「お?」
恋の手を引いて街へと向かう途中に、見知った小柄な二つの影。
月&詠だ。
「おつかれ〜」
「俺、非番だし」という態度丸出しに、書類で手の塞がっている詠の頭をぽんぽんと叩く。
「気安く触んな!」
そんな風に調子に乗った俺は当然痛い目に遇うわけで、脛にガシガシと蹴りを入れられた。かなり痛い。
「一刀さん、今日はお休みですか?」
「まあね。今から恋の家に行こうかと」
月にはもちろん、そんな意地悪な態度は取らない。嫌みにならないようにさらっと応えておく。
「あんた……確か啄県で内政の経験あったはずよね。このまま執務室に連行してやってもいいのよ?」
そんなあからさまな差別的態度が気に入らなかったのか、詠が額に青筋を浮かべながら口の端を邪悪に引き上げる。
「……ダメ」
しかし、俺が反応するより早く、腕がぐいっ! と力強く引っ張られた。
「今日は、恋の……」
隣に居た恋が、自分のだと主張するように、俺の腕をぎゅうっと掻い込んでいた。さらに、牽制するように詠を上目遣いに睨む。
「……色情狂」
「俺が何した!?」
「これからするんでしょうが! 恋の家に押し入って何するつもりよ!?」
ひどい誤解だ。この世界に来てからそういう真似は一度もしてないと言うのに、何で俺すでにそういう認識にされてんだ?
詠は桃香の事すら知らんだろうに。これだと舞无の奇行が知られた暁には何を言われるやら。
「そんなひどい言い方すんなよ〜、俺があげたメイド服着てくれてるくせに」
「こっ、これは月が一人で着るの恥ずかしいって言うから仕方なくよ! 仕方なく!」
「へぅ……」
「うむ、よく似合うぞ。天の世界では、頭の良い偉い人が着る衣装だからな(嘘)」
「……あんた、今微妙に語尾が不自然に上がったわよ」
「キノセイダヨ」
いかん、このまま詠と喋ってたら(つい弄って)本当に執務室に連行されかねん。
「んじゃ! 俺たち急ぐから!」
「……じゃあ」
「あ……」
「逃げるなー!」
さっさと逃げてしまおう。
俺たちが逃げ去ったその後に、
「……ったく、何が頭の良い偉い人が着る衣装よ。あいつ絶対何か隠してるわよ」
「でも……、この服意外と着心地良いよ? 不思議と体に馴染むっていうか」
「……あんまり、あいつに入れ込み過ぎないようにね、月」
そんなやり取りがあった事を、もちろん俺は知らない。
「ふんっっぬ……!!」
「………持つ?」
「いいからいいから」
街で恋の愉快な仲間たち(動物)の食料を買い込み、一路、恋の屋敷を目指す俺と恋。
あのプチ動物園の食料となると、結構な量になる。店の方で屋敷に送ってもらう事も出来たが、恋は皆を待たせたくないらしいので手持ち。
もちろん俺の。実際恋の方が遥かに力持ちなわけだが、やっぱり傍目から見て、恋に持たせるのはアウトだろう。
「……持つ」
ちょっとむっとしたように、今度は断定の形で言い切った恋が、俺から荷物をふんだくる。左手の分だけ。
「……つなぐ」
そして、俺から奪った荷物を左手に持ち、俺の左手に右手を絡ませる。
気遣ってくれたのかな? と思ったが、要するに手をつなぎたかっただけらしい。
「……ま、いっか」
