冥界、白玉楼の縁側で、茶を啜っていた八雲 紫は僅かばかり、驚愕に目を見開いた。
というのも、普段はどこか“ぽややん”とした雰囲気を纏っているはずの友人である西行寺 幽々子が、まるで鷹のように鋭い瞳で此方を射抜いているからだ。
一体どういうことなのか、と友人の従者、妖夢に視線を向けると、彼女は気まずそうに顔を逸らす。
意味がわからないと困惑する。普段は、他者を意味深な言葉で困惑させる側の紫が、このような表情を浮かべるのは珍しい。変態店主という例外は存在するが。
「急に呼んでごめんなさいね。 でも、紫に大事な話があるの」
茶を啜りながらも、幽々子の鋭い視線を紫を放さない。何か、彼女を怒らせるような真似をしただろうか、と不安になる。そう思いながら、問いかえす。
「大事な話?」
「ええ。 とても大事な話よ」
春雪異変の彼女といわないまでも、それに近い
「ねぇ、紫。 私達って友達よね?」
「え、ええ。 それがどうかしたのかしら?」
「紫は私が困っていたら、助けてくれる?」
紫は首を縦に振り、
「幽々子。 まどろっこしい話はいいから、本題に移りましょう。 貴女は、私に一体何をしてほしいの?」
湯飲みを御盆に置き、居住まいを正した幽々子は、
「貴女の靴下がほしいのよ」
笑顔と共に放たれた言葉を吟味するように、紫は一つ頷く。言葉を理解しようとするも、思考回路が焼ききりそうになる。妖怪の賢者と呼ばれる八雲 紫でもわからないことは幾らでもあるが、今日のそれは特にそうであった。
…………靴下が欲しいというのは、何かの暗号なのかしら? それとも、まさか……まさかねぇ。幽々子にそんな趣味はない筈。それに……あの変態に洗脳されたわけでもなさそうだし。 単に靴下が欲しいのかしら? でも、それなら私の靴下と指定する必要なんて…………。
紫は色々と思考した結果、何もわからないことが判明した。天衣無縫の亡霊姫と言われているだけのことはある。千年の歳月という経験は伊達ではないらしい。
「……どうして、私の靴下が欲しいのかしら?」
「上手く言葉に出来ないけどね、紫。 私は、どうしても貴女が履いている靴下が欲しいのよ」
「…………妖夢」
「おっと、お茶菓子が切れてますね、御代わりを持ってきますので」
紫の視界の先、妖夢は逃げるように早足で駆けて行った。去り際に、申し訳なさそうな横顔が覗いていた。どうやら、妖夢は幽々子がおかしくなった理由を知っているようだ。
幽々子の「靴下ちょうだい」発言を考える時間が欲しかったこともあり、紫は妖夢の後を追って色々と話を聞こうと、腰を上げた時……
「待ってちょうだい」
紫の手を掴む者がいた。幽々子だ。
「紫。 落ち着いて聞いて。 私は別に疾しい理由で、貴女の靴下が欲しい、だなんて言ってるわけじゃないの」
他人の靴下を欲しがるのに、正当性があり、疾しくない理由があるのか凄く疑問に思う。脳内で、性格破綻者の変態魔法使いの笑顔が掠めた。
「…………幽々子。 その、悪いんだけど」
「そう……そうよね。 幾ら紫といえども、あなたの靴下をちょうだい、なんて馬鹿なお願いに応じてくれるわけないものね」
そう言って幽々子は俯いた。表情は前髪に隠れて窺えないが、雰囲気から悲哀の感情を浮かべているのがわかる。その様子を見ている紫は、場違いで間違った罪悪感を抱いた。
おかしな罪悪感を抱きつつも、あのね、と声をかけようとしたところ、
「すき焼き!!」
「な、なに!? ちょ、ちょっと幽々子!! どういうつもり?」
幽々子は、俊敏な動きで紫の背後をとり、羽交い絞めにする。普段のおっとりとした彼女からは考えられない動きだ。
拘束を解こうにも尋常ならざる霊気が込められたそれは、容易に解けるものではない。
その時だ。当惑する紫の前に、人影が立っていることに気がついた。
「妖夢ッ! 今のうちよ」
影の主は、妖夢。何時の間にか戻ってきた妖夢は、心底申し訳ない、という表情を浮かべ
「紫様。 本当に申し訳ございません……」
