「無事でよかった」
「一刀さんもね♪」
黄巾党の補給拠点の焼き討ちに成功した俺たち北郷・劉備両義勇軍。
あの後俺たちは合流し、予め霞と打ち合わせていた近隣の邑へと移動していた。
目的は霞たちの無事の確認と......あと、結局敵拠点で焼き払うしかなかったから、食糧を分けてもらえないかなぁ〜というのがある。
にしても、相変わらず妙な空気は継続中。
星、風、稟は探るようにじと〜とした視線を飛ばしてくるし、雛里は俯いてずっと何か考えてる。
愛紗と朱里に至っては、単に警戒してるって感じでもないし、何考えてるのかさっぱりわからない。
変わらずに接しているのは桃香と鈴々くらいのものだ。こんな事考えてる俺自身、自然な態度取れてるのかはかなり怪しかったりするし。
「行こう、張遼たちの事が気になる」
皆の態度もおかしいから、余計に怖いんだよな。俺の行動や決定に、どんな反応するのか見当つかないし。
「ん? ちょっと待って......」
「?」
とりあえず、今はまだ作戦の途中という感覚で、早く霞たちと合流しようと思った矢先、桃香から制止が掛かる。
何事かと思えば......遠方に砂煙。
「誰、だ?」
拠点襲撃に成功して、こんな所で敵に遭遇なんて洒落にならない。が、それは杞憂に終わる。
「......『曹』?」
「.....................」
「貴公らの部隊の指揮官にお会いしたい」、それが曹操軍の使者からの言伝だった。
一応「歓迎します」って伝令さんに伝えたけど、どうせ返事なんて待たずに乗り込んでくるに違いない。華琳だもの。
「両軍の将が一同に集っていてくれて、助かったわ」
......ほら来た。落ち着け俺、今の状況ならいきなり斬首とかいうオチはないはずだ。
「誰だ貴様っ!?」
愛紗が突然現れた華琳に怒鳴る。まあ、正常な反応ではある。そういや、また愛紗が口説かれるんだろうか?
「控えろ下郎! この御方こそ、我らの盟主、曹孟徳様だ!」
どこの世界でも同じだな。君主思いの愛紗と春蘭の激突は。
赤い衣の夏候惇、青い衣の夏候淵、両者、その上から左右対称の造りの紫の鎧をつけ、そして二人の真ん中に......あれ?
「......イメチェン?」
「はぁ?」
っと! つい馬鹿な疑問が口を突いて出た。そう、華琳の服装が変わっている。カラーリングが、前は薄青の服にピンクの鎧だったのが、紺色に赤紫(?)になって......後、形状も変わってるな。
「いめちぇん、とは何?」
「いや、気にしないで」
何にしろ、愛紗と春蘭が作った険悪な雰囲気に水を差せたようで良かった。
「......まあいいわ、改めて名乗りましょう。我が名は曹操。官軍に請われ、黄巾党を征伐するために、軍を率いて転戦している人間よ」
淡々とそう名乗る華琳。しかし......てっきり名乗るより先に"あれ"が来ると思っていたのだが......。いや別に言われたいわけじゃないよ?
「俺は北郷一刀、そしてこっちが......」
「りゅ、劉備と言います!」
いきなり話を振られたからか、脊髄反射みたく言葉を被せる桃香。緊張してる?
「まあ、見ての通りの義勇軍さ」
にしても、やっぱり華琳らしからぬ態度な気がする。前の世界では挨拶もなしに愛紗を口説きに掛かってたというのに。
「..................」
そんな華琳は、値踏みするように俺を見て、次に桃香を見て、また俺を見た。
「北郷一刀......聞いたことのある名前ね」
やっぱりおかしい。桃香を見つめて、口説かないとは。っていうか、俺の名前ってそんなに広まってるのか?
