ゼンドリック漂流記
4-5.アーバン・ライフ3
「遠巻きに囲むんだ! 真正面に立つなよ、常に動きつづけて狙いを付けさせないようにするんだ!」
庭に立つ俺の周囲には思い思いの武器を構えた少年少女達。彼らはカルノの指示に従って、俺を中心に数メートルの距離を保ちながらぐるぐると円運動を続けている。
余程警戒しているのか、俺の手の届く範囲には近づいてくるつもりはないらしい。このまま彼らがバターになるまで待っていてもいいのだが、それでは芸がない。あえて誘いに乗り、丁度正面を通過しようとしていた子供に向けて一歩脚を踏み出した。
その刹那、背後に位置する少年がこちらの膝の裏を薙ぐように剣を振るった。こちらの足止めを狙ったのだろう、その策の成就を信じてか正面の囮役を除いた全員が己の得意な型での攻撃を一気に振るってくる。
斬り下ろされるロングソード、突き込まれるレイピア、死角から差し込まれるショートソード。上体を地面と平行になるくらいに傾け、全ての攻撃を丁寧に掌で勢いを逸らす。無論逸らした先で彼らがお互いを傷つけないように配慮しつつ、さらには崩した姿勢に少し勢いをつけてやることで子供たちの動きを支配する。
頭頂部から首、背骨を通って足の爪先に到るまでの力の掛かりと反射を想定し、体の支点となる位置を"押す"。時には肘や肩先を使って体全体の向きと勢いを操作するように体を動かすと、周囲から飛び込んでいた子供たちは皆僅かな空中浮遊の後に一つ所に折り重なって倒れた。
一番底に放りこまれたカルノが重さに耐えかねて肺から空気を吐き出す情けない声を上げた。一瞬で仲間を全員失った囮役の少年は目の前で起こったことが一瞬信じられなかったようだが、気を取り直すと可愛らしい雄叫びを上げてこちらに向かってきた。
なかなか見事な闘志で肩からタックルのように飛び込んで来た彼は、至近距離から下段に構えたそのシミターを巻き上げるように斬り上げようとしてた。少年自身の体に隠れた角度から迫るその刃は、一見攻撃の出掛かりを判断しづらく回避は困難に見える。
だがそれは一般的な連中相手の話である。体が先に突っ込んでいるのもいい的だし、武器自体が見えなくても肩に掛けられた力と重心の動きで攻撃のタイミングを測ることは容易。
突撃というのはその攻撃で相手を倒してしまえるような状況か、あるいは周囲の味方からのフォローが期待できる時に行うものだ。破れかぶれになって行うのは単なる自爆である。
そんな事を考えながらも彼の背中側に回りこんだ俺は切り上げようとする両腕をさらに押すように勢いをつけ、腕と足を引っ掛けるように絡めると上方目がけて振り抜いた。
「うわあ!?」
素っ頓狂な声を上げて上空へと錐揉みながら吹き飛んだ少年は、僅かな滞空時間の後に先程の人の山へと落下した。無論安全を考慮して、放り投げる際に武器は回収しておいてある。素手で《武器落とし》を行った場合はそのまま相手の武器を奪うことに繋がるのだ。
這い出ようとしていたカルノが再びうめき声を上げてその動きを止めた。どうやら今のでノックダウンしたらしい。
「ゲームオーバーだな」
後に残るようなダメージは与えていないのでそのうち立ち上がってくるだろうが、その間放りっぱなしというわけにもいかない。仕方なく積み重なった子供たちに治癒を施すべく俺は足を進めるのだった。
† † † † † † † † † † † † † †
「絶対おかしいって! 背中に目がついてるわけでもないのになんであんなに簡単に躱せるのさ?
