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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:58eaed57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/27 17:20
ストームリーチ・クロニクル

王国暦998年 セレンドールの月 第ニ週号

ゼンドリックのドラウといえば冒険者の誰もが震え上がり、闇に紛れてドラウが来るぞ! というのはここストームリーチでは泣いている子供に対してよく使われる言葉の一つであると言う事は皆さんも御存知のとおりだろう。

だが、この大陸に住む全てのドラウ達が我々の体に毒のナイフを突き立てることを生業にしているわけではない。

デニス氏族がこの大陸に打ち込んだ頑丈な楔、ストームクリーヴ前哨砦付近の森林を統べるヴェノムブレード氏族の名誉族長であるニックス・デュランディミオン卿が、先日ハーバーマスター・ジンと会談を行ったという情報を我々は入手した。

彼は通常の(といっても我々が知る限りにおいて、ではあるが)ドラウ同様に暗闇を纏い、不思議な火花を操る能力を持ちながらも同時に我々と交渉を行う素晴らしい理性をもった紳士であった。

彼らは我々同様近年高まっている野蛮な巨人族からの圧力を憂慮しており、ゼンドリックの深くへ赴こうとする探索者たちに対して一族の案内人を提供する用意があると語った。

無論ゼンドリック全てのドラウ部族が彼の影響下にあるわけではないが、この提案は最終戦争の終結を受けて高まりつつあるこの砕かれた大地の探索熱を盛り上げる大きな一歩であるといえるだろう。

卿は部族の利益代表として当面マスター・ジンの屋敷に客人として留まるとの事。今回の滞在で優秀な探索者と交流を持ちたいとの考えのようだ。

この隣人との新たな関係が、私達にさらなる繁栄を運ぶことを祈って。

著:キャプショー・ザ・クライアー











ゼンドリック漂流記

幕間2.ウェアハウス・ディストリクト














大地を照らす太陽がその姿を地平線の向こうに隠した頃、ラピスは日課である散策の途中で憩いの庭園の中を通り抜けていた。

過ごしやすい時間になったためか、この広場には一日の仕事を終えた後の時間を過ごそうという人が集まり始めている。庭園の周囲にはエールや食べ物を売る屋台が並び始めている。

クローヴン・ジョー族が倒されたことによってスチームトンネルにカニス氏族の秘術技師達が入れるようになり、巨人時代の遺跡装置の修繕を行ったことで最近はこの付近の区画でも冷えたエールが取り扱われだしている。

とはいえこのあたりは落ち着いた雰囲気の区画であり、酒が入ったとしても五月蝿く騒ぐような住人は居ない。殆どの者達は庭園を彩る花々や最近増えてきた若手の演奏家の曲を楽しみながらゆったりと上品に時間を過ごしている。

ラピスにとってこの庭園付近を散歩することがお気に入りの時間になりつつあった。コーヴェア大陸の住人からは無法の街だと思われているここストームリーチにおいて、この区画周辺の落ち着いた雰囲気は非常に貴重なものだ。

これが荒くれ者の多い港湾地区や騒がしい中央市場あたりであれば、度数の高いアルコールで我を失った連中が騒ぎ立てているに違いない。

付近に療養所を兼ねた巨大な居留地を構えるジョラスコ氏族の影響も大きいのだろう。住人の目を楽しませている庭園の植物にはハーブのように薬草としても使われるようなものが多かったりと、周囲の街の雰囲気を決定する影響力を彼らドラゴンマーク氏族は有している。

無骨で堅牢な建物の上にバリスタが並べられたデニス氏族のエンクレーヴ・タワー付近やどこか退廃的な空気を漂わせたフィアラン氏族の居留地付近と比較すれば、どの区画で暮らしたいかなどという事は論ずるまでも無いだろう。

駆け出しの演奏家たちの奏でる楽曲に背を押されるようにしてラピスは庭園を北へと歩いた。彼女の仲間が一晩で創り出した今の寝床は、この庭園から僅かに離れた街外れにあるのだ。

あの時の光景は未だに印象深く、鮮明に思い出すことが出来る。男の指が優しく弦を撫でるたびに聞いたこともないような旋律が産み出され、その音が空気を震わせるに従って目の前の空間でどんどんと建物が組み上がっていくのだ。

演奏によって建物に影響を及ぼす魔法具の存在はラピスも知ってはいたが、それはせいぜい一定の時間建物の強度を増すとか、数時間であばら屋を作り出す程度のものだ。作業の時間が長かったとはいえ一日で砦のような重厚な建物を創り上げるなど、彼女は御伽話の中でしか聞いたことがなかった。

それにその旋律にしても、シャーンで過ごしている間に五つ国中の音楽に触れたであろうラピスですら聞いたことがないものであった。故郷の曲だと言っていたが聴衆全てにとって耳慣れない音楽だったはずだ。

それにも関わらず、大勢の群集を長時間聞き惚れさせた技量は大したものだ。今やあの時奏でていた旋律の数々はこのストームリーチで流行の兆しを見せており、今も庭園から聞こえる音楽の多くからはあの時耳にした曲をなんとか模倣しようという試みが伝わってくる。

あの演奏からもう十日ほどが経過しているため、それぞれの曲は奏者達のアレンジを加えることで様々な旋律となってこの時間帯の庭園を満たしていた。それらの音楽を背に受けながら、ラピスは庭園を抜け出した。

空からの光よりも灯された街灯の魔法の照明の方が明るくなり始めた頃、街を外界から遮断する外壁の近くまでやってきたラピスの視界に彼女の屋敷から出てくる人影が映った。彼女の瞳は月明かりの下でも昼間と変わりない視覚を与えており、この常人よりも遥かに優れた五感を上手く活用することが何度も彼女の命を救っていた。

咄嗟に木陰に身を隠し気配を殺したラピスだったが、すぐにそれが杞憂であったことに気付いた。建物から出てきたのは、ここ暫くですっかりと見慣れた彼女の同居人──ドラウの双子の少女だったのだ。留守番を任せたのか、鉄蠍の姿は見えない。彼女たち二人だけで外出のようだ。

二人は手を繋いだまま今ラピスが通ってきた道を進んでいく。どうやら身を潜めている彼女の事には気付いていないようだ。

太陽光を苦手とする彼女たちにとっては今からが本格的な活動時間なのだろう。そういえばいつも自分と入れ替わるようにして彼女たちが外に出かけていたことを思い出し、ラピスは持ち前の気まぐれと好奇心を発揮して少しの距離を開けて二人の後を追いかけることにした。

自分と同じくこのストームリーチに縁を持たない二人、それも街での暮らしに慣れていないであろうドラウの少女たちが普段どのように暮らしているのかが気になったのだ。




フィアはルーの手を引きながら、通い慣れた地下の通路を通って地上にある巨大な壁によって区切られた区画を通り抜けていた。一切光のない暗闇の中であっても、それが彼女らの道行を遮ることはない。その身に夜の精髄を染み込ませたドラウという種族は、光以外のものを瞳で知覚することで暗闇を見通すのだ。

時折現れる鼠や粘体の相手をする必要はあるのだが、地上を進むと港湾地区に差し掛かったところで憲兵に止められる事になる。かつて巨人が作り出し今は放棄されたこの遺跡に住み着いた人間たちは、それらの区切りで縄張りを主張しているようで彼女たちが通り抜けることを良しとしないのだ。

無論彼女の手に掛かれば瞬く間に彼らを地に這わせることは容易ではあるし、闇に身を溶けこませればその横を何食わぬ顔で通り過ぎることも出来るだろう。だが万が一という事はあるし、わざわざ揉め事を起こすこともない。

幸いこの街は彼女たちが慣れ親しんだ過去の"力ある者"達の遺跡であり、地下深くへとその構造を伸ばしている。ほんの少し潜っただけで地上とは切り離されるこの街であれば、彼女たちは自由自在に街の中を移動することが出来るのだ。

