晩ご飯に誘うために郭嘉を探す、星、程立、そして俺の前で‥‥‥
「な、何だこりゃ‥‥‥」
「辻斬りでも出たのか‥‥‥?」
「新しい伝染病かも知れないわ。近づいちゃダメよ」
などと騒ぐ人垣を見つけた。
「‥‥‥何かあったのかな?」
「まったく、あれだけの騒ぎになっているのに兵士一人駆け付けておらんとは‥‥‥ここの領主の程度が知れるというものだ」
と、この街の治安の悪さに憤る星(多分、さっき俺にからかわれたイライラもあるのだろう)。確かに、あれだけ人が集まる前に何とかしなきゃダメだよな、普通。この街の領主‥‥‥確か、袁紹だ。
と思いつつ、人垣を抜けてひょっこりと輪の中心を覗き込む俺。これで立派な野次馬の仲間入りだ。
地面を濡らす赤黒い染み。一目でそれが血だとわかる。
その、水溜まりほどにも広がった血の中心に‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥ぅぅん‥‥」
ドタン!!
その姿を認めた瞬間、俺は結構勢いよくコケた。
「ああ、またか」
「またですねー」
星と程立も覗いたようだ。‥‥っていうか何で君たちそんなに冷静なの?
「それほど珍しい事でもないからな」
「稟ちゃんは発情期ですからー」
発情期て。
しかも、確かに郭嘉が興奮しやすいのは知ってるけど、街中で卒倒するのが珍しくない、ってのはかなり危なくないか?
「あっ‥‥‥うぅっ‥‥」
どう見ても鼻血を吹いて気絶したらしい郭嘉は、小さく呻いて、悩ましげに体をくねらせる。
‥‥‥何があったのか知らないが、この衆目の中、アレを連れ出すのは結構勇気がいるな。
本音を言うと知らんぷり決め込みたいが‥‥‥これ以上時間をかけて警備隊とかが来たらシャレにならん。
「郭嘉! おい、起きろって!」
肩を揺すっての呼び掛けへの返事に、びくっと腰を浮かせる郭嘉。
恥ずかしい! 色んな意味で!
「おいってば、このまま寝てたら大変な事になるって! 捕まるぞ? いい加減にしないと力付くで‥‥‥」
「いや! あっ‥‥そんな、乱暴に‥‥‥!」
あ、起き‥‥てない! 寝言かよ!?
しかも、今周囲の俺に対する視線の冷気が一気に増したような‥‥‥。
「どうやら、この大事そうに抱き抱えている本が原因みたいですねー」
「見てないで程立も手伝ってくれよ!」
星に至ってはいつの間にか消えてるし!
と思いながら、程立の指した‥‥郭嘉が抱えた本を見てみる。腕の隙間から、表紙の文字が見えた。
『十八禁的娘本』
‥‥‥‥エロ本かよ!
つまり何か? 自分が買ったエロ本を街中で読んで自爆‥‥悶死したと?
何やってんのこの子!
「まあ、稟ちゃんはこれで血の気が多い人なので。このくらいの出血くらい大丈夫だと思うのですよ」
言いながら、程立は郭嘉の鼻の辺りを拭き始める。おっ、郭嘉が眉を潜めて‥‥起きるのか?
血を失って青白い顔をした郭嘉が、ぼんやりと開いたその虚ろな目を俺に向けて‥‥‥
「‥‥‥‥ケダモノ」
「誰がだ!」
‥‥起きてても起きてなくても変わらんのじゃないか?
「はい稟ちゃん、ちーんして」
「‥‥‥ちーん」
程立に鼻紙を当てられ、素直にちーんする郭嘉。‥‥何か微笑ましい。
「ところでお兄さん」
「なんだ?」
とりあえず郭嘉も起きた事だし、すぐにこの場から‥‥‥
「兵隊さんたちが集まってきてしまいますよー」
「んげっ!?」
程立と郭嘉に意識を集中していて気付かなかったが、確かにいつの間にか兵隊がこちらに向かってきていた。
遅かったか!
しかも、その兵隊たちの先頭を走る二人が、さらに俺を驚愕させた。
「てめえかー! 街中で嫌がる女を押し倒した色情狂ってのはー!」
「‥‥文ちゃん、それ報告されてたのと全然違うよ〜‥‥」
外向きに跳ねた緑のショート、青いバンダナ(?)を巻いた元気そうな少女。黒髪おかっぱのいかにも苦労人らしき少女。
その両方が、派手すぎる金ピカの鎧を纏っている。
前の世界で見た事‥‥ある!
確か‥‥顔良と文醜。
「ヤバい、逃げるぞ! 程立、走れるか!?」
「はいー」
「うわっ!?」
貧血でふらふらの郭嘉を強引に背負い、人垣を押し退け、走り、逃げる!
だが、ただでさえ多分俺(程立も)の方が足が遅い上、軽いとはいえ人一人を抱えているのだ。
「待ぁーてぇー!」
みるみる距離は縮まって、後数歩という所まで追い付かれた‥‥‥まさに、その時、
ガンッ!!