変に気遣われて男の面子を潰されるより、こういう理由の方が個人的には嬉しい。
「♪」
恋も機嫌良さそうだし。表情自体はほとんど変わらないんだけど、さすがに俺も、結構付き合いは長いから楽にわかる。
「……これ、好き」
「これ? ……ああ」
一瞬何の事を言ってるのかと思ったが、きゅっと軽い力を込めた恋の指が、“手をつなぐ”事だと教えてくれる。
「……あったかい」
二人、手をつないで歩く中、恋が俯いたまま小さく呟く。俯いてはいるけど、髪の間から見える耳の赤みは隠せていない。気付いているのかいないのか、気持ち半歩分、俺に近づいてもいた。
「……不思議」
俺に言っているような、あるいは自分に言い聞かせているような、そんな口調。
「一刀と居ると、色んな事、知らない事考える。考えたら、胸が……フワッてなる」
「…………」
相変わらず要領を得ない恋語だが、今の俺にはその意味がわかった。
恋が言ってるのは、貂蝉が言ってた『前の世界の記憶』の事なんだろう。普通の人……星や霞ならもしその記憶が浮かんだとしても、妄想や幻覚だと切り捨てる。
それをダイレクトに受け取って、当の俺にまで話してしまうあたりが恋の恋たる所以である。……恋が口下手で良かった。
と、そんな風に分析する反面。もっと大切な部分も伝わっていた。
恋の、気持ち。
「……あったかい」
また呟いて、恥ずかしそうに俺の腕に頬を寄せる。
記憶の欠片の影響もあるんだろうし、まだ気持ちがはっきり理解出来てるわけではないんだろうけど、“この恋”が自分の気持ちで俺に好意を抱いてくれてる、それは素直に嬉しかった。
「ありがとう、恋」
「(フルフルフルッ!)」
思ったままを口にすると、恋は俺の腕に頭を押しつけたまま猛烈な否定。ぐりぐりされた部分が摩擦で少し熱い。
「ははっ、恋は照れ屋だな」
「……照れてない」
そう否定しながら、恋はまた少し、俺に寄り添った。
「ほらほら、順番は守りなさい」
「……めっ」
恋の屋敷で動物たちにご飯をあげる。大きい子がせっつくと小さい子が長く待たなきゃならなくなるし、やり方を考えた方がいいな。「待て」が効いてるのは有難いけども。
「……みんな、恋以外にこんなに懐くの、はじめて」
「あー……かもね」
セキトとのファーストコンタクトを考えても、こいつらにも記憶が受け継がれてるのだろう。
恋にはちょっと失礼だけど、あまりものを考えない動物的なやつの方が、記憶が直接的に影響してる気がする。
「……お父さん」
「俺が? みんなの?」
「そんな感じがした」
みんな……ってのは、この犬猫たちの事だろうな。“皆”には迷惑かけてばっかだし。
いつしか、皆腹いっぱいになったらしく、わらわらと集まってきて、こてんと寝転んだ。
「どわっ!」
「……一緒」
便乗した恋が俺を引きずり倒し、俺と恋、そして動物たちの集団日向ぼっこが成立する。
「…………」
もう既に目を閉じて睡眠モードに移行している恋の顔を眺めながら、俺も暖かい微睡みに意識を任せた。
「ずと……か…ずと……」
「うぅん……、あと五分……」
「一刀!」
「はいっ!」
怒鳴り声に叩かれ、体を起こ……せない!?
