ジオン公国首都ズムシティ。ドズル・ザビの私邸
私は今、ドズル・ザビ夫婦といっしょに、手作りケーキを食べている。
公式には私の住居はジジイと同じ屋敷であり、基本的に食事はジジイといっしょに食べることになっている。だが、これがなかなかきつい。けっして祖父であるデギン・ザビが嫌いというわけではないのだが、あの貴族趣味の屋敷と、無駄に豪華な食事にはどうしても慣れることができないのだ。
ついでに、ズムシティで通うことになった上流階級の子女があつまるというお嬢様学校も、かなりきつい。ノブレス・オブリージュとか武士道とは微妙に違う、庶民を見下した選民思想が鼻につく。そもそも、たかだが数十年しか歴史の無い宇宙植民地なのに、なぜ上流階級なんてものが存在するんだ? すくなくとも連邦や月面都市には、たしかに労働者階級と資本家に別れてはいたものの、こんな気色悪い貴族主義は存在しなかった。あー、十年ぶりにモビルスーツに乗ってストレスを解消したい気分!
その点、ドズル叔父の家は質素だ。そりゃ庶民の家から見れば充分に豪華なのだが、いかにも軍人の家らしく実用第一の機能的な内装は、私の好みにもあう。
「よくきたヤザンナ。親父といっしょだと息が詰まるだろ。ゆっくりしていけ」
ドズルは、敬愛していた兄のサスロがテロによって爆殺された際、同じ車に同乗していたのに守れなかったことから、サスロの死に責任を感じているらしい。また、自らも妾の子であることから、サスロと正式に結婚していない母の子である私に対して、いろいろと便宜を図ってくれており、私もついそんな叔父に甘えてしまう。
「ヤザンナちゃん、まだまだあるから、いっぱい食べてね」
なによりも、この人がいい。ゼナ・ザビ。ゴリラことドズル・ザビの奥様。私の叔母に当たる彼女は、士官学校の学生時代に、当時校長だったドズル叔父に見初められたという、バリバリの庶民出身である。
この人も、ザビ家に嫁いだ当初から、ザビ家というかジオン公国の上流階級全体にはびこる妙な貴族趣味についていけなかったらしい。さらに立場が嫁であるから、気楽な孫娘の私よりも、よほどつらい思いをしたのだろう。そんな彼女は、私を一目見て庶民仲間だと見破ったらしく、おそらく本人の息抜きもかねて、なにかにつけ私邸に招待してくれる。
「この手作りケーキ、とっても美味しいです、叔母様」
「本当? 自分でお料理をするなんて久しぶりなの。美味くできるかどうか不安だったのよ」
「俺もゼナの手料理を食うのは久しぶりだ。実に美味い。出来れば毎日つくってほしいくらいだ!」
でっかい皿に盛られた小さなケーキやクッキーを、でっかい口の中に豪快に放り込みながら、ドズル・ザビが笑う。もともとゴリラ顔だったのが、笑うとフランケンシュタインに進化している。でも、この人のこの表情は嫌いじゃない。
「どうしてそうしないのですか? いつも叔母様に作ってもらえばいいのに」
私の何気ない一言に、とたんに叔父の顔はゴリラに戻ってしまった。それも陰気なゴリラ。この顔はすきじゃない。
「ジオン公国の君主たる高貴なザビ家の人間は、庶民と同じ生活ではいかんのだそうだ。今日はヤザンナをホームパーティに招待ということにしてあるから特別だ。だが、普段は召使いにやらせないと、俺が怒られる」
今や宇宙において飛ぶ鳥を落とす勢いを誇るザビ家の三男は、いたずらを見つかってお目玉をくらっている子どものように、頭をすくめた。ドズルは妾の子である。それゆえ、デギンには政治的な面であまり重用されておらず、ギレンやキシリアにも頭があがらないらしいらしい。
「この貴族趣味は、ジジイ……じゃなくておじいさまの趣味なんですか?」
「いや、親父やギレン兄貴にとっては単なる方便だ。もしザビ家が貴族っぽく振る舞うことで国民が支持するのであれば、それでいいと考えているらしい。まぁその程度の認識だ」
ドズルはそれ以上いわずに口を濁す。要するに、ジオン公国の上流階級にはびこる趣味の悪い貴族趣味を積極的に推し進めているのは、キシリアだと言うことなのだろう。彼女の目指す国家体制は、いったいどんなものなのだろうか。
私はドズルの本音が聞きたくなった。
「……叔父様は、それでいいのですか?」
「もちろんよくはない!」
ドズルが声を荒げる。
「最近は金持ちだけでなく、軍上層部までこの悪趣味がひろまっている。まるで、貴族っぽい生活こそが支配者のシンボルとでもいうようにな。中には旧世紀の欧州の名門貴族の名を金で買う者までいる! 我らは宇宙というフロンティアに進出したニュータイプであるはずなのに、なぜ旧世紀の悪弊を踏襲せねばならんのだ!」
演説はとまらない。さらに危ない方向に一歩踏み出す。
「もともと公王制は独立を勝ち取るまで国民を団結させるための方便だったはずだ。こんな古くさい体制が永続するはずがない。ジオンはいずれ共和制にもどるのが必然だというのに、なにが貴族だ。キシリアはいったい何を考えているのか!」
「あなた、お食事中に大きな声をださないでください」
ゼナが夫を諫める。さっきまでのニコニコした表情ではない。精一杯険しい表情で、夫を睨みつける。
「……難しいお話は、こんな場所ではなくて、もっと静かな場所でしましょう」
ゼナは、部屋の中をゆっくり見渡した後、ドズルではなくヤザンナに視線をあわせて、諭すように言った。手作り料理を振る舞う家族だけの食事会といっても、おつきのメイドさんは聞き耳をたてながら待機しているし、部屋が盗聴されている可能性もある……ということ?
……へぇ。面白いじゃない、ザビ家。ぞくぞくするわ。
「ヤザンナちゃんも、わかったわね」
「わかりました。ごめんなさい叔母様。わたしおかわりをいただきたいわ」
今後、ザビ家の内情やジオンの政治体制についてはなす場合は、場所を選ぶことにします。精一杯の笑顔とともに、無言のメッセージをゼナに送る。おそらく伝わっただろう。とりあえずドズル夫妻を敵に回すつもりはないわ。
「すまん。すまんな、ヤザンナ、そしてゼナ。俺にもおかわりをくれるか」
「ええ、ええ、もちろんですとも。たくさんたべてね」
こうして、モビルスーツには乗れなくてもちょっとは楽しい日常になりそうな予感をはらみながら、ザビ家の平和な日常は過ぎていくのだ。