「なんじゃこりゃあ!!」
朝、宿屋の外で井戸から水汲んで顔を洗おうとしたら。
そこに写っているのは仕事に疲れて加齢したおっさん顔ではなく、20歳くらいに若返った自分の顔だった。
ゼンドリック漂流記
1-2.森のエルフ
「そういえば、TRPG版のプレイヤーキャラの開始年齢は[15+2D6]才だったっけ?」
最初に選んだ職業によって違った気もするが、複数の職業を持っている自分の場合、最大値が適用されたんだろう。
「うーん、しかしこれでゲームの世界よりはTRPGの世界の割合が高くなったな」
ゲームのほうは、洋ゲーだけあってヒューマン・男の顔グラフィックは見事なおっさん顔のみだったのである。
このキャラデザインのせいで日本人受けしなく、サービス終了にも繋がったという噂もあるほど。
「イベントはゲーム準拠、基本ルールはTRPG準拠ってところか?
確かにゲームよりはTRPGのほうが実装されているデータ量が桁違いだし、色々出来そうではあるな・・・」
このエベロンという世界は、D&DというゲームをMMOとして作り上げるためにデザイナーを公募した世界ではあるが、
同時にTRPG版としても数々のサプリが出版されている。
「しかしそうなると、エグいモンスターの類も実装されているだろうことに・・・うへぇ」
冷水で顔を洗ってサッパリしたつもりが、朝から嫌な気分になってしまった。
「とりあえず朝飯にしよう」
ちなみに昨夜宿泊したのはこの村唯一の酒場でもある。この世界では1F酒場、2F以降が宿屋というのが基本スタイルらしい。
"波頭亭《ウェーヴ・クレスト・タバーン》"の正面に回り、カウンターに向かう。
「おっちゃん、なんか食べやすいもの頂戴」
ここのオーナーはシグモンドさん、どうやら冒険者上がりらしい人間のおっさんである。
どうやらこのコルソス村にはガランダ氏族の宿はないらしい。まぁ田舎だし、こんなところまで進出してないんだろうね。
「よお、トーリだったか。今仕込みの最中だからもうちょっと待ちな。
昨晩はよく眠れたかい?」
「雪の積もった砂浜に比べれば寝心地は極上だったさ。
この村の中には、寒波があまり入り込んでこないようだからね」
そう、この村にも雪は降っているものの、気温はそんなに冷え込んでいないのである。
まあ極寒のシベリアだったとしても、《上級冷気抵抗》のローブを着ていれば問題ないのではあるけれど。
「ああ、元々この村には外敵からの備えとして結界が用意されているからな。
そいつがあのくそったれの白竜の冷気からも村を守ってくれているのさ」
カウンターの奥でガサゴソと何やら作業をしているオーナー。そういやそんな設定もあったっけな・・・。
「ほい、とりあえずこれでも食いな。この朝食分までは昨日の宿代に入ってるぜ」
出てきたのはパンとサラダ、それにスクランブルエッグというスタンダードなメニューであった。うーむ、これは何の卵なんだろう・・・。
こわごわとスクランブルエッグをつついていると、階段のほうからガヤガヤと大勢が下りてくる音が聞こえてきた。
どうやら大部屋などに泊まっていた他の連中も動き始めたみたいだな。
「おーい、おやっさん!こっちにも飯を頼むぜ!」
ガタイのいい男の集団がテーブル席を占拠していく。こうして見ているとほとんどが人間だな。
「いま用意するから待ってろ!一斉に騒ぐんじゃねえ!!」
突然大勢が食事を要求するもんだから、シグモンドさんは大変そうだ。
「アイーダ! ちょっとこっちにきて皿ぁ運んでくれ」
「はーい」
オーナーが裏手に向かって声を掛けると、娘さんかな?10才くらいの少女がテケテケと店の裏手のほうからやってきた。
「このお皿もっていくよー」
そういって料理の盛られた大皿を危なげなく運んでいく。なるほど、大部屋だから料理もまとめて大皿で出てるのかな?