そうやって彼女たちは初めてこの街で目を覚ました倉庫へとやってきた。正面の閉鎖された入り口からではなく倉庫の脇に積まれたコンテナを登って窓を開き、カーテン替わりの分厚い布を押しのけて入り込むと中は人工の灯りによって薄明るく照らされていた。

魔法の灯りではない証拠に、倉庫の中は微かな油が燃える匂いに満たされている。


「あ、ふたりとも今日も来てくれたんだな」


二人が灯りの中心に近づくと、そこには人間が10人ほど集まっていた。皆が15を上回ることはないであろう、未成熟な子供だ。いずれも何らかの理由で親や保護者を失い、この街の路上で生きていくことを余儀なくされた者達だ。

そういった子供たちが中でも利発な一人──カルノという少年を中心に纏まっており、この無法の街で肩を寄せ合って生きている。フィアとルーは彼らと少しばかりの縁があり、ここ数日彼らと晩餐を共にしていた。その度に若干顔ぶれが変化しているが、総数で20には満たない小さな集団だとフィアは察している。

食事と引換に金貨を1枚。二人にとっては大した価値を持たない柔らかい金属にしか過ぎないものだが、子供達がこの街で生きていくにはこの金属は助けになるらしいということを彼女達は学んでいた。そのためか二人が訪れた際には振る舞われる料理は少しばかり豪華なものになっているし、その回数を重ねるたびに子供たちは元気を増して行った。

初めて出会ったときは彼女たちの闇色の肌とは対照的な青白い顔色をしていた数人の子供たちも、今では元気に仲間たちとじゃれ合っている。フィアは彼らが活力を増していく様子を見るのが好きだった。

かつて故郷の里で暮らしていたときには新たに生まれてくる子供のドラウは居なかったし、使命に目覚める前の自分は教え導かれる立場であったためこうして自分たちより弱いものを保護するのは珍しい体験だったからだ。

唯一、里で一緒に暮らしていた蠍の幼生が孵ったときには親蠍の背の上で暮らすそれらの事を見守っていたことはあるが、あくまでその子供たちを育てるのは親蠍の仕事であり彼女は日々彼らが育つのを見ているだけだった。

人間の子供は蠍たちほどではないが、彼女たちドラウに比べれば非常に成長が早い。彼女たちは最初の20年ほどで体の成長はある程度止まり、それ以降は緩やかな変化に留まるが人間の子供はこの出会ってからの一ヶ月に満たない期間で指一本分ほどの成長を見せたものもいる。

それらは彼女たちにはない要素であり、それが興味を引くのだ。


「トーリの兄ちゃんはそろそろ帰ってくるのか?」


炙ったトーストに同じく火を通した肉や茹でた野菜を挟みながらカルノが声を出した。彼はそうやって出来上がったものを年下の子供たちへ次々と渡している。今でこそきちんとした食料を食べているが、少し前まで彼らが口にしていた肉といえば、時折仕留めることが出来る鼠の肉程度であった。

それも滅多に手に入るものではなかったし、全員に行き渡るほどの獲物となれば子犬ほどの鼠になるがそのくらいの大きさになれば逆に襲われてしまうこともあるほどだ。しかも連中の牙は病気を伝染させることが多く、狩りにはかなりのリスクがあった。それを考えれば現在の食生活は彼らにとって天国同然のようだ。

だがそれもこの倉庫という安定した住居があってのことだ。収入があったときに購入した食料を安全に保管しておける場所があるということは、雨露を凌ぐということ以上の意味を彼らに与えていた。


「そうだな……予定では一週間ほどという話だったが、ルーが言うにはそれよりは遅くなるらしい」


木箱の一つに腰を下ろしていたフィアがそれに答えた。彼女たちの暦は独特であり、コーヴェアのそれとは異なるがそれでも基本となる七日を単位として一月を数えている。

ガリファー王国の文化を継承するコーヴェアの国々では4週間を一月として12ヶ月で1年間、つまり1年を336日としているが双子の暦では一年は13ヶ月、364日から成る。かつてエベロンを巡っていた月は13個あったと言われており、彼女たちの暦にはその影響が残っているのかもしれない。あるいは異なる次元界に里を築いた彼ら独自の文化か。


「空に輝く星に地の底から伸びた根が絡みつこうとして、その巡りを遅らせている。でも、それも僅かな間の事」


どこか中空を眺めるようにしながらルーが呟いた。その言葉は、彼らの言う星がこのストームリーチを離れた夜にこの少女が感じ取った"預言"だ。僅かに細部が異なるのは既にその言葉に対する働きかけがなされた為か。

倉庫の床で足を組んで座る少女のその言葉を耳にして、カルノは口にパンを運びながら思考を巡らせ始めた。

この倉庫を仮の宿としてから結構な日数が経過している。かつてトーリがこの倉庫の持ち主から一ヶ月ほど借り受ける約束をしたという話は聞いているが、その当人は既に別の場所に家を構えている。まだ月が変わるには余裕があるとはいえ、いい加減新たな住居に移らなければならない。

一時期その数を減らしていた給水施設のコボルド達は新たな部族が入り込んだことで再びその数を増やし、今となっては新参の入り込む余地はない。それにああいった暗所に拠点を構えても夜目の効くコボルド達の良い餌にしかならないだろう。

この辺りの廃倉庫たちはコボルドかそれよりももっと恐ろしい連中の住処だし、少し離れた海や川べりは"船底ネズミ"というギャング達の縄張りだ。船荷や倉庫を荒らして懐を肥やしている彼らはシャーンの犯罪組織とも繋がりがあるという噂だし、密輸した麻薬を扱うなど関わりたくない類の手合いだ。

こうして考えるとこの港湾エリアは八方塞がりだ。明日からは市場方面などへも住居探索の足を伸ばして行くべきだろう。

サンドイッチもどきを食べながらそんなことを考えていたカルノの正面で、突然フィアが立ち上がった。エルフ族特有の鋭くとがった耳をピクリと動かし、視線を出入口となっている窓の方へと向ける。やや遅れて犬の鳴き声のような甲高い叫びがカルノの耳にも聞こえてきた。

仲間内では鋭い五感を持っている方だと自認しているカルノであるが、冒険者に比肩できるほどではない。一方でルーはといえば、何も気にしていないような風に小さな口でマイペースに夜食を頬張っている。

そんな少女の様子に気を抜かれているうちに、窓から身知った顔が入り込んできた。だがその姿を見てカルノは余計に心乱されることになった。闇に溶け込むような黒い皮鎧に身を包んだ女──ラピスが肩に抱えている人影を包む布地の模様に見覚えがあったからである。

手に入れた雑多な端切れの布地で繕われたその服は、今晩は帰ってくる予定のなかった少年のものである。


「ケレス!」


カルノのその声に応じて、足音をさせずに入ってきたラピスに気付いていなかった子供たちも一斉にそちらへ視線を集中させた。

滑るようにコンテナを伝い、床に降りたラピスは抱えていた少年を横たえた。見たところ五体満足に揃っているようだが、左腕の袖が破れ血で滲んでいる。切れ味の悪い刃物で切りつけられたようで、今もその傷口からは出血が続いているようだ。じわじわと血痕がその大きさを拡大させている。

傷口自体はそれほどの大きさではないようだが、10歳程度の子供の体にしてみれば二の腕全体に渡るほどのものになっている。


「手前の通りでコボルドに追われていたところを見かけてね。連中は少し脅してやったら逃げていったんだけど」


倒れた服の袖を破きながらラピスがそう語った。傷口を懐から取り出した水筒から注いだ液体で洗浄し、状態を確認している。匂ってくる空気から判断するにアルコール濃度の高い酒だったようだ。消毒も兼ねているのだろう。


