「本日も街は平和なり、と……」
三、四人の兵士を引き連れて、今日も警邏に勤しむ警備隊長な俺。
義勇軍の頃からの面々もそのまま配属されている(当然、正規軍に回される人もいたが)。
啄県からの付き合いの人や、転戦してる時に募兵に応じてくれた人がほとんど、つまりは田舎出身の皆にとって、都の警備隊っていうのは憧れに近いものらしい。
いや、実際朝廷の地位って意味では、俺にとっても結構な名誉職らしいのだ。
平原の相に任命されたらしい桃香よりも、これでも官位は上なのだ。
恋や霞も、華琳より全然偉いって事を考えても、都仕えってのはかなり誉れ高い仕事のようだ。
「御遣い様、あそこに不審な怪物がっ!」
「いや、あれはほっといていいよ。っていうか、人間の手に負えん」
義勇軍上がりゆえ、呼び方は御遣い様で固定。皆自身は今の立場に満足している反面、“俺の”立ち位置は不満なようだ。
まあ、実質月の配下みたいになってるしな。俺としても、予想外の展開にちょっと戸惑ってるが。
まあ、元々前の世界でも警邏と称して執務室を抜け出して街をぶらつくのが俺の得意技だったから、仕事の内容自体は肌に合ってるんだけどね。
「あ、肉まんの匂い」
「御遣い様、今は仕事中………」
「いいじゃんいいじゃん」
匂いに誘われるように、ふらふらと店に入ろうとして……
「あれ? あ、皆ちょっと肉まん齧りつつ先行ってて」
予想外の光景を目にして、進路変更。
また市の様子でも見に来たのか、はたまた買い物か。月と詠を発見。
詠はいつもの軍師服だが、月はあの動きにくそうな服ではなく、もう少し軽装だ。
にしても、シンボルマークがないと何か寂しいな。隙を見てメイド服を仕立ててプレゼントしよう。
「月ー、あと賈駆」
月とはあっさり打ち解けて真名を許してもらったけども……
「あ゛?」
こいつ(詠)は何か警戒心旺盛だ。
「中学生の不良みたいな返事の仕方すんなよー」
「うっさい、せっかくこっちが気付かないフリしてたのに話し掛けてくんじゃないわよ!」
む、こいつ確信犯か。前の世界は嫌われても仕方ない理由もあったが、今回は理不尽な理由(?)で嫌われている気がする。
なるほど、俺の意地悪魂に火を点けるつもりだな? 俺はちょっとやそっと避けられたくらいじゃ怯まないぜ。
「月ー、ほらあっち行こ? 変態が感染るから」
ほう、よく知りもしない相手を変態呼ばわりか。
「詠ちゃん、一刀さんは悪い人じゃないよ? 恋さんや霞さんと一緒に、長い間戦って来た人なんだから」
「そうそう、むやみやたらに人を嫌うもんじゃないぞ?」
「月の言葉に便乗すんなっ!」
詠の弱点は月、というのは全世界共通だな。
「大体あんた、月、月って馴れ馴れしいのよ! 一体どのくらい官位が違うと思ってんの?」
「えー……、だって呼んでいいって言われたし。な?」
「あ……、はい」
詠をからかうノリで訊いたんだが、月は顔を少し青ざめさせて応えた。
……ああ。
『……何進将軍や十常侍が逆賊として始末され、今の実権は董卓さんが握っている。細かい事情まではわかりませんが、その“権力闘争”に打ち勝ったのが董卓さん、という事で間違いないかと』
雛里の言葉を、思い出す。
十中八九、何進だか十常侍だかから月を守るために、詠がやった事だろう。
そして、その事を気に病んでいるから、ずっと元気がない。
今青ざめたのも、官位云々って話題が出たからだ。それに遅れて気付いたのか、詠が「しまった」って顔をする。……が、話題をぶり返す事も出来ないから、ただ口をパクパクさせるだけで言葉にならない。
話題を強引に変えさせてもらおう。
「まあ、俺が無礼なのは今に始まった事じゃないからな。それに、口が悪いのは詠だって同じだろー?」
毒舌娘のほっぺたを両手で掴んで引っ張ってみる。あ、詠のほっぺた柔らけえ。
「ひだだだだ!? ひょ、あんたあにすんのよ! あほどさくさに紛れてボクの真名呼ぶなっ!」
途中で振り払われ、さりげなく真名を呼んだのがバレた。知らん、バイ菌扱いされて無礼も何もあるか。
それに、月に真名許してもらう時、「私たちの事は……真名でお呼び下さい」って言ってたからな。“たち”て。俺は聞き逃してないぜ。
「あひだだだだだっ!」
リ・プレイ?
