「白装束なんか知らない?」
「ああ、ちゅーか何やのそれ? 白い服着とるやつくらい、探せばおるやろうけど......」
ふむ......。
前の世界では、白装束のやつらが月を脅して暴君に仕立て上げたのだが。
時期が早くてまだってだけなのか。いや、そもそもこの世界に左慈とかいるのか?
居ても居なくても、いい加減前の世界と状況違いすぎてるし、前の世界の経験はアテにならんな。
星たちの話によれば、前の世界では故人だった蓮華の姉の孫策が生きてるらしいし。いや、時期がズレてるだけでむしろこれから危ないのか?
「......ま、白くはないけど、タチ悪いんはごろごろしとるけどな」
「?」
華琳みたくコスチュームチェンジか? などと一瞬馬鹿な事を考えたが、もちろんそんなわけもなく。
「黄巾党、何て大仰な名前で暴れとるけど......要は単なる匿賊やろ? そないなもんに大陸中を好き放題に荒らされとる。この意味、わかるか?」
その言いたい事は、何となくわかった。これでも元、君主だ。
「......単なる匿賊の暴動すら止められない。それが今の官の力、って事か」
いや、止められないって言うのも適切じゃないだろう。そもそも民が苦しい生活を強いられていなければ、こんな暴動起きやしない。
抑止力が無いどころか、見方によっては全ての元凶とも言える。
そんな、俺が言葉にしなかった部分まで明確に伝わったのか、霞は大げさに肩を竦める。
「情けない話やけどなぁ......。この乱の間も、弱いもんから絞った税金使うて、安全な所で胡坐かいとる豚みたぁな奴もおんねん。今の官にはな......」
そう、俺はこの世界に来る以前の事を知らないから実感が湧かないけど......別にこの乱はいきなり始まったわけじゃない。
長い間に渡る圧政への不満が、張角っていうきっかけを得て表面化しただけだ。
「......それをわかってないやつばかりじゃないさ。そんな時代は、もう終わる」
いや......
「終わらせる」
俺の言葉を聞いて、面白そうに呟いた霞が、
「へぇ......」
途端に、眼をぎらりと光らせて口の端を上げる。
「ウチには時代の流れみたいなもんは読めんけど。天の遣いの一刀が言うならそうなんかもね」
その眼が、咎めるように細められる。
「......けど、そういう言葉を軽く口にすんのはやめとき。下手な事言うと、アンタの首なんて簡単に飛ぶで?」
「誰にでも言うわけじゃないよ。それに、軽い気持ちで言ったわけでもない」
ほぼ予想通りの忠告が来たので、即答。俺だって爆弾発言する相手くらいは選ぶ。
「...............」
そこで黙るなよ。
何か今さらながらに恥ずかしくなってくるだろうが。
......主に、俺は時代の流れを読んでるんじゃなくて、知識として知ってるだけって部分に。
「......自分、たまに男前な事言うなぁ」
褒めるのもヤメテ! 居たたまれなくなる!
何か物凄い複雑な気分で身悶える俺。
......の、袖が、くいくいと引かれる感触。
「霞、ちょっと回ってみようか。華雄にも挨拶しとかないとだし、星や風とかにも相談......」
くいくい
「? 霞、袖なんか引かないで応えてく」
「ウチちゃうよ」
.........え?
その言葉に、虚を突かれて振り返れば......
「呂、布......?」
曇りのない赤い瞳が、微動だにせず俺を捉えていた。
「相変わらず、あなたは素直ではないわね」
「さて、何のことかな?」
一刀と別れ、行き会った稟と酒を飲み交わす。その第一声がそれだった。
「一人で飲んでいた一刀殿に、わざとらしく厭味な敬語で話し掛けた所から、全てわざとでしょう?」
......見ていたのか。
「全て、去り際にあの一言を言うための布石、といった所かしら。持って余った手段を使いますね」
腹を割って話すのも悪くない、か......。いや、やっぱり何か悔しい。
「なかなか面白いものの見方をするな、稟は。この趙子龍が、その一言とやらの為に隠れ蓑を用意した......と?」
「なら......冗談なの?」
......ここでそう返してくるか。からかうつもりかと思ったが、存外、稟も真剣という事か。
「あなたは、今まで戯れでああいう態度を取る事はあっても、"主"と呼んだ事は一度もなかった。......あなたにとって、適当に使える言葉ではないはずよね」
見透かされている。
稟は頭が良いし、空気も読める。おまけに付き合いも長い。
......当然か。
だが、それはお互い様だ。
「......そういうおぬしも素直じゃない。と見るが?」
単に性格の事を訊いているわけではない。今の、一刀への対応の話だ。
「..................」
沈黙、か。沈黙は肯定と同じだと相場は決まっているが......。などと思うも数秒、稟が口を開いた。
「頑迷ではない、と自分では思ってるわよ」
それが頑迷だ。と指摘するより早く、