凄いとか通り越してもう変態なんじゃねーの……ってガッ!」
失礼な発言をしたカルノに威力を調整したデコピンで制裁を行う。衝撃に朦朧としている彼の口の中に"キャンディ・ケイン"の欠片を放り込んで静かにさせた後、どうして突然勝負を望んだのかを確認することにした。
「いきなり試したいことがあるっていうから付き合ってやったのに失礼な事を言うなよ。
それにやったことも囲んで一斉に攻撃してくるだけだなんて芸がない。せめてお互いを援護するとかすればまだ一太刀は浴びせられる可能性も上がったかもしれないぞ?」
実際にはまだまだ未熟で十重に囲まれても彼らの攻撃を受ける可能性はないのだが、そこはそれ。
治癒呪文のおかげですっかり元気になった子供達に今度は車座になって囲まれながら先程の模擬戦について話そうとしていると、珍しくラピスがハンモックから降りて歩み寄ってきた。
普段は照り付ける太陽を嫌って日陰でゴロゴロとしているのだが、今日は空が雲に覆われているせいか活動的なようだ。
「いい経験になっただろう? 鎧以外の手段で身を守ることを選択した戦士は、何らかの手段で死角を補う技術を持っているものさ。
トーリのは極端すぎるにしても、野生の動物にも挟み込んだくらいじゃ戦術的な優位を得られない連中はいるんだ。よく覚えておくんだね」
大体予想はついていたが、先程のはラピスの差し金だったようだ。術者混じりであり"ローグ"としての経験を半ばまでしか積んでいない彼女は、不意打ち等による立ち竦みは受けないものの挟み撃ちによる不利を無視できるほどの鍛錬は積んでいない。
それで俺を相手にその辺りの技術を理解させようとしたのだろう。ふつうの"モンク"であれば囲まれた際に聴勁による洞察力を失って立ち竦んだかもしれないが、"バーバリアン"でもある俺は《直感回避強化》の能力によりどれだけの数に囲まれても回避の能力が下がることはない。
「まあわかったとは思うけど、囲んだくらいでどうにか出来るのは実力の近い連中だけだ。本当に強い奴っていうのは数の利なんて物ともしないもんさ。
お前達も連携とかチームワークを考える前に、まずは個人としての実力をつけるんだね。
冒険者なんてやってると一瞬の先には見たこともないクリーチャーと戦いになることだってあるんだ、まずはどんな状況でも切り抜けられるように自力を磨くのが最初。
連携なんてものは実力者同士が組めば自然と取れるようになるものさ」
ラピスの言葉は尤もである。一般的に言って10Lvのキャラ一人と1Lvのキャラ10人であれば前者が圧倒的に有利だ。多少の相性こそあれ、基本的には個の性能が群を圧倒するのがD&Dの世界なのだ。
短い間とはいえ、それなりに密度のある付き合いをしたこの子供たちには無駄に屍を晒してほしくない。模擬戦に付きやってやること程度しか出来ないが、少しでも生存率が上がるように色々なことを教えておいてやりたいと思う。
「ま、前衛になることを決めた時点でお前たちは一番死にやすい役回りを選んだんだ。一通りの事は教えてやるけれど、そこから何を学んでどう活かすかで戦い方が決まる。
せいぜい自分の身の丈に合ったスタイルを選ぶんだね」
そう言うと彼女は踵を返して縁側から家の中へと入っていった。どうやらラピス先生の本日の授業はこれで終了らしい。
昼食にするにはまだ微妙に早い時間帯、残った時間は折角だったので模擬戦をして過ごすことにした。とはいっても丁度いい加減など出来るはずもなく、俺は打ちかかってくる子供の武器を奪いながら姿勢を崩し、取り上げた武器を離れたところに放り投げることをひたすら繰り返すだけである。
彼らは攻撃のやり方は習っているが攻撃を受けることには慣れていない。そこで受身の訓練と合わせて、攻撃されることを大いに経験してもらおうという趣旨である。
転倒させる際に傷を負わないようにしているため、負傷もないし疲労は少し離れた場所にある《レッサー・レストレーション》のパネルを踏むことで取り除ける。つまり必要なのはやる気だけだ。
攻撃を掠らせることも出来ない以上すぐに飽きるか気力が尽きると思っていたが、彼らはまったくそんな様子も見せずにひたすら挑みかかってくる。それもただ武器を振るだけではなく、色々と考えながら試行錯誤しているようだ。この集中力と向上心がラピスの指導の賜物なのか。
仲間たちと競いながら自らを練磨するということが楽しいのか、何度転がされても子供たちはこちらへ向かってくる。皆のそんな根性に驚かされながらも延々と迎え打ち続けたその模擬戦時間も太陽が随分と上ってきた辺りで終わりとなった。
汗やらで汚れた子供たちに玄関で《プレスティディジテイション/奇術》の床パネルを踏ませて身奇麗にさせたあとで大浴場に放りこんでリフレッシュさせる。そうして食堂に到着した頃には昼食の用意が整っていた。
夜はほぼ全員が一堂に会するこの食堂だが、朝と昼は各人の生活サイクルとの兼ね合いがあるため結構バラバラだ。テーブルの中央に盛られた料理を皿に取り、食べ終わったら使った食器を水の張られた流し台に沈めておく。
どうやら俺達が最後だったらしく、今日掃除当番の子供たちが俺達が食事を終えたのを確認すると連れ立って厨房へと入っていった。大人用に設計したため、そのままでは背が届かない彼らはそれぞれ踏み台を用意すると洗い物を開始した。
