はないか?
《チャーム・パーソン/魅了》は初級の呪文だ。彼女がこの呪文によって操られている可能性もある。
『真意看破』技能が高ければ、彼女が呪文に影響を受けているか判断することができるんだがこの技能はゲームでは省略されている。
なので能力値補正だけで看破する必要があるんだが、今の俺では残念ながら判断がつかない。
《魅了》の効果はせいぜい数時間、長くて1日。
ここはなんとか彼女を撃退するしかないか。
やがて円運動に痺れを切らした彼女が、邪魔だとばかりに間に立つグレートソードを無視して円の中央に進んでくるのに合わせ、こちらも距離を詰めた。
残念ながら腰のロングソードを投げる策は使えない。すでに見られているし、万が一当たってしまったら大変なことになる。
ここはもう体を張って止めるしかない。
補正された能力のおかげか、先に中心点にたどり着いた俺は剣を引き抜こうとする。
が、無論彼女はそんな隙を見逃すような甘い戦士ではない。それはさせないとばかりにシミターを振るう。
彼女の狙いは剣を引き抜こうとしているこちらの右腕だ。
こちらはその腕を狙ってくるシミターを狙う!
予測された軌道を追いかけてくる鋼の閃光に狙いをあわせ、一歩さらに踏み込んで左拳をアッパーカット気味に振り上げた。
ガキン!と鋭い音が響いてシミターの軌道は大きく上方に逸らされた。
「何っ!」
両手で武器を振るっていたエレミアは、この姿からは想像もできない力で振るわれた拳に武器ごと両腕を跳ね上げられてバンザイしている状態。
おかげで上体がガラ空きである。
「ちょっと痛いだろうけど、御免ね」
そう言って皮鎧の上から急所じゃなさそうな所に振りかぶった拳を叩きつけた。さらに反対の拳でもう一撃。
その二発目の拳がトドメになったのか、彼女はうめき声を上げて倒れこんだ。
「・・・また狸寝入りだと困るからな」
ダブルシミターを取り上げて、倒木の向こう側へ放り投げた。
忘れないうちに"ソード・オブ・シャドウ"もブレスレットに格納する。
緊張が解けたせいか、シミターに叩き付けた左拳が痛み始めた。
普通あんなことをすれば拳のほうが駄目になりそうなところだが、そこは身に着けている装備の反発力場と強化されているHPのおかげである。
とはいえ一発分のダメージは受けてしまった形になる。一般人ならそれだけで戦闘不能になるダメージかもしれないが、ちょっとした打ち身程度の印象。
とりあえずは自前の《軽傷治癒》でダメージを回復しておいた。
あとは時間が経ってエレミアが目を覚ますのを待つだけだな。
その間に《魅了》の効果が消えていることを祈ろう。
さて、暫く時間が経過してダメージが抜けたのかエレミアが目を覚ました。
結論から言って、やはり《魅了》の影響を受けていたらしい。
目を覚ますや否や、もの凄い勢いで謝罪された。
「恩を返すと先祖の名に誓っていながら、逆に刃を向けるとは!
どのようにお詫びすればいいのか、もはや言葉を持ちませぬ・・・」
死後祖霊との一体化を目指すエルフでなければ自決しそうな勢いであった。
だがこのような状態で死んでしまってはご先祖様に顔向けできぬ、汚名を雪ぐ機会を与えて欲しい!と大騒ぎである。
一瞬エロい事を考えたりもしたが、そこは高い意思セーブにより自重。
ひとまずこちらの事情を黙っていてくれることと、近接戦の練習相手として組み手の相手になってくれるようお願いした。
さて、考えなければいけないのは今後の方針である。
今回、敵の目的はエレミアと俺を殺し合わせることで村の戦力を削ごうとしたんだろう。
直接こちらを狙うのではなく、自分の姿を見せずに絡め手で攻めてくる。
文明レベルが普通のファンタジーと比べて高いせいか、どうもこの世界はこういった陰謀が蔓延しているようだ。
普通ならやりにくくて仕方がないところだが、俺はこの村の状況をゲーム知識としてある程度知っている。
村の中にいるスパイのキーパーソンが誰か、判っているのだ。
このアドバンテージを活かして、うまく立ち回らないといけないな・・・。