「全く、ひどい目に遇ったよ。この街を食い物にしてる黄巾党の連中を掃討しに来たってのに‥‥よりによってその村人に石投げつけられるんだもんな」
街から少し離れた荒野に張った天幕で、俺たち五人と公孫賛(+護衛の兵士)‥‥いや、伯珪は向かい合っていた。
ここに来る前に、自己紹介程度は済ませてある。
「まずは、礼を言わせてくれ。あの街を救い、そして今まで預かっていてくれた事、感謝する」
言って、伯珪は頭を下げる。‥‥やっぱり、あの村人たちの反応で、事の経緯を大体察しているらしい。
「だが、あの騒ぎは一体何だ? 何で私たちが街に来ただけであんな騒ぎになってるんだ?」
うん、理解が早くて助かる。
「まあ、一言で言えば‥‥‥官軍恐怖症、とでも言いますかな」
「無闇な自信の付きすぎ‥‥‥とも言いますが」
「お兄さん依存性ですねー」
と、三人が要点を述べて‥‥‥
「すまん‥‥‥わかりやすいように言ってくれ」
伯珪が、やや諦観して首を傾げた。
「以前の県令が逃げ出した事で官軍不信に陥り、そして今の県令の下、賊を追い払った自信によって街は復興したが‥‥‥官軍に対する不信感と、『自分たちだけでやれる』という蛮勇、そして今の県令への依存はそのまま残ってしまった。‥‥‥という事ではないでしょうか?」
そうそう、そんな感じ‥‥って!?
「そういえばさ‥‥‥」
伯珪の言葉に誘われるように‥‥‥
「「「‥‥‥‥誰?」」」
「へぅ‥‥‥‥」
俺と星を除いた一同の質問を一斉に受けた女の子‥‥さっきの説明の張本人が、俺の後ろに隠れた。
ってか、何でここに?
「‥‥‥一刀、一応言っておくが、おぬしがあのまま引っ張って連れてきたのだぞ?」
「‥‥‥‥マジで?」
「まじで」
‥‥‥‥全然気付かなかったぞ。そういえば、名前もまだ訊いてないし。
「まあ、それは良いとして‥‥‥つまり、このままじゃ街の連中は私を受け入れてくれない、って事か?」
伯珪が、強引に話を戻した。‥‥‥まあ、帽子の鐔で顔を隠して何かどんどん小さくなってるこの子を‥‥今ここで質問責めにしても埒が明かんし、賢明な判断である。
「まあ、その辺りはこやつ‥‥『天の御遣い』の鶴の一声で片が付くでしょう」
心底参ったように右手で頭を押さえた伯珪に、星がフォローを入れる。‥‥でも、ここで終わらせるつもりはない。
「でも‥‥勝手な話かも知れないけど、俺たちでここまでこの街を立て直して‥‥全部公孫賛に放り出すみたいな真似はしたくない」
伯珪にも都合があるだろうに、随分勝手な言い分だとは‥‥自分でも思う。
けど、俺が騙して、俺を慕ってくれた皆のために、最後の責任は果たさないといけない。
つまり、きちんと伯珪に、この街の統治を引き継いでもらう事。
「おいおい‥‥! そんな事言われたって、私にだってこの街を任された責任ってもんが‥‥‥」
「ですから〜‥‥‥」
ごく自然に文句を言おうとした伯珪の言葉を遮り‥‥‥
「公孫さんさんさんには、風たちと一緒にお勉強してもらいたいのですよー」
「‥‥‥"さん"が、一個多いぞ」
風が、要求を端的に示した。
俺が伯珪と並んで入城する、という手法を使うだけで‥‥‥今度はわりとあっさり街や城に入れた。
この街で俺たちがやってきた事、問題点から改善案、最終的な目的。そういった、この街をこれから統治するために必要な事を、出来る限り教えさせて欲しい。
