「確かに連合は大軍勢だけど、それはあくまでも“総勢”の話だろ? 」
軍議は続く、どこまでも。地図の上に各諸侯を示す駒を並べてみる。
「結局、それぞれが自分たちの名を揚げるために周りの諸侯を利用しようとしてる集まりなんだから、そこに突き崩す隙があると思う」
駒を一ヶ所に集めて、それを一丸となった連合として指す。
「どういうことだ?」
「大きな岩より、石を掻き集めた塊の方が脆いよね、ってこと」
「なるほど」
舞无に軽く説明しつつ話を進める俺。
「……桃香殿や伯珪殿を起点にして計略を仕掛ける、という事か?」
僅か表情を翳らせてそう訊く星。何だかんだで正義感に厚い子なんだよなぁ。
まあ、俺だって勝つためなら何でもする、っていうつもりもない。
……まあ、今回はそれが主な理由でもないけど。
「いや、上手くあの二人を介して身の潔白を示したって、連合は崩せない。本来の目的が別にあるんだから。それであの二勢力を除けても、兵数が大した事ないからうまみもないしね」
「まあ、良くも悪くも影響力の小さな勢力ですしねー」
風の同意も得られた事だし、サクサク話を進め……
「もっと規模の大きい勢力の野望を刺激するようなやり方で行く方向で、という事ですね」
「ダメかな?」
「……いえ、それが一番有効だと思います。力のある勢力ほど、欲が出てしまうものですから」
ようとした矢先に稟が補足、そして雛里の賛成が得られた。ホント話が早くて助かる。
「で、うちは軍師がいっぱいいるから、基本的には常に将軍一人に軍師が一人、副官に就く感じで」
恋や舞无はもちろん、霞も火が点いたら止まらないような所あるしな。
「……それは良いのですが、交戦中ずっと洛陽を空にしておくのはまずいのではー?」
「でも……軍師はともかく将を戦線から外すのは危ないです」
あ……。風と雛里に言われるまで気付かなかった。ならもうちょっと編成考え直さないとな。しかし、気付かなかったのは“軍師”の話に限っての事。
「大丈夫、それなら俺に考えがある」
自信満々に胸を張って、頭に?を浮かべる皆の前で、秘密兵器を呼ぶ。
「助けて華蝶仮面ー!(棒読み)」
「っ!?」
横であたふたと慌てる星がちょっと面白い。だが、俺が呼んだのは星じゃなかったりする。
「おーっほっほっほっ! おーっほっほっほっ!」
大扉がバンッと開き、筋肉が踊る。
「華の香りに誘われて、華蝶の定めに導かれ。響く叫びも高らかに、艶美な蝶が今舞い降りる!」
ギュルルルッ! と空気を裂く音を響かせながら回転する“それ”が、俺たちの前に姿を現した。
「華蝶仮面二号、参上よぉん!」
ビシッ! とウインクしながらしなを作ったそれに目を合わせないようにして。
「というわけで、正義の味方だ」
「何が『というわけで』ですかっ!」
稟の手刀が裏拳気味に俺の胸を叩く。ナイスツッコミだ。
「どう見ても前の華蝶仮面と違うではありませんか!? 警備隊の秘密兵器ではなかったのですか!」
あ、やっぱり稟も華蝶仮面の正体に気付いてないのね。
「? そういえば、前の仮面の方とは色が違いますねー」
……風、それ以前の問題だと思うぞ。
「(うるうる……!)」
雛里の気持ちはよくわかる。
「かっ、一刀おま……こんな危ない知り合いが貂蝉以外にもおったんかい!」
霞、惜しい。そこでもうワンステップ踏み込んでみようか。
「二号……つまりは警備隊の一員と考えて良いのだな?」
舞无は意外に冷静だ。神経太い分、俺たちより平気なのかも知れない。
「…………?」
恋は……首を傾げてる。まあ、いつもの事のような気もする。
そして、一番リアクションが気になる星は……
「仮面の……色……それだけ?」
あれは、風の一言が効いてるのか。やたら肩を落として落ち込んでいる。
いきなりの二号出現よりそっちが衝撃的なのはわからんでもない。
しかし、やおら頭を上げて……
「華蝶仮面が警備隊の秘密兵器? 一刀、私はそのような話を聞いていないが」
「あ、言ってなかったかも」
大体、張本人の華蝶仮面(元警備隊副隊長)が何言ってんだか。
「(観念しろって、もうバレてんだから)」
「(バッ、バレる? 何の話かな? ははっ……)」
小声で訊いても自白しないし、まあ、前の世界でも現場を押さえるまで口を割らなかったしな。
「まあ、そんなわけで………」
「みんながお留守にしてる内は、この華蝶仮面二号が! 都の愛と平和を守ってみせるわん!」
またもビシッ! としなを作る二号(貂蝉)に洛陽の平和は託されたのだった。
「で、袁紹自身は兵法なんて全然知らないんだけど。……星、前に顔良と文醜相手に戦った時はどうだった?」
そこから、また軍師や智将のみで軍議は続けられる。
前の世界、俺自身はあんまり顔良と文醜について知る機会がなかったから、流浪の時に手合わせしたはずの星(華蝶仮面)に訊いてみる。
「わ、私は知らんな。見た事もない」
こいつめんどくせぇ!