「……毒は使われてないみたいだね。呼吸もしっかりしているし、斬りつけられたショックで意識を失っているだけだ」


テキパキと診断を済まし、さらに包帯を取り出そうとしたラピスにフィアが待ったをかけた。


「その程度の傷であれば私が癒そう」


そう言ったフィアがケレスの傷ついた腕に掌を当て、傷口に沿ってその手を滑らせた。松明の灯りとは別種の微かな柔らかい光がその掌から発し、その掌が通り過ぎると傷口は跡形もなく消え去っていた。

血の気を失っていた顔にも活力が宿っている。それを見ていた子供たちから歓声が上がる。


「すげー、ジョラスコ氏族でもないのに傷を治した!」

「私魔法って初めて見た……凄いなぁ」

「フィアねーちゃん、俺も俺も!」「わたしにも教えて~」


恐る恐る様子を見守っていた年少組の子供たちが一撫でで傷を癒したフィアを取り囲んで騒ぎ始めた。超常の力への憧れというものはやはり大きいのだろう。

怪我をした少年が運び込まれた際には静まり返っていた倉庫の中は一気に騒がしくなっていた。


「……《レイ・オン・ハンズ/癒しの掌》か。まさかアンタが"パラディン"だったとはね、驚いたよ」


一方でラピスはその様子をつぶさに観察していた。今まで肩を並べて戦った時には彼女がその信仰心を力として示したことはなかった。むしろ剣術と軽い身のこなしを武器に巨人たちと立ち回っていたはずだ。

フィアの掌から発した輝きはジョラスコ氏族の青い光でもなく教会の騎士たちの放つ白く眩い光とも異なっていたが、それはこのドラウの少女の力の源がドラゴンマークや『清浄なる銀の炎』ではないためだろう。


「私は元々は里に伝わる剣技を学んでいたのだが、ルーが『星詠み』として選ばれた際にその守護役として導きを受けたのだ。

 故に私も僅かではあるが祖霊と星々から力を借り受けることができる」


子供たちに揉まれながらもフィアがラピスの疑念に答えた。その言葉を受けてラピスは胸の内でフィアに対する評価を書き換える。

信仰心や信念によって恩寵を得ている騎士は呪文や外部からの干渉に強い抵抗力を持つ。今までに見ていたフィアの戦闘技能に信仰の加護が加わるとなると彼女は見かけによらず非常にタフな戦士としての能力を有しているのだろう。

コーヴェア大陸にいた頃は単独での戦闘ばかりだったラピスにとって誰かと肩を並べて戦うのは不慣れな事であり、このため最近の彼女は戦場での判断を誤らないためにも仲間の能力を把握しておくことに重きを置いている。

冒険者であるため、また自身の出自からもお互いに全ての情報を露にしているわけではないが、彼女たち程の実力者ともなればその身のこなしや纏っている雰囲気からある程度の技量を推し量ることは容易なことだ。特に塔の街で多くの人物を観察する機会のあったラピスにとって人物鑑定は得意とするところでもある。

とはいえ彼女のその鑑定眼も異なる大陸であるゼンドリックの住人であるフィアやルー、そして得体のしれない異邦人であるトーリ相手には通じないこともあり、それが彼女にとって最近の悩みの種でもあった。

彼女たちがそんな遣り取りをしている間も騒ぎ立てている子供たちの声のためか、フィアの癒しを受けた少年が身じろぎと共に上体を起こした。


「ケレス、目が覚めたのか? 無理はするなよ、横になっていたほうがいいんじゃないか」


カルノがケレスと呼ばれたその少年の横で膝を突き、話しかけた。体を起こすのに怪我をしていた腕を使っていたが痛がる様子は見られない。どうやら傷自体は完全に治っているようだ。


「あれ? 確かコボルドに斬られたはずなのに」


本人もその腕を見て不思議がっている。傷口の消毒に使用したアルコールか、怪我のショックのいずれの影響か解らないが記憶が混濁しているようだ。


「怪我はフィア姐が治してくれたんだ。ちゃんとお礼を言っておけよ。

 それよりも、今日はこっちに来る日じゃなかったよな?

 夜の倉庫街は危ないから出歩くのは不味いって話をしていただろ」


カルノのグループの中でも手先が器用で忍耐力の強いこのケレスという少年は、その特徴を活かして住み込みでの働き先を確保している数少ない一人だ。

もう一人、同じく手先の器用さを買われた少し年上のリシテアという少女と二人で埠頭区画の『哲学者の曲がり角』にあるパン屋で働いており、店の休みの日に古くなった売り物のパンを仲間のところに運ぶ以外は仕事を覚えるのに忙しいはずだ。


「やっぱり、襲われたのは夢じゃなかったんだな……そうだ、リシテアが!」


カルノの言葉で我を取り戻したようで、ケレスは立て板に水を流すような勢いで何が起こったのかを話し始めた。

最近になってようやく厨房での仕事を教わり始めた二人は、店が休みの今日一日かけてパンづくりを教わっていた。失敗作もそれなりの数になりはしたが、気のいい店主の許しもあり出来上がった品を持ち帰る許可を得た二人はこの倉庫に向かっている途中で数体のコボルドに囲まれた。

リシテアが咄嗟の機転でケレスの持っていたパンを取って注意を自分に引きつけさせ、包囲から脱出する隙を作ってくれたのだが逃げている途中で背後から腕を切りつけられ、その後の事は憶えていないという。

その後に駆けつけたラピスの話によると、そのコボルド達は奇襲で1匹を倒された後にそれぞれ僅かな手傷を負わされると即座に逃げ出したらしい。


「なるほど、コボルドってのはトカゲの仲間を自称している割には犬っぽい連中だからね。大方食べ物の匂いに釣られて出てきたんだろう」


ケレスの話から大方の事情を察したらしく、ラピスがそう補足した。ジンがハーバーを管理するようになってから表通りは整備され随分と治安は向上した。

だが残念ながらストームリーチの巣食う影は根深く、追い払われた者達は地下や廃倉庫などに潜み時折その手を日の当たる場所まで伸ばしてくる。今回はその指先がこの子供たちに触れたということなのだろう。


「わかった、それじゃケレスはもう休め。他の皆は念のため戸締りを厳重にしておくんだ。

 ひょっとしたらケレスを追ってきたコボルド達がこの倉庫を嗅ぎつけたかもしれないしな。入り口の扉には出来るだけ木箱を被せて塞ぐんだ。横の窓の方は俺がやってくる」


カルノはざわつく子供たちに指示を出し、体を動かす作業に従事させると自身は壁際に積み上げられたコンテナを駆け上がった。窓を潜って外へ出ると、出入のために積み上げられていた空の木箱の山を大人が飛び上がっても窓枠に手が届かないように崩す。

窓を見ても分厚い布が内部の光を遮断しており、使われていない廃倉庫にしか見えないだろう。中でよほど騒ぎ立てない限り、一つだけ施錠されていない開いている窓と中の住人の存在に気づくことは難しいはずだ。

自分の仕事に満足したカルノはそのまま建物から離れ、一番近い通りへと向かった。先程僅かに聞こえたコボルドの悲鳴が聞こえた方向を脳内の地図に重ね合わせ、あたりをつけた道へと進むとそこには真新しい血溜まりが存在していた。

それは血痕を引きながら細い路地の先へと消えている。恐らくはラピスが仕留めたというコボルドの死体の残した痕跡なのだろう。野犬か何かが既に獲物として運んでいったようだ。

その血溜まりから視線をずらし、カルノはさらに路面を注視した。すると間もなく既に乾きつつある小さな血痕が道路の端に続いているのを発見した。仄かな魔法の照明と夜空が照らす中、その血痕は通りの先へと続いている。

もう一度その周囲をよく見れば、ある程度の幅に渡って細かい血の跡が続いているのが判る。こちらがラピスが手傷を追わせて追い払ったコボルド達のものだろう。

よし、と気合を入れてその血痕を追おうとした少年に後ろから声がかけられた。


「おいおい、まさかこの錆び付いた獲物だけで追いかけるつもりなのかい?