それが俺たちの要求。
『そんな事なら、むしろ願ったり叶ったりだよ。こっちから頼みたいくらいだ』
そんな風に、伯珪は笑って承諾してくれた。
官軍が俺たちみたいなただの一般人にそんな口を聞かれたら、人によってはめちゃくちゃ怒っても全然不思議じゃない。
でも伯珪は、街のためなら、とあっさり請け負った。むしろ、俺たちに好感を持っているようですらあった。
やっぱり、この世界の伯珪も変わらない。ああ‥‥‥自称が『オレ』から『私』にはなってたから、微妙な変化はあるのかも知れないけど、あの人の良さは相変わらずだ。
これの目的は、単純に伯珪にこの街の内政の要点を伝えて、効率を良くする事じゃない。
むしろ出来るだけ早く"街の皆に"伯珪を認めてもらう事が本当の目的だ。
「おぬしが連れ立って入城した事で、皆の公孫賛殿への印象も保留‥‥‥と言った所だろうからな」
そんなわけで、伯珪は早速風と稟の指導を受けている。
まあ、俺でも小さいと感じたこの街だ。公孫賛ならすぐに全体の把握が出来るだろう。
「うん、ところで‥‥‥」
そんなわけで、中庭で待機の俺と星は、二人揃って視線を向ける。
「あうぅ‥‥‥‥」
その視線を受けた三角帽子の女の子は、恥ずかしいのか畏縮しているのか知らないが、帽子の鐔を下げて俯いた。
‥‥かなりの上がり症とか、怖がりにも見えるのだが‥‥行商の馬車に忍び込んだり、俺たちと伯珪の話に割り込んだり、実際の行動としてはかなり大胆だ。
よくわからない子である。
「君の名前、まだ訊いてなかったね」
何でここにいるの? とかそういった質問はしない。馬車に紛れてここに来てしまい、右も左もわからない状況だろうし。
「わ、わた、わたた‥‥‥‥」
「はい、落ち着いて。深呼吸深呼吸」
「スー‥‥ハー‥‥スー‥‥ハー‥‥」
何か、そろそろこの子のペースにも慣れてきたな。っていうか、何か懐かしいぞこの雰囲気。
「わた、私は‥‥鳳統って、言います」
「ほーとう? ふむ、珍しい名だな」
確かに、ほーとう‥‥え? 鳳、統‥‥‥?
「‥‥‥もしかして、字が士元だったりする?」
「は‥‥‥はい、どうしてそれを‥‥?」
‥‥‥マジでか。あの‥‥伏龍鳳雛として諸葛孔明と並び称され‥‥‥あれ? っていう事は‥‥‥
「あの‥‥一緒に北上してきたお友達って‥‥‥」
「朱‥‥諸葛亮って‥‥‥」
‥‥‥‥やっぱりぃいいいーー!!
「‥‥‥一刀、さっきから何を一人で騒いでいる?」
「あの‥‥私や諸葛亮ちゃんの事、知っているんですか‥‥‥?」
はっ! 思わず信じたくない現実に打ち拉がれてしまった。いかんいかん! あまりに不自然すぎる。
「いや、あれ‥‥‥俺が居た世界では有名なんだよ。‥‥伏龍鳳雛」
嘘は、言ってないぞ?
「‥‥‥‥‥それで、何を騒いでおったのだ? おぬしは」
星、目ざとい!
「居た世界‥‥‥じゃあ、やっぱりあなたが‥‥『天の御遣い』、なんですか‥‥‥?」
何やら追及されそうだった流れを‥‥鳳統がいい感じに切ってくれた。
「ああ、まだちゃんと自己紹介してなかったね。俺は北郷一刀、真名とか字とかは無い」
「‥‥‥‥姓は趙、名は雲。字は子龍だ」
俺に訝しげな目を向けながらも、星も続いて自己紹介をする。
「やっ、ぱり‥‥‥」
何故か感極まった風に瞳を潤ませる鳳統。‥‥‥‥何で? 俺って、この世界でそんなに有名になるような事したか?
