「華麗に、雄々しく、勇ましく……これが作戦か?」
「……らしいね」
密偵から知らされた連合軍の作戦が、これ。……何か、前の世界よりバカがパワーアップしてるような気がするんだけど。
「そして、孫策に兵糧は送っていない……か。バカとハサミは使いようだな」
「星も酷いなぁ」
「お前が言うな」
ごもっとも。
「大体、今回は上手く兵糧不足になってくれているが、もし兵糧を潤沢に備えた勢力が攻めて来ていたらどうするつもりだ」
ジロリ、と星が半眼で睨む。
「それならそれで、別にいいんだよ。肝心なのはシ水関と虎牢関のある東に誘導する事と、連合の足並みを乱す事なんだから。兵糧攻めはおまけだ」
それだけ言っても星のジト目は治らない。まだ怒ってらっしゃる?
「そのために、君主自ら少数の兵を率いて釣り餌となる、か? いい加減立場を理解して頂きたいのですがな? 北郷一刀殿」
……敬語だ。やっぱり怒ってる。
「恋や霞、舞无みたいな……元々の官軍の猛将じゃあ、却って西に行かれる可能性があるし、俺たちみたいな“成り上がり”の方がいいカモに見えるだろ。何たって大将首だし」
「だからと言って……」
「それに……」
また小言を言おうとする星の言葉に、被せる。
「星もいるだろ?」
「…………」
実際、頼りにしているのだ。ちまちまとした抗戦と連続撤退、舞无や恋や霞では飛び出してしまうような状況だろう。
加えて、常に追撃される脅威に曝されながらも、安心してこんな作戦のも、星の存在が大きい。
「……だから、少しはこちらの苦労も考えろ、と言っているのだ」
少しは得意に思ってくれるかと思ったんだが、星はそう言いながら、腕を組んでぷいっと背中を向けてしまう。
ちぇっ。まあ、無茶に付き合わせてるのも事実だから何も言えんのだけども。
仕方ないから、全部終わった後にメンマでも買ってくるとして……
「さっき、釣り餌って言ったけど、俺たちはただの釣り針だよ」
星の言葉に訂正を加える事にする。
「……また、もぬけの殻か」
これで何回目だろうか。城門の突破に撞車を持ち出す頃には、裏の城門から逃げ出している。
……今回は焼くまでもなく、ぴったり食糧無くなってるし。
「冥琳、兵糧は?」
「今まで極力切り詰めてきたけど、そろそろ限界ね」
何を企んでるのかと思っていたら、兵糧攻めか。思ってたより全然つまらない作戦だった。
こっちが兵糧に余裕が無かったのは事実だけれど、あまりに偶然に頼りすぎてる。
な・の・に……
「袁紹は……?」
「返事すら寄越さないわ。送る気がない、と見るべきでしょう」
あの無能な総大将のせいで、効果抜群。
「ちっ……。王都と帝のため、力を合わせて暴君を討ちましょう! な〜んて声明を出した張本人がこれかぁ。総大将の体裁くらいは保ってくれると思ったんだけどなぁ……」
「もはやこの集まりは、連合などではありません! 集まった諸侯全てが敵のようなものです!」
鼻息荒く、蓮華が咆える。経験不足、か。私より器は大きそうなのにな。
「それは初めからわかってた事。それに、袁紹だけ見て全部敵って断言するのは、ちょっと視野狭窄よ? 蓮華」
う……、と口籠もる蓮華。まあ、間違ってはいないんだけど、利害関係の一致する相手だって、見つけないといけないしね。
「どうする、策殿? このまま追い続けても、洛陽どころか虎牢関にもたどり着けんぞ」
……祭にしては弱気は発言だ。今の言葉は、途中で捕まえられない、という前提の下の仮定だし。
「穏、ちょっと地図出して」
「あ、は〜〜い」
慌てて取り出した地図を、汚れた石造りの机に広げてくれる。
前に見た時、確か……
「やっぱり」
次の次の関がシ水関。そして、この関から次の関までの間が、一番距離が長い。おそらく、北郷軍は今までの行軍速度から考えて、一度野営を挟むはずだ。
「ここで勝負を掛ける。結構な強行軍になっちゃうけど、もう時間を掛けてる余裕が無いわ」
「……それしかないわね」
冥琳も同意してくれた。無理も無いか、腹が減っては戦は出来ないし。
「この襲撃が、私たちの最後の攻撃よ。北郷一刀の首を獲る獲らないに関わらず、ね」
今の状態でシ水関に攻め入るのは自殺行為だ。逃がしてしまえば、そこでおしまい。
各諸侯のいる前で直談判すれば、元々の約定の手前、いくら袁紹でも兵糧を分けないわけにはいかないだろうから、引き返す。
今までの被害が無駄になってしまう、結果的に勝ち逃げされる形になるけれど、これ以上の犬死にを出すわけにもいかない。
だから……
「出撃準備。疲れてるのは百も承知だけど、今すぐ軍を再編して」
『了解!』
絶対に、次で仕留めないといけない。
「孫策様! 前方四里に、北郷軍の野営陣地を発見しました!」
明命が斥侯から戻るなり、大声で告げる。雪蓮の読み通りだ。相変わらず勘がいい。