「たまの休日をどう過ごしているのかと思えば、昼寝とはな」
「……大概酒飲んでるだけの星に言われたくない」
「それより、いつまで寝そべって人と話しているつもりですか?」
「……こんな時間にお外で寝ていたら、風邪をひいてしまいます」
星に稟、雛里、何で恋の家に居るんだろうか。っていうか、起きようにも……
「どうしろと?」
左腕には、
「……すぴー……すぴー……」
恋が抱きついて寝てるし。右腕は、
「……ぐー」
「寝るなっ!」
「おぉ……!」
風が腕枕にしていた。稟のツッコミで起きたけど。
「んむぅ……?」
恋も起きたか。もう暗いし、十分寝たんだろう。つーか、寝すぎだ。俺もだけど。
「?? ……遊びにきた」
「まあ、そんな所だ」
起床一番の恋のその一言に、星は楽しそうにそう応えた。
恋の屋敷の『中』に招かれた俺、星、稟、風、雛里。もっとも、お茶を煎れてくれたのは稟と雛里だが。
「んで、どうしたの? 揃いも揃って」
宴会とかのお誘いにしたって、いきなり恋の家に押し掛けるとも思えないし、城とか別の場所でやるにしたって、わざわざこんな大人数で誘いに来るとも思えない。
そんな呑気な憶測を立てていた俺は、当然のように返る言葉に衝撃を受ける事になる。
「単刀直入に言います。いつまでここに留まるつもりですか?」
「………え?」
稟、いや、稟だけじゃなく、皆の顔が真剣。俺だけが間抜けな声を上げ、恋は眉間に僅か、皺を寄せる。
「黄巾の恩賞をきっかけにして、大陸を救う力をつけるという狙い。しかし、結果として得られたのは王都警備隊長の地位。官位は高くても、実質は太守の臣下と同じ扱いです」
俺が話した事のない目論み(と言う割りには不明瞭だが)をあっさり見抜いて、雛里は淡々と告げる。迷子になっていた時とはまるで違う、軍師の顔。
その内容に、俺も皆の言いたい事を理解する。自分の顔が強張るのが、自分でわかった。
「我々は、“董卓”の臣下になったつもりはありませんよ」
敢えて董卓と呼んだ稟。その言葉の裏に、今まで一度も聞いた事のない決意が籠もる。
俺も、考えてはいた事。白装束がいないとわかった時、あの時点でのこの街に留まる理由は無くなっていた。
それを今まで先延ばしにしていたのには、俺なりに理由もあったが、それも今では“ほとんど”解消されているのも事実。
「私は、“お前を”大陸の王にする。そう言ったのだぞ?」
星、雛里……そして稟や風も、俺に夢を、志を預けていたのなら……この状況は耐え難いんじゃないか?
今まで、それに気付かなかった。馬鹿というだけでは済まない。
と、そんな俺の衝撃を切るように……
「……ダメ」
恋が、口を挟んだ。そうだ、恋は月の客将。こんな話を黙って許すわけが……
「一刀が行くなら、恋も行く」
頭に、冷や水を浴びせられたように、ハッとする。俺はまだ、恋の事を何もわかっていなかった。
「…………あ」
ふと気付いて視線を巡らせて、皆の顔を確認。その意図を察した。
つまり、恋のこの選択すら見通して、四人は敢えて恋の前でこの話を持ち出したのだ。
「………ああ」
ここまで尻を叩かれて、背中を押されて、迷ってなんかいられない。
ここで決断出来ないようなら、皆は俺についてきやしない。その資格もない。
「運良く、“代わりのきっかけ”は見つけられたしな……」
制服の内ポケットにしまった“それ”を、服の上から確認しながら、風と雛里にウインクしてみる。
雛里は赤くなってあわわと俯き、風はノリ良くウインクを返してくれた。
「キ……」
「稟さーん! せめてもう一文字足してくれ! ツッコミはむしろありがたいけどもう一文字足してくれ、傷つくから!」
「冗談ですよ」
まったく……。ちょっと崩れた空気をシリアスに引き締めつつ、
「ちょっと遠回りになったけど、ここからもう一度スタートだ」
「すたーと?」
「出発、という意味ですよー」
いちいち揚げ足を取るんじゃないよ。
「皆……俺についてきてくれ」
初めて、明確な言葉としてそれを皆に告げる。
その言葉を受けて、
「まったく、仕方ありませんね」
「あの……こちらから、お頼み申し上げます」
「やれやれ、世話の焼ける兄ちゃんだぜ」
「……一緒」
「いいだろう、おぬしのやり方。一番近くで見させてもらおうか」
それぞれが、それぞれの想いで応えてくれた。
同じように、微笑んで。
この二日後、以前から病で床に臥せていた霊帝は……没する。
(あとがき)
舞无さん大人気。たくさんの感想ありがとうございます。
業者のせいで舞様も色々と苦労しておられるようで。
まあ、それはともかく、次話、三幕終章。