「あの占い自体は、おぬしが我らと会うよりも前に広まっていたからな」
俺の心を読んだような星の一言にびっくりしつつも、納得した。
事の真偽はともかくとして、噂自体は結構前からあったわけだ。
「こんな時勢だ。眉唾物な噂でも、庶人たちには希望の光に見えるのだろう」
ご丁寧に、補足までしてくれた。ここまで色々お見通しだと‥‥‥隠し事なんか無意味に思えてくるな。
稟たちの話の事もあるし、近いうちに『前の世界』の事も含めて‥‥全部話す事になるかも知れない。
まあ‥‥‥伯珪の登場でまた状況が変わってきたんだけど。
「おーーい、北郷ーー!!」
噂をすれば影。伯珪である。
「ちょっと来てくれないか? 郭嘉と程立が、お前に訊いた方がいい所があるって言うもんだからさ」
おぉ‥‥! これは素直に自信になるな。
「わかった、今行くよ。公孫賛」
「"公孫さん"じゃない、"公孫賛さん"だ! さんは二回!」
‥‥‥‥別に名前を間違えたわけじゃなかったんだけど。何か過剰反応だな、風辺りに散々いじられたのかも知れない。
「はぁ〜〜‥‥‥いいよわかった。私の事は伯珪って呼んでくれ」
お、予想外に嬉しい流れに。
「わかった、伯珪」
前の世界と同じ呼び方で、俺は小走りに駆け寄った。
その夜‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
俺は、星の部屋を訪れていた。
伯珪がこの街の統治を引き継ぎに現れた事で、三人との接し方を"決めなければならない"という要素が消え‥‥‥‥何か色々と有耶無耶になってしまった。
いずれにしても決めなければならない事に変わりはないが‥‥‥とりあえず"こっち"は急ぎである。
「"星"‥‥‥‥‥」
部屋に入れてもらってから、何も話さずににらめっこをしていたが、意を決して口を開いた。
「‥‥‥‥‥何だ」
星は、俺に構わず酒を呷っている。
「‥‥‥‥‥星」
「だから、何だ!?」
さすがに、じーっと見つめられながらただ真名を呼ばれるのは居心地が悪いのか‥‥星は声を荒げて訊き返した。
確かに、星からすれば意味不明な行動だろうが‥‥俺にとっては大切な事だ。
「星」
繰り返し、呼び掛ける。"あの時"のように‥‥‥
「‥‥‥一刀、いい加減にせんと‥‥‥」
でも、あの時とは違う。
星は俺を"主"とは呼ばない。俺に槍を預けてもいない。
‥‥‥あの世界の星とは、違う。
「よし‥‥‥‥!」
真名を呼んだくらいで、前の世界の星と、この星を混同なんてしない。
真名に少なからず反応するという事は、俺が真名を呼ばない事を、星も多少は気にしていたという事だ。
こんなしょーもない事で、この星との間に壁を作りたくなんてない。
「一刀‥‥‥?」
突然吹っ切れた俺に、怪訝な声を上げる星。
まあ、当然だろう。星から見ればいきなり部屋に来て、じーっと見られながら何度も名前を呼ばれただけなのだから。
「いやいや、これからもよろしくって‥‥それだけ」
頭に?を幾つも浮かべる星が何となくおかしくて、ついつい笑いながらそう言って‥‥俺は星の部屋を後にした。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
あやつは、何がしたかったのだろうか?
昼に突然、今まで呼ばなかった真名を呼びだして‥‥‥そして今また、繰り返し‥‥‥‥。
「‥‥‥‥星、か」
初めて会った時にいきなりそう呼ばれて、それ以来一度も呼ばれた事のなかった、真名。
「何故、だろうな‥‥‥」
それなのに、まるで懐かしいかのような、ずっとそう呼ばれていたかのような‥‥‥自然さがあって、自分の心にすとんと落ちてくる。
「矛盾、しているな‥‥‥」
それなのに、むず痒いような‥‥くすぐったいような、変な気分になる。
‥‥‥慣れねば。また昼のような無様を晒すのはごめんだ。
「北郷、一刀‥‥‥‥」
離れる事を考えると、胸が痛む。それは‥‥愚かな事だろうか‥‥‥。
(あとがき)
今回から、その他板に移転しました。
今後もよろしくお願いします。