「妖夢……?」
紫の脚から靴下を脱がせるべく、手をかけた。困惑から、驚愕の顔に変わる。信じられない、といった面持ちだ。やがて、抵抗する紫から靴下を略奪した妖夢は、幽々子に視線を向けた。
「駆けなさい。 誰よりも、何よりも、時さえ追い越してしまうくらい速く」
御意、と了解の言葉を残し、妖夢は脱兎の如く白玉楼を後にした。“脱ぎたてホヤホヤの八雲 紫の靴下”というS級アイテムを手に。
「待ちなさい」
それを黙って見送るほど、紫は温厚な妖怪ではない。駆ける妖夢を撃墜すべく、咄嗟に弾幕を放つ。半人前の未熟者には回避できないそれが、衝突しようとした瞬間、妖夢を庇うように展開された弾幕があった。
綺麗な蝶のような優雅な弾幕だ。蝶の主は優雅な笑みを言葉に乗せ、
「我が覇道を阻もうというのなら、親友であろうとも容赦はしないわ」
・――――死符『ギャストリドリーム』
額に青筋を浮かべながら、紫も親友に笑みを向けた。随分と好き勝手やってくれたけど覚悟はできているんでしょうね、と。
「よくわからないけど、少し“オハナシ”する必要があるようね。 覚悟はよろしくて?」
・――――幻巣『飛光虫ネスト』
互いに掲げたスペルカードから光が溢れ、次の瞬間には、暴風雨のような弾幕が炸裂し、衝突した。
冥界で妖怪大戦争が勃発している頃、名前の無い喫茶店ではいつも通りの日常風景が流れていた。
一人の魔法使いが、最近、噂になっている喫茶店を見上げていた。その魔法使いの外見は、いかにも魔女という言葉がぴったりと当てはまる。
白黒の装束にとんがり帽子、空飛ぶ箒。これで、使い魔の黒猫さえいれば完璧なステレオタイプな魔女装束だろう。
「“あの”アリスが言うだけあるぜ」
感嘆の息を漏らすのは、人間の魔法使い【普通の魔法を使う程度の能力】を持つ霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)。その日は、友人のアリス・マーガトロイドが以前、口にして褒めていた店に興味を持って、訪れたのだ。
人里近くの平原に、何時の間にか建っていた店を包む“結界”を視て、魔理沙は思い出した。
「ここの店主も魔法使いだっけ? 随分とまぁ、面白いもん張ってること」
敵意や恐怖を和らげる効果を持つものだ。
…………アリスの話だと、喫茶店の主は、創造に特化した魔法しか使えないらしいが、どうやらそれは謙虚さから出た嘘っぽいな。
そんなことを考えながら、いざ扉に手をかけようとしたところ、
「おや、そこにいるのは魔理沙さんじゃないですか」
「なんだパパラッチ天狗か」
「なんだとは何よ。 それよりも奇遇ですね、今日はどうされたんですか?」
魔理沙に声をかけたのは、鴉天狗の射命丸 文(しゃめいまる あや)だ。背の黒い羽が特徴的な可憐な少女だ。実際は、千年近く生きている老獪な存在だが。
【文々。新聞】という新聞を出版している、ブン屋の彼女はおそらく、噂になっているこの店に取材にでもやってきたのだろう。
最近のこの店の噂は、人里だけでなく、妖怪の山にも及んでいることを思い出した魔理沙は納得した。噂好きの射命丸なら、飛びつかない筈がない。【風を操る程度の能力】を持つだけって、風の噂を掴む事も得意なのだろう。
「噂の喫茶店の味を確かめにきただけ。 そういうお前は、取材か?」
「ええ。 此処以外にも面白いことがあったので、少し遅くなりましたけど」
「相変わらずゴシップ好きなやつ。 私も他人のことは言えないけど」
「まぁまぁ、何時までも立ったままというのもアレですので、入りましょうか。 別に妖怪禁制というわけでもなさそうですし」
「私は人間だから関係ないけどな」
そう言いつつ、二人は扉を開けた。すると、店内には見慣れた人物がいた。
吸血鬼の館、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜だ。なにかと幻想郷を飛び回る二人にとっては見慣れた顔だ。