 こんなのじゃ威嚇も出来やしないし、持っているだけ余計に危険だと思うんだけどね」


フッと影が射したと思い身を翻したときには、既に自分の腰に差していた小剣はラピスの指により鞘から抜き取られていた。手入れが十分にされていなかったそれは今までに仕留めた鼠の血のせいか所々錆びついており、刃が欠けている部分もある。

その刀身から匂う血臭が鼻についたのか、ラピスは少し表情を顰めながらクルリと小剣を回転させ柄をカルノに向けた。


「一匹二匹相手ならともかく、連中の住処に向かうんだから最初から真正面から遣り合おうとは思ってないさ!

 こっそり侵入して、リシテアを連れて帰ってくるだけのつもりなんだし。コッパーどもなんかをいちいち相手にはしないよ」


カルノはひったくるように剣を取り返すと腰に佩いた鞘の中へと戻す。直前まで気配を察することが出来なかった上に、易々と武器を奪われてしまったことを恥じているのか口調が荒い。

しかもそれで十分に手加減されていることも同時に解っている。これから危地に踏み込もうと気合を入れた瞬間に自身の未熟さを思い知らされたことで気分を害するのは至極当然のことだろう。


「それよりもなんでついてきてるのさ。悪いけど俺達は冒険者に払う報酬なんて持ち合わせてないぜ」


カルノ達はストリートチルドレンの集まりだ。外に働き口を持っているケレスやリシテアのような者も何人かいるが、あくまで見習いであり支給されるのは食事のみがほとんどで、給金などは無いに等しい。

何人かが懐に銀貨や銅貨を潜ませてはいるが、そのすべてを掻き集めても金貨10枚に届きはしないだろう。

数名の傭兵であれば雇えるかもしれないが、彼らは夜に何匹いるかも判らないようなコボルドの住む倉庫に侵入するような仕事にはいい顔はしないだろう。それに事態は一刻を争うのだ。悠長に求人を行っている余裕はない。


「報酬とはお前たちが有難がっているあの柔らかい金属のことか? それなら気にすることはないぞ。
 
 一度与えたものを取り上げるほど狭量ではないし、私は刃を振るうことに対価を求めたりはしない」


そう答えたのはフィアだ。彼女は街灯と星明りに照らされているにも関わらず、その姿は夜に溶けこんで認識しづらいものとなっていた。ただその声のためにカルノにも彼女のいる場所を大まかに特定することは出来た。

ラピスの傍らに控えた彼女は、路面に残された血痕を覗き込むようにしていた。彼女が屈んだ際に銀髪が額から零れ落ちその一筋一筋が空に舞う流れ星のように光を放っているように見え、思わずカルノは目を瞬かせた。


「ふむ、分かりやすい目印を残してくれているようだな。これならば迷うこともあるまい」


そう呟くとフィアは身を翻し倉庫街を港とは反対側、西へ向かって進んでいく。


「あ、ちょっと待てよ! 話聞けよ!」


フィアの歩みは早く、カルノは走って追いかけなければならなかった。背丈は大して変わらないというのに、目の前を行く少女は安定した足取りで進んでいく。その身軽さは金属で編まれた帷子を着ているとは思えないほど軽やかだ。

それにその鎧は金属が擦れる音がするどころか、彼女の発する音を逆に吸収してしまっているように静かだ。足音どころか砂埃すら一切立てず、薄暗い路地を滑るようにドラウの少女は進んでいく。


「僕の方は出世払いってことにしておいてやるよ。

 ちょっと剣の振り方をかじったくらいでいい気になって死なれたんじゃあ、夢見が悪いしね」


フィアの背を追って走るカルノの横を、ラピスが追い越していった。こちらも早足ではあるものの、その歩調には乱れがなく例え今物陰から何かが飛び出してきたとしても平時のごとくあしらえるであろう余裕が感じられた。

走ることに精一杯なカルノは返事を返すことすら出来ない有様だ。だが多くの旅人を見たカルノの目からしても明らかに腕利きとわかる二人が手を貸してくれる事が彼の胸を温め、彼はより一層足に力を込めて先に行く二人の背を追いかけた。





「ふぅん、結構広い倉庫だな……。この大きめの足跡からしてコボルドだけじゃなくてそれなりの大きさの連中も何匹かいるみたいだな。バグベアか?」


三人が追ってきた血痕はかつてラピス達が宿泊していた『気まぐれ海老亭』近くの入り組んだ路地を抜けた先に続いていた。そしてそれは傾斜のある丘に張り付くように立ち並んだ廃倉庫の中の一つへと消えていた。

街の再開発により港の中心部が移動したことにより不便になったために既に廃棄された区画で、かつてはコーヴェアから運び込まれた穀物が積み上げられていたであろうその倉庫は今は小麦にかわってコボルド達がその中を占めているようだ。

カルノの耳にも小走りで走るコボルド達の足音が聞こえてきている。中に侵入すればそこで何匹かのコボルドに遭遇することは間違いないだろう。

入り口には一匹だけ見張り役のコボルドが立っていたが、そのやる気のない歩哨はラピスの放った魅了の呪文に支配され今や無二の友人であると感じているラピスへと情報を吐き出している。


「捕まえた獲物は倉庫の奥に連れていったのか。それは面倒だな」


「美味いものは全部新しいボスが先に食べてしまう!

 俺たち『ボーンバイト族』だけど、骨にしかありつけないんじゃ飢えて死んでしまう。

 新しいボスは気に入らないことがあると俺達をいじめるし、食べられちゃう奴もいるんで皆困ってる。でもボスは本当に強いから誰も逆らえない……」


呪文の効果だけではなく本当に困っていたのか、コボルドはラピスに不満と共にいろいろな情報を語っていた。最近になってどこからか流れてきた新参に元の首領が殺され、部族を乗っ取られてしまったらしい。

そんなコボルドからラピスは言葉巧みに情報を引き出していく。倉庫の大まかな構造やコボルド以外の敵の数、新しいボスになったオーガの事。


「いろいろ教えてくれて助かったよ。お礼にこれをあげる。新しいボスに見つからないように食べるといい」


ラピスがコボルドにポケットから取り出した飴玉をいくつか放り投げると、コボルドは大喜びでそれを受け取った。


「ありがとう、親友! また何か困ったことがあったら何でも聞くといい」


何度も頭をペコペコと下げてからそのコボルドは倉庫周辺の暗がりへと消えていった。きっとどこか人目のつかないところで飴玉を食べ始めるのだろう。カルノはその様子を脇からずっと見ているだけだった。


「あれが手品じゃなくて本当の秘術ってやつなのか。凄い効き目なんだな……俺も使えるようになる?」


ラピスの後ろで見ていたカルノには俄には信じがたい光景だった。臆病で警戒心の強いコボルドが、初見のラピスにあれだけ心を開いていたのだ。

直前に彼女の発した声と身振りになんらかの仕掛けがあるのだろうとは思い当たるが、それがどういった意味を持つのかまでは未熟な少年には理解することが出来ていない。

ただ、あんな呪文が使えれば間違いなく彼とその仲間たちの暮らしは楽になるだろう。いけ好かない役人やこちらの縄張りを狙うライバル達が一瞬にしてその態度を変えるのだ。それは彼にとってとても魅力的なことのように思える。


「言っておくけど、呪文の効果はあくまで一時的なものだよ。

 それに効果が続いている間の記憶を失うわけでもない。低位の呪文じゃ一時的な誤魔化しが効くだけさ。

 その呪文にしたって人によっては何年も訓練してやっと使い物になるって代物だよ。そんなことに時間を使うぐらいなら手っ取り早く手に職をつけることを優先したほうがいいと思うけどね」


そんなカルノの考えを読み取ったのか、ラピスが釘をさすように口を開いた。


「やっぱりそう簡単にはいかないか。でもトーリの兄ちゃんもあの胸のでっかい姉ちゃんも使えるんだろ?

