「まったく、妙なことになっちまったもんだ・・・」
薄暗い部屋のベッドに寝転がりながら、癖になりつつある独り言を呟く。
寝台には薄い敷物とタオルケットが一組だけ。
元が熱帯に近い地域という設定だったためか、他に寝具は見当たらない。
普段ならこれで十分だったんだろうが、何分、今この村は異常気象で雪が降る有様。
夜を過ごすにはいかにも心細い相方である。
仕方がないので身に着けていたブレスレットを操作し、冷気抵抗の加護が付与されたローブを取り出して装備する。
便利なことに、ローブの装備を意識しただけで装着完了。感じていた寒気は加護の効果かまったく感じない。
元々着ていたジャージは、おそらく入れ替わりでブレスレットに収納されたんだろう。
ゲーム中でも鎧類と違って衣類やアクセサリーは一瞬で着脱可能だったが、体感してみるとまったくもって異常な現象である。
仰向けになって手を伸ばすと、自分の育てたキャラクター達が収まっているであろう、ブレスレットが視界に写る、
「こんなことなら、全部のキャラクターを人間で作っておけば良かったなぁ」
園城十里《えんじょう・とおり》。元35歳会社員独身で趣味はネットゲーム。
今日からエベロンワールド、ゼンドリック大陸の漂流者である。
ゼンドリック漂流記
1-1.コルソス村へようこそ!
気がついたら雪の降る浜辺で寝ていた十里。彼は近くにいた冒険者に難破船の生存者と勘違いされた。
(夢じゃねーかな?)
と寝起きの頭で考えているうちに周囲の冒険者たちはあれよあれよと話を進めていき、
邪教を崇拝する魚人の住む洞窟に十里を含めた、たったの4人で突撃することに。
その挙句に魚人を虐殺してお宝を回収し、洞窟を通り抜けたところでこの村に到着したとたん、十里を一人で放り出したのである。。
確かにゲーム開始直後のプレイヤーにはわかりやすい展開だったのかもしれないが、
もうちょっと話を聞いてくれてもいいんじゃないかと思うのだった。
「まあチュートリアルはあれくらい強引なほうがいいのかもしれないけどさ・・・」
かつてモニターの向こうから見ていた画面を思い返しながら苦笑。一体今の自分はどんな風に見えているのだろうか。
ほうほうのていでたどり着いた酒場で戦利品を換金し、キツい味付けの食事をとって個室に滑り込んだ。
「しかし、異世界トリップってやつか。しかもゲームで遊んでいた世界ときた」
食事をしたせいか、考え事をする余裕が出てきた。そのために(割合)高い金を払って個室にしたというのもある。
「普通ならゲームキャラのスペックを継承してるっていうのがセオリーなんだろうけど」
そう呟きながら自分の操っていたキャラを思い出す。
「サービス終了が決まってからは、さっぱりプレイしてなかったもんなぁ」
目を閉じると、OPムービーに続いてキャラクターセレクト画面。馴染み深い、少し懐かしい音楽が流れる。
「ん?」
上から順にキャラクターを思い出していくと、特定のキャラクターで違和感。
「なんだコレ。ログインできる?」
意識の中のキャラクターセレクト画面で、ログインボタンを押す。
その瞬間、足元から自分の体を包むように白い翼が生えてくるエフェクトが発生した!
「うおお、なんだこりゃ!レベルアップ時のエフェクトか!」
エフェクトが収まると同時に、体の中に何か満ち溢れるような感覚が。
「他のキャラもいけるのか?よし!」
頭の中で複数のウインドウを展開。違和感を感じるキャラクターを選択してログインを意識する。
「よっしゃ来た!これで勝つる!」
発生するエフェクト。その度に、最初に感じたものとは別種の力が溢れてくるのを感じる。自分の視野が広がり、感覚が鋭くなるのを正に肌で感じる。
「うっひょー、俺の天下来たなこれは・・・ってあれ?なんか抜けてく?」
エフェクト発生時に満ちていた気が体から抜けていくのを感じる。
「おや、まて。どうした、いくな俺の力!」
踏ん張ってみたり適当な構えを取ってみるも、その甲斐なく気は霧散していき、最大時に比べれば無いも同然の量で落ち着いた。
「おっやー、今のはレベルアップ時のステータス全快効果なのか。ってすると、今の俺のステータスは?」
《トーリ ヒューマン 男性 Lv.1 Ftr/Rog/Wiz/Brd/Bbn/Sor/Mnk Exp 850/5000》
「ってレベル1かよ! 俺の興奮を返せよっ・・・てなんだこのクラス。チートってもんじゃねーぞ」
普通はレベル毎にクラスを割り振る、そのマルチクラスも3種類までが上限である。1Lvで複数のクラス持ちはあり得ない。
「そういえば、オンライン版の元になったTRPG版にゲシュタルトとかいう変なルールがあるんだっけか?