珍しいところで合うもんだ、と声をかけようとしたところで、
「おや、見ない顔ですねぇ。 あちらの男の方はどなたでしょう?」
見慣れない誰かと話している様子が窺えた。確かに、射命丸の言う通り記憶にない男だ。里人ではないようだが外来人だろうか。
「格好から店主じゃないか? それにしても随分と真面目な顔してるな。 一体、咲夜と何はなしてんだか」
「これは…………アレじゃないですか」
「アレって何だよ」
興味本位でそう訊ねると、射命丸はニヤリと口角を持ち上げた。この表情は、何かスクープになりそうな事件を見つけた時の顔だ。
どうせ碌でもないことだなぁ、と思いつつも耳を傾ける。
「ずばり、愛の告白です。 なんだか、仄かなラヴ臭がしませんか!?」
魔理沙は思った。あの咲夜に限ってそれはないぜ、と。紅魔館のメイド長がお嬢様、第一主義なのは有名だ。そんな彼女が異性に対して愛だの、恋だのというわけのわからない感情を抱くのか甚だ疑問だ。
「色々と突っ込みどころが満載だが、ラヴ臭なんてしないぜ」
「今回の記事は決まりましたよ! “新婚さんいらっしゃい~愛のため、お嬢様と激突するメイド長”なんて如何かしら?」
「って、話聞けよ!」
何やら射命丸の中では、何やら桃色な記事が出来上がっているようだ。真実など一つもない内容に、やれやれだぜ、とため息を零し、
「私の推測に間違いはありません。 では、論より証拠ということで! さっさく盗み聞きしましょう」
駄目だこの天狗……早く何とかしないと、と射命丸を見て思った。しかし、何だかんだ言っても、魔理沙も興味があるのは事実だ。自身の色恋沙汰はまったくだが。
魔理沙は好奇心に従い、二人の話に耳を傾けることにした。
すると…………。
「咲夜君。 今度、征服がてらに妖怪の山にでもデートに行かないか?」
…………おいおい、冗談きついぜ。
男からの逢引の言葉に、隣の射命丸が勝ち誇ったような、喜色満点の笑みを浮かべている。しかし、天狗よ。妖怪の山を征服とか言っているようだが住民的にはいいのだろうか。
やや頬を引き攣るのか自覚しながら、魔理沙は咲夜の返答に注意を払う。
「私、変態には興味ないの」
「一体、このパーフェクトな私の何がいけないと言うのかね?」
「このようなことを面と向かって告げるのは心苦しいですが、敢えて言わせていただくなら…………」
盛り上がってきましたねぇ、とガッツポーズをとる天狗を無視しながら、咲夜の次の言葉を待つ。彼女は随分と、惚れ惚れとする笑みを浮かべているが何を言うつもりなのだろうか、と思いながら。
「理性的にイカレてるところですわ」
容赦のない言葉を告げた。随分とキツい言葉だろう。逢引に誘うくらいなのだから、多少の好意を持っているはずだ。そんな相手に向ける言葉としては、常識的に考えて酷というものだ。
魔理沙でなくとも思う。これは諦めざるをえないなぁ、と。だが、二人の視界の先の男は挫けないどころか、
「待ってくれ」
買い物を終えたのだろう、去ろうとする咲夜の腰に抱きついた。
「まロい」
そして、少女の尻に顔を押し付けている男はそんな奇妙な言葉を呟いた。意味は理解不能だが、男のその姿を見て、射命丸と魔理沙は同時に思った。
こいつ変態だ、と。
ちなみに、二人は知らないが“まロい”とは「丸くて、エロい」の略語である。一般的に可愛く、美しい尻に対して贈られる賞賛の言葉だ。13番目のギア住人にか通じない魔法の言葉でもある。
「咲夜君。 妖怪の山が気に食わないというのなら、冥界でどうだい?」
「…………やかましい。 変態は、血の池地獄に沈んでるのがお似合いですわ」
店主の拘束を逃れた咲夜は、無骨なナイフを正面に構え、
「やべぇ! 咲夜の奴、かなりぷっつんしてやがるッ」
「あやや……拙いですねぇ。 しかし、自業自得というか何というか」
慌てふためく魔理沙の隣では、射命丸が両手を合わせていた。まるで、黙祷を捧げるようだ。
やばいと思った時には、既にナイフは斬撃を刻んでいた。