 俺は無理でも誰かが使えるようになるかもしれないし……。

 そういやあのコボルドを逃がして良かったのか? 呪文が解けたら俺達のことがバレちゃうんだろ。

 ひょっとして、飴には毒が入ってるとか?」


ふとそんな疑問が口をついてでたが、コボルドに軽く手を振っていた少女からは呆れたような声が返ってきた。


「まさか。毒なんて高価な代物をコボルドなんかを始末するのに使うわけがないじゃないか。

 あんまり哀れな連中だったもんで情報料代わりにくれてやっただけさ。それに呪文の効果が切れる頃にはもう僕たちはこの倉庫からオサラバしてるしね。

 コボルドの話を聞くにはコボルドに聞くのが一番だし、もしあいつが生き残るようなことがあれば次は呪文なんか使わなくても話が聞けるかもしれない。安い投資みたいなもんさ」


目線を合わせるために下ろしていた腰を上げ、立ち上がりながらラピスはそんな事情を話して聞かせた。そして続いて口を開くとこれからのことについて話し始めた。


「それじゃ役割分担と行こうか。僕はこの正面入口から入って派手に暴れて中の連中の注意を引きつける。

 フィアはさっきのコボルドの言っていた裏口に回って、攫われたお姫様を連れ出してくれ。わざわざ雁首並べて倉庫を行進するのも馬鹿らしいからね」


ラピスはそう告げると腰のポシェットからいくつかの指輪を取り出した。全く同じ造りをしたその一組の指輪は"サークル・オヴ・サウンド"という魔法の道具だ。クローヴン・ジョー族の砦を守っていた戦士たちが身につけていたものである。


「一応これを渡しておくよ。この指輪に念じれば同じ組の指輪の持ち主にその言葉が伝わる仕組みさ。

 あんまり離れすぎると効果が届かないみたいだけど、無いよりはマシだろうしね」


目敏い彼女はいつの間にか連中から値打ち物の装備を剥ぎとっていたようだ。一般人からしてみれば法外なほどの値打ちのするその品物を、カルノは両の掌でおっかなびっくり受け取った。

少年の指には随分と大きめなそのリングを指に通すと、魔法の力が働いたのかその金属の輪は見る間にその大きさを変じてぴったりの大きさに自らを変化させた。なぜかひやりとするその金属の感触がこの指輪の存在を少年の意識に訴えかけているようだ。


──ふむ、これで良いのか?


突如脳裏に響いたその声はフィアのものだ。カルノもそれに返事を返し、お互いにメッセージが届いていることを確認する。どうやらこの思念を通じる呪文の効果は、ドラウの少女が持つ呪文抵抗に関わりなく効果を発揮するようだ。

その後さらにラピスからは魔法の力を蓄えたワンドやポーションなどといった魔法の品によりいくらかの呪文の恩恵がカルノに与えられ、フィアの持っていた鎖で繋がれた一対の小剣のうちの一本を貸し与えられた。


「ま、とりあえずこれで十分だろう。じゃあ私は行くよ。

 私が中の連中を全部平らげちまう前にはそっちの仕事を終わらせておいておくれよ」


ラピスはそう言って倉庫の扉に手をかけ、押し開いた。立て付けの悪い扉が擦れるような音を出して開き、その開かれた隙間から夜の闇が倉庫の内側へと入り込んだ。

倉庫の中は完全な暗闇を見通すことは出来ないコボルド達がどこからか盗んできたのであろう魔法の照明を取り付けているせいで思っていたよりも明るい。


「Intruder!」


「Wake Up! Attacked by the Enemy!」 


自らの存在を隠さずに乗り込んだ少女の姿を見て、斥候のコボルドが近くに設置されている銅鑼の元へと駆け寄る。まるで散歩するような軽い足取りでありながらも魔法で増幅された俊敏さをもってその哀れなコボルドの後ろへ迫ったラピスはその後頭部を掴むと銅鑼へと叩きつけた。

敵襲を知らせる銅鑼の音が鳴り響くと同時に最初の犠牲者が倒れ伏し、倉庫の中が戦いの気配で満たされていく。続いてラピスは槍を構えて向かってきたコボルドへ向かって踏み込むとその手にした刃を突き出した。

鍛え上げられた少女の、力よりも速さに重点をおいた妙技による攻撃にそのコボルドは反応することすら出来ず首筋に深い傷を穿たれる。壊れた蛇口のようにその傷口から血液を噴出させ、崩れ落ちるそのコボルドにさらにラピスは蹴りを放った。

吹き飛んだコボルドのその体に柱に仕掛けられた罠から強烈な魔法の冷気が吹きつけ、あっという間に氷結したそれは床に触れるや大きな音を立てて砕け散った。


「今晩は、糞っ垂れのコボルドたちよ。

 この時間じゃ夕食はまだだろうが、もう最後の晩餐の時間は無いよ。

 餌の代わりにお前たちの耳にとびっきりの悲鳴を御馳走してやろう、同胞の断末魔を葬送曲にドルラーへと旅立ちな!」


討ち入りの宣言と共にラピスの掌から火球が飛び出し、それは彼女の正面に集まっていたコボルドの一団の中央で炸裂した。《ファイアーボール》の呪文が先程の銅鑼の立てたものより遥かに大きな爆音を発し犠牲者を焼き払う。

辛うじて直撃を免れた者達も全身を焼け爛れさせ、苦しみの声をあげながら崩れ落ちていく。自分の呪文が狙い通りの効果を発していることに満足したラピスは今しがたの炸裂で燃え始めた樽や木箱を一瞥するとさらに奥へと足を踏み出した。




「さて、彼女は十分に役目を果たしてくれているようだ。我々も自らに課された仕事をしなければならない」


そう言ってフィアは倉庫の間に設けられた細い路地へと向かう。先程のコボルドから聞いた抜け道を使うのだろう。カルノは取り残されないように預かった小剣の鞘を握りしめるとその背中を追って走りだした。

倉庫の間をつなぐように頭上を覆っている薄い天板が星明りを遮り、路地は全くの暗闇に包まれていた。だが今のカルノはそんな暗闇をも見通す《ダークヴィジョン/暗視》の呪文により、曲がりくねった道を壁や障害物にぶつからずに進むことができている。

白黒で構成された色のない視界に最初は戸惑ったものの、数分もすれば慣れてしまうことができた。自分ひとりで同じ道を進んでいれば、割れた陶器の破片を踏んだりギリギリのバランスで崩壊を免れている木箱にぶつかったりして大変な目に遭っていただろう。

あるいは倉庫に忍び込もうとして叩きのめされていたかもしれない。壁一枚を通じて倉庫の中からは銅鑼の音が鳴り響いているのが時折聞こえてくる。宣言通り、ラピスが派手に暴れてくれているようだ。聞こえてくるコボルドの甲高い声からして、何十匹ものコボルドがこの倉庫の中には潜んでいたようだ。

呪文の恩恵もそうだが、今はこの二人の冒険者を遣わしてくれた星の巡り合わせとやらに感謝しなければ。

カルノがそんな考えを巡らせていると少し前を進んでいたフィアが立ち止まった。先程のコボルドの話していた抜け道なのだろう、倉庫の壁に小さな穴が開いている。コボルドが通り抜けに使う程度のサイズではあるが、小柄であることが幸いしてか彼らでもなんとか通り抜けられそうではある。