暫くは食後のお茶を飲みながらその様子を見て和んでいた俺だが、時間が経過し腹心地が落ち着いたところで腰を上げた。午後は再び巨人族のテント村に行く予定になっているのだ。
家からルシェームまでは市街を横断する必要があり、1時間ほどを要する。街中での《テレポート》が禁じられているわけではないが、それでも俺は徒歩で向かうことにした。
すれ違うご近所さんとの挨拶や聞こえてくる噂話などを耳に入れることは時間を掛けるに値する重要な事だし、中央市場で巨人族の古老への手土産を見繕っていく必要がある。
先日面会したときその古老が巨大なキセルをふかしていたことを思い出し、嗜好品を扱っている店を巡って一抱えもある大きな袋を手に街の郊外へと足を向けると横合いから声を掛けられた。
「何だトーリ兄ちゃん、買出しか?」
近づいてきたのはカルノを含めた"ラピス組"だ。何人かがパンの入った紙袋を手にして家に向かって歩いている所を見ると、知り合いの子供が住み込みで働いているパン屋に顔を出してきたのだろう。
食事前までは一緒に行動していたというのに彼らは既に帰り道だ。食後にまったりしていた事に加え、買い物に立ち寄った所で店主の蘊蓄話に聞き入っていた時間が結構長かったようだ。
「ああ、またちょっとテント村まで行ってくるからその手土産でな。
そうだ、帰るんだったらまた今日はちょっと遅くなるって伝えておいてくれ。夕食までには戻るようにするつもりだけどな」
飴を放り投げつつ伝言をお願いしたところ、彼らは目を見合わせた後一緒に連れていってほしいと訴えてきた。どうやら先日語った伝承が気に入ったらしい。さらに驚くべきことにカルノを含めた数人は巨人語の会話が出来るとのこと。
「フィアは最初から結構堪能だったけど、ルーの共通語を上達させたのは俺達なんだぜ。
この街の住人なら5人に1人くらいは喋れるんじゃないかな。読み書きまでとなると流石にもっと少ないだろうけどね」
確かに二つ目の言語で何を選ぶかと問われれば巨人語を選ぶのがこの街の住人として当然ではあるが、かつて母国語以外はさっぱりだった身としてはなんとなく彼らに尊敬の念を抱いてしまう。
街の郊外ではあるが、明るいうちは人の往来もそれなりにあり活気づいているため治安もそれほど悪くない。特に問題ないだろうと判断した俺は午後からも彼らと行動を共にすることにした。
クンダラク氏族が経営するローズマーチ銀行の威容を右手に眺めながら市街を区切る巨大な壁を潜ってルシェームへと向かう。
コロヌー川の支流を渡るともうそこはテント村の敷地内であり、ヒル・ジャイアントやゴライアスといったお馴染みの種族に加え羽を生やした"ラプトラン"という種族や街中では白い目で見られることも多いコボルド達がそこかしこに見られる。
中央付近にはここに定住している人達が昔から暮らしている古いテントがあり、外のほうには行商に一時期滞在しているだけの者たちが立てた新しめのテントが立ち並んでいる。踏み固められた通りは大型の住人が多いこともあってかなりの道幅だ。
雑多ではあるがある程度の秩序は保たれており、フリーマーケットのような雰囲気だと思うのが一番近いだろうか。独自の文化を築いている種族が彼らの民芸品を並べたりしており、なかなか興味深い。
目的地へと向かいながらも子供たちと露天に並べられたそんな品々を物色していた俺の耳に、突然言い争う声が入ってきた。そちらを見ると、道の中央でエルフとヒル・ジャイアントの子供(といっても2メートルを超える立派な体格だ)が揉めている。
というよりはエルフが一方的に言い掛かりをつけているようだ。相手の巨人は共通語の会話にまだ慣れていないようで、エルフの言い分をなんとか理解は出来ているようだが言い返すことが出来ないようだ。
ついには背負った武器に手をやったエルフの行動を見かねた俺は、背後からそっと近づくと両膝の裏を押しこむように蹴りつけてエルフを転倒させた。
突然の乱入者に驚いている巨人の子供に手を振って今のうちに立ち去るように示すと、何か荷運びの途中だったらしい彼はペコリと一礼して早足で立ち去っていく。後に残されたのは往来の真ん中で転倒したエルフと俺だけである。
「貴様、いきなり背後から襲いかかってくるとはどういう了見だ。事と次第によっては唯ではおかんぞ!」
立ち上がったエルフはこちらに向き直ると今度は俺に向かって文句をつけてきた。顔の下半分を覆う"ゼールタ"と呼ばれるヴェイルに、白地に赤の文様が刻まれた戦装束は彼がヴァラナーの戦士であることを示している。
「往来の真ん中で立ち止まってたもんで体が当たっちまったのさ。通行の邪魔をしないように今度からはもうちょっと場所を選んだほうがいいぜ、戦士さんよ」
俺がそう言うとエルフは痛いところを突かれたとばかりに口篭った。この男は先ほど巨人族の少年と路上でかち合った際に「道を譲れ、木偶の坊は邪魔にならないようにもっと端っこを歩いていろ」等と言い放ったのだ。
二車線はありそうな太い道で、まばらな人通りしか無い状況でその台詞である。おそらく言いがかりをつけていたのだろう。その言葉をそっくりそのまま返されることとなったのだ。
だが転がされた上に言い負かされたとあってはそのまま引き下がるわけにはいかなかったのだろう。しつこく食い下がってきた。
「ふむ、どうやら誤解があるようだな。私が行っていたのは挨拶のようなものだ。
我々と巨人どもとの間の確執については知っているのではないかね? その間に割って入ろうというのは、我らの誇りを汚すも同然の行為だ。