案の定、皿が置かれるや否や、テーブルの上は奪い合いの戦場と化している。
そんな騒がしい店内をスルスルっと通り抜けながら皿を置いて回る少女。見事なものである。
(そういえばパッチがあたってこの村が導入される前には、この女の子の無くしたネックレスを見つけてあげるってクエストオプションがあったな)
どうやら見たところ、彼女は今はネックレスをしているようだ。
手癖の悪いコボルドが村に侵入しているわけではないので、盗まれたりはしていないってことなんだろうな。
「お兄さん、食べ終わってるみたいだからお皿下げてもいい?」
カウンターの向こうから覗き込むように話しかけてくるアイーダちゃん。あーなんか癒されるなぁ。
チュートリアルで一緒だったセリマスっていうクレリックは美人だったけどツンだったしね。
「そういや、宿のほうはどうする?
悪いがこっちも商売なんでね。村がこんな状態だってのはあっても、お代は頂戴するぜ」
皿を運んでいったアイーダちゃんと入れ替わるようにしてシグモンドさんが聞いてきた。
「そうだね。とりあえずもう何日かお世話になろうかな。慣れない土地で野宿するのもしんどそうだし」
実際には百年単位で宿泊できる財産があるのだが、ここでは昨日のチュートリアルの取り分しか手持ちがないように振舞わなければならない。
ガリファー金貨を3枚、ジャージのポケットから取り出した振りをしてカウンターの上に置く。
「何日かこのあたりを見回ってみて、過ごしやすそうな場所が見つかるまではお世話になるよ。
もっとも、その間にこの状況が解決してくれればそれに越したことはないんだけど」
見たところ、自分以外にも何人かの冒険者がこの宿に滞在しているようだ。
ひょっとしたら彼らがこの村でのクエスト進行を担う主人公なのかもしれないし、
能力と装備のおかげで1Lvにしては破格の戦闘力をもっているとはいえ、出来るだけ危険なことには近づきたくない。
見所のある冒険者がいれば、それとなく誘導して事件解決の手助けをするくらいのポジションを狙いたい。
何せ、これからしばらくのクエストでは主な敵がカルトの狂信者とはいえ人間なのだ。
チュートリアルのときは突然の出来事に頭がついていかなかったことと、相手が見た目からして化け物な魚人だったことからそれほどの抵抗はなかった。
しかし、流石に同じ人間相手に殺し合いを行う、となるとなまじ考える時間があるだけに躊躇われる。
「そうか。だが言っておくが村の外には出せないぞ。
ちょっと前に村の外を調べて戻ってきた連中が洗脳されていたらしく、結界の要石を破壊しようと暴れたことがあったからな。
昨日一緒にいたシルヴァー・フレイムのクレリックやらは腕が立ちそうだったから大丈夫だとは思うが、アンタはまだ駆け出しみたいだからな」
(なるほど、セリマスさん達の姿が見えないと思ったら昨日の今日でもう調査に出かけているのかな?)
