戦いは、熾烈の一言に尽きた。
舞いの如く、軽やかに立ち回り、鋭く槍を突き出す星。
それを見極め、こちらも鋭く、疾く、力強く切り返す愛紗。
力なら僅かに愛紗が勝り、素早さなら僅かに星が勝る。
両者の力量は互角。気を緩めた方が負ける。そう思われていた拮抗は、しかし今、崩れつつあった。
「ほらほらどうした! 止まって見えるぞ!」
力量が拮抗しているからこそ、僅かな違いが勝負を分ける。一重にそれは、精神状態の違いと言えた。
「くうっ……!」
元々、互いに義勇軍時代からの既知。初めは単なる、交わす刃の下の語らいに過ぎなかった。
だが、星はその中で愛紗の心の揺れを見抜いた。そして、そこからの先の太刀筋は、まさに手に取るが如く。
武人として、やや不服。だが、己の心を平静に保つ事もまた力量の内、と星は割り切る。
何より最悪なのは、愛紗自身がその事に気付いていない事だ。
動揺が太刀筋を敵に晒し、それによって攻撃を見切られる自身の腑甲斐なさを感じて、またそれが技の精彩を鈍らせる。
まさに悪循環だった。
「一刀は全てわかっているぞ? この連合の起こりも、桃香殿の気持ちもな」
「っ…………!!」
傍目には、紅刃と白刃が激しく火花を撒き散らし続ける剣舞にも似た戦いに映るだろう。
だが、戦いの流れは少しずつ星に傾いていっていた。
同じ頃、同様に猛将同士の誇りがぶつかり合っていた。
しかし、こちらは星と愛紗の一騎討ちとはまるで違う様相を現していた。
「おおおおお!!」
「にゃぁあああ!!」
一言で言うなら、異様。
「はぁあああ!!」
「えぇぇぇーーい!!」
夏侯元譲、張翼徳、楽文謙、于文則。
その内二人は、曹、劉、両陣営の最強と呼んでもいいほどの猛将。
本来、一人でも脅威と呼ぶしかないような猛者が、四人がかりで……
「遅い」
『ッ……!?』
“あしらわれて”いる。
深紅の髪と瞳を揺らし、軽々と方天画戟を振るう鬼神。
今の恋は、まさにそう呼ぶに相応しかった。
「(…………不思議)」
四方から繰り出される必殺の刃を躱し、払いのけ、切り返すその中で、恋は自分自身に驚嘆する。
四人の内二人は、かなりの使い手だ。決して弱くなどない。
それでも恋は、全く負ける気がしていなかった。
「(……戟が軽い)」
「はあっ!」
斜め後方から、沙和が仕掛けてくる気配を感じて、振り向きざま、方天画戟を力一杯繰り出した。
「(……力が溢れる)」
腹を叩かれた剣が、二本まとめて砕け散る。
「沙和ぁ!!」
武器を失った仲間の危機を感じて、恋の“次の死角”……真後ろから、凪がその手甲を纏った拳で殴りかかる。
「止せ! 凪っ!!」
春蘭の制止の声が虚しく響く。
上体を屈めた恋の上で、凪の拳が空を切る。恋は、戟ではなく、凪に最も近い位置にある武器として、屈んだ体勢から、体を捻るように………
「がぁっ………!?」
左の裏拳を、凪の顔面に叩き込んでいた。斜め下から、体が僅かに浮くほどの痛烈な打撃を受けた凪の体は……背中から地面に落ちる。
「(相手の動きが、よく見える)」
その凪が失神した事を確認もせずに、恋は屈んだ姿勢から跳ね上がるように、丸腰の沙和の鳩尾に膝をめり込ませた。
呻き声を上げる事も出来ず、沙和は意識を手放した。
「(………一刀)」
かつての自分との確たる違い。一人の少年との広がる未来を、漲る力の根幹に感じて……恋は強く柄を握りしめる。
『恋が笑ってくれたのが嬉しくて、本当に可愛かったから笑ったんだ』
「……………」
「呂布……貴様ぁぁーー!!」
動きを止めた相手に、まるで興味を示さない。当然とどめも刺さない。
そんな恋の態度に、これ以上ない侮辱を感じた春蘭が、咆哮をあげて斬り掛かる。
その姿を、今まで通りの冷淡な瞳で捉えた恋の一閃。その剣先が………
「一刀がいれば、恋は天下無双」
春蘭の左目に届いていた。
「ハッ! やっぱつまらんのぉ! 弓相手は!」
「ちぃ……!」
少し、時を遡る。
次々に矢をつがえて速射する秋蘭の攻撃を避けながら、霞は馬鹿にするように笑う。
「お互い避けるばっかやから、なーんも心に響かんねん! ほら、どした!? 手ぇ止まってんで!」
秋蘭が再び構え、放った一矢を掻い潜り、霞は一気に懐に飛び込み、偃月刀を一閃させる。それを飛び退いて避けた秋蘭に追いすがる霞の前に……
「夏侯淵将軍!」
「今助太刀します!」
割って入った兵を、霞は一太刀で斬り捨てる。
こんな攻防が、もう何度繰り返された事か。
