銅鏡から放たれた白い光に飲み込まれ、新しい‥‥前と"よく似た世界"に放り込まれ、"俺の事を知らない趙雲"と出会った俺。
はっきり言って右も左もわからない俺は、しかし見聞を広める旅をしているらしい星‥‥そしてその友達の程立と郭嘉という女の子に同行させてもらう事に成功し‥‥‥
「おう坊主! 今日はもう上がっていいぞ!」
「あっ、はい。お疲れ様でした!」
働いていた(今日は薪割りと皿洗い)。
最初の街では、馬を売った金とか手持ちの金とかで保っていたが、金は使えば無くなる物である。
そんなわけで、俺が三人の荷物持ちをしつつ北上し、街を訪れる度に日雇いの小遣い稼ぎに勤しむ、という旅は続いている。
街に着くと俺は大抵働いてるから直接見てるわけではないのだが、三人娘は見聞を広めているらしい。
俺がやってる事も、結構世間ってものを知るのにいいんじゃないかと思う。
何ていうか‥‥前の世界では想像しか出来なかった『働く側の視点』を生で体感出来るのだ。
しかも街によって、栄えてる商売とか、風習とか、拘りとか、結構違うから面白い。
「今日は結構貰えたな」
地図だと、次の街までは大して距離は無いはずだし。そんなに食料を買い込んでいく必要もなかったはずだ。
「何か、星たちにお土産でも‥‥‥」
星はメンマか? でも星の舌に適うようなメンマを俺が選び出せるだろうか。
程立や郭嘉が喜びそうな物‥‥は、ちょっとわからないな。
などと考えながら宿への帰途についていた俺は‥‥‥‥‥‥
「にゃっ、にゃにゃ、にゃっ!」
「うにゃぁ〜ん、ふにゃあぁ〜」
いつの間にか、猫の世界に迷い込んでいた。
いや、別に猫がたくさんいるとかそんなのは全然ないのだけれども‥‥。
「ふにゃぁ。にゃぅ〜ん‥‥うにゃあ‥‥‥にゃぅ」
「にゃー」
さっきからコレ、実は猫ではない。
いや確かに、我が物顔の猫三匹はご健在だし、鳴き声も混ざっているが‥‥‥むしろ大半の鳴き声の発生源は、その前でしゃがんでいる少女二人。
相変わらず眠そうな顔した程立と、何故か熱心な表情で猫とにゃーにゃー言っている星である。
何やってんだ? と声を掛けようと思ったが‥‥とっくに気付いていたのか、星が人差し指を唇に当てて、ちょいちょいと手招きしてきた。
静かに近寄れ、と?
「‥‥‥‥‥‥」
指示された通りに、抜き足差し足忍び足。多分猫を驚かせるな、という事なんだろうなあとぼんやり思いつつ‥‥‥俺も猫の前にしゃがみ込む。
程立は俺の接近などお構い無しに、猫と見つめ合ってい‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥ぐぅ」
「寝てたのかよ!」
ビシッと‥‥‥‥
はっ!? 思わずツッコミを入れてしまった。
「ふーっ!」
驚かせてしまったのか、猫の一匹が毛を逆立てて威嚇してくる。
「‥‥‥北郷よ、何の為に身振り手振りで教えたと思っているのだ?」
「おぉ? 今日もお仕事大変でしたね、おとっつぁん」
やや不機嫌に呆れる星と、寝起きに一発労ってくれる程立。
誰がおとっつぁんやねん‥‥とかツッコミを入れるより今は何より‥‥‥
「うりゃ!」
こちらを威嚇するケンカっ早い猫の首のところに手を伸ばして、こちょこちょとくすぐってやる。
「‥‥‥おおー」
「ほぅ‥‥‥」
「にー♪」
ふ‥‥‥弱点の顎を愛撫されて、屈しない猫などこの世にいるもんか。猫その一、やぶれたり。
「やるな、北郷。その一刀一号はなかなか気が強いのだが‥‥‥」
その名前なに!?
「むー‥‥‥‥」
星にツッコミを飛ばそうとして‥‥‥何やら不満げに唸る程立が目に入り、ストップがかかる。
その視線は、俺の指先に陥落してごろごろと喉を鳴らす一刀一号(仮)。
‥‥‥ははーん。
「程立、猫に触りたいんだろ?」
「っ‥‥‥」
確定。今、絶対一瞬目逸らしたし。
「はははっ、何を馬鹿な事を。これで意外と話題も豊富。腹を割って話してみれば、なかなか楽しい相手だぞ」
‥‥‥‥‥何?
「見聞を広めるには欠かせぬ友‥‥という奴だ」
言って、星は意味深にニヤリと笑う。
程立はともかく、星は‥‥‥猫と喋れる、と?