「よし、全軍駆け足! 敵は眼と鼻の先だ! 砦に籠もらねば戦えぬような腰抜けどもに、今度こそ目に物見せてくれようぞ!」
雪蓮の号令に、呉の勇兵が歓呼で応える。しかし、その叫びはどこか絞りだすように響く。
無理もない。ただでさえ疲労が溜まる攻城戦を連日繰り返し、食糧も満足に得られず、極めつけに、この強行軍ではろくな休息も取っていないのだから。
それでも、行くしかない。
数の劣る敵首軍を、ここまで追い詰めておいて逃がせるわけもない。
そして、勝負をかけるなら今しかない。
「周泰! 伏兵は?」
「ありません! 今までと同じです。我々に追い付かれるより先にいち早く関に逃げ込むつもりかと思われます!」
……よし。少々無茶な行軍だが、だからこそ敵の意表を突ける。出来れば夜襲が望ましかったが、夜まで待つわけには当然いかない。
「甘寧! 黄蓋殿! 孫策より先に敵陣に討ち入ってくれ! 私は中央で、後曲の孫権様を守る!」
「うむ!」
「御意!」
「え〜冥琳、私は〜〜!?」
どうせ突っ込むんだから、そこを止めないだけ寛容だと思って欲しいものだ。
「見えてきたぞ! 無駄話はやめにしましょう!」
「はいはい、……全軍っ、突撃ぃぃぃーー!」
それから、あっという間に北郷軍のはりぼて同然の野営陣地を、呉の勇兵が蹂躙した。
今までほとんど直接的な戦闘をしていなかった北郷軍の、いきなりの“逃げ”の姿勢が我が軍に自信と勢いを与え、空腹と疲労で弱った我が軍は息を吹き返すように暴れ回る。
だが……
「逃がすな! 食い付け!」
こちらとしては、むしろ都合が悪い。腹を括って戦ってくれた方が、北郷一刀を仕留めやすかった。
陣内の柵や天幕や僅かな食糧が燃え上がる中、我先にと北郷軍は背を向けて逃げ出している。
次の関にも備蓄があるから構わない、といわんばかりにあっさりと食糧を放棄してみせた。
だが、今の我が軍には、喉から手が出るほど欲しい代物だ。ありがたい。
「孫策は!?」
「逃げた北郷軍を即座に追われました! 黄蓋様、甘寧様もご一緒です!」
「(思った通り、か。ここは後曲の蓮華様に任せて、私は雪蓮を追い……)」
と、そこまで心中呟く中、見渡す中で気付くものがあった。
陣の内外問わずに広がる、死体の数々。
右を見渡す。
「…………」
左を見渡す。
「…………」
前を後ろを、自分でも挙動不審だと思うほどにキョロキョロと見渡して……気付く。
一見して派手な快勝と無様な敗走にしか見えない攻防だった。しかし……
「(両軍の被害が、釣り合わない……)」
追撃を受ける側の方が、当然被害は大きくなるはず。なのに、両軍の被害は同じ……いや、むしろこちらの方が……多い。
「…………」
相手は撤退を繰り返すばかりの、兵糧攻めを狙うような、弱気な軍。
なのに……数で勝る、追撃戦で、こちらの方が被害が出る。
致命的な矛盾を感じて、冷や汗が噴き出す。嫌な予感が止まらない。
「(雪蓮!)」
「逃がすか!」
剣が唸りを上げ、血飛沫が飛ぶ。
雪蓮様の性質は理解しているつもりだ。だからこそ、私が僅かでも遅れるわけにはいかない。
その瞬間、私を追い抜いて、危険など構わず先頭で北郷軍に食らい付くに決まっている。
困った御方、その一言に尽きる。
しかし……
「うおぉぉっ!!」
敵兵が構えた槍ごと、薙ぎ倒しながら、確信を持つ。こやつら……
「……手練じゃな」
「弓使いがどうして前に出る。黄蓋殿」
「これほどの精兵にこんな腑抜けた戦をさせるなど、北郷とやらの神経が理解出来んわい」
……私の話を無視された。
「ほら思春、休まないの。追い抜いちゃうわよ?」
……既に大声を上げずに会話出来る所まで来ておられる事に呆れます。雪蓮様。
大きく遅れた者から斬り倒す。それほどに迫る追撃戦の先に、最早、次の関は目と鼻の先。
と思う間に、関の城門がゆっくりと開き始めていた。
「雪蓮様!」
「このまま、北郷軍と一緒に関に雪崩込むわよ! そうすれば今度こそ逃げ場は無い!」
咆える雪蓮様の瞳には、強い光が宿っている。関の目の前で的になる危険などはねのけて、必ずここで勝利する固い決意が見えた。
しかし、今回は蛮勇ではない。この距離なら……いける!
確信を持って、一気に迫る。
その、先で……
「…………っ?」
北郷軍が……
「なっ………!?」
岐れた……!?
関を目前にして、北郷軍が二つに割れる。まるで我らに道を明けるように開いたその空白の地の先で………関の城門の中から、それが見えた。
「ちいっ……!」
関には、さっきまで何の旗も出ていなかった。
しかし、今城門から姿を現すのは……紺碧の張旗と、漆黒の華旗。
「ぃよっしゃ! 行くで華雄! 連中の鼻っ柱叩き潰したる!」
「おう! 行くぞおまえ達! 愛のために!!」
『愛のために!!』
(あとがき)
またも複数視点進行。
一応上から、一刀→雪蓮→冥琳→思春です。
若干、風邪気味な気がする。咳と頭痛が止まらないです。