・――――ソウルスカルプチュア
獲物を微塵切りにするが如く刃を走らせるそれは、時間を操作しているのか、常軌を逸した速度で、宙を斬る刃の乱れ撃ち。あまりの速さに、斬撃が無数に存在しているかのようだ。
直撃したら、ただの人間んぞ17分割にするなど容易いだろう。射命丸が手を合わせるのも頷ける。
思わず成人男性がタンパク質の塊になるヴィジョンが脳裏に浮かぶが、爛々と瞳を光らせる少女の斬撃に対して、
「投影開始」
店主はさほど焦った様子を見せることなく、右手を突き出し、
「全工程完了」
その上に具現化させたものを盾にするように構えた。その具現化されたものを一言で表すならば、デフォルメされた生首だろうか。それも何処かで見たことのある顔だ。
魔理沙がどこで見たんだっけかな、と思い出している間に、咲夜の斬撃が、閃光のように走るナイフがの軌跡が、
『ゆっくりしてい……ぎゃあああああああああああああああ!!』
へんてこな生首に直撃した。創り者ではあるが、リアルな苦悶の表情を浮かべるそれを凝視していた魔理沙は瞬間、答えに至った。
…………ああッ! どこかで見たことがあると思ったら、紫ババアじゃないか。
おぞましい悲鳴を上げるのは、八雲 紫をデフォルメにした生首だ。デフォルメされているが、特徴を上手く掴んでいる。
【魔法の森】に住んでいる魔法使いである魔理沙は、日頃から見慣れた(聞き慣れた)マンドラゴラに対して耐性があったが、他の者はそうでもなかったらしい。
射命丸や里人はマンドラゴラを引き抜いた時の絶叫によく似た悲鳴に、硬直している。やはり初見だと、あの悲鳴はキツいものがあるのだろう。尤も、この悲鳴はマンドラゴラではないし、最近のそれが上げる悲鳴は、時代と共に移り変わるが如く「アッ――――!!!」となっているが。(余談であるが、引き抜いた時に恍惚とした表情を浮かべるのを止めてほしいと願う魔理沙であった)
また、流石の咲夜もその悲鳴に驚き、攻撃の手を休めてしまっている。決定的な隙だ。仮にこれが弾幕ごっこならば、撃墜されているだろう。店主はその隙を見逃さなかった。
「受け取りたまえ――――――敗北を」
そう言い、手に持っていた生首を彼女目掛けて投げた。神隠しもどきは、“ふてぶてしい笑み”を浮かべ、
『ゆっくりしてやろうか?』
「痛っ!?」
…………おいおい、あいつ噛みつきやがったぜ?
咲夜のナイフを持つ手に噛み付いていた。肉を抉られたわけでも、骨を砕かれたわけではなく傷自体は大したものではないだろう。
だが、問題はナイフを手放してしまったことだ。ナイフは確かに幾らでもあるが、それを手にするまでには隙が生じる。それを見逃すほど、店主は甘くはなかった。
「咲夜君! 私の熱いパトスを受け取りたまえ」
押し倒すようにダイブを掛ける変態店主。
流石に、自分に向かってくる変態にやばいと思ったのだろう。咲夜の顔に焦りの色が生じた。それはそうだ、と魔理沙は納得した。
…………誰だって、変態に押し倒されるのはごめんだからな。
友人として咲夜を助けるべく魔法を発動しようとした瞬間、
「ゆきとぉー! お店で暴れたらいけないって言ったででしょ!!」
店主の後方から現れた宵闇の妖怪、ルーミアのドロップキックが直撃し、出口へ、ちょうど魔理沙たちの足元に蹴り飛ばされてきた。
見事なドロップキックを披露したルーミアの胸元には、可愛らしい熊の絵が描かれたエプロンがかけられている。
それを見て魔理沙は思い出した。最近、里で流行しているお洒落グッズだったなぁ、と。
「そういえば、人間の里ではあの“エプロン”でしたっけ? が流行っているようですね」
「ああ。 何でも発端は此処だとか、アリスが言ってたな。 後で店主に聞いてみたらどうだ?」
流行に伴い、手先が器用で、織物を得意とするアリスの元に、製作の依頼が多く舞い込んでいる。収入が増したとホクホク顔で、アリスが自慢していたのを思い出した。