確か彼らは皆8Lvキャラクターだったと思う。数字自体はもの凄く小さく感じるかもしれないが、この世界のLv上限は20。
ネットゲーの中では次のモジュールでそこまでのLvキャップが解放される予定だったため16Lvでカンストだったのだが、
そんなレベルで既に世界で屈指の実力者であり、異次元から侵攻してくる悪魔の軍団と殴り合いをすることになるのだ。
というわけで8Lvというと小さな都市でも五本の指に入る程度の実力者。こんな寒村では望むべくもない高レベルな冒険者なのである。
閑話休題。
「とりあえず今日のところは村をぐるっと回ってみたいと思ってます。夜には戻ってきますんで、またあの部屋でお願いします」
行ってらっしゃーい、というアイーダちゃんの可愛い声に送られて宿屋を出た。
「うーん、やっぱりゲームのほうでは色々と省略されていたみたいだな。想像していたより広いな」
メインとなる建造物とかは大体ゲーム中の描写と同じなんだけど、建物間の距離とかが全然違う。
まあ包囲されている状態である程度自給自足できるだけの能力があるんだから、当然といえば当然なんだろうけど。
(とりあえず、今の能力を確認するために人気の無い場所を探さないと・・・)
昨日は結局《ジャンプ》の呪文も途中で破棄してしまったため、アイテム整理しかしていないのである。
特に呪文周りのシステムがどうなっているのかはゲームとTRPGで全然違っているので、最重要なポイントである。
確かゲームでは岬の辺りが人気が無かったはず、と思いながら村の外れに足を向けてみるとそこにはちょっとした森が広がっていた。
もう少し進めば崖になっていたはずで、魚人どもも空を飛んだり崖をよじ登ったりはできなかったはずだから野宿のポイントとしても使えるかもしれない。
いざとなったらロープか何かを使ってハンモックなんかを作ってもいいかもしれないな、と思いながら森に分け入ってみる。
しばらくすると、ローグ技能のおかげか侵入者感知の罠っぽいのが仕掛けられていることに気付く。
よくある鳴子タイプのものだと思われるのだが、森を進む際に進みやすい経路を選んでいくと何重にも仕掛けられている様子。
「流石ゼンドリック。こんな村でも備えは万全ってことだなぁ。恐るべしファンタジー世界」
日本ではまず考えられない状況である。まあ代わりにセコムとかないわけだし。あ、デニス氏族の警備サービスみたいなのはあるのかな?
カルチャーショックを受けつつ、罠に引っかからないように森を抜けていくと教室一個分くらいの開けている場所を発見した。
あの仕掛けから察するにここに人が来ることも無いだろうし、おあつらえ向きのシチュエーションである。
「んじゃまずは呪文からかな~。《ジャンプ》!」
呪文を使用すると、体、特に下半身に力が漲るのを感じた。そのまま思い切り跳躍すると、まるで格ゲーキャラのような高さまで飛び上がってしまった。
助走も何もしていないというのに、2メートルは飛んでいたように思う。今ならダンクシュートとか余裕で出来そうである。
その後は不可視の盾を張り巡らせる呪文などを使ってみたが、これについては攻撃してくる相手がいないので効果がわかりづらい。
どうやら念じたところに高さ2メートル、横幅1メートルくらいの障壁が発生しているようだ。
それがどうやら自分の意識に従って、自分の周囲だけだがあっちこっちと動かせる模様。
不可視なのに何故そんなことがわかるかだって? そこはまぁ、魔法だからとしか言いようが無い。
この世界には傘とかないだろうから、雨が降ったときには便利かもしれないなーなどと考えてみた。
残念なことに今の時点で試せる呪文はこの二つくらいで、あとは催眠術的なものとかで相手がいないと使えない呪文ばかり。
リアル魔法使いになった身としてはもっと色々と試してみたいのだが、それにはレベルを上げる必要がありそうだ。
とりあえず分かったこととしては、呪文のシステムはゲーム準拠だということ。
複数の秘術呪文使いのクラスを持っているが、呪文を使うためのSP(スペルポイント)は共通だということ。
片方のクラスでもっている呪文修正特技(持続時間延長などの効果がある技術で、その分SPを多く消費する)は共通で使用できる。
そしてSP最大値については高いほうが適用される、というところか。たぶんHPについても似たようなものなんだろうと推測できる。
今の時点では三つのクラスで選択している呪文が重複がかなりあって無駄なので、今後の成長の際の呪文選択は棲み分けをきっちりする必要があるな。
とりあえず呪文まわりについてはこんなところだろうか。
次は装備の確認である。
どんなものがあるかについては昨晩のうちに確認しておいたが、効果についてはこれからチェックすることになる。
とりあえずジャージの下に装備しておいても目立たなさそうな指輪、ネックレスで効果の高い組み合わせを考える。
