華琳との話について、あれこれと詮索してくる皆の追及をのらりくらりと受け流し、今は馬上の俺。
「もうすぐ都やぁ〜、酒が飲める〜♪」
霞、陳留でも飲んだろうに。
「俺の事はいいけど、皆は楽しんだ?」
「うむ! 久方ぶりにメンマを肴に酒を飲んでな」
お前は大体わかってる。にしても、無邪気に笑ってる所を見ると、素直に可愛いと思う。……喜ぶ内容があれだが。
「……私は、本屋さんで、今まで買えなかった軍略の本……まとめて買えました」
勉強熱心だな、雛里は。嬉しそうにしてからに。けど、どうせなら洛陽で買った方がよかったんじゃないか、というのは言わないのが吉か。
「私は雛里の付き添いに。少々危なっかしかったものですから」
……エロ本目当てじゃない、と信じてるぞ? 稟。
「街の治安、市の流れ、人々の笑顔。為政者の善政が透けて見えるようでしたねー」
そして、さりげなく見るべき所をしっかり見ている風。
頭が下がるぜ。「曹操様に、風の主たる器を見たのですよー」とか言いださないか心配だったが。
そんな、一時の休息について話しながら……
「とうちゃーーく!」
霞が、洛陽の門で元気よく叫んだ。その声に、俺の胸元の恋が身をよじり、目を覚ます。
……洛陽か。黄巾党討伐の功績、これからの足掛かり、という大々的な目的があるにせよ、とりあえずは……
「……恋、おかしな気配とか感じたりしない?」
あの白装束のやつらの事が先決だ。時期的に、そろそろ暗躍してる可能性はある。
恋なら、奴らの気配とかわかりそうな気がする。
「………おかしな、気配?」
ああ、そうか。いきなりそんな漠然と言われてもわからんよな。
「ほら、あれ。何か全身白ずくめで、同じような事ばっか繰り返し言うようなやつの気配?」
何だそれ、自分で言ってて意味わからなくなってきた。
「白……」
言って、恋は無造作にビシッと指差す。……星を。
「いや、星じゃなくて。確かに全身白いけども」
「ん? 私がどうかしたのか?」
指を差され、会話に加わろうとする星に、
「変」
ビシッと告げて、
「変」
さらに、アメをくわえる風に、
「変」
霞、華雄、稟、次々に指差して……
「へ……」
雛里を見て、言葉を止め……そして頭を撫でた。
つーか、恋、いきなり何の暴露大会?
恋に変と認識された皆さまの、怒りの視線の矛先は、何故か俺だし。
「……一刀よ、また恋に妙なことを吹き込んだのか?」
「“また”って何!? 俺はただ白装束の奴らの事を訊いただけだっての!」
俺の言葉に、一同視線を星に集中……だから違うってば!
「白……? ああ、一刀またそないな事言っとるん?」
一度相談した霞が、その部分に反応してくる。確かに、俺以外から見りゃおかしな主張だってわかるけどさ。
「また?」
「ああ、一刀、会ったばっかりの時にも似たような事言うてん。何や、一刀は白い服が嫌いなんか? 自分も上半身、白いキラキラやん」
眼鏡を指でくいっと上げた稟に、霞が余計なことまで口走る。
「白くて何が悪い!?」
何故か星が過剰反応するし。お前、そんな拘りあったんかい。大体、俺の好みだったとしても関係ないだろうに。
「だーかーら! 別に白い服が嫌いとか恨みがあるとかじゃなくて! 全身白ずくめの悪党に心当たりがあるって言うか……」
「言うに事欠いて……この趙子龍が悪党と言うかっ!」
だからちげぇええ!!
いい加減そこから離れろ!
などとツッコミを入れる暇もなく、星は二人乗りの馬上から器用に俺だけを飛び蹴りで蹴落とす(恋は無事)。
「まさか、一年以上も共に旅を続けていて……そんな風に見られていようとは……」
「だから誤解だぁあ!」
わなわなと震える星。華蝶仮面の事といい、こいつにとってはそういうのが結構重要なのか?
「よもや、悪党などと……」
「違う! 違うってば、星の事じゃなくて!」
掴みかかって来ない当たりが、逆に不気味である。
つーか、何でこんなわけわからん理由で怒られにゃならんのだ。
そんな、俺(と星?)にとっては無意味に深刻で、他の皆(雛里と恋除く)からすればさぞ面白かろうやり取りは、唐突に終わりを告げる。
「……何やってんの? あんた達」
呆れかえった声に目を向ければ……
「あ………」
ジト目でこちらを睨む、緑の三つ編み眼鏡と、その少女に並ぶ、菫色の髪の少女を見つけた。
「いやー、月も賈駆っちも、出迎えご苦労さんやな〜♪」
「別に、出迎えに来たんじゃないわよ。市の視察に来たら、たまたまあなた達を見つけただけ。……で、あの人達は?」
前方を歩く霞、詠、月、華雄。官軍で、恋だけが俺の横にいる。
しかし……街や月たちの様子からして、少なくとも今はまだ白装束が暗躍してる気配はない。
待てよ……? 前の世界で俺が詠に嫌われてたのって、俺を狙った白装束のやつらの手で、月を暴君にされたから……だよな。
だったら、今回白装束の暗躍を阻止出来れば、結構フレンドリーに出来るのではなかろうか?(そもそも、今回も白装束が洛陽に出る確証もないし)
そんな事を考えていると……
「ああ、最近噂の『天の御遣い』や。ウチらの討伐で、力貸してもらってん」
「あの、噂……?」
メチャクチャ警戒心に溢れた視線で見られた。そりゃ胡散臭いのはわかるけどさ。
「ま、そう目くじら立てんといてや。あれでも恋のお気に入りやさかいな」
「……それは見ればわかるわよ」
剣呑な気配を察して、霞がフォローを入れてくれる。まあ、確かに恋は見ればわかるか。
……にしても、何となく、黙って付いて行く、みたいな感じに落ち着いてるな。
そんな中、霞が俺に気を遣ってか、先ほどの話題を出してくれた。
「賈駆っち、今洛陽に、白ずくめの怪しげな集団とか出たりしとる?」
「……白? 何の話か知らないけど、ボクや月の統治する街で、怪しげな集団なんて出させないわよ」
とりあえず一安心、か。……あれ? 何か今、違和感が。
「え、詠ちゃん……」
詠の発言に、困ったようにおずおずと声を掛ける月を見て、違和感をはっきり掴む。
それは霞も同様らしい。
「……今、“月が統治する”、って言うた?」
そうだ。月が洛陽の太守、だと言うなら、半年前に助けた大将軍様はどうした?