「のわっ!」
俺と文醜の丁度中間の地点に、"それ"は突き立った。
見慣れた‥‥龍の牙を思わせる、赤い双刃を持った直刀槍。
「はーっはっはっはっは! はーっはっはっは!」
間髪入れず高らかな笑い声が響いて、誰もがその声の方を"見上げる"。
そこには、期待に違わぬ勇姿が、己を誇るように堂々と立っていた。
「何者だ、テメーは?」
これもまた、お約束。
「正義の華を咲かせるために、美々しき蝶が悪を討つ‥‥。美と正義の使者、華蝶仮面‥‥推参!」
屋根の上から白い衣を靡かせて、舞い降りる。
文醜たちが悪か? とか、この事態を見越してわざわざ一度いなくなったのか? と色々ツッコミ所はあるが‥‥‥‥
助けられる側から見れば、何と頼もしいその勇姿!!
‥‥‥‥まあ、それはそれとして。
「ありがとう華蝶仮面!!」
「え? あ、お兄さん‥‥‥!」
「北郷殿! もう自分で走れますから下ろし‥‥‥あぅ‥‥!」
今回は、前の世界の時と違って‥‥自分が逃げなきゃならない。
華蝶仮面が「では、さらばだ!」と言うまで見守っているわけにはいかないのだ。
「大丈夫。"彼女なら”、何の問題もないよ」
程立と‥‥そして華蝶仮面に聞こえるように言って、結局ふらついている郭嘉をおぶって走る。
その後、俺たちは街の出口で星(華蝶仮面)の到着を待って、夜も近いというのにその街を後にした。
それからまた、一週間。
見聞を広め、自らの力を預けるに足る器を持つ主を見定める。そんな目的の旅を続けて、さらに北上する俺たち。
‥‥‥正確には、俺は違う。
結局、『あの時』何が起こったのかわからないまま、どうしたらいいのかもわからず、星たちの金魚のフンになっただけだ。
‥‥‥これから、どうしたらいいんだろうか。
三人が仕えるべき主君を見つけたら、俺にはこの仮初めの居場所すらなくなる。
星の武術はもちろん、風や稟も、どうやら軍師としてかなりの自信があるらしいが‥‥俺は単なる高校生だ。もちろん、三人と違って登用してもらえる自信なんか全くない。
つまり、いつか‥‥おそらく遠くない未来に、俺はまた一人ぼっちになるのだ。
最近、つくづく思う。
この世界には‥‥いや、前の世界でも愛紗に出会わなければ‥‥"余所者"の俺には居場所がないんだという事を。
今頃、この世界の愛紗が決起しているのかも知れない。星はいつか、そこに行くのだろうか?
小間使いでも雑用でもいいから、雇ってくれないかな。‥‥‥出来れば住み込みで。
郭嘉に程立‥‥具体的に何をした武将なのかまでは覚えてないが、確か『三國志』では曹操の陣営にいたと思う。
‥‥‥こっちは、雑用も絶望的。むしろ出会って間もなく、ふとしたきっかけで殺されてしまいそうだ。
‥‥‥いや、素直に認めて、俺は未練を感じてるんだろう。
愛紗も、鈴々も、朱里も、俺の事を覚えていないだろうという半ば確信めいた予測があるにも関わらず‥‥‥前の世界の大切な場所に、未練を感じているんだろう。
‥‥‥本当に、俺はお飾り君主だったんだな。
前の世界じゃ、曲がりなりにも愛紗たちの夢‥‥大陸を一つにまとめて、これから皆で笑える世の中にしていこう、って所までやれたのに‥‥‥
「‥‥‥‥はぁ」
その仲間たちがいなくなった途端、大陸の平和どころか自分の居場所の事ばかり考えてる。
「どうしたのですかお兄さん、溜め息などついて。さては‥‥あの日ですか?」
どの日だ。
「何でもないよ、風」
ところで、俺は三人に真名を預けてもらえるようになっていた。
あの猫騒ぎの『一刀四号』ネタがかなりしつこく引っ張られ‥‥そのまま『一刀』と呼ばれるようになり、ならば我々も‥‥というなし崩し的な成り行きで(俺に真名が無いのはとっくに教えてある)。
星がメンマとか怪しげな品物に、稟がエロ本に貴重な路銀を消費したりと苦労は絶えない(風は意外と、そういう所はしっかりしてたりする)。
だが‥‥この三人との旅というこの居場所にも、随分と愛着が‥‥‥ってまたか。
「(‥‥‥いい加減、しっかりしないとな)」
誰にも聞こえないくらい小さく、呟いた。
そんな俺の‥‥‥
「見えてきましたね、次の街が」
不安定な心を試すように‥‥‥
「そら頑張れ一刀。もう少しでご到着だぞ」
その光景は‥‥‥広がっていた。
「? ‥‥‥何か、様子が変ですねー」
遠くから見てもわかった。街のあちこちから、どす黒い煙が上がっているのが。
そして、その惨状をより細部にまで焼き付けた情景が、目ではなく、俺の脳裏に蘇ってくる。
手ひどく乱暴に荒らされた家々、あちこちで炎が上がる惨状。
"ここがそこだ"とは、地図を見て知っていたけど、まさか‥‥状況までがそ、同じ!?
"ここは前の世界とは違う"。そんな認識が強かったのかも知れない。
幽州啄郡啄県。
そこは、俺が前の世界で初めて愛紗と鈴々に出会い、村人と共に戦った‥‥‥
始まりの場所だった。
(あとがき)
今日中に四章の投下に成功。
一刀一行、陳留から北上し、幽州に到着です。