皆が集まる玉座の間で、それぞれが自分の席に着く。
「諸侯が力を合わせた連合を打ち破ったのだ。もはや我らが大陸最大の勢力だという事実は疑いようもない!!」
舞无は自信満々に胸を張る。
「あれで力を合わせた、と取るのは無理があります。諸侯の力をあまり侮らない方がいいですよ」
稟が眼鏡の位置を直しながら、ため息混じりにそう返す。
「ま、それを差し引いても我が軍が大陸最大勢力、というのは事実でしょうねー。ただし、“現段階で”の話ですが」
稟の応えにムッとした舞无に構わず、風が意味深につけ加える。
「どういう事や?」
それに訝しげに眉を上げた霞に、
「戦争に勝ったからと言って、風評が良くなるわけではない。我々は勢力を拡げる段階で、初手から重い足枷をはめられているという事だ」
星がそれに丁寧に応える。
「それはそのまま、これからの私たちの動きに影響を及ぼします。戦争に勝った後、の事です」
雛里が口元に手を当てて、眉を八の字にして思案する。
今の俺の風評は、単なる悪逆非道の暴君から、凄く強い悪党にクラスチェンジしているらしい。ほとんど魔王みたいな扱いだ。
「それを踏まえた上で、今後の動きを決めなければなりません。足枷がある以上、あまり悠長に構えてもいられない」
稟のその言葉を合図にするように、皆の視線が俺に集まる。判断を委ねられているのだ。
「……さっき星や雛里が言ってたように、戦争に勝ったからってすぐに国が潤うわけじゃない。しかも俺たちの場合、民の信用を得るのに通常以上の時間がかかる」
「自然と、徴兵などの軍備増強も制限せざるを得ませんしねー」
俺の説明の途中で、風が補足してくれる。そういえば、それもあったか。
「というわけで、今は多勢力が犇めき合ってて、連戦状態になるのが目に見えてる東は、少し厳しいと思うんだ」
前の世界で幽州から発起した俺には、北の穀倉地帯の重要性はわかるけど、今の状態で中原、河北と進出するのはリスクが高い気がした。……素人考えだけど。
「? つまり、どういう事だ?」
例によって首を傾げる舞无の質問、意図せずしてそれが、方針発表の合図になる。
「目指すは西、って事さ」
「………はふ」
決定直後に漏らした、恋の眠そうなあくびが、一同に小さな笑いを呼んだ。
「はあぁっ!!」
「ぅ………!?」
紅く光る槍の穂先が喉元でピタッと止まる。この瞬間、数十合と鳴り響いていた衝撃音が止み、
「ふっ……。これで、残る一人の遠征組は私だな」
「む、ううぅ………」
ぷち武術大会最後の勝負がついた。星が優越感たっぷりに口の端を上げ、舞无は悔しそうに戦斧で地面を割る。……割るな。
向かうは涼州。標的は、内乱を起こして実権を握ったとされる現・太守、韓遂。内乱に掲げた大義が『反・北郷連合に参加しなかった馬騰を逆賊とみなし、帝に代わって裁く』というものである以上、俺たちにとっては問答無用で敵である。
その選抜メンバーを決めるために、こんなふうに皆で競っているのだ。
ちなみに恋はダントツで一抜け、軍師組は碁盤の前で唸っている。
「……………」
前の世界、西涼の馬騰は華琳に殺されたはず、韓遂の反乱なんて起こらなかった。三國志でも違ったはずだ。
「(俺の行動で流れが変わってるのか?)」
けど、華佗たちの話だと反乱が起こったのは連合との戦いの真っ最中。あの時点じゃ、俺が月の立場になったってだけの変化しかなかったような……。
いや、そもそも馬騰が連合に参加しなかった時点でおかしいんだ。わかっちゃいたけど、俺が知ってる歴史や流れなんて参考程度にしかならない。
「……………」
言い換えれば、前の世界では落ち延びる事が出来ていた翠が、今回も無事な保証はない。
「(それが理由で涼州に行くわけじゃない。けど………)」
星の事があったのもあり、やっぱり“この世界の翠”の事が気にならないと言えば嘘になる。
「くっ、ありません……」
「ほっ……」
見れば、中庭休憩所の盤上の死闘にも決着が着いたらしい。稟が苦虫を噛み潰したような顔をし、雛里が胸を撫で下ろしている。
「はーはっはっはっは! これでよくわかっただろう。我が軍最強の将はこの趙子龍よ!」
「ぎ、ぐぎぎ……っ!」
一方で、星が鬼の首でも獲ったようにはしゃぎ、舞无はギリギリと歯を食い縛っている。
「あんな事言ってるぞ? 恋」
「? ……別に、いい」
俺の横で観戦モードだった恋は、星の最強発言に対して特に何とも思ってないらしい。ある意味余裕とも取れそうな態度だ。
「あ〜〜あ、ウチも偃月刀が無事やったらもっとええ線いけたやろ〜になぁ〜」
座って観戦してた俺の頭に、霞が顎を乗せながら恨めしげにぼやいてきた。そういうギリギリな発言はやめた方がいい。あの事が舞无あたりに知れたら暴走しそうな気がする。
あ、舞无が戦斧を放り出して走り去った。
「これで私、一刀、恋、雛里に決定か」
「ん、お疲れさま。けどちょっと意地悪だったんじゃないか? 舞无逃げたぞ」
「心配いらん。あやつの神経の図太さは折り紙つきだ」
意味深にそう笑いながら近づいてきた星の言葉を怪訝に思いながら、俺は次の戦いの事に気持ちを向けていた。
「……………」
それから中庭でせわしないやり取りを続けた後、逃げた舞无を探して皆で場内を歩き回っていたら、あっさり発見。そこは、厨房。