わざわざ執務室から引っ張り出して星の部屋に押し込めてから“華蝶仮面”を呼び出して、情報を訊き出してからまた“星”と一緒に執務室に戻る。
……絶対近いうちに現場を押さえてやる。
その後も軍議は続く。
とにかく俺が情報を出したりして、皆で相談する感じに。
「う〜〜ん……」
劉備軍、曹操軍、公孫賛軍、袁紹軍あたりはある程度分析出来てるが……問題はやっぱり孫策。
前の世界だと蓮華が君主で、基本的に呉の民や自軍の被害を何より嫌う……消極的とも言える方針だった。だが、今回は一番肝心の君主が違う。
……いや待て、よく思い出せ。周瑜が蓮華を裏切って、白装束と手を組んでまで俺たちと対立したのは……先代・孫策の夢を継ぐため、だったはずだ。
そう考えると、少なくとも天下統一を狙っている可能性は高い。華琳と同じような目で見といた方が賢明か。
「我々の軍は約二十五万。対する連合軍は総勢四十万以上。やはり、シ水関と虎牢関での籠城戦が一番でしょうか」
籠城戦、前の世界では舞无を挑発して引きずり出したが……今回は流石にそんな手を食らうつもりはない。舞无を宥めるのは大変そうだけど。
しかし、もう一つ気になる事がある。
「……それだけどさ。俺が元々居た世界にコンビニってのがあるんだけど……」
そして、俺が関を“攻略するなら”の話を聞いてもらう。
…………
「各諸侯で時間を分けて、朝も昼も夜も休みなく攻め続ける?」
「指揮官が多い“連合軍”で、しかも兵力が大きく上回ってる状態なら、やれると思うんだけど、どう思う?」
的外れな事言ってるかも知れないけど、言わないって選択肢も無いから、不安ながらに訊いてみる。
「……やられる側からすれば、堪ったものではないな」
と、星。
「いくら虎牢関が難攻不落と言っても……」
と、雛里。
「数で劣るこちらは、常に全力でことに構えていなければなりませんからね」
と、稟。どうやら、おかしな発言でもなかったらしい。もうちょっと自信持って話してみるか。
「俺が思い付くって事は、連合側も絶対思い付くと思うよ。孔明や周瑜だっているんだし」
天下の軍師たちの、ちょっと驚いた様な顔は、素直に嬉しいな。
「それに、遠回りしてでも他の道から攻めてくる可能性だってあるだろ?」
そんなリアクションで、俺は少し天狗になっていたんだろう。
「だから、俺に一つ作戦がある」
それから続けた作戦の説明の後、俺は遠慮無用の風・稟・華蝶をお見舞いされた。
「袁紹さん、何か凄い人だったね……」
反・北郷連合。集まったのは、諸侯の統治をしてる偉い人が……ほとんど全員。
総大将を決める軍議の時の、腹の探り合いみたいな嫌な空気……やっぱり一刀さんは、権力争いのダシにされただけなんだ。
「華麗に、優雅に、雄々しく前進! ですもんね……」
その総大将に収まった袁紹さんの決めた方針が、これ。朱里ちゃんが呆れるのも無理ないかな。
「しかし、なぜ他の諸侯は異を唱えなかったのでしょうか」
愛紗ちゃんも頭を悩ませている。確かに、何であんなメチャクチャな話が通るんだろう?
「結局、皆さんご自分の都合で参戦しているのでしょう。下手に総大将に行動方針を決められるより、“自分たちが”動きやすいと判断したのかも知れません」
朱里ちゃんが、少しむくれながら応えてくれた。ホントに頼りになる。朱里ちゃんがうちに来てくれてホントに良かった。
けど、やっぱりみんな……そういう考えなんだ。
……一刀さんを助けるため、だけじゃない。見極めないといけない。
わたしは、わかってなかった。黄巾党みたいな賊を倒せば、平和な世の中になるなんて……単純な話じゃないんだ。
そこに至った原因がある。そして、今ここにもその火種がある。
皆が笑って生きていける世界。そんな世の中にするために、力を合わせられる人、黄巾党みたいに、やっつけないといけない人、見極めないといけない。
予感とも、少し違う。肌にぴりぴりと感じるみたいな確信。
時代の流れを見極めないと、太平を成し遂げるどころか、生き残る事さえ難しい。“今は”そんな世の中なんだ。
「(頑張らなきゃ)」
戦う。わたしが目指して、あなたが信じてくれたやり方で。
「お姉ちゃん?」
神妙な気持ちが顔に出ていたのか、鈴々ちゃんが顔を覗き込んできた。
「ん〜ん、なんでもないよ♪」
今は気を引き締めないと。一刀さんを助けたいって思ってるのも、今は口に出さない方がいい。
……愛紗ちゃんの顔がちょっと怖くなったし。
「ただいま、戻りました!」
そんなやり取りの中、前もって朱里ちゃんが放ってくれていた密偵さんが戻ってきた。
……いくら何でも、早すぎるような気がする。シ水関までまだ結構距離があるのに。
そんなわたしの疑問は、続く報告で氷解した。いや、凍り付いたのかも知れない。
「敵はシ水関ではなく、名も無い数十の関、その最前にて待ち構えています」
わたしには、それが自殺行為のように思えたからだ。
「旗印は、蒼の趙旗と十文字の牙門旗……北郷一刀です!」
(あとがき)
作戦会議で尺取り過ぎた感がありますが、次回、直接的に開戦。兵力比はこんな感じになりました。
お気づきの方もいると思いますが、本作の孫策、袁術の客将状態じゃなかったりします。