「……何進は死んだわ。今この洛陽は、月が治めているのよ」
………何ですと?
「し、死んだて何やねん。何で一人で尻尾巻いて逃げよった何進が死ぬんよ? 大体、何で月なん? 十常侍は!?」
何か、細かい事情はわからんが、結構不穏な予感が募る。月の顔がどんどん青ざめてるのが、特に。
「そうだ! あんな豚などどうでもいいが、納得いくように説明しろ!」
「……ここではちょっと。城で話すわ」
会話を端的に切り上げる詠。懸命な判断だな。あと華雄、さりげなくぶっちゃけるな。ここは洛陽だぞ?
シュタタタッ!!
「ん?」
何か、シリアスな空気を文字通り切り裂くような、軽快な足音が聞こえて……
「わうっ!」
「ぶっ!?」
俺の顔面に、柔らかな獣毛が貼りついた。両脇を抱えてひっぺがしてみれば、予想通りの、ラブリーな三角耳がそこにいた。
「……よう」
「ハッ、ハッ、ハッ!」
息切れしそうなほど興奮して、尻尾をフリフリ。
やるなセキト。立ってる俺の顔面の高さまで跳躍するとは、俺の知る限り、ベスト記録の更新だ。
伊達にあの『赤兎馬』の名前を取ってないな。
「セキトー、残念ながら飛び付く相手を間違ってるぜ?」
言いつつ、セキトを恋に渡す。ちなみに、恋からセキトの事は聞いてるし、この行動は全然おかしい所はないはずだ。
「……この子が、セキト」
俺が名前呼んだにも関わらず、紹介してくれる恋の腕の中で……セキトが未だに俺に飛び付こうともがいていた。
……何なんだ? 俺は世界を渡る時に、動物(恋も含む)に好かれるスキルでも修得したのか?
「か、可愛い……♪」
「ず、随分、一刀殿に懐いていますね」
「いつかの猫の時といい、恋ちゃんの時といい、お兄さんにはそういう才能があるのかも知れませんねー」
「……肉にでも見えているのではないか?」
皆、それぞれにリアクションを取る中、星がボソッと毒をはく。……まだ根に持ってるよ。あとでフォローしとかないと、俺に鍛練という名の処刑が下される。
そんな、セキトがもたらした和やかな空気を粉々に粉砕するように、
「ふんっぬーーーー!!」
ドゴゴゴゴッ! と、大地を揺るがす地鳴りと、形容し難い音が響き渡る。
「な、何やこれ!?」
「ボクに訊かないでよ!?」
「お、音ではない。これは……人の、声!?」
「こ、こんな人の声が、あるのですか!?」
皆、同じように混乱する中で、荒れ狂う砂煙が一直線にこっちに向かってくるのが見える。
「ごぉお〜〜〜……」
詠が月を連れて、脇に下がる。星が、霞が、華雄が、各々の武器を構える。
「しゅぅ〜〜〜……」
砂煙の原因、その姿が見えた。風、稟、雛里を後ろに下がらせる。
「じ〜〜〜……」
「何だ、貴様はぁ!?」
迫る“それ”に、華雄の戦斧が唸りを上げて……
「なあっ!?」
次の瞬間には、攻撃をしたはずの華雄が宙を舞う。まるで合気道だ。
「んん〜〜〜……」
「下がれ! 一刀っ!」
「ウチが相手や!」
間髪入れず、左右から繰り出された星の刺突と霞の斬撃が……
「「っ!?」」
上体を沈め、一気に加速した“それ”に躱され、ガキィッとぶつかる。
「さまぁ〜〜〜!!」
躱し、そのまま俺に向かってくる絶望という名の肉厚を前に、俺は全てを諦めかけた……瞬間。
『っ……!』
文字通り、時が止まったかのように、場の全てが静止した。
「近づくな」
「れ、恋……」
恋の、俺の前方の空間を薙いだ、方天画戟の一閃によって。
「し、しどい、しどいわ皆して。私はただ涙の再会を喜ぼうとしただけなのに〜〜〜!!」
「……泣くな、マジで。キモいから」
本来なら、泣きながら喜ぶ場面のはずの、『前の世界』の知己との再会。
それを何で恐怖と呆れの感情で迎えねばならないのか。泣きたいのはこっちだ。
こうして、俺は前の世界の記憶を持つ……おそらくは唯一の味方。筋肉の踊りこ・貂蝉との再会を果たした。
(あとがき)
前回の感想で、読者の皆様からたくさんのフォロー(?)を頂きまして、ありがとうございます。
今まで通りに、一場面一場面を薄くしないようにして進めて行こうと思います。