せめてその非礼は詫びて欲しいものだね」
随分と勝手な挨拶もあったものである。冒険に出てどことも知れぬ所で野垂れ死ぬのは勝手であるが、良好な関係を築いているストームリーチと近隣のヒル・ジャイアント族との間に軋轢を生むような行為は認められるものではない。
「なるほど、そんな挨拶があったとは知らなかったよ。だがあんたらも知らなかったようだが、俺の行為も挨拶みたいなものでね。お互い水に流すとしようぜ」
若干頭に来た俺はそう言い捨てた。だが冷静さを欠いたその言葉は上手に切り返される。
「そうか、であればその事についてはもはや問うまい。ここでは我らは余所者であるしな、そちらの流儀に合わせよう。
では私から君にそちらに合わせた"挨拶"をさせてもらうことにしようか!」
そう言うやいなや彼の放った下段蹴りが俺の足元を狙って襲いかかってきた。なるほど、意趣返しというわけだ。だが無論そんな見え透いた攻撃をくらうわけもなく、軽く後ろにステップして回避する。
「ほう、その身のこなしといい先ほど私に膝をつかせたことといいやはり只者ではないな。何処の手の者だ?」
エルフの男はこちらのその動きを見て感心したように言った。ヴェイルに隠れて見えないが、きっとその口元は笑みを浮かべているに違いない。
何か勘違いをしている上に、どうやら彼の闘争本能に火が付いたようだ。コーヴェアのエルフは他のゲームのような温和な存在ではなく、騎馬隊の圧倒的な戦闘力を恐れられている武勇の国だ。
エレミアと最初に会った時もそうだが、細かいことはとりあえず叩きのめしてから判断するというのが彼らの思考なのだろうか。正直勘弁してもらいたい。
「おい、トーリの兄ちゃん! 何揉めてるんだよ、やばいんじゃないのか?」
口論をしているうちに騒動に気付き、俺の後ろまでやってきていたカルノがローブの裾を引っ張りながら話しかけてきた。他の子供達は遠巻きにこちらを眺めているが代表として彼が近くまで来たようだ。
どうやら俺は随分と心配されているらしい。とはいえ大抵のことは"交渉"でやり過ごす自信がある。たとえこちらを殺しにかかってきている敵対的な相手であっても、会話のテーブルにつけることさえ出来れば言い包めることが可能だ。
様子を見るに目の前のエルフは少々気が立っているが"非友好的"といったところだろう。それであれば1分後には別れ際にこちらの幸運を祈ってもらえる程度までには相手の態度を軟化させられるだろう。
「あー、気にするなよ。大したトラブルじゃないし、ちょっとした誤解があっただけさ。すぐに分かり合えるよ」
何でもない事のように言うが、どうやらカルノは納得しなかったようでさらに強く裾を引っ張って俺の顔を下ろすと耳打ちするように話を続けた。
「あれって"炎嵐の刃"のジュマル・スレネル戦隊長じゃねーか。荒野を探索していくつも未発見だった遺跡を踏破してる英雄って噂だぜ!
兄ちゃんがこないだ留守にしてる時にエレ姉を訪ねてきたときに見たことがあるんだ。悪いこと言わないから謝るなりして許してもらったほうが良いって」
長い間子供たちだけで生活してきていただけあって、カルノはこの街の噂話に随分と通じている。わざわざこんな事を言うくらいだから、彼の中でも相当に確度の高い話なのだろう。
その名前には俺も覚えがある。エレミアの選択しているクラスでもある"レヴナント・ブレード"、その紹介記事の中に記載されていたNPCのうちの一人がそんな名前だったはずだ。
確か記事では11レベルだったはずだが、俺の見立てではもう少し実力を付けているように感じられる。確かに人類の文明圏でそこまでのレベルの存在は非常に稀少だ。カルノが心配するのも仕方ない。
しかしエレミアを訪ねてきたというのは同じヴァラナー出身者として縁をつないでおこうということだろうか。
「む、そこの少年は確か先日の茶坊主であったか。そしてトーリと言ったな? なるほど、お前が彼女の心を煩わせている人間か。
なるほどこれも祖霊のお導きか。ここでお前のメッキを剥いでしまえば彼女の眼を覆う靄を払うことになるというわけか」
カルノは内緒話のつもりだったのかもしれないが、目の前のエルフには筒抜けだったようだ。種族的に音には鋭敏な上、高レベル冒険者なのだからその知覚能力は相当なものなのだろう。
そしてジュマルはカルノと俺を交互に眺めた後、何やら得心したように一人頷いている。何やらあの男の中では勝手な話が進んでいるらしい。
「なあカルノ。俺が虎退治に行っている間って話だが、あいつはどんな要件で訪ねてきたんだ?」
大体のところは想像がつくが、念のため確認のためにカルノに問う。後から間違いだったというのは申し訳ないからな。
「あー、なんかエレ姉に自分の戦隊に入らないかって勧誘に来てたみたいだぜ。すっぱりと断られてたけど、また来るとか言ってたから諦めちゃいないんだろうね」
カルノの返事は大体予想の範囲内だった。それを聞いたからには仕方がない。わざわざ"交渉"で穏便に返すわけにも行かないだろう。
「巫山戯た事を。まあすぐに済むから下がってろ」
ちょん、と額を指で押してカルノを遠ざけるとジュマル達のほうへ振り返った。そんな俺に対してジュマルが口を開く。
「ふむ、見たところよく鍛えているようだな。だがそこらの腕利き程度の実力では彼女の隣で剣を振るうには相応しくないことを自分自身でも解っているのではないか?