内部に積み上げられたコンテナの影になっているのか、灯りは漏れていない。あのコボルドの情報と暗闇を見通す秘術の助けがなければ気付くのは困難に違いなかった。

身を屈めて先に進むフィアの後ろ姿を追い、カルノも壁の裂け目に体を滑り込ませた。だが、その際に少年は足元に転がっていた陶器の破片を踏み割ってしまった。暗闇を見通せることで逆に前方に意識が集中してしまい、足元の注意が疎かになっていたのだ。

パキンという甲高い音が倉庫に響き、部屋の内側で短槍を振り回していたコボルドが音に釣られて視線を寄せた。人間の視力であれば見通せない影を挟んでカルノとそのコボルドの視線が交わる。

暗がり程度であれば見通すその瞳がいやらしく歪み、残虐な喜悦を顔に浮かべたコボルドが槍を握り直しながらカルノに向かって歩み寄ってくる。この部屋には他にも大勢のコボルドがいたようだ。倉庫の反対側にあたるこの部屋にまで響いてきているラピスの戦闘音で興奮しているのか、血走った目をした他のコボルド達もそれぞれの手に獲物を持ってにじり寄ってきた。

震えそうになる膝で必死に体を支えながらもカルノは瞳に映る部屋の様子を把握していた。5体のコボルド、手にしているのは短い槍か刃こぼれした小剣。今半身を出している木箱は頑丈そうに見え、これを盾にすれば多数に囲まれる事はなさそうだ。

対して自分が手にしているのはフィアから渡された鋭利な小剣だ。鏡のように磨きあげられた刀身には自分の顔が映りそうなほどで、一目で業物と認められるこの武器であればコボルドの体のどこに当てても切り裂くことが可能だろう。先手を取ることが出来さえすれば連中の貧相な武器ごと両断することだって不可能ではないだろう。幸いすばしっこさには自信がある。

そのようにして戦うことを決意したカルノが剣を握る手に力を込めた時、向かうコボルド達も同時にその衝動を溢れさせ一斉に駆け出そうとしていた。両者の緊張がまさに最高点に達し爆発しそうになったその瞬間、だが彼らは突然発生した靄に包まれた。暗闇のようなそれはだがしかし夜目や暗視では見通すことの出来ない物理的な障害となって中に取り込んだ生物の視界を遮った。

突然の出来事の中でその靄に包まれたものは皆足を止めたが、その中に唯一例外が存在した。この霧──《ダークネス》の呪文を発動したフィアは一人悠然とその靄の中を進むと逆手に構えた小剣を振るった。靄の中自分の横を通り過ぎる異物の存在を感じたコボルドが違和感を追おうと首を回そうとし、その動きでバランスを崩して頭部を床へと落下させる。

あまりの攻撃の鋭さに首を切断されたことに気づかぬまま、命を失ったコボルドはまだ幸運だったのか。視界を奪われたところに血臭が蒸せかえったことで恐慌を起こしたコボルド達は先程までの興奮を忘れて我先にと靄の中から逃げ出そうと悲鳴をあげながら踵を返す。だがその判断は彼らの寿命をむしろ縮める結果となった。

今や《ダークネス》の効果範囲から出たところに待ち構えていたフィアが無防備に飛び出してきたコボルドを次々と迎え撃ち、残る4体のコボルドは彼女の背後で折り重なるように倒れる。その全てが急所への一撃であり、遺体の損壊の少なさが彼女の技量の高さを示していた。


「勇気と蛮勇は似て非なるものだ、少年。

 その剣を渡したのは失敗だったかもしれぬな、まさかあの場面で向かっていこうとするとは思わなかったぞ」


《ダークネス》を解除したフィアは剣を払いながらも諭すように語りかけた。先程のカルノの動きを咎めているのだろう。カルノの視界には先程まで生きてこちらに向かって来ていたコボルド達の無残な骸が映っている。

確かに一歩間違えば今倒れているのはカルノのほうだっただろう。とはいえ彼にはそれなりに巧くやる自信もあった。その思いが少年特有の反骨心に火をつける。


「ちょっと数が多いくらいのコッパーどもなんかにやられたりするもんか!」 


カルノはそう言って木箱の影から飛び出すと、フィアの静止を振りきって彼女の横を通り抜けると正面にある扉へと手をかけた。入り口のコボルドの情報が正しければ囚われたリシテアはこの奥にいるはずなのだ。彼女を連れ出せば今夜の冒険は完了だ。だが少年がその扉を開くことは出来なかった。

分厚い木材で組み上げられたその扉が突如内側から膨張したかと思うと、細切れの破片となって砕け散ったのだ。飛び散る破片のみならず、扉を打ち砕いた元凶である巨大な鉄塊──少年自身と同じ程の大きさを有する巨大なモールと呼ばれる鈍器──の巻き起こした旋風を受け、カルノは吹き飛ばされた。

直撃したわけでもないというのに全身がバラバラに砕かれたような衝撃を受け、三半規管が混乱しているのか立ち上がることも出来ない。カルノの生涯において怪我をしたことは数えきれないほどあるが、そのほとんどは切り傷や刺し傷といったものであり今回のように全身に叩きつけるようなダメージを負ったことは初めてだった。

高所から海面に飛び込んだ時のショックを何倍にもしたような感覚が全身を満たしており、視覚以外の情報が感じられず思考も纏まらない。魔法の品によって付与されていた《フォールス・ライフ/偽りの生命力》の効果が無ければ今の攻撃の余波だけで死んでいただろう。

一方でか弱い少年を吹き飛ばした奥の部屋の住人は、カルノの事など歯牙にもかけずに機嫌の悪さをその口から大声を吐き出しながら通路へとその姿を現した。


「五月蝿いぞちびども! スープの出汁にされたいのか!」


カルノの意識はその大声によって辛うじて繋ぎ止められた。霞んだ視界には破壊した扉の残骸を押し開くようにして現れた巨漢の姿が映っている。少なくとも少年の2倍以上の身の丈であるが、不自然なまでに上半身特に頭部の大きさが突出している。

中でも大きく裂けた口は子供の体を頭から腰まで丸齧りできそうなうえ、下顎からは凶悪な牙が多数突き出している。巨体は分厚い筋肉の鎧の上にさらに強靭な外皮に覆われており、黒いイボ状の突起が至る所にある。

数メートル吹き飛ばされたカルノの鼻にまでこの巨人が身に纏った生皮のひどい匂いが漂ってきた。首飾りのように下げられた革紐には複数の頭蓋骨が数珠繋ぎに並べられている。人喰い鬼──オーガと呼ばれる乱暴な巨人族の戦士だ。

そのオーガは折り重なるように倒れているコボルドの死体を見るとさらに機嫌を悪くしたようで手に握った戦槌を振りあげて叫んだ。


「私のコボルドを殺していいのは私だけだぞ!