日本語版ならともかく、未訳サプリなんか手つけてねーぞ」
それにしたってせいぜいクラス2つが関の山である。それ以上のマルチクラスなんぞ聞いたことも無い。
「一応キャスター系クラスがあるってことは魔法が使えるのか。《ジャンプ》」
使いたい魔法を意識すると、必要な動作・詠唱・物質要素が脳裏に浮かぶ。
片手で簡単な手振りを行いながら、もう片方の手でブレスレットから必要な物質要素を取り出す・・・・
「ってなんだ?このブレスレットの中にアイテムが入ってるのか。っていつの間にこんなの身に着けてたんだ俺」
原材料不明の糸に結ばれて、10個の小さな宝石が結び付けられている。そのうち7個は青く輝いているが、残る3個はくすんだ灰色である。
意識してみると、それぞれの宝石の中にアイテムが収納されているのを感じる。
「この装備はFtrの・・・こっちはSorか。なるほど、ログインできたキャラに宝石が対応してるんだな」
調べてみると、7キャラすべてのアイテムを取り出すことが出来るようだ。収納も一瞬。装備している武器を入れ替えることも出来る。
「これは便利だなー。重い荷物を持つ必要もないし、置き引きの心配も無い。
それにゲーム中であった、アイテムの装備レベル制限もないのか。
お、それに現金も7キャラ分か。街が買えるレベルなんじゃないのコレ・・・」
カンスト寸前まで溜め込まれた金額は1キャラで420万PP。1PP(PlatinumPieces)=10GP(GoldPieces)=5万~20万円くらいか?
ちなみに1GP=10SP(Silver)=100CP(Copper)であり、1SPが職人一人の日当1日分である。
物価が違うから一概には言えないが、少なくとも現時点で一生遊んで暮らせる量であるのは間違いない。
「しかし、そのためにはまずこの村を出ないとな」
すでにこの村の連中には、俺が難破船の生き残りだということで話がされているはず。
見慣れない服装(ジャージ)で漂流していた人間が、突然どこからともなく大金を取り出してきたら怪しいことこの上ない。
それに今いる島唯一の村であるここコルソスは、魚人の神を崇める邪教カルトに包囲され、海路はホワイトドラゴンによって封鎖され、
近寄る全ての船はブレス攻撃で沈没させられるという完璧な孤島状態なのだ。
それにこんな辺鄙な村ではロクな暮らしはできそうにない。大都市にいかねば、金の使い道もないだろう。
それに大都市にいけば高レベルの呪文使いがいるはずである。
神格の介入などの手段を用いることが出来れば、現実に帰還することもできるかもしれない。
「自分で使えればいいんだろうけど・・・・なんで俺はClrを人間で作っておかなかったんだ」
そう、この世界には神がいるとされており、彼らの直接介入を求める呪文が最高レベルの信仰呪文に存在しているのだ。
「だがまぁ、秘術呪文でもゲーム内では実装されてなかったけれども《ゲート/次元門》のスペルがあるわけだし。
ひょっとしたらそっちの方向でなんとかできるかもしれん」
滅多に用いる機会のない、TRPG版の高レベルに設定されている呪文を思い出しながら考える。
「ま、とにかく今日はアイテムの整理をして寝ることにしよう。
明日はこの世界についての情報収集だな」
ここがゲームの世界なのか、ゲームの元となったTRPGの世界なのか。それとも、そのどちらでもないのか。
ベッドに横になりながら、ブレスレットを睨み付けた。