「…………ぱく」
「ああっ、コラ恋! つまみ食いするな!」
星に負かされて居残り組決定になった舞无が、何故いきなりこんな所にいるのか、そして何故すごい勢いで料理を作っているのか、さっぱりわからない。
「まあ、あいつの思考読むんはちょっと難しいやろうなぁ」
「……霞、わかるの?」
「ま、これでも一番付き合い長いよってな」
言いながら、霞はシュウマイを一つまみ口に放り込む。さすが董卓軍の長女。
「霞! だから食うなと言ってるだろうが!」
「あー……舞无、あんな」
ポンポンと肩を叩く霞に顔だけ振り返って怒鳴る舞无。しかし中華鍋と菜箸を握る手は休まないあたり、大したもんだ。
「遠征に出る一刀に愛妻弁当作ってやりたいんはわかるけど」
「なっ……!? ふ、ふざけるな! 誰が弁当にあんなやつして愛妻だ!?」
文脈がめちゃくちゃな抗弁をする舞无と俺の目が合い、たちまち耳まで赤くなる。
ここまできて、俺もようやく舞无の行動を理解する。ついて行けないならせめて弁当……って事なのだろうけど。
「これ全部、弁当に出来ると思てるか?」
「……………」
そこまで言われて、舞无はきょとんと固まった。料理に忙しかった手まで止まる。
机の上に所狭しと並ぶ、餃子、シュウマイ、肉まん、棒々鶏、ラーメン、麻婆豆腐などなど。……とても弁当には出来ない品目までずらりだ。舞无のやつ、いつの間にここまでスキルアップしてんだ。
「大体、西涼まで戦いに行く一刀に力つけてもらいたい! ちゅーても、長安にも着かん内に傷んでまうやろが」
「!!!!?」
目と口を精一杯に見開き、声無き叫びを上げた舞无の手から、ついに菜箸がこぼれ落ちる。
やっぱり、色々と気付いてなかったらしい。
「焦げますよ?」
「はっ……!?」
稟の注意に我に帰った舞无は、鍋の中の青椒肉絲を皿に移して……うなだれる。
傍目には気が抜けるような笑い話でも、本人は真剣なんだから、ちょっと可哀想だ。
俺は肉まんを一つ手に取り、かじる。
「おいしいよ。ありがとう、舞无」
「ッ!? ……うん!」
パアッと、舞无の表情が晴れやかなものへと変わる。可愛い。
さっき、俺のために作った弁当じゃない、みたいな事を言ってたはずなんだが、その辺はやっぱり気付いてないのだろう。
「弁当は無理かも知れないけど、今から皆でパーティー……宴会にしよう。出立祝いって事で。……それでいい? 舞无」
舞无は、何故か一瞬よろめいて……
「ふんっ、そこまで言うなら、仕方あるまい!」
腕を組んで、胸を張って、鼻を鳴らした。
「……扱い慣れてますね」
「いつの間に調教されたので?」
「調教とか言うな!」
稟と風がめざとくツッコミを入れる。大体、舞无に手を出した憶えはないぞ。あの時のは人工呼吸だし、本人が気付いてるかどうかも怪しいし。
「まあ、我らが主は随分と手慣れておいでであらせられましたからなぁ」
(ピシッ……!!)
という音が、聞こえてきた気がした。な、何か空気が寒くて重いような……。
何という絶妙な合いの手。無論、悪い意味で。
「おまっ、いきなり何言って……!」
「おや? 私は何かおかしな事を言いましたかなぁ。はてさて」
焦る俺とは実に対称的。星はくっくっと喉を鳴らして、してやったりと言わんばかりにニヤリと笑っている。
……そうだった。こいつはすっごく負けず嫌いなやつだった。
あの夜、色んな意味で俺に完全にペース握られっ放しだったのを根に持ってるんだろう。
どういうわけかどんどん冷えていく空気の中で………
「? お前たち、何をしてるんだ?」
舞无だけが、やっぱり空気を読んでいなかった。
そんな窮地を何とかかんとかはぐらかし、そんなこんなで数日後………。
「思ったよりは、反応悪くなかったな」
俺は雛里と並んで街を歩いていた。洛陽ではない、かつての都・長安である。
「ご主人様を直接知る者こそいませんでしたが、ここは我々の領内でしたので。実害が無ければ、無闇に脅威には思わないものです」
「石投げられるくらいは覚悟してたんだけどね」
そう、長安の住民の俺たちへの態度に、特に悪意は感じられなかった。
雛里の言う事ももっともだけど、何か妙だ。
「……噂の広がり方自体が、やけに薄い気がしないか?」
俺の感想だか相談だかよくわからない呟きに、雛里はツインテールの毛先をくるくると指でいじりながら数秒考えて……
「……もしかすると、西涼が連合に参加しなかった事と、何か関係があるのかも知れません」
なかなか貴重そうな意見をくれた。頼りになる。
雛里だけでもない。イメージアップのために(単なる趣味とも言う)頑張ってくれてる仲間もいる。
「はーはっはっは!」
噂をすれば(考えただけだが)、高笑いが聞こえて、俺と雛里は隣の通りに走る。
「天知る神知る!」
黄色い仮面が勇ましく。
「我知る」
緑の仮面が淡々と。
「……子知る」
紫の仮面がボソッと。
「悪の蓮花の咲くところ!」
「正義の華蝶の姿あり!」
その全てが、蝶を模した仮面。
「か弱き華を守るため、華蝶の連者」
俺たちの領内限定のスーパーヒーロー。
「………ただいま」
それはいいんだけど………
「参上!」
「参上」
「…………参上」
…………何か、増えてるんですけど。
(あとがき)
長安に移動。ようやく西涼編に突入します。