「矢を射つ瞬間は、どうしても足止めなあかんもんなぁ。いつまでも逃げられんし、何よりウチは“神速”の張遼や」
霞にとって、一騎討ちは生き甲斐に等しい。だが、やはり弓の使い手相手のそれは、剣と剣のぶつかり合いに遥かに劣る。
おまけに、要らぬ横槍まで度々入るのだ。
「あの老いぼれは、いちいちこっちの動き先読みしてきよったから、ほとんど的みたいになっとったけど………アンタのはそろそろ見えてきたわ」
距離を取って矢を放つ秋蘭。それを躱して斬り掛かる霞。
矢を躱して飛び込めるか否かで、どちらかに一方的な戦いになる事は、互いに初めからわかっていた。
そして、霞は既に秋蘭の矢を幾度も見ている。より、迷いも、躊躇いも、無駄もなく飛び込めるようになる。
そして次の瞬間、決定的に局面が動く。
「ぐ………あああああっ!」
「!? ………姉者!!」
恋に左目を斬られ、戦場に響く春蘭の絶叫。
「よそ見すんなっ!!」
それに気を取られた秋蘭。その隙を見逃がさず飛び込んだ霞の一閃。
「ッ……!?」
それが、反射的に飛び退き、躱した秋蘭。その弓の弦を切っていた。
「しまった……!」
「これで、矢は射てん……な!!」
さらに追い打ちに振るわれた偃月刀が、秋蘭を襲う。しかしそれは、秋蘭の腹部の鎧に阻まれ、命には届かない。
「秋蘭さまっ!!」
「どわっ!?」
肋骨に罅が入るほどの一撃を受けて、よろよろと後退した秋蘭と霞の間に、轟音を響かせて大鉄球が打ち据えられ、霞の追撃を阻む。
「槍隊、かかれ!!」
その大鉄球を繰り出した少女……季衣は、すかさず槍隊を霞に差し向け、自身は手負いの秋蘭を抱え上げる。
「秋蘭さま、後はボクに任せてください!」
「止せ……季衣。まだお前の手に負える相手ではない」
秋蘭の忠告も全てわかった上で、季衣は強引に秋蘭を馬に乗せる。
「上手く兵隊さん達と立ち回りますよ! だから……秋蘭さまは指揮をお願いします」
季衣は……本当なら、手負いの秋蘭に指揮を任せたくもないし、何よりすぐにでも春蘭の許に駆け寄りたいのだ。
しかし、幼いながらにも将としての立場を与えられ、その心得を説かれ、何より……背中を見てきた。
この場において自分がすべき事を、見誤ったりはしない。
「邪魔や! どけあほんだらっ!!」
張文遠を、少しでも食い止める。
「……………」
最前線の動きが慌ただしい。
いくら呂布とはいえ、春蘭たち全員をまとめて相手になど出来るわけがない。
……だけど、事実まだ、前線は拮抗。いや、押されている。
「……粘っているようね」
「その程度なら、まだ良いのですがね」
知らず、不安を混ぜたような恥ずべき呟きが漏れ、それに音々音が即座に反応した。
「………どういう意味?」
「力量が勝る相手との長期戦。……おそらく主殿が考えている通りの意味ですよ」
どこか、糾弾しているような、皮肉のような響きが、その言葉には込められていた。
「ねね! あんた言葉を慎みなさい! 誰に口を……」
「桂花! ……黙ってなさい」
燻るような苛立ちを体の奥底に感じながら、しかし音々音の進言は聞くべきと判断し、騒ぐ桂花を制する。
「覇道を行く主殿の志は理解しているのです。ゆえに、袁紹を焚き付けて囮にし、暴君北郷を討った英雄として、名声を得る事にも反対はしませんでした」
この問答は、既に一度やっている。『北郷軍が、こちらの軍より多勢を差し向けてくる』、その仮説が有力になった時だ。
「しかし、実害の大きい博打になる事も確かなのです。まさに、今の現状がそう」
そう、音々音はそう言って反対した。……私が押し切ったけれど。
「下手をすれば、取り返しのつかない事になりますぞ」
強く諫めるように、音々音はそう言って黙る。こちらの返答を待っているのか。
『何故そこまで、北郷に拘られるのですか?』
いつか……戯れに春蘭と交わした会話が、何故か唐突に頭に浮かんで、私の心臓は大きく跳ねた。
拘っている? この私が?
あり得ないと思えば思うほど、胸の奥にわだかまりのような感情が積もる。
「……音々音、桂花。春蘭たちに追い付くわよ。ついてらっしゃい」
ここでの撤退は、私自らの愚行を認める事になる。今までの犠牲全てに、犬死にをさせた事になる。
それでも………
「(取り返しのつかない、事………)」
音々音の言葉が、耳の奥でいつまでも響いていた。
(あとがき)
修正前のあとがきで、少々情けない発言を書いてたので消しときます。