「そりゃそうですよー。一刀さんは最近噂の『天の御遣い』なんだもん♪」
途端に、「待ってました」とばかりに元気になる桃香。嬉しいんだけど、何か話が拗れそうだな。
「ああ......。あのつまらない与太話が本当のことだと、そう言い張りたいのかしら?」
「いや、証明する方法もないし。本物だーなんて言い張る気はさらさら無いよ」
ふと、やけに口数の少ない皆が気になったが、振り返りはしない。何か、視線が背中に突き刺さってる気がする。
「貴様! 曹操様に何という口の聞き方を!」
それ以前に、何か華琳の前に立つと「しっかりしなきゃ」って気になるんだよな。格の違う相手を前に背伸びする感覚というか、尻を叩かれてる感覚というか。
「やめなさい春蘭。この男の言うことも尤よ。本物と証明する術が無い以上、それを信じるか信じないかはそれぞれが考えること......」
......いや、別人だってわかってるんだけどさ。
「本物かどうかは置くとして、あなたがこの部隊を率いていたという訳ね」
「俺だけの力じゃない。皆の力があってこそ、部隊を率いることが出来たってだけさ」
『部下は道具』。前の世界で華琳はそう言っていたけど、俺は絶対にそれを認める気はない。
「へぇ......」
感心したように呟いた華琳は、俺の顔をジロジロと見つめる。
やっぱりおかしい。今まで会った『前の世界の知り合い』の中で一番違和感がある。
「......取り立てて、特筆すべきところの無い顔ね」
「なっ、何ぃい......!?」
今ので確信した。もう、この華琳は本当に別人だと思った方がいい。
あまりの衝撃に俺は驚愕に慄き、思わずグッとガッツポーズを取っていた。
「......えっと、私が今、何か喜ぶような事言ったかしら?」
「いや、ブ男って言われなかったから」
即答する俺に華琳、春蘭、秋蘭は珍獣を見るかの如き視線を向け、後ろで盛大に転ぶ音が幾つか聞こえたが気にしない。
この感動は俺だけが噛み締めていればいい。
しかし、リアクションに困って固まっている華琳といつまでもにらめっこしてても何なので、話題を変える事にする。
「ここにいるって事は、曹操の狙いも補給拠点だった、って事なんだろ?」
華琳なら、あそこに目をつけていても何の不思議もない。おそらく、華琳の一番訊きたかった事もそれだったのだろう。呆れ顔から一転して目の色が変わった。
「やはり、あの拠点を落としたのはあなた達だったみたいね。一足出遅れた、と言った所かしら?」
まるで鷹だ。心の底まで見透かされそうな瞳。
「確かに曹操たちが来てくれてたら、もっとスムーズに進んだかもな」
「......すむーず? さっきから、それは天界の言葉?」
しまった、またやった。けど結果的に華琳の眼光が鈍ったから良しとするか。丁度いいから、「それはそうと」と誤魔化して、
「それに、俺たちだけじゃない。張遼たち官軍の力が無かったら、絶対に成功出来なかったしね」
強引に話題を戻してみる。
「......そう。随分少数部隊だと思ったけど、官軍と手を組んでいたのね」
あからさまに、目の色変わったな。今度はネガティブな意味で。
今の官軍にいい印象を持ってないのは、華琳も同じか。でも、霞や恋がそういう目で見られるのは......いい気がしないな。
「官軍も一枚岩じゃないって事さ。特に今は......ね」
遠回しな言い方だと思うけど、華琳ならこれで通じるはず。
「一枚岩じゃない、か。面白い事を言うわね」
言葉通り、面白そうに口の端を上げる。流石、期待通り。
「今は官軍も義勇軍も関係ない。この黄巾の乱を鎮める事が最優先、だろ?」
「"今は"......ね」
他意の無い俺の一言に鋭く反応してくる。
「...............」
そのままジッと俺を見てから、考え込むようにあごを撫でて、桃香に目線を移した。
「劉備、あなたがこの戦乱の世に乗り出した目的は?」
唐突、でもないか。そもそもこの両義勇軍に興味があったからわざわざ訪ねてきたんだろうし。
「......私は、この大陸を、誰しもが笑顔で過ごせる平和な国にしたい」
桃香も、真剣そのもので返す。
「......そう。わかったわ」
ゆっくりと頷く華琳。その表情からは、桃香の理想に何を思ったのかまでは読み取れない。
「では北郷、あなたは?」
予想通り、俺にも訊かれた。まだ桃香にしか言っていない、俺の立脚点。まさかこんな所で皆に話す事になるとは思わなかったけど......これほど言うのに相応しい場面もない。
「......自己満足だよ。絶対に忘れたくない、大切な想いを持ち続けていたい。そういう自分で在りたいっていう、ね」
ある意味、この状況で助かった。背を向けている皆の表情が、見えなくて済む。
「......小さい、理由ね」
「それを決めるのは、君じゃなくて俺だ」
自分でもそう思っている部分はあるけど、この華琳の言葉を認めたら、前の世界の皆の全てを否定するみたいに感じて、反射的にそう返していた。
「..................」
また、沈黙。今までの会話の中で、一つの確信がある。
どうやらこの華琳は、『この世の美少女全てを我が手に!』とか考えてるわけじゃないらしい。
「......信念を曲げない人間は、嫌いじゃないわよ」
また満足そうに笑って、用は済んだとばかりに背を向ける。俺も、こんな話をした後に皆と対する覚悟を決め、背中を向けようとして......
「ねえ......」
再び、華琳から掛けられた声に、意識を向けさせられる。
「あなた、私とどこかで会った事がある、の......?」
「!!」
その言葉に、心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど驚いて......またすぐにクールダウンした。
振り返ってなくて良かった。今のは絶対顔に出てた。
「会った事がある、"の"?」という事は、この華琳が俺の知る華琳、というわけじゃなく、俺の態度を不自然に感じた、という事だろう。
確かに、前の世界の華琳の性格はよく知ってるから、ちょっとおかしい対応だったのかも知れないが、勘が良いにもほどがある。
しかし、前の世界の事とか答えるわけにもいかないし......かといって、否定するのも何だか寂しかった俺は......
「......どっちだと思う?」
言い逃げするように、そのまま背中を向けた。
(あとがき)
漢字の変換に関して、様々な助言や助力、ありがとうございます。
しかし、どうも携帯からだと表示すらされないようなのでどうしようもない場面ではカタカナを使おうと思います。