あとは靴と手袋くらいは入手場所を誤魔化せれば、余程の目利きが居ない限りどんな効果を持っているかはバレないはず。
この高台に来る前に、船着場で出港できなくて足止めされている船があったので頼めば積荷を売ってもらえるのではないかと思う。
ベルトも嵩張る物でなければ装備できるだろう。
兜とクローク、ゴーグルなどの目立つ部位に装備する類は今は諦めよう。
手首の部位に装備する品物は、このブレスレットが邪魔になるのかどうかを確認だな。
鎧については入手経路が怪しいし、キャラスペック的に身軽さを活かしたほうがいいと思うので当面はジャージのままで良さそうだ。
しばらく悩みながらも、とりあえずは能力値とヒットポイントを補正するものを中心に装備を整えた。
本来であればもっと回避能力の高い組み合わせなども可能だが、見た目などの問題から今のところ難しい。
まあ、複数のキャラクターからいいとこ取りのステータスのおかげで能力値は全て初期最大値+アルファである。
序盤の敵の攻撃は、余程のラッキーヒットでないかぎり食らうことはないだろう。
念のため敵のクリティカルを阻害する装備もつけているため、包囲されてジリ貧、なんて状況にならないように立ち回りを考慮すれば大丈夫だろう。
本来であればカンスト後のレイドクエストを何度も繰り返して入手するアイテムを1Lvで装備しているのだから、まさにチートである。
あと、どうやらこのブレスレットは手首部分の装備と競合しないことが判明。
どうやら《その他の装備品》枠である模様。これは嬉しい誤算であった。
まあ今の時点では腕輪やら腕甲といった目立つ装備をするわけにもいかないので、あまり関係はないかもしれないが。
次に武器である。
チュートリアルで貰ったロングソードが2本あったが、片方の錆びた剣は昨日サッサと下取りに出して宿代にしてしまっている。
やはりこの状況、錆びていても手入れすれば使えるからか武器の下取りは喜んでもらえたようだ。
当面は残った1本で過ごすわけだが、補正された自分の能力での威力を確認しておく必要がある。
邪魔になりそうなのでそこらの木に立てかけておいた剣を取り、立ち木に向かって斬りつけてみる。
ちょうど大人の胴回りくらいある木に横から斬りつけてみたんだが、一撃で半ばまで切り裂いてしまった。
武器に付与されている魔法の効果で、切断面から木の焦げた匂いが漂ってくる。
刺さったままの剣を引き抜いて、今度は両手でエイヤと思いっきり斬りつけてみた。
スパン!といい音がして斜めに両断される木。そして当然物凄い音を立てて倒れてしまう。
「あちゃー、やっちまった・・・・。民家からは離れてるから今の音を聞きつけて誰か来たりはしないよな?」
どうやら強い力を得てしまったせいで調子に乗っていたようだ。明らかに短慮な行動である。自然破壊良くない。
「自重しろ俺。しかしこれだと人間なんか真っ二つだなぁ・・・」
比較的入手が容易な武器でこの有様である。やはり人間相手に斬った張ったは考えたくもない。
甘い考えだろうとは思うが、できるだけ殺人童貞を卒業するのは後回しにしたいものだ。
そんな風に自戒していると、こちらに近づいてくる気配を察知した。
(物音を聞きつけてきたのか?近くにいたのならそりゃあびっくりもするか・・・)
なんと弁明したものかと考えながら顔を向けると、気配のほうから突然矢が飛んで来た!
「うひゃぁ!」
情けない声を上げながらも先ほど行使した呪文であるところの《シールド》を正面に向けて矢を逸らす。
問答無用のヘッドショット。《シールド》無しでも身に着けている装備の効果で展開してる力場でダメージは無かったかもしれないが、
突然自分の顔に向かって鋭利な物体が高速で飛び込んでくるというのは心臓に悪い。
やはり、この世界に威嚇射撃などという生易しいテンプレはないらしい。初手からガチで殺しに来ている。
「いきなり何をするんだ! 殺す気か!!」
気配に向けて呼びかけてみるものの、返ってきたのは矢の返礼。しかも先ほどの一撃で仕留められなかったからか、今度は連射である。殺る気満々なようだ。
慌てて木の影に隠れて遮蔽を取るとトントン、っといい音がして盾にした木に矢の刺さる音が聞こえる。
どうやら木の幹を突き抜けてくるような恐ろしい弓の使い手ではないようだ。襲撃前にも気配が漏れていたし、レベルはそんなに高くはない模様。
さっきチラっと見たところだと、隠行のほうもどちらかというと隠れているというよりは遮蔽をとっているって感じだった。
これならなんとか傷つけずに無力化できるかもしれない。
このまま隠れていても仕方が無いし、相手が接近戦に持ち込んできたら手加減できる自信がまだ無い。なんといっても試し切りの最中だったのだ。
装備を入れ替えて用意を整えるのに一呼吸。もう一呼吸を気合を入れるために使って、男は度胸とばかりに遮蔽から飛び出した!