「そうですね。 生きているのなら窺いたいのですが…………大丈夫?」
少女達の足元に転がる彼はまるで尺取虫のように悶えている。少女といえ、仮にも妖怪の蹴りである、それなりに痛かったのだろう。といっても、完全に自業自得だったゆえに同情はできないが。
やれやれだぜ、とその日、何度目になるかわからないため息を零した魔理沙は、咲夜たちの方に視線をやると……。
咲夜に向かい、ルーミアはぷんぷん、と不機嫌な感情を少しばかり覗かせている。店で暴れたのが気に食わなかったのだろうか。あの妖怪にしては珍しいこともある、と感想を抱く。
「申し訳ございません。 ご迷惑をおかけしたことを謝罪いたしますわ」
「さ、咲夜君! デートの話なんだが――――」
妖怪とはいえ、身も心も幼いルーミアからの苦言に、恥ずかしいと思ったのだろう咲夜は謝罪の言葉を残し、背を向ける。
復活した店主が、彼女に声をかけようとしたところ、
「ゆきとッ。 向こうのお客さんがね、“婆蛸添え西洋風U-DON”が食べたいって」
ルーミアの言葉に掻き消されてしまう。がくり、と目に見えて肩を落とす店主はとぼとぼ、とカウンターに戻っていった。
しかし、咲夜の受難はまだ終わってはいなかった。
喫茶店の出口付近に佇む魔法使いと天狗。双方、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、待っていたのだ。思わず、咲夜が天を見上げたのは仕様がないことだろう。
「よぉ、随分とモテモテじゃないか」
「清く正しい【文々。新聞】です。 早速、取材させていただこうと思うのですが、先程の店主は恋人か何かですか? 修羅場ですか!?」
「…………悪夢だわ」
万感の思いを込めた言葉だった。あのような場面を、幻想郷でも色んな意味で厄介な存在に目撃されていたのだから、当然かもしれない。
片や、幻想郷の色々な所に顔がきく好奇心の塊のような魔法使い。
片や、幻想郷において【文々。新聞】などという噂を誇張表現した、嘘だらけの新聞を発行するパパラッチ天狗。
今回の出来事も、噂となってタンポポが種を飛ばすように、フワフワと幻想郷全土に飛んでいく様が容易に想像できる。願ってもいないのに花粉を運ぶ存在は、働き者の蜜蜂に、悪戯好きの風といったところか。
「…………別に恋人でも何でもありません。 ただ、顔見知り程度の認識よ」
「その割には、随分と仲が良さそうでしたが? 先程も腰に抱きつかせるなどの熟練者顔負けの……ねぇ?」
「誰があんな最低男のこと……ッ」
怒りで顔を赤くする咲夜の言葉に、なるほどなるほど、と頷きながら、
「おいおい、咲夜。 夫婦喧嘩は犬も食わないって言葉知ってるか?」
魔理沙と射命丸はその日、一番の笑顔を浮かべた。咲夜は、未だに手に噛み付いていた“ゆっくり紫”を魔理沙の顔に投げつけた。
∫ ∫ ∫
肩を怒らせて咲夜が、紅魔館へ帰った後、カウンターに腰掛けた天狗と魔法使いは、メニューをもらい、そこに載っていた奇妙な商品をオーダーすることにした。
商品名はアレだが実際に味はいいという話を疑っているわけではないが、それでも不安を拭えないものがある。
「それで何にするのー?」
「しかし、不思議なもんだなぁ。 人食い妖怪のお前が給仕をしているのって」
オーダーを聞きにきたルーミアの姿を見て、魔理沙は素直にそう思った。言葉の通り、人食い妖怪が人に混じって働いている、この光景が不思議らしい。
「妖怪がこんなことをしているのは、そんなに可笑しいかしら?」
「可笑しいとは言いませんが、違和感を拭えないってだけですよ」
射命丸の言葉に、
「前に言ったわよね。 『最近、人間が襲われなくなったり、返り討ちにされちゃうことがあるの』って」
以前、取材を受けた時の言葉を思い出しながら、そう告げる。
「本当に、最近の人間は強いの(変なの)が多くてご飯を食べられなくて困っていたの。 ゆきとに助けてもらえなかったら、飢え死にしてたわ」
「それで、喫茶店の給仕ですか」