「まあ、確かにうっかりとはいえ真名を呼んじゃったのは悪かったよなー。よし、こうしよう。代わりに、これから詠君に俺を一刀と呼ぶ権利を与えよう」
「死・ん・で・も・呼ぶかぁああーー!!」
「はうぅ……!?」
ちょ、ちょっと調子に乗りすぎた! 詠の爪先が俺の息子を直、げ…き……。
「おま……ちょ、場所は選べよ……」
「完全無欠の自業自得でしょ!」
「いや……俺なりの、スキンシップ……」
「っあ! あんた……好きって……どんだけ手が早いのよ!?」
「誰もそんなん言ってねえ! 痛っ! 痛いってば、おでこをつっつくな!」
「ボクの方がずっと痛かったっての!」
だんだんヒートアップしてきたな。そろそろ素直に謝った方が身のためかも知れん。
「月! こいつ不敬罪で斬首にしていい!? いいよね!」
「ざっ!? 不敬罪てお前……お互い様だろうが!」
「そもそもボクとあんたは立場が対等じゃないっつってんでしょうが!?」
若干俺の命の危険を孕んだ詠とのじゃれ合いは、いつしか市を訪れる皆さまの視線を集めて、それでも詠は止まりも気付きもしなかった。
詠を止めたのは……
「………くす」
俺や詠の怒鳴り声よりも、周囲のざわめきよりも小さな……
「くすくす……♪」
月の、笑い声。ようやく、聞く事が出来た。
「あんたの所の副隊長はどうしたのよ?」
「ああ、星なら西の通りを回ってるよ」
月と、月の笑顔によってクールダウンしてくれた詠と三人で街を歩く。
「で、あんたはこんな所で怠けてるってわけね」
「怠けるとは心外な、こうして街の安全を確認して回ってるじゃないか。うん、平和だ」
「くすくす……。そうですね、今日も平和です」
うむ、やっぱり月は笑ってないとな。さっきの詠の驚き顔を見る限り、詠的にもかなり久しぶりと見た。
「まあ、小さな女の子二人を無事に城まで送り届けるのも警備隊長の仕事、って事で目を瞑ってくれ」
「子供扱いすんな!」
ぐりぐりと詠の頭を撫でる手を、払われた。
何か詠ってあれだよな。いつも月を守る事ばっか考えてるし、強がりだし。
無理矢理にでも構った方が良いイメージがある。ストレスだって小出しに発散させた方がいいだろう。
「今日はまた、市の視察?」
「はい……」
「王都って言ったって、結局は為政者の手腕が物を言うのよ。少し前まで何進が治めていたこの街で、手なんか抜けないわ」
詠の気合いの入った言葉に、月の表情がまた僅か、翳る。
……これは詠が空気読めてないというより、月の方が重症なんだな。
「……そうだな。これから良くしていけばいいんだ、この街に暮らしてる皆のために」
前の世界でも、こんな事あったな……
『……私だけが助かるなんて、今更できやしないです……』
優しいから、他人の痛みで自分の心を痛めてしまうから、罪悪感に潰される。
月の悪い癖だ。ただ沈んでたって、何の解決にもならない。
「な?」
ポン、と月の頭に手を乗せる。まん丸に目を見開いて俺を見上げる月に構わず、
「フンッ!」
またも詠が俺の手を払いのける。
「がるるるるる……!」
「唸るなってば。わかった、これからは頭撫でるのちょっと自重するから」
「二・度・と・触るな!」
「えー……ヤダ」
「あんですってぇー!?」
キレる頻度が半端ないぞこいつ。
「くすくす……」
そんな詠を微笑ましげに見る月。と、そんなノリの会話が……
「うっせぇ!」
『っ!』
突然湧いた怒声に、打ち切られた。三人仲良くピンッと背筋を硬直させる。
「ごちゃごちゃ言わずに弁償しろや、アニキの服はか・な・り高かったんだよ」
「そ、そんなボロが高いわけないだろ!」
「何だとこの野郎!」
喧嘩……いや、一方的に絡まれてるだけか。
どうでもいいけど、ああいう連中ってどうしてこうボキャブラリーが貧困かね? ……いや、工夫しても仕方ないだけか。
「ほーら仕事よ、警備隊長さん? 早く行った行った」
しっしっと追っ払うように手を動かす詠、嬉しそうにしやがって。だが……
「俺の出る幕は無さそうだぞ?」
俺の位置からは、屋根の上でスタンバってるのが見えてたりするのだ。
「「……はい?」」
揃って首を傾げるゆ詠。まあ、すぐにわかる。
「はーはっはっは! はーはっはっは!」
ノリノリな高笑いが響き渡り、
「ど、どこだ!?」
「あそこだ!」
「「一体何者だ!」」
お約束のリアクションが応え、そして、白い衣が風に靡く。
「可憐な花に誘われて、美々しき蝶が今、舞い降りる! 我が名は華蝶仮面! 混乱の都に美と愛をもたらす、正義の化身なり!」
絹のように繊細な水色の髪に、振り袖のような白い衣、黄色い蝶の仮面の奥から紅い瞳を覗かせる……
「何……あれ?」
「見ての通りの正義の味方だ」
ぽかーんと口をOの字にする二人に、俺は親切に教えてあげる。
「心配するなって、実はうちの警備隊の秘密兵器だから」
「んなの見ればわかるわよ!」
……あれ? わかるのか。俺的には確かにバレバレだけど、前の世界では愛紗も鈴々も翠も全然気付かんかったぞ?
「えっと、あの人……」
「言わないで!」
「ちょっと見直したぞ、詠」
「真名で呼ぶな!」
「はーはっはっは! はーはっはっは!」
「もうボクをこれ以上おかしな世界に連れて行かないでってばーーーっ!!」
華蝶仮面(星)の高笑いと、詠のヒステリックな叫びが響く中、槍の石突きを受け、かつあげ男は昏倒した。
混乱の都は今日も平和である。
(あとがき)
前回のあとがきに、感想板でご意見下さった方々、ありがとうございます。
風に関しては、原作で敬語使ってない場面とかもあって難しいのですが、今後注意……みたいな結論に。
稟に関してですが、魏√とは環境が変わっている事もあり、わざと、風に対する時みたいな喋り方を、結構幅広くさせてます。
あと、いくら丁寧な喋り方をするキャラも、独白で敬語を使う事はほとんど無いと思うので、そういう感じに心掛けてます。