それを見越していたのか間髪いれずに矢が飛んでくるが、飛んでくる矢を確認して正面から受け止めず、
《シールド》と展開している反発の力場で斜めに逸らしてやれば受け流すことは容易!
それに対してこちらは相手を視認できていればいいのである。
「《ヒプノティズム》!」
視認している相手の精神に働きかけ、《恍惚状態》にする低レベルの呪文である。ちなみに、エロい意味ではない。
レベルの高いキャラクターには全くといっていいほど効果を発揮しないが、低レベルのうちは非常に重宝する呪文である。
しかも今はその呪文に抵抗されないよう、呪文の効果を増強する特殊な杖を装備している。
データ上は呪文成功率を10%上昇させるだけの効果しか持たないが、まあ念には念をというやつである。
どうやら呪文は効果を発揮したようで、相手は棒立ちで矢を射掛けてくる様子はない。
ゲームであれば状態異常を示すエフェクトが表示されるはずだが、やはりそのあたりは実際には見て取れない模様。その代わりに手応えのような感触はあったが。
この状態でいきなり近づくと敵対的行動と見做されてせっかくの《恍惚状態》が解除されかねないので、杖をしまって敵ではないとアピールを開始する。
「なんだか誤解があるようだが、俺は特に村に害を与えるつもりがあったわけじゃないんだ。
ちょっと手に入れたばかりの武器を手に馴染ませようとしていただけで、その際に勢いあまって事故っちゃっただけなんだよ」
事故っただけで木が倒壊するのかという気はしないも無いが、嘘は言っていない。
説得力を増すために《交渉》判定に修正を得るアイテムを装備している甲斐もあってか、近づいても恍惚状態が解除されない。
さらに近づいて説得を試みる。この呪文はそう効果時間が長いわけではないので、今の間に友好的な存在だと意識に刷り込んでおく必要があるのだ。
「そういうわけで、こちらに敵対する意志はない。武器をしまって、まずは話し合いをしようじゃないか」
こうやってみると非常に悪役くさい台詞であるが、呪文とアイテムの相乗効果でどうやら効き目は抜群のようだ。
はっきりと相手が見える距離まで近づくと、そこにいたのはこれまたファンタジーな存在だった。
「おー、リアルエルフだ! 耳長いし線細いし、おまけに美人だな」
DDOらしからぬ美形なキャラ作りである。金髪で肌は白く、別のネットゲーの世界から来たんじゃないかと思うくらいだ。
しかし、この美人なお姉さんが殺る気で矢を射掛けてくるのである。リアルファンタジーって怖い。
それにどうやら弓以外にも、足元にゴツい刃物を用意してあるようだ。
柄の両側に大きな湾曲した刃物がとりつけられている。確かヴァラナー・ダブルシミターだっけな?
ゲームでは実装されていなかったんだが、見た目からして怖い武器である。
でもどうやら足を怪我している様で、包帯を巻いている。それでは白兵戦は無理だろうな。それで遠目から射掛けてきたってわけか。
相手の状態もある程度把握したところで呪文の効果を解除する。都合のいいことに、相手は呪文を掛けられたことを覚えていないが、説得の効果は残る。
「話を聞いてくれる気になったか?」
「・・・そうだな、私もどうやら警戒しすぎていたようだ。仕掛けていた警報に反応が無かったので、
崖側からの侵入者と勘違いしてしまった。謝罪しよう」
そう言って弓を下ろしてくれた。とはいってもまだ警戒しているのか、こちらからは目を逸らさずに値踏みするような目でこちらを見ている。
「それで、貴方はどこからあの空き地に辿り着いたんだ?