 小癪な侵入者め、こっちへ来い! へし折ってやる!」



口の大きさに相応しい大声がオーガから発された。フィアはその声を受けても特に動じた様子は見せずに、手にした小剣を前方に突き出すとオーガを手招くように剣先を揺らした。その際僅かな時間、彼女の視線がカルノのそれを交差した。


「どんな奴が大将かと思えばお前のような体だけが立派な脳無しだとはな。

 その手の武器もどうせ満足には扱えまい。今すぐ腹を見せて降伏するならその醜い顔に鼻の穴を一つ増やすだけで勘弁してやるぞ」


対称的に細く、だがよく響き渡る声でもってフィアが応えた。短気なオーガはその侮辱に体を震わせると一気に距離を詰めてハンマーのように戦槌を振り下ろした。バックステップで回避したフィアにかわって、コボルドの遺骸がまとめて叩き潰されて床に染みとなって広がった。

床が叩かれた衝撃が地震のような揺れをカルノの体にもたらし、少年はその揺れに負けぬよう全身に力を込めて立ち上がった。フィアは明らかに敵を挑発してその意識を引きつけるように振舞っている。

彼女はオーガに言葉を投げかけながらもカルノに対して思念を飛ばしていた。その期待に応えるべく少年はオーガに気取られぬように気配を殺しながら破壊された扉の奥へと体を動かした。


先程の発言の通り食事の準備の最中だったのか、半ば土砂に潰された部屋の中央には焚き木と大きな黒い鉄製の鍋が置かれていた。オーガが長い間居室にしていたためかひどい獣臭のために具材は推し量ることも出来ないが、まだ火にかけられて間もないのかスープは僅かに湯気を立て始めたばかりのように見えた。

その焚き火から少し離れたところには椅子がわりにされていたのか若干潰れた木製の箱があり、その陰にカルノは目的のものを発見した。リシテアだ。

どうやら少女は運良くまだオーガの首飾りの仲間入りをしていなかったようだ。あるいはスープが煮立ち始めたら食材として放り込まれるところだったのかもしれない。

コボルドに襲われた際についたものか服が何箇所も破れ痛々しい傷口が見えているが五体満足のようで体に欠損は見られない。ただ意識を失っており、打撲によるものか体が熱っぽく汗を掻いているようだ。ひょっとしたらどこか骨が折れているのかもしれない。

カルノは静かに彼女に近づくと、思い出したようにトーリから貰っていた飴をリシテアの小さな口へと押し込んだ。"トラベラーの気まぐれ"という触れ込みのその飴が少女の口内で溶けると、見る間に容態が落ち着いていった。

『怪我人が出たら食べさせてみろ』と言っていた杖状のキャンディを砕いて仲間で分け合っていたのだが、どうやら治癒の効果をもった魔法の品だったようだ。ポーションのような霊薬ではなく飴などという菓子にそのような効果を持たせたとは、作成者はよほどの変わり者なのだろう。

この調子では他において行ったクッキーやケーキにも妙な効果があるのかもしれない。カルノ自身はソヴリン・ホストにも暗黒六帝と呼ばれる悪神のパンテオンにも信心をもっていなかったが、とりあえず今はトリックスターとしても崇められるトラベラーに少女の苦しみを取り払ってくれたことへの感謝を胸のうちで捧げた。

僅かな瞑目の後、未だ意識の戻らぬリシテアを肩を貸すような形で担ぎ上げて砕かれた扉へと戻ったカルノの目には嵐のような勢いで武器を振り回すオーガとこちらに背を向けながらも木の葉のように舞い攻撃を回避するドラウの少女の姿が映った。


「ハハハ、やはり図体の大きさだけが自慢なのか?

 自分と同じウスノロの木偶の坊でなければその獲物も当たらないようだな!」


フィアはオーガの射程ギリギリの範囲を移動しながら時折鋭い踏み込みからの突きを繰り出し、オーガの顔に幾筋かの裂傷を刻んでいた。


「ブラッドナックルを傷つけたな!

 来い、ボーンバイト! ちっぽけな侵入者を殺すのだ! 」



一時的な激情が冷めたのか、動きを止めたオーガ──ブラッドナックルはコボルドの部下たちに召集をかけた。チョロチョロと周囲を飛びまわるフィアを物量で押し潰そうとしたのだろう。だが、その声に応えて集まるコボルドは現れることはなかった。


「フン、助けを呼ぶのがちょっと遅かったみたいだね。

 もうこの倉庫の中にはお前の仲間は残っちゃいないよ」


その代わりに返事をしたのは積み上げられた木箱の上に腰掛けていたラピスだった。いつの間にかそこにいた彼女は投擲用の小振りのダガーをいくつも手の上でジャグリングしながら退屈そうにフィアとオーガの戦いを見物していた。

その姿は倉庫の正面から突入したというのにケレスを連れてカルノ達の前に現れた時から何一つ変わっていない様に見えた。大勢のコボルドを蹴散らしてきただろうに汗の一つも流していなければ返り血も無い。まるで普通の散歩帰りのような様子だ。


「GRRRRrr……役に立たん連中だ。

 これではまた屑共の群れを束ねるところからやり直さねばならんではないか」



数の上で明確に不利になったというのにオーガは面倒そうな唸り声を上げただけで、その戦意は些かも衰えていないようだ。彼の巨体から繰り出される一撃が当たれば目の前の細い連中など薙ぎ払えると信じているのだろう。

その自信を裏付けるこのオーガの動きは確かに訓練を受けた戦士のものだ。フィアは揶揄していたが戦うための訓練を受けたこのブラッドナックルの動きは並のオーガに比べれば格段に洗練されている。


「さて、それじゃ僕たちの用も済んだことだしそろそろ帰ろうじゃないか。

 後始末の手伝いはいるのかい?」


だが余裕のある態度ということであればラピスも負けてはいなかった。まるでオーガのことが視界に入っていない様にフィアに話しかけている。そしてそれは話しかけられたフィアも同じだった。


「ふむ、それであればそろそろ片付けるとするか。あまり長居をしていると他のものに心配を掛けるかもしれぬしな」


フィアがそうラピスに言葉を返し、ショートソードを逆手に持ち替えて前傾気味の姿勢を取った。まるで腕と一体化したかのように構えられた小剣はオーガの目からすれば腕に隠れているように見えるだろう。

明らかに今までの腰の引けた構えから様子を変えたフィアの姿を、だがオーガはその大きな口を歪めて笑みを浮かべて迎え撃つ姿勢を見せた。小兵の攻撃など知れているとばかりに大上段に戦槌を両手で掲げる。

その体と獲物の違いからくるリーチは明らかにブラッドナックルにとって有利を生んでいた。フィアが一太刀浴びせるためにはこのオーガの旋風のような攻撃を掻い潜らなければならず、また例え無事に踏み込むことが出来たとしても分厚い筋肉に覆われた体の急所に攻撃を届かせなければならない。

またその死の間合いに留まり続けなければ刃を届けることが出来ない。カルノは一瞬浮かんだ不吉な想像──オーガの戦槌を避けきれずに叩き潰されるドラウの少女の姿──を脳裏から追いだすと、眼前で睨み合う二人の戦士の姿へと意識を集中させた。

少年のその視線を受けた直後、ブラッドナックルは雄叫びと共に再び全身に怒気を巡らせて激情で身体能力を活発化させた。視線に乗せた殺気がお互いの中間でぶつかり合い、示し合わせたかのように両者の時間が動き始める。

お互いの闘気が迸って弾けたその瞬間、数歩でトップスピードに到達したフィアの体は残像を引くようにしてオーガに肉薄した。彼女が置き去りにしようとした自身の影がその体に纏わりつき、十分な灯りに照らされているはずの倉庫内にも関わらずその姿は隠されているように見える。

迎え撃つオーガの上腕の筋肉が爆発したように膨れ上がり、雄叫びと共に鉄塊が振り下ろされたがその一撃はフィアの体をローブのように覆っていた影の一部を彼女から引き剥がす事しか出来なかった。

致死の一撃を低い姿勢で掻い潜ったフィアは、だらりと下げていたその右手を掬い上げるように振り上げた。同時に足裏が強く大地を踏みしめ、膝、腰、背中と全身を使って加速された運動エネルギーが腕よりもさらに先、手の延長線上にある剣先へと集中した。

カルノの目にはオーガの正中線を銀閃が走ったように見えただけであったが、何が起こったのかを知るにはそれで十分であった。

ぐらり、と巨体を震わせてオーガの巨体が左右に分かたれて倒れた。なんらかの魔法の防護を与えていたのであろう腰巻も微かな光の瞬きを残して両断され、やがてその力を失ったかのように沈黙した。