そんな馬鹿な、と笑い飛ばせないのが、この趙子龍の怖い所である。
「趙雲‥‥猫語がわかったり、する?」
「ふふ。女というものは、秘密をまとってこそ美しく輝けるのだ。余計なことを聞くのは野暮だぞ?」
やはりこっちでも健在のミステリアス・ガール。
上手い具合に誤魔化されてる気もするが、本当は全部事実で、戸惑う俺で遊んでいる気もする。
さすが天下の趙子龍、計り知れない。
「‥‥‥‥‥ん?」
そんな俺の目の前で、寝ていたもう一匹の猫が目を覚ました(ちなみにまだ一匹寝てる)。
一刀一号よりものんびりしてる感じがするな。ちょっと程立に雰囲気が似てる。
「おお、起きたか一刀二号。にゃ‥にゃぅ‥‥なーお」
後半は猫語で話しながら、横目でこっちを見てくる。
その目が「気になるだろう?」と、意地悪に物語っている。くそぅ‥‥‥。
ちょっと悔しくなった俺は、一刀二号(仮)をしばし見つめる。‥‥‥うん、しっかりおとなしい。
これなら‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥よし」
右手で一刀二号の顎を撫で、同時に左手で頭も撫でる。
俺の全力の愛撫に、すぐさまふにゃけた一刀二号。
「(‥‥今だ!)」
「にゃあ?」
気合いを入れたわりには、我ながら絶妙な優しい力加減で脇に手を入れて抱え上げ、すぐに一刀二号が楽なように両手で支える。
構図的には、お姫様抱っこwith猫。
うん、ひっかくどころか、何事もなかったように俺の腕の中でまた目を閉じてるね、マイ二号。
「‥‥‥お兄さん、おやすみ中の一刀二号の邪魔をしてはダメなのですよー」
とか言いながら、程立の視線は一刀二号に完全固定。そのまま、ゆっくりと、恐る恐る手を伸ばして‥‥‥って、それはまずい!
「うにゃう!」
「ひゃっ!?」
伸ばした程立の手を一刀二号の爪が襲う前に、俺は抱いてる一刀二号ごとバックステップして、届かないようにする。
「むー‥‥‥」
またも不服全開。たとえ目を閉じてるように見えても、油断してはいけない。猫とはいえ野生の徒なのだ。
‥‥‥仕方ない。
「程立、恐る恐る触ろうとしちゃダメだ。こっちの警戒心が猫にも伝わっちゃうから、郭嘉にトントンする時くらい自然な感じに‥‥な?」
「適当な事を言ってー‥‥猫に引っかかれると凄く腫れるのを、風はちゃんと知っているのですよー?」
そんな事を言いながらも、程立は俺のアドバイスに従って、ごく自然な手つきで‥‥‥
「‥‥‥初めて触れました」
程立のこの、独特のペース。慣れてくると実はすごく楽しかったりするのだが‥‥‥今は本来の目的に立ち返らせてもらおう。
「趙雲」
「ん?」
抱いている一刀二号を、そのままぐいっと星に押しつける。星は慌てて抱え、受け取った。
「趙雲は、猫語わかるんだろ?」
秘密は女を〜とかはぐらかされてしまったので、少し試させてもらおう。
‥‥‥まあ、これで星が猫を華麗にあしらったりしたら、俺の完全敗北になってしまうのだが‥‥‥。
「だ、だから! それを言っては秘密にならぬと‥‥‥」
しかしそんな事はなく、星は俺の予想を超えて狼狽し‥‥‥。
「こ、こら! 静かにせんかっ!」
星の抱き方が悪いのか、一刀二号は居心地悪そうに暴れだす。‥‥‥猫語はどうした。
「ふーっ!」
「ひゃあっ!?」
星は自分の胸元からの威嚇に、珍しく女の子らしい声を上げて仰け反った。
そのまま星の腕から逃れた一刀二号は、ご立腹な様子でスタスタと去る。悪い事したな。
その騒ぎに驚き、一号も三号(多分)も姿を消す。
そして‥‥‥‥
「‥‥‥あ、いや‥‥これは、だな‥‥‥」
明らかに「まずい所見られた」という風に口籠もる星を見て、俺は自分の勝利を確信する。
「ウンウン、そういう日もあるよな〜。猫語が話せてもさ、ソリの合わない猫とかいるって事なんだよな〜。なあ程立?」
敢えて明後日の方向を見ながら、勝ち誇ったように笑みを作るのがポイント。
ついでに程立も味方につけてしまおうと‥‥‥
「‥‥‥‥ぐう」
「「寝るな!」」
「おおっ‥‥!」
まったく‥‥。せっかく星の優位に立てる滅多にない機会だったというのに、揃って突っ込んでしまうとは‥‥‥。
‥‥‥ここしばらくの旅でわかったけど、俺との思い出はなくても、たとえ世界は違っても‥‥やっぱり星は星だった。
"この趙雲"とも、仲良くやっていけたらいいなあ。
「いやはや、星ちゃんから一本取るとは、お兄さんもなかなかやるのですー」
って起きてたんじゃん!
「むぅ‥‥‥‥」
星のいかにも「不覚‥‥!」といった表情。ああ、なんだろこの優越感。
‥‥‥小っちゃいな、俺。
「それはそうと、もうすぐ暗くなってしまいますので、稟ちゃん拾って晩ご飯でも食べに行きますよ、一刀四号?」
「俺、本人なのにっ!?」
オリジナルのプライドが‥‥‥‥。
「今日はメンマか? 一刀四号」
「四号って言うな!」
「兄ちゃん兄ちゃん、今日は俺はがっつり行きてえ気分なんだが、どうよ?」
「‥‥‥宝慧じゃなくて自分が、だろ?」
「おおっ!」
そんな、他愛無い話をしながら街を歩いていた俺たちは、その先で一つの光景を目の当たりにする事になる。
人々の視線、鼻を刺す鉄の匂い。
そして‥‥‥血の池に沈む、一人の少女。
(あとがき)
何だか拠点フェイズみたいな話。戦争描写って、一騎討ちとかより難しそうだなーとか考えてる水虫です。
さて、今晩もう一話、行けるか?