『やっぱ可愛い女の子の辛そうな顔は見たくないっての、侮辱とか関係なしに思うんでね』
『我が主よ。天の御遣いよ。我らと共にこの戦乱の世を鎮めましょう』
『武器を持って直接戦うことは出来ないけど......せめてみんなと一緒に前線にいさせてくれ』
『その言葉こそが英雄の証。その行動にこそ人は付いてくる。ですがその言葉をさらりと言える人間はそうは居ないのです』
「はっ......!?」
弾かれるように体を起こし、飛び起きる。
「夢、か......」
......北郷、一刀。
「何て夢だ」
何が......我が主だ。
あのような夢を見るとは......。
昨夜の事もそうだ。北郷殿が何をしようと、自分たちや民草に害を為さぬ限り、自分が口を出す理由などない。
それが、口を出すどころか......
「何という事を......」
何が「問答無用」だ。官軍の将の前で、自分の陣営ではない者......それも総大将に体罰を加えるなど。
......いや、そもそも罰せられるような事自体、北郷殿はしていないし、自分にそんな権限などない。
全部、普段なら常識として理解しているはずの事なのに、つい体が勝手に......。
「何が"つい"だ......」
言い訳にすらなっていない。理不尽な話だと自分でも思う。
だが、北郷殿は何も言わなかった。特に気にしている様子もなかった。
『構わんよ。おぬしがやらなければ、私の分が二倍になっていただけだ』
と、趙雲殿は軽く言っていたが、本来なら、互いの義勇軍の決定的な亀裂となっていても何の不思議もない。
大体、何なのだろう? あの妙な関係は。義勇軍......目的が同じだけで、正式な主君ではない?
全く。だとしても、総大将たる者もっと威厳ある態度と行動を取るべき......また何を考えているんだ。
「本当に、どうかしている」
口に出してみても、心に靄が掛かったような嫌な気分は、拭えなかった。
「それで、やっぱりお兄ちゃんは天界から来たのかー?」
「俺としては、天界って呼び方には違和感バリバリなんだけどね」
「何か、想像してたお花畑とかじゃないみたいなの」
「..................」
鈴々や桃香様が、無邪気に心を開いている様子なのが、実に不安だ。
......いつの間にか真名を呼ぶ事をお許しになられているし。
しかし、不安な要因ばかりではない。今、隣で共に食事を取っている我が軍の軍師殿などは、現状最も頼りになる存在だろう。
「朱里、あの男、桃香様に近付けるのは危険ではないだろうか?」
これまでの態度を見る限り、朱里も私と同様の不安を抱いているはず。隠さず、ぼやかさず、はっきりと訊く。
「ひゃわっ!?」
......また考え事か。ある意味頼もしい。
「え〜〜と、ですね......」
私のは、武人としての勘のようなものだろうが、朱里ならばこの不安の理由も、あるいはその対策も考えているかも知れない。
「ごめんなさい、私からは何も言えません」
ズルッと、期待があまりに容易く無になり、やや滑った。
「愛紗さんの仰りたい事は、わかっているつもりです。でも、私は軍師です。......"根拠の無い事"を、無責任に申し上げるわけにはいきません」
「..................」
言われてみれば、そうだ。いくら緊張していたからと言っても、もし昨日の北郷殿の言動に不審や目論見があったなら、あの場で朱里が口を挟んでいたはず。
それをしなかったという事は、少なくとも朱里は明確に進言出来るほどの解を持っていないという事。
そして、私は朱里の智謀を信じている。
「お力になれなくてすいません。でも、お気持ちはわかるつもりです」
言って、朱里は何だかぼんやりとした視線を北郷殿に向ける。
気持ちは同じ、か。
「私の知略より、愛紗さんの武人としての勘の方が頼りになる時もあります。警戒するに越した事はないかと」
「......そうだな」
朱里が、理屈なしに感じていたのなら、これは武人としての勘ですらないだろう。それを敢えて口にしたのは......単に理由が欲しかったのかも知れない。
「.....................」
言い表せない不安。それを感じながら、彼を見る眼に何故か敵意を込められない。
それがまた、どうしようもなく不気味だった。
「じゃあ、趙雲さんたちは正式な臣下じゃないんだ?」
「左様。まあ、強いて言えば"成り行き"と言った所ですかな」
「賊徒を掃討するため、一刀殿の求心力を、私たちの武や智を、互いに"利用しあっている"という利害関係です」
会話の流れ的に、結構凹む俺。特に稟さん、その言い方はクール過ぎるんじゃないでしょうか?
「ま、稟ちゃんもあれで天邪鬼さんですからねー」
風さん、いや風さま。心優しいフォローが胸に痛いです。
「もったいないなぁ......」
桃香さま、本音っぽく頬を膨らませてくれてありがとうございます。
こっちは昨夜の会話での真剣な話もあって、素直に受け止められた。
「ほぅ、随分とこやつを買って頂けているようですが。我らと出会った当初のこやつは天の遣いどころか.........」
「天賦の才を持つ荷物持ちさんでしたね〜」
風があっさり裏切った!
おのれ。街に着く度に汗水垂らして働いていた俺の苦労を踏み躙りおって。
......いや、半ば無理矢理同行させてもらってたんだけどね。それはわかってるから言い返せないんだけどね!