その直後、綺麗に切断された断面からは大量の血液と臓物が溢れ出し床に広がった。倉庫の隙間から吹き込む風が生ぬるい血臭を運んでくる。


「私が先祖より受け継いだ"影刃"に絶てぬ物無し。

 その身に刻まれた傷跡をドルラーにて『力ある者』どもに誇るがいい。貴様を屠ったのは"闇狩人の鋭き刃"であると」


そう呟いたフィアが持ち直した小剣の刀身はケレスに用いた癒しと同じうっすらとした輝きと共に、黒い闇の帳を纏っていた。信仰にその身を捧げた聖戦士の祈念の力が部族に受け継がれた影を操る剣技と融合しその鋭さを何倍にも高めたのだ。

星の輝きと影、夜空を思わせるエッセンスにより強化されたその刀身が、力だけではなく瞬発力とさらには磨かれた洞察の鋭さによって巨人をまさに一刀両断したのだ。

嘗てこの大地を支配していた巨人族の帝国が落日を迎えた際、船出する同胞に背を向けて戦い続けた彼女たちの部族に伝わる剣技がまさにその本来の用途に用いられたということだろう。

目の前で起こった信じられない光景を見て、カルノはしばらくの間呆けていることしか出来なかった。






「ふむ、早速一つ仕事を片付けてくれるとは嬉しい限りだよ。

 取り掛かるのは明日からだと思っていたが、早く済ませてくれる分にはこちらとしては寧ろありがたい話だからね」


倉庫のコボルド達を一掃した後、ラピスは少女を連れて倉庫へ戻るフィアたちと別れて単身『気まぐれ海老亭』へと向かっていた。

夜も更けてきたところで酒の入った冒険者達の荒っぽい声が響き渡る中、彼女が腰掛けたテーブルの向かい側には仕立ての良い服を着た壮年の男性が座っていた。


「ほんの気紛れさ。ついでに拾い物をしたんで渡しておくよ。アンタになら持ち主を割り出すことぐらい訳ないだろうしね」


ぶっきらぼうにそう告げたラピスはテーブルの上に一枚の刻印されたバッジを滑らせた。太陽を象ったそれはハーバー・マスターに仕える衛兵団の隊章である。

それを見た男──ロード・ジェラルドは口元に笑みを浮かべると傾けていたエールを一口に煽って近くにいる店員にジョッキを押し付けてお代わりを要求するとその空いた手でバッジを拾い上げた。


「これはこれは。バッジを失ったものは1週間の営巣入りという話だからな。

 きっとその衛兵も君には感謝することだろう。とりあえずは私から彼に代わって、報酬に上乗せするということで報いさせてもらうとしよう」


ジェラルドは裏面に刻印された持ち主を示すマークをチラリと確認するとそのバッジを懐に仕舞った。確かにこのバッジは持ち主のところに戻ることは間違いないだろう──持ち主が感謝するかどうかは別にして。


「それで、ボーンバイト族の新しい指導者を見つけたんだろう? 詳しい話を聞かせてくれないか」


ラピスとこの男との付き合いは、彼女がこのストームリーチにやってきたその日から始まっていた。トーリにも幾つかの仕事を斡旋したというこの詐欺師のような男は、この地域では確かにそれなりの人脈を有しているようなのだ。

今日久々に『気まぐれ海老亭』に立ち寄ったラピスは、ジェラルドからこの倉庫区域に潜むコボルド達の調査をして欲しいと依頼されていた。

現状特にお金に困っているわけではないラピスではあったが、腕を錆びつかせないためにも軽い仕事を受けようと思っていたところで都合が良かったというのもある。その連中の巣にその日のうちに突入することになるとまでは考えていなかったのだが。


「そう。オーガで、名前はブラッドナックル。だが厄介ごとを起こすことはもうないよ」


そのラピスの言葉の含んだところに気付いたのだろう、ジェラルドは満足気に頷いてみせた。


「オーガだって? なるほど力ずくでボーンバイト一族の頂点に上り詰めたというところか。前のチーフを殺したとしてもおかしくないな。

 ひょっとしたらハザディルの奴がコボルド連中をまとめ上げるためにエージェントを送り込んだんじゃないかと疑っていたんだが、その心配はもう必要ないようだな。

 いずれにせよ、奴がいなくなればコボルドどもは問題ではなくなるだろう。

 指導者が居なくなったのであれば連中は元のこそこそとした生活に戻るだろうし、もう倉庫や船を脅かすことはなくなるはずだ。

 本当によくやってくれたよ。さすがはシャーンの『一夜一殺』──」


感謝の気持ちを表すためか、次々と言葉を吐き出していたジェラルドの口だったが突如頬を撫でた感覚がその動きを止めさせた。

その頬に伸ばした掌に僅かな違和感を感じ、視線を落とすとテーブルに自慢の頬髭が僅かに散らばっている事に気付く。今しがた頬を撫でた涼風はその実、鋭利な鎌鼬を潜ませていたのだ。むき出しの首筋に感じる空気が突如冷たいものに感じられる。


「──どこで聞いたか知らないが、その言葉を口にしない方がいい。口は災いの元、と言うだろう?

 それは不吉の象徴だ。わざわざ不幸を招き入れたいっていうんなら無理に止めはしないけどね」


少々演説に力が入っていたとはいえ、一体どの瞬間に目の前の少女が動いたのか彼には気付くことが出来なかった。薄暗いはずの店内で、ラピスの瞳だけが強い光を放ってはっきりとこちらを捕えていることを意識させられる。

警告で留めたのは酒場で揉め事を起こすことを嫌ったのか、それとも──? 噂話で聞いていた様々な暗殺の逸話を脳裏に浮かべ、ジェラルドは自身が虎の尾を踏みそうになっていたことに気付いた。


「──これは失礼、レディの前でする話題ではなかったようだね。

 少々エールが過ぎてしまったようだ、酔っぱらいの戯言だと聞き流してもらえればありがたい」


先程までとは打って変わって言葉少なに非礼を詫びたジェラルドが腕を上げ合図を送ると、ハーフリングの店員がトレイに料理ではなく布袋を乗せて現れた。それはラピスの前に置かれる際にゴトリ、と重量感のある音を立てて内容物の存在を主張した。


「どうやら随分と私の手間を省いてくれたようだからね。先程の隊章の件もあるし、少々色をつけさせてもらったよ。

 よければ今後もその力をストームリーチのために揮って欲しい。実力に見合った報酬はしっかりと用意させてもらうよ」


貨幣ではなくインゴットの形をした金塊が、どうやら2本ほど入っているらしいその袋をラピスは一瞥すると手元に引き寄せた。そのまま中身を確認することもせずに横の椅子においてあった魔法の背負い袋の中へと放り込む。

そして話は終わりだとばかりに立ち上がった。

 
「気が向いたら考えておくよ。暫くは体が鈍らない程度にゆっくり過ごすつもりなんでね」


素っ気ない返事と共に、ラピスはテーブルを離れた。ウエスタンドアを押し開いて店から出ていこうとするその背中にジェラルドは声をかける。


「トーリ君が帰ったら宜しく伝えておいてくれたまえ。いずれまた挨拶に伺うよ」


その言葉に返事を返すこと無く、小柄な背中は夜の闇へとその姿を溶けこませていった。取り残されたジェラルドは暫くそのドアを眺めていたが、やがて思考を切り替えると彼もまた席を立ち別の冒険者が食事をしているテーブルの方へと足を進めた。

ストームリーチの夜はまだ始まったばかりだ。そして夜こそがこの街が最も活発になる時間帯なのである。彼の盤面に乗っている敵方の駒はコボルドだけではない。姿の見えぬ対面の指し手の次の一手を想像しつつ、ジェラルドもまた自らの駒を動かすべく行動を続けるのだった。


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