「......怖いのかも知れないわね。対等で心地いい今の関係が変わってしまう事が。そして同じくらい、人の上に立った時、彼という人物が変質してしまう事が」
......思わず目を見開いてしまうほどに、素直だった。そういえば、直接相対していない第三者に対しては素直な娘だったか。
「あなたもそうなのでしょう? だから、あんなやり方でしか自分の気持ちを示せない」
「..................」
正直、そこまで考えていたわけではない。
稟ほどに、自分の心情を理解しようとしたわけではなかったのかも知れない。
一刀に槍を預ける。それを決意しただけで区切りをつけてしまっていた。
......言われてみれば、心当たりが無いわけでもない気も、しなくもない。
......滑稽な話だ。
「散々一刀の自覚の無さに腹を立ててきたというのに、何とも無様な事よ」
「全く、ね」
互いに、結局肝心な一言を確認し合わず、自嘲とも、目の前の相手を笑うとも取れないように、笑い合う。
......甘えるばかりでは、我が名も廃るな。
「「「..................」」」
何、この妙な状態。歩く俺の袖にくっついて離れない恋と、その後ろを歩いてついてくる霞。
視線が集まるのが居心地悪い。
「あのー......呂布さん?」
「恋でいい」
「「...............」」
霞とダブルで、唖然。
一体どうしたって言うんだ恋は? 前の世界と違って、捕える->仲間に誘う->真名を許す、みたいな、恋が興味を示すような行動はまだ取っていない。
バリバリの初対面のはずだし、恋は他人に対して積極的なタイプじゃないはずだぞ?
「(一刀! 自分ホンマに恋に何したん!? 恋が自分から真名許すん初めて見たで!?)」
「(んなもん俺が訊きたいくらいだっての!)」
小声で叫び合う俺と霞、の会話になどまるで興味なさそうに......
「ん......」
俺の腕に、恋がぴったりと頬を寄せる。
「れれれれ恋っ!?」
あ、思わず真名が......って許してくれたんだっけか。
「ほぇ〜〜.........」
感心だか放心だかわからんような顔で眺める霞。
「恋? いきなりどうしたんだ?」
「(.........フルフル)」
本人に直接訊いてみれば、首を横に振られた。一体何に対しての否定?
「......お前、変」
「何ですとっ!?」
少なくとも、この状況に限ってなら確実に恋の方がイレギュラーだろう。何故に俺が変人扱い?
「......変なの、見える。見た事ない。恋も、変」
相変わらず要領を得ない回答だ。そのまま全身を預けて、目を瞑る。
「.........変。お前といる。知らない恋、いっぱい見える」
「.........はぁ」
さっぱりわからん。まあ、嫌われてないなら良かったかな。ところで恋、俺の名前憶えてないだろ?
「あったかい......」
「......恋、俺の名前、北郷一刀ね。憶えた?」
話聞いてるのか聞いてないのかわからん恋の、抱きつかれた腕を揺らしてみる。
「恋?」
「......すぴー......すぴー......」
寝たぁーー!? 器用だなおい! 可愛い寝息を漏らしおって!
「......まあ、深く考えんとき。恋は半分動物みたいなもんやから、一刀動物に好かれやすいんよ、きっと」
「......投げやりだな、霞」
「元々、恋に理屈は関係ないからな。理由気にするだけ無駄やろ」
そして冷静だな。
そのまま霞は、腕にへばりついた恋を動かして、俺の背中に回す。背負えと?
「起こすんも可哀想やろ?」
「まあ、ね。っしょ!」
恋をおんぶして、星たちと相談するつもりだったけど、とりあえず......
「城に連れて行こうか」
「せやね。別に趙雲たちへの相談かて、焦る必要ないしな」
まあ、城って言っても大して大きなものじゃないが、今、霞や俺たちが詰めてる、この邑の城だ。
幸い、結構近い。
今日は俺もこのまま休んでしまおうかなぁ〜と考えていた。
のだが、
「あちゃ〜......」
しばらく歩いて、城に辿り着く前に、トラブル発生。霞が額に手を当てて天を仰いでいる。
「貴様! この私を愚弄するか!?」
「先に、雑軍だからと我らを軽んじる発言をしたのはそちらであろう!」
野次馬の中心に空いた空間で怒鳴り合う、愛紗と......あれが華雄だな。前の世界では遠目にしか見なかったけど、こうして目にすれば間違えはしない。
露出の高い紫の戦装束、肩までの銀髪、琥珀色の瞳。やっぱり美女である。
「あんのアホ、また何か問題起こしたんかい!」
「......関羽も、結構融通が利かない所あるしなぁ」
せっかくの戦勝の宴なのに、勿体ないなぁ。早めに何とかしよう。
そのために......
「桃香、何があったの?」
そこであわあわと狼狽えているお嬢さんに事情を訊くとしよう。
(あとがき)
ついつい場面が増えて、展開が遅れますね。
こんな調子じゃ、キャラ増えてったら大変だろうなぁとも思いつつ、今日も更新。