悪いことは言わぬ、自ら潔く身を引くことだ。身の丈に釣り合わない冒険に背伸びして付き合っていては、自分の命どころか仲間すら危険に晒す事になる。
それは貴様とて本意ではあるまい?」
随分と大口を叩くが、そのビッグマウスに相応しいだけの修羅場をくぐってきたという自負があるのだろう。だがそれは過信というものだ。
確かに俺の実力を外見から測ることは出来ないだろうが、それでも俺が虚勢を張っているわけではないことぐらいは察するべきだ。それが出来ないようでは遠からずこの男は死ぬ事になるだろう。
「何を自己完結しているのかは知らないが、少なくとも俺よりも弱いヤツに彼女を任せる気にはならないな。
ちょっとばかり運が良かっただけでそれを自分の実力だと勘違いしてるんなら、今のうちに考えを改めることをお勧めするぜ」
高レベルの冒険者はそれだけで貴重な存在だ。その生命が無為に奪われることがないように、俺がここで一つ教育してやるとしよう。決してこれは私的な制裁などではないのだ。
「ふむ、実力行使を希望とあれば仕方あるまい。丁度いい、そこの少年が証人になってくれるだろう。どちらが彼女に相応しいか思い知らせてやろう!
安心したまえ、我が戦隊には腕のいい治療士もいる。腕の一本飛んでもすぐに繋げてくれるだろう。手切れ金がわりに治療費はサービスしておくよ」
案の定こちらの挑発に上手く乗ってきた。背負ったヴァラナー・ダブルシミターはエレミアの持つそれのように祖霊の加護を受けた唯一無二の武装というわけではないようだが、十分に強力な魔法の力を帯びた品だ。
対してこちらは一見無手に見える。といっても実際にはグラヴの下には素手打撃に魔法の強化を付与する"ハンドラップ"という装備をしている。これもMMO独自のアイテムであり、この世界の素手格闘家が見れば垂涎の的だろう。
「そいつは頼もしい。今から折られる鼻っ柱もすぐに治療してもらうといい」
丁度試したいことがあったのだ。先手を譲ってやるとばかりに顎をしゃくって掛かって来いとアピールすると、勢い良くジュマルはこちらへと踏み込んできた。
「その言葉、すぐに後悔することになるぞ。ベッドの上でな!」
前言通りこちらの四肢を傷つけるつもりだったのだろう、無造作にぶらつかせている腕を狙って横薙ぎに刃が振るわれた。とはいえ直撃すれば一般人は胴体まで持って行かれるであろう鋭く力の乗った一閃だ。
最大の速度をもって迫るその切っ先が産毛を震わせるようなぎりぎりの距離で見切り、最低限の後退でその攻撃を回避する。こちらが下がったことに勢いづいたのか、ジュマルは両手で構えた双刃を縦横無尽に振り回し始めた。
ヴェイルのせいで表情が読み取りづらいが、その視線と重心の取り方から十分に攻撃軌道は予想できる。どうやら基本的な攻撃能力はエレミアに近いようだが、武器の扱いでは彼女に一日の長があるようだ。
ダブルシミターの双刃を見事に活用して絶え間ない攻撃を仕掛けてくるエレミアに比べ、ジュマルのそれは一方の刃に偏っており武器の特性を十分活かしているとは言えない。
10秒ほどの攻防でそう判断した俺は守勢から攻勢に転じると、攻撃に突き出されたシミターの峰から腕を絡めるように伸ばすとジュマルの掌から武器を弾き飛ばした。
両手持ちであることからか若干の抵抗を感じたが、力比べでチート筋力持ちの俺が負けることはない。宙に浮いたその武器は引く手で拾い上げる。
「なっ! 武器を──」
まさか武器を奪われるとは思っていなかったのだろう、一瞬呆然としたジュマルの隙をついて後ろに下がって距離を取る。そして彼の足元へダブルシミターを放り投げた。
「どういうつもりだ?」
訝しげにこちらを睨みつけながら慎重に武器を拾いあげるジュマル。隙だらけのその姿に攻撃を加えるようなこともせず、再びシミターを構えた彼に俺は口を開いた。
「そろそろ準備運動は終わっただろう。勿体つけずに本気を見せたらどうだ?」
そう、ジュマルの本領はその武器による攻撃ではない。腰元の呪文構成要素ポーチが、目の前の男が秘術呪文使いでもあることを示している。秘術と剣を融合させた姿こそこの男の本来のスタイルのはずだ。
登場していたサプリメントでもウィザードのクラスを兼ねた魔法戦士だったし、実際の動きを見ればそれだけではない洗練された動きが見て取れた。おそらくは上級クラスをいくつか得ているのだろう。
武器に触れたことでその一端を知ることが出来たが、どちらにせよこの男を諦めさせるには本気で掛かってきたところを叩き潰すほかはないのだ。精々賭け金を釣り上げさせてもらうことにしよう。
先程の攻防でこちらの能力が尋常でないことには気付いているだろうが、回避に専念して攻撃を一切行っていない状況だ。むしろ軽装の相手であれば自分にとって相性が良く、本気を出せば十分に勝てる勝負だと思っているはずだ。
「ほう……そこまで解っていて私に武器を返したというのか。だがそれは慢心というものだ、私が本気の一太刀を繰り出して生きているものはこの大陸にはいなかった。
人の身で我が奥義を受ければ通常の手段では蘇生すら叶わぬぞ?」