「あー......、何かわかる気がするかも♪」
わかられてしまった。
この切ない話題から目を背けるように、今まで黙々と飯をかっ込んでいた鈴々に目を向ける。またおかわりか。
「張飛、そっちも食糧に余裕なんてないんだろ?」
「にゃっ、すっかり忘れてたのだ」
これは、確信犯だな。誤魔化し笑いに、イタズラが見つかったようなバツの悪さが滲み出ている。
「.....................」
話題から逃げようとして、鈴々の見慣れた"気がする"光景に、結局思いっきり意識を核心に巡らせてしまった。
愛紗、鈴々、朱里、それに星。俺の、前の世界の仲間。
桃香、つまりは劉備に惹かれるだろう、惹かれて当然の英雄たち。
前の世界の皆の志を持ち続ける。それはもはや俺の立脚点で、揺るがすつもりもない。
でも、別に前の世界と同じ立場になる必要はないんだよな。
桃香は、『お互い自信を持とう』と言ってくれたけど、俺の場合は半分以上騙してるようなもんだし。そもそも君主の器じゃない。
前の世界の皆の理想を叶えるため、って意味でも、やっぱり.........義勇軍の皆に全部白状して、その後、桃香の下で頑張るっていうのが、一番現実的な気がする(まあ、全部白状した後の俺が生きてたらだけど)。
情けないとも思うが、このまま、いつか星も風も稟も雛里も離れてしまった後、俺だけじゃこの先の群雄割拠の時代で何も出来ない。
いつか誰かに仕える事にするなら、桃香の下が一番......"俺たち"の理想に近い気がする。
......本気で考えよう。こうやって、桃香と行動を共にしている間に、決めないと。
「風、連中の砦の位置はわかってるんだよな?」
わりと固まりつつある悩みから、頭を切り替える。昨日捕らえた賊将の尋問を、風が朝早くにしたらしいのだが......星や愛紗なら脅かしてる姿が容易に想像がつくが、風の尋問、結構気になる。
「別に脅かしたり痛めつけなくとも、要は欲しい情報を口にさせればいいので、やり方は色々とあるのですよ〜」
俺が気にしている事を察して教えてくれるお茶目さん。誘導尋問とか、そっち系......って事だろうか、さすが軍師。
「それはそうと、その言葉をそのまま鵜呑みにするわけにもいきませんので、今確認に行ってもらってますよー」
風はぽけぽけ〜としてるように見えて、大事な場面ではかなりのしっかり者だ。
「北郷殿」
「っぶ!?」
俺が風の仕事っぷりに感心していると、後ろからドスの利いた声が掛けられる。驚いてむせた。
振り返れば、微妙に険を感じさせる瞳の愛紗。
「昨晩の非礼、誠に申し訳ない。今さらではあるが、謝罪させて頂きます」
非礼......昨日しばかれた事だろうか? それにしても、謝るにしてはちょっと怖い雰囲気だ。
「桃香さま、少しお話ししたい事がありますので、来ていただけますか?」
「え? えぇっ!?」
「あ、愛紗ぁ!?」
そのまま俺の返事も待たずに、桃香と鈴々をぐいぐい引っ張って連れて行く。
.........おかしい。まるで、俺への謝罪は建前で、桃香と鈴々を連れ戻しに来たような仕草。
俺の知る限り、愛紗は自分が悪いと思ってる時にあんな態度を取る娘じゃないはずだ。
......いや、でも結構排他的というか、身内以外には警戒心強めだったような気も。
まあ、理由はともかく.........
「嫌われたかな、こりゃ」
「見てわかりませんか?」
「劉備殿に色目を使うからではないか?」
「御愁傷様ですねー」
呟いた途端、間髪入れずにトリプルパンチ。今のは、ちょっと本気で傷ついたかも。
「まあ、冗談はいいとして。......気持ちはわからんでもないかも知れんな」
「え?」
星が、一瞬だけ真剣な表情になって付け足した一言が、小さくてイマイチよく聞き取れなかった。
「気にするな。お前がどうこうするような話ではないからな」
「? でも、俺が関羽を怒らせたって話なんじゃ......」
重ねて訊いた俺を無視して、星はくるっと背中を向けた。稟はそそくさと立ち去り、風は変わらない佇まい。
......でも、風に訊いても煙に巻かれる気しかしない。
仕方ないから、癒し成分を求めて......
「あれ?」
見つからなかった。そういえば、朝飯の時からいなかったのか。
雛里の姿が、見当たらなかった。
「..................」
天幕の中、自分一人しかいないのに、帽子を深く被って表情を隠す少女が、静かに佇んでいる。
「朱里ちゃん」
トン、と指を台の上に突く。
「その朱里ちゃんが忠誠を捧げた......劉玄徳」
また、最初に突いた点の傍を突いた。
「そして、一刀さん」
また、今度はその二点から離れた位置を突いた。
「私は.........」
そして、また一点を突くべく差し上げた指は......
下ろされず、行き場もなく宙に止まる。
「..................」
指差す形を解いて、広げた掌を見つめる少女。
その心の内を知る者はいない。
(あとがき)
ひとまずはサブタイトルの形式はそのままで続ける事にします。
ご意見ありがとうございます。そして、いつも本作を読んだり、感想を下さる方々、いつもありがとうございます。