「別にいいでしょ。 あなたも言ってたじゃない? 『学ぶ意欲も、働く意欲もない妖怪が増えてきて嘆かわしい』って」
「『人を襲うのが妖怪の仕事』だと言ってたあなたの言葉とは思えませんよ」
射命丸は、確かにそうは言ったが、まさかこのような喫茶店で働くことになろうとは誰が思おうか。意外にも程がある。
いいでしょうもぅ! と頬を膨らませたルーミアは、それで、と前置きし、
「何にするかもう決めたのー?」
「では、私は“真精気ウナゲリオン”と、“東方超美人”というお茶をお願いします」
「なら、そうだなぁ“まロ茶”……は止めておくとして、“乾坤一擲アン☆パンチ”と、適当にお勧めの飲み物を頼む」
他にも“猫耳頭巾な桂花の憂鬱”などと意味のわからない名が多数ある。
「よくそんなの頼むわね。 今まで色んな人の注文を受けてきたけど、そんなの頼む人は初めてよ。 あなた達、大丈夫なのー? 色んな意味で」
まるで未開の土地の住民でも見るかのような目と、去り際に発せられた言葉に、二人は顔を見合わせる。周囲の人からは、「えーうそ! 天狗ってあんなの食べるの?」「馬鹿……天狗様が本気で、あんなメニューを頼むわけないだろうが。 冗談に決まってるさ」「霧雨の嬢ちゃんは……ゲテモノ食いだったのか」「親父さん泣くぞ……」などという声が聞こえてくる。
「おい、射命丸。 そのメニュー、“真精気ウナゲリオン”は天狗としてどうよ?」
「いやですねぇ、魔理沙さん。 私のはウナギですよ? 常識的に考えて、貴女の訳のわからない“乾坤一擲アン☆パンチ”なるものと比べても数段まっしです。 あやや……もしかかして、魔法の森のキノコにやられたのかもしれませんね」
「おいおいおい。 あれか? そういうお前は、ウナギでも食って精力をつけるつもりか? 意中の相手でもいるんなら、記事にしたらどうだ? “射命丸 文に恋人現る!!"って号外でさ」
「ふふふ…………それは、弾幕ごっこのお誘いですか?」
「上等だ。 料理が出来るまでのちょうどいい腹ごなしと行こうぜ」
突発的な弾幕ごっこをするのに外に出ようと、椅子を立とうとした瞬間のことだ。
喫茶店の入り口の扉が吹き飛んだ。
客はおろか、魔理沙や射命丸ですら口をポカン、と開けて呆然とさせている。いきなり脈絡もなく、扉が吹き飛んだら、誰もが似たような反応を示すだろう。
思わず、店内にいた全員は扉を注視した。すると、陽光に反射するように美しい銀の髪が覗く。もしや、咲夜が復讐(リベンジ)に来たのかと思ったが、
「店主っ! 持って、持ってきましたよ!!」
違うようだ。そこに居たのは西行寺 幽々子の従者、魂魄 妖夢だった。彼女は必死という言葉がしっくると当てはまる表情で、
「ゆ、ゆか、ゆか、紫様の靴下を持ってきましたッ!!!」
そんなことを宣う。魔理沙は思わず立ちくらみを覚えた。隣の射命丸を見ると、似たような顔をしている。それほどまでに、妖夢の言葉は認識しきれないものだった。
悪い夢であってほしい。そう願うものの、妖夢が手に持ったそれを見て、幻想は現実に侵食された。
靴下だ。靴下を持っている。
本人のものかどうかは、見ればわかった。あの特徴的なソックスを履くような人物など限定される上に、靴下に残留している妖気から八雲 紫のものだ、と。妖夢の必死さがより拍車をかけている。
「ゆゆ様が、幽々子様が足止めしている内に速く! 速くお願いします!!」
そう言って、靴下をカウンターに叩きつける妖夢に、
…………そんなものカウンターに置くなよ。
その光景を愕然と眺めていた二人はというと、
「なんていうか……凄い店ですね」
「あ、ああ。 何故かルーミアが働いているし、店主は変態だし、妖夢もアレだし、あのアリスがどうして、此処を気に入ったのか謎だぜ」
異様な光景に目を白黒させていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
恋姫で好きなキャラは?
桂花です。