水平に双刃を構えながらジュマルはこちらに最終通告を行う。だがその言葉の内容にはこちらの予測を上回るものは何一つ無い。
「なるほど、それじゃ俺がその最初の一人ってわけだ。その必殺技とやらを完膚なきまでに破ってやるから掛かって来いよ。
お前が勝ったら後は好きにするがいいさ。だが、負けたら二度と俺の仲間やこの辺りの連中に余計な手出しをかけないと誓うんだな」
懐から取り出した《ヘイスト》のポーションを飲み干し、瓶を放り投げながらジュマルにこちらの要求を告げた。このアイテムの効果時間は30秒。つまりこれはその間に決着を付けるという俺の意思表示でもある。
サプリメントの紹介では、この男はテント村のジャイアントに難癖をつける困りものだと語られていた。どうせだからそのような迷惑行為は謹んでもらうことにしよう。
この村の住人に用がある俺としては、折角築かれているヒル・ジャイアントとストームリーチの友好的な関係に皹を入れるような奴を放置しておくわけにも行かない。
左半身を前に、半身になるように体を構えるとジュマルも僅かに首肯し同意の意を示す。
「──よかろう。ならばドルラーへの土産にその目に焼き付けるがいい。我が刃は必中にして必殺。光輝なる炎により、跡形もなく消え失せよ!」
ダブルシミターから離された片手に腰元から引きぬかれた短杖が握られ、そのロッドが魔力を放ったかと思うと周囲を燦々と照らしていた太陽の光が消失する。突如発生した薄闇の世界で、周囲すべての光を吸収したジュマルの刃だけが鈍い光を放っている。
その波動が波打ったかと思うと世界は光を取り戻し、同時に飛び込んできたジュマルが眼前にまで迫っている。《呪文高速化》により一瞬で発動された《トゥルー・ストライク/百発百中》からの突撃。唐竹割りに振り下ろされる刃は光だけでなく込められた魔力により周囲の空気を焼き焦がしながら迫ってくる。
"ダスクブレード"による秘術呪文注入の能力と武器の"スペル・ストアリング"により二重に込められた《コンバスト/引火》の呪力が開放を願って暴れまわっているのだ。
光を放っているのは恐らく先程の"スペルソード"の能力により込められた《ルーセント・ランス/輝く槍》の効果。周囲の光が強ければ強いほど威力を発揮するこの呪文は、熱帯で正午近い今まさに最大のパフォーマンスを発揮しているだろう。そしてその全ての呪文が先ほど握られていたロッドにより《威力最大化》されている。
この斬撃が命中すれば、武器によるダメージだけでなく付与された三つの呪文による攻撃も同時に受けることになる。そしてその攻撃自体も《トゥルー・ストライク》という命中には最高の補助となる呪文によってブーストされているのだ。確かに精度と威力のどちらをも兼ね備えた恐るべき攻撃だ。
直撃すれば流石の俺でもただでは済まない。確かに必殺と言うだけのことはあり、エネルギー耐性や呪文抵抗のないクリーチャーでこの一撃に耐えられる存在はそういないだろう。
「──だが、当たらなければどうということはない!」
しかしそれはあくまで"命中すれば"の話だ。例え必殺を約する呪文が込められているとしても、触れさせなければその効果が発揮されることはない。つまりはジュマルの《トゥルー・ストライク》の呪文と俺の回避能力の勝負である。
常時展開されている《シールド》呪文が僅かに攻撃の軌道を逸らし、そうやって発生した空隙のことが予め解っていたかのような動きで体をそこへとねじ込んで行く。だが未来予知と言っていいほどの洞察と風の精霊をも超える敏捷性をもってしても、死を招く斬撃が描くラインから体を逃しきることは出来ない。
最高級の魔法の防護が生み出す反発の力場が迫る刃を受け止めたが、《百発百中》の呪文の名に負けぬ鋭さを与えられた刃はその抵抗を突破する。もはや俺と刃の間を阻むのは薄手のローブとシャツのみである。
だがそれこそが俺の用意した最後の障壁。強力な竜のルーンにより竜鱗の如き強度を付与された神秘の布は断ち割られることなく殺意の刃を受け止める。布一枚、それが稼いだ時間を最大限に活かすため俺の体は動き続ける。斬撃の勢いを逃がすように体をしならせると、振り下ろされた刃はローブの表面を滑るように流れていった。無論俺の体には傷一つ付いていない。
「馬鹿な──」
自らの必殺の一撃が空を切ったことに対してのジュマルの呟きは、最後まで紡がれることはなかった。反撃として胸部へと叩き込まれた俺の拳がその肺に収められていた空気を吐き出させ、体を空中へと持ち上げたのである。
TRPGの攻撃チェインの一段目として放たれた"足払い"とそこに組み込まれたMMOの攻撃オプションである《朦朧化打撃》を同時に受けたことで姿勢を崩したジュマルはその意識を混濁させた。このままであれば地面に投げ出されるように伏せた状態で彼はその意識を取り戻すだろう。だが、俺の攻撃はまだ終っていない。
未だ空中にあるジュマルの体に向けて、次々に俺の双手が閃いた。高速の"払い"を受ける度に宙に浮いたその体が糸の絡まった操り人形のように出鱈目な軌道で回転する。