村からの主な経路には警報を仕掛けていたし、まさか崖を登ってきたわけではなかろう」
あー、あの鳴子はこのエルフさんが仕掛けたものだったのか。
「警報って途中にあった鳴子のことか?
てっきり村の人が仕掛けたものだと思ってた」
張り巡らせたはずの警戒網の内側に、突然刃物もった男が入り込んで木を切り倒してたらそりゃ何事かと思うわな。
「驚かせちゃったみたいだな。すまない」
とりあえず頭を下げておく。面倒を避けたつもりが厄介ごとを呼び寄せていたとは、迂闊だったなぁ。
「ま、侘びの代わりといってはなんだが、良ければその足の怪我くらいなら診てあげられるよ。治癒術の心得もあるし」
なんといってもいまこの村は包囲されているんだし、戦える人ではいくらあってもいいはずだ。
それに治癒術はさっき試せなかったし、ちょうどいい機会でもある。
バードクラスのキャラクターを意識し、1Lvキャラでも使える初級の治癒魔法の使用を念じる。
「《キュア・ライト・ウーンズ/軽傷治癒》」
呪文を発動すると、手のひらがぼうっと燐光を放った。
ゲーム中と違って、治癒系の呪文は対象に接触しないと効果を発揮しないようだ。このあたりはTRPG版に準拠している模様。
そのまましゃがみこんで、そっとエルフさんの太ももの辺りに巻いてある包帯の上に手をかざす。
そうすると燐光はスーっと包帯の中に解けこんで消えた。
「どう?ちゃんと治ったかな?
まだ足りないようならもう一回呪文使うけど」
ゲームと違って何点回復させたか不明なところが不便ではあるが、きっちり呪文が発動した手応えは感じた。
とはいえ最下級の治癒術だから、怪我の具合によっては治療しきれてないかもしれない。こればっかりは聞いてみないとわからないな。
「驚いた。治癒と称して不埒な真似をするようであればその首刎ねてやろうと思っていたが・・・
私の仕掛けた罠を見破り、矢を受け流し、そして治癒術まで収めているとは。
見かけによらず腕利きの冒険者であったのだな。大変失礼した」
なんかサラリと恐ろしいことを言ってますよこのエルフさん。
ひょっとして命の危機だったのか今の。キュアが発動してなきゃ死んでたのか俺。
「私はヴァラナーの戦士、エレミア・アナスタキア。星の花の名において貴方に感謝を。
無礼な振る舞いを許していただいただけではなく、傷の治療までしたいただいた。
この恩は先祖の霊に誓って返させて頂く」
一転して丁重な態度で礼を言われたが、その前の発言が物騒すぎて顔の引き攣りが収まりません。
「いや、こちらの振る舞いも誤解されるようなものだった。
俺はトーリ。駆け出しの冒険者なんでそんなたいした人物じゃないんだ。そんなに丁重にされても気が引けるよ」
治癒術のお試しが出来る上に美人と仲良くできるかも、という下心満載だった自分にはその純粋な気持ちがこそばゆい。
その後、お互いの身の上話などをして打ち解けることに成功した。
何やらエレミアさんもゼンドリックまでの航海中に、白竜の襲撃を受けてこの島に流れ着いたらしい。
その際に足に怪我をしてしまい、なんとか村まで辿り着いたものの持ち合わせも無く。
見ず知らずの人間ばかり、しかも村はこんな状態でいつ荒くれ者達が暴発してもおかしくない、ということで身の危険を感じて
怪我が治るまでの間はと、この人気の無い森で怪我が癒えるのを待っていたらしい。
足も治ったようだし、あんなゴツい獲物を持ち歩いている女性は、いくら美人でももう襲われることはないだろう。
その後彼女には「しばらく宿に泊まっているので、何かあったら連絡してね」と伝えて別れることにした。