"ファイター"の攻撃速度で、"モンク"の連打が、"レンジャー"の二刀流で、"ローグ"の鋭さとともに、"バーバリアン"の剛力によって叩き込まれる。一瞬の間に繰り出された初撃の"浮かし"を入れれば7発。倍近いレベルであるエレミアと同等の攻撃回転速度だ。
その全てを朦朧状態故に直撃で受けたジュマルは、鈍い音と共に地面へと落下するがもはや微動だにしない。当然といえば当然だ、威力的にはゼアドやツイン・ファングすら地に伏すほどのダメージだっただろう。人間サイズの生き物でこれを受けて立ってくるような奴がいるとは考えたくもない。
「……おい、ピクリともしないぞ。まさかトーリ兄、殺しちゃったんじゃ」
カルノを含め、いつの間にか集まっていた野次馬も全員が静まり返っている。無理もない。目の前で吹き飛ばされた人間が派手に空中でシェイクされたのだ。元の世界の格闘ゲームでもここまで酷い吹き飛び方をするものは無かっただろう。そんなモノを見せられては固まってしまうのも仕方ない。
「安心しろよ、派手に吹き飛んだように見えるけど殺しちゃいないさ。鍛えているみたいだから1日2日寝こむ程度で済むだろう。
優秀な治療術士がいるって話だし、今日の夜にはピンピンしてるかもしれんよ」
街の郊外とはいえここはストームリーチの領主たちの権力が及ぶ範囲である。そんなところで衆人環視のもとで殺人を行うほど俺は非常識ではないし、そもそも殺すことが目的ではない。
それに先ほど俺が叩き込んだのは非致傷ダメージといって、どれだけ与えても気絶する程度にしかならない攻撃である。高速で振り回されたため鞭打ちのような症状に暫く悩まされるかもしれないが、命に別状はないしその症状すら魔法で容易に消去することが出来るはずだ。
シェイクするのを"払い"ではなく"打撃"で行なっていれば今頃ジュマルは全身の骨を複雑骨折で砕かれ、穴という穴から血液を噴出して絶命していただろう。耐性がついてきたとはいえそんなスプラッタを演出するのは御免こうむる。
「流石に目が覚めるまでこのまま放っておくわけにも行かないだろうけどな。
そこのアンタ、仲間なんだったら診てやったらどうだ?」
別行動をしていたのだろう、喧騒に気づいたのか途中から群衆に紛れていたエルフに俺は声を掛けるとジュマルの処置を任せる。目の前で隊長が負けたことが信じられなかったのだろう、他の野次馬同様固まっていたようだがそのエルフは俺の声で我を取り戻すと慌てた様子でジュマルの元へと駆け寄った。
おそらくは傘下の戦隊に所属する若手なのだろう、ジュマル程の実力はないようだがカルノ達のように見習いといったレベルではない。彼は倒れているジュマルに脈があることを確認するとほっとしたように息をついた。
野次馬達もそれでジュマルが無事だということを納得したようだ。いい見世物をみたといった様子で周囲からは拍手と歓声、そしてそれらに紛れて何枚かの銅貨がちゃっかりとカルノが広げている袋へと投げ入れられてきた。
「それじゃ後の始末は任せたぜ。隊長さんが目覚めたら約束を忘れてないことを確認しておいてくれよな」
小銭を稼いでいるカルノの襟を掴むと、俺はそのエルフに声を掛けて足早に立ち去る。万が一この男がさらに難癖をつけてきたら面倒だからだ。その俺の後を追って残りの子供たちが群衆をかき分けるようにして続いた。
「ああ、まだ稼げそうだったのに!」
未練たらしくカルノは先程までの手合わせの現場を見つめている。自分の芸で得たわけでもないのにごうつくな奴である。まあこのくらいでなければ子供だけでこの街を生き抜くことは出来ないのかもしれないが。
「自分の腕を磨けば銅貨ぐらい持ち運べないくらい稼ぐことだって出来るさ。目先の欲に釣られて危地に取り残されたんじゃ割りに合わないぜ。命に釣り合う通貨なんてのは無いんだ」
カルノに言い聞かせているとはいえ、半ばは自戒だ。目立たないことを最善とするならあそこは"交渉"で済ませておくべきだったのだ。いくら頭に来ていたとはいえ、軽率な行動だった。
フレイムウィンドに告げられた"予言"からこっち、少々行動が雑になっていたかもしれない。確かに既に危険に捕われているとは言われたが、今の時点では捕捉されていないことも確かなのだ。
強力な力を得たり肉体が若返ったことで精神が引きずられているのかもしれない。そんな事を考えている間に喧騒から離れている。ラピス組が全員揃っていることを確認すると目的である中央テントに向けて再び歩き出すのだった。
† † † † † † † † † † † † † †
「それはあの男も災難だったな。しかしトーリのその技は興味深い。"払い"から高速の連撃か……初撃で浮かされてしまっては途中での脱出は困難であろう。
相手の姿勢を崩す技はトーリの得意技なのだろうが、そこから続く攻撃はお目にかかったことがない。空中で人を高速のお手玉のようにシェイクするとは、さぞかし見ものだっただろうな」
その日の夜、一同が会した食事の場でカルノが今日のトピックスとばかりに語った『決闘』の話題はやはり皆の関心を集めた。語り口は未熟で少年に"バード"の才能がないことは明らかだったが、要点を得たその話はカルノの潜在能力の高さを感じさせた。
エレミアは特に戦闘の流れについて根掘り葉掘り聞いてきている。彼女は最近は魔法の書との同調のため体に負担を掛けられないので、鈍らせない程度のトレーニングしか行っていない。そのため全力で体を動かす機会を得られず、ストレスが溜まっているのかもしれない。
「しかしあのジュマル・スレネルに勝つなんて、実はトーリの兄ちゃんも強かったんだな。
てっきり逃げ足が早いだけの誑しだと思ってたのに」
余計な一言を付け加えたカルノに例の胡桃モドキの固い外殻を指弾で飛ばして制裁を加え、話を継いで締めくくる。ちょっとやり過ぎた気もしているので、あんまりこの話を長引かせたくはなかったのだ。
「ま、試運転を兼ねた"遊び"みたいなもんだしね。あいつもこれで懲りたら慢心を捨てて真面目に修練を積むだろうさ」
日頃の行いには少し疑問を感じるところはあるが、ジュマルは一般的なエルフに多い『混沌にして善』であると紹介されていた。つまり個人主義者なのだが、根が善であるなら約束の件も含めて今後は行動を改めてくれることだろう。
「それはそうと何か目的があってしばらくあそこに通ってたんだろう? 道草の話はそれでいいとして、そっちはちゃんと上手くいったのかい?」
一人カルノの話にも興味がなさそうだったラピスが隣の席から声を掛けてきた。デザートのフルーツをナイフで見事に切り分け、フォークを突き刺しながら横目にこちらを窺っている。
この辺りではよく見られる、パイナップル的なものだ。小奇麗に切り分けられたそれに暫く視線を留めていると催促していると思われたようで、フォークごと差し出されたそれをありがたく頂戴する。
酸味が効いていてパイナップルそのものの味はどこか懐かしい。異世界であり魔法なんてものもあるとはいえ、植生については大分似通っている。時折外見にそぐわぬエキセントリックな味がするものもあるが、一通りの洗礼を受けたため今ではそれらに引っかかることも少ない。
「……っと、そっちも順調だよ。その道草の件もあって随分と良くしてくれてね。色々と面白い話を聞かせてもらってる」
巨人族視点の話を聞く以外にも、彼らが持っている古い遺物などを幾つか譲り受けたりしている。MMOではとある巨人族が集めていた三種のレリックがゲームの駒だったなどの話は聞いていてニヤリとさせられる。
説明を受けた遊戯で使われるそれは確かに1枚1枚のデザインが異なっており、今でいうカードゲーム的なものだったようだ。巨人族のプレイヤーがエルフの奴隷、ジャイアントの同胞、ドラゴンの盟友を操って対戦するという形式は興味深い。
60枚で1デッキになるというそのシステムは、ゲームの版権を持っている会社が扱っている別ゲームを思わせる。自分も学生時代は結構な投資をして買い漁ったものだ。そう考えればコレクターがいたとしても不思議ではない。
「あの方達はこの辺りの歴史の生き字引的存在ですからね~。
どうも私たち秘術学者や秘術工匠は敬遠されているみたいなので、お話を聞く機会に恵まれないんですよね。トーリさんが羨ましいです」
一度フィールドワークのために彼らに接触しようとして成果を得られなかったメイが残念そうな表情で呟いた。
俺も"ウィザード"ではあるものの、同時に"レンジャー"や"バード"というクラスも有しているためか彼らと縁を結ぶことができた。ゲドラが仲介してくれたということも効いているだろう。
この地の海賊たちがガリファー王国に服してストームリーチという街が誕生したのは200年前だが、はるか古代のデーモンの時代からこの都市は存在している。巨人の後にはサフアグンや蟷螂戦士と呼ばれるスリクリーンなどがこの都市を訪れ、そして何らかの理由で消えて行った。
ルシェームの古老たちは巨人帝国の崩壊後もこの都市の近くでその栄枯盛衰を見続けてきたのだ。コーヴェア中の図書館を調べたって得ることは出来ない知識を彼らは蓄えている。
「面白い話を聞いたらまた教えるよ。別に他言無用って訳じゃないし、その辺りは了解を得ているからね」
彼らは交流を持つ相手を選んでいるようだが、そこから知識が拡散することは気にしていないようだ。むしろ彼らの話は自然との調和や互いに争うことの無益さを語るものが多く、そういった思想を広めたいという思いはあるのだろう。
無論、彼らは平和を説くが無防備なわけではない。50年前に巨人族の集団がこのストームリーチに攻め込んだ時、彼らルシェームのジャイアント達は街の住人と肩を並べて戦ったし守護者と呼ばれる存在が代々知識と秘伝を受け継いでいるのだ。
「そうだ、今日はまた新しい話を聞いたんだぜ。昔この街に住んでいたドラゴンの話なんだけどさ──」
同席していたカルノやフィルといった子供たちが巨人語で聞いた話を他の皆に聞かせ始めた。どうやら今日は語り部の仕事は彼らが替わってくれるようだ。
テーブルの上を片付けつつ、今日も食堂に響く子供たちの声に俺は意識を傾けるのだった。